メンバー表はすでに提出積み。倶楽部対抗戦の最終準備を整えているといつの間にか週末。
明日の日曜日を過ぎれば倶楽部対抗戦の予選が始まるそんな土曜の午後。
健太が部長を務める倶楽部『安息所』のメンバーは、倶楽部対抗戦用装備の最終確認のため全員でダンジョンにダイブしていた。
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『捌』階層、『既知外』領域――
サッカー場が複数入る程に広い玄室で、百を超えるオークの群れと十数人の人間が相対していた。
オークの大半はオークナイトだ。全長二メートル、体重二百キロを標準サイズとする通常のオークより一回り上回る巨体を重厚な金属製の鎧で包み、手にはそれぞれ剣と盾、槍、大剣、こん棒などを持っている。いずれもオークサイズの武器なので、人間から見れば剣が大剣、大剣が鉄塊と言いたくなるようなサイズ感だ。
数少ない鎧を纏っていないオークの内、ひと際小柄で(それでも百八十センチの百五十キロ越えだが)杖を持っているのがオークマギ、オークの中ではスリム(百九十センチの百五十キロ程度)の体で短剣を構えているのがオークアサシンである。
オークナイトだけでもこの数は十分脅威なのに、そこに後方から魔法を飛ばすオークマギと、遊撃として働くオークアサシンがいるとなれば、ダンジョン勢の倶楽部でも普通に全滅が見える。
しかし現実としてオークの群れはすでに恐慌状態に陥っていた。
「ピギイ!」「ブヒイ」「ブオオ!」「ブタア!」「ゴゲエエ!」
まあ、無理もあるまい。この群れを率いていたオークハイロード。その下で分隊を纏める役割を担っていたオークロード、オークウィザード、オークレンジャーが開始数秒で『粘土馬』のシュナイダーに騎乗した健太の『重装突撃』と、雑に振るわれた方形盾での『硬盾撃』数回で、周囲のオークロイヤルガードごとまとめて葬り去られたのだから。
元々百を余裕で越える数がいたうち、健太が倒した数は十匹にも満たない。残りはまだ百匹を超える。だが、健太が一瞬で屠った十匹未満はこのオークの群れのボスと幹部達であり、同時に図抜けた最強戦力でもあった。
数の上ではまだ九割以上残っていると言っても、残りのオークの群れはすでに「残党」と言える。
だから、この場での健太の役割はこれで終わりだ。
シュナイダーに騎乗したままの健太が見守る中、倶楽部『安息所』の面々が戦闘を開始する。
「ぎゃああ!」
と相変わらず悲鳴と聞き間違える様な汚い鬨の声を上げて最初に駆けだしたのは小太りな一年男子――来斗だ。
真新しい鎧でその身を固め、両手で愛用の金砕棒を構えた来斗がこちらも新品の鉄靴で床を蹴ると、あっという間に両者の距離は縮まる。
「《ひいい!》」
来斗の顔と声は恐怖で歪んだコミカルなものだが、振り下ろされる金砕棒の一撃はどこも笑える部分はない。
「ヘグッ!?」
来斗の『重強撃』を発動させた金砕棒の一撃は、オークナイトが掲げた盾と太い腕を粉砕するのみならず、鎧で包まれた胸部にも大きなへこみを生じさせる。
「ぎゃっ! ぐあ! へあ!」
崩れ落ちるオークナイトに来斗はやみくもに金砕棒を振り下ろして止めを刺す。とどめには攻撃スキルを使っていないところを見ると、SP配分を考えた冷静な判断も出来ているようだ。声と表情からは全くそうは見えないが。
だから、別な斧槍を持ったオークナイトが襲い掛かってきたときも、来斗は的確な行動を取る。
「ブヒイイ!」
「ひゃああ!?」
袈裟斬りに振り下ろされる斧槍の一撃を回避が難しいと見た来斗は、あえて左肩で受ける。
ガン!という重い音を立てて、オークナイトの斧槍は弾き返された。
「ブヒッ?」
「《わああ!》」
何が起きたか分からず、呆然とするオークナイトに来斗はすかさず『重強撃』を乗せた金砕棒をお見舞いする。
今度は当たり所が良かったのか、斧槍を持ったオークナイトはその一撃だけで絶命した。
来斗が今纏っている鎧と鉄靴は、蜜柑達旧『匠工房』の面々が作ってくれた逸品だ。
鎧の全体は『堅牢犰狳』の革を使った革鎧だが、左肩だけは凶悪な棘の生えた黒い金属製の肩当になっている。これは以前、健太が倒したゴブリンロードのドロップアイテムで、高い防御力と攻撃力を備えている。肩当て単体で銘器のマジックアイテムでもある。
また、両足に装備している金属製のブーツ――鉄靴も旧『匠工房』製であり、『馬蹄』のスキルが付与されている。
そのおかげで本来なら、オークと良い勝負が出来るくらいに鈍足な『重殴士』の来斗も、他の第二段階の戦士職と大差ないくらいの移動速度になっている。
来斗は売りである攻撃力はそのままに、新装備で防御力をアップ、移動速度を大幅アップに成功していた。
現状、一番多くのオークを相手取っているのは、黒い二本の曲刀を優美に振りまわす長身グラマラス美女――竹海だ。
七つの頭と十本の角を持つ竜種からドロップした二本目の黒い曲刀は、あの後『鑑定士』の凜子に鑑定を頼んだところ、銘が判明していた。
その名は『静謐なる主日の基礎』。予想通り、こちらも『固有武装』だ。『炭鉱者の栄光』と対をなす一刀と考えてまず間違いない。
「さて、《踊ろうか》」
左手に持つ黒い曲刀――『静謐なる主日の基礎』を振る竹海が歌うようにそう呟くと、周囲にいたオークナイトたちは本当に踊り出す。
「ギャッ?」「ホゲッ?」「ノギャ!?」「ギャフッ!」
GR職『踊る勇者』のスキル『踊りたい気分』の効果である。
ダンスと付くだけあり『踊る勇者』には『踊り子』系と似通った部分がある。
『踊り子』は自ら踊ることでパーティーメンバーに強化を振りまくことが出来る。
対して『踊る勇者』は敵、味方問わず踊ることを強要することで、自らに強化を付けることが出来る。
自分で踊ることでも強化は可能なので、竹海は踊りながら両手の黒い曲刀を振りまわす。
「はっ、ふっ、せいっ、よっ、と。ははは、これはいっそ張り合いがない!」
優美にステップを踏み、妖艶に二刀の曲刀を振るう度、無理矢理踊らされてろくに回避も反撃も出来ないオークナイトたちはなで斬りにされていく。
竹海が右手に持つ『炭鉱者の栄光』で横に薙げばオークナイトの太い胴体が輪切りにされ、左手に持つ『静謐なる主日の基礎』を袈裟斬りに振り下ろせば、オークナイトの体は纏っている鎧ごと肩から腰まで斜めに斬り落とされる。
「ヒギッ!」
それでも戦意を失わないオークマギの一匹が常を振り上げて何か魔法を放とうする。竹海とオークマギの間にはまだ生きているオークナイトが複数いる。真っすぐ向かうのでは間に合うまい。
それを見た竹海はその場で自転するステップを踏みながら、後方の安全なところにいる幸子と一瞬視線を合わせた。
「《一緒に踊ろう》」
「《炎よ》《写しの炎よ》」
次の瞬間、幸子が手に持つ『南瓜灯杖』を強く振ると、高い天井から敵陣後方のオークマギめがけて大きな火球が降り注ぐ。
「ギャアアア!?」
直径十メートルを超える大きな火球の直撃を食らったオークマギはあっという間に炭化した。巻き添えで、近くにいた別のオークマギと、オークレンジャーも数匹焼死している。
幸子が使ったのは、『術士』の『火炎』と『幻想使い』の『幻影』の組み合わせだ。
直径十メートルの大きな火球が落ちてきたように見えたが、実際の炎はオークマギが最初に触れる部分だけで、残りはただの幻影である。しかし、その幻影の炎には幻影と見破れない者の体を焼く効果はある。
今の攻撃を放ったのは幸子だが、攻撃を意図したのは幸子ではない。竹海が「攻撃させた」というのが正しい。
『踊る勇者』のスキル『二身一意』。その効果は、パーティーメンバー一人を勇者が意のままに操る。命令を強要するというレベルではない。自分の体を自分の意のままに操るのと同レベルで、仲間一人の体を意のままに操ることが出来るのだ。まさに二つの体が一つの意思の下で動くスキルである。
言うまでもなくかなり問題のあるスキルのため、竹海が事前に効果を説明して「一度試させてほしい」と言って健太と幸子の了承を得ている。
幸子はどうにか『幻想使い』のスキルを発動できるようになったが、上手く使いこなせずに悩んでいた。
実戦で戦力となる使い方がいまいちできていないのだ。恐怖や焦りでスキル発動に失敗する。判断が遅くて使おうとしたタイミングで乱戦になっていてキャンセルせざるを得ない。根本的に使い方が不味くてモンスターに幻影を見破られる等々。
幸子は決して頭は悪くないのだが、性格が戦闘に向いていないのだろう。
幸子の恐怖と嫌悪で歪んだ表情を見るに、『二身一意』のスキルは封印することになりそうだ。
竹海は『二身一意』のスキルを切る。
元々今日の戦闘は、倶楽部対抗戦前の最終確認の意味が強い。五人のレギュラーの一人である竹海は、出来るだけ独力で戦う方が良い。
「《中空の踊り場へ》」
スキル『暁の天馬』の効果で短時間だが飛翔能力を得た竹海は三次元軌道を駆使した立体的な剣舞でオークナイトの群れを駆逐してく。
現状倶楽部対抗戦のレギュラー五人の中で一番苦戦しているのは、間違いなく霊王だろう。
「ヴビイ!」
オークナイトが振り下ろす金属製のこん棒が、金髪痩身で迫力も怖さも欠片もないチンピラ風の男子――霊王の頭上に振り下ろされる。
「くっ、《回避》!」
棍棒は確かに霊王の逆立てた金髪の上に振り下ろされたように見えたのだが、その一撃に肉を打つ手ごたえはなく、真っすぐ床にぶつかり石畳を破砕する。
「このっ!」
次の瞬間、なぜかオークナイトの真後ろにいた霊王は右手に持つ短剣をオークナイトの腰に突き刺す。
盗賊系第二段階職『怪盗』のスキル『虚実反転』。自分の虚像を残すと同時に自分は不可視の状態になるスキルだ。つまり、一瞬でオークナイトの背面に回り込んだのは霊王の素の速さだ。
あくまで視認できなくなるだけで、音、臭い、気配はそのままのため本来鼻の良いオークのようなモンスターには効きづらいのだが、短時間短距離の移動ならば、通用する。
「ヒギッ!?」
霊王が右手で握る黒光りする石の刃は、オークナイトが纏っている鎧ごとオークナイトの背面腰を抉った。
「ブヒイ!」
だが、刺されたオークナイトは怒声と悲鳴を上げて反転しながら後ろにいる霊王をこん棒で薙ぐ。
「クソっ」
素早いバックステップで回避する霊王にその攻撃が当たる気配は微塵もないが、霊王の表情はすぐれない。
「俺非力過ぎ。情けねえっす」
霊王は舌打ちしながらそう愚痴を漏らす。
霊王は盗賊系第二段階職『怪盗』である。
盗賊系は戦闘と探索の両方の力を持った職だが、職ごとに戦闘と探索の割合が異なる。
霊王の『怪盗』はその中でも最も探索に比重が偏った職だ。
そのため、『怪盗』には攻撃スキルが存在していない。逆に、回避や目くらまし、さらには偵察、鍵開け、罠発見、罠解除のスキルは豊富なのだが、戦闘力という意味では盗賊系第二段階職で最弱という評価は恐らく間違っていない。
特に今回のようなタフな敵を相手どると攻撃力の低さが如実に表れてしまう。
「ギイイ!」
「このっ《止れ》」
まだまだ元気なオークナイトの振るうこん棒を霊王は左手で逆手に持つ短剣で受け止める。
軽く見積もっても十キロ以上ありそうな金属製のこん棒を非力な霊王が左手一本で持った短剣で受け止めるなど、本来は不可能だ。
だが、オークナイトのこん棒と霊王の左手の短剣が触れ合った瞬間、こん棒は慣性も重力も知ったことかと言わんばかりにその場で停止する。
「ギッ?」
動かない武器にオークナイトが固執している間に、霊王は素早くオークナイトの懐に潜り込むと、右手に持つ黒い石の刃でオークナイトの太い右脚を抉る。
「そこだっ!」
「ヒギッ!」
右ひざを外側から抉られたオークナイトはバランスを崩して倒れこんだ。
その隙を逃さず、倒れたオークナイトの頭部近くに素早く移動した霊王は右手の黒い石の短剣で、オークナイトの頭から顔にかけて何度も刺突を繰り返す。
「ギッ! グエッ! モガッ!」
その連撃でオークナイトは絶命した。
「……あーやっぱ俺弱いっす、情けねえっす」
勝利した霊王が勝利を喜ばず、項垂れるのも無理はない。
同じオークナイトを相手に来斗は楽勝の連続、竹海は戦闘というより殲滅。それに比べて霊王は辛勝といった有様なのだから。
『怪盗』である霊王には、ダンジョンダイブで戦闘以外に変わりの利かない役割が山ほどあるというのは、霊王にとってはあまり慰めにはならない。
大切な『お嬢』を守ることが出来る力を霊王は何よりも望んでいるのだ。
霊王が持つ二本の短剣。すなわち右手の『黒瑪瑙の牙』と左手の『停止の短剣』。
『黒瑪瑙の牙』は『鋭刃迅竜』の牙を刃に、『剛槌獣竜』の骨を柄と鍔にして作り上げた短剣に、『黒瑪瑙犬』の『モンスターカード』を合成して作り上げた代物だ。
制作者である蜜柑曰く「すっごく格好良いのが出来たよ」。
剛性と切れ味は一級品で『生宝石』という非常に珍しい能力を有する。
『停止の短剣』は、探索中に発見した宝箱から出て来たものを蜜柑が『調整』した代物だ。
能力はその名の通り『停止』。覚醒状態の刃に触れた物を一秒前後、その場に停止させる。
発動に必要なSPこそ少量だが再使用制限時間も長めにあるし生物は止められない、同時に複数の物は止められない、気体、液体は止められない等制限も多いが、色々と使える武器ではある。
ただどちらやはり攻撃力はそこまでではない。霊王自身、身のこなしこそ素早いが戦闘センスがあまりない方だという事実も手伝って、戦闘力は低いと言わざるを得ない。
ハッキリ言えば霊王が命に代えても守りたい存在であり、恐れ多くも公式パートナーでもあるお嬢――珠貴の方が明確に強い。
事実、ちょっと離れたところで『長脇差』を振るっている珠貴は霊王がオークナイトを一匹倒す間に三匹くらい倒している。
霊王がほぼタイマン状態でオークナイトでやりあえている理由の一割ほどは、珠貴が努めて霊王の方に行きそうなオークナイトを相手取っているからだと知れば、霊王はどう思うだろうか?
「《招来、猿鬼》!」
尚典の手から放たれた和紙が一瞬で大きな猿に変貌を遂げる。
術士系第二段階職『陰陽師』のスキル『式神召喚』。
そのスキルは尚典が『陰陽師』となった当初から使えたのだが、招来する式神が以前とは全く異なっている。
以前の猿鬼は日本猿程度の大きさだったが、今招来した猿鬼は身長ならばオークナイトに負けないくらいまで成長している。横幅は流石に大きく劣るが、それはオークナイトが特別太いだけであり、猿鬼も筋骨隆々とした立派な体躯である。
「ブモオオ!」
「キキっ!」
雄たけびを上げて大剣を回すオークナイトに猿鬼は全くひるむことなく距離を詰めて、抱き着く。
「ブヒッ!?」
大剣を持つ両腕ごと抱き着かれたオークナイトは力を込めて藻掻くが簡単には引き剥がせない。一瞬で距離を詰める速さといい、抱き着いて離れない腕力といい、猿鬼の身体能力は大きくオークナイトを上回っている。
以前とは比べ物にならないほど猿鬼が強化されているのは、尚典のレベルが上がったことも多少は関係しているが、大部分は新しい装備のおかげだ。
『豊象神の牙筆』。
健太が依然倒した象頭の梟熊亜種からドロップした牙を材料に、旧『匠工房』の市湖が作成したマジックアイテムだ。さらに筆の尾骨には健太が『ギャク』の梵字を刻んだ。
『ギャク』は歓喜天を意味する梵字であり、歓喜天はインド神話におけるガネーシャの仏教に取り込まれた姿だ。
ガネーシャはインド神話では知恵と学問を司る神であり、同時に富をもたらす神としても知られている。
その強力なマジックアイテムである筆を使い、尚典は式神に用いる和紙に文字を描いて準備してきた。
その結果が、この階段を三段抜かしで駆け上がったような、猿鬼の超強化だ。
「ブモッ!? ブヒイ!!」
「《臨・兵・闘・者、皆・陣・列・前・行》、【軟】!」
「フギ? ピギィ!?」
尚典のスキル『九字、十字』の効果で体も鎧も軟らかくされたオークナイトは、猿鬼の抱き着きに鎧ごとその太った体を締め付けられて悲鳴を上げる。
「猿鬼、《送還》」
尚典は式神の猿鬼を返すと、術士系としては驚嘆に値する速度で一気に距離を詰める。
そして、その移動速度を殺さず、両手で持つ細い槍を斜め上に突き出す。槍術の基本に乗っ取った、丁寧な突きだ。
「せいっ!」
「ギ、ブギイイ!」
狙い違わず尚典の槍は見事オークナイトの喉笛を深く貫いた。槍の穂先が僅かにオークナイトの首の後ろから見えているほどだ。
この細槍も旧『匠工房』製だ。元はオークナイトからドロップしたオークスピアで『返還』の能力が付与されている。もちろん、武器としての鋭さも折り紙付き。
だが生命力あふれるオークナイトはそれだけではまだ絶命しない。
「ブギイ!」
オークナイトは尚典の細槍で喉を貫かれたまま、両手で大剣を振り下ろす。当たれば術士系の尚典では一撃死もあり得る威力の斬撃。
「はっ!」
だが、尚典は細い槍から左手を離し、しゃがみ込むようにしてその斬撃から身をかわす。
そして、左中指に嵌めた白金金剛石指輪にSPを込め、
「《招雷》」
と素早く攻撃スキルを発動させる。
「グビッ……!」
首に深く差し込んだ槍から直接雷撃を流し込まれたオークナイトは数度体を痙攣させた後、絶命した。
「ふう……近接戦闘も最低限、形になったかな」
尚典は今の戦いをそう自己分析して満足そうに一つ頷く。
『陰陽師』は術士系の中では近接戦闘もいける職だが、その本領を発揮するのはやはり後方からの魔法攻撃だろう。
それなのに今あえて近接戦闘に挑んだのは、尚典にこれが倶楽部対抗戦を想定しての戦闘という意識があるからだ。
倶楽部対抗戦、今回の水無月杯は予選も本戦も基本全て一対一の戦闘になっている。自分の前に立ってくれる前衛がいない状態で、戦士系や盗賊系と当たることも想定しておく必要がある。
その想定の実験だったが、尚典としてもどうにか自分に合格点を与えることが出来た。
「後は普通にやっちゃおう。《急急如律令》」
『急急如律令』は『陰陽師』のスキルで、スキル発動のトリガースキルだ。
尚典は戦いながら、こっそり複数の術を床に布陣していた。その術が尚典の言葉を受けて発動する。
発動する術は五つ。
「ギャッ!?」
一つ目は木の術。石畳を突き破って伸びて来た樹木が丸い陣内にいた多数のオークナイトを拘束する。
それだけならば、怪力を誇るオークナイトならばしばらくすれば力づくで拘束を外すことも出来ただろう。
「ピギャア!」
だが、次の瞬間には二つ目、火の術が発動する。五行相生、木生火。木を燃やすことで勢いを増した火の術がオークナイトたちを焼き払う。
その次に土の術。燃え尽きた灰から生じる土が生き残ったオークナイトたちの腰まで増殖し、下半身を生き埋め状態にする。
さらに次は金の術。土から生じる鋼の槍が動けないオークナイトを容赦なく全方向から刺し貫く。
そして最後に水の術。オークナイトを刺し貫く鋼の槍から露結する水は直接オークナイトの体内に水弾となって暴れ回る。
ただし、陣内にいたオークナイトは全て二つ目の術――火の術で息だえていたため、後ろ三つの術は死体を弄ぶ効果しかなかった。
少し遅れてオークナイトの死体はほどけて瘴気に戻り、代わりにキラキラ光る三十強のクリスタルと、数個のドロップアイテムが残る。
「後ろ三つは余計だったか。SPの無駄遣いだ。まだまだだな僕も。健太の背中は遠いや」
五重の術陣で三十を超えるオークナイトを瞬殺した尚典は、そう自省の言葉を口にするのだった。
「良い感じだな。ひとまずはこんなところで良いか」
一連の戦闘を見守っていた健太は、シュナイダーの背に跨ったままそう呟く。
この戦闘の主目的は、来週から始まる倶楽部対抗戦予選前の最終確認。そのため、ここまでは倶楽部対抗戦のレギュラーである来斗、竹海、霊王、尚典を主力とし、それ以外のメンバーは自衛と最低限のサポートに徹していた。
だが、オークたちの数が減るに従い、戦闘はただの駆逐作業へと移行していく。
四人とも新装備の感触もつかめただろう。この時期、レギュラーメンバーはある程度経験値も優遇すべきだが、極端な優遇は健太の価値観にあわない。
「来斗、竹海、霊王、尚典下がれ。残りは他のメンバーの分だ。戦いたいやつは前に出ろ。俺がフォローする。それ以外は俺が無力化した敵のとどめを任せる。行くぞ、シュナイダー」
「メ……ヒヒーン!」
健太が踵で『粘土馬』のシュナイダーの腹を蹴ると、シュナイダーは血気盛んにオークナイトの群れに突っ込んでいく。
昨日までに健太は残っていた戦士系第二段階職『槍騎士』と『侍』をカンストさせ、戦士系第三段階職『重装騎士』になっていた。
騎獣であるシュナイダーが、白黒虎柄の鎧を纏っているのは『重装騎士』のスキル『騎獣武装』の効果だ。
『騎獣武装』は騎獣に防具を纏わせるスキルである。その防具は自動的に騎乗している主の武器、防具を参考に外見と能力を有したものとなる。
極論、騎乗者が素っ裸ならば『騎獣武装』は発動しても見た目も能力も何も変わらない。
騎乗者が学園の制服だけを着ている状態ならば、騎獣も制服を着たような見た目になる。能力の向上という意味では微々たるものが見た目が可愛らしいのであえてそうする者もいるらしい。もちろん、ガチのダンジョンダイブ以外での話だが。
そんな『重装騎士』に自称を変えた健太に見守られる中、残りのメンバーが残敵掃討に動き出す。
「ガランティス、お願い」
「ゴブ君いっけー、やっつけろー!」
「ガラテア。《粘糸網、射出》」
動き出したのは二匹のモンスターと一体の『強化外装骨格』である。
すなわち、文官系第二段階職『案内人』である蘭が召喚したモンスター『昇格竜』のガランティス。
第一段階職『文官』である実咲の召喚モンスター『ゴブリン・エリートソルジャー』。
そして職人系第二段階職『化粧士』の優梨愛の『強化外装骨格』ガラテア。
実力でいえば蘭の『昇格竜』ガランティスが図抜けていると言えるだろう。
「カー、クゥ!」
ガランティスが口からレーザー光線のようなブレスを吐けば数匹のオークナイトが身体をごっそり円形に抉られ、素早く近づくガランティスに噛みつかれたオークナイトはあっさり首を噛み千切られて絶命する。
その戦闘力は健太を除く『安息所』の誰よりも高いかもしれない。今も全力を出せば他のメンバーの分を一匹も残さず残敵を相当する事すら可能だろう。
無論、ガランティスはそんな空気の読めない馬鹿なことはしない。
「カー、キッキッ!」
蘭の取り分を倒した後は、逃げるオークナイトの前に回り込み、殺さないように手加減をしてその長い尻尾で殴打したり、加減して噛みついて長い首を振って、放り投げたりして他のメンバーのアシストに徹している。
ガランティスは本当に頭が良い。単に主である蘭に忠実というにとどまらず、蘭の言葉ではなく蘭の言葉に出来ていない意図を察してその通りに動いたり、蘭が感じ取っていなかった異変を察知して独自判断でフォローしたりもしてくれる。
時には蘭が召喚するより早く勝手に『具象化』してモンスターの不意打ちにカウンターを入れてくれるように錯覚するほどだ。実際には、主の制御下にある『モンスターカード』が勝手に『具象化』することは不可能なので、ただの錯覚なのだろうが。
ちなみにガランティスという名前は、蘭が付けたわけではない。気が付いたら『モンスターカード』の名前の欄に記されていたのである。
珍しいことではあるがそれなりに前例はある事例でもある。
一部の『モンスターカード』には、最初から個体名を持っているものがある。そうした『モンスターカード』は最初のうち名前の欄が空欄だが、召喚者を主と認めた段階で名乗る――『モンスターカード』に名前が表記されるようになるという。
ガランティスはそのタイプなのだろう。
「キッキッキ」
その後もガランティスは周囲に被害が出ない様、的確にオークナイトたちを殺さずに無力化していった。
実咲のモンスターはゴブリン・エリートソルジャーである。ゴブリン系の『逸脱個体』だ。『逸脱個体』の中では最弱に近いが、それでも『逸脱個体』だ。並みのゴブリンとは格が違う。
「ゴウ!」
「ギャッ!?」
ゴブリン・エリートソルジャーがその右手に持つ長剣で、逃げるオークナイトの背中を一度斬りつけただけで、簡単に仕留めてしまう。
二メートル越えのオークナイトと比べると、百八十センチ前後のゴブリン・エリートソルジャーは頭一つ小さいのだが、戦闘力ならばゴブリン・エリートソルジャーが一枚上だ。
その上、今ゴブリン・エリートソルジャーが使っている剣は、元から彼が持っていたものではなく、旧『匠工房』製だ。無銘のため覚醒は出来ないが、シンプルに頑丈で切れ味が鋭い両刃の片手剣。
ゴブリン・エリートソルジャーの膂力と技量をもってすれば、鎧を纏ったオークナイトを背面からとはいえ一太刀で斬り殺すほどの威力を持つ。
「ガッ!」
「ヒギィ」
その後もゴブリン・エリートソルジャーは淡々とオークナイトを屠り続けた。
「グギャッ」
「本当に画期的ね。『職人』の私でも十分に戦える。もちろん、相性の悪い敵もいるでしょうけれど」
珍しい細身で女性型の『強化外装骨格』ガラテアがオークナイトを粘糸網で拘束し、倒れたところを踏みつぶす。
それを見ていた優梨愛は赤いルージュの引かれた唇から、そんな感嘆の言葉を漏らした。
それくらい『強化外装骨格』にモンスターの『能力器官』を組み込み、モンスターの能力を持たせるという発見は、『職人』にとって劇的な変化を期待させるものなのだ。
良くも悪くもこの学園は強さがカーストに直結する世界だ。その意味で、力とタフネスこそあれど、動きが遅くて器用さに欠ける『強化外装骨格』しか戦闘手段がない『職人』の地位は低い。
学生決闘や倶楽部対抗戦のような対人戦はもちろんのこと、従来の『強化外装骨格』ではダンジョンダイブでモンスターを狩るのにも難儀する。
つまり、『職人』は他職の助けを借りなければレベルアップもおぼつかない状況だったのだ。
その状況が変わる。
「楽しくなりそうね。色々と」
優梨愛は真っ赤な唇を笑みの形に歪めて、後ろで見守ってくれている愛しいご主人様に視線を向ける。
『能力器官』のインストールを思いついたのは叶馬で、実現可能な形にしたのは蜜柑達なのだが、優梨愛にとってはその仲立ちをしてくれた健太に最大の感謝が向いていた。
もはや戦闘力の残っているオークは存在していない。
残りは健太やガランティスが四肢を斬り飛ばして無力化したオークナイトだけ。
それらのとどめは残りのメンバーすなわち風音、詩織、藤子の分だ。
「ふんふんふん、楽してレベルアープ。ご主人様最高! 健太君しか勝たん!」
上機嫌に『徹甲管槍』でオークナイトにとどめを刺して回る風音は、スキップしそうな上機嫌でそう言う。
自動射出機能がある『徹甲管槍』は動けない敵にとどめを刺すのは大得意だ。
同じく、支給された旧『匠工房』製の槍でオークナイトにとどめを刺していた詩織は、呆れた表情を隠さずに言う。
「風音、あんた恥ずかしくないの? 同じことしてもらってる私が言うのもなんだけど、あんたは戦士系の第二段階職なんでしょ?」
詩織がそう言うのも無理はない。
非戦闘系である遊び人系第二段階職『娼婦』の詩織と、戦士系第二段階職『盾槍闘士』である風音が同じ扱いを受けているのは逆に不公平にすら感じられる。
だが、風音は健太のパートナーの中でダントツ薄い胸を張ると、
「私は甘やかしてくれる人に甘え倒すことに一片の恥じらいもない!」
と言葉通り一片の迷いもなく断言した。
「はあ、風音が戦士系なのって絶対なんかのバグだよね」
「それはそう」
蘭、竹海と並ぶ豊かな双乳を揺らす様にため息をつく詩織の悪口を風音は平然と肯定する。
「それにしても、事前に話は聞いてたけどほんとにダンジョンでエッチしないんだね、この倶楽部。これだけモンスター倒しまくりなのにさ」
「ご主人様を筆頭に、うちの男子は揃ってみんなシャイボーイなのさ」
「よく我慢出来るよねー。ぶっちゃけ、こうやっておこぼれ貰ってる私でさえ、ちょっと辛抱たまらんくなってるんだけど」
「我慢我慢。ダンジョンセックス我慢して夜にヤればメッチャ燃えるよ」
「ほほう。それは興味ある。けど、尚典君、来斗君、霊王君はともかくうちらのご主人様は私ら七人じゃん。流石に部屋狭いよね」
「確かに。今のところ二人部屋三つをご主人様が渡り歩く形にしてるけど、やっぱ大部屋欲しいよね。ハーレム8Pチョー燃える」
「いいよねー。全員横一列に四つん這いになってさ。端から健太君にハメまわしてもらうの」
「ひゃう、それは待ってる間に濡れるやつっ」
風音と詩織はそんな猥談を交わしながら、転がっているご主人様のおこぼれにとどめを刺して回る。
物静か、大人、陰キャなどが多い健太のパートナーの中で陽キャよりでコミュ力の高い風音と詩織は本格的に知り合ってまださほど時間が起っていないのに、やけに息があっている。
学園女子ではそこまで珍しくない開けっぴろげな猥談に、来斗、尚典、霊王といった男子は揃って聞こえないふりをする。
男子で平然としているのは『戦士の不動心』がオンになっている健太だけだ。
「もう、来斗。来斗はこっちでしょ」
一方、その様子に危機感を覚えたのか、もっと単純に自分の性欲を刺激されたのか。来斗のパートナーである実咲は来斗の小太りな体にベッタリと抱き着き、
「よく頑張った。ありがとう、私の為に」
霊王の親分である珠貴は霊王の首に腕を搦めて抱き寄せ、頬に「労い」の口づけをしている。
そして、尚典のパートナーである空亜は『寝袋』に尚典を引きずり込んでいる。
「なーおきゅーん」
「う、うわあ!?」
「良いではないか、良いではないか」
空亜は今回のダンジョンダイブの最中ずっと旧「匠工房」製の無駄に高性能な『寝袋』を自動追尾状態にして、ついてきていた。
さらに今の空亜は『遊び人』系第二段階職『引き籠り』のスキル『堕落園』を発動させているので、寝袋に入った空亜と尚典は外から認識できない。
どうやら倶楽部『安息所』男子でダンジョンセックス一番乗りは、尚典になったようだ。勝因はやはり、積極性だろうか。
「《大丈夫》《落ち着いて》。最初は目を瞑っても良いから、力いっぱい槍を振り下ろして」
その後健太は最後の一人、藤子の側で無力化したオークナイトにとどめを刺す手伝いをしていた。オークナイトの手足をもいで無力化するだけでなく、鎧も無理矢理引っぺがしてある。
他の女子達に比べるとやけに手厚い扱いに見えるが、実際には別に特別扱いではない。『初めてのダンジョンアタック』の場合、健太は大体これ位のフォローをしている。
既に六月に突入している今、信じがたいことだが藤子にとってこれが事実上の『初めてのダンジョンアタック』なのだ。
『ファーストダイブ』のトラウマが忘れられず、その後は一度もダンジョンダイブをせず、当然のように補習レイド送りになったがその補習レイド内ではモンスターに出会う前に健太に拾われて保護されていた藤子にとって、『食材』の形になっていないモンスターを視ること自体がほぼ初めてなのである。
健太にこっそり『平静』と『精神増強』をかけてもらった藤子は、アドバイス通り目を瞑ったまま両手で逆手に持った槍を思い切り下に付き下ろす。
「う、うん。……はっ!」
「ヒギッ! ヒゴ! アグ!」
その槍が蜜柑が作ったそれなりに良い物であること。そして現時点の藤子はすでに推定『遊び人』レベル10以上、つまりノービス10の合計20レベル以上に達していることから、藤子の突き降ろしはある程度オークナイトにもダメージが通る。
やがて最初のターゲットのオークナイトが絶命したところで、まだ目を瞑っている藤子に健太が声をかける。
「よし、良い感じだ。ストップ。大丈夫、ちゃんと倒した」
「はあはあ。あ、うん」
オークナイトが瘴気に返ってもなお槍でカツンカツン石畳みを叩き続けていた藤子は、背後からそっと抱きしめるようにして制止する健太の言葉に、どうにか終わったことに気が付く。
「大丈夫か? 大丈夫だったら次に行くぞ」
「う、うん。大丈夫」
後ろから抱き着き、耳元でそう言う健太の言葉に藤子はあからさまに頬を紅潮させながら首肯する。
藤子にとって健太は『初めての相手』だ。人間では初めてのセックスの相手で、初めて隷属した相手で、始めて付き合う彼氏でもある。
「次はこれ」
「分かった。えい、えい!」
「その次はこれ」
「任せて。ふん! うりゃ!」
「よし、調子出て来たな。次」
「うん。せーの、そこ!」
何匹か繰り返している間に、藤子は目を開けたまま槍を振り下ろすことが出来るようになる。
『平静』と『精神増強』の恩恵もあるのだろうが、中々適応が早い。健太に完全に依存していることが良い方向に働いているのかもしれない。
その健太は調子の出て来た藤子に何でもないような口調で話しかける。
「そう言えば話は変わるんだが。藤子は今の『遊び人』はちょっと不本意らしいな。やはり、そのまま『遊び人』系の第二段階職になるのは嫌か? 仮に他職に転職出来るとしたら、何が良い? 『職人』? 『文官』? ちょっと特殊な『術士』系なんてのはどう思う?」
さりげなくそう尋ねる健太の脳裏には、すっかり見慣れた文字列が映っていた。
実咲
『職人』『遊び人』
「司書』『書記』
に転職可能。
藤子
『戦士』『槍士R』『術士』『触媒士R』『文官』『職人』
『娼婦』『巫女』『祝部R』『祭儀女官R』『相撲司SR』
『性隷姫SSR』『奉仕姫SSR』『人形姫SSR』
『断罪者GR』
に転職可能。