※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

112 / 142
第百三話 健太の買い物、レイドボスのズレ

 

 

 

 原作通り、叶馬(とうま)の『情報閲覧(インターフェース)』のスキルをアップデートしてもらったところを見計らい、健太(けんた)が自分も取引を申し出る。

 

「実は俺も、自分のスキルについてご相談に乗って欲しいのですが」

 

「ん、確認すっぞ。手出せ」

 

 素直に差し出した健太(けんた)の手を掴んだ露店精霊は、丸眼鏡の奥の眼を厳しくしかめた。

 

「……オメ、聞きたいスキルはどれだ?」

 

「いくつかありまして。このスキルで転職(クラスチェンジ)の時以外も転職(クラスチェンジ)可能になっている(クラス)をいつでも確認できるように……」

 

「無理だ」

 

 健太(けんた)の言葉を途中でぶった切る様に、露店精霊はそう言い切る。

 

「無理、ですか」

 

「ああ、無理だ。オメの言うスキルはこの四つだな? そのうち三つはオラが手出し出来る領域にねえべ」

 

「それは権限の問題ですか? それとも能力?」

 

 無理と言っているのだからそれを聞く理由はあまりないのだが。半ば知的好奇心に駆られて健太(けんた)はそんな問いを投げかける。

 

「両方だな。例えていうならオラ達はプログラムを修復、改良、複製、消去する能力と権限を持ったAIだ。それに対してオメにそのスキル寄越した奴はAIどAIを搭載しでるサーバーやそごに電力おぐっでる発電所を製造、管理してる人間みてなもんだ。

 そいつがオメに寄越したスキルっつうのは、プログラムじゃなくてはなからそういう機能ば持ったCPUやメモリば搭載されたよなもんだ。

 だがらオメのそのスキルをいじるつうのは、プログラムを書き換えんじゃなくてCPUとメモリを乗せ換える必要があんべ。

 CPUやメモリ乗せ換えれるAIなんざいねべ?」

 

「なるほど?」

 

 露店精霊の言っている内容が全て理解できたわけではないが、ひとまずあの上位存在が思っていたより高位の存在であることは健太(けんた)にも理解できた。

 

「でしたら、『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』についてご相談、可能なら改良をお願いします」

 

 出来ないとことにこだわっても仕方がない。健太(けんた)は、そう次の提案をする。四つの内三つは無理、ということは残り一つは可能ということだ。

戦士の不動心(マインドスイッチ)』『職業選択の自由(プリースト・オブ・ダーマ)』『周回レベル上げ(タイムターナー)』の三つはこちらの世界に転生する直前に謎の上位存在からもらったスキル。対して『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』だけは彼女と同じ露店精霊から購入したスキルだ。四つの内三つは無理と言われた時点で、例外の一つがどのスキルであるかは一目瞭然である。

 その健太(けんた)の判断は間違っていなかった。

 

「ん、『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』ならアイツの仕事だで、オラでもどうにかできっぞ。アホみてに(クラス)を重ねたおがげでオメの容量(キャパシティ)も多少は広がっでっがらな。新しいスキルばインストールするならともがく、既存のスキルをアップデートするぐれえの余裕はあんべ。

 ……これもまたけったいなスキルだべ。アイツの新し物好きは何百年経っでも変わんねべ。けど、こっちはそこまで大したスキルじゃねべし、特に直す必要もねぞ?」

 

 その答えは健太(けんた)にとって少々予想外の物だった。

 

「そうなのですか? 実は市販されているプログラムをそこに目で見て記憶(インストール)しているのですが、どうもいくつかのプラグラムで予想外の動きをする物があるのです。その辺りの改良が出来ればと思ったのですが」

 

 健太(けんた)の言葉に露店精霊は怪訝そうに鼻の上に皺を寄せると、

 

「ん、ちょっと見っぞ。……オメ、これ何無駄にマシン語噛ませてんだ? しがもこんなに複数。こんな無駄なマシン語複数インストールしたら、誤作動でんのもあたりめえだべ」

 

「ええと。でも土台のマシン語がなければどんなプログラムも動かないのでは?」

 

「それはコンピュータの話だ。コンピュータはマシン語しか理解できねがらな。一般的なプログラム言語は人間とコンピュータを繋ぐ翻訳言語見てなもんだ。けんどオメの『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』はコンピュータじゃねえべ。コンピュータにとってのマシン語に相当すんのは『最源言語(オリジンコード)』だ。

 流石にアイツもそこまで適当な仕事ばしてねがら『最源言語(オリジンコード)』は破損、欠損なくインストールされてっべ。『最源言語(オリジンコード)』ならどんな言語にも対応できっから、どんな言語のプログラムでもたたっこめば作動すっぞ。逆に作動させるプログラムと、ただの情報の集合体を分けとかねと、誤作動の原因になんべ」

 

 正確ではないが例えて言えば、英語から日本語に翻訳すればよいところを英語からスペイン語、スペイン語から日本語と間に余計な言語を挟んでしまったことで、誤訳の可能性が爆発的に高まってしまったということらしい。

 

「……ということは、マシン語を落としたのは無駄、というか有害だったということでしょうか?」

 

 難しい話をどうにか理解できる範囲で理解した健太(けんた)の答えに、露店精霊は無情にも首肯する。

 

「そゆこった。んでも、せっかくインストールしたのアンインストールすんのももっだいねべ。悪さしねよに他と干渉しあわねフォルダこさえてそこさ放り込んどげ」

 

「分かりました」

 

 その程度ならば露店精霊の力を借りずとも、健太(けんた)自身にもできる。

 

「そんだけか?」

 

「いえ。本命は別にあります。現状俺は、『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』に自分の体験情報を丸ごと落して後でそれを己の五感で再生は出来るのですが、それをさらに限定的なリアルシミュレーターのように出来ないかと試行錯誤しているのですが、これは可能でしょうか?」

 

 健太(けんた)が言っていることを具体的に説明すれば、例えばある日のダンジョンダイブ中、ずっと『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』を作動させておいて、全経験を落しておいたとする。そして、後日その記憶を健太(けんた)が脳内で再生すれば、健太(けんた)はそのダンジョンダイブを五感を伴った形で再体験できる。

 だが、それは言ってしまえば物凄く上等な3D映画を見ているようなものだ。見る、聞く、嗅ぐ、味わう、感じる全てがリアルに再現されるが、あくまで再現するだけ。

「実際の過去では右の通路に進んだけど、今度は左に行ってみよう」などという自由は効かないのだ。それどころか、瞬き一つ自由にならない。過去に瞬きをしたタイミングでは絶対に瞬きをするし、それ以外のタイミングでは絶対に瞬きできない。

 

 しかし、『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』にはゲームのプログラムを丸ごと落せば、意識下でゲームをプレイすることも可能。3Dのゲームもプレイ可能だ。

 ならば、自分の現実体験からダウンロードしたデータを基にしたシミュレーターも可能なのではないかと思ったのだが、流石にこれは難易度が桁外れだった。

 まあ、当然と言えば当然だろう。既存の3Dゲームと健太(けんた)が『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』で落した実体験では必要データの総量が違いすぎる。

 視覚、聴覚のデータだけでも精度が段違いだし、当然ながら嗅覚、味覚、触覚、第六感に関するデータは存在しない。

 レベルアップでインスタント秀才になっている健太(けんた)が情報処理関係の技能を主に独学で学び続けているが、少なくともネットで拾えるレベルの3D処理技術の延長ではとっかかりも見つからないレベルだ。

 嗅覚、味覚、触覚の再現方法はインターフェースから自分で考えなければならない。第六感に関しては皆目見当もつかない。

 チート頼りの凡人の手には余る。

 

 健太(けんた)の問いに露店精霊は小さく鼻を鳴らすと、

 

「でぎるができねがで言えばでぎる。ただし、十分な情報量が集まらねど無理だ。ある程度は予測で埋められっが、それでも既存データの90%以上の情報がねと再現は無理だべ。

 やるとすだら既存データにランダム性を持たせだ仮想空間作る方が早えんでねが」

 

 そう有益な提案をしてくれる。

 ようは現実の『羅城門』ダンジョンを再現するのではなく、『羅城門』ダンジョンのデータを流用した疑似ダンジョンを『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』に新造するべきだと言うのだ。

 そこは健太(けんた)の過去をランダム再現するのであって、現実の『羅城門』ダンジョンとは異なる。例えば、現実の『羅城門』ダンジョンでは第四階層では『粘土狼(クレイウルフ)』というモンスターが出没するのだが、健太は遭遇したことがない(弱いモンスターなので健太がダイブする『既知外(きちがい)』領域では淘汰されている)。

 そのため、健太の経験から作り上げた疑似『羅生門』シミュレータには『粘土狼(クレイウルフ)』は出没しない、といった具合だ。

 

「なるほど。確かに『羅城門』ダンジョンは複数の『異界』を内包する超巨大ダンジョン。俺の『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』に入りきらないか」

 

 納得しかけた健太(けんた)に、露店精霊は怪訝そうな顔で否定の言葉をかける。

 

「あ? 何言ってんだ、オメ? 容量の問題なら楽勝ダベ。確かに『羅城門』は馬鹿広れえけんど、オメの『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』だって一つの異世界なんだ。情報しが入れられんね極めて低レベルの世界だが、その分情報の収納容量はとんでもねぞ。オメに理解でぎる単位だと無限と言うしかねレベルだ」

 

「…………ん? 異世界?」

 

 健太(けんた)はしばし露店精霊の言っている意味が理解できなかった。どうも、自分の認識と齟齬がある。

戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)は冷静に考えて、やがて自分の認識と今露店精霊が言っている内容の齟齬が具体的に何なのか思い至る。

 

「このスキルは自分の霊的部分に記憶領域を拡張させて、そこにアクセスできるようになっているのではないのですか?」

 

 健太(けんた)のイメージでは『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』は大容量のハードディスクかSSDを追加で搭載されたようなイメージだ。霊的ということで自覚は出来ないが、自分の霊的部分の一部を拡張され、記憶領域を作られたのだと考えていた。だが、露店精霊の説明では違うようだ。

 

「んなわけねべ。アホみてにガッチリ固定されでるオメの霊格――人間性にオラ達程度が手加えられっか。そもそも名称がクラウドストレージだべ。

 霊的情報領域っつー低レベル世界が最初がらあんだ。『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』つうスキルはその世界へのアクセス権と、最低限そごを使えるようにした霊的プログラムの刷り込みだ」

 

「……つまり、『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』は叶馬(とうま)の『空間収納(アイテムボックス)』と同系統のスキルということですか?」

 

脳外記憶領域(クラウドストレージ)』でアクセスしている領域が低レベルの異世界なのだとしたらそうなのではないかという健太(けんた)の推測に露店精霊はきっぱりと首を横に振る。

 

「全然違うべ。あっちの『空間収納(アイテムボックス)』は所有者(オーナー)。オメの『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』は独占使用者(ソールユーザー)だ。

 あっちのアホみてな容量(キャパシティ)でも世界の所有なんざ身にあまるぞ。(こん)だけじゃ足りなぐで神格の権能(ディバイン)まで使っでどうにか所有してんだがらな。

 人間に固定されだままのオメが同じことしようとしたら、一瞬ではじけ飛ぶど。『空間収納(アイテムボックス)』と比べりゃ『脳外記憶領域(クラウドステージ)』の存在量は芥子粒みてなもんだが、本来のオメじゃ瞬殺だ。今のオメでもただの自殺だ。その調子でけったいな成長続けげて、容量(キャパシティ)広げつづげで将来どうにか、つうくれだ」

 

「なるほど」

 

 健太(けんた)は一応そう言って頷いて見せる。正確には分からないが、とりあえず全く違うということは分かった。

 

「ま、オメのやりてことは分がった。『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』内に現実レベルのリアルシミュレータが欲しいんだな?

 ちょっと貸してみれ……やっぱ無理が。仕方ね」

 

 健太(けんた)の手を取り、何やら内部を探っていた露店精霊は途中で何やら少し怪訝そうに眉をしかめたが、やがて折り合いをつけたのか、未知の作業をやり終える。

 痛覚を刺激されるわけではないのだが、明らかに自分の中を弄られた感触を覚えた健太(けんた)に、露店精霊は満足げに言う。

 

「『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』に最低限の仮想空間どオメが弄るためのインターフェースば作っでおいだ。

 初期状態(フォーマット)は重力、気圧、摩擦全て均一な平面空間だ。後はオメが情報を仕入れて好きにしろ。拡張もほぼ無限に可能だべ。

 ログインポイントにデータを弄れるインターフェースを用意してやっだがら、そこさ使え。

 初はデータ量が少ねえ無機物から取り込むべきダベ。モンスターは比較的データ量少ねが、現実の生き物はアホみてに多いがら注意しろ。

 ま、最悪どんな馬鹿やらかすでも初期化(フォーマット)は可能なようにしてあっから好きに弄って覚えろ」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 出来ればこの場で始動してみたいところなのだが、流石に今は後回しだ。

 偶然『ダンジョンショップ』を発見しただけで、本日の目的はボスがいると思しき、領域中央の岩山の探索。可能であれば、ボスの撃破なのだから。

 

 

「そんだけか? なら、とっとといね。ボス達ば倒さねばこの『異世界』は消えね。いい加減、オラもこんのせまっ苦しいとこは飽き飽きだべ」

 

「ひょっとして、そこから動けないのですか?」

 

「視りゃわかんべ。そんためにサービスしてやっただ。とっとどいっで、ボス達ば倒してごい」

 

 ずけずけという叶馬(とうま)に露店精霊は鬱陶しそうにそう言うと、叶馬(とうま)健太(けんた)を追い払うように右手を振るのだった。

 

 

 

 

 

 

『ダンジョンショップ』を後にした叶馬(とうま)健太(けんた)は再びもやっと雲上の結跏趺坐(けっかふざ)、龍背上の木のポーズ(ヴリクシャーサナ)となり、頂上を目指す。

 切り立った岩山の壁に沿うようにして上昇し続けるだけだから、道中は楽なものだ。

 必然的に叶馬(とうま)健太(けんた)は、会話で暇をつぶす。幸いというべきか、ついさきほど「後で」と切り上げた話がある。

 

「では、やはりこの『情報閲覧(インターフェース)』で見る健太(けんた)の情報は正しいのだな?」

 

「ああ、多分な。かなり異質に映っているだろう? 具体的にどの辺がおかしい?」

 

 聞き返す健太(けんた)は『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている。この状況になった以上、叶馬(とうま)相手に下手な隠し事は無意味だ。むしろ、叶馬(とうま)の『情報閲覧(インターフェース)』を利用して自分の知らない自分を教えてもらう方が良い。

 

「うむ。端的に多い。全部が全部多い。おかげでバグかと思った。実際このスキルはこれまでも結構バグが発生しているのだ」

 

 そう言う叶馬(とうま)だが、もちろん『情報閲覧(インターフェース)』にバグなどない。勝手な固定観念で決めつけていたことと『情報閲覧(インターフェース)』の表記が連れていた場合、叶馬(とうま)が勝手に「バグ」認定しているだけである。

 

「これほど自信満々な上級生が、この程度の雑魚のはずがない。これは表記が間違っているな」といった具合に。

 

「ああ、『能力』とか『存在強度』とかか。俺はちょっと特殊なスキルがあるからな。それであってるんだ」

 

 原作を思い出した健太(けんた)はモモノスケの背の上でそう答える。

 原作通りならば、人間の場合『能力』とは主に(クラス)を差し、『存在強度』は獲得している(クラス)の数を表す。

 例えば第四段階職の大将軍(ダイショウグン)ならば、

 

能力:『人間(ヒューマン)』『剣士(ブレイダー)』『(サムライ)』『将軍(ショウグン)』『大将軍(ダイショウグン)

存在強度:☆☆☆☆☆

 と表記される。

 

 健太(けんた)の場合、ここに『職業選択の自由(プリースト・オブ・ダーマ)』で獲得した一次職、二次職数十が加わるのだ。存在強度のところにも☆が獲得した(クラス)プラスノービスの分並んでいるのだとすれば、確かにこれはバグに見えてもおかしくはない。

 

 だが、叶馬(とうま)は珍しく少し躊躇った後、それでも素直に告げる。

 

「そこもそうだが、他も色々おかしい。称号もやたら並んでいる。ヘソスナッチ」

 

 言われて健太(けんた)も思い出した。以前『職業選択の自由(プリースト・オブ・ダーマ)』の転職先に『称号獲得者(タイトルホルダー)』という謎のGR職が候補に挙がっていたことを。その時、「自分は大量の称号を獲得しているのでは?」と推測していたのだが、どうやらその予想が当たっていたようだ。

 

「良かったら教えてくれないか。『岩石射出(ロックシュート)』」

 

「良いだろう、ヘソスナッチ。『英雄願望(ヒーロー・シンドローム)』『軌道修正者(バック・オン・トラッカー)』『はぐれはじめ』『ひとりぼっち』『模倣犯(メイホウジュアン)』『ヘタレスケベ』『名誉鬼神族(ラークシャサ)』『秘奥神秘接触者(カバリスト)』『拗らせオタク』『白赤竜調伏者(ブリテン・コンカラー)』『ガネーシ……」

 

「待て、ちょっと待て『岩石射出(ロックシュート)』。なんだその、心当たりがある不本意な称号と全く心当たりのない物騒な称号の数々は」

 

戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっているはずの健太(けんた)がちょっと早口に抗議の声を上げる。

 

「なんだと言われても分からん。ヘソスナッチ。俺はそのまま読み上げているだけだ」

 

「むう。『岩石射出(ロックシュート)』。まあ、叶馬(とうま)に聞いても無駄か。そう言えば、叶馬(とうま)。俺のスキルは見えているのか?」

 

「いや。見えているのはスケさんのところでもらった『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』だけだ。さっきの話では他に三つ持っているらしいが、それは見えん」

 

「そうか」

 

 羽虫のようにたかって来る『蛟竜(こうりゅう)』を、叶馬(とうま)雷撃(ヘソスナッチ)健太(けんた)のスキル『岩投槍(ロックジャベリン)』でバタバタ落としながらそんな会話を交わしていると、やがて『蛟竜(こうりゅう)』も岩肌に隠れていた『狒々(ひひ)』も姿を見せなくなる。

 どうやらこの岩山も一定以上の高度になると、そうした雑魚モンスターは生息していないらしい。

 

 いかにもボスが待っているステージという雰囲気だ。

 

 さらに上昇を続けることしばし。

 どれほど上昇を続けても、岩山の頂上は見えてこない。まるでこの茜色の雲が天井となっているかようだ。上昇を続けているのに、上がっている気がしない。

 

「むう」

 

「これはおかしいな」

 

 叶馬(とうま)は感覚的に、健太(けんた)は原作の知識から現状のおかしさを確信する。

 これが、このレイド『轟天の石榴山』を攻略不能としていた最大の理由である。

 核となるボスモンスターを倒さない限りクリアできない『王権(ダイアデム)』に分類されるレイドでありながら、そもそもそのボスモンスターの下までたどり着けた者が誰もいないのだ。

 

 ボスが(ぬえ)(と百雷鳥(プラズマサンダーバード))であることは知られているので、ボスが岩山頂上から降りて来ることはあるようだが、降りて来てくれない限りどうしようもない。

 

健太(けんた)

 

「いや、俺もあまり有益なスキルはないぞ。一応試してはみるが。《見せろ》」

 

 叶馬(とうま)の期待に応えて、健太(けんた)は一応『浄魔士(ゴーストイレイザー)』のスキル『浄視(パラノーマル・ヴィジョン)』で上方を睨む。

浄視(パラノーマル・ヴィジョン)』は『浄魔士(ゴーストイレイザー)』の第一段階職『祓魔士(エクソシスト)』の『霊視(スピリチュアル・ヴィジョン)』をそのまま強化したようなスキルだ。

 通常の眼には映らない、霊的存在や超常現象を視認できるスキルだ。

 

「……駄目だな。なにかありそうなのは分かるが、それだけだ」

 

浄視(パラノーマル・ヴィジョン)』でなんとなく空間の歪みを発見した健太(けんた)であったが、それは極めてあいまいなものだ。

 一応、「あの辺がおかしい」という漠然とした場所は分かるので、最悪あの辺りに無差別攻撃を降らせるという手はあるのだが、原作を知っている健太(けんた)はそれより原作でこの問題を解決してくれた彼女の尽力に期待する。

 その期待が裏切られることはなかった。

 

(ゆき)ちゃん?」

 

 突如、もやっと雲の上で結跏趺坐をしている叶馬(とうま)のすぐ横の空間が切り開かれ、そこから真っ白な小さな手が二本、にょきりと出て来た。

 出て来たのは両手だけ。その小さな両手が茜色の空に向けられ、何やら強く力を込められている。

 

 次の瞬間。茜色の雲海が切り裂かれ、雲海の向こうに岩山の頂点が見える。

 

「おお」

 

「流石」

 

 叶馬(とうま)健太(けんた)が感心していると、『空間収納(アイテムボックス)』から突き出ている小さな二本の手が小さな握りこぶしを作る。顔が見えなくとも、(ゆき)のドヤ顔が想像できるくらいに感情表現が豊かな両手である。

 

 その後、もやっと雲とモモノスケがその雲切れ目を抜けると、程なくして山頂にたどり着いた。

 

 岩山の山頂といっても、富士山のような頂点が一つ切りの山ではない。まるで不揃いな剣山のように雲海の上に高さの異なる山頂が、いくつも存在している。

 まるで、雲海という海に浮かぶ小島の群れのようだ。

 その山頂はいずれも真っ赤な石榴を実らせた木が生えており、視覚的には化け物の領域ではなく清玄たる隠れ里、中国に伝わる仙界のようなイメージだ。

 しかし、肌に感じる空気は、そんな清涼な風景を裏切る粘りつくような邪気を感じさせるものだった。

 

 何かがおかしい。

 

「《視覚強化》《時間感覚強化》《敏捷強化》《筋力強化》《耐性強化》」

 

 用心のため健太(けんた)が『増強術士(エンハンサー)』のスキルで可能な限りの自己強化を図っていると、ふと隣で叶馬(とうま)が不思議そうな声を発する。

 

(ゆき)ちゃん?」

 

 突如、『空間収納(アイテムボックス)』の中から出て来た雪色の和装少女は叶馬(とうま)の膝の上に座ると、厳しい表情と周囲を睨みつける。

 健太(けんた)は一瞬また自分が睨まれているのかと思ったが、どうも違うようだ。(ゆき)は明確な敵意を持って周囲を睨んでいる。叶馬(とうま)の膝の上に収まる小柄な体躯からは想像もつかない、強烈な殺気だ。

 

 その殺気に応えるように、突如叶馬(とうま)達に『黒い雷』が放たれた。

 

「ッ」「む?」「!!」

 

 あまりに一瞬の攻撃で、健太(けんた)も視覚と時間感覚を強化していなければ間違いなく反応できなかっただろう。

 叶馬(とうま)は全く反応できていない。

 今の叶馬(とうま)はボス戦を想定して『重圧の甲冑(ストレッサーアーマー)』を身に纏っているが、『重圧の鎧(ストレッサーアーマー)』の性能は物理防御に特化している分、魔法防御は低いらしい。

 だから、今叶馬(とうま)が無傷でいられるのは、装備とは無関係で純粋に叶馬(とうま)の体質による。雷撃で『雷神(ライジン)』である叶馬(とうま)にダメージを与えることは限りなく不可能に近い。

 

 しっかり左腕の方形盾で防御してもなお、全身に軽い痺れを覚えている健太(けんた)からすると羨ましい限りだ。

 

市湖(いちこ)先輩に手伝ってもらった『耐雷』の梵字を二重にしてこれだけ来るか」

 

応龍(ヒィンロン)』モモノスケの背中でしっかりと防御態勢を取っていた健太(けんた)はそう呟く。

 原作で『ぃよう』こと(ぬえ)と相対する可能性を知っていた健太(けんた)はその対策として、インドラジットの梵字を刻んだ護符を用意していた。

 インドラジットはインド神話の鬼神で、あいにく仏教には対応する御仏がいないため、難しい長い梵字を掘る必要があるのだが、そうするだけの価値のある力を持っている。

 インドラジットの元の名前はメーガナーダといい、インドラジットという名前はかの雷神インドラを倒した際に得た尊称だ。

 インドラジット。その意味はズバリ「インドラに勝利した者」。

 インド神話の中では最古に近い神格であるインドラは、強大な神の代名詞的なところがあり、その分他の神々の強さ、偉大さを表現するのに用いられることも多い。

 曰く「インドラに匹敵する」。曰く「インドラと決着がつかなかった」。曰く「インドラを退けた」。

 だが、そんな中でも名前がズバリ『インドラに勝利した者』となっているインドラジットはインドラに対抗する神格としては一番適当と言えるだろう。

 

 そのインドラジットの梵字に、補助文字としてブラーフミーン文字で効力を限定、拡大し『雷撃全般に対する防御』として成立させたのだ。

 そんなインドラジット梵字の護符は二つ完成しており通常の物をベルトのバックルに、効果範囲を狭めた分より耐雷性能を高めた物を方形盾の裏に仕込んでおいた。

 

 その二重の『耐雷』装備のおかげで今の雷撃にも健太(けんた)は多少痺れる程度のダメージですんだ。

 逆を言えば、二重の『耐雷』護符があっても完全には防げなかったということだ。流石は極級レイドのボス、というべきか。

 

(いや、違うな。これは原作からのズレだ)

 

 何となく不穏な雰囲気。禍々しさを感じさせる闇色の雷撃。そして健太(けんた)に確信を抱かせたのは(ゆき)の表情だ。

 

 球形のバリアでやすやすと雷撃を受けきった(ゆき)は、純度の高い殺意に表情を固めてある方向を睨んでいる。

 その表情は、健太(けんた)に向けた顔を中央に寄せるようなどこかコミカルな嫌悪の表情とは次元が違う。

 

 (ゆき)叶馬(とうま)の膝の上でその小さな右手をブンと横薙ぎに振る。

 すると遠方で、ドゴンという恐ろしく重い打撃音と「ギシャア!?」という耳障りな悲鳴が聞こえて来た。

 

(ゆき)ちゃん、わんぱくマジカル幼女」

 

 呑気なことを言う叶馬(とうま)(ゆき)は左手でぺちぺちと座っている叶馬(とうま)の太腿を叩き、右手の人差し指で睨んでいた方向に指し示す。

 あっちに行け、と言っているのだろう。

 

健太(けんた)

 

「ああ、行くぞ」

 

 もやっと雲に乗った叶馬(とうま)と、モモノスケに乗った健太(けんた)(ゆき)の誘導に従い動き出した。

 

 

 

 

 

 (ゆき)の指示通りに叶馬(とうま)健太(けんた)が向かった先は、雲海に浮かぶ小島のような山頂の一つ。その中でも一番大きな島だった。

 島というより島の周りの岩礁程度のものも多いが、そこは立派な島として一つの生活圏が成り立つくらいの広さがある。

 具体的に言えば、全長三十メートルの四つ足の生き物がさほど不自由なく、普通に生存していられそうなくらいの広さだ。

 

「ギイイアア!」

 

 陥没した岩山の岩肌の側に立つその巨大な生き物は敵意を隠さない唸り声を上げる(岩壁の陥没は大きな人の手形のような形をしている)。

 大雑把に見ればその生き物のシルエットは虎に近い。

 全体のしなやかそうな体つきはネコ科のそれだし、四本の太い脚は白黒の虎柄だ。

 だが、細くて異様に長い尾は毛皮はなく鱗で覆われており、グネグネと動く様は尾自体が別な意思を持った蛇のようだ。

 さらに顔は、明らかにただの虎ではない。体は白、四本脚は白黒の虎柄なのに対し、顔は白地に目に鮮やかな赤の模様が描かれている。

 歌舞伎役者の舞台化粧を彷彿させるド派手な模様だ。

 

 原作を知る健太(けんた)はそれが、ここ『轟天の石榴山』の王権所有(ボス)モンスター『(ぬえ)』であることを知っていた。

 原作ではこの時点ですでに死んでいて、所有する能力の一つ『輪廻(リンネ)』で生まれ変わった子鵺を雪がしばき倒して仲間にするのである。断じて生まれ変わる前の大怪獣を相手にしたわけではない。

 

「このズレは、俺一人が加わった程度で修正できるのか?」

 

戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)は、モモノスケの背から岩山に降りて油断なく戦闘態勢を取りつつも、彼我戦力差を冷静に判断し、そんな疑問を抱く。

 

 この時点の叶馬(とうま)はまだGR系第二段階職『雷神(ライジン)』。敵が同じ雷属性であることは原作の子鵺の場合はプラスに働いたが、この大怪獣鵺の場合には間違いなくマイナスに働く。

 

 お互い雷撃を無効化し合うのだから、戦闘は肉弾戦になる。この巨体の相手は、流石の叶馬(とうま)でも手に余るだろう。

 

「……流石にこれは厳しいのではないだろうか。(ゆき)ちゃん」

 

 愛用の六角六尺棒――『餓鬼王棍棒(オーバーグリードギア)』を構えつつ、叶馬(とうま)もそんな言葉を漏らす。

 だが、あいにくと最後の一人、(ゆき)が非常にやる気だ。

 その凍り付いた眼差しで巨大怪獣『鵺』を睨み上げる様子からは、不退転の決意が伺える。

 ならば是非も無し。

 勝ち目が薄い、勝ち目がないことで戦闘を忌避するほど軟弱な叶馬(とうま)ではない。

 だが、勝ち目が薄いままただやみくもに突っ込むのは戦闘という神聖な行為を冒涜しているに等しい。

 

 僅かでも勝算を上げるべく、叶馬(とうま)は先ほど改良してもらったばかりのスキル『情報閲覧(インターフェース)』で巨大怪獣を視る。

 

「ふむ。

名称:『起屍鬼(ヴェーターラ)

種族:鬼

属性:鬼

階位:100+※※※

能力:『屍憑依』『闇纏』『無断借用』【『雷公』】

 猫っぽいのに鬼なのか?」

 

 そこまで叶馬(とうま)が読み上げたところで、健太(けんた)はすぐに理解した。

 

「《浄視》」

 

 健太(けんた)が『浄魔士(ゴーストイレイザー)』のスキル『浄視(パラノーマル・ヴィジョン)』で大怪獣鵺を見る。

 すると、巨大怪獣鵺の全身に絡みつく黒くおどろおどろしいヘドロのようなような物と、縦に断ち切る様に傷を負っている左目が深紅に染まっている様が視えた。

 

 同時に健太(けんた)は『起屍鬼(ヴェーターラ)』の情報を『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』から引き出す。

 

起屍鬼(ヴェーターラ)

 インド、中国を中心にアジアに伝承が伝わる鬼神。死体を操る力を持つ。

 日本の妖怪『死人憑き』と同一説あり。

 

「そういうことか。それなら勝ち目は十分にある。叶馬(とうま)。あれの正体は、死体に取り付く化け物だ。俺が引きはがす。それまでの時間稼ぎと、引きはがした後の止めをやれ」

 

「承知した」

 

 健太(けんた)の指示に短く答える叶馬(とうま)の口元は、珍しく笑みの形に歪んでいた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。