「勝ったよ、健太」
「ああ。良くやってくれた、尚典」
華のように可憐な笑みを浮かべる尚典に健太は短い称賛の声を返して、顔より高いところでお互いの右手と右手を鳴り合わせる。
遅れて他のメンバー達も口々に勝者を褒めたたえる。
「凄い死闘だったな、尚典」
「流石はうちのナンバーツー」
「あざっす、尚典君! 俺の負けを取り返してくれて、マジあざっす!」
「くふー、尚典くんつっよーい! さいこー」
「大した漢ぶりです、尚典さん」
皆がひとしきり副将の勝利を祝ったところで、大将である健太は動き出す。
「そろそろ行く」
「うん、頑張って」
闘技場に向って歩き出す健太に尚典が真剣な表情で激励の言葉をかける。
遅れて他のレギュラー及び補欠メンバーも健太に声をかける。
「健太さん、健闘を祈ります」
「ご主人様、ファイトだよ」
「化け物退治、健太さんなら出来るって信じてるっす」
「勝ち負けはどうでもいいから、生きて帰って来てね」
「頭、御武運を」
『安息所』のメンバーは、主にダンジョンダイブを通して健太の非常識な強さを目の当たりにしている。
だがそんな彼、彼女達でもこれからの相手は「健太なら勝てる」と言い切れない。
こうして闘技場越しに見ているだけでも相手が非常識な化け物であることが分かる。
むしろ「勝てるとは言い切れない」つまり「負けると断言できない」時点で健太をとてつもなく高く評価していると言える。なにせ相手は雷神様、叶馬なのだから。
「ご主人様、大剣は?」
愛用の大剣を置いて闘技場に向かう健太に竹海がそう声をかける。
「叶馬相手には使えない。……いや、むしろ叶馬相手だと行けるか?」
竹海にそう答えた健太だったが、途中でとあることを思いつく。
元々健太は、対叶馬戦は最初から小剣『金狼木霊剣』で挑むつもりだった。
小剣術と盾術は真面目に受講して実戦も反復練習も重ねている健太だが、大剣に関しては刃筋を立てて雑に振り回す以上のことはできない。
十把ひとからげの雑魚ならばそれだけで一掃できるので重宝はしているのだが、人間サイズの強敵を相手にはあまり実用的とは言えない。
ずっとそう考えていた健太であったが、この直前でちょっとした使い道を思いついた健太は、結局いつも通り大剣をもって闘技場へ上がっていった。
「やっとだ。やっとこの時が来た。さあ、健太。存分に仕合おう」
装備だけでなく精神の意味でも完全武装状態な叶馬の言葉に、審判が白い覆面の下でビクっと体を震わせる。
自分に向けられているわけでもない闘気に最低でも第四段階の戦闘職であるはずの審判が反射的な反応を抑え切れなかたったのだ。尋常ではない。
その尋常ではない闘気を正面から浴びせられる健太は当然『戦士の不動心』をオンにしており、だから当然表情一つ動かさない。戦闘態勢も取らずに、リラックスした立ち姿のままだ。
「こうなった以上やるしかないだろうな。時間制限のある初日に当たることが出来たのが、不幸中の幸いと思っておくか」
健太は自分に言い聞かせるようにそう言葉を返した。
日頃は群衆に埋もれる健太の凡庸さが、この場では異様としてまざまざと浮かび上がる。
当然だろう。平和な繁華街をちょっとオタクくさい中肉中背な男子が普通の表情でスタスタ歩いていても誰の目にも止まらないだろうが、ゴ〇ラが襲撃する街中で皆が逃げ惑う中、明らかにゴ〇ラに狙われている本人が同じように普通の表情で歩いていたら誰が見てもおかしいと分かる。
今の叶馬と相対して「全くいつも通り」の表情でいつも通りに佇んでいることで、健太の凡庸さがはぎ取られる。まあ、実態は『戦士の不動心』という後付けチート能力に偽装されている健太の本性はその通りではあるのだが。
「双方所定の位置について。特別ルールで制限時間は三分だ……どうにか三十秒にまけてほしいところだが」
審判の最後の小さな呟きを耳にした健太が横目で審判の様子を見る。
白い覆面をしているので断言はできないが、その声と背格好からその人物はこれまで『学生決闘』で何度もお世話になっている決闘委員の方の気がした。
「見ての通り本日行われる本戦二回戦までは闘技場を四分割して、四試合を同時に行っている。
結界を超えて他の試合会場に影響を与える様な攻撃は可能な限り慎むように」
叶馬と健太を順番に見た審判は、そんなこれまで一度も聞いたことのない念を押すのだった。
「はじめ」
「《限界まで尖れ》《伸びろ》」
審判の始めの合図と共に、健太は両手で持つ大剣の二つの能力『鋭刃』『伸縮自在』を発動させる。
特に『鋭刃』は最大限だ。
そうすることで1メートル50センチほどもある灰色の自然石のような刀身は完全に消え去り、50センチほどだった柄は一気に4メールほどまで伸びる。同時に重量が激増する。
『鋭刃』を最大限まで発動させると刀身がなくなり鈍器になるというのは何か間違っている気がするのだが、実際どんな鋭い刃の状態よりも刃が完全に消失する棍状態が一番攻撃力が高いので大きな問題はない。
「《ふん》」
長さ一丈二尺(約4メートル)、重さ一万三千五百斤(約8トン)の棍を構える健太に対し、その意図を察した叶馬もその身纏う未来的なデザインの重甲冑――『重圧の甲冑』の能力を発動させる。
『重圧の甲冑』の能力、それすなわち重量操作。叶馬の重量は10トンまで嵩上げされる。
「すう……はあ……」
「《防御強化》《敏捷強化》《視力強化》《時間感覚強化》《筋力強化》」
叶馬がゆっくり息吹を繰り返し、『重圧の甲冑』を纏う体はもちろんのこと、逆立った頭髪から両手で持つ六角六尺棒――『餓鬼王棍棒』までバチバチと金色の雷光を放つそのその隙に、健太はこっそり自分に『増強術士』のスキルで自己強化に努める。
衆目に晒されるこの戦い、健太としては自分の異質さをさらけ出すような手札は切れない。『増強術士』系のスキルがギリギリだ。
これ以上は流石に「実は騎士ではない」と見ている者達にばれてしまう。
「《はあ》」
準備の整った健太は両手で持つ棍棒の先端を雷纏う友人に向けて、『重装騎士』の攻撃スキル『重装突撃』を敢行する。
「むんっ!」
対する叶馬は全身から金色の雷を放電しながらそれを迎え撃つ。
かくして、超高速の8トンと雷速の10トンが真正面から激突した。
人間同士の戦いでは聞こえてはいけない轟音と、ありえない規模の衝撃波が闘技場『全体』に響きわたる。
「……ちっ《ふうう》」
衝突地点から十数メートル下がったところで、健太は闘技場の床に棍をぶっ刺して無理矢理動きを止めた体勢で叶馬を睨む。
その叶馬は衝突地点から数十センチ下がっただけ。完全な健太の当たり負けである。
健太はぶつかり合った衝撃で靱帯の損傷や骨のヒビ(こっそり『自慰』を使用したのでもう治った)といった軽傷を負ったのだが、見たところ叶馬は無傷のようだ。
まあ、予想していたことではある。むしろ、「雷神無敵モード」の叶馬と正面からぶつかり合ってこの程度で済んだのは予想よりかなり良い結果とすら言える。
「クウウウウ、カアア!」
全力を出し、その全力を正面から受け止められたという状況に叶馬は悪魔のような笑い顔を浮かべ、気勢もしくは奇声を上げる。
叶馬のテンションはまさに最高潮だ。それを見た健太は「今しかない」と確信する。
『戦士の不動心』がオンになっている健太は、意図的に興奮しているような表情を作り、両手で持っていた棍の能力をオフにして、元の灰色の自然石のような大剣に戻す。
そして、その大剣を躊躇いなく闘技場の外へと放り投げ、
「来いよ、叶馬! 武器なんか捨ててかかって来い!」
と、大声で叶馬を挑発した。
「おう!」
当然のように叶馬はその言葉に応え、持っていた六角六尺棒――『餓鬼王棍棒』を投げ捨てる。
「よし」
それを見た健太はすかさず腰から主武器である小剣『金狼木霊剣』を抜く。
珍しく、本当に珍しく、叶馬が「え?」という顔をした。
「ひきょー、健くんすっごくひきょー!」
「いえ、戦いの場において卑怯卑劣はただの戯言。流石は健太さん、見事な詭道です」
闘技場の下、『神匠騎士団』側では麻衣と可愛らしく怒り、沙姫が視線は闘技場に向けまま真剣な表情でそう賞賛していた。
その隣で誠一は、あらゆる苦痛を一手に引き受けているような顔で吐き捨てる。
「……たんに叶馬がトンマなだけだろう。別段健太は、腰の小剣隠してもいなかったぞ」
だが、あの場面であの言葉。「叶馬なら引っかかる」と健太が踏んでいたことは誠一にも分かる。そう言う意味では確かに健太は見事に叶馬を嵌めたのだろう。叶馬しか引っかからないようなトンマな罠で。
闘技場では武器を失った叶馬と、主武器を抜いた健太が戦っているが、流石に現状は健太が攻勢、叶馬が守勢だ。
とはいえ健太の剣戟(まれに方形盾の殴打)の大半を叶馬はその両腕の篭手部分で防御することに成功している。
叶馬が装備している『重圧の甲冑』の元の持ち主だったゴブリンロードは、武器を持たないモンスターだった。主な攻撃手段は拳撃。そのため『重圧の甲冑』は両籠手部分がとりわけ分厚く頑丈にできているのだ。
重さもあるので、叶馬ならば武器攻撃をその篭手で打ち払うのも難しくはない。
だから、健太と叶馬の戦いはしばらくすれば互角の攻防へと移行する。
バチバチ帯電する叶馬と、たまに姿が消えたり、腕が見えなくなったりする健太が凶悪な火花を散らしながら、金属製の轟音を絶え間なく鳴り響かせている。
「互角……なんだろうな」
詳細は視認できない誠一は無意識に左掌で胃のあたりをさすりながら、そう呟いた。
実際に戦っている健太の感想としては、状況は互角とは言い難かった。
「はっ」
「っ」
健太の『金狼木霊剣』による剣戟を分厚い篭手ではじき返した叶馬は、逆の手で雷神無敵モードからの無拍子拳撃を放ってくる。
「《しっ》」
その一撃を健太は『堅牢盾士』の防御スキル『瞬間強化盾』を乗せた左腕の方形盾で受け止めた。
スキルの効果で微動させずに受け止めることが出来た健太は、攻撃スキルを使おうとするが、
「むん!」
「《っち》」
その隙に再び雷神無拍子が撃ち込まれ、やむを得ず健太はもう一度『瞬間強化盾』を使用して受け止める。
(まずいな、攻撃スキルを使う間がなくなってきた)
超高速の攻防を繰り広げながら、健太は冷静に現状を把握する。
『増強術士』のスキルで自己強化している今の健太は、通常状態の叶馬を圧倒する身体能力がある。
しかし、GPを込めた超加速状態に入ると、今度は逆に健太には叶馬の動きは「辛うじて反応できる」程度に置いて行かれる。
問題は、その超加速状態「雷神無敵モード」はとんでもなくGPを消費してしまうことだ。
叶馬がまだ『雷神見習い』だった頃は叶馬の体感で5秒も発動し続けるとGPが完全枯渇していた。
『雷神』になっている今の叶馬でも、発動時間は10秒程度と推測できる。
しかし叶馬がそれを自覚しており「無敵雷神モード」を極めて短時間だけオンにして、きっちりGPを節約しながら戦っている。
そして健太が狙っているメインの勝算が、そのGPの枯渇であった。
攻撃力、防御力共にSPの上位互換なGPだが、数少ない欠点の一つが回復の遅さだ。
黙っていればそれなりに回復するSPと違い、GPの自然回復量はないに等しい。戦闘中に使い果たせばそれまでだ。
一方、SP回復量が多いとされる『術士』系の職を複数重ねている健太のSP回復量はとてつもない。SP消費量の少ない『戦士』系、『盗賊』系スキルならば連打しても回復量が勝る程だ。
だから、健太が繰り出している攻撃も叶馬の体にダメージを与えることよりも、その身に纏うGPバリアを殴ることで少しでもGPを消費させることを目的としている。
叶馬もそれが分かっているから、『重圧の甲冑』の篭手で防げる攻撃はあえてGPバリアを切って篭手で弾いている。
ここは我慢比べ、と健太が判断したのを超常の感覚で察知したのだろうか。
「はっ、ふっ、せい、ふん! ふん!」
「《しっ》《ふっ》《はっ》、がっ!? 《はっ》」
突然「雷神無敵モード」を一気に使用して放ってきた叶馬の連続拳撃の一つを、健太は防御スキルで防ぐことに失敗するのだった。
叶馬と健太が一年同士の時間限定戦とは思えない超常の激闘を繰り広げている頃。
観客席の後ろの端でそれを見ていた女子数人のグループがあった。
「とまあ、これが今の白鶴荘を支配してる健太。だから私達は今のうちに白鶴荘を出てあいつらから距離を置こうと思うんだけど、誰か異論ある?」
絶句する仲間達にそう告げたのは、柔らかそうなウェーブのかかったセミロングの茶髪と一年女子としては大きめの胸が特徴的な女子――聖菜だ。
聖菜は叶馬や健太と同じ一年丙組であり、同じ一年丙組の男子『勇者』の和人が中心となって作り上げた倶楽部『勇者団』の部員である。
『盗賊』系のレア職『海賊』であり、『勇者団』の初期メンバーであり、女子のリーダー格でもある。
性格も見た目通りに明るく気が強く、短い。倶楽部の男子に対してもズケズケとモノを言う。それでも『勇者団』の男子三人――和人、剛史、虎太郎には毎晩のようにセックスされており、「エロゴリラ」だの「デリカシー皆無」などと罵りながらも、その学園女子の立場を急速に受け入れた側でもある。
そんな聖菜だが、これまで男子寮に連れ込まれたり、他の女子の女子寮に男子と一緒に泊まりこんだりはしていたのだが、自分の住む白鶴荘には色々誤魔化して倶楽部の男子が来ないようにしていた。
最初は話が簡単だった。
当初、白鶴荘には静香と麻衣がいたのだ。当然のように白鶴荘には叶馬と誠一が泊まり込むようになった。
その事実を知れば、和人たちも「白鶴荘に行く」とは間違っても言い出さない。
だが、その後静香と麻衣は麻鷺荘へ転寮する。必然的に叶馬(と誠一)は白鶴荘に寄り付かなくなる。
もちろん、本人たちから直接聞くわけではないのですぐにはバレないが、曲がりなりにも同じ教室で生活をしているのだ。叶馬達の拠点が白鶴荘から麻鷺荘に移転したことは、やがて和人たち『勇者団』男子の耳にも届く。
「じゃあ、たまには聖菜達の部屋でやるか」という話が出てくるのは、時間の問題だった。
それがどんな問題を引き起こすのか、白鶴荘で今日まで生活してきた聖菜には容易に想像が付く。
今の白鶴荘は健太をトップとした倶楽部『安息所』の根城だ。
正直、聖菜の眼には当初健太を始めとした『安息所』男子など「番犬にもならない」としか映っていなかった。
健太の存在をありがたがる白鶴荘の先輩達も、健太の後ろに叶馬を見ているのだろう、と考えていたくらいだ。
だが、白鶴荘の寮長である四葉が正式に健太を白鶴荘の客人として迎え、浴室の使用許可まで出たあたりで「思っていたのと違う」ことに気づく。
そして、決定的な出来事を見たのは、ある晩のこと。
白鶴荘の女子と揉めた上級生男子が夜に数人押しかけて来た時、四葉の要請を受けた健太が極々当たり前の顔で、複数の上級生男子を畳んで追い返してしまったのである。
エントリークラスの寮に籍を置いている女子に執着する男子など上級生の中でも下の部類だろうが、それでも上級生は上級生だ。
『勇者団』では完全に別格扱いの和人でも一人では、同じことをするのは難しいだろう。
この時点で、『勇者団』男子が白鶴荘に一度も足を運んでいなかったのは、幸運な偶然だった。
叶馬ならば良い。まあ、あれが同じ教室にいるという事実は間違ってもよくはないのだが、あれだけ見た目で「わたしアンタッチャブルです」とアピールしてくれていれば、評価に食い違いは生じない。
だが、健太は違う。
断言しても良い。「こいつもヤバいから喧嘩売らないでね」と聖菜が和人たちに伝えても、絶対に通じない。
むしろ、笑いながら興味本位で健太に突っかかっていきそうだ(剛史辺りは確実にそうする、と聖菜は睨んでいる)。
だから、この倶楽部対抗戦が健太の化けの皮をはいだところを見せる良い機会だと考え、聖菜は倶楽部『勇者団』の仲間達を見学に誘ったのだが、あいにくと男子三人には断られてしまった。
公式の仕合の見学という形でも、あえて叶馬に近づくのは「絶対嫌」ということらしい。気持ちは分かるので、聖菜もそれ以上強要は出来なかった。
女子部員も何人かは男子に付き合わされてこの場にはいない。
『安息所』の一回戦と『勇者団』の一回戦が近くて、見学に向えなかったのが悔やまれる。
それでも、こうして女子部員の一部だけでも「健太の正体」を見せられたのはある程度の成功と言えるだろう。
「じ、冗談だろ? あの化け物と正面から殴り合ってるぞ」
かすれた声でそう漏らしたのは、弥生である。
弥生は一年丙組女子で一番の長身であり、中学時代は短距離でならした陸上選手だ。
現時点での職は『戦士』で、『勇者団』女子では一番頼りになる前衛である。実際、女子部員達からは頼りにされており、本人もその立ち位置を自然と受け入れる気質である。
まあ、それでも男子部員からは気軽に輪姦される存在でしかないのだが。
そんな弥生の日焼けしてキリリと引き締まった顔が青ざめている。
正直、弥生は健太を自分より格下に見ていた。精神的な意味だけでなく、実際にやり合えば「あれくらいなら勝てる」と踏んでいたのだ。
その格下と思っていた男子が、「絶対近寄りたくない生物」と今目の前で五分にやりあっているという事実に、頭が付いていかない。
叶馬が手加減をしている、という可能性はないだろう。
健太と叶馬の激闘は音も衝撃もド派手に巻き起こし、闘技場を四つに分けている結界も一部衝撃が突き抜けている始末なのだから。
本来初日の予選は四面を使って四試合同時に進行されるのだが、安全の確保が難しいという理由で現在残り三面の仕合は休止となっている。
「ほんとにあれ健太くん?」
小動物のように震えながらそう呟いたのは菜々実だ。
菜々実は弥生とほぼ同時期に『勇者団』に入部した一年丙組の女子であり、職は『戦士』。
十分に美少女と呼ばれる容姿をしているのだが、中肉中背の体格と大きな特徴のない顔立ちで、本人の性格も目立つことを嫌う、もしくは恐れる傾向がある。
そんな菜々実は内心で健太を「自分の同類」と見なしていたため、ショックはことさら大きい。
「残念だけど本当に健太よ。だから、あれとうちの男子を揉めさせたくないの。分かるでしょ?」
聖菜の言葉にこの場にいる『勇者団』の女子部員は全員首肯した。
どう考えてもこれは揉めて良い相手ではない。『勇者団』の男子など三人纏めて揉みつぶされるのがオチだ。
問題は叶馬と違い、健太は実際に戦っているところを見ない限り「ヤバい奴」だと分からない点だ。
『勇者団』の男子三人も何も言わなくとも叶馬とは絶対にもめごとは起こさないだろうが、健太は違う。周りが気を配っておかなければいずれ舐めて接触して、もめ事を起こす。
「ああ、ひとまず距離を取るべきだな」
蒼白な顔でそう同意する弥生の隣で、これまでずっと無言を保っていたもう一人の女子が口を開く。
「いっそ乗り換えるっていうのは?」
それを言ったのは、聖菜と並ぶ『勇者団』初期メンバーの一人、志保だ。職は『文官』。『勇者団』が早い段階で「運よく」ドロップしたコボルトの『モンスターカード』を主戦力としている。
そして、聖菜とはルームメイトでもある。つまり志保も現在白鶴荘の寮生であり、現状の白鶴荘と健太の関係について、多少なりとも知っていた側である。
志保は長い真っすぐな黒髪で前髪は綺麗に切りそろえており、一見した印象はいかにも優等生といった見た目をしている。実際、中身も優等生的で一年丙組の副委員長を務めている。
体格はスレンダーに見えるが、実はかなり着やせするタイプで実際のバストサイズは聖菜に勝るとも劣らないことを、『勇者団』の部員ならば男女問わず誰もが見て知っている。
真面目で清楚な第一印象とは裏腹に、意外と腹黒い言動が多く、学園の壊れた倫理観にもいち早く順応していることを今日までの付き合いで知っている聖菜は、志保の発言に驚きは見せなかった。
ただ半眼で睨み、
「良いんじゃない? 私はやらないけど」
とだけ告げる。
「じ、冗談よ」
聖菜の言葉に、志保は慌てて笑ってごまかした。
大体いつものパターンである。基本的に良く腹黒いことを思いつく志保であるが、度胸も行動力もないため、それをポロリと口から漏らすことはあっても実行に移ることはない。
それが分かっているから、周囲も志保の発言は基本的に聞き流す。わざわざ男子に告げ口をしても仲間内の雰囲気を悪くするだけだからだ。
実際、聖菜も健太の強さを知った後では「失敗した」という気持ちが全くないわけではなかった。
寄らば大樹の陰、という考え方は学園女子ならば一部の例外を除いて皆持っている思考だ。
その大樹が常時周囲を侵食する異形の大樹ならばともかく、いかにも無害そうな大樹であれば「あっちが良かったかも」という思いは湧いてくる。
だが、今から乗り換えるというのは無しだ。
そもそも、今寄っている男子――和人、剛史、虎太郎の三人が学年でも指折りの強者且つ「まだマシ」な部類の男子なのだ。
セックスの強要はこの学園ではマストだし、意外と面倒見が良くてダンジョンダイブにはこまめに連れて行ってくれる。
なにより、三人ともタイプの違う美形で学園に入学前から女に不自由しない立場だったのだろう。女を従えることに慣れている(実は虎太郎は違うのだが、その事実に誰も気づかないくらいに女の扱いが上手い)。
そのせいで強引な扱いも多いが、扱いなれている分そこまで酷い目には合わないし、口答えしても笑って流すくらいの度量もある。
男女の付き合いで男が強引というのは、その扱いが悪いものでない場合に限り、女にとっては「むしろ楽」というメリットにもなりうる。
総じて居心地は悪くない。
一方健太は、全く女慣れしてない。間違いなく入学前は童貞だった組だ。
それどころか、女子寮一つを丸ごと支配しているはずの今現在も、日頃の言動は一々童貞臭い。
白鶴荘の浴室で、先輩女子達に集られて良いように弄り回されて、情けない表情で情けない声を上げているのを見た聖菜は「ひょっとしてこいつまだ童貞なのでは?」と思ったほどだ。
女慣れしていない分「操縦」するのは簡単そうだが、逆を言えばちゃんと「操縦」してやらなければモジモジこちらの様子を伺うばかりでアクションを起こせなさそうでもある。それはそれで面倒くさい。
そもそもすでに複数のパートナーがいて、Cランク倶楽部の部長になっている健太が自分たちを受け入れてくれる余地があるのか? という問題もある。
結論は「乗り換えるデメリット、リスクの方が大きい」ということになる。
「そう。なら私と志保の二人が転寮ってことで良い?」
「う、うん。出来れば私達同じ寮に固まった方が良いと思うんだけど」
念を押す聖菜に冷静さを取り戻した志保がそう提案する。
この場合の私達というのは聖菜と志保だけではない。『勇者団』の女子部員全員のことを指す。
どうせ男子三人の相手をするために、どこかの寮に集まる必要があるのだ。ならば、最初から一か所に固まっている方が色々とやりやすいことは間違いない。
「そうだな。それなら私の寮に来るか? 寮長の話では確か空き部屋は結構あったはずだ。この間も二年の先輩が転寮していったし」
弥生のその提案に特に反対する者もなく、聖菜と志保は白鶴荘から弥生の住む女子寮に転寮する方向で話が進むのだった。