水無月杯本戦二回戦。倶楽部『安息所』対倶楽部『神匠騎士団』。
その次鋒戦はある意味、因縁の対決と言えた。
『安息所』の次鋒は竹海。倶楽部代表の中で唯一の女子部員にして唯一の二年生。
対する『神匠騎士団』の次鋒は乙葉。こちらも倶楽部代表で唯一の二年生だ。
そして両名とも元所属倶楽部は『青色兎』。
同じ倶楽部に籍をおいていた友人同士の対決である。
「竹海あんたねえ、なにいきなり退部してるのよ」
闘技場に上がった『神匠騎士団』次鋒、乙葉はそう言って対面に立つ友人を睨み見上げる。
女子としてはかなり長身な乙葉より目線が高い女子というのは非常に数が少ない。竹海はその数少ない一人だ。
「退部は本人の一存で出来ることだろう」
「その前に相談くらいしろって言ってるのよ!」
「そこはごめん。まあ、乙葉もよいご主人様に巡り合えたわけだし水に流してくれよ」
「な、な、なに言ってるのよ! 叶馬くんは仕方なく……!」
一見すると口喧嘩のようだが、実態としては気心の知れた者同士のじゃれ合いだ。
まあ乙葉は結構本気で怒っているのだが、根が善良に出来ている乙葉は竹海の立場を慮ってくれるため、怒りが拗れて人間関係を破綻させることはない
そして、女子としては珍しく竹海も乙葉も好戦的で戦闘を楽しむ質なので、ここで斬り合っても遺恨を残すような人間でもない。
「ったく、手加減はしないからね。覚悟しなさい」
「望むところだとも」
そんな言葉で会話をしめて二人は戦闘態勢を取る。
全身甲冑姿の乙葉は右手で魔剣『偽重の鎧刺し』を構える。左手には小型円形盾。
対する竹海は軽装だ。身に纏っているのはブレザーの制服のみ。一応、スカートの下に履いているひざ丈のトレーニングパンツや制服の下に着こんだ黒いシャツは旧『匠工房』の杏に造ってもらったものだが、防御力はさほど期待できない。
どちらかというと体の動きを助けるサポーター的な役割の方が大きい。
竹海は左右の腰から二本の曲刀抜いて構える。
右手に『炭鉱者の栄光』。左手に『静謐なる主日の基礎』。
どちらも黒い大曲刀で女子としては十分大柄な竹海でも少し大きすぎるくらいに見える。
だが、竹海は全く不安を感じさせない仕草でその二刀を構える。
白い覆面姿の審判の「始め」の合図とともに、動き出したのは乙葉だった。
「《せいっ》!」
右手で『偽重の鎧刺し』を地面と水平に構え、『騎士』系の定番ともいうべきスキル『突撃』を仕掛ける。
「《おっと危ない》」
だが、竹海は理不尽なくらいな紙一重でその高速突撃を回避する。
『第六感』。勇者系の理不尽さを象徴するようなスキルで、その名の通り「なんとなく」の感覚で敵の攻撃を回避したり、察知できないはずのターゲットに攻撃を当てたりできる。
紙一重で乙葉の『突撃』を回避した竹海は右手で持つ黒刀『炭鉱者の栄光』ですれ違いざまに一撃をくれる。
「くっ!?」
どうにかその一撃を左手に持つ小型円形盾で受け止めた乙葉だったが、予想外の威力に左腕を持っていかれそうになる。
思い切り体勢が乱れた竹海だったが『突撃』の余勢で駆け抜けることが出来たので、自然と距離を取ることに成功した。
「竹海、あんた」
「乙葉は強くなったみたいだけど、私は『変わった』んだよ」
つり上がった目に警戒の色を強くにじませる乙葉に、竹海は誇らしげに言い放つ。
「そうみたいね。でも、これくらいじゃ負けてやらないわよ」
思い切り吹き飛ばされてもなお、乙葉は気丈にそう言い放つ。
乙葉の言葉に竹海は嬉しそうに笑う。同じ倶楽部にいた頃、内心では鬱屈した思いと憧憬の念を抱いていた友人が、自分を対等かもしくはそれ以上の存在として戦意を剥き出しにしている。
今の状況が、竹海には嬉しくて仕方がない。
「では、勝てるようにしよう。《ここは踊り場》」
竹海はそう言ってスキル『舞踏場』を発動させる。
『舞踏場』は『踊る勇者』のスキルで一定の空間内で踊る者にバフ、踊らない者にデバフが付与される。
バフもデバフもそこまで強いものではないのだが、厄介なのはあくまで空間に付与されるスキルであるため、抵抗は出来ないことだ。出来ることは空間に付与されたスキル自体を解除する事くらいなのだが、『騎士』である乙葉にそのようなスキルはあるはずもなく。
「さあ、いくよ!」
「あ、嘘? 身体が!?」
デバフ状態の乙葉を竹海は踊ることでバフ状態を維持たまま二本の黒い曲刀を振り回し、追い詰めていく。
「あ!? ぐっ、こ、このお!!」
「ふっ、はっ、《光よ》」
最後は竹海が左手に持つ黒い曲刀『静謐なる主日の基礎』を眩く輝かせる攻撃スキル――『聖光斬』の一撃を持って、決着を見たのであった。
二戦を終えて一勝一敗。
しかもどちらも時間切れ判定ではなく、きっちりと戦闘不能にしての決着というのは、Fランク倶楽部同士の対決としては異例なくらいに白熱していると言えよう。
続く中堅戦。
両倶楽部の代表は中心線付近で向かい合っていた。
倶楽部『安息所』の中堅は霊王。
対する倶楽部『神匠騎士団』の中堅は誠一。
盗賊系第二段階職『怪盗』である霊王と、同じく盗賊系第二段階職『忍者』の誠一。
装備はどちらも二本の短刀もしくは小剣。防具はほぼどちらも学園の制服だけという軽装。誠一は首から口元にかけてを守る黒い布――『影の覆面』をつけているが。
そして、両者とも細身の体つきもいかにも『盗賊』系といった様相だ。
ただし、霊王は背も平均かやや小さいくらいで見ていて不安になるくらいに細い。
それに対して誠一は身長は平均より多少は高く、体つきも細いは細いが筋骨格はしっかりしている。その体つきは中軽量級のボクサーやダンサーを彷彿させる。
試合開始前。戦意満々に睨みつける霊王に、誠一が話しかける。
「なあ、お前『盗賊』系なんだよな? 健太から俺達についてなんか話聞いてねえか?」
誠一の唐突な問いに、霊王は戸惑いながらも思い出して答える。
「あ? ああ、予選の時写真配布されて言われたっすよ。この人たちとは話ついてるからやり合うなって。でも本戦は無関係っすからね」
「…………それ以外には聞いてねえか? 何ていうか、ほら、そっちとこっちで合同でダンジョンダイブとか、人材の貸し借りとか」
「? 聞いてねえっすよ?」
首を傾げる霊王に誠一は「健太のやろう」と悪態をつく。
誠一は以前ダンジョンダイブ中健太に懇願している。
「お前の倶楽部に『盗賊』系がいたら紹介してくれ」と頼んだことを。
その時健太は「分かった」と答えた。答えたのだ。
それなのになぜ、何も言ってこないのか?
「またなに企んでやかがる?」
健太の胡散臭い言動の数々を知っている誠一がそんな誤解をするのも無理はないが、完全な誤解だ。
健太はシンプルに忘れていただけである。
『忍者』という若干戦闘よりの職でありながら、罠解除を一手に引き受けている誠一としては結構切実な願いなのだが、この点に関しては健太と少々温度差がある。
「まあ、いい。終わったらそっちとこっちで合同のお疲れさま会があるのは聞いてるか? そこでちょっと話し合おうぜ」
誠一はそう言うと首まで下げていた『影の覆面』を上げて顔の下半分を覆う。
「……それは良いすけど、やる前から終わった後の話っすか。負けねえっすよ」
侮られていると感じた霊王が威嚇するように歯を剥く。残念ながらそれはヒヨコが一生懸命威嚇しているくらいの迫力しかない。ついでに言えば誠一は別段霊王のことを侮っていない。
むしろ、ほぼ自分と同レベルの同系統職ということで、かなり霊王を警戒してくらいだ。
だが、元々「目立たないように適当なところで負ける」を最善としている誠一としては今回の勝敗にはあまりこだわりがない。
誠一の恋人である麻衣が副将で「私に回さないでよね」と言っているので二連勝ならば勝利を、二連敗ならば何とかうまくやって敗北を狙ったかもしれないが、現状は残念ながら一勝一敗。
誠一が勝とうが負けようが、麻衣の副将戦が行われるのはすでに決定事項である。
「おう。ガチでやり合おうぜ」
真っすぐな闘志を向けてる霊王に、誠一はつられる様に黒い覆面の下でニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
霊王と誠一の戦いは、非常にかみ合った見ごたえのあるものになっていた。
どちらも防具はないに等しい状態で武器は二丁の短剣。
違いは、霊王が両方とも順手で持っているのに対し、誠一は右手は順手、左手は逆手に構えている。
「かっ! せいっ! くそ!」
「はっ、ほっ、おっと」
左半身の体勢を取る誠一はその逆手に持った短剣で、霊王の二本の短剣による連撃を捌く。
逆手に持った短剣は順手に持った短剣よりも撃ち合ったときに力が込めやすい。元々、体格も腕力も誠一が上であることも相まって、霊王の連撃は誠一に強くはじかれ、連撃にずれが生じてしまう。
「くそっ!」
不利を悟った霊王が足を使って側面に回り込もうとするが、あいにく移動速度において誠一は霊王に負けていない。
「っと、こっちか」
「あっ、ぐっ!?」
回り込んだつもりの霊王に対し、誠一は余裕を持って正対できる体勢を取って待ち構えている。
戦闘スタイルは広義の意味で同タイプ。
移動速度、攻撃速度はほぼ互角。リーチは僅かに誠一が上。パワーは明確に誠一が上。そして、最大の違いはスキルに頼らない純粋な戦闘技術だ。
霊王もこの学園に入学してからは短剣術の講義を熱心に受講しているのだが、物心ついた頃から『家の駒』となるように戦闘術を含めた訓練を受けて来た誠一とは流石に比べるべくもない。
「はっ、せっ、うららららあ!」
誠一の防御に焦れたのか、霊王は途中から足を止めて両手を振り回す様にとにかく素早い連撃を繰り返す。
まったく腰の入っていない撫でるような軽い攻撃だが、短剣術としては決して間違いではない。
素手や打撃武器と違い、短剣には鋭い刃があるのだ。相手が低装甲のモンスターや鎧を纏っていない人間ならば、刃筋を立てて触れさせればダメージにはなる。
「っと!」
事実、誠一も左手だけで捌ききれないと見たのか、右手に持つ短剣も防御に回す。
その瞬間を霊王は待っていた。
「《止れ》」
霊王の左手の短剣『停止の短剣』を覚醒させたことにより、その一撃を受け止めてしまった誠一の右手の短剣は空中に固定されてしまう。
「ぐっ!?」
『停止の短剣』の効果はあくまで「対象をその場に固定」だ。誠一の短剣はその空間に固定しているのであり、『停止の短剣』が止めているわけではない。
だから、霊王の動きは全く阻害されない。
「せい! はっ!」
誠一が動かない短剣に固執している僅かな隙に、霊王は二本の短刀で襲い掛かる。
「くっ、ぎっ、《空蝉》!」
右手をその空間に固定された短剣から離さずにいたせいで体勢の苦しい誠一は、今度は霊王の連撃を受けきるのが苦しく、とっさに忍者のスキル『空蝉』で離脱を計る。
一瞬ではるか後方に退避した誠一が一丁の短剣を構えると、ガチャリと音を立てて停止状態の終わった右手の短剣が闘技場の床に落ちた。
『空蝉』は忍者の緊急回避用スキルで、効果は「装備している何か一つを代償にその場から離脱できる」である。
今回誠一は、空間に固定されていた右手側の短刀を代償に『空蝉』を発動させたのだ。
「ちっ……」
見事一本取られた誠一は『影の覆面』の下で渋面を作る。
左手で逆手に持つ一丁の短剣を前に構え、右手はボクシングのように拳を握る。だが、先ほどまでと比べると体の角度が横向きになっている。
霊王から見ると右腕はほとんど見えないくらいだ。
「はっ!」
二丁の短剣使いから一本を奪った。だから今が好機と捉えた霊王の判断は間違っていない。
一気に距離を詰めた霊王は右手に持つ短剣を大きく横に振り抜く。当然、その斬撃は誠一が左手で逆手に持つ短剣で受け止められる。
「《ふっ》《止れ》」
その瞬間、霊王は「右手で持つ」『停止の短剣』の能力を発動させ、今度は誠一の左手で持つ短剣を空中に繋ぎとめた。
つい先ほどまでは右手に『黒瑪瑙の牙』、左手に『停止の短剣』を持っていたのに逆になっているのは、『怪盗』のスキル『入れ替え』の効果だ。
効果は物体の入れ替え。大きさ、重さ、形状が一定以上の近似値にある二つの物体を問答無用で入れ替えることが出来る。
条件さえ合えば、ダンジョン内で宝箱を解錠せずにいらないアイテムと中身を入れ替えることすら可能だ。
二丁とも短剣を失った誠一に、霊王は勝機と見て襲い掛かる。しかし、
「はあっ!」
「《切り裂け》」
誠一は制服のブレザーで隠れるように後ろ腰に差していた三本目の武器――『切り裂きのククリ』を抜き打ちざまに覚醒し、霊王の腹を深々と切り裂いたのだった。
ここまで倶楽部『安息所』の一勝二敗で迎える副将戦。
負けると終わりの『安息所』の副将は尚典。
副部長の一人であり、『安息所』では健太に次ぐ高レベルを誇る。
さらに尚典は真面目で戦闘意欲も高く、『術士』系の素質にも恵まれている。その上、近接戦闘用に槍の講義も受講しており、ちょっとしたモンスターくらいならば槍だけでも討伐は可能だ。
体格は男子としては小柄で華奢。顔は童顔で可愛らしく、目が大きくまつ毛が長い。日頃は性格の良さがそのまま出ているような笑い顔を浮かべていることが多いのだが、今は流石に真剣な面持ちだ。赤く艶やかな唇もきつく閉じられている。
装備は両手持ちの細槍と、左手の中指に嵌めている白金金剛石指輪。
防具は学園の制服だけだが、制服の袖や取り出しやすい胸の内ポケットに『陰陽師』のスキル発動を助ける呪符を仕込んでいる。
対する倶楽部『神匠騎士団』の副将は麻衣。
男子二人に女子十八人という歪な男女比の『神匠騎士団』の中で唯一、叶馬のパートナーではなく誠一のパートナーである。
叶馬、誠一、静香、そしてこの麻衣が倶楽部『神匠騎士団』の前身である叶馬パーティーの中核、そして始まりのメンバーだ。
職は『術士』系第二段階職『魔術士』。
麻衣の『術士』適正は天才と表現しても大げさではない。
基本的に体や五感の使い方の延長に過ぎない『戦士』系『盗賊』系のスキルと違い、魔法という未知のスキルは最初から使えない者も多い。
使えたとしても最初は基本の基本である『魔弾』を教科書通りに発射するのが精々だ。
だが、麻衣は最初から『火球』をぶっ放した。
その後すぐに、「小さいが高速で飛翔する火球」「速度は遅いが誘導性のある火球」「散弾のような極小の複数の火球」の打ち分けも当たり前のように熟したのだから天才と言うしかないだろう。
そんな麻衣は今、短いマジックロッドを右手に持ち、機嫌の悪そうな表情で闘技場に立っていた。
麻衣は誠一が「麻衣と静香が一年丙組女子ではツートップ」と評した通り、学園基準でもトップクラスの美少女だ。
背の高さも胸の豊かさもおおよそ同世代女子の平均と言ったところだが、小顔でウエストが細く、スタイルは抜群の良い。
普段は下ろしていることも多い明るいセミロングの茶髪を、流石に今は一つにまとめてお団子にしているが、その髪型もただ単に運動しやすさ最優先ではなく、「邪魔にならない範囲で可愛いヘアメイク」をしていることが分かる。
美少女の自覚がある美少女。それは今のような不機嫌そのものの表情を浮かべていても変わらない。
「もう最悪。なんで私の出番が回ってくるのよ。乙葉ちゃんが勝ってくれたらよかったのに」
その発言からも分かる通り麻衣は、『神匠騎士団』のレギュラー五人の中では断トツ、もしくは唯一戦闘に積極的ではない人間だ。
元々誠一に「レベルを上げて一緒に戦ってくれ」と言われた時に「え? あ、あたしも?」と驚きと恐怖の表情を浮かべていた。
その後すぐに説得され、今では叶馬パーティーの最大火力(叶馬を除く)となっているが性根は学園女子の多数派である「強者男子に依存して、性的奉仕に従事する」側の女子である。
「んじゃ、よろしくね、なおくん」
そんな麻衣が一対一で学園の男子と戦うのに全く緊張していないのは、相手が尚典だからだろう。
尚典はパートナーである空亜が麻鷺荘を寝床としている関係上、麻鷺荘に泊まり込むことが多い。
そのため、麻衣にとってもある程度顔見知りだ。
元々尚典の体つき、顔つきは小柄の童顔であまり警戒されない見た目となっている。そして、実際の人となりもそれに準ずる優しく危険性の少ない人物であることが知れる。
麻鷺荘ではパートナーである空亜だけでなく、上級生の女子が頻繁に彼を部屋に引っ張り込んでいることも知っている。
見た目は可愛らしく、中身は優しく、実は強く、セックスには積極的で、それでいてあくまで受け身体質で増長して女子を乱雑に扱うことはない。
学園の壊れた倫理観に染まってしまった上級生女子からしてみれば、尚典は非常に都合の良い存在だろう。
『娼婦』コンビの朱音と紫苑などは「叶馬くんか誠一くんに隷属した状態でなおくんを襲う」のが今一番はまっているプレイらしい。
「はい。よろしくお願いします」
そんな尚典は今、麻衣よりも長いまつ毛の下で大きな瞳に真剣な色を乗せて細槍を構えている。
尚典の可愛らしい童顔と小柄で華奢な体格は、尚典の強い戦意と高い戦闘能力を見抜きづらくする効果があった。
『術者』系同士の対決は、基本的に距離を取った状態で始まる。
「《招来、猿鬼》」
「《ビッグオレンジボールフォール》」
開始の合図と同時に、尚典が自身の最強戦力である式神『猿鬼』を召喚した次の瞬間、麻衣がマジックロッドを手首だけで小さく振ると、猿鬼の頭上から巨大な火の玉が降り注ぐ。
直径三メートルほどもある明るいオレンジ色の火の玉が猿鬼を飲み込み、消え去るとそこには何もなかった。
「うっそでしょ!?」
最強戦力を一瞬で焼き滅ぼされた尚典が絶句している間に、麻衣は次の攻撃に移る。
「《チェリーショット、ラビットシュート》」
それはさながら火球による連射式散弾銃だ。
ビー玉ほどの火球はまとめて数十発、それが何度も何度も放射状に放たれる。
「っ! 《臨・兵・闘・者、皆・陣・列・前・行》、【水】!」
その攻撃を尚典は間一髪で、水の壁を築くことで受け止める。
透明な水の壁は一見すると防御力など無さそうだが、今の尚典の力量をもってすれば鎧犀の突撃とて一度くらいは止められるだけの強度がある。
特に火炎攻撃に対しては絶大な防御力を誇る、はずだった。
その水の壁が瞬く間に沸騰し、蒸発し、瞬間的に小さな穴が開く。
「《壁》!」
尚典はとっさに小型盾ほどの小さな光の障壁を築き、突き抜けて来た小さな火球をすべて捌いたが、『術士』系の出力において麻衣が大きく上回っていることを認めざるを得なかった。
「っぷ! 魔術士が陰陽師より火力よりな職だとしても、ここまで差があるのか」
尚典は思わずボヤくようにそんな言葉を漏らす。
『魔術士』と『陰陽師』は同じ『術士』系の第二段階職であるが、『魔術士』は純粋な火力職なのにたいし、『陰陽師』は火力、バフ、デバフ、近接戦闘までこなすマルチ職という区分になる。
当然、火力自体は『魔術士』に分がある。だとしても、ほぼ同レベルの麻衣と尚典にここまでの差があるのは少々異常だ。
「あちゃ、防がれちゃうか。オレンジスライサー」
麻衣が放ったフライングディスクのような薄い円形の炎が複数、大きな弧を描く軌道で尚典の襲い掛かる。
前後左右さらに上からも遅いかかる炎の円盤は、前面に壁を張るだけでは防ぎようがない。
「っ《臨・兵・闘・者、皆・陣・列・前・行》、【防】!』
尚典は自分を中心とする半球型の光の防壁で対抗する。ただの魔力による防壁だ。当然先ほどの水璧と比べると火炎に対する防御力は落ちる。
「《『雨』雹』『消』》! 《『隠』『映』》」
当然のように防壁を突き破って来る炎の円盤を、尚典は防壁内部に豪雨を降らせ、それでもなお飛んでくる炎の円盤に氷の礫をぶつけ、弱まったところを消し去る。そして、光の防壁と中の豪雨で麻衣からの視認性が落ちている間に自分の姿を晦ませ、代わりに幻影の自分を映し出す。
そして、その状態の維持したまま破壊された結界の外に這い出てる。
『九字・十字』ならばともかくそれの詠唱破棄版の『一字』では、隠形も幻影も効果は弱い。
「あれ、どこ? あ、いた」
ほんの数秒程度で麻衣に見つかってしまうが、遠距離戦とはいえ戦闘中の数秒は決して短くない。
(はあ、ヤバい。遠距離の撃ち合いだと分が悪すぎる。でも麻衣さんも同レベルってことは……)
その数秒の間に尚典は呼吸を整え、作戦を決める。
「《招来・猿鬼》」
尚典は呼び出した式神の猿鬼は真っすぐ麻衣に突撃させる。
「きゃっ!? この《オレンジボール》!」
身長二メートル越えの大猿の突撃に悲鳴を上げた麻衣だが、すぐさまファイヤーボールで焼き払われる。
尚典相手には向けられない特大ファイヤーボールも式神相手ならば問題ない。
ルール上『肉体の大部分を消失させる攻撃』と『頭部を大きく損なう攻撃』は反則となっているため、麻衣の最大火力は直接相手には叩き込みづらいのだ。
だが、式神相手ならば雑にファイヤーボールをぶつけるだけすむ。
「《招来・猿鬼》」
「キモ! なおくん趣味悪い。《オレンジボール》」
「《招来・猿鬼》」
「またあ? 《オレンジボール》」
『陰陽師』のスキルである『式神』には、「思念」「形代」「調伏」の三種類が存在する。
術者のイメージとSPだけで具現化する「思念」型。
媒体となる物(多くは呪符)を核に呼び出す「形代」型。
そして、実在の存在を懲らしめたり説得したりして己の従者とする「調伏」型。
強力な式神はほぼ「調伏」型だと考えて差し支えない。
役小角の前鬼と後鬼。安倍晴明の十二天将。いずれも「調伏」型の式神だ。
学園の『陰陽師』系も式神としての適性があるモンスター限定で調伏して己の式神とすることが出来るらしい。もっとも騎士系の騎獣と比べると式神適性のあるモンスターは非常にレアなため、「調伏」型の式神を従えている『陰陽師』は稀らしいが。
ともあれ、今尚典が何度も呼び出しては麻衣にけしかけている猿鬼は、「思念」型の式神である。
開幕と同時に呼び出した猿鬼だけは『豊象神の牙筆』を用いて作り上げた呪符による「形代」型の式神だったのだが、一瞬で焼き払われた。
「思念」型の式神は基本的に弱い。今尚典が呼び出している猿鬼は特に注ぎ込むSPを最小に絞っているので、完全な見た目詐欺だ。
既知外領域のゴブリンにだって負けるだろう。今の麻衣がマジックロッドでぶん殴っても倒せそうなくらいだ。
「《招来・猿鬼》」
「もう、いい加減して、なおクン!《オレンジビーム》!」
苛立つ麻衣はファイヤーブリッドを持続照射しながら振り回すことで、猿鬼と後ろの尚典も薙ぎ払おうとする。
「おっと《壁》」
猿鬼は無防備に焼き払われたが、尚典は光の障壁を盾にして難を逃れた。
火力で圧倒しているため勘違いしがちだが、現状尚典と麻衣の総合レベル差はないに等しい。
火力の差はあくまで職の違いと本人の資質の高さから来ている。
同じ『術士』系で総合レベルが同程度ならば、基本的に総SP量も同等。
そして、見掛け倒しの「思念」型『式神・猿鬼』のSP量は、麻衣が放つ攻撃スキル一発より圧倒的に少なく。
「へ? あ、あれ?」
景気よく攻撃スキルを連発していた麻衣が先にSP切れを起こすは必然と言えた。
SPはスキルを放つ燃料であるが、同時に身体を守るバリアであり、纏うことで身体能力を向上させるブースターでもある。
そのため、SPの残量が一定を下回ると体が重く感じられる。
慣れていない者なら、脚をもつれさせて転んでしまうこともあるくらいだ。
麻衣は一応、SPの過剰放出状態も経験はあるのだが、それに対する危機感はなかった。
これまで麻衣はダンジョンダイブで最低でも叶馬と誠一に守られる状態でしか戦ったことがない。
日頃のダンジョンダイブでは、後方から攻撃スキルを放つ立場に終始しており、万が一SPを枯渇させてもパートナーである誠一が護ってくれて、その後SPを補充してくれる至れり尽くせりのダンジョンダイブしか知らない。
だから、SP残量を気にしながら戦うという感覚が育っていなかった。
「今! 《臨・兵・闘・者、皆・陣・列・前・行》!」
麻衣の膝が落ちかけたのを見た尚典は、全速力で麻衣に向かい駆けだす。
「あ、このっ、《ストロベリーカーテン》!」
「【淼】!」
麻衣はとっさにファイヤーウォールを張って尚典の突進を妨げようとするが、走りながらスキル『九字』を唱え終えていた尚典は一切足を止めることなく、『十字』目の『淼』を唱え、水の防壁をファイヤーウォールにぶつける。
威力に関しては麻衣が上という事実は変わらない。五行では水が火に優位なのだが、麻衣の能力はそれを覆す。
だが、大量の水をぶつけられたことで火力の下がったファイヤーウォールを尚典は正面から体当たりで突き抜ける。
「はあ!」
「嘘っ!? ガッ!」
完全に想定していなかった正面突破に麻衣が対応できるはずもなく。
尚典の突き出す細槍を、麻衣はその細い喉で受け止めることになるのだった。
「あー、まだ喉がおかしい。声が出しづらい。なおくんめ。可愛い顔してやる事えげつないんだから」
副将戦を残念ながら敗北で終えた麻衣は倶楽部対抗戦実行委員に傷を癒してもらい、そんな愚痴をこぼしていた。
「いや、見た目通り滅茶苦茶優しいぞ、あれは。本戦じゃあれが一番温厚な倒し方だ」
傷は完全に癒えたがまだ違和感が残るのか、何度も咳払いをする麻衣の背中を軽く叩きながら誠一は複雑な表情でそう告げる。
誠一の言っている内容は、基本的には正しい。
倶楽部対抗戦本戦はギブアップすら存在しない。戦闘可能状態であれば、本人の戦意が折れていても戦闘は続行される。
片腕片足を失っても、場合によっては戦闘続行可能と見なされるくらいだ。
それに比べて呼吸器官の損傷は、戦闘続行不可能を認められやすい。
基本的にスキルは発声を必要とするからだ。『戦士』系、『盗賊』系ならば多少声が出しづらくなっても気合の叫びだけで簡単なスキルは発動可能だが、『術士』系はそうはいかない。
尚典がやった「喉を一突き」というのは、損傷や痛みを最小限に抑える決着の付け方なのだ。
もっとも、今回は二回戦とは言えまだ一年同士、Fランク同士の対決だ。審判もその辺はファジーに対応してくれるので、事実上降参も認められるようなものなのだが。
とはいえ、対戦相手にそこまでの配慮を求めるのはお門違いだろう。
誠一もそれは十分に分かっている。分かっているのだが、誠一にとって麻衣は唯一のパートナー。大切な存在だ。傷つけてくれた尚典に「配慮ありがとう」と言えるほど大人ではない。
そんな学園では極めて珍しい相思相愛カップルの様子を見ていた倶楽部『神匠騎士団』の部長はのっそり近づき、口を開く。
「うむ。麻衣も良くやった。誠一も沙姫も、乙葉先輩も。勝敗は分かれてしまったが、それは戦いの常。後は俺に任せろ」
そう言って叶馬は、その場で何度も屈伸運動を繰り返す。すでに『重圧の甲冑』は装備した状態でだ。
相変わらずの無表情だが、この場にいる『神匠騎士団』の部員達には今の叶馬がとんでもなく上機嫌であることが見て取れる。
問題は叶馬の機嫌の良さはそのまま戦意の高さと攻撃力の増加に寄与してそうな点だ。
不幸中の幸いは、今のご機嫌叶馬を受け止める相手が、その叶馬の全力のじゃれ合いでも多分壊れ無さそうことだろう。
ついにはその場でピョンピョンジャンプを始める叶馬を見て、誠一は頭痛をこらえる様に右手で額を抑える。
「はあ……結局こうなったか。加減しろよって言いたいところなんだが」
「無理だ。健太は加減をして勝てる相手ではない。むしろ、全身全霊で立ち向かい、初めて勝つか負けるかの土俵に上がることが出来る」
誠一の言葉を叶馬はきっぱりと切って捨てる。
「いや、負けるには一番良いところなんだが。正直、明日の三回戦に出る方が罰ゲームに近い」
トーナメント表を確認している誠一が正直にそう打ち明ける。
だが、叶馬がそんな言葉に耳を貸すはずもなく。
「駄目だ。どのような理由があってもここで全力を出さなければ、俺は健太を友と呼ぶ資格を失う。あいつはそう言う奴だ」
全然そんなことはないのだが、叶馬の中ではどうやら健太はそんな男になっているらしい。
これはダメだ、と誠一が説得を諦めたところで審判から「両倶楽部の大将は闘技場へ」と声がかかる。
「承知。では、いってくる」
気合十分、SFに出て来るパワードスーツを彷彿させる全身甲冑姿で六角棍棒――『餓鬼王棍棒』が右手に持った叶馬がそう言って闘技場へと上がっていく。
「御屋形様、御武運を!」
「ちょっと叶馬くん、やりすぎるんじゃないわよ」
「はーついに二大怪獣の激突か」
「おう、もうなるようになれ」
「が、頑張ってね、叶馬くん」
「うん、ミカンちゃんが止めないで応援してるってことは、問題はなさそうかな?」
そんなことを言っていた『神匠騎士団』のレギュラープラス補欠の六人だったが、闘技場に上がった叶馬と対戦相手の健太が向かい合うと、自然と皆口を閉ざして観戦に集中する。
「まあ、見てえか見たくねえかで言や、見たくはあったんだけどよ」
「だよね。実際どっちが強いんだろ、あの二人」
ぽつりと無責任な本音を漏らす誠一に、喉も機嫌も調子を取り戻したパートナーの麻衣がそう同意を示した。