倶楽部対抗戦予選も終盤に入ったある日のこと。
一年丙組の教室内は控えめな表現で言えば『地獄』だった。
控えめな表現を使わなければ『期待していた闘争が自分だけ一切行われず戦闘意欲だけ限界まで高まって欲求不満になった叶馬と一緒の閉鎖空間』である。
倶楽部対抗戦の出場者は所属倶楽部の紋章のバッジを見えるところに付けておかなければならない。
負けた場合は紋章バッジを奪われ、代わりに×バッジを付ける。
通常、この時点で一年が紋章バッジを付けているケースは少ない。
有望な一年は上級生が作ったBランク以上の倶楽部にスカウトされるし、その場合有望とはいっても流石に年度最初の倶楽部対抗戦のレギュラーを一年に任せたりはしない。
対して一年だけで作った倶楽部、一年が主力の倶楽部の場合は当然レギュラーも一年になるがそんな新参Fランク倶楽部は、上を目指す上級生の倶楽部の餌だ。
運よく早い段階で一年同時の勝負が成立して、予選突破ラインのバッジ十個(自分たちのも含めて十五個)を手に入れた一年倶楽部もあるが、その後自分たちのバッジは上級生に分捕られて予選終了(バッジ十個、×バッジ五個)となるのが最善の形。
しかし、ここ一年丙組では現時点を持ってまだ多数の生徒が倶楽部バッジを所持している。
勇者組こと倶楽部『勇者団』の和人、剛史、虎太郎。自称凡人集団こと『無貌』の部長と二人の副部長。
これに叶馬、誠一、麻衣、そして健太を加えると実に四十人中十人が予選最終日手前の金曜日になってもまだ倶楽部紋章バッジを保持しているのだ。『勇者団』の女子レギュラー二人と、『無貌』の平部員レギュラー二人はすでに×バッジになっているが、それでも一年の教室では異例の快挙と言える。
その『勇者団』の三人と『無貌』の三人、合わせて六人は先ほどからずっと土気色の顔に脂汗を滲ませ、小刻みに震えている。
倶楽部対抗戦の予選期間中はバッジを意図的に隠すことは禁じられている。実行委員に「隠している」と判断されれば「酷いペナルティ」が与えられるらしい。
だが、彼ら六人の脳内では先ほどからしきりに、
「そのペナルティというのはこの空間に今日明日の二日間いることより「酷い」ことなのか?」
という問いかけが行われている。かなり追い詰められていると言えよう。
その様子が流石に気の毒になって来たのか、それとも純粋に今の教室内の空気が嫌なのか、誠一が言いづらそうに健太に声をかける。
「…………なあ、健太。前言撤回するようで悪いんだけどよ」
「!!」
「やらないからな」
誠一の言葉に叶馬が自席に座ったままものすごい勢いで首を百二十度くらい回転させてこちらに視線を向けてきたため、反射的に『戦士の不動心』をオンにした健太は言われる前にそう断る。
誠一はばつの悪そうな表情のまま、
「いや、お前がそう言うのは分かるんだけどよ。ほら、流石にこれはガス抜きが必要じゃねえか?」
欲求不満で爆発寸前の叶馬のガス抜き。ようは健太に「叶馬と一勝負してやってくれないか」と誠一は言いたいのだ。
周りに聞こえないよう小声で、それでも心底申し訳なさそうな声色で言ってくる誠一に健太はきっぱりと首を横に振る。
「ガス抜きの必要性は認めるが、致死性の有毒ガスのガス抜きはゴメン被る」
「でもよ。考えてみたら、本戦で絶対当たるとは限らねえだろ。ましてお前も叶馬も大将だし」
誠一の言うことも一理ある。
本戦はトーナメント方式だ。過去の実績やゲットしたバッジの数を基準にシードがかなり強力に働くトーナメント表なので実績のない一年主体俱楽部である叶馬の『神匠騎士団』と健太の『安息所』が比較的早い段階でつぶし合うことは期待できそうだが、それとて絶対ではない。
まして、今回のトーナメントは個人戦を五戦行う形式の点取り方式。部長は大将固定と定められている関係上、たとえ『神匠騎士団』と『安息所』の対決がかなったとしても先鋒から副将までの対戦結果が二勝二敗にならない限り大将戦は行われないのである。
そう考えると、本戦で叶馬が健太と戦える可能性は低い。単純な確率論の上では。
とはいえ、『戦士の不動心』がオンになっている今の健太でも「わざわざ叶馬に勝負を挑む」気にはちょっとなれない。
「…………」
しかし、物理的な圧力すら感じさせる叶馬の熱視線を完全に無視するのもちょっと問題がありそうだ。
原作のこの後の流れを思い出した健太は叶馬の視線から逃れるように講義と講義の間の小休止に学生街に出かけ、次の講義に少しだけ遅刻するのだった。
健太が取り合わなかったことで、その後の流れは原作通りになった。
自分に挑んで来る自殺志願者がいない理由を尋ねる叶馬に麻衣が端的に「顔」と答え、その答えを曲解した(ある意味曲解していない)叶馬が覆面(健太が学生街のド〇キから購入してきたロバのマスク)をして挑戦者を待つというアイディアを思いつき、放課後の廊下でまだバッジを保持している生徒の側に(本人基準で)さりげなく近づき、何人もの生徒を失神(もしくは失禁)KOしてしまった。
思っていた反応が得られなかった叶馬は一度体勢を立て直そうとトイレ(もちろん男子トイレ)に入ると、トイレ内にいた男子達が皆下半身を丸出しにしたまま、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出していった。
後に残されたのは、裸で両手両足をガムテープで便座に固定され、虚ろな目をした女子一人。すでに事後であったらしく、大量の白濁液を股間から垂れ流していた。
この学園ではさほど珍しくない光景である。
大多数に誤解されているが、普段の言動はむしろ良識的である叶馬は迷わずその女子の拘束を解き、備え付けのトイレットペーパーで最低限身を清めてやり、自分の上着を着せてやって、担ぎ上げて救出したのだ。
つまり、ロバの覆面を被った上半身裸の男が意識を失った半裸の女子を抱えた状態である。
通報を受けてやってきた対抗戦実行委員達は迷うことなく叶馬を「高レベルPOPモンスター」と断定。
問答無用で討伐しようとしてあっさり返り討ちに合い、無事叶馬は賞金首モンスターの認定を受けたのだった。
「あはははは、正体不明の叶馬君が賞金首になってる! 賞金は五百五十万銭だって!」
麻鷺荘の二人部屋で、ノートパソコンで学園オフィシャルサイトの『掲示板』を見ていた麻衣はそう言ってケラケラ笑う。猫耳付きフードパーカーとスエットの下だけという麻衣の服装は、肌の露出こそ少ないものの部屋着を通り越して半ば寝間着であり、普通は他人に見せないプライベートな服装だ。
無線が一切使えない学園敷地内だが、有線のネット回線は問題ない。
外部とのオンライン接続にはフィルターが強力に働いている影響で現代のインターネットに慣れた生徒にはストレスフルすぎるので、学園でネット回線と言えばもっぱら学園内閉鎖回線網だ。
学園オフィシャルサイトの『掲示板』はその中でも特に盛況な機能の一つである。
この『掲示板』は購買二階に存在する『クエストラウンジ』とリンクしている。
そこにはファンタジー小説に良くある『冒険者ギルド』を彷彿させる内容で様々な依頼が張り出されている。
依頼は大きく分けて『討伐』『蒐集』『調査』『護衛』の四つ。
叶馬が賞金首となったのは当然『討伐』依頼だ。
『討伐』依頼は一般的に既知外領域から既知領域に紛れ込んできた超越固体の徘徊する脅威の撃破や、学園サイドが発見したレイドクエストの攻略などが主だ。
だが、稀な例としてダンジョン外にポップしてしまったモンスターの討伐というケースもある。ダンジョン内とは比べ物にならないが、電波が一切通じないくらいには豊葦原学園の敷地内は瘴気が充満しているのだ。稀にモンスターがポップすることもある。
叶馬はそのポップモンスターとして賞金首になっていた。
「それ正体不明言わねえだろ。いや、叶馬が正体不明なのはある意味事実か」
ベッドの上に寝そべって麻衣と一緒にノートパソコンを見ていた誠一が深いため息をつく。
本来ここは静香と麻衣と二人部屋で、和室の宿直室が叶馬と誠一の部屋になっているのだが、実際にはこちらの部屋を誠一と麻衣が、宿直室を叶馬と静香とその他叶馬ハーレムメンバーが好き勝手に寝泊まりするようになっている。
そんな事実上誠一と麻衣の愛の巣に招き入れられた健太としては、中々に居心地が悪い。
「それで叶馬が救出してきた女子は?」
名目上は静香のベッドに行儀よく腰を下ろしている健太は出来るだけ意識しないようにしながら、そう問う。
「あの子なら静香が、あ、来た来た。静香、どうだった?」
麻衣のその言葉通り、部屋の入り口が開くと名義上はもう一人のこの部屋の主である静香が入って来る。
救出した女子の身体を洗ってやるついでに自分も入浴を済ませてきたのだろう。洗いたての長い黒髪は艶やかに輝きを放ち、白い肌はほのかに桜色に色づいている。
部屋着らしいラフなワンピース姿だ。
「はい。身を清めて温まって、久留美先輩の料理を食べたら落ち着いたようです。今は、空いている部屋で眠っています。目が覚めたら勝手に帰るでしょう」
親身に世話をした割には突き放すことを言う静香に、麻衣は可愛らしく小首を傾げる。
「あれ? 叶馬くんハーレムの新入りじゃないんだ?」
「違います。叶馬さんの臭いがしませんでした」
静香はそうハッキリと言い切る。叶馬が欲していない、手を出していない女はリリース。
極めて過激な叶馬至上主義の静香は終始一貫している。
「そうなんだ。見て見て、これ。まさにセックスモンスターだよね。この返り討ちにあった委員の人たちロバ恐怖症になるんじゃない?」
そう言ってはしゃぐ麻衣がノートパソコンで見ているのは、緊急討伐依頼に乗っている叶馬の写真だ。
電子生徒手帳にはスマホ程度の動画、静止画撮影能力がある。女子を救出して誤解から襲い掛かってきた対抗戦実行委員を返り討ちにしたところを誰かに撮られていたのだろう。
写真の叶馬はまん丸な大きな目と二本の前歯が特徴的なロバの覆面を被り、筋肉バキバキの上半身をさらした状態で肩に全裸に男物の上着だけを被せられた女子を担いでいる。
その足元には、腕章と白覆面を付けた実行委員が死屍累々に転がっている。女子の実行委員は顔面を床に突っ伏す形の四つん這いで尻を突き出し、しかもスカートは捲れてご丁寧に白い下着のパンツもずり下げられて生尻を露わにしている状態だ。
「激写! 豊葦原学園にセックスモンスターは実在した! とか題字付きそう」
「いや、笑い事じゃねえだろ」
笑い上戸なのか笑い声が止まらなくなっている麻衣の側で、誠一は一人深刻な表情で頭を抱えている。
「楽しみにしていた対抗戦で周囲で決闘が頻発しているのに自分だけ蚊帳の外でしたからね。色々と欲求不満が溜まっているようです。今、沙姫たちが相手をしています。私もこれから向かうところです」
静香はそう言って当たり前のようにその場で白いワンピースを脱ぎ捨てる。
「!?」
凍り付く健太の目の前で静香はその特大の乳房を支えるしっかりとした作りのブラジャーと大きめの尻を覆う地味なパンツも脱ぎ捨てると、自分の衣装ケースから紫レースの上下セットの下着と同色のシースルーネグリジェを取り出す。
ねじ切れそうな勢いで首をひねり視界から静香を外す健太の様子に、静香は口元に小さな笑みを浮かべる。
それでも肢体を隠すそぶりは一切なく、ゆっくりといつも通りの様子で見せる用の下着、ネグリジェを身に纏っていく。
「健太お前、まだそんな反応なのか?」
「静香だって見たくらいじゃ気にしないよ、健くん」
呆れた口調の誠一はともかく、明らかに面白いおもちゃを見つけた反応を見せる麻衣の声色は危険だと判断した健太は、作画が崩壊したアニメのような不自然な姿勢のまま口を開く。
「と、とにかく、叶馬のその状態は問題だよね。本当は倶楽部対抗戦が終わってから正式に申し込むつもりだったんだけど、実は「レイドクエスト」の当てがあるんだ。多分、かなり手ごたえのあるレイド。その話をしたら叶馬の気も少しは逸らせないかな?」
健太の言葉にあきれ顔だった誠一の表情が引き締まる。
「レイドクエストね。まあそうなる流れだとは思ってたけどよ」
数日前健太は、叶馬に「レイドクエストの当てはあるか?」とわざわざ確認している。
その時はそれ以上詳しい話はしなかったしその場に誠一はいなかったが、後からその話を聞けば「健太が叶馬をレイドクエストに誘おうとしている」という予測は容易に立つ。
「レイドクエスト、ですか。確かに叶馬さんは非常に興味を示していますが。それは健太さんの倶楽部と私達の合同ということですか?」
もうこっちを向いても大丈夫ですよ、という静香の言葉を信じて健太は首を元に戻す。
確かに、静香は着替えを終えて麻衣と誠一が戯れているベッドの端に腰を下ろしてた。
しかし、Tバッグのパンツとハーフカップにも満たないブラジャーの上からスケスケのネグリジェを纏っている状態ははたして「大丈夫」なのだろうか? という疑問が健太の脳裏をよぎる。
まあ、学園の常識では大丈夫なのだろうと無理矢理自分を納得させた健太は、極力静香に焦点を合わせないようにしながらどうにか言葉を返す。
「い、いや。『安息所』のメンバーからも希望者は募るけど、基本は叶馬達『神匠騎士団』と俺で行きたいと思ってる。うちはガチじゃないメンバーも多いから自由参加だよ」
『安息所』のメンバーで、高レベルレイドに誘って確実についてくると確信が持てるのは竹海くらいだ。
後はひそかに向上心が高い尚典や強くなることに使命感を持っている霊王あたりだろうか。
対してレイド『白鯨』クリアとなると蜜柑達旧『匠工房』の面々は絶対に欠かせない。
原作では海岸に打ち上げられてた廃船と廃材から『機関士』の柿音を中心とした旧『匠工房』の面々が外輪船を作り上げてそれに乗ってクリアするのだ。
現地調達で船を一隻くみ上げることが出来る人間など健太には『匠工房』以外思いつかない。しいて言えば船の代わりが務まる大型の飛行もしくは洋上モンスターを所有している『文官』だろうか。
そもそも、健太としては叶馬達を参加させるために取ってきた「レイドクエスト」なのだ。
だが、そんな裏事情を知るはずもない誠一には相変わらずのうさん臭さとしか映らない。
「ほー、お前がわざわざ見つけて来たレイドをわざわざこっちにね。良いのか?」
仮にも部長、それも一年一学期にして予選突破を果たした有望倶楽部の部長が自分の倶楽部より叶馬の倶楽部を優先する宣言に、誠一は眉をしかめて確認する。
それに気づいた健太は、はっきりと断言する。
「問題ない。叶馬が最優先だ」
対する反応は三者三様だ。
「…………ふーん。なるほど、ね」
なにか納得しつつもより一層健太を胡散臭いものとしてみる誠一。
「あはは! 実は健くん、誠一に負けないくらい叶馬くんのこと大好きだよね」
ベッドに寝っ転がって足をバタバタさせて笑い転げる麻衣。
「はあ、はあ、はあ、はあ…………!」
そして静香は、学園基準でもトップクラスの美貌と反則級のグラマラスな肢体を際どい下着とシースルーネグリジェで彩るという煽情的な姿をもってしてもなお感想が「気持ち悪い」一色に染まる、鼻の穴を広げた発情顔を見せるのだった。
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『拾参』階層、『既知外』領域――
その階層守護者は銀色の人型をしていた。天井がすべて崩落している廃墟の広い一室。そこに存在する界門を守る様に佇んでいた。
一見した見た目はSF映画で出て来る流体金属製の人型ロボットを彷彿させる。
身長は健太よりは遥かに大きいが、二メートルは確実にない。まあ人間サイズと言ってもいいだろう。
頭、手、指などの形はしっかり人間と同じように作られているが、顔、筋肉の割れ目、手足の爪などは存在しない。
そんな銀色の人型ゴーレムは両手に眩く輝く金色の曲刀を一本ずつ持っている。
その銀色ゴーレムに健太はかつてない苦戦を強いられていた。
「《水よ》、《萎えろ》《炎よ》《はっ》」
健太は『水生産』で小剣『金狼木霊剣』の木属性を高め、続いてスキル『呪詛』をかけて、小剣『金狼木霊剣』の木属性に『発火』で炎を灯し、『闘士』のスキル『豪撃』を乗せて斬りつける。
だが、その手ごたえはないに等しかった。
『呪詛』は全くきかず、『豪撃』は確かにその銀色の体を肩から胴体の半ばまで切り裂いたのだが、その傷も一瞬でふさがってしまう。
五行相克『火克金(金属は火によって溶かされる)』も効果を発揮した様子はない。
逆に銀色ゴーレムは両手に持つ二本の曲刀で健太に巧みな連撃を仕掛ける。
「…………」
「はっ、ふっ、せい」
その攻撃の鋭さ、巧みさは『増強術士』系のスキルで能力を向上させている健太をもってしても、左腕の小型方形盾だけではさばききれず、右手の小剣『金狼木霊剣』も防御に使わざるを得ない場面もある程だ。
だが、単純な斬り合いそのものは健太に軍配が上がる。
銀色ゴーレムの攻撃は油断ならない鋭さなのだが、防御はいい加減で攻撃を当てるのはさほど難しくない。
問題は、こちらの攻撃が全く意味をなしていないということだ。
『戦士』系の武器攻撃も『術士』系の魔法攻撃も、『拳士』系の素手での攻撃まで試したのだが、全て僅かな時間その銀色の流体金属じみた体を変形させるだけで、ダメージとはならない。
もちろん、魔術の属性は火だけでなく、得意の土を始めとして水、風と一通り試している。
「《離脱》、俺が倒せないということはない、と思うのだがな」
『盗賊』系のスキル『逃走』で一旦距離を取った健太はそう呟く。
『戦士の不動心』がオンになっている健太に油断や増長は存在しない。
その言葉は、あくまで客観的な判断から導きだした予測である。
これは学園内でも良く言われていることなのだが、黄泉平坂ダンジョンもそこから発生するレイドも、「力量や相性の問題から勝てない」という状況は存在するが「根本的にクリア不能」は存在しないと言われているのだ。
そして、健太はソロでもほぼ全ての職を網羅している特殊な存在。
魔法が一切効かない『悪食山椒魚』も、逆にマジックアイテム以外の武器を完全に無効化する死霊系も、特定の属性攻撃以外は効かない精霊系も、健太ならば対抗手段を持っている。
唯一、現時点では打つ手がないのが原作外伝のレイドで出没した自動甲冑だ。あれは男用鎧の自動甲冑は女しか、女用鎧の自動甲冑は男しかダメージを与えれらないというカラクリがあった。
その存在が、現状健太がソロで未知のレイドクエストに挑まない最大の理由である。レイド内では逃げ場がないからだ。
逆に今のような通常のダンジョン内ならば、離脱は難しくない。
「まだ時間の余裕はあるな。色々と試してみるか」
天敵者が湧くまではまだまだ時間的余裕があることを確認した健太は、界門守護者攻略を継続した。
それから打ち合うこと数分。
『戦士の不動心』がオンになっている健太は一つ不自然な点に気づく。
「……攻撃が偏っている?」
銀色ゴーレムの双曲刀を左腕の方形盾で「全て」受け流しながら、健太はそう呟く。
当初、変幻自在で鋭い攻撃は今の健太をもってしても左腕の方形盾だけでは受けきれず、右手の小剣『金狼木霊剣』も防御に使うことを強いられていたのだが、今では全ての攻撃が方形盾だけで防げるようになっている。
だが、銀色ゴーレムの攻撃が甘くなっているのではない。攻撃の鋭さ、手数の多さはむしろ増しているのだが、その攻撃の大半が健太の左半身側に集中しており、あえて右手の『金狼木霊剣』で防御する必要がないのだ。
健太のような剣と盾を持つ戦士の場合、当然盾を持つ側の方が防御は固い。それなのにあえて防御の固い側に攻撃を集中させる理由はなにか?と考えた健太は、もう一つの不自然な点があることに思いいたる。
「そう言えば、俺の攻撃を『受け止められた』ことがあったか?」
銀色ゴーレムと近接戦闘を繰り広げながら、健太は口の中でそう問いかける。
ない。これまで健太の攻撃は全て、回避されるか、回避されなかった場合はしっかりとその銀色の体に命中していた。
それは、剣戟だけではない。意表を突いた盾での打撃も、魔法攻撃も全てだ。
「ひょっとすると、そう言うことか?《土よ》」
健太は戦いながら『金狼木霊剣』に『土生産』のスキルを施す。『金狼木霊剣』の二重属性の一つ、『金』属性がその土に対し五行相生『土生金』(地中より金属が得られる)を起こし、『金狼木霊剣』の刀身が一気に二メートル近くまで伸びる。
それは流石にその界門守護者にとっても意表を突かれる攻撃だったのだろう。
「はっ」
健太が振り下ろす長大な『金狼木霊剣』は見事に、二本の曲刀を持つ銀色ゴーレムの両腕を同時に切り落とすことに成功した。
両腕と武器を失った銀色ゴーレム。一見するとそう見える光景がそうではないことを示す結果はすぐに訪れる。
両腕と武器を失った銀色ゴーレムはその場で塵と化し、同時に金色の曲刀を持つ二本の腕の切り口が強く泡立ち始めると、流出する銀の流体が増殖し、二本の腕が融合し、あっという間に元の銀色ゴーレムとなったのである。
その光景に、『戦士の不動心』がオンになっている健太は確信を持って呟く。
「正解だったか。「武器を持ったゴーレム」ではなく、「『武器型ゴーレム』とそれが生み出す人型オプション」だったとは盲点だったな」
界門守護者の正体は金色の曲刀部分。銀色ゴーレムはオプションパーツ。
それならば、これまで健太の攻撃が全くダメージとならなかったのも納得がいく。回避はしても武器で受け止めようとしなかったのも、途中から『金狼木霊剣』側に攻撃を加えなくなったのも、本体である金色の曲刀がダメージを嫌がったからだとすれば筋が通る。
そうと分かれば、そこまで手ごわい敵でもない。
狙うのは銀色のゴーレムではなく金色の曲刀。
「《せい》《はっ》《ふん》」
『強打』『盾撃』『豪撃』と小剣、方形盾、小剣と連続する攻撃に右手側の金色曲刀が真っ二つに叩き折られた。
切り飛ばされた金色曲刀の刀身は、まだ無事な左手側の金色曲刀に吸い込まれる。銀色ゴーレムは両手を合わせるようにして、残っていた右手側の金色曲刀の残骸も左手側の金色曲刀に合流させる。
次の瞬間、銀色ゴーレムの左手には野太刀のように長く伸びた細い金色曲刀が握られていた。
「流石に一度へし折ったくらいでは終わらないか。だが、終わりは見えて来たな」
健太のその言葉通り、そこから先は多少時間がかかっても、勝利への一本道でしかなかった。
二本の金色曲刀は折られる度に、野太刀、長直剣、片刃直剣、細剣、小剣、短剣と姿を変えていき、最後には極小の皮剝短刀となった。
健太よりはるかに大きな銀色ゴーレムが、健太の掌より小さな丸っこい刃物を持っている姿はもはや滑稽ですらある。構えている姿も心なしか腰が引けている。
ここまで追い詰めればいけそうだ。
健太は、腕に方形盾を装着している左掌を銀色ゴーレムが持つ小型の皮剝短刀に向けてスキルを発動させる。
「《下れ》」
学園が秘匿している『文官』系スキル『抽象化』。
スキルは期待通りに発動した。
金色の小型皮剝短刀は消え失せ、少し遅れて役割を終えた銀色ゴーレムが塵と化す。
代わりにそこに残ったのは、一枚の『モンスターカード』。
油断なく近づいた健太は、それを拾い上げる。
名称:――――
種族:万能近接武器存在
属性:武器
階位:1
能力:『反転変身』
存在強度:☆
そのカードには鼠を彷彿させる丸っこい金色の刃の皮剝短刀が描かれていた。