水無月杯本戦初日の火曜日は、一部では『本戦の予選』『最終予選』とも呼ばれている。
それはこの日戦うのはFランクから上がってきた倶楽部同士で、そこを勝ち抜いた倶楽部が水曜日に現役Bランク倶楽部に挑む形になるからだ。
それもあっての3分間の時間制限である。
会場となるタルタロスの闘技場は、四つに分割が可能で同時に四試合が行われているが、二百を超える倶楽部の内同時に試合をするのは八倶楽部ということでもある。
そのため、よほど運が悪くない限り同じFランク倶楽部同士でも別な倶楽部の試合を観戦しようと思えば大概は可能である。
幸い健太達『安息所』は予定通り次の対戦相手――『神匠騎士団』の一回戦の様子を全員で見学することが出来ていた。
「それまで! 先鋒戦、勝者『神匠騎士団』」
先鋒戦、対戦相手の一年の首を一撃で斬り落とした『神匠騎士団』の先鋒沙姫は、つまらなそうにため息をつきながら愛刀『|水虎王刀』を腰の鞘に戻す。
次の瞬間、観客席に健太達がいるのを見つけた沙姫は無邪気な笑顔でこちらに向かって手を振った。
「……え? もしかして、次の俺の相手、あれ?」
呆然と呟く来斗に健太は無情に告げる。
「そうなるな」
答えながら健太は内心首を傾げる。
(あれ? おかしいな? 沙姫さん、原作でも一年相手に首狩りやってたっけ?)
一年同士の対決になる予選や本戦一回戦では、首は狙わずに腕で足で勘弁してやっていた気がする健太である。
健太の記憶は間違っていない。原作の沙姫が「首狩り」をやるのは基本的に相手にある程度力量を認めた場合だ。
この時点の一年相手にはやらない。それを今やってしまったのは、ちょっとテンションが上がってしまったのだろう。
「どどどど、どうすれば、お、俺はどうすれば!?」
「潔く首を斬られるのが最善なんじゃないか」
「絶対嫌だよ!」
動揺でバグを起こしたゲームキャラのように振動する来斗に健太は完全無欠の本気のアドバイスをしたのだが、幸いにも来斗は一言でそのアドバイスを切って捨てる。
切って捨ててくれるならば、健太としても罪悪感なく別な方向へのアドバイスが出来る。
「そうか。ただ、実力差は相当なものがあるからな。普通のやり方では結果は覆らないぞ」
「そうだね。何か賭けに出ないと来斗に勝ち目はないと思う」
健太の言葉に、尚典もその可愛らしい顔に厳しい表情を浮かべて同意する。
「とりあえず、攻撃スキルは使わない方が良いな。攻撃スキルを使おうと意識して発動するより、沙姫さんが素で接近して切りかかる方が速いから」
かなり絶望的な事実を伝えながら健太は、一応アドバイスも送る。
「弱点というにはちょっと弱いが、一つ沙姫さんには癖がある。それは絶対に最速で先手を取りに来ることだ」
絶対に先手を取ることが出来る速さは大きな武器だが、絶対に先手を取る癖はちょっとした弱点だ。
特に実戦ではなく今回のような開始の合図がある試合ならば、最初の一撃のタイミングは分かっているとも言えるのだから。
そのタイミングがあまりに速すぎてシビアだという事実にはこの際目を瞑る。
「なるほど、開幕ブッパ勢か。それなら向こうの行動を決めつけて、それに合わせて行動する意識でいけば……」
健太のアドバイスの一縷の光明を見出した来斗は、ゲーマー思考からどうにか自分の勝算を導き出そうとブツブツひとり言を繰り返すのだった。
次の次鋒戦は、ある意味先鋒戦より可哀そうな状態であった。
倶楽部『神匠騎士団』の次鋒は乙葉。レギュラー五人のうち唯一の二年生であり、職は戦士系第二段階の『騎士』だ。
騎士らしく乙葉の装備は重武装だ。
その身に纏う重甲冑は鎧犀の外殻が原材料なので分類上は一応革鎧になるのだろうが、下手な金属鎧よりもずっと頑丈だ。
左手に持つ小型丸盾も右手に持つ刺突剣こと『偽重の鎧刺し』もそれなりのマジックアイテム。
対戦相手である普通の一年が揃えられる装備では、歯が立つ相手ではない。
さらに乙葉はバリバリの武闘派。一年の頃から倶楽部のレギュラーを務めており、対人戦の経験も豊富で今更人を攻撃することに躊躇もない。
「はあ! せい!」
「くっ! ひぃ!?」
相手の一年は、ほんの一合が二合剣を合わせただけで仰向けに転ばされる。
そのまま下腹部を乙葉に踏みつけられ、喉元に『偽重の鎧刺し』を突きつけられたところで、審判が乙葉の勝利を宣言した。
試合を終えた乙葉は、闘技場から降りてくる途中、客席にいる健太たちに気づく。
健太の側に座っている長身グラマラス美女――竹海がニンマリ笑って小さく手を振ると、乙葉は怒りで顔を紅潮させる。
「竹海先輩? なにか因縁が?」
原作知識からある程度察しているが、乙葉が元『青色兎』であることは知らないことになっている健太は一応竹海にそう問う。
竹海は特に隠すことなく、
「元倶楽部の仲間だよ。当時はかなりお世話になった。私が先に出てしまったから、ちょっと迷惑をかけたかもね。あっちも良い居場所を見つけられたみたいだし、水に流してくれてもいいと思うんだがね」
そう言って女子としては肩幅のある肩をすくめる。
長身で気の強そうな美女という意味では、竹海と乙葉には一定の共通項がある。
そのため竹海が『青色兎』を抜けた後、竹海に執着していた男子の一部が乙葉に鞍替えした可能性はそれなりにある。
原作では弄られキャラに定着している乙葉だが、モデル並みのスタイルの美女であることは確かなのだ。
「『青色兎』にいた頃、私のトレーニングに一番付き合ってくれたのが彼女だよ」
竹海は当時を懐かしむように少し目を細める。
健太に出会う間の竹海は何度やり直しても『遊び人』にしかなれず、それでも自力でのダンジョンダイブを諦める気などさらさらなかった竹海は、武器戦闘術を磨くことに血道を開けていた。
その頃、武器戦闘術の訓練に良く付き合ってくれたのが乙葉だという。お人好しな乙葉らしい逸話である。
「乙葉とやるのも久しぶりだよ。楽しみだ」
竹海は大きく口を開けて笑った。
そうしているうちに始まった中堅戦も一瞬で終わる。
『神匠騎士団』の中堅、誠一が対戦相手の『戦士』と思しき女子の持つ双剣を一瞬で弾き飛ばし、尻もちをつく彼女に短剣を突きつけて終わらせたのだ。
勝利宣言を受けた後、スマートに手を貸してやって立ち上がらせてやったりと実にクリーンな戦いぶりである。
なぜか『神匠騎士団』の面々からは「このタラシ」「胡散臭さしかない」「作った爽やか笑顔が不気味です」とブーイングの嵐だが。
「俺と同じ『盗賊』系で二丁短剣っすか」
「ああ、同タイプだから手は合うはずだ。ただ、霊王は『怪盗』で誠一は『忍者』だからな。厳しい戦いになるぞ」
闘技場から降りて来る誠一を真剣な顔で睨む霊王に、健太はそう告げる。
「上等っす。今度こそ負けねえっすよ」
霊王は相変わらず血気盛んだ。
実際、一回戦に比べると二回戦の誠一の方がずっと勝ち目はあるだろう。
一回戦は第二段階職と第三段階職で相手が格上。盗賊系と戦士系(しかも騎士系)で相性が不利。さらにこっちが非戦闘系で向こうは純戦闘系と、全方位に不利が重なっていたのだ。
それ比べると今度は、お互い第二段階職で同じ盗賊系。非戦闘系の『怪盗』とどちらかというと戦闘よりの『忍者』の違いがある分不利は否めないが、一回戦よりはずっと勝負になるはずだ。この時期の誠一ならば。
「その意気だ。思い切り行ってきな」
「うっす!」
パートナーである珠貴に柔らかな金髪をくしゃくしゃにするように頭を撫でられた霊王は気持ちよさそうに目を細めて、そう答える。
一回戦も三連勝で終わってしまったので大将である叶馬の出番はない。
さぞやフラストレーションをため込んでいるだろうと思いそちらを見ると、叶馬はすでに近未来的なデザインの金属鎧――『重圧の甲冑』を装備した状態で準備運動(ラジオ体操第二)を黙々とこなしていた。
その途中で健太が自分を見ていることに気づいたのだろう。叶馬はこちらを見てニヤリと笑う。
「ひぃ!?」「……!?」「あ?」「っ活!」
ただそれだけで来斗は失禁寸前の悲鳴を上げて、竹海は声も出せずに硬直し、霊王は腰を抜かしてへたり込み、尚典は顔を引きつらせて戦闘態勢を取る。
「落ち着け。あれの相手は俺がする。大丈夫だ」
叶馬の笑み一つで士気が崩壊しかける自分の倶楽部の選手に、健太は不本意ながらそう言うしかなかった。
二百を超える倶楽部の試合が行われるとは言っても四試合が同時に行われて、三分という時間制限があるおかげで試合進行はスムーズに進む。
ほどなくして健太達『安息所』と叶馬達『神匠騎士団』の対戦が始まろうとしていた。
「時間だ。倶楽部『安息所』、倶楽部『神匠騎士団』、両先鋒は所定の位置に」
「はい、い、い、い、い、いってくりゅ!」
「頑張れ、来斗!」
「ファイト、来斗君!」
「いってこい」
皆の声援を受けて来斗は、闘技場へと上がる。装備はいつも通り、左肩だけ金属の堅牢犰狳の革製全身鎧を纏い、武器は両手持ちの金砕棒一本。
少し遅れて対戦相手も闘技場へ上がって来る。
沙姫。
女子としては長身でスレンダー。長い黒髪をポニーテールにしている。平均が美少女という学園の基準でも間違いなく上澄みに入る美少女ぶりだ。
防具は白黒虎革製の指貫篭手。武器は日本刀『水虎王刀』。『水虎王刀』は鉄刀木『擬態木』製の鞘に納められている。
指貫篭手は健太の胸部鎧と、鞘は健太の小剣『金狼木霊剣』と同素材から同じ製作者――旧『匠工房』の杏と蜜柑の手で作られており、正しく兄弟鎧、兄弟剣と呼ぶべき装備だろう。
それを言えば素材こそ違うが来斗の全身鎧も杏が手掛けているので、同じ製作者の装備同士がぶつかり合うとも言える。
そんな来斗と沙姫の勝負は、残念ながら一瞬で片が付いた。
「始め!」
と白い覆面姿の審判が声を上げた次の瞬間、
「はっ!」
「ひいぃ!? うわああ!!」
「せいっ!」
という二人の声が聞こえたかと思うと、沙姫が右手一本で持った『水虎王刀』を振り抜き、来斗の太い首が中央から半分切り裂かれ、崩れ落ちる。
「勝負あり、それまで! 先鋒戦、勝者『神匠騎士団』!」
一年同士とは思えない短くも白熱した戦いにテンションが上がったのか、審判は必要以上に大きな声で沙姫の勝利を宣言した。
先鋒戦を終えた沙姫は、審判から貰ったポーションで負傷を癒し、叶馬達の元へと戻って来る。
ダンジョンダイブと違い、闘技場での戦闘は死ぬことはないし傷も完全に癒してもらえるが、装備の破損はどうしようもない。
指貫篭手の左腕部分がその下の制服ごと破裂したように裂けた状態の沙姫は、しきりに左手を握ったり開いたりしている。ポーションで癒えたとはいえ、つい先ほどまで二の腕が粉砕骨折状態だったのだ。
「お疲れ様沙姫ちゃん」
「流石ね、私も続くわよ」
「まさか、一年相手に姫ちんが負傷するとはな」
「流石は健太がそれと見込んだ男だ。沙姫、怪我は大丈夫か?」
労う叶馬の声に、沙姫は充実した笑顔で答える。
「はい、御屋形様。掠っただけですから。まだ神経に違和感が残ってますけど、すぐに抜けると思います」
ポーションによる治療はどのよう外傷でも瞬く間に完治させるが、神経の破損は痛みや痺れという形でしばらく残る。だが、その痛みも沙姫にとっては先ほどの仕合の余韻としてもむしろ心地よく感じられる。
時間にすれば一秒にも満たない仕合だったが、沙姫はその長いポニーテールもしっとりするくらい全身に汗をかいていた。それだけ充実した時間だったということだ。
「でも、この指貫篭手はもうだめだね。多分、杏ちゃんでも直せないと思う」
補欠ということで、闘技場の下にいる蜜柑は沙姫の左腕部分が吹き飛んでいる指貫篭手を見てそう診断を下す。
「すみません、私の未熟で先輩達が作ってくださった装備を駄目にしてしまって」
沙姫の謝罪に蜜柑はびっくりした顔で何度も首を横に振る。
「ううん、良いんだよ。装備なんて壊れて中の人を守ることが出来るんなら、それが役目なんだから。素材はいっぱいあるし今度はもっとガッとしたやつ作るから、楽しみにしていてね」
「はい、ありがとうございます。でもガッとはあまりしなくていいですから、今までのようにシュシュっとしてシャッと出来るやつでお願いします」
「分かった。ガッよりもシュシュッとシャッだね! うん、沙姫ちゃんの戦い方ならそうだよね!」
「はい、よろしくお願いします!」
蜜柑語が堪能な沙姫はそう言って礼儀正しく蜜柑に頭を下げる。
そして、頭を上げた沙姫の視線は闘技場の反対側、倶楽部『安息所』に向けられる。
そちらでも、負傷を癒してもらった先鋒が倶楽部の仲間に、色々と労われているのが見える。
「はあ……来斗さんかあ」
その小太りな男子を見つめ、その名前を呼ぶ沙姫の顔には歓喜を抑えきれない獰猛な笑みが浮かんでいた。
反対側、倶楽部『安息所』は敗者となってしまった先鋒を、温かい拍手で迎えていた。
「よくやったぞ、来斗」
「ナイスファイト」
「うん、頑張った」
「あれはしかたないっすよ」
倶楽部の仲間たちの言葉に、負傷は癒えたはずなのに顔色が真っ白なままの来斗はブルブル震えながら叫ぶ。
「無理、無理無理無理、絶対無理! なにあれ? 最初から山賭けに出て、その山が当たって最善の行動取ったはずなのに瞬殺されたんだけど!?」
事前に健太のアドバイスを受けていた来斗は、開始直後に沙姫が自分の首を右側から薙ぎに来ると決めつけて行動していた。
来斗の装備は左右非対称で左肩だけ長い棘の生えた金属製の肩当になっているから、首を横から薙ごうとすれば邪魔になる。
だから、初撃は右からの首狙いと決めつけて精一杯目を凝らし、開始と同時に本来全身を覆っているSPバリアを首の右側に集中させたのである。
SPバリアを偏らせて身を護るというテクニックは、来斗のような回避系ではなく防御系でありながら盾を持てない両手武器使いでは比較的ポピュラーなテクニックの一つだ。
とはいえ、普通は上級生になってから身に着けるテクニックで、六月の一年が操るのは来斗の努力の証とも言えるだろう(来斗はこのテクニックを流による凝と呼んでいる)。
そんな来斗の賭けは見事当たり、沙姫の初太刀をSPバリアで食い止めることに成功した。そこから来斗は自身最高記録とも言える速度で金砕棒を斜めに振り下ろす。
だが、その一撃を沙姫は化け物じみた身のこなしで回避。僅かに左腕を掠っただけに留まる。
そして次の瞬間、沙姫は右手一本で持った『水虎王刀』で来斗の喉に平突き。来斗の首の後ろまで突き抜けた『水虎王刀』を刃を合わせて横に薙ぎ、来斗の首半分を切断。
来斗が崩れて落ちたところで、審判の「勝負あり」の声がかかったのだ。
文字通りの秒殺だったが、これでも大健闘と言えるだろう。
その大健闘したはずの来斗は、涙を眼だけでなく鼻からも流しながら、悲痛な表情で訴える。
「死ぬような思いして最初の一撃受け止めて、俺の攻撃、ちょっとは手ごたえあったのに! それなのにその瞬間、あの人笑ったんだよ!? 俺あんな物騒な笑い顔初めて見たよ!!」
そういう来斗の言葉はある意味とても重い。
試合開始前、叶馬の笑みを見ていたはずなのに「あんな物騒な笑い顔初めて見た」と言っているのだから。
まあ、叶馬と沙姫では圧倒的に叶馬が物騒だが、遥か遠方で自分ではなく健太に闘志を向けている叶馬より、同じ闘技場で剣を交える沙姫の方が物騒に感じたという来斗の主張は、そこまでおかしなものではない。
そんな来斗に健太は思わず聞いてみる。
「来斗、お前が見た沙姫さんの『物騒な笑い顔』ってひょっとしてあれか?」
そう言う健太の視線の先に目を向けた来斗は、まさに今「来斗さんかあ」と言いながら笑っている沙姫と目が合ってしまう。
「ひい!」
どうやら来斗は沙姫のお眼鏡にかなったようだ。
(よし、上手くいけば今後沙姫さんは来斗に任せられるな。ありがとう、来斗)
最善を尽くした結果、天才サムライガールにロックオンされてしまった来斗に、『戦士の不動心』がオンになっている健太は、心の中で感謝の言葉を述べるのだった。