補習レイド『轟天の石榴山』にログインを果たしてから十数日ほどが経ったある日。
すっかり生活のローテーションが固まった叶馬、健太、旧『匠工房』の面々、そして健太が保護している五人の女子が集まって、大きな東屋の下で朝食を取りながら報告事項を上げていた。
「大豆が調理班の要望数を満たしたので、今回は半分枝豆の段階で収穫しました。今日の夕飯からお出し出来ます」
最初にそう穏やかな口調で報告を入れたのは『植栽士』の朱陽である。
朱陽が毎日手入れをしている砦地下の菜園は、もはや専業農家の畑レベルに達している。
健太の梵字の研究も順調に進んでおり、『日天』の梵字は、手動でオンオフを入れなくても時間経過で自動でオンオフが出来るようになった。そのため、常に夕暮れ時なレイド内より砦地下の方がよっぽどしっかりと昼と夜が存在している。
今後は、オンオフだけでなく段階的な強弱、太陽光の波長変更も出来るようになって朝や夕方を作ったり、日照時間を伸ばし、縮み、日光の強弱も出来るようにして、季節もつけるようになれば最高だ。
草花には種まき、発芽、収穫に最適な季節が存在する。疑似的に季節を再現できれば、地下菜園は「一段上の存在になる」という朱陽の言葉に、叶馬は珍しく冷や汗をかいていた。
また、『風天』の梵字で地下空間は常にゆったりとした風が不規則に流れている。朱陽が育てている植物には風媒花の植物も多いからだ。
虫媒花の植物は現状、朱陽が手ずから受粉を助けてやらなければならないのが、大きな手間仕事となっている。
「あ、アケビちゃんから頼まれてた、受粉ドローンの試作5号機が完成しました!」
「今回はちょっと自信ありです」
そう続いて発言したのは、『機関士』の柿音と『錬金士』の智絵理だ。
虫が花粉を運ぶ虫媒花。その虫(蜜蜂、蝶、ハナアブ等)の代用として近年開発が進められているのが、受粉ドローンである。
世の中で研究が進められている受粉ドローンは当然ながら動力が電動式で大きさも精々手の平サイズだが、柿音と智絵理が開発中のドローンは大きめの蜂程度の大きさまで小型化されている。
恐ろしいことにダンジョン内であれば周囲の瘴気を吸収するのでエネルギー切れはないらしい。
「このままだと外では10分も飛べないので、エネルギーをチャージ可能な『巣』の作成と、エネルギー切れになる前に帰巣する本能を組み込む試作6号も構想中です」
「アケビちゃんの畑はぐんぐん広くなってるから、受粉ドローンもたくさん必要なんだよね。だから、柿音ちゃんが一つずつ手作りしてたら大変だし、受粉ドローンを材料から自作する『女王』もあったら良いかも? 材料も自分達で集めるようにして」
原作でもマッドコンビと言われている柿音と智絵理の構想に、健太は思わず縋る様に事実上のまとめ役である凛子に視線を向けると、幸いにしも凛子は大きくため息をつきながら数回首を横に振った後、言ってくれる。
「はい、ストップ。アケビちゃんもカキちゃんも試作5号で止めておこうかな。そっから先はパニックSFな世界がまってそうだから」
「むう」「分かりました」
柿音は少し不満そうに、智絵理は素直にそれでも一時停止の提案を受け入れてくれたことで、次の発言者が口を開く。
「ベッドと寝具を新調しました。どっちも良い出来だと思うので、皆さん夜を楽しみにして下さい」
それは、『裁縫士』である杏の言葉だ。
拠点をここに定めてから、杏はずっと寝具の改良に努めてきた。叶馬と旧『匠工房』の十二人は一つの寝室を使用している。
そこにあるベッドは一つきりで、大きさはキングサイズを超えた超特大。作りもしっかりした叶馬と旧『匠工房』の十二人が同時に乗ってドタバタ運動しても全く問題ない大きさと耐久性を誇る。
ベッドがひとまずの完成を迎えても、杏は「更なる快適な夜の生活」を求めて改良に余念がない。ベッド本体のギミックはもちろん、その上に載せる寝具こそが『裁縫士』である杏の真骨頂だ。
最初は袋状の布団に落ち葉を詰め込んだものから始まり、目の細かいロープを張って弾力を持たせたものや、婆沙婆沙という巨大鷄のようなモンスターの羽を使った羽毛布団など、色々試している。
他にも杏はレイド内の植物から繊維を用いて、皆の衣類も作成している。皆最低限の着替えは持ち込んでいるが、予備の服が増えることは歓迎すべきことである。
「ええとね。鬼灯ちゃんのモモタロウくんに『能力器官』をインストールできたよ。これでモモタロウくんはビビッてなったらトゲトゲがジャーン! てなるようになったから」
小さな両手をバタバタさせる蜜柑に、鬼灯ははにかみながら小さく頷くことで同意を示す。モモタロウとは鬼灯の『強化外装骨格』の名前だ。
鬼灯は元々引っ込み思案で自己主張の弱い者が多い旧『匠工房』の中でも、飛び切りシャイだ。体つきも蜜柑と並ぶ最小サイズで、健太も気を付けていないと先輩ではなく、小さな子を相手にするような気持ちになってしまう。
健太も含めたこの場にいる十四人の『職人』は全員、牛鬼の『能力器官』である「粘糸器官」はすでにインストール済みだ。
牛鬼の「粘糸器官」は使い勝手の良さの割に容量を食わないので脳死でインストールがマストとなっている。
それでも容量は十分に空いているのでそこに何をインストールするかは各自の判断だ。
今のところ、凛子が『百雷鳥』の『発電器官』をインストールしたい以外は、鬼灯がインストールしたのが初めてだ。
婆沙婆沙の「火炎器官」は中々強力な攻撃手段なので、健太も少し興味を覚えたのだがまだ試していない。
健太のビッグジャイアントは他の『強化外装骨格』と異なり、戦闘用スキルが使用可能という特徴がある。だから、攻撃手段をそこまで求めていない。実際、通常のダンジョンダイブで入手できるドロップアイテムにちょっと狙っているものもある。
「健太君が材料を作ってくれたので、基礎を全て超硬コンクリートと鉄筋、鉄骨で補強し終えました。これで見張り塔も中央のお城ももっともっと拡大が可能です。理論値通りなら、高層ビルを建築しても問題ないはずです!」
こぶしを握って力強くそう宣言したのは言うまでもない、『要塞建築士』の梅香だ。このレイドで活動を始めてから一番張り切っているのも、一番活躍しているのも梅香で間違いない。
梅香の『要塞建築士』という職は『職人』の中でも通常の日帰りダンジョンダイブでは、真価を発揮しずらい職だ。
『鍛冶師』ならば武具、『裁縫士』ならば衣類、『彫金士』ならば装身具を学園の工房で作成して、ダンジョンダイブ持ち込むことが出来る。
だが、『要塞建築士』の真骨頂である建造物を工房で作ることがまずできないし、もしできたとしてもそれをダンジョンに持ち込むことは不可能だ。
だから、今回の補習レイドで梅香は本当に張り切っている。一歩間違えれば暴走しかねないほどに。だが、その成果はしっかりと出ていた。
高層ビルでも建てられるほどの土台。ぐるりと囲む高くて分厚い外壁。その外壁の外側に掘られた深くて広い水堀(水は健太が提供した複数の『水天』の梵字で出している)。
そして、四方向に建てられた高い塔と、中央に位置する巨大な城。
当たり前だが、学園が用意したカマボコ型のベースキャンプ以外は密林ばかりが広がるこのレイド内で、それは恐ろしく目立つ。
梅香の頑張りは拠点の防衛力を上げると同時に、拠点の秘匿性を著しく下げていた。
結果、この数日で砦はレイド参加者(全て男子)の襲撃を複数回、受けていた。
最初は、緊張で吐きそうになりながら迎撃に当たっていた蜜柑達だったが、二回、三回を数を重ねて撃退の実績を重ねるに従い、自信を身につけていく。
「基礎の強化が終わったんなら、「鉄球落とし」を上にあげようかな。効果を試したいから襲撃があるとありがたいんだけど」
今では凜子などはそう言ってニヤリと悪い笑みを浮かべられるくらいに、余裕が出てきている。
SPバリアを纏っているモンスターや学園生徒相手に、トラップは基本ダメージを期待できないのだが、物理的な現象はおおよそそのままだ。
水堀の中に引きずりこめば窒息死させられるし、レベルアップで強化した筋力でも動かせない鉄球の下敷きになればすぐには死ななくても身動きは取れない。
「どうせ、すぐに来るでしょ。あの馬鹿共は懲りるってことを知らないんだから」
いつも通り皆の食事を用意していた久留美はそう言ってプリプリと怒る。
「レイドは物資、特に食料が不足するからね。探すより奪う方が楽って考えなんでしょ」
「ついでに新しいオナホをゲット?」
「いやらしい」
「最低」
「嫌イ、デス」
補習レイドに参加している男子に向ける旧『匠工房』の感情は最悪の一言に尽きた。
健太に保護されている、二年、三年の女子四人も言葉には出さないもの、表情で同意を示している。
皆、これまでの学園生活および補習レイドでろくでもない目に合ってきたのだろう。
この場では圧倒的少数派である男子の健太と叶馬は少し居心地が悪い。
そんな二人の反応に、凛子は面白がるように笑みを深める。
「ま、いやらしい男子は砦の中にもいるんだけどねぇ、優梨愛?」
凛子の言葉を受けて、くっきりメイク巨乳二年女子――優梨愛はクスリと笑って首肯する。
最後の一人であった三つ編み目眼鏡一年女子――藤子が健太と性交にいたり、隷属したのを契機に砦内では名前呼びが解禁されていた。
まあ、叶馬と旧『匠工房』の一部はその前から平気で名前呼びをしていたが。
「それは否定できないわね。毎晩ローテーションでお相手してるんだけど、気を失うまで気持ちよくされちゃうし。昼間も会うと視線はいっつも胸ばっかり見てるわ」
そう言って優梨愛は、赤いルージュの塗られた唇を大きく笑みの形に歪めながら、健太に流し目をくれる。
「ふーん、健太くんはそうなんだ。叶馬くんとは違うかな。叶馬くんは毎晩全員だよ。昼間だって砦にいる時は誰か彼か捕まえてエッチ三昧なのに、夜は全員に最低一回は中出ししないと寝かせてくれないんだ」
「うわっ、凄っ。ねねね、ご主人様。やっぱ私達も毎晩全員で相手したほうが良い? こっちは五人しかいないけど」
「あ、い、いや、今まで通りでお願いします」
くせ毛ショートヘア褐色爆乳二年女子――詩織が褐色の頬を赤く染めて上目遣いに見上げる仕草に健太は、どもりながらどうにかそう答える。
ちなみに精力が馬鹿みたいに上がっている学園男子でも、五人という人数は断じて「しか」と言われる数ではない。
「蜜柑ちゃんと鬼灯ちゃんもすっかり叶馬くんを受け入れられるようになっちゃって。もう叶馬くんの大きさと形にされちゃったんだから、ちゃんと責任取ってあげないと駄目かな」
「あー、それを言うなら藤子ちゃんもだね。藤子ちゃんなんてもう健太くん専用機だもんね」
凛子と詩織がニヤニヤ笑いながらそんなことを言う。
「ふぇ? え、えへへ……」
言われた藤子はうつ向き加減に困ったように笑うが、「健太くん専用機」と言われたことを否定はしない。
それは、恥ずかしそうに顔を紅潮させている蜜柑と鬼灯も同様だ。
男子の前であまりに明け透けな話題が続く。
一年女子の藤子はともかく、それ以外は皆なんだかんだいって一年以上学園で生きてきた学園の女子だ。性倫理は程よく壊れている。
この流れのままでは、自分たちはひたすら弄られ続ける。
それを理解した叶馬は、無表情のまま口を開く。
「砦の改築は続いているようですが、すでに防御力が十分であることは実証されました。そろそろレイドクエストの攻略に取り掛かるべきかと意見具申します」
そんないつもより少し早口な叶馬の意見具申に、その場にいる女子一同は揃って固まった。
補習レイドを攻略する。それは、思考が止まるくらいに非常識な提案なのだ。
唯一、この場で叶馬がそれを言い出すことを知っていた健太は、女子一同が固まっている隙に賛同の意を示す。
「確かに。レイド攻略の基本である拠点構築はひとまず形が付いたと見て良いな。残りの日数的にも、そろそろ外に向けて動いた方が良いと俺も思います」
男子二人の意見に、凛子は何度か口を開いては閉じ、その後長い髪を乱すように数回頭を振った後、恐る恐ると言った口調で尋ねる。
「うーん、なんというか、その、えーと……叶馬くんと健太くんは、本気でこのレイドクエストを攻略するつもりだった?」
「? そのために我々はここに入れられたのでは?」
「攻略しろとは言われてませんけど、攻略するなとも言われてませんので」
ピュアな瞳で首を傾げる叶馬と比べると、健太の言葉は補習レイドクエストがどのようなものであるか、理解している発言だ。
補習レイドクエストの実態を知らずに攻略しようとしている叶馬と、知った上で攻略しようとしている健太。どちらがよりおかしいかは、意見が分かれるところだろう。
「アンタたちばっかじゃないの。補習レイドクエストは塩漬けクエストよ? 学園が何年も何十年もクリア出来なくて匙を投げたクエスト」
「過去に学園のトップ層が何度も挑戦して成果が出なくて、もうろくに挑戦者もいなくなった塩漬けクエストをそのままにはしておけないから補習の課題にして、私達を強制的にダイブさせてるのよ」
いつも通りツンデレな口調で説明する久留美に続いて、市湖が丁寧にそう補習レイドとは何かについて説明してくれる。
「クリアを期待していないのに、人を送り込むのですか? 無意味では?」
なおも首を傾げる叶馬に、凛子が口を開く。
「公式にはレイド内の間引きって言われてるけど、実態は違うみたい。そもそも常識で考えて超級、極級レイドのモンスターを補習受講者が間引けるはずがない……叶馬くんと健太くんは除いて」
今もなお拡張が続く食糧庫(中身の大部分は乱獲されたモンスターのなれの果て)が視界に入った凛子は途中で訂正する。
「まあ、そんな感じで補習レイドはクリア不能が大前提かな。そもそも、叶馬くんと健太くんは『レイドクエスト』についてどの程度知識があるのかな?」
無表情のまま沈黙を保つ叶馬をしり目に健太は、用意しておいた答えをスラスラと述べる。
「『レイド』は『軍戦』。パーティー単位ではなく複数のパーティーで対応が求められる脅威に対する学園の相称ですね。
『レイドクエスト』は、ダンジョン内に生じる特異点『レイド領域』の攻略クエストのこと。
分類方法は大きく分けて二種類。
一つは脅威度。下から順に、『初級』、『中級』、『上級』、『超級』、『極級』。『轟天の石榴山』は『極級』。
もう一つはレイドの『核』となる特異点による分類。『王権』、『付喪』、『根源』、『伝承』、『侵略』。『轟天の石榴山』は『王権』。
つまり、『轟天の石榴山』は『極級』の『王権』になります」
オタクキャラの面目躍如とばかりに、健太は長々と答えた。ちょっと得意そうでちょっとうれしそうなのが、いかにも健太の本性を現している。
「わー健太くんすごーい!」
予想以上に丁寧で詳しい健太の答えに、蜜柑は目をまん丸にして小さな両手をパチパチと鳴らす。
一方、凛子は日頃から眠そうな目をさらに細めて、胡散臭いものを見るような目で健太を見る。
まあ、そうだろう。今の健太の答えはいくら何でも細かすぎる。この時期の一年が授業で習う範囲を超えている。
もちろん、勉強熱心な一部の学園生ならば知っていてもおかしくはないが、そこまで詳しくて、ここまで強い健太が補習レイドに参加していることがもう、どうしようもなく胡散臭い。
「……まあ、深くは追求しないかな。
叶馬くんはその顔、全然分かってないでしょ? うん、慣れれば叶馬くんすっごい分かりやすいから。
それじゃ、説明するね」
そう言う凛子の表情はとても生き生きとしている。
陰キャ女子、オタク女子の巣窟である旧『匠工房』の中でも随一の蘊蓄好き、説明好きの凛子だ。
「ええと、それは」
長くなることを察した叶馬がなにかこの場を離れる言い訳を探しているうちに、叶馬より凛子との付き合いが長い旧『匠工房』の面々は静かに離席していく。
鬼灯がお代り用のハーブティーが満載されたティーポットとティーカップを、芽龍が木皿に盛られたジンジャークッキーをそっと用意するあたり「長くなるぞ」と暗に言われているようなものだ。
「ああ、叶馬は良く聞いておいた方が良いな」
そう言って健太も席を立つ。
「レイド領域の攻略は『核』を消滅させること。何が『核』となっているかでレイドの種類が変わるかな。『王権』ならモンスター、『付喪』ならアイテム、『根源』は元素精霊のバランス異常だから特定の核じゃなくて中で飽和している特定の元素精霊アイテムを回収する形になるかな。『伝承』は特殊で物語そのものが『核』となってるかな。だから、物語を正しく進めて終わらせることが攻略となるんだけど、特定の敵を撃破することが物語のエンディング条件であることも多いから初級、中級くらいまでなら実質『王権』と変わらない感じになるかな。
『侵略』はもう完璧に異質で、その名の通り他のレイド領域からの侵略だから…………」
楽し気に、ちょっと自慢気に説明を続ける凛子とそれを神妙な顔で聞き流す叶馬をしり目に、健太はその場を後にするのだった。
凛子による講義『レイドクエストとは』はその後、寝室に場所を移動して続けられたらしい。
難しい講義で溜まったストレスが、高レベルレイド内の瘴気圧によって性欲に変換され、そのまま叶馬が凛子を押し倒したのだ。凛子に限らず今の旧『匠工房』の面々に今更いつ、どこでだろうと叶馬を拒絶するなど起こりえるはずもなく。
かくして地上の砦内で叶馬が最後は寝物語な講義を受けている間に、健太は地下で完全装備を纏い、五人の女子にしばしの別れを告げていた。
「それでは。周囲の危険は極力排除したはずですけど、念のため砦の外には出ないようにお願いします」
地下施設内で『月天』の梵字による白色冷光の下、健太は五人の女子を均等に見渡してそう告げる。
これまでは、基本的に叶馬か健太のどちらかが砦に残っていた。だが、ここからは突出した戦力である男子二人が揃って砦を出るのだ。
もちろん、健太はひそかに『徹甲虫・多弾倉』のトレミーと、コボルト『無法者』のボンドを守りにおいていくつもりだし、定期的に『地図帳』のスキルで砦の状況を確認するつもりだ。
だから、滅多なことはないはずだが、それでも注意喚起はしておいて損はない。
幸い、五人の女子達は健太の言葉に反抗することはなかった。
「承知いたしました、旦那様。行ってらっしゃいませ」
うっとりとした目でこちらを見る猫毛茶髪ミディアムロング三年女子――和花に健太は言葉を返す。
「よろしくお願いします、和花先輩。和花先輩には負担をかけることになりますけど、俺が帰るまで周囲の警戒をお願いします」
「はい、お任せください。旦那様」
そう言うと、和花は胸の前で両手を組んだまま、華奢なその身を預けるように白黒虎革の『胸部鎧』を纏った健太の胸元に倒れこむ。
和花のこうした動きにもう慣れた健太は、ごく自然に和花の肢体を両腕で抱き留めた。
和花はこの砦で健太以外唯一の『文官』だ。まだ第一段階職でしかないので『地図帳』は使えないが、その下位互換である『位置』ならば使える。
『文官』のスキルで定期的に周囲を警戒すれば、アクシデントの早期発見につながる。
健太は胸に顔を埋める和花の背中をゆっくり撫でながら、脳裏に映る文字列に意識を向ける。
和花
『盗賊』『遊び人』
『詐欺師』『鑑定人』『扇動士R』『娼婦』
『淫毒婦SSR』
に転職可能。
現状、健太が保護する五人の女子は全員、転職可能状態で放置してあった。食事の時など、彼女たちを『見た』叶馬が何か言いたげな視線をこちらに向けることもあったが、叶馬にしては珍しく何も言ってこなかったので、健太も何も言っていない。
(詳しく覚えていないけど、叶馬がレイドクリアに動き出すってことは、そろそろこの補習レイドが終了するということだよな。補習レイドクリアの経験値を惜しむのなら、今転職させるのが無難か)
健太はこれまでに、五人の女子全員に(健太の主観で)さりげなく「転職先は何が良い?」と聞いている。
その知識に従い、健太は頭の中で一つの職を選ぶ。
和花は本人の知らぬ間に、『鑑定人』となった。
今の健太の立場で、和花だけに声をかけるわけにはいかない。
従順に、だが名残惜し気に和花が健太から離れると、健太は艶なし黒髪ミディアムショート三年女子――芽衣の前に歩み寄る。
「芽衣先輩。大人しく待っててくださいね」
「ん、分かった、もっと撫でて」
芽衣は健太の手を取ると、自分の頭に健太の手を導く。
芽衣は五人の中で、一番欲望に忠実だ。眠ければ寝て、興味があることにはすぐ手を出して、飽きれば放り投げる。
健太とのセックスでも、「下を触って」「もっと舐めて」「いっぱい突いて」など自分が気持ちよくなるために御主人さまに注文を付けることに躊躇いがない。
そんな芽衣は、頭を撫でてもらうのことを非常に好んでいた。
健太が受けた『烏琉羽ゼミ』では「首から上は触られるのを嫌う子も多いので注意してください」とのことだったのだが、少なくも芽衣はその例に当てはまらないらしい。
「んんん……首も、うん、よし」
気持ちよさげに目を細める芽衣の言う通り、健太は顎を上げる芽衣の喉元を撫でる。そんなところを撫でられてもくすぐったいだけだと思うのだが、芽衣にはそれが気持ち良いらしい。
撫でながら、健太はやるべきことをやる。
芽衣
『遊び人』
『呪詛師』『魔術士』『娼婦』
に転職可能。
健太は芽衣を『魔術士』に転職させた。
「行ってきます、優梨愛先輩。制作作業は無理のない範囲でお願いします」
続いて健太が声をかけたのは、くっきりメイク巨乳二年女子――優梨愛だ。
「ええ、まかせて頂戴。ンン……」
優梨愛は至極当たり前の顔で健太の首の後ろに両腕を回すと、慣れた様子で健太と口づけを交わす。
ローテーションで行っている毎晩のセックスでも、優梨愛は非常にキスを好む。正常位、騎乗位、対面座位などで交わるときは必ずガッチリと健太の首か背中に両腕を回し、可能な限り口づけを交わし続けている。
無論、ご主人様である健太が拒絶すればすぐに放すのだろうが、健太にそれを拒否する理由はない。
だから、優梨愛とのセックスはキスハメがスタンダードだ。
そんな優梨愛だが、健太の庇護下にいる五人の女子の中では、一番役割を果たしている存在である。
優梨愛は『職人』だ。まだ第一段階職で、作り上げる物の性能はどの分野においても蜜柑達に及ばないが、そのデザイン性は目を見張るものがある。
そのため、一定以上の機能性さえあれば良い物に関しては、優梨愛が作る様になっていた。
具体的に言えば、食器や替えの下着、衣装ケースなどだ。優梨愛の作成する物は余計な装飾は最小にして、全体のシルエットで可愛さ、綺麗さ、格好良さを表現する作りになっている。
同じ『職人』にしても旧『匠工房』の面々が技術屋よりなのに対し、優梨愛は芸術家よりなのかもしれない。
それは、優梨愛の転職先にも表れている。
優梨愛
『戦士』『槍士R』『文官』
『造形士』『化粧士R』
『性隷姫SSR』
に転職可能。
『造形士』はその名の通り、造形を専門とする『職人』系第二段階職である。『造形士』が細部までこだわって作った造形物は、元の素材にとらわれず形の通りの能力を有する。
ただの石、木、粘度から実性がある武器や防具を作れると聞くと良いスキルに聞こえるが、当然ながら『鍛冶師』や『裁縫士』がレア素材を元に作成する武器、防具の方がはるかに高性能であることは言うまでもない。
一応動物やモンスターも再現すれば稼働するらしいのだが、生き物はより一層シビアな完成度を求められるらしく、小さな物でも完成にかなりの日数を要する。必然的に、『造形士』は使えない職とされていた。F
対して『化粧士』の評価はそれと比べればかなりマシだ。
『化粧士』の能力は化粧による長時間の能力強化だ。流石にマジックアイテムや『増強術士』系の魔法ほどの劇的な強化は望めないが、化粧が崩れない限り永続するという特徴が強い。
特に、精神向上もしくは精神的デバフに対する抵抗を上げる能力に長けているということで、ダンジョン戦闘への恐怖、苦手意識を捨てきれない者には非常にありがたいスキルだろう。
健太は深い口づけを交わしたまま、優梨愛を『化粧士』に転職させた。
「詩織先輩、少し留守にします」
「りょー、玉のお肌に磨きをかけてまってるよん」
健太の言葉にくせ毛ショートヘア褐色爆乳二年女子――詩織はデレデレの笑顔で健太の首に抱き着く。
「んー、ちゅっ」
薄いタンクトップ一枚の豊かな双乳を、意志的に健太の胸板に押し付けて、健太の首筋に口づけをしながら顔を埋めることしばし。やがて、ふにゃりと力を失った詩織は健太の腕の中でくるりと百八十度反転し、背中を健太の胸板に預ける形で収まる。
白鶴荘に健太が出入りするようになった初期の初期から、廊下でシャワールームでそして浴室で健太に肉食そのものな積極的モーションをかけていた詩織だが、その実セックスとなるとその積極性は消え失せる。
もちろん学園女子のたしなみとして、その気になればフェラや騎乗位セックスといった女子が積極的に奉仕する系の性行為もこなすのだが、本人の好みは自分は無抵抗に肢体を差し出し、男子の欲望を受け止める形だ。
特に、後ろから拘束するように抱きしめられるのが「たまらない」らしい。
「んふう……」
今も健太に後ろから抱き寄せられているだけで、両目をとろんと潤ませて、厚め唇から熱い吐息を漏らしている。夜ならば健太も両腕を詩織の腹部ではなく、豊かな胸元とむっちりとした太ももの間に差し込んでいるところだ。
だが、今はそんな時間はない。
詩織
『戦士』
『娼婦』
『性隷姫SSR』
に転職可能。
健太は詩織を本人の強い要望通り『娼婦』に転職させた。
健太は最後に三つ編み眼鏡一年女子――藤子の前に立つ。
「それじゃ、行ってきます」
「うん、気を付けてね、健太君」
上級生女子達と違い、藤子はモジモジするだけで健太に身を寄せてはこない。
あれからローテーションが回り、すでに二度ほど健太の寝室で過ごしている藤子だが、健太の配慮もあって、その価値観はまだほとんど学園女子のそれには染まっていない。
健太とのセックスは毎回、健太と藤子の一対一だ。学園では男子一人に女子複数も、男子複数に女子複数も、男子複数に女子複数もごくごく当たり前であることは理解しているのだが、まだ自分事としては「踏ん切りがつかない」らしい。
健太の藤子の絶大なレベル差から、三夜の性交で隷属はこの場にいる誰よりも深くなっている藤子だが、健太から意に沿わない行為を強要されたこともないため、隷属している自覚はあってもほとんど危機感も恐怖心も抱いていない。
むしろ、隷属という依存先を見つけたことで精神的には、入学以来今が一番安定しているくらいだ。
藤子の健太に対する態度は、学園の価値観に染まっている上級生女子には「信じられないくらい呑気」に映るのだろうが、現実問題として健太はすでに、補習レイド後も藤子を庇護するつもりなので今後も問題は起こらないだろう。
(流石にこれは責任を取らないと罪悪感が凄い)
と健太が強く思っているのだから。
藤子
『触媒士R』『遊び人』
『娼婦』
『性隷姫SSR』『奉仕姫SSR』『人形姫SSR』
に転職可能。
ほぼセックスに関連する職しか候補がないのは、健太とのセックスによる経験値だけでノービス10に至ってしまったからだと推測される。
上級生の女子四人は、健太が『さりげなく』聞き出した「なりたい職」が、最低でも第三希望以内に転職可能な候補があったため問題なかったが、藤子の場合はそこも問題だ。
「私も『職人』が良いなあ。戦闘は苦手だし、先輩達みたいに生産職で貢献できるの凄い憧れます」
と、久留美や芽龍の手伝いをしながら明るい口調で洩らし、久留美に複雑な表情をさせ、芽龍を苦笑させたくらいだ。
この学園での女子『職人』がどれだけ不遇で陰惨な目に合うのか、全く分かっていない能天気さには、お人好し揃いの旧『匠工房も多少の怒りや嫌悪は覚えるが、同時にそんな自分達に心から「憧れる」と言われて悪い気がしないのもまた事実だ。
これが他の女子だったら「やめときなさい。最悪の未来しか待ってないから」と現実を教えてやるべきなのだろうが、藤子はすでに健太が隷属させて保護する意思を見せている。
健太の庇護下にいられるのならば、本人が希望する「苦手な戦闘は最小限にして、生産に専念する」という呑気で能天気な未来が普通にかないそうだ。ならばあえて、指摘する必要もない。
問題は、藤子の転職先に『職人』がないことである。
(仕方がない。現状ではこれが最善だろう)
健太は藤子を『遊び人』に転職させる。
第一段階職ならば、比較的すぐにまたレベルをマックスまで持って行ける。特に今回は、原作通りいけばこの『轟天の石榴山』レイドのクリア経験値が入るはずなのだ。それだけで『遊び人』は数レベルは上がってもおかしくはない。
レイドクリアの経験値や、その後ちゃんとダンジョンで戦闘させて経験値を稼がせれば、今度こそ本人の希望通り『職人』も候補に上がるかもしれない。
「それじゃ、行ってきます」
優梨愛、詩織、和花、芽衣、藤子をこっそり全員転職させた健太は、砦の外で先に待っていた叶馬と合流していた。
「悪い、待たせたな」
「いや、俺も今来たところだ」
虎革胸部鎧に、左腕に方形盾、左腰に小剣『金狼木霊剣』。背中に伸縮自在の大剣。
他にも市湖に指示を仰いて作り上げた『梵字』の金属片の数々というまさに「この時のための」完全装備を整えた健太に対し、叶馬はいつも通りの学園の制服姿のままである。
「む。そう言えば俺は飛ぶつもりなのだが、健太はどうする? 一緒に乗るか? 下を走るか?」
これから座学を受けるつもりなのではないか、と思えるほど普段着姿の叶馬は、黒みを帯びた雲――通称もやっと雲を呼び出しながら、今気づいたように健太にそう尋ねる。
叶馬のもやっと雲はそれなりの大きさがあり、重量制限はないに等しいものなので、叶馬と健太でタンデム飛行も出来なくはないのだが、それについても用意のある健太は首を横に振り、胸ポケットから一枚のモンスターカードを取り出す。
「いや、俺はこれでお前に突いていく。《来い、モモノスケ》」
そう言って健太は、『応龍』のモモノスケを『具象化』した。
『応龍』は全長十メートル近い東洋龍だ。
「モモノスケ、頼んだぞ」
健太は地面すれすれに浮いているモモノスケの背に跨る。
「どうした? 叶馬?」
その一連の動きを珍しく少し目を見開いて見ていた叶馬は、もやっと雲の上に乗ったまま、突然『空間収納』を開き、何かを探してる。
やがて、目当ての物はなかったのか、空手のまま『空間収納』を閉じた叶馬は、平坦ながらもどこか落ち込んだ様子で口を開く。
「うむ、それに乗るのならば、『でんでん太鼓』が必須だと思ったのだが、残念ながら持ち合わせがない」
「いらん」
『戦士の不動心』がオンになっている健太は、突き放すような口調でそう返す。
「せめて、健太は頬を真っ赤に丸く塗るべきではないだろうか。たしか、優梨愛先輩がそのような化粧品をお持ちだったような」
「モモノスケも俺も漫画な日本の昔話とは無関係だ。というか叶馬お前、歳いくつだ? なんで知っている?」
「ツベで見た」
健太のツッコミに自称、陰キャのインドア派な叶馬は、胸を張ってそう答えるのだった。