目の前で『モンスターカード』を『具象化』するという本来ならば『文官』にしか不可能な技を見せつけられた蜜柑、凛子、市湖、鬼灯はしばし呆然と言葉を失っていた。
叶馬だけは相変わらずの無表情だが、ある程度付き合いのある健太にはかなり好奇心を刺激されていることが分かる。
「ふわー、凄いねー。本当に『文官』のスキルが使えるんだ!」
蜜柑はテーブルに両手をついて大きく身を乗り出し、健太の右肩にとまる『徹甲虫・多弾倉』を凝視する。
「健太君は召喚モンスターに名前を付ける派はなんだ。トレミーだっけ?」
市湖も興味深げにそう言葉を漏らす。
一般的に『モンスターカード』に名前を付けるという行為は、珍しくはないがどちらかというと少数派だ。
『モンスターカード』にはマスクデータとしてマスターに対する友好度のようなものがあり、モンスターの生命や意思を無視した命令ばかり繰り返しているとだんだんいうことを聞かなくなると言われている。それを防ぐのに「名前を付けて可愛がる」という接し方は一つの方法であるのだが、名前を付けるとどうしても愛着が湧いてしまうのが人間というものだ。
『文官』は自分と『モンスターカード』で経験値を二分されるため、戦闘職と比べてレベルが上がりづらいという欠点がある。
そのため、幸運にも序盤から強い『モンスターカード』を引き当てた一部の『文官』は一枚の『モンスターカード』を使い続けるが、そうではない『文官』はより強いモンスターカードに乗り換えたり、状況に応じて複数のモンスターカード(飛行用、索敵用、特定モンスター特効用等)を使い分けたりする。
後者の使い方の場合は、特定の『モンスターカード』に愛着が湧いてしまう「名づけ」は足かせになりかねない。
そのため、『文官』全体としてはモンスターカードに名前を付ける派は少数派なのである。
そんな事情は、『周回レベル上げ』という反則スキルを有する健太には全く関係ない話だ。
「はい。他にも何体かいるので後で紹介します。ここでは室内では具象化出来ないサイズのものもいるので。お許しを頂ければ、先輩達がここから出て外で活動する時は、俺の召喚モンスターを護衛に付けたいんですがよろしいでしょうか?」
近場なら邪魔にならない『徹甲虫・多弾倉』のトレミー、多少遠出するのならば足役もこなせる『ゴブリン槍獣騎士』のジュゲム、どちらの場合にしても索敵要員として陰からコボルト『無法者』のボンドは付けるつもりだ。
「ありがとう、そうしてもらえるとこっちとしても助かるかな」
代表して凛子がそう答える。
身の安全だけを考えれば、旧『匠工房』の面々は砦に引き籠っているべきだが、植生豊かなレイド内というのは『職人』にとって宝の山だ。
特に、『調合士』の桃花、『調香士』の鬼灯あたりにはたまらない素材が大量に存在する。もちろん、『服飾士』の杏、『錬金士』の智絵理、『植栽士』の朱陽にとっても興味深い物は大量にある。
彼女たちに「安全な砦に引き籠っていろ」というのは少し酷だろう。叶馬から認められ、その能力を頼りにされるようになった今、旧『匠工房』の面々はやる気に満ちている。
「はい、任せてください。その代わりと言っては何ですが、俺と俺が連れて来た女子の住居をよろしくお願いします。基本は俺のマジックアイテムで地下に造るつもりですが、先輩達の手を借りた方が絶対良い物が出来ますから」
昨日と同じように地下居住区を作るにしても、『要塞建築士』の梅香の手を借りた方が居住性は絶対に上がるだろう。
使用する家具も彼女たちに依頼した方が無難なのかもしれないが、基本的には『職人』である巨乳くっきりメイク二年女子に頼むつもりだ。
単純に物の出来だけを考えれば、旧『匠工房』に頼むべきなのだろうが、自分が出来る仕事を他人に頼まれれば巨乳くっきりメイク二年女子も良い気はしないだろう。
健太がそんなことを考えていると、凛子はちょっとためらった後、ゆっくりと口を開く。
「うん、そっちは任せて。ただ、それに関してちょっと確認させてもらって良いかな? もちろん、健太くんの秘密を根掘り葉掘り聞き出すつもりはないから、言えないことは言えないで良いし、一度そう言われたそれ以上つっこまないから」
「はあ、それは構いませんが」
凛子の随分と含んだ物言いに健太が訝し気に首を傾げつつも了承の意を示すと、
「ウメちゃんから借りて来たんだけど、これ健太くんがウメちゃんにプレゼントしたんでしょ? 滅茶苦茶おかしいところだらけなんだけど、詳しい話聞いても良いかな」
凛子はそう言って、テーブルの上に一本の短刀を置いた。
それは言うまでもなく健太が梅香に譲渡した、『地天』と『地蔵菩薩』の梵字を刻んだ短刀だ。
「ああ、そう言うことですか」
そう言えば凛子は『職人』の中でもちょっと特殊な第二段階職、『鑑定士』であることを健太は思い出す。
『鑑定士』である凛子ならば、その短剣のデータを『視る』ことが可能だ。ひょっとすると『製作者』の欄すら見えているかもしれない。
梵字関係に関して『彫金士』である市湖に弟子入りするつもりだった健太にとって、その辺りを明かすのは既定路線と言える。
「大丈夫です。先輩達には元か打ち明けるつもりでしたから。でも、流石『鑑定士』ですね、凛子先輩。一目で分かりましたか」
と感心する健太に、凛子はその大きな胸が揺れるほどに深いため息をつくと、
「そういう問題じゃない。ミカンちゃん、この『マジックアイテム』をどう思うかな?」
そう言って短刀を蜜柑の前に差し出す。
短刀を手に取った蜜柑は驚きを隠さず、大声を上げる。
「え? マジックアイテム? ホントだ!? 魔力ある! でもこれって学園の量産品だよね?」
蜜柑は鑑定能力のあるモノクロ眼鏡型のマジックアイテムを所有しているが、今は使用していない。ただ純粋な眼力だけでそれがマジックアイテムであることと、元は学園の購買で纏め売りしている最安値の短刀であることを見抜いた。
「……分かるんですか?」
驚きを隠せない健太に、凛子は頭痛をこらえる様なしかめっ面を浮かべると、
「むしろなんで分からないと思ったかな? 一応品番やメーカー名は削ってあるし、柄の形状やニスは変えてるみたいだけど刃は『文字』を刻んだ以外はそのままでしょ? 『職人』なら一目瞭然かな」
凛子の言葉に、蜜柑、市湖、鬼灯が同意を示す。だが、実際には凛子の言葉は正確ではない。『職人』で健太の短刀を見て「学園の量産品だ」と看破できるのは少数派だろう。
問題は、旧『匠工房』十二人は例外なく全員がその少数派であるということだ。おかげで蜜柑達が学園の一般的『職人』から自分たちがどれくらい逸脱しているか自覚していない。
ともあれ、元の素材が学園の量産品とバレた時点でそのマジックアイテムが「ダンジョンでドロップした」という言い訳が効かないことは変わらない。
「はい。お察しの通り、それは俺が自分で作ったマジックアイテムです。俺、一応『職人』でもあるんです。先輩達の前で『職人』を名乗るのもおこがましい腕ですけど」
健太のその言葉は、謙遜でも自虐でもない。『職人』はレベルよりも本人の技術やセンスがモノを言う世界だ。
健太自身、運動神経や頭良さと違い、手先に器用さに関しては平均以上ではあるのだが、製造分野の知識もなにより根本的なセンスが蜜柑達の足元にも及んでいない。
「やっぱりか。『文官』のスキルも使えるならひょっとしてとは思ったけど……一応、証拠を見せてもらっても良いかな?」
「ええと、『強化外装骨格』ですか? 流石にここでは」
健太の『強化外装骨格』、ビッグジャイアントは『強化外装骨格』の中でも特に大きく重い。梅香達が力を入れて作り上げたこの建物でも、屋内で召喚すれば床にダメージを刻むことは間違いない。
健太の問いに凛子は首を横に振ると、中身を飲み干した木製のカップを健太の前に差し出す。
「それも後で見せてもらうけど、とりあえず今はこれを『加工』でお皿にしてもらえるかな?」
『加工』は『強化外装骨格』に次ぐ『職人』の基本スキルだ。一部の例外を除き、なり立ての『職人』でもこの二つのスキルは使える。
「分かりました。《柔らかく》《思い通りに》《形を変えて》《留まれ》」
『加工』のスキルを使えば木材も石材も金属素材も、常温のまま素手で変形させることが出来る。もちろん、『職人』のレベルに対して素材のレベルが高すぎるとスキルが効果を持たないこともあるが、健太ならばここ『轟天の石榴山』の木材でも問題はない。
『職人』としての自己評価が低い健太だが、それはセンスと知識の問題であって手先はそれなりに器用な人間のつもりだ。
まして今の健太は『盗賊』系の職を複数重ねているので、器用さも比較にならないくらいに高まっている。『加工』のスキルでモノを変形させることも、『周回レベル上げ』で梵字の研究をした際に数多く経験している。
だから、健太は手早く木製のカップを木製の皿に変形させ終えた。見た感じ割れや歪みもない。そのまま使えそうな皿だ。
「出来ました」
内心少し自慢げに差し出した木皿を蜜柑達は手に取って言う。
「凄い、ほんとうに健太君は『職人』でもあるんだね!」
「そうね、これは『職人』じゃないと絶対無理かな。出来はちょっと微妙だけど」
「それは仕方がないでしょ、健太君は本来戦闘職なんだから。最初から上手にできる人なんかいないわ」
感心する蜜柑。ダメ出しをする凛子。そして、フォローしてくれる市湖。
ダンジョン内で『周回レベル上げ』を使い、すでに数十時間の実地訓練を積んでいる健太としては、市湖のフォローが一番心を抉る。
やはり、健太の『職人』としての能力は(匠工房基準では)まだまだ駆け出しに過ぎないようだ。
結構ショックを受けたものの、ひとまずはそれは置いておいてせっかくだからこの流れで健太は、以前の約束を口にする。
「ま、まあ、そんな程度です。ですから、よろしければ市湖先輩。先輩にお教えいただきたいのですが。以前約束しましたよね? 「俺の倶楽部の『職人』を、市湖先輩が指導してくれる」って」
「確かに、言ったけど」
と市湖が戸惑うのも無理はない。健太の倶楽部の『職人』を指導するという約束だったが、まさかそれが健太自身だとは思わないだろう。
一方、蜜柑は純粋に「仲間を見つけた」喜びを露わにする。
「健太君も『職人』なんだね。良かったら私も教えてあげようか? これでも部長、元部長だったんだから『職人』としては皆にも負けてないんだよ」
「ありがとうございます、蜜柑先輩。武器や防具とかの時は先輩にも是非、お願いします。ただ、今の優先順位はこれなんですよ。絶対秘密にして欲しいんですけど、俺、こういうふうに魔法の文字を刻むことでアイテムを魔化することができるんですけど、これは『彫金士』の市湖先輩の領分だと思うんです」
蜜柑の指導を遠慮する本当の理由は天才蜜柑の「ぎゅっがしゅーとなってぎゅーんになるの」という説明が自分に理解できるとは思えないからだが、それをあえて伝える意味はないだろう。
そんな内心を隠した健太は、『月天』の梵字を刻んだ金属片をテーブルの上に載せた。
「ふーん、『月天の照明具』か。確かにこれはイチゴちゃんの領分かな?」
「そうね。これって同じ素材で私が複製しても同じように効果を持つのかしら?」
凛子の言葉を受けて、市湖が興味津々に健太に視線を向けるが、健太は首を横に振る。
「いえ。試してみないと断言はできませんが、多分難しいと思います。文字に魔力を通わせるという『文官』のスキル『落書き』から発展した、文字魔術という分野ですから」
正確に言えば、『文官』の『落書き』だけでも一応発動はしたが、まともに使い物になるようになったのは『術士』系第二段階職『文字魔術士』を獲得してからだ。
『文字魔術士』に関しては、学園の図書館の資料にも全く記されていなかった。
ルーンに関しては、ヨーロッパのメルクリウス学院が進んでいるらしいのでひょっとすると向こうには『文字魔術士』の職の知識もあるかもしれないが、あいにく豊葦原学園の健太が調べられる範囲の資料には存在していなかった。
まあ、メルクリウス学院に『文字魔術士』の資料があったとしても、それはルーン文字やヘブル文字に関するものだろうと思われる。健太が一番研究を進めている梵字とその補助文字であるブラーフミーン文字の資料があるとは思えない。
「そっか、ちょっと残念ね」
「あ、でも最初は『落書き』の魔力インクを溶かし込んだハンダを文字の形に掘った溝に埋めて削るだけで一応は発動はしましたから、そのハンダを用意すれば市湖先輩でも出来るかもしれません。試してみるなら先輩の分もご用意しますけど?」
あいにく持ち込んでいるハンダはそう多くないが、『文官』兼『文字魔術士』な今の健太はハンダを必要としていない。そちらは全て市湖に融通してもさほど問題はない。
「ありがとう。ちょっと楽しみね。でも、この文字は随分細かいのね。さっきのお皿よりずっと上手。これが掘れるのは随分器用だと思うわ」
「いやあ、それは『連動拡大視』のスキルを使いましたから」
「え? 使えるの!?」
健太の言葉に、市湖は驚きの声を上げる。見ると、蜜柑、凛子、鬼灯も同様の表情を浮かべている。叶馬だけは全く驚いていないが、話が分からないからだろう。一人でお茶菓子として出されていたクッキーを食べつくし、手持ち無沙汰にキョロキョロしている。
『連動拡大視』とはその名の通り、拡大鏡のように手元が拡大されて見える上に、その視界内では自分の手も視界と同じように細かく動くようになるスキルだ。
簡単に言えば、十倍に視界が拡大されればその中で手を動かせば、一センチ横に動かしたつもりが一ミリしか動いていないことになる。
そのため、健太でも小さな文字を精密に彫り込むことが出来るのだ。
問題はこの『連動拡大視』というスキル。第一段階職の『職人』では覚えられないという点にある。
『連動拡大視』は、『彫金士』、『宝飾士』、『造形士』、『生命工学士』等、一部の『職人』系第二段階職でしか覚えられないのだ。
「はい、一応『彫金士』のスキルも一通り使えるので」
ここまできた以上、『職人』系に関しては隠す気がない健太は平然と答える。職人として弟子入りするのならば、職人として出来ることはオープンにした方が良い。
「あー、うんそうだったね。流石は叶馬君のご同類かな」
「一緒にしないでください。叶馬と俺では、寿〇侍とすしカ○マぐらい違います」
凛子の評価に健太はきっぱりとそう否定する。同じ同人作家でも、天然の金髪の可愛らしいのと、加齢による白髪が出て来た痛々しいのくらい違うのだ。
「ひょっとして、他にも使える? 『鍛冶士』も!?」
興味津々に完全に椅子から尻を浮かせて、テーブルに状態を被せるようにして元気な声を上げる蜜柑に健太は反射的に首を横に振る。
「いえ、今のところ俺が『職人』系で使えるのは『彫金士』と『素材製造士』だけです」
対する反応は、先ほど以上に劇的だった。
「……え、えー!?」「本気で言ってるかな?」「ほ、ほんとに?」「ふわあ……!」
『文字魔術士』と違い『素材製造士』は、存在自体は一応確認されている。
多くの『職人』にとって強力なブースターとなりうる極めて特殊な『職人』系第二段階職。それが『素材製造士』なのだ。
比較的冷静なのは凛子くらいで蜜柑、市湖はもちろん、大人しくお茶くみ係に徹していた鬼灯さえも色めき立つ。
「ふむ?」
一人話に全くついていけていない叶馬は、手慰みに『空間収納』から取り出したゲンコツせんべいをバリバリかみ砕いていた。