倶楽部対抗戦予選の最中、バッジを持つ出場選手は原則校内にいなければならない。そうでなければ、Fランクエンジョイ倶楽部のような最初から勝ち上がりを諦めている倶楽部が逃げ隠れに終始するようになってしまうからだ。
だから、逆を言えば予選の結果が出てしまった選手は、ある程度そのルールから自由になれる。
すなわち、一度でも敗北してバッジが×バッジに変わってしまった選手と、倶楽部がすでに予選突破を決めてしまった選手だ。
もちろん、×バッジになっても賭け品さえ用意すればバッジ持ちに挑むことは可能だし、予選突破は決まっても本戦をより良い条件で戦うためにもっとバッジを求めても良い。
幸か不幸か、二日目にして所属倶楽部『安息所』が本戦出場を決めた健太は、その足で真っすぐ学園図書館に向かっていた。
図書館はいつも通りだった。
元々健太のような一部の変わり者を除けば、図書館の常連はほぼ全て特級科――華組である。
華組では生徒会のメンバーがエキシビジョン戦に参戦する以外は大きく関係はしないので(個人的な目的を持って参加する特級科生は存在する)、ここの雰囲気は日常のままなのだ。
「職に関する資料はそちらのリストにある物で全てですね」
図書館に常勤している『司書』の女性の言葉に、『戦士の不動心』をオンにしている健太は「そうですか。お手数をおかけしました」と礼をする。
「いえ。お力に慣れず申し訳ございません」と言葉通り少し申し訳なさそうな表情を浮かべるその『司書』は問答無用の美女である。胸も大きい。
艶のある黒髪ロングがいかにも似合う知的な美女で、フレームレスの眼鏡をかけている。無事学園を卒業して学園図書館の司書となっているのだから、最低でも第三段階――『文官』系ならば二つ目の第二段階職を得るところまでは言っているはずだ。
当然、視力は矯正されているはずなのでその眼鏡はファッションか、さもなければ何らかのマジックアイテムだと推測できる。
年のころは二十代の半ばくらいだろうか。
蘭を始め、複数のパートナーが出来て「こんなに幸せで良いのだろうか?」と考えている健太でもワンチャン狙いたくなるくらいに魅力的な女性だ。
まあ、『文官』系の女子を無事卒業させている倶楽部(推定SかAランク)の男子部員が学園に勤めていないわけはないので、倶楽部時代のパートナーがそのままついている可能性が大だろうが。
(期待はしていなかったが、やはりこれ以上情報はないか)
健太は本日の主目的である本を抱えて自分の席に戻りつつ、そんなことを考える。
普通科生徒としては少数派な図書館常連である健太は、ダンジョンダイブに関する資料はほぼ全て『脳外記憶領域』に落してある。だから、『司書』の返答は予想できたことではあった。
出来れば知りたかったのは、この間藤子が『職業選択の自由』で候補に挙がった見覚えのない職である。
これまで学園図書館に記されていない職が候補に挙がったのは藤子で三人目。健太自身、竹海、そして藤子だ。
チート能力を貰っている健太自身を例外として除けば、竹海と藤子には朧気に共通項が見受けられる。
一つは、「転職可能の候補に一定の偏りが見受けられる」という点である。
竹海ならば踊り子系。藤子ならば巫女系。そこまで考えたところで健太はふと思いいたる。
(いや、数は少ないが偏りという点ではもう一人いたか)
和花の悪女系。ただし、和花は藤子、竹海とは異なる点がある。
(和花にはGR職が候補に挙がっていない。『淫毒婦』はSSRで一応は学園も名前だけは把握している)
そう考えると、やはり藤子のポテンシャルにはちょっと期待してしまう健太である。
もっともとうの藤子は健太の『さりげない』誘導もむなしく初心完徹『職人』になってしまったのでその潜在能力は今のところ潜在能力でしかないのだが。
そうして健太が本に目を落としていると、視界の外側でこちらに近づいてくる人影を捕える。
「読書中のところすみません。少しお話よろしいですか、健太さん」
「はい、もちろんです。薫書記」
白いセーラー服とのコントラストがまぶしいほど艶やかな長い黒髪の少女。正当な権利として腰に下げている日本刀は、鞘に収まった状態でも一目で業物と分かる逸品。
沙姫とはまた違った意味で「サムライガール」という言葉が相応しい女子。
それは華組でもさらに特権階級である生徒会の一員、薫であった。
最初の対面もここ図書館だった健太と薫だが、これが二度目の対面ではない。
図書館は武道館のトレーニングルームと並んで、健太が良く足を運ぶ施設だ。どうやら薫も図書館の常連らしく、これまでにも何度か図書館でバッタリ顔を合わせている。
普通科の男子と特級科の女子。学園でももっとも縁遠いはずの両者だが、華組でも生徒会員まで行くと逆に普通科男子に対してもそこまで警戒しないのか、はたまた健太が特別なのか。薫は図書館で健太と顔を合わせる度、挨拶をして二言三言会話を交わすくらいには交友を続けていた。
「今は倶楽部対抗戦予選のさなかですが、よろしいのですか?」
当たり前のように健太の近くに席を取った薫は健太が胸に付けているバッジを見てそう言う。
「はい。幸い、私の倶楽部は早々に予選突破を決めましたので、ある程度の自由は確保できています」
「それはおめでとうございます。より上は狙わないのですか?」
運営に携わる生徒会の一員として、バッジの数は予選突破だけでなくシードにも関係することを知っている薫がそう聞いている。
「はい。少なくとも今回はそのつもりです」
「……なるほど」
健太の答えに何か思い至ることがあったのか、薫は少し思考に時間を割いた後、そう答えた。
その話はそれで終わったのか、薫は健太が開いている本に視線を向けて話を変える。
「『海底二万海里』ですか。健太さんにしては珍しいですね」
日頃、健太が主に手に取っているのは職やダンジョンに関する資料、もしくは情報系を中心とした学術書であることを知っている薫がそんな感想を口にする。
実際には前世からオタク人生を継続している健太なのだが、確かにこの学園に入ってからはライトノベルや漫画にはあまり手を伸ばしてない。
「そうですね。まあ、これもダンジョン攻略と無関係というわけではないのですが」
そんな健太の言葉はあながち言い訳ではない。言葉のニュアンスからそれを感じ取ったのだろう。
「と言いますと?」
と薫が重ねて訪ねて来る。
「私達もそろそろ通常のダンジョンダイブだけでなく、レイド攻略も視野にやってきます。レイドの中にはどれほど地力を上げても『知らなければ攻略不可能』な種類も存在しますから」
そんな健太の答えに、真面目で勤勉な薫はすぐさま健太の言っていることに思い至る。
「ああ、『伝承』系ですか」
五種類に分類されるレイドクエストの中でも『伝承』は特別なレイドとなる。
伝承という名称通り、そのレイドの核となるのは物語であり、レイドのクリア条件は物語を正しい形で進めることだからだ。
そのため、どれほど戦闘力があっても、『文官』や『職人』のバックアップ人員が分厚くても、核となる物語を誰も知らなければ詰む、可能性があるのだ。
もっとも初級から中級くらいまでならば、物語も単純で「ボスの下にたどり着いて撃破する」程度なので実質『王権』と大差なかったりもするのだが。
「そんな感じですね。まあ、今のところ当てはないのですが、備えておいて悪いことはありませんので」
と健太は答えるがその言葉は嘘だ。
当てはある。というよりも高確率で巻き込まれる原作のレイド攻略の対策として、健太は今日ここ図書館に来ていた。
原作通りの流れだとすれば、六月の倶楽部対抗戦が終わった後、叶馬達は発見していたレイドの攻略に向う。
超級『伝承』レイド。核となる物語は『白鯨』。世界的に有名な俗にいう『世界十大小説』の一つだ。
当然健太は、『白鯨』についてはとっくにこの図書館で読み込んでいたがふと気づいたのである。
「ひょっとして、レイドそのものがズレることもあるのでは?」と。
原作通り『白鯨』のレイドではなく、別な物語のレイドである可能性もあるのではないか?
もちろん、ただの杞憂である可能性が圧倒的に高いが思いついてしまった以上対策を取りたくなるのだが人情というものだ。
健太の場合『脳外記憶領域』に落せばよいだけなので、図書館に来れば何十冊もまとめて対策が取れる。
ひとまず『白鯨』と同じ十大小説に数えられている残り九冊から手を出したのだが、読んでみた感想としては「あまり意味がなかったかもしれない」というのが正直なところだ。
十大小説の中で、いわゆる冒険小説の側面も持っているのは『白鯨』だけだ。他の小説がレイドの核になるところが想像がつかない。
浪費と浮気の果てに服毒自殺する夫人の話や、美貌と才能と野心を併せ持った青年が立身出世の為に聖職者や大貴族の秘書をやりながら、不倫や恋愛でドロドロする話など、どうすればレイドになるのかちょっと見当もつかない。
もし、レイドになるとしてもそれはソロ専用レイドになりそうだ。
それよりも著名な冒険小説の方が可能性が高そうだ。そう考えた健太は、念のため十大小説全てを『脳外記憶領域』に落した後、著名な冒険小説にも手を出し始めたところだったのである。
健太の答えに薫は小さくため息をつく。
「その勤勉さ、見習いたいものです……はあ。本当に、健太さんは例外中の例外なのですね。以前に頂いた忠告、私は全く理解していなかったこと、痛感するばかりです」
「なにかありましたか?」
日頃は「気負い過ぎている」とも言えるくらいに凛としている薫の疲労感を漂わせる溜め息に、健太はそう尋ねる。
健太の気遣いに誘われるように、薫は愚痴を漏らす。
「実は、ダンジョンダイブのために『護衛』クエストを発注したのですが、受注した普通科の方たちと少々揉めてしまいました。彼らの獣性の高さと知性の低さは私の想像をはるかに超えていました」
『護衛』クエスト。学園が普通科生徒に発注しているクエストには『討伐』『蒐集』『調査』『護衛』の四種類が存在するのだが、『護衛』は指名依頼となっている。
指名されるのは原則現Sランク、元Sランク倶楽部の戦闘員。
内容は華組が安全にレベル上げをするための護衛。多くの場合第四段階職に達しているSランク倶楽部の戦闘にとっては危険はほぼないと言ってよい。その上で、報酬は十分以上。
だが、それらを踏まえた上でもこの『護衛』というクエストはダントツ不人気のクエストとして知られている。
なにせ、華組はナチュラルに普通科を見下している。少しでも思い通りにならなければ怒鳴る、詰る者は珍しくない。
だが、それらを踏まえても薫が揉めたという事実に健太は首を傾げる。
「薫書記の所属する『派閥』が指名依頼をする者達にそのような不届き者が混ざるのですか?」
『派閥』というのは特級科独特の用語で普通科で言えば隊に近い。倶楽部のような学園公認の組織ではなく、各自がそう名乗っているだけだ。
普通科のパーティがダンジョンダイブを前提とした戦闘集団なのに対し、特級科の『派閥』は学園外の力学――平たく言えば家の力を土台とした上下関係で繋がりが形成されている。
徹朗会長の許嫁である薫は徹朗会長の『派閥』に属している。
当然その『派閥』は特級科の中でも最有力『派閥』だ。『護衛』クエストを発注するにしても、最善の人選を行うことが出来る。
この場合の最善とは、単なる最強を意味しない。
Sランク倶楽部、元Sランク倶楽部の者は卒業を見据え始めている。卒業後も学園に残ることが出来るように、学園の運営サイドに回ろうと理性を働かせはじめるのだ。そうした者達は、比較的理性があり、忍耐が出来る。
ナチュラルに見下してくる華組の『護衛』についても、暴発しない程度には。
そんな健太の知識は間違っていなかったらしく、薫はその美しい黒髪を揺らす様に首を横に振ると、
「いえ。私が個人的にやっていることで徹朗様の『派閥』からのクエストではありません。私が個人的に手を差し伸べている女子の『護衛』クエストなのです」
そう言ってその細い眉をしかめる。
普通科は暴力の力学と隷属現象の結果から男尊女卑の世界になっているが、特級科――華組は外の世界に力学で形成される上下の繋がりが営まれている。もう少し詳しく言えば家の格や財力、政治的権力、顔の広さなどだ。
その結果、特級科でも従える上位層の多くは男子で、従う下位層の多くは女子となっている。
基本的に特級科に子供を送り込む名家の家督を継ぐのは男子だからだ。前時代的だが末っ子長男だろうが、男子がいればほぼ間違いなくその人物が家を継ぐ。
これは少し考えれば分かることだろう。この学園には隷属という現象があるからだ。
性行為の際、自動的に行われる男から女への一方的な経験値の流入に伴う、霊的支配構造。
家の存続のためには結ばれた男女は当然子作りをしなければならない。その時、女側が当主だとしても性行為を重ねれば男側に隷属する危険性が生まれる。そんないとも簡単に行われるお家の乗っ取りを許容する名家は少数派に決まっている。
必然的に特級科に送り込まれる男子は、将来家を背負って立つ跡取り。対する女子はより良い家の男子に見初められて繋がりを作るための婚姻外交の弾、であればまだマシ。最初から『死徒』(特級科では『死に戻り』を経験した生徒を死徒と呼ぶ)となって有力者のオモチャにするため、容姿に恵まれた女子を養子にして送り込む家も珍しくはない。
普通科と違い特級科の者はダンジョンダイブの際に学園からのサポートがあるとされているが、それも一津ではない。
生徒会長を争うようなトップは絶対に死に戻りしないように学園の教師がサポートにつくが、生徒の格が落ちる度にサポートの質も落ちていき、特級科とは名ばかりの最下層になると何のサポートもなかったりする。
この最初から『死徒』となること前提のサポートゼロ組はほぼ例外なく女子なのだ。
ちなみに礼治副会長と麗華庶務は例外中の例外だ。
礼治副会長は最高レベルのサポートを受けられる立場であるにもかかわらず、一切のサポートを拒み(ファーストダイブすら)、自分と同級生の『派閥』メンバーだけで今日まで一度も『死に戻り』を経験することなくダンジョンダイブを潜り抜けて来た。
麗華庶務は最下層組の典型で何のサポートもない身だが、礼治副会長に拾われたことでこちらも今日まで『死徒』となることなく『生徒』として、ついには庶務という一番下の立場とはいえ、特級科の特級ともいうべき生徒会メンバーに名を連ねるまでになった。
「薫書記は情に厚いのですね」
健太の評価に薫は苦笑を浮かべる。
「情、という面がないとは言いませんが、結局は打算です。私が手を差し伸べているのは実家に気をかけてもらっている方だけですから」
まったくサポートを受けられない最下層組は麗華という外れ値以外は皆『死徒』となっているが、特級科の『死徒』はそれだけではない。
最低限のサポートしか受けられない者、十分なサポートを受けていたが何らかの『不幸』に見舞われた者も『死徒』と化している。
そうした『死徒』の中には、バックである家が『死徒』となってもなおある程度その者に情を残しているケースも多い。
そうした家族に愛されている『死徒』を拾い上げて、『派閥』の勢力の足しとしているのだ。本人に価値はなくとも、情を寄せる家に恩は売れる。
「なるほど。そのような事情があったのですね」
『戦士の不動心』がオンになっている健太は、一応筋は通っている薫の説明にひとまずは納得して見せた。だとしても、そのような内情をただの普通科の一年生に過ぎない健太に話して聞かせる理由が分からない。
ただ愚痴を漏らしているにしては、随分と突っ込んだ内容だ。
訝しむ健太に薫は本日の本題を告げる。
「はい。それでよろしければ、健太さん。代わりに受けてくださいませんか? 『護衛』の指名依頼を」
『戦士の不動心」』がオンになっているにも関わらず、意表を突かれた健太はしばし言葉に詰まった。
「…………私が、ですか? 私はまだ一年ですが」
「問題ありません。実態として4、5年のSランク倶楽部ばかりになっていますが、規則上指名対象に学年や倶楽部ランクの制限はありませんから」
薫はそう言うが、普通に考えればあり得ない話である。
元々『護衛』クエストは、超高額の報酬を保証された上で罰ゲームと呼ばれるほど、嫌われているクエストだ。それを一普通科生徒に過ぎない健太に持ち込むなど、裏があることがあからさま過ぎて逆に「ひょっとして何もないのでは?」と思ってしまうくらいだ。
「華組の子女の命を守るお役目。私程度では荷が勝ちすぎていると思うのですが」
健太はそう拒絶の言葉を返す。
「クエスト失敗の罰則はありません。非情なようですが「死に戻り」をしても今更な方たちですから」
なおもそう言って来る薫に健太が、即座に席を立たないのはあまりに流れが不自然だからだ。
なにせ健太は上位存在から「このままでは上手くいかない世界を修正させるために送り込まれた存在」。これもいつもの流れの一環、という疑惑がある以上にべもなく断ることも怖い。
「こちらが、依頼の概要です」
そう言って薫は一枚の用紙を健太の前に差し出す。
どうやら、完全に事前準備をして健太を待ち構えていたようだ。
『護衛』クエスト
場所:ダンジョン第十四階層『死國』。
護衛対象:特級科四年、文香『星読斎女』
特級科四年、桜子『書記』『司書』
特級科一年、佳乃『文官』
ダイブ目的 メイン:レベルアップ
サブ:『モンスターカード』の入手
報酬:新発見レイドの座標
護衛対象の一人目の名前に健太はピクリと反応する。
文香。それは、昔はやっていたソシャゲで健太が一番贔屓にしていたキャラと同じ名前である。それだけの話だ。もしも咲耶という名前でも同じような反応をしていただろう。
気にするべきポイントはもっと他にある。
二人が四年生で一人が一年という歪な組み合わせ。『星読斎女』という健太も知らない職。
目的のサブに『モンスターカード』があるのは二人が『文官』系だと考えればおかしくなさそうだが、華組の場合はそれくらい銭で購入できる者が大多数だ。
薫の話では彼女が手を差し伸べている相手は、実家から一定以上の愛情を注がれている女子のはず。ならば、『モンスターカード』を自力で集めなければならないほど困窮しているというのも少し腑に落ちない。
それに、『モンスターカード』も狙っているというのならば、なぜダイブポイントが第十四階層『死國』なのだろうか?
第十四階層『死國』はそのあだ名の通り、出没するモンスター全てがアンデッド――活動死体、死霊系の領域である。
中々に強力なモンスターもいるが、あまり人気のあるモンスターカードではない。
第十五階層『亜人窟』ならば経験値ともモンスターカードだけでなく装備のドロップも美味しいし、第十六階層『妖精都市』は搦め手のトラップが鬱陶しいが妖精系のモンスターカードは女子に人気だ。
そう考えると「なぜ『死國』?」という疑問が湧く。
だが、健太の目を引いたのは何よりも報酬の欄だった。
「『新発見のレイド』、ですか」
「はい。成功報酬ではなく固定報酬です。特級科ではあまり重視されていませんが、普通科では価値があると聞いております。もし、ご自分で攻略なされないのでしたら、学園に売って銭に変えてくださっても結構です」
こちらも色々と疑問はあるが、普通科のダンジョン勢にとって攻略可能なレイドクエストが美味しいは間違いない。
「レイドの情報は?」
「『文官』が外から読み取った情報だけなので保証は出来ませんが、様式は『根源』か『王権』。低確率で『伝承』。強い水の力を持ったモンスターの存在を察知したそうです」
その情報で、健太の嫌な予感が形を成す。低確率で『伝承』。そして強い水のモンスターが存在するレイドがこの時期、健太の前に提示される。
「分かりました。お受けします。報酬は本当に売って『銭』に変えても良いのですね?」
健太は即決した上でそう念を押す。もし健太の嫌な予感が外れていたのならば、売ればよいだけの話だ。当たっていた場合のことを考えれば、この依頼を蹴るという選択肢は健太に残されていない。
「ええ。よろしくお願いします。もちろん、依頼は倶楽部対抗戦の本戦が終了した後で結構ですから。ありがとうございます、健太さん」
健太の返答に、薫は少し肩の荷が軽くなった様に微笑んだ。
では、失礼しますと言って健太が去った後。
薫は打って変わって深刻な表情で呟く。
「文香先輩のお名前に一瞬反応があった。やはり、三善の眷属なのでしょうか」
今回のやり取りで健太が本人の言っている通り「ただの普通科生徒」という可能性はゼロになった。
薫がさりげなく混ぜた本来普通科生徒ならば知るはずもない知識を前提とした会話。
「『死に戻り』しても今更な人達」。一度でも死に戻りを経験した者とそうではない者の格差。それは、特級科ならば誰もが知っていることだが、普通科の大半が知らないはずの情報だ。
だが、その情報を前提とした会話に、健太はなんら違和感を抱いていなかった。
「ひょっとすると健太さんご自身、『死徒』ではなく『生徒』?」
薫がそう考えるようになったのも、『護衛』クエストを通して普通科の男子と接触を持った経験からだ。
『護衛』クエストを受けた男子は確かに強かった。まだ戦士系第二段階職『侍』に過ぎない薫では、ダンジョン内は当然ながらダンジョン外でも勝算は薄いと言わざるを得ないくらいの力を感じさせた。
だが、同時にその存在は不思議と薄かった。強くて、獣性が高くて、狂暴なのに存在が薄い。
それを理解してから特級科の『生徒』と『死徒』を見比べると、その薄さは『死徒』――魂魄結晶を失った者に共通する特徴の気がする。
その薄さが健太にはない。
「徹朗様は気にも留めてらっしゃらないけれど、本当に捨て置いて良い存在なのでしょうか」
薫の許嫁である徹朗は、この学園の生徒会長を務めていることからもわかる通り、家柄も本人の能力も最上級と言っても過言ではない人間だ。その自覚も自負もある徹朗は、明晰な頭脳と広い視野を有していながら(もしくは有しているからこそ)、多くの人、多くの出来事を取るに足らない些事と決めつける悪癖がある。
「いずれにせよもう少し、誤魔化すかと思ったのですが、普通に依頼を受けられた。第十四階層での護衛依頼を一年が出来る時点でおかしいと分からないはずはないでしょうに」
『死國』で一人生き延びようと思えば、第二段階職では絶対に無理だ。第三段階職でもなり立てならば厳しい。まして、三人の女子を一人で『護衛』するとなると第三段階職をカンストしていても無理だろう。
第四段階職でも失敗の可能性は十分にある。
だが、健太は受けた。
「健太さんの御気性とあの様子から察するに、『護衛』を完遂できる自信があるとしか思えません」
報酬のレイドクエストという存在に意識を傾けていた健太は、『護衛』依頼そのものの不自然さは全く念頭にないだけ。という事実に思い至るには、すでに薫の健太に対する評価は上がりすぎていた。
嫌な予感にかられた健太は図書館から真っすぐ麻鷺荘に向い、旧ミーティングルームで叶馬達と顔を合わせていた。
「よく来たな、健太。聞けば『安息所』は早くも予選突破を決めたらしいな」
「そうなんですか、健太さん!? ちょっと待ってて下さい。今、『水虎王刀』持ってきます!」
むっつりとした無表情でどこかソワソワする気配をだた余させる叶馬の言葉に、斜め後ろに控えていた沙姫が鬼色満面の笑顔で腰を浮かせる。
今日の予選開催時間は終了しているのに、今愛刀を持ってきてどうするつもりなのか?
そんな疑問を抱いた健太だが、間違っても沙姫に直接聞くという危険行為に及ぶつもりはない。
「沙姫、座ってなさい」
幸いその暴走は、隣に座る静香が制してくれる。
「叶馬君と沙姫ちゃんに付き合ってたら、話が物騒な方に脱線するから放っておいて。健太くんが連日こっちにくるなんて珍しいね。ご用件は何かな? 尚典君なら今頃お風呂だと思うけど」
倶楽部『神匠騎士団』の実務を担当する凜子の言葉に、健太は照れたように首を横に振ると、
「あ、すいません。うちの部員がお世話になっています。そうじゃなくて、ちょっと叶馬達に確認したいことがあったんです」
「ふむ、なんだ?」
まだ物騒なソワソワ感を漂わせたまま問いかける叶馬に健太は単刀直入に尋ねる。
「お前、補習レイドが終わった後「レイド攻略はおいしい。積極的に狙っていくべき」とか言ってたよな。現状、レイドは見つかったか?」
意図が良く分からない健太の問いだったが、問いの内容自体は簡単に答えられる。
「いや。残念ながら、目星はついていない」
叶馬の答えに、健太は嫌な予感が完璧に当たっていたことを悟る。
原作では、倶楽部対抗戦の後、レイドクエスト『白鯨』に挑むことになっている。その『白鯨』のレイドは、倶楽部対抗戦予選が「始まる前」に発見しているのだ。
それなのに、倶楽部対抗戦予選真っただ中の今、叶馬達に「挑戦するレイドクエストの当てはない」という。
そして、先ほど薫から報酬として提示された、レイドクエストの座標。
分かっている情報では、「様式は『根源』か『王権』。低確率で『伝承』。内部に強力な水のモンスターがいる」とのこと。
レイドクエスト『白鯨』は『伝承』で白鯨は当然、強力な水属性のモンスターだ。
「あ、危なかった。こういうズレ方もあるのか」
『戦士の不動心』をオフにしている健太は、脈動する心臓を抑えるように胸に手を当てて大きく息を吐くのだった。