「すまん、勝てなかった」
闘技場を降りて来た健太は、開口一番そう仲間達に詫びる。
「いや、凄かったですよ、健太さん!」
「あれを相手に生還するだけで英雄だよ、ご主人様」
「うっす、まじリスペクトっす、健太さん!」
「お疲れ様、惜しかったね、健太。反省は後回しにして、今日は思い切り羽を伸ばそう」
「すっご、健太くん、すっご! ナイスファイト!」
「お勤めご苦労様です、頭」
出迎える『安息所』のレギュラーと補欠を合わせた六人は、口々にそう言って倶楽部の敗北を決定してしまった部長を労う。
その言葉はどれも本心からのものだ。
最も近くで健太と叶馬の激闘を目撃した彼、彼女たちに敗北した健太の評価が下がることはありえない。
むしろ、「うちの部長ここまで強かったのか!?」というのが彼らの感想だろう。
日頃のダンジョンダイブでは健太はモンスターを瞬殺するか、一瞬でダルマにするか、敵意だけ集めて仲間をフォローするか、いずれにせよあまりに余裕がありすぎて力の上限が分かりづらかった。
だが、今の戦闘で分かった。
自分たちのボスは、想定していたよりもはるかに強い。
それが分かった『安息所』の部員達は沸き立っている。その滅茶苦茶強いボスに判定勝ちした同学年の化け物については全力で目を逸らす。
そんな感じに盛り上がっていると、観客席から女子の集団がこちらに降りて来る。
蘭を始めとした『安息所』の残りの部員と、倶楽部『O嬢極』の部員達。そして、そのどちらでもない白鶴荘の寮生も数人混ざっている。
「ナイスファイト、健太君」
代表するようにそう言って来る蘭に、『戦士の不動心』をオフにした健太は、素の笑顔で答える。
「ありがとうございます、蘭先輩。ちょっと格好悪いところ見せちゃいましたけど」
「そんなことないっ、格好良かったよ、健太君」
謙遜する健太に蘭が少し食い気味にそう否定の言葉を重ねる。
「そうそう、リーダー君めっちゃ強いんだもん、びっくりしちゃった」
「そうね。凄かった。見てるだけで凄い刺激だったわ」
「お帰りなさい、旦那様」
「とにかく、よし」
「格好良かったよ、ご主人様、ヒューヒュー」
「帰ったら、お疲れ様会の用意をしています。よろしかったらご出席していただけると幸いです」
グイグイと距離を詰めて来るのは詩織、優梨愛、芽衣といった正式に健太のパートナーとなっている女子だけでなく、事実上のパートナーである和花、それ以外に一度接待をしてくれた『O嬢極』の女子達も興奮気味に抱き着いてくる。
そんな積極的な女子達に押されて正式なパートナーである幸子と藤子が近づけないでいることに気づいた健太は、一通りの抱擁を受けた後、幸子と藤子に近づき声をかける。
「幸子先輩、応援ありがとうございます」
「はい、御主人様。お疲れさまでした」
遠慮深い幸子は決して自分から抱き着いたりしない。それが分かっている健太は、幸子にはこちらから強引に抱き寄せる。
「藤子の声も聞こえたよ。勝てなかったけど」
「良かった、聞こえてたんだ。結果は残念だったけど、次は勝てるよ」
一方藤子は、もう少し積極性があるので、健太が受け入れる体勢を作るとおずおずと近づき、ぴたりと身体を摺り寄せて来る。
身体の距離感はともかく、言葉遣いや態度の距離感で言えば藤子が一番『近い』かも知れない。
藤子は健太のことを『恋人』と認識している。学園の常識として健太に自分以外の『恋人』がいることは『仕方がない』と理解しているが、それ以外の点に関しては世間――学園外の常識で言うところの『恋人同士』のつもりだ。
学園の常識、価値観に骨の髄まで染まり切った上級生女子から見れば藤子の態度は見ているだけでヒヤヒヤする。
「うん、ありがとう。まあ、叶馬との再戦なんてないに越したことはないんだけどな」
「あはは、それはそう」
だが、当の健太は他の上級生パートナーとは違う、「普通の恋人」っぽい藤子を喜んで受け入れている。
まあ、健太も藤子も学園入学以前には彼氏、彼女がいたことがないので、知識の上で知っている「それっぽい言動」を取ってるだけとも言うが。
健太の周りに集う女子が一番多いが、もちろん他三人の男子も放ってはおかれていない。
「なおきゅん、お疲れ様。つよいんだねえ」
流石の空亜も今日ばかりはちゃんとパートナーである尚典の応援に駆け付けていたし、
「来斗、凄かったよ。凄い頑張ってたよ」
来斗のパートナーである実咲も、来斗の右腕を胸の間に挟むようにして抱え込み、一生懸命来斗のことを労っている。
「うん、来斗君凄かった。私一回戦から見てたけど、すっごく強くて格好良くて、ドキドキした」
そう言って来斗の左腕を掴んでいるのは、淡い髪色と大きな垂れ目が印象的な一年女子だ。あいにく今は普通科の制服姿なので見えないが、来斗は以前彼女の横乳を見たことがある。
実咲が何も言わないところを見ると、彼女と実咲の間で何らかの協定が結ばれているのかもしれない。
霊王のところに駆け寄っている上級生女子二人は、『O嬢極』の部員だ。
「霊王くん、ナイスファイト」
「惜しかったね、格好良かったよ、霊王くん」
「ほら、御指名だよ」
それまで霊王の腕を取っていたパートナーの珠貴は腕を離すと、霊王の背中を押して駆け寄る『O嬢極』の女子二人に差し出す。
「お嬢!? あ、いや、いやじゃないっす。はい、あ、いや、でもここじゃなくて」
腕を取る、身体を摺り寄せる、足を絡める、頬や首筋に口づけをする、と好き放題される霊王を珠貴は斜め後ろからその特徴的な三白眼を細めて見守る。
元々ヤのつく自営業の家に生まれ育った珠貴の価値観は、学園入学前から世間の常識から少々外れている。
珠貴は男が二号、三号をもつことは男の『甲斐性』、それを認めて支えてやるのが女の『度量』だと本気で考えている。
特に『O嬢極』は『安息所』の庇護下にある倶楽部だ。
珠貴の感覚で言えば、自分の組の縄張りに出店している風俗店のキャストのようなもの。
こちらから体の関係を迫るのは行儀が悪いが、向こうからの誘いを断るのは野暮が過ぎる。相手を安心させるためにもちゃんと抱いてやるべきだ、という考えである。
そんな感じで盛り上がっていると、なかなか移動しない健太たちにしびれを切らした審判がこちらに声をかけて来る。
「仕合を終えた倶楽部は速やかに退出してください。後がつかえていますので」
「けっ、相変わらずえっらそうによ!」
丁寧に告げる白覆面の審判に、汚い金髪ショートカットの美女――良月が思い切り中指をおったてて、舌を出す。
「良月先輩!? す、すみません、すぐ移動します。良月先輩、ほらこっちです」
『戦士の不動心』をオフにしている健太は大慌てで、良月を抱き寄せペコペコ審判に頭を上げる。
「おう、そのままもっとギュッとしろ」
抱き寄せられた良月は両足を浮かせて両手両足で健太の体にしがみ付く。
健太は良月に抱き着かれたまま、早足でその場を後にするのだった。
白鶴荘で行われるお疲れ様会は夕食を兼ねている。つまり開始まではまだ時間がある。
蘭達と一度白鶴荘に戻った健太は、お疲れ様会までの時間を使って、単身麻鷺荘へとやってきていた。
呼び出すまでもなく、目的の相手――叶馬は麻鷺荘の玄関前で仁王立ちしていた。それも、『重圧の甲冑』を纏い、右手で『餓鬼王棍棒』を持った状態でだ。
「よく来たな、健太。やはり、お前も同じ考えだったか。そうだ、俺とお前の勝負に時間切れなど無粋が過ぎる。さあ、続きだ。どちらかが果てるまで」
その後ろにはちょっと困った顔をしている静香、あからさまに頭を抱えている誠一、無責任にケラケラ笑っている麻衣、笑顔で『順番待ち』をしている沙姫(腰にはしっかり水虎王刀を刺している)、そして血相を変えて「駄目だからね! ここじゃ許さないからね、聞いてる? 叶馬君!」と悲鳴を上げている寮長の乙葉の姿が見える。
遠目に叶馬の姿を見つけた時点で『戦士の不動心』をオンにしていた健太は、顔にも声にも一切表情を乗せずに一言で切って捨てる。
「やらん。お前との勝負など、公式戦だけでたくさんだ」
そしてそのまま、構えも取らずに無造作に歩み進む。
「む……むう」
健太の取り付く島もない対応に、さしもの叶馬も口ごもる。
歩く健太はとっくに叶馬の間合いに入っているのだが、叶馬は健太と『勝負の続き』がしたいのであって、戦闘態勢にないっていない健太をぶん殴りたいのではない。
「では、何をしに来た?」
不機嫌そうな叶馬の声を表情は、「どの面下げて俺の縄張りに入ってきた?」と凄んでいるように見えるが、『戦士の不動心』がオンになっている健太には、それが言葉通りの意味であると理解できる。
「お前に渡すものがある。あと蜜柑先輩達に依頼だ。詳しい話は中でしたいんだが」
「……………………わかった」
ひどく間があった後、叶馬は渋々そう了承の言葉を返した。
麻鷺荘の元ミーティングルームにして現『神匠騎士団』部室(仮)に通された健太は、早速持ってきていた包みをテーブルの上で広げる。
持ち込んだのは、壊れた白黒虎革の胸部鎧、装着型の小型方形盾、小剣『金狼木霊剣』。
さらに、底に梵字が刻まれた銀杯と、透明な一升瓶に入った日本酒『神の池』。
そして最後に素朴な作りの陶器瓶――『青鬼の瓶』。
それらを『神匠騎士団』の面々は興味津々に見ている。
現在この部屋に、『神匠騎士団』の部員の大半がいる。いないのは『調理士』の久留美、『菓子調理士』の芽龍、そして『調香士』の鬼灯の三人だけ。
健太を含めれば十八人の人間がこの一室にいることになる。
それでも『要塞建築士』の梅香の手で魔改造を施されたここ麻鷺荘の部室(仮)はまったく手狭に感じさせない。実に魔法のような建築技術である。
「むう」
「ふわああ、改めて見ると凄いです!」
「これは、お酒、ですか?」
「お、御神酒です」
「御神盃です」
「姫ちんと健太の兄弟装備が同じ日にぶっ壊れたか」
皆が口々に言っている内容に律儀に反応していていてはらちが明かないと悟った健太は、自分の予定していた順番どおりに話を進める。
「忘れないうちに主目的を果たしておく。これとこれは叶馬、お前にだ。勝ったお前は明日まだ仕合があるだろう。これで回復しておけ。ただ注いで飲むだけでも良いが、正しい飲み方は海春さんと夏海さんに聞けばいいだろう。
海春さん、夏海さん、お願いして良いかな?」
健太に水を向けれた双子――海春と夏海は揃ってコクコクと頷く。
「お任せください、です」
「吾主様の為に、ありがとうございます、です」
そう言って双子は日本酒の一升瓶と銀杯を受け取る。
その日本酒は鹿島神宮の総本山、茨城県の鹿島神宮内にある『御手洗池』の水から作られた正真正銘の『御神酒』である。
学園の食堂で扱っている裏メニューであり、これ一本で実に百万銭。外で買えば三千円前後なのでとんでもないボッタクリだが、実際この学園で『御神酒』はただの酒ではない。
巫女系、陰陽師系、他にも特殊な『術士』系、『文官』系で使い道が多いのである。
特に特殊な『術士』系、『文官』系は特定の血筋の者≒特級科の生徒となるので、彼ら基準の価格になっているという事情もある。
健太の予想が正しければ、先ほどの健太との仕合で叶馬はGPを使い果たしたはずだ。
GPはSPと違い、自然回復だけでは回復がおぼつかない。
GPの回復手段は就いているGR職ごとに色々あるのだが(『暴食』ならば食べるだけで回復する)、叶馬の場合はセックスをすれば回復する。
だから、健太もこれは杞憂とは思ってのだが、原作には健太は存在しない。
だから、原作ではGPを消費することなく明日の仕合に望んでいる。
叶馬が今晩誰ともセックスをせずに明日を迎える可能性などないとは健太も思っているが、一応念のためだ。
ちなみに全国にある鹿島神宮で祀られているのは『武御雷』だ。
その名の通り日本神話体系における雷を司る神なので、『雷神』である叶馬とは親和性が期待できる。
銀杯に掘ってある梵字『シャ』は月天を意味する。
月天はインド神話の月神チャンドラが仏教に取り入れされた姿とされる。
そしてインド神話における月の神はもう一柱ソーマという神がいる。
ソーマは本来神々の飲み物であり、月は神の杯とされていた。それがやがてソーマも月の神とされ、ソーマとチャンドラを同一の存在と見なす流れも生まれた。
月は神の杯。ソーマは月の神。その流れから、月天『シャ』の梵字を刻んだこの銀杯は注ぐ酒を『ソーマ』に近づける性質を持つ。
これで叶馬がGP切れ状態で明日の仕合を迎えることはなくなったはずだ。
「吾主様、どうぞです」
「静香お姉さまは吾主様の隣に座ってください、です」
早速双子は叶馬に銀杯、静香に一升瓶を持たせて場を整える。
静香は魔王であるが同時に叶馬の巫女でもある。
巫女の手によって注がれる御神酒はより強い効力を持って神の力を蘇らせる。
「こうでしょうか、叶馬さん」
「うむ、頂こうか」
むっつりとした無表情のまま、銀杯を干した叶馬は少しだけ無表情を崩し、目を開く。
「ほう」
『情報閲覧』のスキルを持つ叶馬の視界には、自分の状態もつぶさに移っている。
その『月天の神盃』に注がれた酒――『神酒(微弱)』を飲み干すと、それまですっからかんだった自分のGPバーが一気に一割以上回復したのだ。
「これ良い。これならば、明日も今日同様全力で戦うことが出来る」
叶馬の言葉に真っ先に反応したのは、旧『匠工房』の部長と副部長、蜜柑と凜子だ。
「だ、駄目だよ、叶馬くん! それは駄目!」
「蜜柑ちゃんがこう言うってことは、多分本当に駄目なんだろうね。蜜柑ちゃん、分かってないことでも判断は間違えないから」
そんな蜜柑の反応に叶馬は困惑しながら反論する。
「しかし、蜜柑先輩。今朝は「予選戦えなかった分も、思いっきり頑張ってね」と言ってくださったのでは」
「健太くんは良いけど他は駄目!」
蜜柑の言葉に『戦士の不動心』がオンになっている健太は「あれ? 俺は生贄?」という考えが思い浮かんだが、そうではないことは明らかだ。
蜜柑の直感が「健太相手なら大丈夫。次の相手はヤバイことになる」と告げているのだろう。
「蜜柑ちゃん、蜜柑ちゃん、それ健太くんの前で言うのはどうかな?」
親友である凜子のツッコミに蜜柑は慌てて小さな両手をバタバタ振り、
「ご、ごめんなさい、健太くん。違うの、そうじゃなくて!」
一生懸命説明しようとする。
健太はパニックを起こしかけている蜜柑を落ち着かせるため、意図的に笑い顔を作ると、
「大丈夫です。俺なら叶馬とやっても俺も叶馬も問題ないと信頼してくださったんでしょう。分かってます」
と蜜柑の言いたいことを通訳する。
「うん、うん!」
何度も頷く蜜柑に、健太はせっかくだからそのまま蜜柑に持ち込んで来た話を進める。
「それで、蜜柑先輩。こちらの装備なんですが、メンテナンスと修復をお願いしたいのですが。あ、鎧は修復が無理なようなら、新調も考えています」
「うん、ちょっと待ってね」
本業の話となったとたん、蜜柑の可愛らしい童顔がきりりと引き締まる。
「リンゴちゃん、杏ちゃん。ちょっと見て。これは」
蜜柑はそう言って、凛子と杏を呼ぶ。
蜜柑は『鍛冶士』、杏は『裁縫士』、凜子は『鑑定士』だ。
旧『匠工房』の十人は全員凄腕の『職人』だが武器、防具を『視る』となるとこの三人が抜きんでる。
しばらくして蜜柑達が出した結論は、おおよそ健太が予想していた通りのものだった。
「『金狼木霊剣』は問題なし。ちょっと刃こぼれをおこしてるけど、このレベルの魔剣なら最低限の自己修復力はマストだから放っておいても直るよ。でも、せっかくだから私が研ぎ直してもいいかな?」
蜜柑はそう言って、『金狼木霊剣』の無事を保証する。
ダンジョンダイブでは大型モンスターが多いため、大剣の方が出番が多いが健太の主武器はあくまでもこのショートソード『金狼木霊剣』だ。手にもすっかりなじんでいるので、その主武器が問題ないというのは最高の朗報である。
「是非お願いします。どれくらいかかりますか?」
「これだけなら、すぐだよ。《えい》《ほりゃ》。はい、出来たよ」
その場で『鍛冶士』のスキル(恐らくは『修復』と『研磨』)を使って、蜜柑は『金狼木霊剣』のメンテナンスを終わらせた。
「流石、ありがとうございます」
「どういたしまして」
礼を言う健太に、蜜柑は照れくさそうな笑みを返した。
「残念ですけど、この胸部鎧は駄目ですね。作り直しても防具として信頼できる物にはなりません」
続いて、杏はちょっと残念そうにそう告げる。
こちらも健太が予想していた通りだ。白黒虎革の胸部鎧は叶馬の拳打で右側は完全に破壊されているのだ。形だけ直ったとしても強度がなければ防具として意味をなさない。
「そうですか。では、こっちは新調してもらえますか。素材は基本俺の手持ちからで、もしプラス特別な素材が必要なら調達してきますが」
そう答えながら、健太は『脳外記憶領域』を検索して、現在自分が所有している素材に目星を付ける。
防具向きの素材となると、第十階層『密林竜園』で集めたドラゴン系の皮や鱗、第十一階層『砂漠草原』の炭化重硬金属蠍の外殻、第十三階層『酸雨遺跡』のゴーレムの破片あたりが候補だろうか。
一点モノの素材を使うのであれば、『複製黄金鎧犀』の黄金の鎧片、四精霊獣の毛皮、ギヨーム・ド・ボジューのマントあたりも候補に入るだろう。
「分かったわ。私達も色々上達して扱える素材も増えたから、今できる最高の物を仕上げて見せるわね」
張り切る杏を頼もしく思いつつも、健太は付け加えずにはいられない。
「それは嬉しいんですけど、ダンジョンダイブはすぐにでも再開するんで。完成に時間がかかるようでしたら、繋ぎの鎧があると嬉しいんですが」
倶楽部対抗戦が終われば、薫書記から受けた特級科女子の護衛クエストが待っている。
既知領域の第十四層が舞台なので、今の健太ならば制服だけでもまず問題はないとは思うが、やはり最低限の防具はあった方が良い。
「うん、分かった。確か叶馬くんが持ってきたオークロードの鎧があったから健太くん様に『調整』するね。ちょっと重いけど健太君なら問題ないと思う」
小さな体に自信を漲らせてそう言ったのは蜜柑だ。革鎧ならば『裁縫士』の杏の領分だが、金属鎧ならば『鍛冶士』の蜜柑が一番頼りになる。
「分かりました、それでお願いします」
この先のことを考えれば強力な防具も欲しいが、それなりの防具は明日にも必要なのだ。
健太はそう答えた。
「この盾は、かなりヤバいところまでいってたかな。このまま使い続けるのは、おすすめしないかな」
最後に小型方形盾の状態をそう評したのは凜子である。
『鑑定士』である凜子の眼には、方形盾は危険信号を出しているのが見えるのだという。
言われて健太が方形盾の表面を撫でてみると、なるほど表面に歪な凸凹が感じられる。
健太の方形盾は腕を包むように歪曲した、簡単に言えばパイプを縦に切ったような形状をしている。
攻撃を受け流すのに重要なその丸みが歪んでいるというのは、場合によっては死活問題らしい。
「うん、直せるけどかなり微妙な調整になるから結構時間かかるかも」
蜜柑が「時間がかかる」と言うのだから本当に難しい調整なのだろう。
「なるほど。それでしたら、盾も繋ぎの代用品をお願いします。手持ちではなく腕に装着するタイプで」
「分かった。それなら健太くん。ついでに盾も強化するのはどうかな? 色々素材を足したりカードを使ったりすれば、もっとガキッとしていざという時シュッ、フワッって出来るようになると思うんだけど」
あいにく蜜柑語が堪能ではない健太には、蜜柑の言っている内容はさっぱりだが、自信に満ちてる蜜柑の瞳を見れば悪い話ではないと確信できる。
「そうですね。流石に即答できる話ではないですけど、使用感が変わらないで強化できるなら良いと思います」
とはいえ今の健太にとってはもう少し急ぐ依頼がある。
「後は別件で蜜柑先輩達に急ぎでお願いしたいことがあるんです。
『死國』のモンスター全般に有効で使い勝手の良い武器を一つと、あそこの臭い対策になるアイテムをいくつか作ってもらえませんか?」
それは健太としては本当に何気ない言葉のつもりだった。
アンデッド系は属性に癖が強くて、専用の武器が推奨されるのは学園でも習う事実でしかないし、バッドステータスのような実害こそないものの『死國』に立ち込める死臭と腐臭がかなりきついことは第十四階層に「一度でも足を踏み入れた者」ならば誰でも実感している事実に過ぎない。
だが、それをこの場で伝えるのはいかにもまずい。
「おい、健太。お前今、何層まで進んでる?」
顔を引きつらせる誠一の問いに、やっとまずいことに気づいた健太だったが、今更嘘をつくことも出来ない。
「ええと、今ちょうどその第十四階層…………」
現在はまだ六月。最初の倶楽部対抗戦の真っ最中
この時期の一年は第三層に到達していれば「まあ悪くない」と言われる。
常識の範囲でトップ層にあたる和人達『勇者団』でも第四層だ。もちろん、すべて『既知』領域の話である。
そして、健太と同じ『既知外』領域を進む叶馬達『神匠騎士団』の現到達階層が第九階層。
「やはり、俺たちは大幅に遅れを取っている。今後は更なる精進と、頻度を高めたダンジョンダイブが必須」
「はい、御屋形様!」
目の色を変える叶馬に、笑顔で同意するのは沙姫のみ。他の部員はドン引きに引くのみ。
叶馬全肯定の静香ですらちょっと困った様に「叶馬さん、流石にそれは」と諫めようとしている。
「ばーか、健くんのばーか」
「ごめん」
凄くまずいことを言った自覚のある健太は、健太が座っている椅子をガシガシ蹴飛ばす麻衣に素直に謝るしかなかった。