ダンジョンダイブは二日に一度。自分で決めたその取り決めを、今のところ守っている
幸いと言うべきか、今の健太にはダンジョンダイブ以外にもやるべきことが多数ある。だから、今のところはダンジョンでソロであることからも、学園生活でボッチであることからも目を逸らしていられる。
(それに、時間経過で解決するかもしれない問題だし)
それは、自分から人間関係を構築することを厭う、陰キャオタクな健太の言い訳であることは間違いないが、同時に事実でもある。
健太が今まで通り順調にダンジョンダイブを続け、学園の強者の道を歩み続ければ、いずれ周りが放っておかない。その際構築される人間関係が、健太にとって望ましいものであるとは限らないが。
本日健太は制服姿で、ダンジョンでゴブリンからドロップした『槍』『小剣』『盾』を紐で一つに縛り、右肩に担いでいた。
一見すると、これからダンジョンに向いそうな格好の健太が向かったのはグラウンドに面した、『倶楽部棟』である。
豊葦原学園では通常の学校のように、スポーツや文化活動などを行うための『部』や『クラブ』は存在しない。豊葦原学園の『倶楽部』とは、ダンジョンダイブを共に行う集合体だ。原作の叶馬の言葉を借りれば、「MMORPGにおけるクランのような存在」ということになる。
学園はダンジョンダイブを行う生徒に様々な形で援助の手を差し伸べているが、その大半は倶楽部単位で行われる。そのため、一部の変わり者以外は、大概はどこかのクラブに籍を置いている。
倶楽部は、明確に実力と実績で順位付けがされている。そして、待遇が変わる。
その待遇差を、一目でわかる様に表しているのが、ここ『倶楽部棟』だ。
一つは、鉄筋コンクリート造りの最先端建造物。一つは、それなりにしっかりとした作りの木造建築物。そして最後の一つは、規則正しく並べられたプレハブ長屋。
一つ目の最先端建造物はSランクとAランクの倶楽部。次の木造建築物はBランク。最後のプレハブ長屋をCランクとFランクが割り当てられる。
ちなみに、D、Eランクは存在しない。Fランクはフリーという意味だ。そのため、プレハブ長屋さえCランクならば必ず割り振られるが、Fランク倶楽部はくじ引きだ。外れたFランク倶楽部は部室すらない。
それでも、月ごとに最低限の『銭』の援助があるので、例えFランクの部室なし倶楽部でも無所属よりはマシだという。
本日健太が向かったのは、そんなCとFの倶楽部が軒を連ねるプレハブ長屋の一角だった。
「ここだな。確かにこれは分かりやすい」
無個性なプレハブが並ぶ中、一か所だけプレハブの出入り口である扉を横の壁ごと撤去し、代わりに陳列棚とカウンターが設置されている。もはや、部室というより小さな店舗の形を取っている。こんなあけっぴろげに見えるが、全面にシャッターが下りるように改造してあるので、戸締りはむしろ通常のプレハブ部室よりしっかりしている、と原作では書かれていた。
カウンターの上に、電光掲示で輝く『ADEPT☆WORKER'S』の看板。
ここが健太の今日の目的地。Fランク倶楽部『
『匠工房』は、現二年生の女子十二人で結成された、異色の倶楽部だ。所属する全員が『
原作では、叶馬が作る倶楽部『
特に部長の
そんな、将来ほぼ確実に叶馬の関係者になると思われる集団に、健太が自ら接近する理由は、そのリスクを許容できるだけのメリットがここに存在するからである。
健太が近づくと、カウンターに両肘をついて座っていた女子生徒が、眠たげな視線をこちらに向ける。
「あー、いらっしゃい、一年君。お客さん、でいいのかな」
「はい。そのつもりです。ええと、ここでは、ダンジョン用の武器なんかを取り扱ってるんですよね?」
そう言いながら、健太はカウンターの前に立っている登りに目線をやる。
『武器のメンテナンス請負』『武器作成可能、材料持込み歓迎』『部員募集中』
そんな登り旗がいくつも立てられている。
「うん、そんな感じかな。一年でも買えそうな武器もいっぱいあるから見ていって欲しいかな」
相変わらず眠そうな声でそう言う、カウンターに座っている女子は、恐らく『
その語尾に特徴のある口調と、眠そうな目つき、そしてとても豊かな胸元の体つきから、健太は原作知識と照らし合わせて、そう推測する。
だから、意識的にあまりカウンターに近づきすぎないようにして、不自然に見えないように、さりげなく両手を後ろで組む。
凜子は、質の悪い同級生に無理矢理パートナーにされ、性的虐待の限りを尽くされた経験を持つ。そのため、出来るだけ表に出さないようにしているが、男に対する恐怖症を抱いている、と原作では描写されていた(もちろん、後にパートナーとなる叶馬は別だ)。
作中でも、巨乳であることを幾度も強調されていた凜子のスタイルは、正直健太のタイプそのものだ。気を付けないと、視線によこしまな感情が乗ることを確信している健太である。
「それなら、片手剣と片手盾が欲しいんですけど」
「んー、予算はどれくらいかなー? お、この時期の一年にしては頑張ってるね。ひょっとして、もう
「ええ、まあ。一応」
健太が提示した額は、これまで稼いできた額の十分の一にも満たない。教室で聞こえてくるクラスメイトの会話から、「大体これ位か?」と推測を立てて予算を組んだのだが、それでも「頑張ってる」と言われるくらいの金額だったようだ。
健太は、自分では目立たないように細心の注意を払っているつもりだが、所詮は凡人であり、あちこち抜けたことをやらかしている。
健太としては周りに合わせたつもりなのだが、その周りは一年丙組である。
一年丙組では将来、主人公の『
しかも丙組では恐らく最弱と思われる『無貌』ですら、「クラストップのパーティーが『無貌』より弱いクラスもある」と原作で描写されているほどなのだ。
つまり、一年丙組の中で情報を集めて、「普通」を判断しようとしても、成功するはずはない。そこには、学年の平均という意味での普通は、一人もいないのだから。
「うわあ、本当に? まだ、四月の半分過ぎてないのに、優秀だね。でも、その予算だとゴブリンシリーズでも、マジックアイテムは無理かな。手のひら見せてくれる? うん、手の大きさは標準的だね。それならこの辺りなら、多分手直しなしで使えるんじゃないかな」
そう言って凜子は手慣れた様子で、盾と小剣を三つずつ、カウンターに並べて見せた。
盾はいずれも丸盾で、小剣は全て真っすぐな両刃だ。丸盾は後ろに腕を通すベルトと手のひらで握るバーの二重固定になっており、小剣は多少刃幅の違いはあれど、長さはほぼ同じくらいになっている。
「手に取ってみて欲しいかな」
「では、失礼します。これ、ちょっと置かせてください」
凜子の言葉に、健太はそう断ると、肩に下げていた持ってきた縛った武器をカウンターに置き、売り物の盾と小剣を手に取る。
「うわ、凄い……」
左腕に盾を嵌め、右手で剣を鞘から抜いた健太は、期せずして感嘆の声を漏らした。
健太に、武器の良し悪しを見分けるような眼力はないはずだが、そんな健太でもこの小剣と丸盾が、今まで自分で使っていたものとは、一線を画すものであることが分かる。
基本的に、ゴブリンからドロップする武器は、健太達新入生が使っている『新入生おすすめ装備セット』に入っている武器より出来が悪い。だが、そのゴブリンのドロップ武器を、『職人』が手直ししたこの武器は、『新入生おすすめ装備セット』以上どころの話ではない。
下手をすると、ダンジョンの浅い階層で宝箱から出る武器、防具より、上質かもしれない。これで、分類上はマジックアイテムではすらないというのだから、驚きだ。
オタクの気質か、健太は何度も三つの丸盾、小剣を使い比べて、どうにか一組の武器を選ぶ。
「決めました。この丸盾と小剣でお願いします」
「まいどありー。初めてのお客さんだし、剣帯はサービスしとくかな。ところで、このゴブリンのドロップ武器は、うちで引き取って欲しいってことかな?」
健太が武器を選んでいる間、ずっと無言で待っていてくれた凜子は、そう言って健太がカウンターに置いた、一つに縛った槍、盾、小剣に視線を向ける。
武器選びに夢中で、すっかりそっちの用事を忘れていた健太は、あわてたように早口で、
「あ、いえ。違う、いや、違わないんですけど。それ、引き取りじゃなくて、直せないかご相談したかったんです」
そう言って、バタバタを手を振る。
健太の言葉に、凜子は目を細めて、
「んー、直して直せなくはないけど、今君に売った物以上にはならないよ? 槍も欲しいなら、おすすめもあるけど」
そう、親切に忠告してくれる。その言葉に、健太は首を横に振る。
「あー、そうじゃなくて。それ、そのまま直してほしいです。人間用じゃなくて、ゴブリンやコボルトが使う前提の形で」
『
だが、健太はあえて、ゴブリンやコボルトが使用する前提の武器を欲している。
健太の言葉に、凜子は少し目を細めた。
「うーん。君はひょっとして『
モンスターが使う前提の武器を欲するのは、基本的にモンスターを使役する『文官』だけだ。
健太は先に自分用の小剣と盾も購入しているが、『モンスターカード』を所有している『文官』も、一応自分でも武装はするのだから、そこまで大きな矛盾はない。
その問いに対する答えは、健太は念のため用意してきていた。
「いえ。俺は違います。『文官』の人をパーティーに引き入れる『特典のオプション』が欲しいと思ったので」
「ふーん……『特典のオプション』か。その様子だと『特典』自体は、すでにあるみたいだね。うん、君は運も良いのかな」
凜子の返答から、どうやらうその説明で納得してもらえたようだ、と健太は内心ほっとする。
もちろん、今の答えは全て噓だ。
健太が、ゴブリン用の槍、盾、小剣を欲しているのは、自分の『モンスターカード』である、ゴブリンのジュゲム用の武器をバージョンアップさせてやりたいからである。
だが、それを正直に言うと、健太は『文官』だということになってしまう。健太は今後、表向きは『
だから、モンスター用の武器を欲する理由を「自分のパーティーに『文官』をスカウトするための『特典のオプション』」だ、という言い訳をしたのだ。
実際、そういう実例はあるらしい。
『モンスターカード』を購入できるほど『銭』など持っていない新入生が『モンスターカード』を入手したければ、0.02%の確率に賭けてモンスターを倒すしかない。だが、『モンスターカード』を持たない文官の戦闘力は最弱クラス。
だから、初期に『モンスターカード』を入手できる可能性が高いのは、最初から戦闘力に恵まれる『戦士』や『盗賊』の方なのだ。
そうして、自分では使えない『モンスターカード』を入手した『戦士』や『盗賊』は、大概売って「臨時ボーナス」にしてしまうのが関の山だが、ある程度先を見ている目ざとい者は、『モンスターカード』を餌に『文官』を仲間に引き入れる。
本気でダンジョン攻略を進めるのならば、『文官』の存在は必須だということは、ある程度耳ざとい者ならば、耳にしている。地図が安価で購入できる初期のダンジョンダイブでは、実感できないのが困りものだが。
健太は、そうした「少し先を見据えている、『戦士』もしくは『盗賊』」のふりをしているのだった。
「うん、そういうことならオーケーだよ。お任せくださいかな。料金は、半分前金で貰えるかな」
そう言って凜子が提示した金額は、相変わらずとても良心的な値段だ。
「分かりました。受取はいつ来ればよいですか?」
「この程度の処理なら今日中に終わるよ。だから、明日以降ならいつでもオーケーかな」
「凄いですね」
「これでも専門家だからね。お任せください、かな」
思わず健太の口から出た感嘆の言葉に、凜子は嬉しそうに笑った。