――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『拾肆』階層、『既知外』領域――
第十四階層、通称『死國』。
そこは常に深い霧が立ち込める領域であり、出没するモンスターは全て不死者系。
多くは動死体、動白骨といった戦闘職ならば第一段階職でも撃破可能な弱敵なのだが、とにかく数が多い。
そして、人食いの名が示す通り、『死國』は人間を積極的に食らう。
そのせいか、種類に問わずどのアンデッドも大なり小なり「人間を察知する能力」を有している。
必然的に『死國』では、絶対に戦闘が避けられない。それも足を止めて戦っていると、第二派、第三派が襲い掛かって来る。ゾンビやスケルトンと比べると数は少ないがその中には『死霊』系の物理攻撃が全く効かない敵も混ざる。
人間を察知する能力を持つ大量のアンデッドが待ち構えているから戦闘回避は不可能。
戦士系、盗賊系はゾンビ、スケルトンの群れに足止めを食らっているところに『死霊』系が来ると詰む。
術士系は単純に数が多すぎて息切れ。
だから学園側は「バランスの取れたパーティーでの攻略」を推奨している。さもなくば複数のパーティー合同の数の暴力で押し通るかだ。
もちろんそれらは『既知』領域の話であるが、基本的にはここ『既知外』領域でも同様の傾向はある。
ただし、『既知外』領域のアンデッドは人食いだけでなく共食いでもある。
モンスターの共食いは、その階層に立ち込める瘴気濃度を超えるモンスター――超越固体の存在維持手段でもある。
言い換えれば第十七階層『死國』『既知外』領域のモンスター達はその大半が超越固体であるとすら言える。
せめてもの救いは共食いであるアンデッドたちは大群ではあっても統率された部隊ではないことだろうか。
それでも、人間がいれば共食いよりも人食いを優先するので大勢に影響はないのだが。
「やっとたどり着いたか。どうにか護衛依頼前に予習が間に合いそうだな」
そんな新階層の初戦を終えた健太は、周囲を警戒しながらそう呟いた。
「ジュゲム、ボンド、エロール、トレミー、モモノスケ。ご苦労だった」
「グッ!」
「オン!」
「ホホウ!」
「…………」
「…………」
ゴブリン『槍獣騎士』のジュゲム。コボルド『無法者』のボンド。『赤梟頭熊・全耐性』のエロール、『徹甲虫・多弾倉』のトレミー、そして『応龍』のモモノスケ。
健太は『轟雷竜』のオンブを除く、五枚のモンスターカードをここ第十四層『死國』では『具象化』していた。
死臭と腐臭がひどく、深い霧で視界が遮られる『死國』だが、環境そのものに攻撃性はない。
そのため、ひとまず全てのモンスターカードを具象化してみたのだが今のところこの階層と極端に相性の悪いカードはなさそうだ。
「環境は問題ないが、モンスターは状態異常を付与してくるものが多いな。俺がいれば大半は問題ないが、吸血鬼化だけは少し注意しておく必要があるがな」
アンデッド系モンスターには攻撃に毒、病気、麻痺、腐敗、猛毒、死病といった状態異常付与が非常に多いが、健太は重ねている職の中に『司祭』もある。
事前に『司祭』のスキル『祝福』と増強術士のスキル『抵抗力増強』をかけておけばほとんどの状態異常はかからないし、かかった場合でも健太が『快癒』のスキルを使えば、おおよその状態異常は回復する。
唯一『吸血鬼化』だけは『司祭』では癒せない。第三段階職である『司教』のスキルが必要となる。
幸い『吸血鬼化』は感染力が非常に弱く、ジュゲム達も万全の状態ならばまずかかることはない。SPが半分を切るあたりから可能性が出て来て、五分の一以下になったら要注意といったところだ。
『赤梟頭熊・全耐性』のエロールならば絶対にかからないだろう。エロールの場合は他の状態異常もほぼかからないのだが。
ジュゲム、エロール、モモノスケに周囲を警戒させて健太はボンドと一緒に散らばっているクリスタルとドロップアイテムを拾い集める。
黒くて固そうな骨、手に取るのも躊躇われる腐肉、触るとひんやりとする空気の塊のような物などが主だが、表が黒で裏が赤のマントや、常にどす黒い液体を滴らせている波打つ短剣、完全無色透明で極薄な刀身を持つ曲刀、内側に毒針が仕込まれている深紅のドレス、霊的素材の赤いボロボロのマント等もドロップしている。
さらに数は少ないが、モンスターカードもだ。
『吸血公爵』『骸骨闘技場覇者』『混魂妄執』といったカードが見受けられる。
この階層の初戦の成果としては中々といるだろう。
「ありがとう、助かった、ボンド」
健太は自分とボンドで集めたドロップアイテム一式を限定空間収納にしまう。
ひとまず周囲の危険が去ったところで、健太は改めてこの階層について考察する。
「確かに人体に害はないが、この死臭と腐臭は本来相当不快だろうな。狩場として十四階が不人気なわけだ。護衛依頼ではそこの対策も必要か」
健太自身は『戦士の不動心』がオンになっている限りバッドステータスの伴わない臭気は問題にならないが、通常は改善すべき点だろう。
ソロダイブと違い護衛依頼となるとそれ以外にも気を付けるべき点は出て来る。
「護衛依頼では『騎士』系以外のスキルは使えないからな。防御は問題ないが攻撃力不足が懸念されるか」
アンデッド系モンスターは、純物理攻撃では分が悪い敵も多い。
健太自身は『術士』系スキルも使えるのでここでは問題ないが、護衛依頼中は武器攻撃だけで対応しなければならない。
最低でも物理攻撃無効な死霊系への対策は必要だ。
まあ死霊系でもマジックアイテムの武器ならば完全無効ということはない。健太の武器である小剣『金狼木霊剣』も伸縮自在の大剣もどちらも強力なマジックアイテムなので、ダメージを与えることは可能だ。
今回の戦闘では大多数の『死霊』系は雑に振り回すだけで倒せたが、特殊な個体は『術士』系のスキルを使わなければらちが明かなかった。
血の涙を流し続ける赤いドレスの貴婦人の幽霊。顔が十字に空いたバケツ型兜と全身甲冑と赤字に白い鋭角なV字四つで描く十字架が刻まれたボロボロのマントを身に着けて長大な斧槍を持った騎士の幽霊。表面に何千何万という苦悶の表情を浮かべた人の顔がびっちりと浮かんだ歪んだ霊球。この辺りは武器攻撃だけでは倒せなかったはずだ。
流石に『既知』領域にそれらと同レベルのモンスターが出没する可能性は低いだろうが、防御力、耐性だけは高いモンスターならば出没するかもしれない。油断は禁物だ。
「護衛依頼は倶楽部対抗戦の後だから時間の余裕はまだある。装備はまとめて市湖先輩達に依頼するか」
健太はそう呟く。護衛依頼の主目的は依頼主たちのレベル上げとなっている。ついでにとどめ刺し用に誰にでも使えてアンデッドに特効のある武器を依頼しても良いかもしれない。
健太が梵字を刻んだ装備を作って対策しても良いが、梵字を刻んでマジックアイテムとする『文字魔術』は恐らく学園が把握していない技術だ。一時的な貸し出しにしても外部の目に晒すには少々リスクがある。
「死臭、腐臭対策は鬼灯先輩に頼めば問題ないだろう。とどめ用武器はいつもながら蜜柑先輩か?」
『調香士』である鬼灯は香りの専門家だ。死臭や腐臭対策はお手の物だろう。
武器制作に関しては旧『匠工房』の十二人ならば誰でも平均以上のことは出来るが、本職『鍛冶士』である蜜柑が頭一つ以上抜けている。
蜜柑達ならば喜んで受けてくれるだろう。流石にただでお願いは心苦しいので、支払いはしっかりするつもりだ。幸い、『銭』には困っていない。
「いや、蜜柑先輩達なら銭よりも素材の方が良いか。物作りはあの人たちの生きがいでもあるし」
装備や消耗品の作成に関しては蜜柑達に及ばない健太だが、『素材製造士』の職を有するため素材作りに関しては圧倒的なアドバンテージを誇る。
「そうだな。素材の元となる資源は叶馬の空間収納から出させて、俺が素材にするか。レベルの高い素材が蜜柑先輩達の手元にあることは俺にとってもメリットが多いしな」
幸い、『素材製造士』のスキルを使えば、資源を素材にするのは極々短時間で終わる。蜜柑達の希望を叶えるのは大した手間ではない。
『素材製造士』が資源を素材にするのに必要とする時間は、その資源から『鍛冶士』や『彫金士』等が製品を作成する時間より圧倒的に短い。
だから、片手間に出来る。この時の健太は安易にそう考えた。
一人対十二人という人数差を考慮もせず。
倶楽部対抗戦予選が終了した土曜の夜。
エントリークラス女子寮、白鶴荘の食堂は寮生が所属する倶楽部の予選突破を祝う祝勝会を開いていた。
エントリークラスの女子寮に住む女子の多くはFクラス倶楽部所属だが、Cランク倶楽部程度ならば珍しくはない。Cランク倶楽部=倶楽部対抗戦の予選突破倶楽部である。
だが、それでもやはりこの場の主役はほぼ健太達倶楽部『安息所』であった。
「健太君、予選突破おめでとう!」
「『安息所』は最後まで誰もバッジ失わなかったんだね、すごーい」
「尚典君が予選のエースなんだね。尚典君ってパートナー一人しかいないってホント?」
白鶴荘の食堂。いつもより豪華なバイキングメニューを肴に会話の花を咲かせる。
健太、尚典、来斗、霊王という男子の周りに女子が密着間合いで座り、しきりにヨイショを繰り返している様は、さながらその手の夜の店だ。
実際、明確にそうした効果を狙っているのだろう。女子の大半は不自然なくらいに着飾っているか、部屋着にしてもそれはないだろうというラフで肌色面積の大きな服装かのどちらかに二分されている。
全員「あわよくば」を狙っているのだろう。
もちろん健太たちの周りは蘭たち『安息所』の女子と和花たち『O嬢極』が固めているが、完全にシャットアウトすれば反感を買う。
そのため、不文律的に男子の左右と対面の内どこか一か所は『安息所』と『O嬢極』以外の女子が座るようになっていた。
四人の男子に代わる代わる近づいて、全員に愛想を振りまくタイプの女子はまず問題ない。
自分が住む白鶴荘を健太達『安息所』に守ってもらうという意識から、出来るだけ愛想よく接しているだけだからだ。なし崩し的にセックスをすることになっても、学園倫理的に彼女面するようなことはないだろう。
対して明確に誰か一人をターゲットにして、ずっとそばにいようとする女子は多少警戒する必要がある。
特に、来斗の横にずっと座っている一年女子には逆隣に座っている実咲も少し頬肉を引きつらせている。
「そっか、来斗君頑張ったんだね。一年が自分のバッジを持ったまま予選を終えるって凄いことなんだよ。先輩達がみんなそう言ってる」
「あ、う、うん。そう、そうかな」
ウーロン茶の入ったコップを持つ来斗の視線は不自然に泳ぎつつも、左隣に座る一年女子の横乳に吸い寄せられる。
その一年女子はひどく煽情的な服装をしていた。
上半身は胸元が乳袋になった横乳が丸見えの白い袖なしブラウスのような服と長袖なのに肩と胸元は一切覆わず、ウエスト部分がやたらフィットして体のラインを丸見えにしている黒系上着の重ね着。
下は股下一センチあるかないかの黒いミニスカートで黒いストッキングを黒いガーターベルトで吊るしている。
そして左腕に赤い腕章を巻き、左手首にはなぜか手枷を装着。
端的に言えばとあるソシャゲの人気キャラのコスプレである。入学前、来斗がやっていたソシャゲで同人誌も購入していたくらいの推しキャラなのだが、学園に入学してから人前で公言した覚えはない。
なぜ知られているのだろうか、という疑問も定期的に腕に押し付けられる生の横乳の威力の前には、脳裏から雲散霧消している。
いずれにせよ、男子が居ついている女子寮の『パーティー』としては驚くほど健全な内容である。
そもそも通常男子倶楽部に占拠された女子寮で行われる『パーティー』の会場が食堂ということがあり得ない。
多くは床に布団を敷き詰めた大部屋か、浴室だ。浴室はもちろん大部屋であっても男子も女子も全裸が基本。やることはセックス。ひたすらにセックスだ。
多くは男子複数、女子複数の乱交になるため意外と隷属はしないか、しても極々浅いものになるのだが、これを経験した女子はほぼ心が折られて隷属していなくても男子に逆らう、逃げ出すという思考が起こらなくなるらしい。
幸い、白鶴荘はここ数年そうした質の悪い倶楽部のターゲットになったことはないらしいが、他寮から転寮してきた先輩女子の中には「経験者」もいる。
そうした先輩達はほとんど健太たちを崇拝する勢いだ。学園生活で「安全な逃げ場」があるというのはそれだけありがたいことらしい。
当然、部長である健太は特に多くの女子が群がっているのだが、現在健太はそれらの女子よりも自分の倶楽部の女子の相手に頭を痛めていた。
「竹海先輩。これは何でしょうか?」
テーブルに乗るバッジ二つを指さす健太に、見慣れたタンクトップとホットパンツ姿で対面に座る竹海は全く悪びれずに答える。
「バッジだよ、ご主人様。滑り込みセーフ、予選最後の成果だね」
「すでに予選突破は決定しているので勝負を申し込まない、という方針を伝えたと思うのですが」
そんな健太の言葉に竹海は肉付きの良い肩をくすめると、
「誓って申し込んではいないよ。でも申し込まれちゃったからねえ。仕方ないだろ」
そう弁明する。
健太は頭を抱えたまま、その同じデザインのバッジ二つを指先でコツコツ叩く。
「申し込まれて断れないのは同格以下からの場合ですよね。このバッジ、『Bランク倶楽部』のでしょ?」
健太の言う通り、そのバッジの地の色は銀色をしていた。銀色のバッジはBランク倶楽部のバッジだ。Fランク倶楽部ならば青。たとえ青い兎の絵が絵が描ていても、間違ってもFランク倶楽部のバッジではない。
Bランク以上のバッジは二個として換算される。これで『安息所』のバッジは四個プラスされた計算になる。
「Bランク倶楽部が相手なら断ること出来ましたよね?」
恨めし気にそう言って来るご主人様の言葉に、長身グラマラス美女は全く悪びれずに首を横に振る。
「それが出来なかったんだよ、主に心情的に、ね」
「……まあ、その心情は理解できますが」
基本仲間に対しては相手の心情に寄りそう思考を取る健太はついそんな言葉を漏らしてしまう。
その青い兎が描かれたBランク倶楽部は竹海が以前に所属していた倶楽部だ。喧嘩別れに近い形で飛び出している竹海としては、たとえルールで許されていても「売られた喧嘩」を避けるという選択肢はなかったのだろう。
竹海の性格を知っている者ならば、それは簡単に推測できる。
対面に座る竹海はノーブラタンクトップも胸元を見せつけるようにグッと身を乗り出し、健太にキスしそうな距離で囁く。
「ご主人様。はねっかえりの我が儘女を制御したかったら定期的に『制御棒』の差し込まないと駄目だよ」
「……あ、はい」
確かに『O嬢極』のメンバーが加わったことで健太のパートナーローテーションは以前よりも一周に時間がかかる様になっている。それでも三日に一度は失神するまで『制御棒』を差し込んでいるのだがその奔放さは、流石は『勇者』系といったところだろうか。
声を潜めているとはいってもテーブル挟んだ対面からの言葉だ。ずっと健太の右隣りを占拠し続けている蘭の耳にもその言葉は届いた。
「竹海、貴女ねえ。流石にちょっと図々しいんじゃない?」
眉をしかめる蘭の言葉に竹海は笑顔で即答する。
「そうだよ。凄く図々しい。でもご主人様は嫌いじゃないだろ? こういう図々しい女」
確信を持って言う竹海の言葉に、健太は隣に座る蘭に気遣いながらも素直に答える。
「まあ、そうですね。もちろん、誰が相手でもってわけじゃないですけど。蘭先輩とか竹海先輩とか、大切な人の我が儘なら正直多少厄介なお願いでも嬉しいが勝りますね。それがその……今の竹海先輩みたいな内容でしたら猶更」
竹海の言っていることは「もっとベッドに呼んでくれ。セックスしよう」だ。これを面倒がるほど健太は枯れていない。
「そ、そうなんだ」
健太の言葉に、ここ最近少しずつ情緒が不安定になって生きていた蘭は、少しだけ肩の力を抜く。
竹海からの目配せを受けた健太は、恐る恐る右腕を蘭の右肩に回し、ゆっくりと自分に方に抱き寄せる。
「あ……」
一瞬驚きを示した後、蘭は素直に健太の胸に顔を埋める。
「…………」
対面に座る竹海のちょっと苦笑の混ざった笑顔が健太には「60点。ギリギリ合格」という評価に見えた。