※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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プロローグ 異世界転生初日、入寮初日

「だ、騙された…………」

 

 碧鷺(へきさぎ)荘の一室で一人の少年が、がっくりと項垂れていた。両膝両掌を床に着けた、正真正銘のがっくりポーズである。

 

「せっかくの異世界転生だと思ったのに。頭使って出来るだけ美味しい思い出来るように準備したはずなのに……よりにもよって『ハイスクールハックアンドスラッシュ』世界かよ……」

 

 その言葉通り、彼――佐藤(さとう)健太(けんた)は、この世界の人間ではない。俗にいう異世界転生者である。

 死んだ自覚もないまま健太は、謎の白い空間で謎の白い上位存在に「お前は死んだ、異世界転生しろ」と言われた。

 なんでも、放っておくと好ましくない方向に進む世界が複数あるらしく、上位存在はそうした世界に転生者・転移者のような異物を差し込むことで、状況の改善を試みているらしい。ちなみに、転生・転移させる人間に「○○を守れ」とか「××を倒せ」などの指示は一切ない。世界に生じている問題と、転生者の性質(能力、性格、運命)を照らし合わせて、特に指示をしなくとも高確率で良い方向に進む人選がされているから、転生者は思うがままに振る舞ってよいという。

 その後、謎の白い上位存在と話し合った結果、異世界転生させられる運命は変えようがないが、こちらの希望をある程度聞いてもらえると知り、精一杯知恵を絞って、健太は条件を付けた。

 

・生活レベルが中世やそれ以下とか死ねるので、現代日本以上の世界を希望。

・他人になったら違和感が凄いので、出来るだけ今の自分のままが良い。

・その世界で大手を振って歩ける立場にして欲しい。

・その世界で危険を避けられないのなら、それに対処できるだけの能力は必須。強い武器もあると嬉しい。

 

 あいにく健太が提示した条件が全て叶うことはなかった。何度かの交渉の末、次の通りで健太は手を打った。

 

・生活レベルが中世やそれ以下とか死ねるので、現代日本以上の世界を希望。

 A:了承。

 

・他人になったら違和感が凄いので、出来るだけ今の自分のままが良い。

 A:基本的にはそのままだが、一定の年齢層しかいない環境なので、年齢を十代まで若返らせる。その際、記憶はそのままだが、精神は体に引きずられるので注意。

 

・その世界で大手を振って歩ける立場にして欲しい。

 A:生活レベルが高い世界はどこも住民の戸籍管理がしっかりしているので簡単ではない。

 出来るだけ希望に沿うよう、最初に送り込まれる場所は、戸籍がなくとも問題ない場所にする。

 そして、その場所で一定期間を過ごせば、正規の戸籍が入手できる。

 

・その世界で危険が避けられないのなら、それに対処できるだけの能力は必須。強い武器もあると嬉しい。

 A:危険はある。しかし、今のままの自分にこだわるのならば、付与できる能力に制限がかかる。

 その制限の中で収まる、『三つの能力』を付与する。武器そのものは無理だが、『武器になる装備』を一つ贈る。

 

 

 

 思い返してみてれば、確かに、約束した条件は全て満たしてる。嘘はついてない。

 ハイスクールハックアンドスラッシュの世界は、基本現代日本なのだから、生活環境は現代日本並みだろうし、今の体は若返っているだけで間違いなく自分の体、佐藤健太の体だ。

 ハイスクールハックアンドスラッシュの舞台である豊葦原千五百秋水穂学園――通称豊葦原学園の普通科は、日本中から『いなくなっても問題のない若者』が集められている場所だから身元が怪しい人間が潜り込むのは比較的容易だし、卒業するときは、正規の戸籍が国から贈られる手はずになっている。

 無事に卒業して、豊葦原学園をおさらばできれば、その後の人生は意外と普通に過ごせるかもしれない。少なくとも、原作の主人公、船坂(ふなさか)叶馬(とうま)を豊葦原学園に送り込んだ中学の担任教師は豊葦原学園の卒業生だが、教職員として問題なく日本で生活していたように思える。

 

「問題は、その無事に豊葦原学園を卒業する、難易度がハードすぎるってことなんだけど」

 

 少しは落ち着きを取り戻した健太は、寮室備え付けの椅子に座りながら、そう呟く。

 

 ハイスクールハックアンドスラッシュは、18禁ウェブ小説である。書籍化もしている人気作だ。

 その世界観を簡単に言い表せば『セックスアンドバイオレンス』になるだろうか。

 陸の孤島である豊葦原学園(五年制の高等専門学校だ)を舞台に、学園生である少年少女達が、学園地下に存在するダンジョンへダイブする学園生活を描いた物語なのだが、これがとにかく暴力的にも性的にもハードで容赦がない世界観なのだ。

 少年少女はダンジョンで戦闘を繰り返すことで強くなっていくのだが、同時に精力と性欲も増していく。

 そして、豊葦原学園では、明確に強者が優遇される。

 結果、強者の性欲発散行為は弱者の意志を無視して実行され、学園内は性暴力が吹き荒れる。

 

「作中では、女生徒が犯られて、男子生徒が性行為(セックス)を満喫する描写が大半だったけど、この学園、絶対一番ヤバいの、弱い男だろ……」

 

 健太はそう、弱音を漏らす。

 原作では弱い女は、強い男にオモチャにされていた。飼われていた。裏を返せば、オモチャとしての需要はあった。

 一方、強い女が弱い男を欲していた描写は、きわめて少ない。

 そもそも、強い女自体が少ないし、その数少ない強い女は、自分より強い男の下につくか、性行為を行なっている描写がないかだ。誰からも需要がない弱い男が、描写の外でどのような学園生活を過ごしていたのか、正直想像もしたくない。

 

「なんとかエンジョイ勢にならないよう、ダンジョン勢の端っこにぶら下がって、最低でも『補習』は免れるように……って駄目だ。一度でも死んだら早死にするんだった。

 一度も死なないで、ダンジョン勢続けるって、難易度ハードじゃなくて、ルナティックだぞ」

 

 豊葦原学園の公式発表では、ダンジョン内で死亡しても、ダンジョンに入った以降の記憶を失った状態で排出されるだけ、となっているが、実際は違う。ダンジョン内での死亡には、数々のデメリットが付きまとう。

 一番わかりやすいデメリットは、一度でも死ぬと子供を作る能力を失い、寿命も極端に縮むことだ。

 前世でも彼女いない歴イコール年齢だった健太にとって、子供を作れなくなる弊害はいまいち実感が湧かないが、寿命が縮むことへの忌避感は強い。

 ちなみにエンジョイ勢、ダンジョン勢というのは、学園内で暗に使われている言葉で、ダンジョン攻略を諦めているのがエンジョイ勢、しっかりとダンジョン攻略をこなしているのがダンジョン勢である。正直、エンジョイ勢という呼び名は蔑称に近く、その名称に反して学園生活を楽しめるような立場ではない。

 

「死に戻りなしで、ダンジョン攻略というと原作主人公達がまさにそれだけど、あれにあえて近づくのは、勇気でも蛮勇でもなくて、ただの自殺志願だよなあ」

 

 健太の言う通り、原作主人公である船坂(ふなさか)叶馬(とうま)は、安全や平穏を望むのならば、絶対に近づいてはいけない存在である。

 作中何度となく主人公の前に理不尽な力を持った敵が立ちふさがるのだが、主人公はそれ以上の理不尽で踏み躙っていた。そもそも理不尽な目にあっているという自覚すら無さそうな逸脱者なのだ、船坂叶馬とは。力以上にその精神性が、明確に逸脱している。

 

「いや、そんな先の心配よりまず初日だ。ファーストダイブ。あれは完全に殺しにきてるからな。あれをどうやって生き残るか。貰ったチートだけでいけるか? あとはこの装備がどの程度の強さなのか」

 

 と、健太が呟いてズボンのポケットを弄った、その時だった。

 コンコンと、部屋の扉がノックされる。

 

「あ、はい!」

 

 とっさにズボンのポケットから手を出し、返事をする健太の声に呼応するように、扉が開かれる。

 

「ええと、僕の部屋はここで良いと思うんだけど……」

 

 そう言って遠慮しながら入ってきたのは、線の細い少年だった。身長は健太よりも頭半分くらい低い。健太は日本人男性として極々平均的な身長なのだから、彼は小柄と言っても良いだろう。

 顔立ちは幼いが、かなり整っている。ただし、誉め言葉は「格好良い」ではなく「可愛い」になるだろうが。

「僕の部屋」という言葉から察するに、彼が健太のルームメイトなのだろう。新入生の部屋は、二人部屋なのだ。

 

「ああ、そっちのベッドの側に荷物が届いてるよ。宛名を確認してみたら?」

 

 健太の言葉に少年はおずおずと入ってくると、荷物の宛名を確認してホッと表情を緩める。どうやら、荷物は彼の物だったらしい。

 豊葦原学園は、一年生だけでも二十四クラス千人前後を数える巨大な全寮制学園のため、寮は多数存在する。

 成績次第(つまり強さ次第ということだ)では一人部屋にも移れるし、他の寮への転寮も可能なため、ルームメイトが必ずしも長い付き合いとなるとは限らないが、しばらくは同部屋で共同生活を営む相手であることは間違いない。仲良く出来るならば、そうしたほうが良い。

 

「荷物間違いなかった? なら、ルームメイトだな。俺は、さ……健太」

 

 一瞬フルネームを言いかけながら、健太はぎこちなくそう名乗った。

 純度百パーセントの陰キャでコミュ障よりのオタクの自覚がある健太だが、初対面の相手に話しかけることが絶対に無理、というほどではない(間違っても得意ではないので、避けられるのならば避ける)。

 結構な緊張を強いられながらの健太の挨拶に、少年が口を開く。

 

「うん、間違ってなかった。僕はええと……尚典(なおふみ)。よろしく」

 

「よろしく、尚典(なおふみ)

 

「うん、よろしく、健太」

 

 とりあえず、名前だけの自己紹介を終えた二人は、どちらともなく愛想笑いをする。

 そんなルームメイト――尚典(なおふみ)の態度に、健太は内心安堵する。

 名前だけで名乗ったこちらに対し、向こうも名前だけで名乗り返したということは、最低限豊葦原学園のことを理解している可能性が高い。

 豊葦原学園では、フルネームを名乗ってはいけない。これは、校則としてはっきり生徒手帳(電子手帳)にも明記されている。

 理由は、フルネーム――真名を知られる、名乗ることに呪術的な危険が伴うからだ。稀に幼馴染同士や兄弟姉妹がそろって入学してきたりして、お互いのフルネームを知っているケースもあるが、その場合も例外ではない。たとえ知っていても、フルネームを名乗ってはいけないし、呼んではいけない。声に出して名乗る、呼ぶ、という行為に呪術的な意味がある、らしい。

 さらに、○○中学出身などという、入学前の情報には意味がない。豊葦原学園に入学した時点で、その過去は失われている。五年間頑張って無事卒業できたとしても、シャバに出る時には別人としての戸籍が用意されるのだ。

 だから名乗りは下の名前だけの簡潔なものになる。そんな尚典(なおふみ)の名乗りは、健太以上にぎこちないものだった。おそらくは、ここに来るまでは下の名前で呼び合うような関係を得意としていなかったのだろう。

 その辺りから、健太は尚典(なおふみ)に自分の同類、すなわち陰キャオタクの気配を感じた。

 コミュ障ぎみで人見知りの傾向の強い健太にとって、ルームメイトが同類ならば、少しは気が楽になる。

 

「手伝うよ」

 

「あ、うん、ありがとう」

 

 届いている段ボールを開けていく尚典(なおふみ)の荷ほどきを手伝いながら、健太は意識的に雑談をしかける。

 

「そういえば、学園前の商店街見た? コンビニやドラッグストアの隣に武器屋や道具屋が堂々と並んでて、凄い違和感だったんだけど」

 

「うん、見た。当たり前のように、剣や鎧を店頭に並べてたね。あれを見ると、入学前に受けた説明は本当なんだって実感するよ」

 

 やはり、尚典(なおふみ)はある程度説明を受けたうえで、自分の意思で、豊葦原学園に入学したようだ。

 生徒の大部分は、表面上の事情を知らされた上で、本人の意思で入学している。ただ、ごく一部に、ろくな説明もされずに騙されて連れてこられた人間や、選択の余地なく強制的に連れてこられた奴もいるので、念のため確認したかった。

 在学中、ダンジョンでモンスターと戦わなければならない。卒業するときは戸籍上別人になる。女子の場合は、性的な行為を強要されることも暗に説明されるらしい。そうしたある程度の事情を知った上でなお、「今自分が置かれている状況よりはマシ」という判断を下した人間が、豊葦原学園生徒のボリュームゾーン。

 尚典(なおふみ)はどうやら、そのボリュームゾーンの一人のようだった。

 

「ダンジョン攻略か。死んでも記憶を失うだけで復活できるらしいけど、逆言えば死ななかったら、苦痛はそのまま覚えてるんだろ? 正直、怖くない?」

 

 事情を知っている同士だと伝える意味で、そう問いかけた健太の言葉に、尚典(なおふみ)はダンボールから取り出したタブレット型PCを手に持ったまま、小さく首肯する。

 

「怖いよ。僕、戦闘どころか、喧嘩すらしたことないから。でも、やるしかないし」

 

 自分の置かれている状況に納得はしているが、覚悟は決まっていない。そんな心理状態の尚典(なおふみ)の言葉に、健太は思わず慰めの言葉を返す。

 

「それは俺もだよ。ていうか、新入生の大半はそうなんじゃない? でも、大多数はどうにか進級できるみたいだし、多分なんとかなるでしょ。戦闘技術やダンジョン攻略の講義なんかもあるみたいだし。その辺真面目に履修すれば大丈夫なんじゃない?」

 

「そうかな? うん、そうだね」

 

 慰めの言葉が効いたというより、ルームメイトが自分を慰めてくれようとしているという事実に、笑顔になった尚典(なおふみ)はそう答える。

 

「ところで、尚典(なおふみ)はタブレット持ってきたんだ。ここは一切電波繋がらないらしいけど」

 

「うん、それは僕も聞いてる。だから、これは中に入れたものを見る専用だよ。漫画とか動画とか、あとゲームとか」

 

 漫画という言葉に、健太は大きく反応する。

 

「まじで? 他にアニメとかラノベとかは入ってない? 使ってない時、貸してくれない?」

 

 ちなみに、健太はそうした暇つぶしに使えそうなものは何一つ持っていない。

 直接この部屋に異世界転生させられている健太の私物は、驚くほど少ないのだ。今身に着けている服と、腕時計と、最低限の着替えが入ったバッグが一つ。あとは、現在ズボンのポケットに入っている『アイテム』だけだ。ダンジョンダイブが始まったら銭――銭は学園独自通貨であり、学園内では他の通貨は一切使えない――を稼いで、私物をそろえる必要がある。一応入学した時点で、学園から一定金額の銭が新入生全員に支給されているが、健太の少ない私物を買いそろえるには、かなり心もとない金額でしかない。

 

「入ってるよ、アニメもラノベも。もちろん、僕が使ってない時なら好きに使ってくれていいよ」

 

 気前の良い尚典(なおふみ)の答えに、健太は心底笑顔になる。

 

「おお、ありがとう。少しは、気が紛れそうだわ。ところで、尚典(なおふみ)はどういうジャンルが好き? 俺は、アニメも漫画もスポーツ系が好きなんだけど」

 

「スポーツ系もいくつか入ってるよ。僕は、特に好きなジャンルは決まってない感じ。だから、漫画もアニメもラノベもジャンル関係なく入れてる。意識的に入れてきたのは、『ダンジョンもの』かな」

 

 そう言って照れたように笑う尚典(なおふみ)につられる様に、健太もつられて笑いそうになる。

 

「ダンジョンものって、尚典(なおふみ)お前っ」

 

「いや、少しは参考になるかと思って」

 

「ひょっとして、異世界ファンタジー学園ものも入ってるんじゃないの?」

 

「……入ってる」

 

 異世界転生者である自分の境遇を棚に上げて、健太は今度こそ、我慢できずに笑い声をあげた。

 

 

 

 

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