健太が叶馬と旧『匠工房』と合流を果たした翌日。
昨晩同様、外の東屋でそろって食事とその後片付けを済ませた健太は、叶馬が外に遊びに行くのを見送った後、約束通り砦内の一室で『彫金士』の市湖の指導を受けていた。
元々このレイド内で市湖の弟子入りを予定していた健太は、自分用の彫金工具一式は持ち込んでいる。
「教えるにも、現状の腕を見せてもらわないと」
という市湖のもっともな言葉に、健太はひとまず市湖が用意した課題に取り組んでいた。
市湖用に造られた彫金机の上に固定されたスリ板の上に、銀板を乗せる。
一般的に彫金の練習用金属というのは真鍮のような安価な金属が使われるが、ダンジョン職としての『彫金士』の練習には銀を使う方が良いらしい。ダンジョン装備としての彫金には単純な金属加工だけでなく、魔力の通り、魔化の成功率という問題も生じる。
その辺りを総合的に判断すれば、多少割高でも最初から銀に慣れていおくべきだ、というのが市湖の主張だった。
その銀板に健太は市湖に言われるがまま、加工を施していく。
糸鋸で外形を切り抜き、タガネと木槌で直線を掘り、曲線を掘り、ドリルで穴を穿ち、ヤスリで曇らせ、ヤスリで磨く。
また別の銀板を先の丸まったタガネと木槌で凹凸模様を刻んだり、糸鋸で切った銀板を叩いて曲げて輪にしたり、バーナーで炙って溶接したりする。
それらの作業の多くは、『職人』もしくは『彫金士』のスキルを使えば道具を使わずにはるかに簡単に出来るのだが、これはあくまでテストだ。
「出来ました」
言われた通りの作業を終えた健太は、そう宣言する。
「拝見します」
作業中もずっと健太の手つきを見ていた市湖は、健太が手掛けた銀板を手に取り、まじまじと見るとゆっくりと口を開く。
「うん、仕様通りに加工する点に関しては問題ないわね。丁寧な仕上がりだわ。まだちょっと時間がかかりすぎてるけど、それは数をこなせば改善される問題だから。足りてないのはやっぱり知識とセ……うん、経験ね。彫金の知識はもちろん、宝飾品そのものの知識が足りてないから良し悪しの判断基準があいまいなのね。男子の場合、それが当たり前なんだろうけど」
「なるほど」
市湖が言いかけた言葉が「センス」であると察した健太は苦笑を噛み殺し、神妙な表情で頷いた。
センス。それは非常に厄介な代物だ。芸術、技術、スポーツ、戦闘。あらゆる世界で確実に存在している個人差でありながら、その違いをはっきりと言語化することは難しい。だから、後天的にセンスを磨くのは困難極まる。
市湖が言い直したように、知識を蓄え、経験を積むのが一番無難なのだが、それでも大概の場合は先天的にセンスのある者に追いつくのは難しいのが現実だ。
まあ、健太の場合『彫金士』としての腕は今のところ『文字魔術士』として梵字、ルーン文字などを刻めれば十分だ。将来的に第三段階の『紋章魔術士』や第四段階の『記号魔術師』となった時にはまた色々と自力不足が足を引っ張る可能性もあるが。
「ひとまず、私が教えられるのは加工するときのちょっとしたコツとか、金属と石の相性の良い組み合わせ、相性の良い形状とかだと思う。あんまり教えてあげられなくてごめんね」
これまで多大な借りのある健太から頼られたのに、思いのほか力になれなかった市湖は申し訳なさそうにそう言う。
「いえ。十分です。それなら個別で色々教えてもらうのではなくて、この場で俺が作業をしてそれを見ていて気が付いた改善点や問題点を指摘するというのはどうでしょう?」
少し考えて健太はそう提案する。
体系立てて基礎からガッチリ修得するのにはどうしても時間がかかる。『周回レベル上げ』を使えば時間の問題も解決だが、流石にそこまで明かすつもりはないし、そもそも健太は職人系だけに全力を注げる立場でもない。
「うん分かった。しばらくはそれでやってみましょう」
市湖はその年齢以上に大人っぽい美貌に柔らかな笑みを浮かべた。
きっかけは作業をしながらの何気ない会話だった。
「そういえば、その金属片は何を使っているのかしら? 正直あまり質が良くなさそうなんだけど」
健太が金属片にインドラジットの梵字を刻むのに悪戦苦闘していると(インドラジットはインド神話の神であり、仏教に対応する御仏が存在しないため、長い梵字を直接掘るしかない)、市湖はそう尋ねて来る。
「これはダンジョンで拾ったゴブリン装備を『加工』のスキルで小板状に切り取ったものですね」
健太の隣でベルトのバックルを作成していた市湖はその手を止めて、少し言いづらそうに告げる。
「武器や防具に使われている金属は硬度が高いから彫金にはあまり向かないわよ。ゴブリン装備の場合素材そのものが粗悪だしね。鉄製のアクセアリーも悪くないけど、その場合は純度の高い加工しやすい鉄を使う方が良いと思うわ」
「なるほど」
指摘を受けた健太は手を止める。
言われて見れば、この金属片は健太がまだ『素材製造士』の職を得る前に作成したものだ。元々、魔術文字の練習用のつもりだったので、その質にこだわるという発想がなかった。
「ええと《結合》。次に《不純物除去》。こんな感じかな?」
健太はまだ使用していない金属片を数枚取り出すと、それらを一度『加工』のスキルで結合させた後、『精錬』のスキルで鉄としての純度を上げる。
『精錬』は『素材製造士』特有のスキルで、主に金属の純度を上げる効果がある。
ゴブリン装備に使われている金属程度の低層素材ならば、一発で完全な純鉄に出来る。そうして、不純物を排して現代技術でも不可能な純度百パーセントにした純鉄の塊を、再び『加工』のスキルで小板状に切り分けていく。
純鉄は鉄という言葉から連想されるような黒みを帯びた鈍色ではなく、銀に近い光沢のある白身を強く帯びている。
「こんな感じですね。あ、確かにこの方が力を引き出せそうです」
あくまで感覚的なモノだが、マジックアイテムの素材としての格が上がった感触を覚えた健太が少し興奮気味にそう言って横に座る市湖を見ると、市湖は小さく口を開けて呆然とした表情でこちらを見ていた。
「先輩?」
「健太君、それ、なに?」
それまで行儀よく守っていた補習レイド内の不文律も忘れたのか、健太の名前を呼ぶ市湖の言葉に健太は戸惑いながらも素直に答える。
「『精錬』です。『素材製造士』のスキルの。知らなかったんですか? 『素材製造士』のことは皆さんご存じでしたよね?」
「それは、本当に簡単な概略くらいよ。詳しいことは何も」
聞けば、元々『素材製造士』は職人系第二段階職の中でもかなりマイナーな部類で、過去に何人もいなかったらしい。
そのため、「素材作りに特化した職」くらいの情報しか学園も把握していない。ただでさえ不遇職の『職人』系だ。『素材製造士』はそれ単独では他の職人系第二段階職よりも成果を発揮しづらい職である。
そのため、過去に僅かにいた『素材製造士』は皆、低レベルで終わっていたと予想される。
「すみません、ちょっと考えさせてください」
と健太は断ると、『戦士の不動心』をオンにして思考を回す。
『素材製造士』について旧『匠工房』に明かすのは既定路線だった。『素材製造士』のうま味を十分に引き出すには、蜜柑達の協力が必要不可欠だからだ。
同時に、それ以外の人間に関しては出来るだけ秘匿しておくつもりなのも、元から変わらない。
ただ、『素材製造士』が思っていたより珍しい職で、その恩恵の大きさが予想以上なのだとすれば秘匿にはより一層気を配る必要があるだろう。
健太は自分の秘密を何段階かに分けて、『脳外記憶領域』に整理する。
「…………そちらのとってもこちらにとっても予想外だったみたいで。ちょっと、『素材製造士』が出来ることについて皆さんに協力してもらって検証しましょうか。ただし、秘密にお願いします」
旧『匠工房』には知ってもらう必要がある。健太が保護した五人の女子には見せるわけにはいかない。
叶馬は、まあ、どうでもいい。出来るだけ隠したいとは思うし、知られれば口止めもするつもりだが、それでどうにかなるとは思っていない。
「分かったわ。これは私だけじゃなくて希望者皆呼びたいんだけど良いかしら?」
「はい、秘密を守っていただけるのでしたら」
市湖の提案に健太はそう肯定の答えを返した。
健太が『素材製造士』の出来ることを見せる。
その話を聞いた旧『匠工房』の面々は、ほぼ全員が作業の手を止めて集まってきた。
唯一集まっていないのは「食事の下ごしらえがあるから」と断った久留美だけである。
それ以外の十一人の見学者に健太を加えて十二人。流石に現状の砦内では手狭ということで、披露は外で行われることになった。
健太が保護している五人に見られないように、念のため砦の裏側に集まってもらう。
「それじゃ始めます。現時点で俺が出来ることを一通りお見せします」
健太はそう言うと、かぶりつきで見ていた蜜柑がうんうんと激しく首を縦に振る。
「うん、見せて見せて」
ワクワクという擬音が聞こえてきそうな蜜柑の期待の籠った言葉に、健太の少しテンションが上がる。叶馬ほどではないが、健太もやはり蜜柑には少し特別な意識を抱いている。
興味津々の視線を向けているのは蜜柑に限らない。他の面々も好奇心を抑えられない表情で健太のやることを見ている。
健太はそれらの視線を意識しながら、一本の丸太に向き合う。
その丸太は、建材として蜜柑達が刈ってきた物だが、今回の実験用として譲り受けた。
一番太いところで直径五、六十センチほどくらいはあるだろうか。長さは十メートル前後。ただし、全体的に大きく歪曲しているので真っすぐな木材として切り出そうと思えばそこまで長い木材は取れないだろう。
「いきます。まず最初に《砕けろ》」
しゃがんで丸太に手をかけた健太がそう唱えると、丸太は一瞬で粉々に砕け、大量の木屑となった。木屑一つ一つの大きさは一センチ前後といったところだろうか。
スキル『粉砕』の効果である。
『粉砕』はその名の通り、素材を細かく砕くスキルで、本人の力量にもよるが木材に限らず、石材、皮素材、繊維素材、金属素材、食材などにも応用が利く。
粉砕する大きさも、今回のように一センチ前後だけでなく、上限は数センチから下限は砂より細かくすることも可能だ。
ただし、あくまで「素材を細かく砕く」スキルのため、自然界に存在するまだ生きている木や半分埋まっている岩、もしくは建造物に直接作用させることはできない。一度切り出し、掘り出し、解体して『素材』の形にしなければならない。
健太は粉々に砕けて剥き出しの地面に散らばる木屑に手を突っ込むと、次のスキルを使用する。
「《集まり固まれ》」
『圧縮』。細かな素材を集めて圧縮して固めるスキルである。木屑は固まり、細長い円柱型の木材の形を取った。
直径は三十センチ強、長さは五メートル前後。丸太と比べると体積は十分の一以下に縮んでいる印象だ。形はスキルを使用する者のイメージ通りに出来るので、最初の丸太とは違い、歪みのない棒状だ。
「《燃え固まれ》」
続けて健太が使用したのは『焼結』というスキルだ。その名の通り、素材を焼き固めるスキルの効果で、細長い円柱型の圧縮木材は、さらに一回り縮んだ木炭の塊と化す。
「《不純物除去》」
続けて健太が使用したのは『精錬』のスキルだ。市湖の前でゴブリン装備の粗悪鉄から不純物を除去して純鉄に変えたように、今回は木炭から炭素以外のモノを除去して、純粋な炭素棒とする。手に持つ重量感で測れば、おおよそ元の八割ほどの重さになっただろうか。
木炭棒の炭素含有率は八割くらいだったのだろう。不純物が消し飛ばされた分、中には細かな空洞が多数生まれているはずだ。
「《強く正しく美しく……結合せよ》」
最後に使用したのは『結晶化』のスキルだった。
『結晶化』は健太が『素材製造士』のスキルと認識している中で一番難易度が高いスキルだ。
発動に必要なSP量も膨大で、通常の『素材製造士』ならば、手の平に収まる程度の素材を『結晶化』するだけで、SPを使い果たしかねない。
多数の職を重ねて膨大なSPを誇る健太でも、「あ、減った」と体感できるくらいには減っている。
その効果は素材の結晶化。純炭素の棒は、炭素の面心立方格子結晶体――ダイヤモンドとなる。
直径三十センチ、長さ五メートルほど黒い炭素棒は、直径十センチ弱、長さ一メートル前後の無色透明な棒へと変貌した。
「よし、上手くいった。他にも披露していないスキルがいくつかありますけど、主だったところは大体こんな感じです」
思った以上に上手くいったとちょっと得意そうな顔をする健太の前で、真っ先に感動と喜びを爆発させたのはやはり、蜜柑だった。
「す、すごい、すごい、すごーい! 健太君凄いよ! ゴゴってして、ギュッとして、ジャッのあとに、シャッで最後にキラッてなった! リンゴちゃん、見て見て! 凄いよこれ!」
「うん、大丈夫。ちゃんと『視て』るかな。『完璧な金剛石棒』ね」
興奮冷めやらぬ蜜柑がピョンピョン跳ねる横で、『鑑定士』である凛子は眼を細めて健太の手にある透明な棒を見て、そう呟いた。
「まあ、正直これはただのデモンストレーションで、この透明な棒を何に使うのかとかなにも考えてないんですけど。大体、こんなことが可能です。
というわけで、俺も多少はお力になれるので、補習が終わった後に俺たちの装備の更新をお願いできればと」
健太自身、『素材製造士』のポテンシャルが相当高いことは感覚的に確信しているのだが、具体的に何をどう有効活用できるのかは、全く思いつかない。
自分は素材を用意するのに専念し、その素材で実用的な形にするのは蜜柑達にお願いする方が良い。
驚愕がある程度落ち着いた蜜柑と凛子以外のメンバーは、そんな健太の漠然としたそんな考えが、正しいことを証明するような反応を見せる。
「炭素の結晶化。それなら炭素繊維も作れるかな?」
「微細で均一な粉砕が可能。ならば、超硬コンクリートが作れます! この城の耐火、耐熱性能も遥かに高まる!」
「あ、あのモンスタークリスタルも素材になるのでしょうか? クリスタルから直接元素を抜き取ることが出来れば」
「同じことを珪砂でやれば、シリコンが。それもテンナインでもイレブンナインでもない。夢の純度百パーセントシリコンが出来るのでは? いえ、ダイヤモンドの形状を加工可能ならば、いっそ一足先にダイヤモンド半導体を!」
「土から必要な成分を摘出できるのでしたら、素焼きの植木鉢も簡単に作れますね。そうしたら、トマトやナスビも自由に動け……動かすことが出来るようになります」
「大豆、きな粉に出来ます。きな粉、オリゴ糖取れます。甘味作れます」
「お、お花やハーブから香料を摘出できたら。摘出した香料を結晶化出来ればすごく長持ちする、はず」
流石は旧『匠工房』というべきだろうか。
丸太をダイヤモンド棒に加工するプロセスを見ただけで途中途中、健太が素材にどのような手を加えたのか、どのような変化を起こすことが出来るのか、皆おおよそのところを理解したようだ。
そこから自分の得意分野にどのような作用するか、希望、願望を言葉にしている。
中に何人か不穏なことを言っている者もいるが、まあそれくらいは許容範囲だろう。
「俺に出来ることなら、協力します。レイド期間中、色々試してみてください」
健太の言葉に、蜜柑達から歓声が上がった。