レイド領域をクリアするということは、レイド領域を消滅させることである。
そのためにはレイド領域の『核』となっている存在を取り除かなければならない。
『王権』の場合はモンスター。その領域の『核』となっているボスモンスターを排除しない限りレイド領域は存在し続ける。
『王権』レイドをクリアするにはボスモンスターの討伐は必須なのだ。
「んだのに、そのボスモンスターば連れ帰っで、なに二人してワッシャワッシャ撫で繰り回してるだよ」
頭痛をこらえる様な表情で睨む露店精霊に腹ばいに寝そべるチビ鵺の左右にしゃがみ、かまい倒していた叶馬と健太は顔を見合わせる。
「懐かれてしまったので」
「流石にこの状態から絞めるのは忍びなく」
叶馬と健太の答えにダサい灰色のトレーナー姿の露店精霊は長いため息をつく。
「はあ……んで、親の亡骸はどした?」
「埋葬してきました。本人が生前住んでいたところに」
叶馬の答えに露店精霊は信じられない者を見る様な目を向ける。
「こったら『異世界』の核になっだボスだぞ? 毛一本でもとんでもね価値あるお宝の山だべ。オメら何考えてんだ?」
露店精霊の言っている内容に内心で同意している健太だが、流石にあの時『起屍鬼』を祓った後、ィヨウィヨウ鳴きながらずっと巨大怪獣鵺の顔を舐め続けるチビ鵺や、神妙な顔で手を合わせている雪の前で「正当な取り分」を主張するのは『戦士の不動心』がオンになっている健太でもちょっと躊躇われた。
流石に雪もその辺りは健太に割を食わせていることを理解しているのか、埋め合わせてして『真っ白な細いしめ縄』をくれた。
これを左右どちらかの手首に巻いて柏手を打つと、叶馬の『空間収納』に物を出し入れできるらしい。
『空間収納』の所有者はあくまで叶馬で、雪は監理者に過ぎないはずなのだが、勝手にそのようなことをして問題はないのだろうか? と健太が叶馬に視線を向けたが叶馬は無表情ながらコクコクを頷いていたため、どうやら問題はないようだ。
もちろん、健太用の空間は一定の広さに限定されるのだが、それでもこの埋め合わせは健太にとって望外の幸運だ。これで、ダンジョンダイブでドロップアイテムを泣く泣く諦めたりしなくてもよくなるし、何よりジュゲムやボンドといったモンスター用の装備をダンジョンに持ち込むのが格段に楽になる。
「無駄な感傷と言われればその通りですけど、流石にこの子の前で親の亡骸を切り刻むのはちょっと気まずかったので」
「ィヨウ、ィヨウ」
健太はそう言ってチビ鵺の柔らかい腹の毛を撫でる。パチパチと帯電しているが攻撃ではないので、『インドラジット』の耐電護符を付けている今の健太には全く影響がない。
ちなみに頭部を撫でまわしている叶馬はチビ鵺に甘噛みされているが、あれは健太が受けると手に穴が開く。
「ま、オメらがそれで良いっつうならオラがとやかく言うこっちゃねえべ。んで『起屍鬼』の死骸はどうすんだ? ボス鵺ほどじゃねが、そっちもけっこなお宝だぞ?」
巨大怪獣鵺と違い、憑りついていた『起屍鬼』の死骸には遠慮する必要はない。
チビ鵺の顔を両手で挟み、チビ鵺にィヨウィヨウと抗議されていた叶馬は顔だけ露店精霊に向けると、無表情のまま口を開く。
「正直、戦利品として取っておきたいという誘惑にも駆られているのですが」
叶馬の言葉に今度は露店精霊も悪くない反応を見せる。
「それも悪くね。『起屍鬼』の死骸も結構なポテンシャルだ。加工する当てがあんならそれでもいいべ。普通は劣化させね保管方法がネックだば、オメの場合は『空間収納』に突っ込んどけば、神さんが良いようにくれるべ」
「健太。それで良いか?」
と問う叶馬に健太は少し考えて、
「そうだな。別段それでもかまわないが、一応こちらでの査定を聞いておきたい。すみません、こちらで取引をするとどのような物と交換できますか?」
そう尋ねる。
健太の問いに露店精霊はしばし、『起屍鬼』の亡骸を睨むと、
「そだな。無難なんはこんあたりか。『童子切安綱』。もぢろん、本物じゃね。ダンジョンレプリカだ。だども『鬼を切る』いう概念はこっちの方が強えべ。侍が使えばかなり心強い相棒になんべ」
「ほう」
「へえ」
取り出された日本刀に叶馬と健太が揃って声を上げる。
刀剣の類に魅力を感じるのは、まあ一般的な男子だ。まして童子切安綱は天下五剣に数えられる一振り。ダンジョンレプリカの場合、ほとんど本物に近い。
飾り気はないのに洗練された美しさと威容を放っており、問答無用で「欲しい」と思わされる。
「日本刀か。これと交換するなら沙姫さんのお土産かな」
健太は童子切安綱を見ながらそう呟く。健太自身も『侍』は転職候補に挙がっているため、いずれは使えるようになるだろうが、その場合健太は今の小剣と盾、大剣、大剣を伸ばした槍に加えて刀の使い方も学ばなければならなくなる。
元々運動神経にも物覚えにもあまり自信のない健太としては、これ以上使用武器を増やすのは躊躇われる。
「む……いや、沙姫にはすでに愛刀があるからな。それに一つだけだと健太と分けることも出来ない」
確かに二人で倒したのだからドロップアイテムは二つあった方が丸いことは確かだ。
「二つならこの辺りが。『雪辱の雷矢』と『昇天の炎矢』。どっちも一発限りの使い切りだが、威力は折り紙付きだ」
そう言って露店精霊が取り出したのは、黄色と赤の小さな苦無のようなものだった。
恐らくは矢じりとして組み込んで、矢の形にして使うのだろう。
「ふむ。あいにくと弓道の心得はなく」
「良い品なんだろうけど、使い切りは」
叶馬と健太の反応はあまりよくない。
そもそも、今の豊葦原学園では、銃や弓矢といった遠距離武器を主体とする職は存在していない。そのため、弓矢を学ぼうと思って教えてくれる教師もいないだろう。
健太の場合、それに加えて今日までゲームでラストエ〇クサーの類は一回も使ったことがないという筋金入りのラストエリ〇サー症候群を患っているという問題もある。一発こっきりの使い切りの武器など「絶対に抱え落ち」すると断言できる。
わがままな顧客に露店精霊はため息をつきつつも、すぐに次の品を見せてくれる。
「使い切りじゃなぐで二つとなっど、格はかなり落ちっぞ。『赤鬼の斧』と『青鬼の瓶』。
『赤鬼の斧』は一応武器としても使えるが、そこまで大したもんじゃね。ただ『道を切り開く』つう概念が強ぐ宿ってっがら、木だの岩だのたたっ斬るには最適だ。
『青鬼の瓶』は理水――霊力の宿った水が入った瓶だ。中で常に湧き続けてってがら長い目で見りゃ無限だが、最大に出し続けだら湧く量より出る量が上回っで一時的に枯渇すっから気つけろ」
『赤鬼の斧』は真っすぐな木製の柄に鉄製の片刃がついた斧であり、『青鬼の瓶』は一升瓶より一回り大きい陶器瓶である。
どちらも見た目は素朴な作りで、田舎の歴史ある倉に放り込んでおけば違和感なく溶け込めそうな見た目をしている。
だが、露店精霊の語った内容に、叶馬も健太も大きく興味を示す。
「これは、良いな。こういう固く尖った頑丈な物は大概のモノを黙らせられる」
「霊力の籠った水が事実上無限に使えるのはありがたい」
これが終わればパートナーになってくれることが決まっている優梨愛は、化粧水や乳液などを手作りもしているらしい。霊力の籠った水を提供すれば彼女が作る化粧品にも、何らかの効果アップが期待できるかもしれない。
もちろん、鍛冶、料理、菓子作り、お茶、植物育成にも水は必須だ。蜜柑達旧『匠工房』に提供しても色々パワーアップしそうである。
「健太。俺はこれが良い」
「ああ、異論はない。お前が斧で俺が瓶だな」
二人の言葉を受けて露店精霊は、
「んだば、取引成立だな」
と『赤鬼の斧』『青鬼の瓶』と引き換えに『起屍鬼』の亡骸をカウンターの奥に仕舞う。
「んで、問題はそいづだ。この『異世界』の『王権』ばしっかりそいづに継承されちまっでるで。間違いなぐそいづがこの異世界の『核』だ。そいづば取り除かねば、この『異世界』は消滅できねぞ」
「ィヨウ!?」
叶馬と健太に撫でまわされて腹を出したまま眠っていたチビ鵺が、露店精霊の物騒な言葉と視線にピクリと跳ね起きる。
素早く叶馬と健太の後ろに隠れて、ィヨウィヨウと甘えた鳴き声を上げる様は、すっかり叶馬達を庇護者と認識しているようだ。
ここからどうするべきか。原作の答えを知っている健太だったが、ひとまずは叶馬の様子をうかがう。
「むう……」
叶馬は後ろに隠れてチビ鵺の顎を撫でさすりながら何か考えていると、露店精霊が続けて説明する。
「そいづが『核』なっでる『王権』はそいづ自身にもどうにもできね。オンオフでぎるスキルじゃねがらな。
『核』ば中心にして異世界があんだ。『核』が動けば異世界も動ぐ。どうにもなんねべ」
「空間の中心が核……それならば」
何やら思い付いた叶馬はやおら『空間収納』を開くとその中に右手を突っ込む。
「…………」
引き出された叶馬の右手が掴んでいるのは、雪の襟首だった。
白い和服の襟首を叶馬に掴まれ、強制的に『空間収納』の中から引き出された雪は、真っ赤に茹で上がった牛鬼の脚を小さな手で持ったまま、恨めしそうに叶馬を睨んでいる。
だが、そんな雪の視線にも頓着せず、叶馬は右手でぶら下げたままの体勢で雪に相談する。
「雪ちゃん。ものは相談なのだが……」
叶馬からの相談というか提案を聞かされた雪は、面倒くさそうに一つため息をつくと、手に持っていた食べかけの牛鬼の脚をポイと『空間収納』に仕舞い、チビ鵺に何やら一声をかける。
ファーストコンタクトで雪に見えない掌で押しつぶされた時に、上下関係がキッチリと形成されているのだろう。
「ィヨウ!」
チビ鵺は素直に雪の足元へ歩み寄る。
そして、襟首をつかむ叶馬の手を払った雪が『空間収納』に戻っていくと、チビ鵺も迷わずその後についていった。
『レイド領域』から『空間収納』へ。レイドボスが自主的に空間を放棄する瞬間を見せられた露店精霊は頭痛をこらえるように片手で頭を抱えながら呻く。
「…………確かに空間自体を渡っちまえば、こっちの空間は放棄できっが。だども、そいづの『王権』は失われでねえんだがら、潜在的にはこっちの領域呑み込んだようなもんだぞ。オメどういう容量してんだ? 常識って知っでっが?」
何を言われているのか全く理解していない叶馬は、無表情のまま首を傾げている。
やがて、考えることを放棄したのか露店精霊はどうにか平静を取り戻して言う。
「まあ良いべ。結果としで『核』は失われだんだから、これでこの『異世界』も終わるべ。やっど移動できっぞ」
晴れ晴れしく笑う露店精霊に釣られるように、叶馬も珍しく少しだけ無表情を崩す。
「ふん。突拍子もねことばっがやらかすアホ面も、そしてだらちった見れるじゃねが。
穿界迷宮YGGDRASILL、露店精霊●●●●●●●●の感謝の言葉だ。ありがたく受げ取れ」
「船坂叶馬です。まだ、ダンジョンのいずこかで」
「健太です。本日はありがとうございました」
また、健太にだけ名前が聞き取れなかったが、別段驚くことでも悲観することでもない。
そんな健太に露店精霊は流し目をくれて、一つ鼻を鳴らす。
「フン。オメはそれで良いべ。精霊に真名名乗んのは馬鹿の所業だ。突き抜けた馬鹿ならコイツみてに気に入られっが、オメみてな小賢しい奴が真似しても突き抜けられねで中途半端な馬鹿になんのがオチだべ」
「はい。忠告、ありがとうございます」
そんな会話を交わしていると、小さな地震のような小刻みな揺れと共に、辺りから低い地響きが聞こえてくる。
「もうここも終わっぞ。とっとどいね」
「では、失礼します」
「お世話になりました」
そう言って手をシッシと振る露店精霊に叶馬と健太は一礼をして、その場を後にする。
叶馬はもやっと雲、健太は『応龍』モモノスケに乗り、崩壊が迫った茜色の空を飛ぶ。
「レイドクリア時は、『羅城門』からのログアウトが全員同時になるから大混雑になるけど、近くにいる者同士が大体同じタイミングで排出されるらしいから、可能なら崩壊前に砦に戻っておきたい」
「うむ」
流石に健太も叶馬も今は、木のポーズも結跏趺坐もやらずに、最大速度で合流を目指していた。
星々が煌めく夜空の下、健太は学園から白鶴荘にいたる道を歩く。
一人ではない。健太の左右に四人の女子が張り付いている。
「あー、しかし学園も融通が利かないよねえ。夜だからってパートナー申請は出来ないってさあ」
健太の右腕をその褐色の爆乳で挟むようにして抱き着く二年女子詩織は、そう言って口を尖らせる。
「仕方がないわよ、詩織。ご主人様、健太君のおかげでテスト休みがまだ一日残っているのだし、明日のうちに登録すれば問題はないわ。それでいいかしら、健太君?」
そう言って月明かりでも分かるくっきりメイクの顔に穏やかな笑みを浮かべているのは、同じく二年女子優梨愛だ。
「はい、俺もそのつもりです。明日の朝一で、橙鶫荘に藤子を迎えに行ってその足でパートナー登録に向う約束ですから。よろしければ先輩達もご一緒にどうぞ」
今回の補習レイドで健太が肌を重ねた五人の女子。その中で唯一の一年である藤子だけが、所属寮が白鶴荘ではない。そのため、藤子だけここにいない。
「明日朝一、よし」
健太の左腕にしがみ付いている三年女子芽衣がそう言って両足を石畳から離す。華奢な芽衣ならば今の健太にとってぶら下がっても全く問題ない。体幹をぶらすこともなくそのまま歩き続けている。
「それと今回のレイドがクリアされた理由は『原因不明』で押し通しますから、皆さんも他言無用お願いします」
健太がそう念を押すのは、この場にいる四人女子+藤子の五人には、「『轟天の石榴山』を攻略したのは健太と叶馬である」とバレているからだ。
健太と叶馬が仲良く、「これからレイドクリアに向います」と飛び立ったその日に、レイドがクリアされたのだ。今更誤魔化しようがない。
幸い学園サイドも極級指定の『轟天の石榴山』がクリアされるなど想定もしていなかったため、『原因不明』で押し通すことは特に難しくはなさそうだ。
「もちろんです、旦那様。ただ明日のパートナー申請ですが、私はちょっと考えさせていただいてよろしいでしょうか?」
そう言ってウェブのかかった柔らかそうな茶色の髪を揺らす様に小首を傾げるのは、もう一人の三年女子和花だ。
「え、は、はい。いや、もちろん、強制はしませんから」
『戦士の不動心』がオフになっている健太は、動揺を全く隠せずあたふたしまくりだ。
今回知り合った五人の女子は全員パートナーになると思っていた自分が、ものすごい自意識過剰野郎に思えて羞恥で顔を真っ赤にする。
そんな健太の様子を愛おしそうに目を細めて見ていた和花は、健太の耳元に口を近づけると、
「ありがとうございます、旦那様。もちろん、私の身も心もとっくに全て旦那様の物です。お間違いなきよう」
それでも和花が健太のパートナーという立場に飛びつかないのは、彼女が考えている倶楽部結成があるからだ。
和花が白鶴荘の女子を誘って作る予定の倶楽部は、女子オンリーの性行為倶楽部だ。その利用者は健太一人に限るつもりはない。
健太が部長を務める倶楽部『安息所』の男子ならば誰でも利用できる、気軽な性行為場所にするつもりだ。
現時点で『安息所』に所属する男子は四人。健太、尚典、来斗、霊王。全員が一年ながらすでに第二段階の戦闘職という超絶有望株で、学園基準ではこれより上を望むのは酷、というくらいに人間性も良い。
性倫理がぶち壊れた学園の上級生ならば、誰も彼らとのセックスに忌避感を抱かないだろう。
そうなると問題となるのが、健太たちのパートナーに対するスタンスだ。
健太たちはどうやら、パートナー登録した女子は登録した男子としかセックスをしないという方針を取っているらしい。
その方針に従うと、和花が健太のパートナーとなってしまうと和花は健太以外の男子とセックスが出来なくなってしまう。それ自体は和花にとっては願ったりかなったりだが、その場合怖いのは他の女子部員達の反応だ。
言うまでもなく健太は『安息所』の男子四人の中でも頭一つ抜けた存在だ。
和花の倶楽部の女子達は『安息所』の男子全員の相手をする中、部長の和花が健太専用になると、部員達からの嫉妬が怖い。
健太ならば、意外と和花が望めば例外として「和花はパートナーだけど他の男子ともセックスをして良い」という判断をしてくれるかもしれないが、その辺りについて健太の内心も含めて詳しく判明するまでは軽率な行動はとるべきではない、と和花は考えた。
ちなみにその考えは事前に芽衣にも伝えてあるのだが、芽衣はあっさり「私は怖くない」とだけ答えていた。
そうして健太達一行が白鶴荘に帰ってきた時は、日付が変わって一時間以上経過している真夜中だった。
多くの寮生はすでに寝ている時間だ。あらゆる電波が死んでいる学園敷地内では「これから帰る」などの報告を入れることも出来ない。
だから、健太は迷惑をかけないように、出来るだけ物音を立てないよう、静かに白鶴荘の玄関を開ける。
すると、
「お帰りなさい、健太君」
「やあ、早かったね。流石は私のご主人様」
「やっほー、ご主人様、おひさー」
「お、お帰りなさい、御主人様」
「お帰りなさい、健太さん。無事大任を果たされたこと、心よりお祝い申し上げます」
夜着姿の蘭、竹海、風音、幸子の四人のパートナープラス、烏琉羽の五人が、健太を出迎えてくれるのだった。