こちらが戦闘の意思を固めたことが巨大怪獣鵺、正確には巨大怪獣鵺の死体を操る『起屍鬼』にも伝わったのだろう。
「ジャアア!」
耳障りな鳴き声と共に巨大怪獣鵺の身体から黒い雷が放たれる。
『増強術士』のスキルで視力も時間感覚も強化した上、『浄視』を発動させている健太には巨大怪獣鵺の身体に纏わりつく黒い粘体から黒雷が離れた瞬間を視認することが出来た。
そのため健太自身も問題なく防御態勢を取ることが出来たが、黒雷は健太の前に立つ叶馬がシャットアウトした。
叶馬にとって、雷撃系の攻撃は意味をなさない。
日頃健太が叶馬と共闘するときは、多くは叶馬パーティー+健太という形だ。その時は、大概健太は叶馬と並んで最前線に立つので、こうして『重圧の甲冑』を纏った叶馬の背中を見ていると少し違和感を覚える。
叶馬の背中とその向こうの『起屍鬼』を同時に見据えながら健太は念のため叶馬に確認を取る。
「叶馬。『起屍鬼』にGPバーはあるか?」
「ある」
叶馬の答えに健太は特に残念に思うことはなかった。これだけ特別な敵であれば、まず確実にあることは最初から覚悟していたからだ。
GPバー。それがある敵は原則強敵と思ってよい。
原作では『情報閲覧』を持つ叶馬の視界では、この世界のモンスターお呼び人間にはSPバーというステータスを視ることが出来る。
SPバーは多くのゲームで存在するHP(ヒットポイント)とMP(マジックポイント、もしくはメンタルポイント)の両方を兼ね備えた性質を有する。
つまり、敵の攻撃を受けても減るしスキルを使用しても減るのだ。さらにSPは自動的に身体を守ってくれるバリアでもあり、身体能力を増強してくれるブースターでもある(職によって差異あり)。
対してGPバーとはそれの特別版だ。
GR職についた人間の場合はSPバーとGPバーの両方が存在するのに対し、モンスターはSPバーかGPバーのどちらかだけを有する。
特に厄介なのが自動で纏っているGPバリアだ。GPバリアを纏っている者をGPバーを持たない者が攻撃してもろくにダメージが通らない。
そのためSPバーしか持たない者がGPバーを持つ者を正面から倒すのは、無謀に近い。
だが、絶対に不可能なのかと言えばもちろんそんなことはない。
いくつか方法は存在する。
一つは、そのモンスターの逸話に従った倒し方をなぞること。
原作では、八岐大蛇(正確にはそのレプリカ)を酒で酔わせて眠らせたところを倒している。
酒に酔って泥酔している八岐大蛇はGPバリアを完全に解いて、誰でもダメージを通せるようになっていた。恐らくはギリシャ神話のアキレスならば普段でもアキレス腱だけはどうやってもGPバリアを張れなかったり、北欧神話のバルドルならばあらゆる攻撃に無敵に近いGPバリアがヤドリギの剣だけは素通しだったりすると思われる。
もう一つは単純にGPバリアの上から殴り続けること。
ほとんど点においてSPバーの圧倒的上位互換であるGPバーだが、消費の激しさと回復速度だけは明確に劣る。
そして、SPバーしか持たない者の攻撃でも受ければGPバーを多少なりとも消費させることが出来る。そうやってGPを枯渇させてGPバリアを剥がし、撃破するのだ。
ただし、GR職についている人間ならばともかく、GRモンスターの場合独自のGPバー回復手段を有していたりすることも多いので、このやり方では全く歯が立たないものもいる。
そして最後の一つが、GPバリアを素通しにして直接ダメージを叩き込むこと。
相手に攻撃を認識されなければGPバリアが発動しないこともある。
原作では『雷神見習い』になった後の叶馬が不意を突いたゴブリンに普通にダメージを食らっていた。
また別な場面では、暴走状態の叶馬が倶楽部『天上天下』の『侍大将』花梨に首を刈られても無傷だったのに、後ろから誠一に巨大ハンマー『撃振鎚』でぶん殴られて失神していた。
GPバリア、SPバリアは基本的に敵対者の攻撃を意識していないと働きづらい。
ようは相手に認識されない攻撃ならば、GPバリアを素通しにして相手に届かせることも可能なのだ。
しかし、奇襲を成功させたり、寝込みを襲ったりするならばともかく、こうして正面から相対してしまった敵に認識されずに攻撃を届かせるというのは、途方もなく難しい。
純粋に速度や技量だけでそれを可能にするには、倶楽部『黒蜜』の鉄朗や将来の沙姫のような超絶的な業が必要だ。
今の健太では無理だろう。
「《ビッグジャイアント、来い》《土を纏え》」
健太は『強化外装骨格』のビッグジャイアントを召喚すると、持っていた大剣をビッグジャイアントに預け、自分は腰の小剣『金狼木霊剣』を抜き放ち、『属性付与・土』のスキルを使う。
五行相生『土生金』。『金狼木霊剣』は土属性を吸収し、金属製を爆発的に高める。小剣サイズの『金狼木霊剣』の刀身が十メートルを超える長大なものへと成長する。
『金狼木霊剣』はあくまで小剣。そのため柄は片手用の短い物だ。恐ろしくバランスが悪くなるが、健太の腕力と握力ならば十分扱える。
それでもバランスが悪いのは間違いないので、今後のことを思えば蜜柑達にお願いして柄を両手用に改良してもらうのも良いかもしれない。
その場合、普段の『金狼木霊剣』は『両手持ちの小剣』という実用性が疑わしい謎の刀剣になってしまうが。
「ゴガッ!」
健太が次の行動を起こす前に、巨大怪獣鵺に憑依した『起屍鬼』が攻撃に出る。
雷撃が叶馬にはノーダメージだったことを理解したのか、今度はその巨大な前足で叶馬を払うように斜めに振り下ろす。
「っ、《防御強化》《筋力強化》」
叶馬がその攻撃を受け止めようとしているのを見た健太は、攻撃のためのアクションを緊急停止し、叶馬に『装甲増強』と『筋力増強』をかける。
その効果があったのか、叶馬は見事両手で持つ『餓鬼王金棒』で巨大怪獣鵺の前足をしっかりと頭上で受け止めた。
「むっ!? むううん!」
全長三十メートルサイズの巨大怪獣鵺の場合前足だけでちょっとした小屋くらいのサイズがある。それを叶馬は受け止めるのみならず、気合の声と共に弾き返した。
信じがたい力である。
これならば、安心して前を任せられる。
「《岩石射出》《はっ》《ふっ》」
健太は後方から『岩投槍』を放つと同時に跳躍し、空中で『空歩』を足場にして、長く伸ばした『金狼木霊剣』で『豪撃』を放つ。
その剣戟は確かに巨大怪獣鵺の肩口を捉えたが、健太の手にはただひたすら重い反動だけが返ってきた。
「叶馬。俺の攻撃であれのGPは減少したか?」
「ケズリダメージくらい?」
叶馬の背後に着地しながらそう尋ねる健太に、叶馬は油断なく『餓鬼王金棒』を両手で構えてながら端的にそう答える。
「そうか」
叶馬の答えは『戦士の不動心』をオンにしている健太が予想していた範囲では、最善に近い答えだ。
正直高確率で健太の通常攻撃ではGPバーは一切消費させられないことも覚悟していた。GPバーを減らせるのであれば極端な話、無限に時間をかければ健太一人でも打倒の可能性は残るということになる。
「それなら《来い》《火精霊》《風精霊》《水精霊》《土精霊》《撃て》」
健太は『精霊使い』のスキル『精霊召喚』で地水火風の精霊を召喚し、それらに攻撃させる。
召喚したのは最下級の精霊だ。不定形で半実体、知能も最低限なそれらの火弾、風弾、水弾、石弾は全長三十メートルの巨大怪獣鵺には四色の豆鉄砲でしかない。
「ゴガア!」
「GPバーに変化は?」
「むん! ナッシング」
健太の問いに巨大怪獣鵺の突進を正面から受け止めた叶馬は、そう端的に答える。
全長三十メートル巨大怪獣鵺と比べれば大柄とはいえ体格は常識の範囲内の叶馬など、蹴躓く石ほどもない。蹴とばす小石よりまだ小さい。
それなのに、巨大鵺の突進を叶馬が受け止める様はもはや現実味が欠片も感じられない。
恐らく叶馬は『重圧の甲冑』の能力で重力を操って自重を増しているのだろう。
元々『重圧の甲冑』は素の状態で百キロ以上あるのだが、能力『重圧』を発動させれば一瞬で最大十トンほどまで加重が可能だという。
だとしても全長三十メートルの巨大怪獣鵺とではまだ重量差が激しいはずなのだが、それでも受け切れるのはGPバーを持つ者同士の戦いに物理現象は参考程度ということだろうか。
「叶馬、その調子で頼む」
「おう」
頼もしい叶馬の背中にそう声をかけた健太は、素早く『金狼木霊剣』の属性付与を解くと鞘に戻し、『ビッグジャイアント』に預けていた大剣を手に取る。
修練レベルでは勝負にならないくらいに小剣の方が上な健太だが、やはりここまでのデカ物を相手にするには大剣の方が良さそうだ。
「《伸びろ》《尖れ》」
大剣を手に取った健太はすぐさま大剣の二つの能力『伸縮自在』と『鋭刃』を発動させる。
元は健太の体の大半が隠れるほど刃幅が広い灰色の石のようだった刀身が、三十センチ強の細く鋭利な黒い穂先へと変貌し、同時に柄は十メートル以上の長さとなる。
この形態となるとこの武器を大剣ではなく大身槍――穂先が一尺(約三十センチ)以上ある槍として認められる。
「《すうー》」
大身槍と化した大剣を両手で構える健太は大きく息を吸うと呼吸を止め、『閃撃』を発動させる。
『閃撃』は侍系の代表的なスキルだ。その効果は息を止めている間の超加速状態。
『敏捷増強』を使用している健太が使えば、その速度はまさに神速。しかし、
「ギャッ!?」
超高速状態の健太が振り下ろす大身槍の一撃も、『起屍鬼』のGPバリアをすり抜けることは叶わなかった。
大身槍と化した大剣を振るった健太の両手には、金属バットで電柱をぶん殴ったような強烈な反動が返って来る。それは今の一撃が『起屍鬼』の認識をすり抜けられなかった証拠とも言える。
『起屍鬼』の悲鳴から察するにそれなりにGPバーを削ることは出来たのだろうが、
「これで駄目ということは、正攻法では無理だな。なら大身槍にこだわる必要もないか」
健太の大剣の能力の一つ、『鋭刃』は注ぎ込むSP量に応じてその効果も増加される。
最初は白に近い灰色の石のような刀身が『鋭刃』を強化するに従いだんだんと薄くなり、細くなり、黒くなるのだ。
さらに不思議なことに、刀身が縮み鋭利になるに従い、重量は激増する。三十センチ強まで圧縮した状態ですでに百キロを超えており、常人は無論のこと、学園のトップ層でも一部のパワー型の前衛でなければ扱えない代物と化している。
だが、健太ならば全く問題ない。
「《さらに尖れ》」
健太は大剣に更なるSPを注ぎ込む。それに応じて大剣はさらに縮み、重量が激増し、代償として鋭さが増す。
穂先の長さが一尺(約三十センチ)を下回った時点で健太の大剣は大身槍とは見なされず、『大身槍士』のスキルは一切使えなくなる。だが、健太の技量ではGPバリアをすり抜けられないのでは侍系のスキルにこだわる理由も薄い。
穂先を一センチほどまで圧縮した健太は、その馬鹿げて長く重い槍を手に巨大怪獣鵺に襲い掛かる。
「《はっ》《ふっ》《せい》《はっ》《しっ》」
健太は『俊動』と『空歩』『二歩』を駆使して巨大怪獣鵺の周囲を飛び回り、『豪撃』を乗せた槍を振るう。
全長三十メートルの巨大怪獣鵺の周囲を跳び回るのだ。必然的にその移動距離は長くなる。人間の右から左に移動するのならば二メートルも動けば十分だが、全長三十メートル巨大怪獣鵺の「周囲を跳び回る」と言うならば、最低でも十メートル以上移動する必要がある。
それも一瞬でだ。今の健太にはそれが出来ていた。
「ヒギャッ! イギャ!? キャン!」
一歩で数十メートル。さながら瞬間移動じみた速度で跳び回る健太にさしもの巨大怪獣鵺もついていけず、体のあちこちに異形の長槍で放つ『豪撃』を食らう。しかし、残念ながら巨大怪獣鵺のGPバリアは破れていない。
「叶馬、GPバーの減りは?」
「タイムオーバーがあったらワンチャン勝てるくらい?」
叶馬の返答はかなり意味不明だったが、この調子でGPバリアを削り切るのは現実的ではないことは健太にも理解できた。
「……厄介だな。やはり何とかして直接攻撃を届かせたいのだが」
上空数十メートルで『空歩』を踏み、一瞬で地上に降りてきた健太は『戦士の不動心』がオンになっているにも関わらず、ボヤキの言葉を漏らしてしまう。
「意表をついて届かせるしかない、か」
単純な速度、技量で『起屍鬼』の認識を掻い潜ることは健太には不可能。
GPバリアを叩き続けて消耗を狙うのも非現実的。
となれば、残るは奇策。油断を誘って一撃を叩き込むしかない。
しかし、それもとてつもなく難しい。
特に問題なのが、健太が狙っているのが巨大怪獣鵺の『左目』だからだ。
『浄視』を発動させている健太の視界では、巨大怪獣鵺の左目だけが毒々しい深紅に染まって見える。
ほぼ間違いなく、そこに『起屍鬼』が宿っているのだろう。
相手に気づかれないように後頭部を殴るや、後ろ脚を切るならばまだ現実的なのだが、相手に気づかれないように目を突くというのは難易度が桁外れに上がる。
それでも健太は現在の自分の手札と叶馬という仲間の存在、そしてこの場の地形から一つ策を思い至る。
「叶馬。少し距離を詰める。可能なら雷撃だけでもそっちで迎撃してくれ」
「む……分かった」
健太の言葉に叶馬の返答は少し遅れる。
まあ、当たり前だろう。健太は距離を詰める、つまり叶馬より前に出ると言っているのだ。
背後に立つ人間を守るのと、自分より前にいる人間を守るのでは難易度が全く違う。
とりあえず叶馬から了承の答えが返ってきたところで健太は大剣を一旦素の状態に戻した。
「《ふっ》」
そして健太はすかさず『俊動』で巨大怪獣鵺の足元へ移動する。彼我距離一メートル強。人間同士でももはや剣や槍の距離ではなく、素手で殴り合う距離だ。
まして、全長三十メートルの巨大怪獣鵺ならば健太の視界には虎柄の脚しか入らない。
そう、対象が自分より大きすぎる場合、視界に入っていても正しく認識できないのである。
「《来い、オンブ》」
それは巨大怪獣鵺にとっても同じことだ。
その名の通り雷鳴の如き足音と、その名を曲解した実際の雷撃を踏み放ちながら健太のモンスターカードが姿を現す。
『雷震竜』のオンブ。
頭頂部までの高さは六十メートル弱。全長は百メートル強。太く長い尾も含めたその全長は三百メートル近い首長四足歩行恐竜型モンスター。
この至近距離で突如現れたその巨体は、全長三十メートル程度の巨大怪獣鵺にとってはまさに視界を塞ぐ壁にしか見えない。
「ギッ?」
ちょっとかわいい声を発した巨大怪獣鵺は喉を見せるように上を向く。
巨大怪獣鵺から見てもオンブの頭は遥か上空だ。そのオンブの頭の上に、いつの間にか健太が立っていた。
「《伸びろ》《限界まで尖れ》《はあ》」
大剣に宿る二つの能力『伸縮自在』と『鋭刃』を発動させ、『豪撃』のスキルを用いて突きを放つ。
狙いは上を向く巨大怪獣鵺の左目。
いくら巨大怪獣鵺の眼が大きいとは言っても、上空六十メートル近い上からでは赤い点にしか見えない距離。二階から目薬どころの話ではない。
しかも最大までSPを込められた刀身は完全に消滅し、重量は本来の重量である一万三千五百斤(約八トン)まで増加している。
もちろん、今の健太でも自在に振りまわすことなど不可能。
だが、『戦士の不動心』で精神的動揺がない健太が下に付き下ろすだけならば、何ら問題はなく。
「ギャアアア!?」
突き下ろされた棒は一瞬の抵抗の後、巨大怪獣鵺の深紅に染まった左目を突き破った。
手に跳ね返る感触で、『起屍鬼』に繋がったことを確信した健太は、すかさず次のスキルを使う。
「《出ていけ》」
それは『浄魔士』のスキル『退霊魔』。効果は憑りつくモンスターを祓うこと。
GPバリアの上からならともかく、こうしてGPバリアを抜いて直接触れている物越しならば、その効果はGRモンスターが相手でも問題ない。
「ヒギッ!」
たまらず巨大怪獣鵺の左目から、何かが飛び出した。
それは頭と手足があるという意味では人間に近い形をしているが、その手足はガリガリにやせており、胴体は醜く膨らみ頭部は目鼻の位置に黒い穴がそれぞれ二つずつ空いているだけ。まさに異形。
しかもその姿は実体を伴わない。健太は今『浄視』を発動させているから視認出来ているが、通常のSPバーしか持たない者ならば視ることも触れることも不可能な難敵。
だが、それはあくまで健太のような常人の話。この場には常人の枠が小指に嵌るか嵌らないかぐらいの男がいる。
「今だ、叶馬」
「おう!」
雷光一閃。『増強術士』のスキルで視覚と時間感覚を強化している健太でも辛うじて視認しうるほどの速度で飛び出した叶馬は空中で『起屍鬼』のやせ細った体を掴む。
「グペ!? ギャギャ!」
細い体で精一杯抵抗する『起屍鬼』だが、叶馬はその抵抗をものともせず、空中で『起屍鬼』の枯れ枝のような両足を上に、醜悪に歪んだ頭部を下にしてガッチリとその下腹部をホールドする。
「ふん!」
「ヒギャッ!」
バチバチと帯電状態の叶馬に思い切り大地に頭部から叩き下ろされた『起屍鬼』はほどなくして亡骸と化すのだった。
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、特異分界『轟天の石榴山』――
※※※Clear The Additional Content!※※※
――様式『王権』、※時空圧差『壱:拾』→『壱:玖』――
――※Option Intercept『軍戦式』Adjustment――
――※Model『煉獄』――
※※※Clear The Additional Content!※※※
――※Confine Change『72時間/720時間』→『72時間/648時間』――
※※※Continue Playing The Main Content!※※※
「叶馬」
「うむ」
オンブの頭上から飛び降りた健太と、地上でシワシワになった『起屍鬼』の死体を左手にぶら下げた叶馬は顔より高いところでお互いの右手を鳴り合わせる。
「意外と何とかなるモノだな」
しみじみ言う叶馬に健太は小さく肩をすくめる。
「相性が良かったからな」
という健太の言葉は間違っていない。『起屍鬼』が憑りついていた巨大怪獣鵺は雷属性。そのため、物理攻撃以外は叶馬が全て無効化出来たし、『起屍鬼』の『憑りつく』という特性は『浄魔士』の職を有する健太ならば祓うことが出来た。
「うむ、確かに地力の足りなさは痛感した。先輩達に追いつくためにも日々精進あるのみだ」
どうやら叶馬の中では、この学園の上級生たちはこれくらいのレイドクエストをクリアしている猛者たちになっているようだ。
その誤解に気づいた健太だが、特に誤解を必要性も感じなかったし誤解を解く方法も思いつかなかったのでスルーする。
そうしていると、健太の視界の端で何やらもぞもぞ動くモノが映る。
「叶馬」
「うむ。あれは、チビ鵺?」
叶馬が言う通り、それは小さな鵺だった。健太の手で『起屍鬼』を祓われた巨大怪獣鵺の死体。その胎から見た目は巨大怪獣鵺と瓜二つ、だがサイズが大幅にダウンした小さな鵺が姿を現したのだ。
「ィョウ!」
パチパチと体毛を帯電させながらこちらを精一杯威嚇するその鵺の大きさは、大型犬――セントバーナードくらいだろうか。
原作では初登場の時点でももう少し大きかった気もするが、健太も前世の記憶にはそこまで自信はない。
「おっと」
ともあれバチバチと黄色い雷撃を飛ばしてくるので、健太は素早く後ろに下がって叶馬を盾にする。二つの『インドラジット』の梵字護符があれば大したダメージにはならないのだが、全く痛くないわけではない。
「ふむ。察するに親を失った子か。哀れとは思うが」
一方雷撃など何のダメージにもならない叶馬は子鵺の雷撃を浴びながら、困ったように首を傾げている。
あちらが敵対というか攻撃してきていることは明らかなのだが、いかにも子供な上に現実問題としてこちらには何のダメージもないため、攻撃して良いか迷っているようだ。
そんな叶馬より遥かに厳しい対応に出たのは、これまで『空間収納』に入っていた雪だ。
「!」
裂けた空間の切れ目から上半身だけ出して怖い顔をする雪は小さな右掌を万歳をするように高く上げると勢いよく振り下ろす。
「キャン!?」
すると子鵺は悲鳴を上げて地面にめり込む。子鵺を中心に、岩肌の地面が五本の指を広げた掌の形に窪んでいる。
雪がやったのだろう。なにをどうやったのかは分からない。
『空間収納』から出て来た雪がツカツカと子鵺に歩み寄る。
「ィ、ィョウ」
子鵺は情けない声を上げてプルプル震えるが逃げるどころか立ち上がることすら出来ない。どうやっている変わらないが、雪が見えない掌で押し止めているようだ。
その様子に叶馬がつい口を挟む。
「雪ちゃん。そのなんだ。子供のオイタなんだからその辺で」
という叶馬の言葉に、雪は押し付けている見えない掌を解く。
「ィヨウ!ィヨウ! ィヨウ!」
叶馬が雪から自分を助けてくれたことを理解しているのだろう。拘束を解かれた子鵺は一目散に叶馬の側へと駆け寄り、必死に顔を叶馬の脚に摺り寄せて甘えた声を上げる。
「むう、懐かれてしまった」
叶馬は無表情のまま、困った様子ですり寄る子鵺の頭を撫でるのだった。