それは、普通ならばとてつもなく目を引く物のはずだ。
鬱蒼と茂る密林が広域にわたって切り開かれ、その中央に大きな人工の建造物がそびえ立っているのだ。
それは切り出した丸太をそのまま使用したログハウス調の建造物だが、ログハウスと言われて連想するようなのどかで平和そうな建物とは程遠い。
巨大な木造建築物の周囲は、ガッチリとした石塀で覆われており、その外周では堀まで築かれている。
それはログハウスとは言っても高原のオシャレな隠れ家的別荘ではなく、一種の砦だ。
学園が用意したいくつかのセーフハウス――カマボコ状のベースキャンプを除けば、ただひたすら天然自然の密林が続くはずのレイド領域に、大きな人工建造物があるのだ。
とてつもなく目立つ。
だが、健太と共にその建造物の前までやってきた五人の女子達は誰もその建物の存在を意識していないかった。
そんなものよりもはるかに意識を引く存在、長身の厳つい男子生徒――叶馬が突如目の前に轟音を立てて着地したからである。
「やはり健太か。一日遅刻だな。蜜柑先輩が心配しておられた」
叶馬の異様な威容に、背後に立つ五人の女子がひきつけを起こしかけていることを悟った健太は、叶馬の視線から女子達守る様に微妙に立ち位置を変えながら答える。
「一緒にログインできなかったからな。どうしてもポイントがズレる。先輩達は無事か?」
補習レイド内では名前を呼ばない、名乗らない。その不文律を指摘するべきか、『戦士の不動心』がオンになっている健太は一瞬考えたがやめておく。
言ったところで「分かった、健太」という答えが返ってきそうだ。
「全員生命の危機には瀕していないし、日常生活に支障をきたすような大きな怪我もない。ただ、蜜柑先輩のプリティな頬っぺたが赤く腫れておられる。非常に遺憾だ。再犯防止のためにも加害者には思い知らせてやりたいところなのだが、先輩達との合流を優先した」
無念だ。という叶馬は相変わらず無表情のままだが、全身から発する鬼気、威圧感が増している。
背後の女子達の呼吸する権利を確保するため、健太は叶馬を落ち着かせるように叶馬の肩を叩く。
「落ち着け。そうか。少し心配だけど、それなら不幸中の幸いだった。ひとまず俺も合流したいんだが、問題ないか?」
「む、健太は問題ないが後ろの方々は? それにその美味そう、いや大きな猫は?」
「ニ、ニャー……」
ギロリと叶馬に睨まれた(叶馬主観ではただ見ただけ)『剣牙虎』が地面に突っ伏して猫の鳴きまねをし、その上に乗る一年女子を始めとした女子達が喉から悲鳴にすらなっていない異音を発したのを聞いた健太は、叶馬に少し強い口調で言う。
「俺が保護した人たちだ。皆戦闘は不得手だから、少なくともこの補習中は俺が保護することになっている。あと猫じゃなくて『剣牙虎』だ。食べちゃダメだし、そもそも食べられないからな」
『剣牙虎』はモンスターカード。仕留めてもカードに戻るだけで、肉も毛皮も取ることはできない。
「ふむ。俺は構わないが、俺も居候だからな。蜜柑先輩達にお伺いを立てよう」
あの砦の所有者は築造した蜜柑達。自分はあくまでそこに住まわせてもらっているに過ぎない。
トンチキをやらかさない限り意外と律儀な叶馬は、きっぱりとそう言い切るのだった。
叶馬に連れられて砦へと入った健太と女子五人(『剣牙虎』はカードに戻した)は、蜜柑を筆頭とした旧『匠工房』の面々に迎えられていた。
「健太君! よかった、無事だったんだね!」
人の良さは学園最高レベル、天然さは叶馬と同レベルの蜜柑がその小さな体で目いっぱい歓迎の意を示しながら、堂々と健太の名前を呼ぶ。
「はい、合流が遅れて申し訳ありません」
「そんなことないよ! 昨日だって助けてくれんでしょ。あのテントウ……」
「先輩、その話はあとで。ひとまず、俺たちがどこに住むかについて決めたいのですが」
堂々と昨日の『徹甲虫・多弾倉』について話そうとする蜜柑を、健太は少し早口で遮って強引に話を変える。
幸い、天然な蜜柑は無理のある話題転換にも疑問を感じず、素直にのる。
「うん、健太君ならもちろん大歓迎だよ。後ろの女の子も一緒なんだよね? 今の建物は叶馬君と私たちでいっぱいだから、増築しないとね」
現在の建物は、叶馬と旧『匠工房』共用の寝室が一つしかない作りになっている。大部屋に巨大なベッドが一つあるきりなのだ。
流石にそこに健太と健太が連れてきた女子五人を一緒には入れられない。学園の常識ではむしろ、男女複数入り乱れてくんずほぐれつ寝るのが一般的なのが、健太はその常識に染まっていない。
叶馬は女子のスワッピングはともかく、同じ部屋で泊まってお互いの性行為を見せあう状態は特に忌避していないが。
元々『要塞建築士』の梅香を中心に、際限なき増築計画を立てていたのだ。食糧庫、燻製部屋などと一緒に、ゲスト用宿泊施設を建設するくらい、彼女達には造作もないことだ。
とはいえ、一から十まで蜜柑達の好意に甘えるつもりは健太にもない。
ひとまず健太が連れてきた女子五人は、蜜柑達が食糧庫のつもりで建てた小屋で休んでもらうことにした。
ここまでの道中、結構な距離を歩いているのだ。ほぼ自分の脚で歩いていた二年、三年女子四人はもちろん、大半を『剣牙虎』の背中の上で過ごした一年女子も、相当に消耗している。一番消耗したのは、長距離の移動よりも最後の叶馬との遭遇だが。
もとあれ、無事壁と天井のある空間で荷物と腰を下ろすことが出来た女子五人は、安堵の息を漏らす。
「すみません。俺はちょっと今後について話し合ってきますから、少し外します。ここの女子の皆さんは怒らないとは思いますけど、一応念のため俺が戻るまで、あんまり出歩かないようにしてください」
「りょー、お早いお帰りをー」
「分かったわ。こっちのことは気にしないで」
「承知しました、旦那様」
「休息、よし」
「う、うん、分かった」
健太の言葉に、女子五人はそれぞれの言葉で答える。
そのうち三年女子二人は、健太が小屋から出る前にもう一度抱き着いて、健太の首筋に左右から口づけをする。
「ン……」
「チュウ……」
一時的にうっ血するほど強い口づけ。それは、これから女子の群れ(旧『匠工房の面々)のもとに向かう健太に付けた「マーキング」だった。
健太が小屋から出ると、少し離れたところで『強化外装骨格』で作業をしている蜜柑達の姿は見えるのだが、絶対見落とすはずがない叶馬の姿が見えない。
念のため、健太がこっそり地図帳のスキルを使うと、味方を意味する青いピンのうち一本が砦の外にいることが分かる。
どうやら、健太たちと遭遇したことで中断した『狩り』を再開したようだ。
ひとまず、叶馬に関しては頭から外すことにして、健太はひと際小さな体で元気に声を出している少女――蜜柑に声をかける。
「すみません。今日からお世話になります。流石に一方的にお世話になるのは心苦しいので、こちらからも色々提供させていただきます。良かったら使ってください」
「あ、健太君。みんな、ちょっと休憩! 健太君のお土産だって!」
蜜柑の言葉に、旧『匠工房』の面々がそれぞれきりの良いところで作業を一時中断し、集まって来る。
ワイワイ集まって来る旧「匠工房』の前で健太は大きなバックパックを開き、中から物を取り出す。
「ひとまず、この辺りは俺が持ってるより先輩達の方が有効に使えると思うんですけど」
健太が提供したのはまず第一に調味料である。
元々、蜜柑達と合流する予定だった健太は、『調理士』の久留美と『菓子調理士』の芽龍を当てにして、調味料の類を大量に持ち込んでいた。
特に原作で足りないことを明言されていた胡椒と、いざという時カロリー源にもなる砂糖は大量に持っていた。他にも、胡麻、乾燥生姜、バニラパウダー等、「流石にこれは旧「匠工房』の先輩達も持ち込んでいないだろう」と思われる調味料もだ。
「ふん、良いところに目を付けたじゃない。ま、料理は私の仕事だから、もらった以上食事はちゃんとした物を保証するわよ」
「ありがとう、です。砂糖、ジンジャー、バニラ、嬉しいです。お菓子用に小麦粉少し使います」
旧『匠工房』の面々は、野戦食や栄養菓子ではなく米や小麦粉といった日持ちのする食材を持ち込んでいる。
「まあ、男子が肉を調達してくれるだろうから小麦粉は多少使っても良いけど、乾燥生姜はこっちも使うからね」
古き良きツンデレの作法を守る久留美と、帰国子女のため若干発音がたどたどしいが声から優し気な雰囲気が感じられる芽龍が、そんな話し合いをしている。
「配分はそちらにお任せします。次はこれですね」
続いて健太が取り出したのは、各種野菜の種だ。
野菜の種は当然、『植栽士』の朱陽の腕を見込んでの持ち込みだ。
図書館やインターネットなどで種まきから収穫までのサイクルが短い野菜を調べて、はつか大根、ほうれん草、レタス、キュウリ等を持ってきた。
早さだけで言えばミニトマトも候補だったのが、流石にこれはやめておいた。トマトは手ごわすぎる。原作の描写を見る限り、素人が手を出してよい野菜ではない。
それ以外にも南瓜、茄子、人参、玉葱、ジャガイモ(種芋)、キャベツ、ブロッコリー、食用百合(球根)等々。
通常ならば補習レイドで過ごす二十七日では収穫が無理筋な野菜だが、レイド領域という特殊空間で『植栽士』の手で育てられれば案外ものになるかもしれない。
一つ二つ、上手くいけば儲けもの、くらいの感覚でバックパックに入れておいた。種芋と球根以外はほとんど場所を取らないので問題はない。
『植栽士』の朱陽が種の入った袋に目を輝かせている。
「凄い、私が持ってきていない野菜の種もいっぱいある。ここでなら、上手く育てられるかも」
期待以上に手土産が久留美達、補給担当者に喜ばれる中、健太は本命の「手土産」を手に取る。
「最後にこれですね」
それは、健太が腰の剣帯に下げている複数の短刀だ。
言うまでもなく、昨晩大活躍してくれた『地天』と『地蔵菩薩』の梵字を刻んだあの短刀だ。地面に突き刺すことで穴を穿つことが出来る。
それらの短刀を数本手に持った健太が声をかけたのは、この砦創設の主軸(もしくは主犯)である『要塞建築士』の梅香だ。
「ちょっと面白いマジックアイテムなんですけど。先輩なら有効に使えるのではないかと」
「え? 私?」
梅香は自分を指さし、キョトンと首を傾げた。
「あははは! 凄い、これ凄い、スゴイよ健太君! このマジックアイテムなら、ここの地面も簡単に掘れちゃう!」
健太から一通りの説明を受けて梵字短刀を受け取った梅香は健太の護衛の下、砦の外で試して、その効果にテンションを振り切っていた。
『職人』の基礎スキルである『強化外装骨格』は素の戦闘力は悲しいレベルだが、土木作業には無類の有能さを発揮する。
昨日一日で砦を作り、外壁を作り、井戸を掘ったことからもそれは明らかだ。
だが、そんな『強化外装骨格』の力をもってしても、一定以上深い岩盤には歯が立たなかった。
レイド領域の構成物質は、レイドの格に比例して強固となる。極級レイドであるこの『轟天の石榴山』ならば、当然その強度は最高レベルだ。
その岩盤に健太の短刀は、何の抵抗もなく穴を穿つことが出来る。
どうやら地下を掘るという行為も『要塞建築士』の範囲内らしく、一通り短刀の説明を受けた梅香は、創造主である健太より遥かに使いこなしていた。
「外壁周りの空堀ももっと深くできます。そうすれば水脈に当たるでしょうから空堀から水堀にバージョンアップ。なんだったら周囲を迷路に、いやいっそ迷宮にしちゃいましょうか! 難攻不落の城を築きあげるのです!」
「やめてください、梅香先輩!」
ギラギラ目を輝かせる梅香に、健太もついその名前を呼んでしまう。まあ、こうして叶馬達と合流を果たした今、補習レイド中の不文律にもそこまで気を配ることもないだろう。それよりも、今はもっと気を配らなければならないことがある。
梅香ならば本当にできそうで怖い。まあ、それは原作を読んでいる健太の勘違いで、今の梅香は『要塞建築士』しか第二段階職を得ていない。梅香が迷宮を自作できる(実際する)ようになるのは、サブクラスである『迷宮創造士』を得てからである。
つまり、原作通りの成長を遂げれば、いずれ梅香が地面さえあればこの短刀で「三分迷宮作成」が可能になるのは時間の問題ともいえるのだが。
「確かに、いきなりは拙いですね。もっと性能を検証しなければ。健太君、これ本当に頂いてよいのですか?」
「ええと……はい。でも、使い方には注意してくださいよ、マジで」
しばらく「やっぱり取り上げるべきか?」と考えた健太だったが、結局は首を縦に振る。梅香に譲渡したのは、短刀の中でも予備の数本だけだ。いずれも同じものを健太も保有している。
「大丈夫、私を信じてください。今の私はダイダロスをも凌ぐ存在です! この土を圧縮硬質化させたり、表面をガラス化させるのも良いですね。石材を探しに行かなくても土さえあれば建材に困りません。我が城は不落、我が迷宮は踏破不能。我、ここに喜見城を築かん!」
「落ち着いてください。いや、ほんと落ち着いて。落ち着いてくれないなら、それ返してもらいますよ」
全然大丈夫ではなさそうなことを言う梅香を落ちかせようと健太が四苦八苦していると、小さな雲に乗った人間が密林の上空をこちらに向かって飛んでくるのが見える。
どうやら、叶馬が帰還したらしい。向こうもこちらに気づいたらしく、もやっと雲に乗った叶馬は健太と梅香の前に降り立つ。
「ただいま、戻りました。梅香先輩、健太」
「お帰りなさい」
「お帰り、叶馬。また出てたんだな」
相変わらず登校時と変わらぬ制服姿の叶馬に、今更健太たちは違和感を抱かない。『空間収納』という反則スキルを有する叶馬にとって、装備や荷物はいつでも出し入れできるものだ。
「うむ。予定よりも人数が増えたからな。念のため、追加の食料を調達してきた」
今も叶馬は大量のトラックサイズのモンスターを倒しては、片っ端から『空間収納』に放り込んできたところだ。
狩りを終えた叶馬と、短刀の簡単な検証を終えた健太と梅香が戻ってきたところで、本格的な話し合いが始まる。
場所は梅香たちが昨日のうちに作成した丸太砦の一室だ。
昨日倒れるまで張り切った梅香の努力もあり、昨日一日だけで丸太砦は複数の部屋を有する大きな建物となっている。
そのうちの一つで、こちらも昨日作ったばかりの木製の椅子に座り、木製のテーブルを囲む形で話し合いが始まる。
話し合いの場についているのは健太と蜜柑と凛子と市湖、そして木製のカップにハーブティーを入れてくれた『調香士』の鬼灯だ。ついでに引っ張り込まれた叶馬も神妙な顔で席についているが、まず間違いなく状況を理解していまい。
「それじゃ、ひとまず健太くんハーレムは私達と完全に住居を分けるということで良いかな?」
と会話の口火を切ったのは、凛子だ。ニヤニヤ笑うその視線は、未だ消えない健太の首のキスマークに注がれている。
旧『匠工房』で副部長をやっていた頃と変わらず、実務レベルでの話し合いは彼女が主導するようになっている。旧『匠工房』部長にして現『神匠騎士団』副部長の蜜柑はあくまで精神的支柱であり、組織を構築、運営する能力はあまり期待できない。
「ええ、そうですね。基本的には分けた方が無難だと思います。俺たちはあのマジックアイテム短刀で作った地下暮らしでも問題はないですし。ただ、食事はそちらのお世話になりたいな、と。俺も食材狩りに協力しますから。……あんまり意味はないと思いいますけど」
面白がるように笑いながら「健太くんハーレム」という凛子に、健太は視線を泳がせながらどうにかそう答える。
食材としてモンスターを狩る能力に関しては、健太と叶馬に大きな違いはないが、狩ったモンスターを運搬する能力に天と地ほどの差がある。
叶馬がまとめて『空間収納』に入れて持ってくる中、健太がちまちま一匹ずつ持ち込んでもほとんど誤差にしかならないだろう。
「食事に関してはクルミちゃんもメロンちゃんもオーケーしてるから問題ないかな。調味料の差し入れだけでも十分だし、そもそも健太君には初日に助けられてるしね。
改めて、ありがとう。ミカンちゃんを、私たちを助けてくれて」
そう言って凛子は頭を下げた。
「あ、そうだ。私を助けてくれたあのテントウムシはやっぱり健太君だったんだよね? 地面にKENTAって書いてたし。でも、どうやって? 健太君、『文官』じゃないよね?」
不思議そうに首を嗅げている蜜柑と、不審とまではいかないもののなにか言いたげな視線をこちらに向ける凛子、市湖の態度に、健太は内心「やっぱり、この流れになったか」と覚悟を決める。
元々、叶馬とその仲間には少しずつ秘密を打ち明けていく必要があることは理解していた。
原作通りに行けば今後はシャレにならない強敵、とんでもない理不尽が襲い掛かってくるのだ。それに同行して生存するだけでも難易度は高いし、ましてやそれをフォローしなければならないとなれば、いつまでも手を隠しておくのは危険でもある。
とはいえ、健太のチート能力が悪意ある者に知られれば絶対に狙われることも間違いないため、安易に秘密を全開にするつもりはないが。
座り姿勢を直した健太は、真剣な表情で一つ咳ばらいをすると、ゆっくりと口を開く。
「はい。それについてお話ししたいと思っていました。皆さんの中には薄々気づいている方もいらっしゃるかもしれませんが……実は俺は純粋な意味の『騎士』ではありません」
正直『戦士の不動心』をオンにするべきかとも思った健太が、ここは素の自分で語ることが誠意だと考え、あえてオフにしたままそう告げた。
「え? そうなんだ? びっくりだね!」
椅子に座ったまま小さな両手を上げて、本気の驚きを示すのは蜜柑だ。
一方その左右に座る凛子と市湖は、
「薄々って……健太君。私達のこと、馬鹿にしてるのかな?」
「健太君の自称『騎士』を信じてるのって健太君のことか、この学園のことか、どっちかについて相当無知な子だけだよ。
ある程度健太君と付き合いのある上級生なら、まず信じてないと思う」
そう言って半眼でため息をついたり、苦笑を漏らしたりしている。
「え? あれ? 私は?」
健太との付き合いは十分に深い二年生である蜜柑は、仲間を探す様にティポットを持って控える鬼灯と、少し離れたところで椅子に座っている叶馬を見る。
だが、残念ながら鬼灯は凛子と市湖に同意するように頷いているし、叶馬は無表情のまま困ったような雰囲気を漂わせ、すっと目を逸らす。
実際市湖の言う通り、ちょっと健太の戦績、実績を知れば、彼がただの『騎士』であるはずがないことは簡単に察せられる。
凜子を賭けた『学生決闘』ではなり立てとはいえ第三段階の戦闘職を一蹴しているし、市湖を賭けた『学生決闘』では変則ルールだがAランク倶楽部のレギュラーメンバーに勝利している。
そもそもこれまで健太が蜜柑達のもとに持ち込んだドロップアイテムの数々が、「お前が『騎士』? 嘘つけ」と如実に語っている。
それを誰よりも目の当たりにしてた蜜柑が本気で信じていたのは、彼女が馬鹿だからではなく、究極的に善性の人間だからだ。
健太くらいに親しい仲になった者の言葉は、基本的に信じる方向で考えてしまうのが、蜜柑という少女の人格だった。
ちなみに叶馬が気づいていたのは、単純に『情報閲覧』のスキルで見て知っていたからだ。
現状の『情報閲覧』では、一番新しくついた職とそのレベルしか見えないのだが、会うたびに違う職になっていれば流石におかしいと分かる。
「うん、蜜柑ちゃんはそのままでいいかな。それで、健太くん。その分かり切ったことをあえて自分から明かしたということは、本当の職について教えてくれるつもりなのかな?」
こういう場面で会話の主導権を取るのは、やはり凛子だ。
凜子の言葉にいったん「はい」と頷いた健太だが、すぐに慌てて首を横に振ると、
「いえ、本当の職というか、俺が『騎士』であることも嘘ではないんです。ただ俺は、一種のユニークスキルの効果で、複数の職を上書きではなく並列で取得できるんです」
それは学園の常識を知っている上級生ほど、頭が理解を拒む話だった。
「…………ええと、その話と昨日の状況を合わせると、健太くんは『騎士』でありながら『文官』のスキルが使える、と言いたいのかな?」
「はい。『文官』だけに限りませんけど。今、お見せします」
そう言うと、健太は制服の胸ポケットから『徹甲虫・多弾倉』のトレミーの『モンスターカード』を取り出した……つもりで間違って『雷震竜』の『モンスターカード』を取り出す。
「……すみません、ちょっと待ってください」
格好つけて失敗した健太はあからさまに顔を赤らめながら、胸ポケットに入れていた『モンスターカード』を全部取り出す。
健太が日ごろ使っている『モンスターカード』に、今回念のため持ち込んだ予備の『モンスターカード』。
「ほほう」
デッキが組めるほどではないが、ブースターパック四つ分くらいはある『モンスターカード』の束を、叶馬は興味津々に見つめている。
叶馬の視線に気づいた健太は、原作知識から「カードバトルでもやりたいのか?」とあたりを付けつつ、今度は慎重に目的のカードを取り出し、残りのカードはまたポケットにしまう。
「蜜柑先輩。先日、先輩の掌の上に載ったのはこいつでしょう」
健太はそう言ってトレミーのカードを手に持ち、蜜柑達に見えるようにかざす。『具象化』していない状態の『モンスターカード』は中央に精密なモンスターの絵姿が描かれている。
「うん、そう、この子。この子が、バーン、バギューンって悪い男子をやっつけてくれたの」
その絵を見た蜜柑は確信を持った表情で何度も頷く。
「では、証拠として『具象化』します。《トレミー出ろ》」
蜜柑、凛子、市湖、鬼灯、そして叶馬が見守る中、健太に声に応えて『具象化』を果たした『徹甲虫・多弾倉』のトレミーは羽を広げて飛び回ると、指定席となっている健太の右肩に止るのだった。