補習受講者にとっては補習期間、それ以外の者にとってはテスト休みである三日間が終われば六月だ。
六月。別の言い方をすれば水無月。新年度最初の倶楽部対抗戦である『水無月杯』はもうすぐそこまで迫っている。
そんな休日明けの早朝。健太はパートナーである蘭と、(書類上は)ルームメイトである尚典の二人と共に登校していた。
ここ豊葦原学園では六月は衣替えの季節だ。
普通科は男女共にブレザーだが夏服になると上のブレザーを脱ぎ、男子は中のワイシャツ一枚、女子はワイシャツだけも良いしその上からベストを着る者もいる。
ワイシャツは半袖、長袖どちらでも良い。今は六月になったばかりのため大半は長そでを選択している。
健太と蘭も長袖だ。尚典だけ一足先に半袖となり、白くて肌のきめが細かい二の腕を覗かせている。
日頃健太は白鶴荘に住む他の女子達とも一緒に登校することが多いし、尚典は碧鷺荘か麻鷺荘に寝泊まりしているのでこの三人だけで登校するというのは初めてのことだ。
これは、早めに登校して倶楽部対抗戦――『水無月杯』の選手登録を済ませるためである。
健太が設立した倶楽部『安息所』の部長は当然健太であり、二人いる副部長が尚典と蘭なのだ。倶楽部対抗戦の選手登録は倶楽部幹部であれば誰か一人で出来るのだが、健太と尚典にとってはこれが初めての倶楽部対抗戦だ。蘭は一年学園で暮らしているが、去年まではただのオナホ女枠だったため、この手の事務的続きをやったことはない。
そのため、誰が一人でやっても多少の心配は残るしせっかくだから三人でやろう、ということになったのである。
「登録は全員第一段階職にするんだよね?」
健太の左隣を歩く尚典はそう言って下から健太の顔を覗き込むように上目遣いで首を傾げる。
尚典の触り心地の良い細くて繊細な前髪がさらりと横に流れる動きに目を取られながら健太は、
「そうだな。下手にこの時期の一年が第二段階職を明かすとスカウトがうるさくなるから。戦ってるところを見られたらモロバレだろうけど」
そう無意識のうちに口元をほころばせながら答える。
学園生の職とレベルは電子生徒手帳が自動的に記録しているが、その表記は間違いだらけと定評がある。そもそも学園の普通科生徒に対する管理がいい加減なこともあり、倶楽部対抗戦の提出書類は実態と違う職で提出しても特に問題はない。
「その場合、僕は『術士』で霊王と珠貴さんは『盗賊』で決まりだろうけど来斗はどうしよう? 『殴打士』にするか『戦士』にするか。あと二年の竹海先輩と風音先輩は第二段階職でもおかしくはないのかな?」
「その辺も全員第一段階職で良いと思うぞ。竹海先輩の『踊り子』系は人気で狙われやすくなるし風音先輩が第二段階職を名乗ったらなんで補欠?って話になるし。
来斗の『殴打士』系はそこまで珍しくはないけどレア職ではあるから、そっちも念のため。俺と来斗は『戦士』で良いだろ」
「え? 他は良いとして健太も『戦士』名乗るの? 流石に無理がない?」
「いや無理があると言えばそうだけど、それは尚典たちも一緒だろ?」
「全然一緒じゃないよ。僕らが第一段階職を名乗るのはヤマネコを猫と言い張るくらいだけど、健太が第一段階職を名乗るのはコモドオオトカゲを猫と言い張るくらい無謀だよ」
「綱から違う!? こら、いくら何でも失礼だろ、この」
「あはは、痛い痛い! でも、嘘じゃないよホント無理あるって」
「流石にそこまでは酷くないだろ……って蘭先輩?」
健太が左隣を歩く尚典とそんな談笑を交わしながらじゃれていると、右隣を歩いていた蘭が突然健太の右腕をガッチリと抱きかかえた。
「何でもないわ。ちょっと想定外の強敵を見つけて動揺しちゃっただけ」
蘭はそう言いながら、健太の腕を開放するつもりは無さそうだ。健太は怪訝そうな顔をしながらも、薄い夏服ごしに蘭の双乳の感触を味わい、幸せな気分になる。
元々この程度のスキンシップ、この学園では特に珍しくもない。健太はその幸せな接触を振り払わず現状に甘んじる。
豊葦原学園は五年制のマンモス高のため朝の通学路は混むことが多いのだが、今は通常の登校時間より早い時間のため、辺りの人はまばらだ。
そんな中、健太の視界に見覚えのある一組の男女が飛び込んで来た。
夏服である白いセーラー服をお手本のように着こなしている筋肉美女。
その筋肉美女を斜め後ろに従えた、今日刈ってきたばかりと言わんばかりにキッチリ整ったツーブロックヘアと細い眼鏡が特徴的な男子。こちらも夏服である半袖のワイシャツとズボン姿である。
そこまでは健太や尚典と同じ制服に見えるが、一目分かる違いが肩から胸元に緩やかに下がる金色の飾緒だ。学生の制服に金の飾緒など普通は似合わな過ぎて失笑を買うのがおちなのだが、彼の場合はそれを笑う者は誰もいないだろう。
彼にはそれを当たり前と思わせるだけの威厳と迫力があった。
豊葦原学園生徒会副会長の礼治と、生徒会庶務の麗華である。
「ああ、君か」
わざわざ足を止めて声をかけられれば、健太としても止まらざるを得ない。
「ご無沙汰しております、礼治副会長。麗華庶務」
反射的に『戦士の不動心』をオンにしてそう言う健太の左右で尚典と蘭も足を止める。
蘭が思わず健太の背中に隠れるように後ろに下がったのは、普通科女子としては一般的な反応だろう。
叶馬すら敗北感を抱くほどに鍛えられた礼治の身体はそれだけで強烈な威圧感があるし、特級科――華組が学園内で「切り捨てごめん」の権利すらあることも当然知っている。まして、その華組の中でも特権階級の生徒会役員だ。目を付けられれば何をされるか分かったものではない。
だから、キョトンと大きな瞳を丸くしながらも特に緊張することもなく、健太と礼治のやり取りを見守っている尚典の方が一般的ではないだろう。
「補習レイドはご苦労だったな」
「ご存じでしたか、お恥ずかしい。原因不明にレイドがクリアされたので一日早くログアウト出来たのが幸いでした」
礼治の言葉に健太は表情も声も揺らさずそう返す。
クリア不能とされていた『轟天の石榴山』が消滅したという情報は、生徒会にも届いている。豊葦原学園の生徒会は、権力者の子弟が権力者としてあり方を学ぶ場でもある。そのため、生徒の身でありながらかなりの部分学園の運営にも携わっているのだ。
副会長であり、仕事には真面目で誠実な礼治が把握しているのは至極当然と言えた。
「…………なるほど」
礼治副会長は健太の隣に立つ尚典と、背後に隠れる蘭にその鋭い視線を向けた後、意味深にそう呟いた。
さらに礼治副会長は健太を正面から見据えると、
「補習を受けるとは普通科生の本分であるダンジョンをおざなりにしているのではないか? だが、その割には身体づくりはしっかり励んでいるようだ」
そう言って健太のウェイトトレーニング状況を評価する。
「はい、恐縮です」
礼治副会長の指摘通り、健太の身体は最近目敏い者ならば分かるくらいに引き締まってきていた。
健太が武道館のトレーニングルームで器具を使ったウェイトトレーニングを始めて一カ月弱。独学の自重トレーニングを含めてもまだ一カ月半程度。一般的なウェイトトレーニングの成果が目に見え始める期間と比べると明らかに早い。
それはダンジョンダイブの影響だ。ダンジョンダイブで魂魄を直接鍛える学園生は、自分が望む姿に近づきやすい傾向にある。
それは『羅城門』の性質から「性的な方向」への変化が特に如実だが、それ以外の成長にもある程度は補助がかかる。
「その調子ならばそろそろトレーニングメニューを増やしてもよさそうだ。君の戦闘スタイルならば、最低あと十キロは増量すべきだな。無論、筋肉をだぞ。だが、今は倶楽部対抗戦が近いか。実戦直前に身体を作り替えるトレーニングの変化は危険が大きいな。
『水無月杯』終了後、トレーニングルームで会ったときに指導しよう」
「はい、ありがとうございます」
現在の健太は身長百七十センチ強の体重六十キロ強。プラス十キロすると体重が七十キロを超える。それもすべて筋肉による増量となれば、一般体型からかなりアスリート体型に近づくだろう。
登校時間に主だった通学路の真ん中で生徒会の重鎮と立ち話を続けていれば否応なく人目を引く。
徐々に増えて来る普通科生徒の大半はこちらを遠巻きにするだけだったが、やがてやってきた集団は明確にこちらに視線を向けて足を止めた。
「むう、これは健太。それに先輩」
それは叶馬達一行であった。叶馬に誠一。静香と麻衣の四人組だ。
健太と礼治副会長が話しているところに、叶馬は当然のように声をかけるが誠一と麻衣は驚きに表情が固めている。
静香に至っては礼治副会長の鋭い視線に身をすくめ、助けを求めるように叶馬の腕にしがみ付いている。こういう反応はどことなく蘭と似ている。
ごく当たり前のように会話を弾ませる叶馬と礼治副会長を見て健太は朧気に原作を思い出していた。
(ああ、そう言えば原作でも登校途中で叶馬が礼治副会長と遭遇するシーンがあったような? そこまで重要なシーンでもなかったと思うけど、俺が介入して修正したってことは必要なシーンだったのか)
健太が先に礼治副会長と出会って足を止めていなければ、礼治副会長と叶馬の遭遇はなかった。そう考えると健太がこの場面にいるのは原作への軌道修正のためと考えるのが自然だろう。
礼治副会長が叶馬の緩みを指摘し、叶馬が「愛ゆえに」という謎の言い訳をし、礼治副会長が「ならば良し」と謎の納得し、後ろで見ていた麗華庶務が謎に小さくガッツポーズするのを見ながら健太は漠然とそんなことを考えていた。
※※※※※
想定外の遭遇を果たした礼治副会長と麗華庶務は、健太、叶馬達と別れた後二人だけで通学路を歩きながら会話を続けていた。
「どちらからも言質は取れませんでしたね。やはり、『轟天の石榴山』をクリアしたのはあの二人なのでしょうか?」
腹心である麗華庶務の問いかけに礼治副会長は変わらない威厳に満ちた口調で答えを返す。
「可能性としては、発表されている通り「原因不明のレイド崩壊」の方が高い。だが、そうではなく誰かの手による正当な攻略だとすればそれはあの二人以外にはあり得ないだろう。今回の補習レイドに参加した人員名簿には目を通した。可能性があるのは彼らだけだ」
「事実だとすれば由々しきことです。綾小路がそれほどの手駒を送り込んでいるとは」
叶馬のルームメイトで親友である誠一。彼が現生徒会長徹朗の異母弟であることは少し調べれば簡単に判明する事実である。
だが、そんな麗華庶務の少し固い声に礼治副会長は一切の疑念の入らない口調で否定の言葉を返す。
「いや、それはないな。あれは誰かの手駒に収まるような男ではない。綾小路と言えども出来るのはせいぜい監視程度。取り込もうとしているのだとしたら愚の骨頂だ。下手をすれば取り込まれるぞ」
もしそうなれば面白い、とでも思っていそうに礼治副会長は薄い笑みを浮かべる。
「確かに、人に従うタイプには見えませんが」
礼治副会長の言葉に麗華庶務も同意を示す。
「そうなりますと、もう一人については礼治様はどうお考えですか? 私は三善の手駒だと思っていたのですが」
麗華庶務の問いに礼治副会長は少し沈黙する。
「……そうだな。私もほぼそう確信していた。決定的な証拠は何一つなかったが状況証拠が整いすぎている。だが、今回の補習レイドで分からなくなった。急速に五条の線が浮かび上がってきた」
過去を洗えば何もかも判明する代わりにその人格や能力の把握が不可能に近い叶馬。対して過去が全く分からないがその人格、能力は比較的把握しやすい健太。
礼治は現副会長にして前会長。実家の有馬は学園でも指折りの有力な家系だが、それでも絶対権力者というわけではない。だから、他の有力者が本気で過去を消して送り込んできた生徒ならば礼治でも過去を追えないことは普通にある。
「元から違和感はあった。三善は歴代珍しい「お人好しの堅物」の家だ。普通科に札を伏せるという厳密に言えば適法とは言えない行為はあまり似合わない。一方五条ならば、そのくらいはやりそうではある」
「はい。ですから補習レイドの件を考えますと、三善を隠れ蓑にした五条の駒と考えたのですが、それにしては先ほどの立ち振る舞い。三善との間に強い信頼関係が築かれているように見受けられました」
「三善と判明すれば救いの手を差し伸べるのもやぶさかではないのだがな。彼らは恩を仇で返す輩ではないし、三善が途絶えるのも問題だ。
『羅城門』のシステムがブラックボックスになっている問題を解決せねば今後も不具合は起こり続けるだろう。陰陽術で築かれたシステムは血筋で継承される部分も多い。三善は『陰陽寮』ではなく『大学寮』の所属だったが古さで言えば安倍、蒲生以上だ。残す価値はある」
「はい……」
肯定の返事ではあるが声のトーンが少しおかしかったことを聞き咎めた礼治副会長は、麗華庶務を追求する。
「ふむ、何か気になる点でもあるのかね? 麗華くん」
敬愛する礼治副会長の問いに麗華は慌てて手をバタバタ振りながら、
「い、いえ。すみません。ただちょっと突拍子もないことを思いついてしまっただけで」
そう一生懸命弁明する。
「興味深いな。聞かせてく貰えるか、麗華くん」
麗華庶務の言葉に、礼治副会長はその言葉通り興味を惹かれた様子で重ねて尋ねる。
この学園という特殊空間では、勘や思い付きがあながち馬鹿にできないことを、礼治副会長は過去の統計データから理解している。
礼治副会長にそう言われれば、麗華庶務に答えないという選択肢はない。
「はい、その本当に突拍子もない思い付きで自分でもなぜこんなバカなことを考えてしまったのか分からないのですが。「本当に全部ただの偶然だったら」と思ってしまって」
「ただの偶然?」
「はい。書類上では彼も彼女もただの孤児です。苗字と状況証拠から三善と五条が裏で動いていると想定していますが。健太に関しても素性が全く分からない。だから、「あり得る線」として彼、彼女が三善、五条と繋がっており、そこに健太が駒として助力していると考えるのが自然です。
ですが、そうした「証拠が見つかっていない推測」を全て省き、判明している事実だけが本当に事実だとしたら。
彼と三善は無関係。彼女と五条も無関係。健太ももちろん無関係。ただ、偶然この学園で出会い、親交を深めただけだとしたら、と。
すみません、本当に突拍子もないことを」
「ふむ…………」
話し終えた麗華庶務は自分の思い付きをただの馬鹿な妄想と切ってい捨てているが、逆に礼治副会長は真剣な面持ちで考え込む。
「確かに、現状確定している情報だけを抜き取れば、誰も何の裏もないという可能性も排除できないか。
ありがとう、麗華くん。これは必要な気づきだった」
「はいっ、勿体ない言葉です、礼治様!」
叶馬に対する静香に匹敵するレベルで礼治副会長に傾倒している麗華庶務は、恋する乙女と盲目的忠犬の両方を限界まで濃く滲ませた表情でそう答えるのだった。
※※※※※
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『拾』階層、『既知外』領域――
補習が決まった時、健太は当時自分のパートナーだった蘭、竹海、幸子、風音の四人と約束した。
「埋め合わせとして四日、平日の午後を彼女たちの為に使う」と。四日と四人。必然的に一人が一日ずつ健太の時間を貰うことになる。
蘭、幸子、風音の三人はともかく、竹海がその時間をどう使うかは分かり切っている。
テスト休みが明けた初日の午後。
健太と竹海は二人だけで、ダンジョンダイブを勤しんでいた。
「《吠えろ》」
長身グラマラス美女が振るう白銀の洋刀が前方に吹雪を巻き起こす。
「キシャアア!」
極低温の風雪を浴びた『鋭刃迅竜』の動きが目に見えて鈍る。
『鋭刃迅竜』は本来集団で狩りをする二足歩行の竜種だ。
その動きは素早く、爪、牙は並みの刀剣を凌駕する鋭さを誇る。しかし、恐竜を原型とする竜種の常として低温にさらされると極端に動きが鈍るという弱点を抱えている。
その『鋭刃迅竜』も例外ではなく、鳴き声こそ全く戦闘意欲を衰えさせていないが体の動きは明確に遅くなっている。
そこに黒と白銀色の二刀を構えた長身グラマラス美女――竹海が襲い掛かる。
「はっ! せいっ! ふっ!」
「ギャア! グエッ! テメェ!」
左手に持つ白銀色の洋刀――『雪吐洋刀』はあまり深い傷を負わせられないが、傷つける度に『鋭刃迅竜』の動きがさらに鈍り、右手に持つ黒い曲刀――『炭鉱者の栄光』はまだ武器に振りまわされ気味で危なっかしさが残るが、当たれば『鋭刃迅竜』の外皮だけでなく骨まで断つほどの深い傷を負わせる。
ほどなくして竹海は見事『鋭刃迅竜』との一騎打ちに勝利した。
「お見事です、竹海先輩」。《崩れろ》《癒えろ》《疲労回復》」
竹海と『鋭刃迅竜』の対決を見守っていた健太は、そう言って立て続けにスキルを使う。
周囲を円形に覆っていた土壁を排除し、今の戦闘で多少なりとも負っていた竹海の負傷を『癒し』のスキルで癒し、息が上がっていた体力を『軽疲労回復』で回復させる。
「ありがとう、ご主人様。私の前では隠さなくて良いとは言ったけど、まさか『癒し手』のスキルまで使えるとはね」
すっかり元通りの体調に戻った竹海は呆れたようにそう言いながら、汗で短い頭髪が顔に張り付いたまま健太に艶やかな笑みを向ける。
「『騎士』系以外のスキルが使えることは他言無用でお願いします。どうですか、竜種と戦ってみた感想は?」
「了解だよ。うん。やっぱり手ごわいね。竜息吹も吐けない本来集団行動を取る竜種を一匹だけ相手取っても死闘だよ。でもいい経験をつめた。とどめを刺すだけの方がレベルアップのタイパは良いけれど、本当の意味で強くなりたいなら身体を張らないとね」
そう言って竹海は周囲を見渡す。ここ第十階層、通称『密林竜園』は自然領域型の階層だ。
先ほどまで竹海と一匹の『鋭刃迅竜』が戦っていた円形の土壁の外側には、密集した木々が広がっている。
そして、土壁の内側にはまだ拾っていない『鋭刃迅竜』のクリスタルが転がっている。その数およそ百。
そう、先ほどまで竹海と死闘を繰り広げていた『鋭刃迅竜』は群れの最後の一匹だったのである。それ以外は健太がまとめて『大地杭』のスキルで一匹だけ残して残りは全て串刺しにしていた。
曲りなりにも竜種である『鋭刃迅竜』は串刺しにされた程度では半数以上は死なずに生き残る。
死にぞこなっている『鋭刃迅竜』に竹海が慎重にとどめを刺して回っている間、健太はわざと一匹だけ残した『鋭刃迅竜』が竹海の邪魔をしたり逃げ出したりしない様捕まえておいた。
つまり、今回竹海が純粋な意味で倒した『鋭刃迅竜』は一匹だけだが経験値的に言えば五十匹近い。
だから、健太の視界にそれが表示されるのはごく自然な成り行きであった。
竹海
『踊り子』、『本場の踊り子』SR
『常夏の踊り子』R、『極北の踊り子』SR
『踊る勇者』GR、『雪妖精』GR
に転職可能。
「なるほど……」
何やら前回は存在しなかったGR職が追加されているがこれは特別驚くことでもない。
学園の図書館で職についてはかなり調べている健太でも見覚えのない職だが、名前の字面だけでなぜそのGR職がなぜ今回転職可能になっているかはなんとなく想像できる。
蜜柑が中心となって旧『匠工房』の面々が作ってくれた武器、『雪吐洋刀』。覚醒させることで吹雪を巻き起こすことが出来る逸品。
竹海はそれを多用していた。だからだろう。
もちろん根底には竹海の才能があっての話だ。そうでなければ、学園にはもっとGR職が溢れているはずだ。
(竹海先輩はかなり特殊だな。GR職に転職出来ることよりむしろ、これだけ戦闘経験を積んでも第一段階職の『戦士』が候補に上がらないのが相当特殊なケースだ)
よほど偏った、そして強力な才能を有しているのだろう。
「ん? どうかしたかな、ご主人様?」
二本の洋刀を左右の腰の鞘に戻した竹海は、健太の呟きを聞きそう尋ねる。
健太は少し考えて、今更竹海に隠すことではないと判断する。
「竹海先輩が転職可能状態になっています」
健太の言葉に竹海は一瞬驚きに目を瞠った後、野心と闘争心を隠さない満面の笑みを浮かべる。
「へえ! それは良い。どうにか対抗戦に間に合ったというわけだ」
「はい。一応確認を取りますが、転職しますか?」
「うん? 今かい? 今、この場で転職出来るのかい?」
「はい」
健太の返答に竹海はあっけにとられたように口を開けたまま、しばし言葉を失う。
「……ふう。ゴメン、以前言ったことを訂正するよ、ご主人様。キミは隠す気はちゃんとあったんだね。隠しきれないくらいとんでもない能力が多すぎるだけで。一生懸命隠した上で見えちゃってるのが私達が視ていたご主人様ってわけだ。一応聞いておくけど、まだ隠してることはあるのかい?」
「はい」
「うん、そうかそうか。うんうん。そうだろうね。いや、言わなくて良い。言わなくて良いよ。他のメンバーにもそれとなく伝えておくよ。ご主人様の秘密を知っても絶対外には漏らすな。後、教えてもらってない秘密に気づいても出来る限り知らんぷりを知ろ、ってね」
「ありがとうございます」
疲れた表情で肉付きの良い肩をすくめる竹海に『戦士の不動心』がオンになっている健太は平たんな声で礼を言う。
「それじゃあ、転職出来る候補を教えてもらえるかな」
「分かりました」
健太から転職先の全情報を聞いた竹海は、多少『雪妖精』に興味を見せたが、結局は当初の予定通り『踊る勇者』に転職を果たすのだった。
「はっ! せい! はあっ!」
無事転職を果たした竹海は感触を確かめるように二本の洋刀を抜き振りまわす。
「どうですか、竹海先輩?」
「最っ高! 身体が動く。力が漲る! 特にこっち。『炭鉱者の栄光』! 今まではどんなに頑張ってもいうことをきかなかったのに、手に馴染む! 左の『雪吐洋刀』より扱いやすいくらいさ! 今の私ならご主人様にだって勝てるかもしれないよ!」
「いい気になるな」
ニヤリと挑戦的に笑う竹海に『戦士の不動心』がオンになっている健太は間髪入れずにそう釘を刺す。
「うん、そうしてくれたまえ。ちゃんと私を思い知らせて、組み敷いて、支配し続けてくれよ。ご主人様。どれだけ私が暴れても、ね!」
健太の反応に心底嬉しそうに、そしてどこまでも挑戦的に竹海は笑う。
実際、健太自身その必要性は理解している。勇者系はGR系の中でもトップクラスに危険な職だ。しっかりと自分より強い者がいる、逆らえない者がいると常に思い知らせなければならない。
セックスでの隷属はもちろん、定期的に竹海の挑戦を受けて力でねじ伏せる方が安定するかもしれない。
だが、今はそれよりも先にやるべきことがある。
「《地図帳》。竹海先輩。こっちに近づくモンスターがいます。移動速度は遅いので恐らくは大型の陸竜。どうしますか?」
『盗賊』系の気配察知でそれの接近を感じ取った健太は、『地図帳』のスキルで確認した後、竹海にそう話を振る。
「まだ時間はあるよね? なら、試し斬りに付き合ってもらいたいね」
「了解です」
今日までで一番楽しそうに笑う竹海に健太はそう了承の意を伝えた。
それは『岩石恐竜』と呼ばれる竜種であった。
その名の通り外皮は固い岩石のようになっており、生半可な攻撃はダメージとならない。四本脚の竜種で空は飛べないし、歩行速度も遅い。
特殊能力は何もないが、とにかく大きくて固くて生命力にあふれている。
第五、第六階層に出没する『鎧犀』が軽トラックサイズとされているが、この『岩石恐竜』はその『鎧犀』を余裕で丸呑みできるサイズ感だ。
「ビギャアアアアア!」
その巨体が巨体に相応しい地響きと鳴き声を上げながら突っ込んで来る様は、なり立て勇者の上がり切ったテンションと意味不明な自己肯定感を吹き飛ばすに十分であった。
「あっ、あっ、あっ…………」
一応右手に『炭鉱者の栄光』、左手に『雪吐洋刀』を持ち、戦闘態勢を取っているが視線は隣に立つ健太に向けられている。
それはもう、健太が今日まで一度も見たことがない縋りつくような視線だ。
「あれ? ひょっとして無理、ですか?」
「無理に決まっているだろう!! ご主人様は私を何だと思ってるのかな!?」
正真正銘の泣き言(実際両目に涙が滲んでいる)を最大声量で放つ竹海に健太は自分の見積もりが少し間違っていたことを理解する。
健太が知る限り、『岩石恐竜』はここ『密林竜園』では下から数えた方が良い弱い種である。
勇者系となった竹海ならば勝てるか勝てないかは別として、嬉々として襲い掛かると思っていたのだが完全に予想が外れた。
だが、問題はない。
「分かった。下がってろ竹海」
健太はそう一言いうと滑るような足取りで竹海の前にその身を滑り込ませると、迫りくる『岩石恐竜』の巨体を見据え、両手で持つ大剣にSPを注ぐ。
「《尖れ》《伸びろ》」
そして、『鋭刃』と『伸縮自在』二つの能力を連続して発動させ、刀身が縮み重量が激増した元大剣の槍を無造作に突き出す。
「ギイイイイ!?」
槍は見事に『岩石恐竜』の喉元を貫き、短い尾の下から突き出た。
「ギイ! ガアア! ゲエアアア!」
竜種に相応しい生命力を誇る『岩石恐竜』はその状態でも死ぬそぶりも見せず、四つ足、尾、頭を振り乱して暴れるが、長大な槍と化した大剣を持つ健太は微動だにしない。それどころか健太は『岩石恐竜』を貫いた状態の大剣を、まるで団旗を持ち上げるようにひょいと縦に持ち直す。
「ギャアギャアギャア!」
健太が両手で垂直に持つ槍に『岩石恐竜』は逆さまに張り付けられた状態だ。必死に悲鳴を上げて抵抗するが、この体勢ではもうどうしようもない。
『岩石恐竜』を殺さずに無力化出来たと言っても良いだろう。
そう判断した健太は、後ろにいる竹海に振り返り声をかける。
「竹海先輩。今のうちにとどめを刺してください。勇者系はレベルが上がりづらいですから。こういう機会を逃さずパワレベしちゃいましょう」
「はい、ありがとうございます、ご主人様。今後とも末永く私、竹海をご寵愛ください」
竹海は土下座を彷彿させるくらいに低く低く頭を下げるのだった。