レイド領域『轟天の石榴山』は上空から見下ろすと円形をしていることが分かる。
円の外周は濃い霧に覆われており、そこがこの世界の果てということらしい。
例外は多々あるが一般的にレイド領域というのは成長するに従って広さも拡大していく傾向がある。
極級まで成長を遂げた『轟天の石榴山』の場合、当然ながらその広さは広大だ。
何の手がかりもなく、この中から『核』となるボスモンスターを探さなければならないとすれば、高レベルの『文官』が必須だろう。
だが、幸いというべきか、『轟天の石榴山』にはこの上なく分かりやすい手がかりが存在している。
非常識なまでの高さの岩山が、レイド領域の中心部にそびえ立っているのだ。
もしこれが無関係なのだとしたら、このレイドのボスはよほど用心深いか、天性のひねくれ者かのどちらかだろう。
ひとまずはその分かりやすい手がかりを目指し、もやっと雲に乗った叶馬と、『応龍』のモモノスケに跨った健太が飛んでいく。
もちろん健太は『戦士の不動心』をオンにしたままだ。健太は別段高所恐怖症ということはないが、それでもこの高度は足がすくむ。
そうして切り立った山の表面を舐めるように、上昇を続けることしばし。
「ふむ」
やおら、叶馬はもやっと雲の上に尻を下ろし、右足を左太ももの上に載せ、左足を右太ももの上に載せるようにして足を組み、左拳を右掌で包み込むように握る。
結跏趺坐の体勢での拱手。
何を考えているのかさっぱり分からない奇行だが、叶馬の奇行は原作では往々にしてその後の解決に繋がることがあるので侮れない(もちろん、繋がらないことの方が多い)。
結跏趺坐と拱手を組み、何やら悟りでも開こうとしている叶馬を見た健太は、ふと自分も見習うべきかもしれないと思い至る。
「なるほど」
やおら健太はモモノスケの背の上で立ち上がる。そしてそのまま、右足を浮かせて左足一本だけで立つと右足の足の裏を左足の太腿に合わせる。
さらに両掌を胸の前で合わせた。
ヨガで言うところの木のポーズというやつだ。
健太にはGR職である『聖賢見習い』という職が転職先として開いている。
現状謎のロックがかかっているし、かかっていなかったとしてもGR職は癖が強すぎるので獲得するつもりはないのだが、それはそれとして強い可能性は感じている。
健太が学園の図書館で調べたところ、学園のダンジョン情報として『聖賢』という職の情報は皆無だったが、インド地方に伝わる聖賢について記した書物はそれなりに存在した。
それらを読んだ健太の理解では、聖賢とは「ヨガの修行を積んだ果てに超常の力を会得した一種の超人」だ。ひとまとめに聖賢と言っても個体差があるので一概には言えないが、時として聖賢は神々すら超える。
将来のことを考えれば、ここで苦行を積んでおくことも無意味ではあるまい。
そうして、叶馬がもやっと雲の上で結跏趺坐、健太がモモノスケの背の上で木のポーズの体勢を取ったまま飛行を続けることしばし。
ギャアギャアという耳障りな鳴き声と共に、遠方に飛行するモンスターの群れが見える。
健太にとっては見覚えのあるモンスター。それは『蛟竜』と呼ばれる飛竜の一種だ。竜種の中では最下層のモンスターで、健太が今乗っている『応龍』モモノスケの進化前の姿でもある。
正確に言えば、蛟竜から龍、龍から角龍、角龍から応龍だから三つ前の姿となる。
だからなのか、蛟竜の群れは遠くから威嚇するだけで積極的にこちらに近づいてこようとはしない。
とはいえ、空中という身動きの制限される空間でいきなり集団戦はそれなりにリスクがある。
用心のため、叶馬はもやっと雲を降下させて、岩山の岩肌にもやっと雲を着陸させた。
健太もそれに続く。『応龍』のモモノスケを低空まで下げたところで、その背中から岩肌へとの降り立つ。
そうして左足一本で岩肌に降り立った健太の耳に、突如第三者の声が届く。
「久しぶりの客かと思っだら、えらい珍妙な客だべ。すかも二人も」
健太が声のする方へ振り向くとそこには、岩山の岩肌を縦に切り裂く裂け目に見覚えのある露店がすっぽりはめ込まれいた。
その露店のカウンターの向こうに、こちらも見覚えのある顔をした女が座っている。彼女が今の声を発したのだろう。
ダンジョンショップ。
原作では三度登場するこれが二度目だ。一度目は完全な偶然で健太も同行できたが、二回目である今回は正直同行できることを期待していた。
『戦士の不動心』をオンにしている健太が内心で目論見が当たったことに満足を覚えていると、先に結跏趺坐を解いた叶馬がすたすたとダンジョンショップの方へと歩み寄る。
「ふむ。お久しぶり、でよろしいでしょうか?」
首を傾げつつそう言う叶馬に、ここのダンジョンショップの店員は怪訝そうな表情で言葉を返す。
「あ? オラ、オメなんざ会ったことねえぞ? オメみてなけったいな輩、一度会えば忘れねべ」
「ああ、やはり別人でしたか。失礼。スケさんと瓜二つでしたので」
叶馬の答えにダンジョンショップの店員は、納得したような表情で答える。
「ああ、オメ『*******』と見間違えただか。無理もね。オラたちは雛形を同じくする精霊だべ。似てるっつか外面は同じだ。
しかし、まだ懐かしい名前ば聞いだもんだな」
「さようで」
本人は外見が同じと言っているが、実際には見分けるのは容易い。瓜二つなのは顔、身体といった部分だけで服装が全く違うからだ。
健太と叶馬がファーストダイブで『羅城門』ダンジョンであったショップ店員は花魁を彷彿させる豪華絢爛な和服を粋に着崩していたのに対し、こちらのショップ店員は灰色のトレーナーに丸眼鏡をかけている。「着飾る」という意識を売り払って久しいと言わんばかりのダサさだ。
それは服装だけでなく所作にも表れており、『羅城門』ダンジョンで会ったショップ店員はカウンターに肘をついていてもどこか色気を感じさせたのに対し、こちらはだらしないという印象が強い。
そんなこと健太の内心の声が聞こえたのか、ショップ店員は丸眼鏡越しに健太をじろりとにらむと、
「そっちオメは、聞きとれながったみてだな。てこた名前許されたのは、こっちだけが。ま、尻軽の『*******』でも限度はあるべな」
そう言ってダサいトレーナー姿の肩をすくめる。
「まあ、そんな感じです」
事実に過ぎない健太は、そう答えるしかない。
「まあ、いいわ。商売の話すっぺか。オメら、なんが売りでえもん、買いてえもんあっだが?」
ショップ店員の言葉に、叶馬と健太は顔を見合わせる。
目線で少し話し合った後、先に口を開いたのは叶馬だった。
「でしたら卵とパン粉を少量。あとありましたら、カカオとコーヒーの苗木も一組ずつ」
卵と生パン粉は久留美が「肉料理のレパートリーが狭まる」と愚痴を漏らしてのを思い出したからだ。お菓子作りの卵は自家製大豆から作る豆腐でかなりの部分代用できたのだが、カツやコロッケなど揚げ物にはやはり生卵があった方が良い。
カカオとコーヒーの苗木は、健太の梵字の効果もあって順調に地下菜園の拡大が進んでいる朱陽が仲間達に「次に作って欲しい作物」を募集したところ、候補に挙がった代物である。
他にも蜜柑、林檎、苺など何やらやけに聞き覚えのある果物も挙げられていたが、その中でも叶馬は外でも手に入りづらそうな物の名を優先してあげていた。
だが、どちらにせよそれらはダンジョンショップに頼むような代物ではない。
「オラも露店精霊長ぐやってっが、んなもん注文した馬鹿初めてだぞ」
そう言いつつもよどみなくカウンターの下から注文通りの品を取り出すのは、流石だ。
カウンターの上に乗った籠に盛られた卵(Lサイズ)、透明な袋に入ったパン粉(業務用サイズ)、そして小さな苗木の鉢を見た叶馬が無表情のまま感心した雰囲気を出す。
その後、叶馬が支払いをユーロかドルなのかなどと頓珍漢なことを言い、露店精霊が「ここの通貨はクリスタルだ。なげりゃ現物でも構わね」と答えたことで、叶馬は「ならば」と『空間収納』から牛鬼の死体を取り出して地面に置く。流石に、カウンターに乗る大きさではない。
それを見た露店精霊は、丸眼鏡の奥の瞳を丸くして驚きを露わにする。
「オメ、『空間収納』たあ、またけったいなスキル覚えだもんだな。最適化もぜんぜんされてねえし、容量馬鹿食いすっぞ」
「下さったのは貴女のご同僚なのですが」
「んだべな。こったらまだ宝珠になってね生まれたての欠陥だらけのスキル。つけてやれんの露店精霊だけだべ。アイツなに考えてんだ?」
「特に問題なく使えているのですが。むしろ非常に便利です。『情報閲覧』よりはよほど使い勝手が良いスキルかと」
叶馬の反論に露店精霊は一つ頷くと、
「まあ、オメなら使えっべな。スキルなんざ本人の潜在能力を使いやすぐしてっだけだ。オメのアホみてな潜在能力なら問題ねえべ。ああ、『情報閲覧』も滅茶苦茶じゃねが。仲間の不手際だ。ちょっとアフターサービスしてやっがら手貸せ」
そう言って魔法のように牛鬼の死体を消しさると、そのまま叶馬に手を伸ばす。
怖いもの知らずな叶馬がそのまま素直に手を差し出すと、露店精霊がその手を握る。
恐らくは、接触することで叶馬のスキルに干渉できるようになるのだろう。だが、そうしていた時間は極めて短かった。
バチンという離れている健太にも聞こえる異音と、静電気を巨大化したような光が叶馬と露店精霊の手の間に発せられる。
その次の瞬間、叶馬の意思とは無関係に『空間収納』の入り口が開き、そこから真っ白なオカッパ髪と深紅の双眼を持つ
小学生にしか見えない幼い少女だ。
真っ白な振袖姿のその少女は、その可愛らしい顔を精一杯怒らせ、小さな拳をブンブン振って露店精霊と叶馬に抗議をしている。
雪。それがその白い少女の名前だ。いつからか叶馬の『空間収納』に住みつくようになった座敷童。しかし、タダの座敷童ではない。
「お、オメ、んなとんでもね神さん眷属さしてんなら先言えや。ああ、すまんこって、神さん。もうならオラの出る幕じゃねえべ。そん『異世界』の管理はその神さんお任せすんのが一番だ。オメはもちろん、オラが下手に手出すよりずっといい具合にしてくんべ」
プリプリ抗議していた雪は、露店精霊がちゃんと詫びた事と、叶馬が一生懸命その真っ白なオカッパ頭を撫で続けたことで怒りを鎮めたのか。やがて、『空間収納』の中に帰っていった。その途中、健太の方を見て顔を真ん中に寄せる様な表情で威嚇をしたのは、果たしてどういう意味があったのか。
意味が変わらず健太は首を傾げるだけだが、ひとまずなぜか雪に自分が嫌われていることは自覚する。
そうしている間に、露店精霊は叶馬のもう一つのスキル『情報閲覧』を修正してくれる。
「よし。こっちはこれで良いべ」
「……かえって使いづらくなったのですが」
だが、叶馬は目をぱちぱちさせてそう抗議をする。
『情報閲覧』の最適化がされたことで、叶馬に見える情報量が激増したのだ。視界内を埋め尽くす文字、数字に叶馬は困惑を隠せない。
「ほんとに全部の情報を可視化してだら、オメの視覚は数字と文字で埋めづくされでる。そうなってねえのはオメが無意識にいらね情報消してんだ。それでもまだ多いつうなら、意識して余計なデータ消せ。それが出来るようになってっべ」
「習うより慣れろですか。もう少しユーザーフレンドリーなインターフェースが好ましいのですが」
そう言いつつも素直に『情報閲覧』を使いこなそうと叶馬は頭を叩いたり、目を瞑ったり、首を振ったりしている。
やがて、ある程度コツが掴めたのか一つ頷いた叶馬は健太を見て、固まった。
「?」
首を傾げてもう一度健太を見る。
「??」
さらにもう一度、固く目を瞑ってから目を開いて、健太を見る。
「…………」
やがて、叶馬もおかしいのは『情報閲覧』ではなく健太であると理解したのだろう。
「健太。少し、聞きたいことがあるのだが」
と言ってきたのだが『戦士の不動心』がオンになっている健太はにべもなく断る。
「後にしてくれ。俺もこちらの方と取引がしたい。叶馬、お前に預けている俺が狩ったモンスターを出してくれ」
「む、分かった」
叶馬が素直に、健太の牛鬼(右側の脚が全部なくなっているのは雪が徴収した『保管料』らしい)を出してくれたのを確認した健太は、露店精霊に向き直る。
「すみません。俺も頼みたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「かまわね。ここはどんなもんでも引き取るし、出すもん出せばなんでも買えっぞ。そういう約束事だ」
正当な対価を払う者ならば、何者でも客として取引をする。そんな『売買の契約』に縛られている露店精霊は面倒くさそうにそう答えるのだった。
健太と叶馬がダンジョンショップで仲良く買い物を楽しんでいる頃、砦に残された女子達は平和な交流会を開いていた。
健太に隷属している女子五人と、叶馬が隷属させている旧『匠工房』の女子十二人。
異なる男子に隷属している女子グループ二組が、それなりに仲良くやっている。これは学園では比較的珍しい状況である。
学園の常識では、女子同士の仲は庇護している男子の関係に強く影響される。
男子同士が仲が良ければ、女子同士もある程度仲良くできるが、中の良い男子同士ならば自分のオナホ女を「貸し出す」のが当たり前だ。
そのため、どちらかの男子に隷属するということが起こりえない。
逆に男子同士の仲が悪い場合は、その男子の人間関係の影響を受けて、別グループの女子とは仲良くしづらい。
だからこれは、どれほど仲が良くても女子の貸し借りをしない健太と叶馬だから起きた、珍しい関係と言えた。
食事時には全ての人間が集まる屋根だけの東屋の下。女子達は幾人かずつのグループを作りあるグループは談笑し、またあるグループは真剣に話し合っている。
その一角でテーブルの上に置かれたナイフをジッと睨んでいるのは、猫毛茶髪ミディアムロングの三年女子――和花である。
「……駄目ね。もう少しで『視え』そうな感触はあるのだけれど」
苦戦する和花に、学年は下だがその職についてはある意味先輩とも言える凜子がアドバイスを送る。
「和花先輩は、入学前から眼鏡やコンタクトはしてなかったですか? ああ、それなら伝わらないかな。
私の場合は、目が悪い時に裸眼で無理矢理ぼやける視界を見ようとしたときの感触が近いんですけど」
「なるほどね。ちょっとやってみるわ。《鑑定》……見えたわっ。鋼の小刃。評価プラス1。私が見えるのはここまでね」
「おめでとうございます、和花先輩」
つい先ほど『鑑定人』になったばかりの和花を、『鑑定士』である凜子がそう祝福した。
『文官』系第二段階職である『鑑定人』と『職人』系第二段階職である『鑑定士』は、基礎となる系統が異なる職でありながら極めて近しい職だと言われている。
どちらも鑑定に特化した職だからだ。
違いは『文官』系第二段階職である『鑑定人』は人やモンスターの鑑定を得意とし、『職人』系第二段階職である『鑑定士』は装備や道具の鑑定を得意とすることだ。
あくまで得意、苦手の傾向があるというだけで『鑑定人』が武具の鑑定も出来るし、『鑑定士』が人の鑑定をすることも可能だ。
現に今、なり立ての『鑑定人』である和花が練習に使っていたのは人ではなく物であるナイフだ。
マジックアイテムでも何でもないただのナイフならば、相性が悪い『鑑定人』レベル1の和花でも鑑定が通る。
逆に、人間相手ならば同格以下で相手に鑑定を受け入れる気持ちがあれば、ほぼ失敗しない。
すでに、芽衣が『魔術士』1、優梨愛が『化粧士』1、詩織が『娼婦』1、そして藤子が『遊び人』1になっていることを『視て』本人たちに告げている。
「ありがとう、凜子さん。おかげで助かったわ。せっかく旦那様が希望をかなえてくださったのですもの。少しでも力を磨いておかないと」
「どういたしまして。叶馬くんと健太くんの関係を考えたら私達の付き合いも長くなりそうですし。叶馬くんの『神匠騎士団』と健太くんの『安息所』は事実上対等な『同盟』を結んでるようなものだし」
実際には『同盟』は結んでいないし、今後も結ぶ可能性は低い。
『同盟』を結んでいる倶楽部同士は、「倶楽部対抗戦でぶつかり合わないように配慮される」と叶馬が知ったからだ。
だが、そんな凛子の言葉に和花は少し意外そうに首を傾げると、
「あら? 私は旦那様の倶楽部には入りませんよ? 私達の中で『安息所』に入部するのは優梨愛さんと藤子さんがほぼ確実で、詩織さんがまだどっちか分からない感じだと思うわ」
そう予想外の返事を返す。
「そうなんですか? 和花先輩と芽衣先輩はどうするつもりなのかな?」
かなり驚いた凜子は敬語も忘れて、ついいつもの語尾が付く。
「倶楽部を作るつもり。私が部長で芽衣が副部長。残りの部員は白鶴荘で募集すればすぐ埋まると思うわ。そして、『安息所』と『同盟』を結んでもらおうと思っているの」
女子だけで作った倶楽部が強い男子のいる倶楽部と『同盟』を結ぶ。それはこの学園では頻繁にみられる特に珍しくないことだ。
もちろんそれは対等ではなく明確な上下関係のある『同盟』だ。上位の倶楽部が下位の倶楽部を庇護し、下位の倶楽部は上位の倶楽部の言う通りの娯楽(この学園ではほぼセックス)を提供する。そんな関係。
珍しくはないがそうした倶楽部に所属する女子は、一般的にはパートナーの倶楽部に入る方より「格落ち」と見られる。
「『安息所』の枠はまだ空いていると思いますけど?」
凜子が言う通り、『安息所』の総数は現時点で十一名。Fランク倶楽部は二十名まで所属できるので枠はまだまだ空いている。
「だからと言って私がその枠を望むは図々しすぎるわ。優梨愛さんのように職的に必要な人材だったり、藤子さんのように同学年だったりするならともかく、私だとね。だから私は、一歩下がったところから旦那様を支えるつもり」
「……なるほど、そういうことかな」
殊勝なことを言って清楚に笑う和花の言葉を、しばし考えて凜子は正しく理解した。
和花の言葉は嘘だ。正確に言えば嘘ではないのだが、表向きの一番聞こえの良い言い訳の部分でしかない。
『安息所』にはすでに健太のパートナーが複数存在している。そこに和花が入り込んでもただの後発組に過ぎない。順当に五番目の女になるが精々だ。
ならば、従属倶楽部の部長となって多くの女子を提供できる立場になる。その倶楽部員が白鶴荘の寮生達ならば白鶴荘を健太にとって居心地の良い空間とするために協力することも出来るだろう。
向こうが望めば、『安息所』の健太以外の男子も歓迎だ。『安息所』の男子は基本的に健太の同類で、学園基準ではすこぶる行儀が良い。そのくせ、健太ほどではないが全員一年としてはトップ層の実力だ。拒否する女子はいない。
「ええ、そういうことですね」
眠そうな半眼を向ける凛子に、和花は楚々たる笑顔でそう答えるのだった。
「これで完成。どうかしら?」
「ふわあ、ありがとう、優梨愛ちゃん」
「どういたしまして。鬼灯さんにはいつも、美味しいお茶を入れてもらってるからほんのお礼よ」
別なところでは、くっきりメイク巨乳女子こと優梨愛が、旧『匠工房』の一人である鬼灯にメイクを施していた。
ちなみに健太がこっそり施した転職が早々にばれた原因が彼女、優梨愛である。
理由は単純で、いつもの日課通り自分のメイクを直していたところ「スキルが使える」という確信を覚えたのだ。
そして、実際使えてしまった。そうなれば後は芋づるだ。優梨愛以外の四人も心当たりの職のスキルを試して、全員自分が転職している事実を知ってと言うわけだ。
例外は藤子で、『職人』のスキルが使えず、和花の『鑑定』で『遊び人』だと判明してショックを受けている。
『化粧士』となった優梨愛にメイクを施された鬼灯は、小柄な体と合っているかなりの童顔だ。性格も飛び切り気弱で引っ込み思案。
いつもオドオドビクビクしている鬼灯だが、今は少しだけその表情に落ち着きがある。
それが『化粧士』の化粧の効果だ。
一般的に『魂魄結晶』を持たない者は、ダンジョンの外ではスキルを使えないと言われているが、一部例外がある。
それは、スキル発動に瘴気を必要としないスキル。有名どころに魔眼系があるが『化粧士』の化粧も一部がそれに相当する。
『戦化粧』『守護模様』『変身化粧』のような強い効果を持つスキルは別だが、ただ単に心を落ち着かせたり、心を強く持ってデバフにかかりにくくする類の効果の低いメイクならば、地上でも発動する。
今、優梨愛が鬼灯にしたメイクはそれだ。
しばらく手鏡で自分の顔を見ていた鬼灯だったが、しばらくすると「ちょっと待ってて」と言ってその場を後にする。
「あ、あの。これ」
戻ってきた鬼灯は大事そうに小さなガラス製の小瓶を手に持っていた。中には乾燥させた香草が入っている。
「え?」
それを差し出された優梨愛は目をぱちくりさせる。
「優梨愛ちゃんが好きって言ってくれたハーブティ。入れ方は簡単だから」
「くれるの?」
「うん、お礼」
「私のメイクが、美味しいお茶を入れてくれる鬼灯ちゃんへのお礼だったんだけど」
優梨愛の指摘に鬼灯は「あ」と少し固まるが、メイクに背中を押されたのか、ガラス瓶を持った手は下げない。
「お、お礼のお礼」
「分かったわ、ありがとう」
優梨愛は苦笑しながらその小瓶を受け取るのだった。