※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

122 / 142
第百十一話 肢体(からだ)の押し売り、『護衛』クエストの下準備

 

 

 倶楽部対抗戦の予選ルールはバッジの奪い合いだ。

 バッジを奪われた者は倶楽部紋章(クレスト)バッジの代わりに×バッジを付ける。

 ×バッジになってしまった者に勝負を持ちかけることは出来ないが、×バッジの者がバッジを持っている者に勝負を挑むことはできる。ただし、その場合×バッジの者はバッジに代わる対価を用意してそれを賭ける必要がある。

 その賭け品が紋章(クレスト)バッジと釣り合っていると対抗戦委員会が判断すれば、×バッジになった後でも予選に参加することは可能。

 そして、その×バッジの持ち主が自分と同格か格下であった場合、挑まれた側に拒否権はない。

 

 拒否権はないのである。

 

 

「それまで。勝者、『安息所(メイトガード)』の健太(けんた)。勝者の権利として、健太(けんた)は『O嬢極(オウジョウギワ)』の芽衣(めい)を大会予選開催中も自由にできる。これは芽衣(めい)の予選参加権に優先する」

 

「よしっ」

 

 開始直後、手に持つ短杖を振るう間もなく一瞬で健太(けんた)に背後を取られ、その細い首に腕を回されて降参した艶なし黒髪ミディアムショートの三年女子――芽衣(めい)健太(けんた)の腕の中でグッと小さくガッツポーズを作る。

 

「いや、よしじゃないです」

 

 立ったまま後ろから柔道で言う裸締めの体勢で芽衣(めい)の首を決めていた健太(けんた)は、そうツッコミを入れながら拘束を外す。

 それなのに両者の距離が全く広がらないのは、芽衣(めい)健太(けんた)の胸に背中を預けるようにベッタリとすり寄っているからだ。短いスカートをはいた小さな尻を健太(けんた)の股間に擦り付けるようにすらしている。

 

芽衣(めい)、離れてくださいな。後がつかえているのですから」

 

 芽衣(めい)にそんな柔らかな声をかけてくるのは、猫毛茶髪ミディアムロングのいかにも優し気な風貌をした三年女子、和花(わか)である。

 

「……ん」

 

 倶楽部『O嬢極(オウジョウギワ)』の部長でもある友人の言葉に芽衣(めい)は不満げな表情を浮かべつつも、健太(けんた)から離れる。

 後がつかえているという言葉は、大げさではない。

 

 和花(わか)だけでなく『O嬢極(オウジョウギワ)』のレギュラー残り三人もここ屋上の決闘施設の周辺に腰を下ろし、ニコニコこちらを見ている。

 今回の予選のルールでは、一度でも負けてしまったものはバッジを失うことになっている。それなのに同じ相手への対戦を順番待ちしている。つまり、芽衣(めい)を始めとしたこの五人は「負けに来ている」のである。賭け品として自分の肢体をベットして。

 ちなみに「予選開催中も自由にできる。この権利は○○の予選参加権に優先する」などという面倒な条件が付いているのは芽衣だけで、和花たち四人はシンプルに「負けたらセックス」だ。

 なにせ、芽衣は健太の公式パートナーなので単純に「肢体(からだ)を自由にできる」だけでは賭け品にならない。その権利はすでに健太にあるのだから。

 

「審判、これ良いのですか?」

 

「……ルール上問題はない」

 

 健太の問いに審判も白い覆面の下でちょっと沈黙があったのは、これが一種のルールの穴あることは分かっているからだろう。そして、ルールに穴が開いている以上その穴をつく行為を(とが)めることはルールを守らせる側として出来ないことも。

 そうしているうちに二人目の和花(わか)が配置につき、本日第二戦の準備が整う。

文官(オフィサー)』系である和花(わか)の武器は『モンスターカード』だ。

 開始前のスキルを使って準備を整えておくことは認められない関係上、開始の合図を受けてからモンスターカードを『具象化(リアライズ)』しなければならない『文官系(オフィサ』)』はこの手の一対一では大きく不利を受ける。

 

 実際健太ならば、和花が『具象化(リアライズ)』するより先に仕留めることも容易だろう。

 しかし、健太(けんた)としては八百長を疑われるのが怖いので、和花(わか)がモンスターカードを『具象化(リアライズ)』するのを待つ。

 

 

「始め!」

 

「《おいで》和太(かずた)

 

 和花(わか)の言葉を受けて剣牙虎(セイバーティーゲル)が具象化した次の瞬間、健太(けんた)は先ほどの芽衣(めい)戦同様、一瞬で和花(わか)の後ろに回り込み和花(わか)の首に腕をかける。

 

「あ……旦那様(あなた)……」

 

「はあ……そこまで! 続きは後にしなさい!」

 

 健太(けんた)に裸締めを食らって目をトロンとさせて脱力する和花(わか)の態度に、審判は白いマスク越しでも分かる呆れた口調で、健太(けんた)の勝利を宣言するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――

 

 

 

 

 

 

 

 ――第『拾壱(じゅういち)』階層、『既知外(きちがい)』領域――

 

 

 

 

 

 芽衣(めい)たちの目論見通り、『O嬢極(オウジョウギワ)』レギュラー五人の『押し売り』を受けた健太(けんた)だったが、幸いその支払いは双方の同意があれば夜の白鶴荘でも問題なかったため、健太(けんた)は残りの時間でダンジョンダイブを敢行していた。

 

 華組で生徒会書記でもある(かおり)の依頼で、第十四階層『死國(アンデッドカニバル)』での『護衛』クエストをやることになったのだ。現状健太(けんた)の最高到達階層は第十一階層。

『護衛』クエストを受ける前に、最低でも数回は第十四階層を予習しておきたい。

 そんな考えからダンジョンダイブを行った健太(けんた)は、まっすぐ下の階層に繋がる界門(ゲート)を目指していた。

 

 

 

 

 

 界門(ゲート)にたどり着いた健太(けんた)を待っていたのは、当然ながらそこを守る界門守護者(ゲートキーパー)だった。

 

「クェッツ! クェッツ!《ファ》」

 

「ふっ!《せいっ》」

 

 界門守護者が放つ炎塊を高速移動で回避した健太(けんた)が、槍のように伸ばした大剣を振るう。

 

「《ド》」

 

 だが、その『豪撃(クラッシュ)』を乗せた剣戟は、突如大地からせりあがってきた岩の壁に阻まれる。無論、一枚の岩壁で健太(けんた)の『豪撃(クラッシュ)』が防げるはずはなく、横薙ぎの一撃は一瞬速度が鈍っただけですぐさま岩壁を打ち砕く。

 だが、その一瞬の速度低下があれば十分だった。

 

「《シ》」

 

 自ら興した暴風に乗り、界門守護者は一瞬で健太(けんた)の斬撃より身をかわした。

 

「《縮め》……炎、土、風か。見た目通り、水も使えると思った方が良さそうだな」

 

 大剣の柄の長さを戻した健太(けんた)は、慣れたところに四つ足で立つ界門守護者を見据えてそう呟く。

 

 ここ第十一階層『砂漠草原(デザートサバンナ)』の界門守護者を一言で言えば、『大きくてカラフルなシマウマ』である。

 通常のシマウマは体高百五十センチ前後、体重二百キロ前後なのだが、この界門守護者は余裕で体高二メートル、体重一トンを超えているだろう。

 だが一番の違いはやはりその体色だ。

 本来白と黒の二色からなるはずの縞模様が、この界門守護者は赤、青、黄、緑の四色からなっている。

 どうやら地水火風の四元素の魔法と操る魔法タイプのモンスターのようだ。それでいて、シマウマ型ということで俊敏性も非常に高い。中々の強敵と言えよう。

 

「出来れば欲しいが、今は時間が惜しいか」

 

 制限は多々あるが、今の健太(けんた)には意図的にモンスターをカード化出来る手段がある。しかし、このレベルの敵が相手では確実ではないし、確率を上げようと思えば、生かさず殺さずの手加減戦闘をする必要がある。当然、普通の撃破よりもはるかに時間がかかる。

 最悪のケースとして、時間だけ費やしてカード化に失敗する可能性もゼロではない。

 

 今の主目的は、一刻も早く第十四階層まで到達することだ。ならば素直に撃破する方が良い。

 

「《来い》シュナイダー」

 

「ブヒイイーン!」

 

「《武装》《騎獣強化》」

 

 主の召喚に応じて現れた白い『粘土馬(クレイホース)』シュナイダーに健太(けんた)は騎乗すると、『騎獣武装(アームドパトリオット)』と『騎獣強化(エンハンスパトリオット)』のスキルでシュナイダーを強化する。

 シュナイダーは一瞬で健太(けんた)と同じ白黒虎革製の鎧を纏い、全身に力をみなぎらせた。

 

騎獣強化(エンハンスパトリオット)』は騎士系の第三段階職では複数の(クラス)に存在するスキルである。

 その効果は名前の通り騎獣の強化。しかし、なにがどう強化されるかは(クラス)ごとに大きく異なる。

獣騎士(ビーストナイト)』ならば攻撃力と敏捷性、『聖騎士(パラディン)』ならば直線速度と防御力、そして『重装騎士(ヘヴィアームドナイト)』の場合は防御力と力だ。

 この場合の力は積載量と言い換えても良い。

 

 このスキルを使わなければ、騎乗状態で健太(けんた)の大剣の力を十全に発揮するのは難しい。

 元々『粘土馬(クレイホース)』であるシュナイダーは力とタフさに優れている。だが、最大で八トンまで重量が増す大剣を持った健太(けんた)を乗せて走ることは流石に厳しいようだ。

 それを可能にするのが『騎獣強化(エンハンスパトリオット)』というスキルだ。

 

「行け、シュナイダー」

 

 健太(けんた)の意図を察したシュナイダーは四色シマウマに劣らぬ足を見せる。

 

「《ミ》」

 

「《防御強化》《抵抗強化》突っ込め」

 

「ブルル!」

 

 距離を取りたい四色シマウマがこちらの進路に分厚い水の壁を出現させるが『増強術士(エンハンサー)』のスキル『装甲増強(エンハンス・アーマー)』と『抵抗増強(エンハンス・レジスト)』を受けたシュナイダーは健太(けんた)を乗せたまま、むしろ速度を上げて水の壁に突っ込んでいく。

 

「《萎えろ》」

 

 激突する直前、健太(けんた)は呪詛師のスキル『呪詛(カース)』で水の壁(ウォーターウォール)を弱体化させた。

呪詛(カース)』は『呪詛師(カースキャスター)』の基礎となるスキルだ。その名の通り対象を呪うことで、弱体化することが出来る。

 効果時間は極めて短く、弱体化自体もさほど期待できない。一方、長所としてかける対象を選ばないという点と、抵抗(レジスト)がほぼ不可能という点がある。

 

 四色シマウマが築いた水の壁は、健太(けんた)とシュナイダーに「一瞬の滝行」程度の衝撃しか与えられず突破されてしまう。

 正面から突破されるのは四色シマウマにとっても想定外だったのだろう。明らかに意表を突かれた四色シマウマが次の行動に出る前に、健太(けんた)は次のアクションを起こす。

 

『《突撃》」

 

「メルー!」

 

重装騎士(ヘヴィアームドナイト)』を代表する攻撃スキルである『重装突撃(ヘヴィアームドチャージ)』。

 騎士の攻撃スキル『突撃(チャージ)』の正当上位互換というべき『重装突撃(ヘヴィアームドチャージ)』はシンプルに攻撃力が桁違いに上がっている。

 

「レソッ……!」

 

 健太(けんた)とシュナイダーの『重装突撃(ヘヴィアームドチャージ)』を正面から食らってもなお、死滅していない四色シマウマは、流石は自然領域の界門守護者と言うべきなのだろう。だが、生まれたての小鹿のように四つ足をプルプル震わせている様子からして、すでに大勢は決している。

 

 事実、『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)は、それから何のハプニングも起こさず、四色シマウマを撃破するのだった。

 

 

 

 

 四色シマウマが大きなクリスタルとカラフルな毛皮を残して消滅した後。

 健太(けんた)は、第十二階層へとつながる界門の前で用意を整えていた。

 

 取り出した『白いしめ縄』を左手首に巻いた健太(けんた)は、パンと一つ柏手を打つ。

 次の瞬間、健太(けんた)の眼前で空間が開いた。

 猫の瞳孔のように空間が縦に裂ける。こちらから中は見えない。真っ暗闇だ。その真っ暗闇には健太(けんた)は四色シマウマの毛皮を持った右手を差し込む。

 

 (ゆき)からもらった『白いしめ縄』。その効果は叶馬(とうま)のチートスキル『空間収納(アイテムボックス)』の限定的使用だ。

 容量に限界はあるが、おかげでソロダイブ時にはドロップアイテムを一切諦めなくてよくなったのがありがたい。明らかにおかしい量のドロップアイテムを換金できるわけではないのでかなりの部分は死蔵になりそうだが、それでも持ち帰れないよりはよい。

 

 続いて健太(けんた)は、限定空間収納(レンタルスペース)から三組の装備を引っ張り出す。

 この界門を潜れば次は第十二階層、通称『永久氷河(コキュートス)』だ。ここから先は出没するモンスターとの戦闘以前に、環境そのものが牙をむく。事前の環境対策を怠れば、戦闘以前にその空間にいるだけで死に戻り確実な空間だ。

 

 第十四階層『永久氷河(コキュートス)』。気温は常に氷点下。見渡す限り続く雪と氷の世界。

 必要なものは当然防寒具である。

 

 健太(けんた)は念のため、三種類の防寒具を用意してきていた。

 一つは、学園の購買で販売しているごく一般的な防寒具。いかにもそれらしい分厚い毛皮で出来た上下、靴、帽子、手袋。上着は柔らかな毛の襟が高く、帽子は鼻を覆うようにして止める形状なので素肌を覗かせるのは目とその周りだけになる。

 防寒という目的は果たせるが、武器戦闘にはある程度支障が生じる。防具としての性能もある程度は考慮しているらしいが、当然健太(けんた)が今身に着けている白黒虎革製の胸部鎧(ブレストアーマー)には及ぶまい。

 

 二つ目は、旧『匠工房(アデプトワーカーズ)』の面々が作成した防寒具プロトタイプだ。

 こちらは全身がすっぽり入るフード付きマントで、マントの中が一定の温度に保たれるようになっているらしい。

 戦闘時には前を開いて普通に戦うことが出来る。後ろにたなびくマントが邪魔なのは確かだが、着ぶくれするよりはましだろう。

 メイン製作者である『裁縫士(ドレスメーカー)』の(あんず)が言うには、「一応前を開いてもしばらくは保温が効いているはずよ。でも一分も持たないからこまめに閉じないと永久氷河(コキュートス)じゃ指が落ちちゃうかも」とのことだ。

 プロトタイプなのだから当然だが、まだまだ要改善ということなのだろう。

 

 最後の三つ目は、健太(けんた)が自作した梵字を刻んだアクセサリー型の防寒具だ。

 烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)の梵字『ウーン』を中心に、その周囲にブラフマー文字で効能を特定するように刻んである。

 烏枢沙摩明王はインド神話における火神アグニに相当するため火、熱を操るのはお手の物だし、烏枢沙摩明王には不浄を焼き尽くす力があるとされている。

 人の身命を脅かす寒さを不浄と見なし、その熱を持って退けるという形にしてあるのだが、果たしてどの程度の効果が見込めるかはまだ分からない。

 極寒の地用のアクセサリーに金属性はちょっと不安があったので、梵字を刻んだのは第十階層『密林竜園(ドラゴンガーデン)』で拾ってきた石だ。

 本来、ダンジョンにある物はモンスターが落とすクリスタルとドロップアイテム以外はダンジョン外に持ち帰ることが出来ないのだが、叶馬(とうま)の『空間収納(アイテムボックス)』に入れた物は普通に持ち帰ることが出来る。

 原作では、健太(けんた)がこれから向かおうとしている第十二階層『永久氷河(コキュートス)』で氷塊を切り出してきて、夏の冷房に使っていた。

 持ち出したダンジョンの氷は強い冷気を発し続けるのに、自然には溶けないという珍妙な性質を持っているので、ある意味エアコン以上に優秀な冷房となる。

 

「ひとまず全部試してみるか」

 

 健太(けんた)はそう呟くと、言葉通り三種類の防寒具を身に着けていく。幸い三種類の防寒具は形状が異なっているので同時装着が難しくない。

 今身に着けている胸部鎧を外して限定空間収納(レンタルスペース)に放り込んだ健太(けんた)は、梵字を刻んだ石を編紐で結んだアクセアリーを首、両手首、腰、両足首の五か所に縛り付ける。

 その上から学園購買で購入した毛皮の防寒具を着込み、最後に(あんず)が作ってくれたフード付きマントを羽織る。

 

「よし、行くか」

 

 準備を整えた健太(けんた)は、気負いのないいつも通りの足取りで第十二階層に繋がる界門をくぐっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「防寒は問題なし。問題なのはこっちか」

 

 無事第十二階層『永久氷河(コキュートス)』にやってきた健太(けんた)は、真っ白な大地の感触を確かめるように雪原を踵で削りながらそう呟いた。

 そこは見渡す限り、白と灰色の世界だった。

 大地は降り積もり固まった雪の白。空は低い雲に覆われた灰色。周囲には今もちらほらと雪が舞っている。

 第十階層から第二十二階層の自然領域(ネイチャーフィールド)には空がある。そのためある程度天候の揺れという要素が加わるのだが、『永久氷河(コキュートス)』の天候は曇りはラッキー、雪は普通、豪雪も珍しくない、晴れはあるらしいけど遭遇したことはない、くらいらしい。

 

 つまり、チラチラと雪が舞っている現状の天候はかなり恵まれている部類に入る。

 それでも健太(けんた)が中々歩き出さないのは、雪原という足場に不安を感じているからだ。

 もちろん足場対策として滑り止めのついた靴を履いているのだが、歩きなれない氷雪の上だ。ただ歩き進むだけならばともかく、ここで戦闘の運足には問題がありそうだ。

 

「使えるモンスターが限られているのも問題だな。ジュゲム、ボンド辺りは(あんず)先輩に頼んで防寒具を作ってもらえば行けそうだが」

 

 特殊な環境下では、モンスターにも大きく向き不向きがある。

 

 健太(けんた)が名前を付けて日頃使用しているモンスターカードは六枚。

 ゴブリン『槍獣騎士(ランスビーストナイト)』のジュゲム。

 コボルド『無法者(アウトロー)』のボンド。

 赤梟頭熊(レッドヘッドオウルベア)のエロール。

 徹甲虫多弾倉(ペネトレイトビートル・リボルバー)のトレミー。

 応龍(ヒィンロン)のモモノスケ。

 そして、轟雷竜(ブロントサウルス)のオンブの六枚だ。

 そのうち、ここ永久氷河(コキュートス)で問題なく稼働するのは赤梟頭熊(レッドヘッドオウルベア)のエロールと応龍(ヒィンロン)のモモノスケだけ。

 ゴブリン『槍獣騎士(ランスビーストナイト)』のジュゲムとコボルド『無法者(アウトロー)』のボンドは本人たちのやる気は十分なのだが、人型近い分弱点も人に近いらしく、明らかに動きがおかしかった。ただし、こちらは耐寒装備さえあればどうにかなりそうである。

 逆に、徹甲虫多弾倉(ペネトレイトビートル・リボルバー)のトレミーと轟雷竜(ブロントサウルス)のオンブは難しそうだ。

 徹甲虫(ペネトレイトビートル)はテントウムシ、轟雷竜(ブロントサウルス)は恐竜をモデルとするモンスターだ。どちらも低温に弱いのは元の種族から納得の行く話である。

 どちらも『具象化(リアライズ)』してもほとんど身動きできなかった。簡単な対策では解決しないだろう。梵字で対応しようにもトレミーは小さすぎてオンブは大きすぎる。ジュゲム、ボンドと違い健太(けんた)用の梵字をそのまま流用とはいかない。

 

「後はこいつか。《来い》シュナイダー」

 

「ヒヒーン!」

 

 召喚に応じた白い『粘土馬(クレイホース)』シュナイダーが(いなな)く。

 馬は元々暑さより寒さに強い生き物だ。その上シュナイダーは『粘土馬(クレイホース)』。馬であると同時に粘土製ゴーレムの性質も併せ持つため悪環境には強い。

 

「《武装》」

 

 さらに健太(けんた)騎獣武装(アームド・パトリオット)のスキルを使う。『騎獣武装(アームド・パトリオット)』は騎乗者の武装に準じた装備を騎獣に施すスキルだ。

 今の健太(けんた)の武装に合わせてシュナイダーもモコモコの毛皮を纏い、四つ足に滑り止めのついた長靴を履いた状態になる。

 

「問題ないか、シュナイダー?」

 

「ブルン」

 

 健太(けんた)の言葉にシュナイダーはご機嫌な鳴き声で答える。どうやら、問題は無さそうだ。

 

「よし、行くぞ。《来い》エロール。《来い》モモノスケ。エロールはシュナイダーの後ろ、モモノスケはシュナイダーの上に付け」

 

「ホホウ!」「クルル」

 

 健太(けんた)の指示に『赤梟頭熊(レッドヘッドオウルベア)』のエロールと『応龍(ヒィンロン)』のモモノスケが了承の鳴き声を上げる。特に、最近出番が少なかったエロールは分かりやすく張り切っている。

 

「早めのクリアを目指すのならば、モモノスケに乗って空を移動するのが最速なのだろうが、流石にそれはリスクが高いからな」

 

 健太(けんた)は自分に言い聞かせるようにそう呟く。

 初めて足を踏み入れた階層であり、環境そのものが牙をむく自然領域(ネイチャーフィールド)だ。しかも、日頃は『文官(オフィサー)』の索敵スキルと『盗賊(シーフ)』の気配察知能力を併せ持つ健太(けんた)より先に異変を伝えてくれることもある『未来視(フューチャーヴィジョン)』持ちのボンドと、長射程の威力偵察役を担ってくれるトレミーが使えない状態なのだ。

 

 モモノスケに乗って空を行くのはリスクが高すぎる。

 

 

 

 

 

 

 第十二階層『永久氷河(コキュートス)』は出没するモンスターが大型で群れを成していることが多いが、分布はまばらで遭遇率は低いという事前情報はどうやらここ『既知外(きちがい)』領域にも当てはまるらしく。

 シュナイダーに騎乗する健太(けんた)が特に身を隠すでもなく、真っすぐ進んでもかなりの間モンスターの襲撃を受けることはなかった。

 

 だが、ついに最初のモンスターがその姿を現す。上空に立ち込める灰色の雪雲を白く覆い隠す形で。

 

「『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』か。用心して空を行かなく良かったと思うべきか」

 

 上空を見上げた健太(けんた)はそう呟く。

 

白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』。補習レイド『轟天の石榴山』のボス格モンスターだった『百雷鳥(プラズマサンダーバード)』と漢字表記はやたらと似ているが、実態はそこまで似ていない。

 雷属性の鳥という意味では同じだが『百雷鳥(プラズマサンダーバード)』が翼開長(よくかいちょう)三十メートルを超える化け物サイズなのに対し、『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』はその三分の一程度だ。

 大雑把に見ればシルエットは似通っているが、『百雷鳥(プラズマサンダーバード)』が長い尾は極彩色、大きな鶏冠(とさか)は常に黄色く耐電しているの対し、『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』はくちばしの先から長い尾の先まで白一色、鶏冠に帯電している雷も白色という地味さだ。

 とはいえ、そんな小柄な『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』でも百羽を超える数が上空を飛来すれば、灰色の空を白で覆い隠すことになるのだが。

 

「モモノスケ、エロール《戻れ》」

 

 張り切っているエロールには悪いが、主な攻撃手段が上空からの落雷である『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』の大群では、近接攻撃しかできない『赤梟頭熊(レッドヘッドオウルベア)』はあまりに相性が悪い。モモノスケは格からして大丈夫そうだが、念のためだ。

 さらに健太(けんた)は素早く柏手を鳴らして限定空間収納(レンタルスペース)を開くと、収納していたインドラジットの梵字で作った『耐雷』の護符を素早くベルトと小型方形盾の裏に装着する。

 

 耐寒の梵字護符はまだ試作品のため、他の梵字護符と同時使用すると一気に効果が低下するのだが、今は仕方がない。これまで進んできた感触では、購買で購入した防寒具と(あんず)製のマントだけでも、そこまで大きな問題は無さそうだ。

 健太(けんた)がそうした準備を整えてすぐ、百数十の『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』は同時に白い雷を打ちおろした。

 

「《――》《――》《――》《――》」

 

 百を超える白雷が氷原を打つ轟音は健太自身の声が健太の耳に届かないほどだった。

 

 雪原でホワイトアウトというと普通暴風雪によるものだが、百の白雷は間違いなくホワイトアウトと呼ぶべき現象を巻き起こした。そして百を超える落雷を受けた雪原は当然のように雪が蒸発した蒸気と巻き上がった氷雪でもう一度ホワイトアウトを起こす。

 

 上空から見下ろす『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』達はこの時点で、ターゲットの撃破を確信していただろう。それが、野生の本能が鈍った油断、というのは少々酷かもしれない。

 実際そのまま直撃していれば、健太(けんた)と言えどそれなりのダメージは受けていただろう。

 

 

 だが、現実として二重の『耐雷』装備が間に合った健太(けんた)と、『騎獣武装(アームド・パトリオット)』の効果でその健太(けんた)と同等の耐雷性能を獲得しているシュナイダーにとって百の落雷も「眩しい」以上の実害はない。

 雷撃で溶けて沸騰する雪にそのまま立っていれば、多少は足元にダメージを受けたかもしれないが落雷の轟音の中、健太(けんた)はシュナイダーに『敏捷増強(エンハンス・アジリティ)』『跳躍増強(エンハンス・バウンド)』をかけていた。

 

「ヒヒーン!」

 

 白く立ち込める雪煙と水蒸気の中から、白い『粘土馬(シュナイダー)』に騎乗した健太(けんた)が飛び出し、上空を埋め尽くす真っ白な鳥の群れに突っ込む。

 

「はっ」

 

 思い切り引き延ばした大剣を健太(けんた)が雑に振りまわすと、数羽の『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』がまとめて落ちる。

 落ちた『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』すべてが死んでいるわけではないだろうが、一度落ちた鳥など後でどうとでも料理できる。

 今はそれよりも上空を飛んでいる、まだ百羽以上残っている無傷の『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』だ。

 

「シュナイダー、《今だ》」

 

「ヒン!」

 

 健太(けんた)の声に合わせ、健太(けんた)が空中に築いた見えない足場を蹴って、シュナイダーはもう一段高く跳び上がる。『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』の群れをさらに上から見下ろす高度だ。

 空中を蹴って足場とする。それは『盗賊(シーフ)』系の基本スキル『空歩(ステップ)』だ。

 騎獣に『盗賊(シーフ)』系のスキルである『空歩(ステップ)』を踏ませるというのは、健太(けんた)のオリジナルではない。

 教えてくれたのは、健太(けんた)が(籍の上ではまだ)所属している男子寮碧鷺荘の波留(はる)寮長である。

 波留(はる)寮長は『盗賊(シーフ)』系第三段階職『馬賊包頭(ギャングライダー・ヘッド)』だ。

盗賊(シーフ)』系第二段階職『馬賊(ギャングライダー)』及びその上級職はとても珍しい『騎士(ナイト)』系以外で『騎獣(パトリオット)』を持てる(クラス)である。

空歩(ステップ)』を使って騎獣ごと空中機動を行うというのは、本来そんな一部のスーパーレアな『盗賊(シーフ)』職だけの特権なのだが、複数の職を重ねられる健太(けんた)は使いこなす。

 

 上空から見下ろす健太(けんた)の視界には、全ての『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』の姿が収まっている。

 シュナイダーに『敏捷増強(エンハンス・アジリティ)』『跳躍増強(エンハンス・バウンド)』をかけたタイミングで、健太(けんた)は自分に『視力増強(エンハンス・ヴィジョン)』と『情報処理増強(タイムディレーション)』をかけている。

 そのため、健太(けんた)の眼にははるか下にいる百羽以上の『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』の動きが鮮明なスローモーションのように見える。

 

 健太はゆっくりと動いている百を超えるターゲットを同時に見据え、

 

「《ロックレイン》」

 

土精霊使い(アースシャーマン)』のスキル『岩投槍(ロックジャベリン)』を纏めて打ち放った。

岩投槍(ロックジャベリン)』はその名の通り、本来は石製の槍を一本高速で打ち出すスキルだ。だが、基本的にスキルは使用者の工夫である程度変化させることが出来る。

 注ぎ込むSPを増やせば、本来一本の槍を複数本にすることも不可能ではない。

 今の健太(けんた)の馬鹿げたSP量ならば、百倍以上も難しくはない。難しいのは複数本を同時に射出するというセンスの問題だがそこは、『周回レベル上げ(タイムターナー)』を用いての反復練習の暴力でクリアした。

 

 ターゲットは百強。放たれる弾はそれ以上。

 飛行型モンスターの例にもれず、『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』もレベルの割には撃たれ弱い。

岩投槍(ロックジャベリン)』を食らった『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』は、一羽の例外もなく全て雪原に墜落していった。

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、流石はモンスターの生命力か。雪原に墜落した『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』すべてがそれだけで息絶えたわけではない。

 

 念のため、空中で『二歩(ダブルステップ)』を踏みながらシュナイダーを雪原に下ろした健太(けんた)は、『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』のクリスタルとドロップアイテムを拾い集めつつ、まだ死んでいない『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』にとどめを刺して回る。

 

 その中でも特にダメージが激しい、「良くまだ生きているな」と感心するほど瀕死の状態の『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』を見つけて健太(けんた)はふと、思いつく。

 

「そろそろ、一度試してみるか」

 

 健太(けんた)は念のため、『地図帳(アトラス)』のスキルと盗賊の感覚で周囲に人影がないことを確認した後、死にかけの『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』に右手のひらを添えて、初めて使用するスキルを発動させる。

 

「《(くだ)れ》」

 

 次の瞬間、死にかけの『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』は消え去り、代わりそこには一枚の『モンスターカード』が現れた。

 

文官(オフィサー)』系のスキル『抽象化(アブストラクション)』。

 それは学園が存在を知っていながら、秘匿しているスキルである。効果はシンプルにモンスターのカード化。ただし、スキル使用者が使用対象より圧倒的にレベルが上である必要がある上に、使用対象の意識や存在が不安定でなければならない。瀕死というのは分かりやすく、不安定な状態と言える。

抽象化(アブストラクション)』はハイレベルの『文官(オフィサー)』ならばどの(クラス)でも獲得する可能性があるらしいが、健太(けんた)が持つ職『創札士(クリエイター)』は特に『抽象化(アブストラクション)』の専門家とも言える。

 

 今の健太(けんた)ならば、既知領域の低層をうろついているモンスターならば、無傷のままでも『抽象化(アブストラクション)』を成功させられるかもしれない。

 ただし、『抽象化(アブストラクション)』の存在は学園運営サイドが「知った上で秘匿している」技術のため、見つからないように用心を重ねる必要がある。

 

 健太(けんた)はその後も、数匹の『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』に『抽象化(アブストラクション)』を試みて半分を超える成功を収める。

 ためしに健太(けんた)は抵抗されてしまった『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』に二度目、三度目の『抽象化(アブストラクション)』も失敗に終わった。

 

「ふむ。さらに弱らせてからやれば結果が変わるか?」

 

 と抵抗した『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』を軽く蹴飛ばしてから再度『抽象化(アブストラクション)』をかけても見たがこれも失敗。ひょっとすると、一度抵抗した対象には同じ術者がくり返し『抽象化(アブストラクション)』をかけても無理なのかもしれない。

 

 仕方がないので、カード化に失敗した『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』は普通に絞めてクリスタルとドロップアイテムにするか、と考えた健太(けんた)はふと、自分の左手首に巻いている『白いしめ縄』が目に入る。

 

「そうか。今なら俺も出来るか?」

 

 健太(けんた)はそう呟くと『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』の長い首をひねって止めを刺して、すぐに両手をパンと打ち鳴らす。

 そうして開いた限定空間収納(レンタルスペース)にまだ瘴気に返っていない『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』の死体を放り込む。

 

「……成功したか?」

 

 叶馬はこうやって、本来ドロップアイテムという形でしか入手できないモンスターの素材を、死骸丸ごとゲットしているのである。

 成否はダンジョンをログアウトしてから確認するしかない。

 

「一羽だけなら、雪に徴収されてしまうかもしれん。念のため、もう何羽か絞めておくか」

 

 そう呟いた健太(けんた)は、まだ息がある『白雷鳥(ホワイト・サンダーバード)』の首に手を伸ばすのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。