一学期中間試験の試験休み三日間の最終日。
学園でもひと際中心から離れたところに位置する女子寮麻鷺荘の一室で、昨晩遅く帰宅した叶馬は、補習の内容について説明していた。
「補習の中身が塩漬けレイドへの強制参加か。らしいっちゃあらしいが、学園はマジで俺ら普通科の生徒はただの消耗品ぐらいに思ってるんだな」
二つあるベットの一つの上で胡坐をかいた誠一は舌打ちをしながらそう吐き捨てる。上はTシャツ一枚に下はハーフパンツで裸足というラフな格好だ。
「んー、誠一どゆこと?」
ベッドの上で胡坐をかく誠一の背中を背もたれにして、スナック菓子を食べていた麻衣が能天気な声でそう言う。ちなみに麻衣はノーブラタンクトップと下は下着のパンツだけというあられもない姿である。
しかし、この学園でパートナー同士の男女が一つのベッドの上に一緒にいる格好としてはむしろ、肌色面積が少ない部類に入るだろう。
「レイド領域っつうのはダンジョンに発生する特異点だ。そこから別の異界に繋がってる。問題はこの特異点、放置しておくとだんだん強大化しながらダンジョンの出口に寄って来る習性があるんだ。
んで出口まで到達しちまったら、その現実世界まで影響を及ぼしてくるらしい。レイド内のモンスターが現実世界で暴れ回るわけだ」
「うっわ、最悪じゃんそれ」
スナック菓子の粉と油分で汚れた指を舐めながら、麻衣はそう言って顔をしかめる。
「間違いなく最悪だ。だから学園の方針として発見した『レイド領域』はクエスト認定してクリアを推奨してる。『レイド領域』をクリアすれば強力なマジックアイテムも入手できるし、学園の報酬も『銭』だけに限らず単位とか学校の評価とかもあるから、戦力がある上位倶楽部にとって美味しいらしいぜ。クリア可能なレイドクエストは」
誠一の言っていることは正しい。クリア可能なレイドクエストは、戦力のあるダンジョン勢の倶楽部が積極的に刈っている。
だが、数あるレイド領域の中には発見した時には育ちすぎて、もしくは攻略条件が満たせなくてクリアのめどが立っていないレイドクエストもある。
それが最初に誠一が言った『塩漬けレイド』だ。
「んで攻略のめどが立たねえレイドは、活性化を押させるために定期的に攻略者を放り込んで鎮静化させるんだと。てっきり報酬を弾んで鎮静化用の攻略者を募集してんのかと思ったら、補習受講者を強制的に放り込むってエグすぎだろ」
軽薄そうな見た目とは裏腹に常識や倫理観が意外としっかりしている誠一は嫌悪感を隠さずにそう言う。
「レイドを攻略できないのに意味あるの、それ?」
麻衣の素朴な疑問に誠一は不機嫌な声色で、律儀に答える。
「ある、らしい。活性化状態にある程度人が入れば、クリアできなくとも鎮静化するんだ。もちろん、学園トップ層でもクリア不能なレイドクエストを補習受講者がどうにか出来るはずもねえ。
叶馬じゃなかったら何度死に戻りしてるかわかったもんじゃねえぞ」
「うむ、正直俺も健太がいなければ死んでいた」
誠一の言葉に対面のベッドに座る叶馬が神妙な口調でそう言葉を返す。今の叶馬は以前健太に買ってもらったトレーニングウェアの下だけを履き、上半身は裸だ。
「叶馬くんと健くんがそろっててギリってマジヤバ。まあ、一番ギリだったのは静香だけど」
麻衣の言葉に、叶馬と誠一の視線が自然と静香に集中する。年齢不相応に豊かな尻が半分も隠れない水色のパンツだけを履いた半裸姿だが、ここにいる四人は寮でもダンジョンでもお互いのセックスを見せあう仲だ。今更、その程度で見る方も見られる方もとやかく言うことはない。
「…………」
静香はずっと叶馬に抱き着いていた。
誠一と麻衣が座っているベッドの対面に位置するもう一つのベッド。そのベッドのヘリに座る叶馬の膝の上に座り、叶馬の身体に全身全霊の力でしがみ付いている。
その様子はさながら、漂流木に掴まる海難事故遭遇者の如きだがこれでも昨晩に比べればまだ落ち着いたのである。
昨晩帰ってきた叶馬を迎えた静香はひどかった。
レイド領域で過ごした叶馬にとっては二十日弱だが、外で待っていた静香にとっては僅か二日だけの別離。
だが、その二日は静香にとって二盤石劫にも等しかった。
長い黒髪はバサバサに乱れ、目の下にはくっきりとした隈。頬もゲッソリとこけておりあの時の静香は、たとえ無防備に裸で出歩いても手を出す学園男子はいないのではないかと思われるくらいな不気味さを醸し出していた。
そのため昨晩は、蜜柑達旧『匠工房』の先輩達は当然のこと、同じ条件だった沙姫、海春、夏海も満場一致で静香の叶馬独占を認めたほどだ。
叶馬と一緒に二日ぶりに風呂に入り、叶馬に抱き着き二日ぶりの睡眠をとり、叶馬の膝の上に乗ったまま朝食を取り、やっとこれくらいに落ち着いたのである。
女子としては長身で女子の中でも飛び切り豊満な肢体を誇る静香に両手両足でガッチリと抱き着かれた叶馬は、丁寧に静香の頭を撫で、背中をさすり、ゆっくりとベッドの上で揺らしてやる。
そこに性行為を連想させるような雰囲気は一切ない。まるきり愚図る幼子をあやす親の如き対応だ。
昨晩は叶馬の腕の中で眠った静香だが、丸二日の完徹の影響はまだ抜けきっていないのか、今も叶馬の腕の中で可愛らしい寝息をたてはじめる。
「ともあれ、今回は己の未熟さを痛感した。学園の先達たちの背中は遠い。更なる修練が必要不可欠」
言い切る叶馬に誠一も半分は同意する。
「お前がそこまで言うってことは本当ヤバかったんだろうな。なんだかんだでレベルも順調に上がってたし、ちょっと俺達も良い気になってたかもしれねえな」
「だよねー。乙葉ちゃんよかレベル高いからうちら大体の先輩方より強い? とか思ってたけど、所詮乙葉ちゃんだもんねー」
誠一の言葉に麻衣もとても失礼なことを言って同意を示す。
麻鷺荘の寮長にして倶楽部『神匠騎士団』二十人目の部員となる乙葉は、現時点で戦士系第二段階職『騎士』のレベル18という猛者である。この時期の二年女子としては、間違いなくトップ層と言い切っても問題ない。
ともあれ、そうして叶馬の勘違いは誠一と麻衣にも伝染していく。
「ああ。叶馬に引っ張られてレベルは上がってるし、叶馬の反則スキルで転職も良い感じに進んでるが、促成栽培の弊害だな。装備の充実度や実戦経験が圧倒的に足りてねえんだろ」
そう自省する誠一であるがもちろんその自己認識は途方もなく間違えている。
人類未踏の『既知外』領域を踏破している叶馬パーティーの保有するマジックアイテムは、すでに上級生の上位層と比べてもそこまで劣るものではない。そもそも、「使い手がいないから」とドロップしたマジックアイテムの剣を「試し斬り」に使ったりしている奴らが「装備不足」などとのたまえば、どつき倒されるだろう。
実戦経験もそうだ。『既知外』領域に二日に一度、『羅城門』の開門から閉門まで潜り続けている叶馬パーティーの実戦経験は並みの上級生ダンジョン勢を上回っている。
ただし常に叶馬、たまにプラス健太という絶対的な守護者が付いた状態での戦闘ばかりなので、精神的な負担という意味では確かにギリギリの戦いの経験は足りていないのかもしれない。
さらに言えば対人戦経験が全く足りていないのは紛れもない事実なので、倶楽部対抗戦では苦戦する可能性はある。
「しかし、健太がいなかったら死んでた、か。だが、実際には健太はいた。そして、勝てたんだよな」
誠一は誰に聞かせるでもなく、口の中でそう呟く。
「んー誠一なんか言ったー?」
背中と背中を合わせている麻衣も聞き取れずにそんなことを言う。
「なんも言ってねえよ。ほら、ベッドに粉落とすな。ちょっとどけろ」
「やん、誠一掴み方がエロい」
誠一は全く気にせずスナック菓子をベッドの上で食べこぼす麻衣のまたぐらに左手をツッコミ、左腕一本で抱き上げてベッドボードの上に備えてある小型の粘着カーペットクリーナで掃除する。
たとえ恋人同士でもセクハラが成立しそうな持ち上げ方だし、そもそも並みの腕力では持ち上がらない抱え方だが、今の誠一ならば全く問題ない。
「もう、結局誠一もエロエロなんだからー」
「うっせ」
文句を言いつつも、誠一の手から逃れようとするどころか猫のように誠一の腕にしがみ付く麻衣の様子は、叶馬が言う「バカップル」の評価に正当性を与えるものだ。
「ひゃん」
抱き上げた麻衣の股間に下着ごしに刺激を与え、愛しの彼女を喘がせながら誠一は考える。
(あの叶馬が一人じゃ絶対クリアできなかったと断言する難易度のクエスト。だが、そこに健太がいたからクリアでした。どう考えても偶然じゃねえ。偶然じゃねえんだろうけど、どこまで健太の思惑通りなんだ? 今回の補習が塩漬けレイドへの強制参加だったことは間違いなく知ってただろう。
けど塩漬けレイドクエストはそれなりの数があるんだ。どれが今回の補習に来るか事前に知っていた? 知っていたとしても叶馬が言うに今回だけに限っても補習レイドクエストは三つあったらしい。叶馬と健太は中で合流したんだ。どれを選ぶか打ち合わせはしてねえんだろ?
全部健太の予定通りだとしたら、単に学園運営サイドの情報を知ってるだけじゃ説明がつかねえぞ?)
「…………」
片腕で下着姿の麻衣を抱き上げ、片手でベッドを掃除しながら真剣な表情で何やら考察を続けている誠一に、空気を読める叶馬は話しかけようとして止める。
今回の補習レイドで健太が実はとんでもない数の職をロストせずに習得しており、空を飛べる龍や全長百メートルを超える恐竜を召喚したり、『職人』として市湖に弟子入りしたり、当然のように『強化外装骨格』を召喚していたり、数ある職の中には『司祭』などもあったことを伝えようと思っていた叶馬だが、それは後でも良いだろう。
「ふむ」
「ふわあ……」
そして、未だ離れない静香を宥めるように撫で続けてるうちに叶馬はそのことを綺麗さっぱり忘れるのだった。
同じ頃、女子寮白鶴荘の食堂では、蘭、竹海、風音、幸子の二年生女子四人がお茶をしながら今後の身の振り方について話し合っていた。
寮の中ということもあり、全員がラフな部屋着姿だ。
「ひとまず優梨愛、詩織、芽衣先輩にその藤子さんという一年を加えた四人がご主人様の新しいパートナーになる。和花先輩は流動的、といった感じかしら?」
すっかり落ち着いた口調でそう会話の口火を切ったのは健太の筆頭パートナーであり倶楽部『安息所』副部長である蘭だ。
昨晩、竹海、風音、幸子、烏琉羽と共に健太に抱かれた蘭は、それまで抱いていた不安をひとまず払しょくできている。
最大の不安材料だった「健太が補習レイドで染まる」可能性が完全に否定されたからだ。
戻ってきた健太は拍子抜けするくらいに以前のままだった。行動はもちろん、こちらにかける言葉も表情も何も変わらない。
蘭のような一般的学園女子にとって、庇護者となる男子の顔色を窺うスキルはほぼ必須と言ってよい。そんな蘭の眼には、昨晩の健太の自分に向ける執着は補習レイド以前と何ら変わっていないように感じられた。
「そのようだね。想定していた中では最小よりちょっと多いくらいの増加だ。正直、この程度で済んだのはありがたい限りだよ」
そう言って竹海は椅子に座ったまま左手首を右手で掴み、大きく伸びをする。下はショートパンツ、上はへそ出しのチビT一枚の竹海がそのような大きな動きをすると豊かな胸がチビTを押し返す様にたわむ。健太がこの場にいれば、視線が釘付けになる光景だが、この場には女子しかいないため全く注目は集めない。
「だねー。健太君は女子に甘々の弱々だから。戦闘力とチ〇チンは強々なのに」
昨晩烏琉羽も加えた五人がかかりで特別寝不足になることもないくらいの時間でノックアウトされた風音は、お茶請けの薄焼きせんべいをパリパリかみ砕きながらそう言う。
あまりに身もふたもない言い方だが、風音の言っている内容は間違っていない。
学園で必要な強さは破格に有しているのに、女子には弱い、甘い、チョロいという女子にとってあまりに美味しい健太という存在。だからこそ、蘭たちは今回の補習レイドで縋る女子が増えることを懸念し、同時に健太が染まって『学園の普通の男子』になってしまうことを恐れていた。
だが結果は健太は何も変わらず、増えた女子は覚悟していた白鶴荘の補習参加者四人にプラス一人の五人だけ。
蘭たちにとっては最善の一歩手前、99点の結果だったと言えよう。
「良かった。本当に良かった……」
白い簡素なワンピース姿の幸子は先ほどから何度もそんな言葉を繰り返している。
地獄のような学園生活から正真正銘ただの偶然で救われた幸子にとって、健太に捨てられるもしくは健太が染まるというのは、世界が崩壊するレベルの恐怖なのだろう。すでに幸子の健太に対する依存度は蘭に次ぐところまで来ている。
「確かに予想の中では最小に近い人数だけど、倍以上になったのは間違いないんだよね。今後はどんな感じになるんだろ? 私好きなんだけどな、健太君独り占めの日曜日デート」
「頻度が減ることは間違いないだろうね。そもそも日曜日のデートはご主人様希望だからなくなることはないと思うけど」
「その辺りについても、新メンバーを交えて話し合いたいところね。その場合、和花先輩はどうするべきなのかしら?」
蘭たちがそんな話に花を咲かせている時だった。
「私がどうかしましたか?」
そんな言葉と共に、二人の女子が蘭たちが座る食堂の席に近づいてくる。
どちらも白鶴荘に籍を置く三年生女子だ。
一人は猫毛茶髪のミディアムロングにまとめて優し気な笑みを浮かべている中肉中背の美女と、もう一人は地毛らしい自然な明るい茶髪のショートボブの小柄でスレンダーな少女だ。
「和花先輩。ご主人様についていかなかったのですか?」
蘭の言葉に猫毛茶髪ミディアムロングの美女――和花は落ち着いた笑みを崩さないまま、
「ええ。旦那様は藤子さん達のパートナー登録に向われましたから。今回パートナー登録を見送る私は残りました。こっちでやりたいこともありましたので。ここ、座っても良いですか?」
そう言って蘭たちが占拠している一角に着席を求める。
「はい、どうぞ。あ、寮長もよろしかったらどうぞ」
「ありがとう、お邪魔するよ」
蘭の言葉を受けて茶髪ショートボブの少女――白鶴荘寮長四葉も和花の隣に着席した。
「…………それでは、和花先輩はご主人様の『安息所』に入部されないのですね?」
一通り和花の口から事情を聴き終えた蘭は、安堵の表情を隠せていないままそんな言葉を吐く。
「ええ。私は芽衣と自分の倶楽部を作って旦那様の倶楽部と同盟を結んでもらうの。旦那様の許可は取ってあるし、残りの部員は白鶴荘で募集するわ。その許可も今貰ったところだから」
白鶴荘で部員を募集する許可。それを出せる人間は一人しかいない。
必然的に皆の視線が集中する中、白鶴荘寮長、四葉はコホンと一つ咳ばらいをして口を開く。
「まあ、丁度この時期は渡りに船だしね。倶楽部を追い出されたり、所属倶楽部が消滅しちゃった子がいっぱいいるから」
そう言って四葉寮長は小柄な肩を小さくすくめる。
中間テストが終われば一学期最初の倶楽部対抗戦だ。
全倶楽部が強制参加させられる倶楽部対抗戦で、倶楽部はS、A、B、C、Fの五段階にランク分けされる。所属する倶楽部のランクは多くの場合、学園生活のカーストに直結する。
そのため、自分に見切りをつけたエンジョイ勢はともかく、ダンジョン勢ならば倶楽部対抗戦には本気で取り組む。戦力増強の為に、他の倶楽部からの引き抜きも含めて。
引き抜きが成功した場合、成功した側の倶楽部に空きがなければ必然的に誰か一人が押し出される。
また、Fランク倶楽部に多いのが部長のワンマン倶楽部だ。Fで部長をやっているよりCやBで平部員をやっている方が美味しい思いが出来る。それを学んだFランク倶楽部の部長が引き抜きに応じれば、必然的にその倶楽部は解散。最低でも九人の部員が路頭に迷うことになる。
そうした事情から、この時期には所属倶楽部を失った者が珍しくないのだった。
「そう言えば、優梨愛もその類だったわね。優梨愛の場合もうちょっと事情が複雑だけど。でも優梨愛もご主人様のパートナー契約をしに行っているのでしょう? あの子まだキープされてなかった?」
ふとルームメイトである優梨愛の現状を思い出した蘭がそう疑問の声を上げる。
優梨愛は所属していたFランク倶楽部の部長が引き抜きに応じてしまい、倶楽部消滅の憂き目にあっていた典型だ。優梨愛はその部長に比較的に気に入られており、パートナー契約をされていた。
スカウトされたとはいえ所詮は元Fランク倶楽部の部長。お気に入りのオナホ女を引き抜かれた倶楽部に入れることは出来なかったため、優梨愛は所属倶楽部を失ったまま、パートナー契約だけは存続するという宙ぶらりんの状態にいたのである。
「ええ。ですから、旦那様が『学園決闘』でパートナー契約を奪い取るらしいわ。「優梨愛先輩の大切さが分からない程度の奴ら。敵じゃない」だそうですよ」
「…………」
和花の説明に蘭は強く動揺する。和花の説明に嘘はないのだが、恐らく誤解が生じている。
優梨愛が所属していた倶楽部の部長を引き抜いた倶楽部には『職人』がいないらしい。それなのに「その『職人』の女も絶対連れてこい」とならないのであれば、現時点を持ってまだ『職人』の重要性を実感できていない程度の倶楽部ということになる。
本人たちの認識はともかく、客観的に見ればダンジョンの低層でチャプチャプしているだけのお遊び倶楽部だ。
そんな『職人』の重要性という意味での『優梨愛の大切さ』なのだが、この辺りはダンジョンダイブの能力と女としての能力、どちらが重視されているかは本人でなければ分からない。
「ふー。では、優梨愛のパートナー権も大きな問題はないと思って良いね。しかし、和花先輩。随分と調子が良さそうだけれどそれもやっぱりご主人様のおかげなのかな?」
蘭と違い、和花の物言いを誤解しなかった竹海は半眼で和花を見据えてそう言う。
元々は白鶴荘所属ではなかったがここ最近は優梨愛と入れ替わる形で白鶴荘に入り浸っていた竹海も、補習レイド参加前の和花と芽衣がどんな状態であったか把握している。
元からあまり口数の多い方ではない芽衣の変化は分かりづらいが、和花は一目瞭然だ。
補習レイド参加前は人形のようだったのに、帰ってきた和花は常時優し気な魅力あふれる笑みを浮かべている。何より健太を見つめるその視線は、とてつもない熱と重力を帯びている。
「ええ。全て旦那様のおかげ。旦那様の為に私は新たな生を受けたの」
陶酔したようにそう言う和花の表情から健太に対する深い愛情が見て取れる。
「ほんと規格外だね、私達のご主人様は。改善するだけならともかく、完治するのはね」
竹海の感嘆の言葉に、その場にいる全員が同意する。
死に戻りを繰り返して人格が摩耗した女子がハイレベルの男子とセックスをすることである程度自我を取り戻すというのはそれなりに知られている事実だが和花と芽衣のように元に戻ったという話は聞いたことがない。
芽衣はともかく和花は、以前の和花を知っている者ならば「元に戻った?」と首を傾げるかもしれないが。
「四葉りょーちょー、良いんですかー?。和花先輩の倶楽部が出来たら白鶴荘、完璧健太君ハーレムもしくは『安息所』の根城になっちゃいますけど?」
ピンと右手を上げて気楽な口調で風音がそう言うが、言っている内容はそれなりにシビアだ。
基本的に男子寮、女子寮は治外法権の独立した組織だ。確かに今までも健太たちの存在を歓迎はしていたが、『安息所』と同盟を結ぶ女子だけの倶楽部、端的に言えば下部組織のセックス倶楽部を寮内に設けられると、健太の立ち位置が白鶴荘の用心棒から支配者に変わりかねない。
だが、そんな風音の指摘に白鶴荘の寮長は苦笑しながら首を横に振る。
「今更だよ。正直ちょっと健太君の力量の見積もりが甘かったのは確かだけどね。どのみち力では対抗できないのだから、その辺りは気にしても仕方がないさ」
今回の補習レイドの結果を和花から知らされた四葉は、健太の強さを完全に見誤っていたことを理解していた。
健太は『轟天の石榴山』に出没するモンスターをいずれも全く問題にしないでなで斬りにしたという。この時点で健太は学園でもトップ層の戦闘力を有していることを意味する。さらに、なぜか極級レイド『轟天の石榴山』が消滅したという事実。
健太も、和花達も口をそろえて「原因不明」と言っているがもし想像通りだとすれば、健太の実力は学園の常識の範囲を超えていることになる。
今後健太が学園の常識に染まってしまい、白鶴荘が『安息所』のヤリ小屋になってしまったとしても学園女子の生活圏としてはそこまで悪い話ではない。相手をする人数が少ないのであればまだマシな学園生活だ。
「ただし、今は部屋の空きがないから健太君が新しくパートナーにした一年女子をこっちに呼ぶのはしばらく勘弁してもらいたいかな」
四葉寮長はそう言って手に持っていた湯飲みをテーブルに置く。
「藤子さんですよね。その、どのような方なんでしょうか?」
健太が新たにパートナーとした一年女子――藤子の話題に食いついたのは、これまであまり口を開かなかった幸子だ。
幸子の口調と表情からはあからさまな新しいパートナーに対する警戒の色が滲んでいる。
それに対する和花の返答は、ある意味で幸子の警戒を肯定するものだった。
「藤子さんは正直かなり危ういですね。この時期としては少数派の学園にほとんど染まっていない子です」
「うっわー呑気ちゃん。でもでも補習レイドに叩き込まれたんだよね?」
あからさまに呆れ口調の風音の問いに、和花は優し気な笑みを崩さずに答える。
「レイドに入って一度もモンスターにも他の参加者にも会わず、一番最初に出会ったのが私達です。その後旦那様に保護されて、三食お風呂付の生活でしたよ。まあ、それは私達も一緒でしたけれど、藤子さんはモンスターに襲われるどころかまともに視界にも入っていないと思います」
「よし。藤子ちゃんと一緒になったらいっぺん強めに乳首噛んでやろう」
と風音は言うが、八つ当たりをその程度で済ませてくれる風音は学園基準では優しい部類だろう。
「それはしばらく後になるでしょうね。藤子さんは「他の女の人と一緒はまだちょっと抵抗がある」と言って旦那様と二人きりでの性行為しかしていませんから。旦那様もそれを認めていましたし」
「……………………」
「ひっ!?」
無言の蘭。蘭の形相を見て悲鳴を上げる幸子。
「蘭、蘭。女子が、じゃなくて人がしちゃ駄目な顔している」
般若を通り越して真蛇もかくやという表情をしている蘭を、竹海は荒ぶる祟り神を治めるようにどうにか落ち着かせる。
「…………ふう、ありがとう竹海。そう、そうなのね。それなら、ご主人様がそれを認めているなら藤子……さんに関してはしばらくは一対一ね。その分ローテーションが回ってくるのは遅くなってしまうけれど、大丈夫かしら? 補習を受ける一年女子って彼女ノービスでしょ? すでに堕ちてると思うのだけれど」
ひとまず落ち着きを取り戻した蘭は、健太の筆頭パートナーとしての矜持を取り戻したのか、そう疑問を呈してくる。
「そこはある程度大丈夫だと思うわ。今の藤子さんは『遊び人』だから少しは耐性があるでしょうし。ただ藤子さんは堕ちたのが初めてみたいで今一自覚が薄いのが懸念材料ですね。旦那様に対する態度も正直学園の男女の関係ではなく、世間一般の男女の関係に近く捉えていて。
そんな藤子さんの態度が旦那様は凄く気に入ってらっしゃるので訂正はしない方がよろしいかと。幸い藤子さんも自分が旦那様の『沢山いる恋人の一人』という認識は持ってらっしゃるから」
「あちゃー、それは確かに藤子ちゃん『危うい』わ」
「どっちの意味でも『危うい』ね」
ケラケラ笑いながら言う風音に、竹海も苦笑を隠せず同意する。
いつまでも外の常識を残した呑気な藤子の身の上が『危うい』。
同時に、そんな藤子は純粋な恋愛に憧れがある健太に刺さるので『危うい』。
「い、良いことだと思おうわ。学年が同じの方が教室も近いし、ご主人様に同学年のパートナーが出来るのは。私は歓迎します」
瞼と頬肉を引きつらせながら、どうにか蘭は笑顔でそう言うのだった。