「ええと、それでは、みんな倶楽部対抗戦お疲れ様でした。『安息所』のCランク到達を祝って、その、乾杯」
「カンパーイ! 皆の者、今宵は健太部長のおごりじゃ、ふんだんに飲め! 食らえ!」
これも役目と苦手な乾杯の音頭を取る健太をフォローするように、風音が自然とテンションを上げた口調でそう続ける。
おかげで健太の堅苦しい乾杯の音頭でも問題なく場は盛り上がる。
「はあ、終わった。とにかく終わった」
「悪くない結果だったかな」
「竹海先輩はそうでしょうけど、俺としては不本意な結果っす。正直もうちょいやれると思ってたっす」
「反省点はいっぱいあるよね。僕ももっと強くならなきゃ」
大会で共に戦った仲間意識から、最初は選手同士の会話が弾むがこの場の主役である彼らがいつまでも一か所に固まっているのは無粋である。
レギュラー五人がそれぞれ引っ張られて食堂のあちこちに散っていく。
それは女子の竹海も例外ではない。強者女子はある意味で強者男子以上に女子からは憧れの視線を向けられる。
もちろん、倶楽部対抗戦の大将であり倶楽部『安息所』の部長である健太にはもっとも多くの女子が集まる。
「やあ健太君、今日はお疲れ様。大活躍だったね。こちらとしても頼もしい限りだよ」
そう言って、近づいてきたのは白鶴荘の寮長である四葉である。上はへそ出しのチビティー、下は太ももの付け根でバッサリと切ったデニムのホットパンツ姿だ。
小柄でスレンダーな体を健太の隣の席に滑りこませた四葉は、明るく笑いながらウーロン茶の入ったカップを掲げる。
健太は自分も麦茶の入ったカップを上げて乾杯の仕草を取る。
「本日はこの場を貸していただき、ありがとうございます。四葉寮長はまだ明日の仕合もあるのに、早くも敗退が決まった俺たちの為に」
健太の言葉通り四葉の所属する倶楽部は現役Bランクなので試合は明日からだ。しかも四葉はそこの倶楽部のレギュラーなのである。
明日勝てば見事、Bランク死守というわけだ。明日勝てば明確に、負けたとしても厳密に言えば今日で敗北が決まった健太の『安息所』よりも格上となる。
だが、そんな健太の言葉に四葉寮長はカラカラと笑う。
「あははは。今日の君たちの戦いを見て、自分が格上だなんて勘違いするバカはいないよ。うちの倶楽部なんて君の所も対戦相手の倶楽部もまともにぶつかったら完敗さ。相性の良い組み合わせになって一つ勝てるかな?って程度。
健太君や叶馬君の相手をさせられたらうちの部長なんて泣いちゃうよ」
倶楽部のランクは極めて重要だが、当然ながらそれも絶対ではない。
たとえ四葉寮長の所属倶楽部が全力で白鶴荘の守りについてくれたとしても、健太達『安息所』が守ってくれている今よりも良くなることはないだろう。
「はあ、そう言うことでしたら俺達もご期待に沿えるよう、今後も頑張るだけですが」
「ありがとさん、チュッ」
四葉寮長は最後に素早く健太の首っ玉に抱き着き濃厚な口づけをすると、ホットパンツに包まれた小さく引き締まった尻を振り、去っていった。
一般的にBランクより上の倶楽部に所属してる人間はミドルかハイの寮に転寮しているため、エントリークラスの寮に籍を置いている物好きは少ない。
この白鶴荘で言えば三人しかいない(以前は蘭を加えて四人だった)。
次に健太の側に寄ってきたのは、そのうちの一人である烏琉羽だった。
「健太さん。倶楽部対抗戦、お疲れさまでした。素晴らしいご活躍でしたね」
そう言って四葉寮長が先ほどまで座っていた健太の隣に座る。
やけに着飾っているか、その逆に肌の露出が多い女子が多い中、烏琉羽は普段通りの落ち着いた色合いのワンピース姿だ。
座る距離も学園女子としてはむしろ遠目で、ベタベタしてこない。
それなのに烏琉羽に優し気な笑顔で労われると、薄着の女子が肢体を押し付けてくる以上にドキマキするのはなぜなのだろうか?
「あ、ありがとうございます。烏琉羽先輩は大丈夫なのですか? 倶楽部から呼ばれているのでは?」
現Bランク倶楽部に所属しているという意味では四葉寮長と烏琉羽は同じだが、四葉寮長の所属倶楽部が珍しい女子が主体の攻略倶楽部なのに対し、烏琉羽が所属する倶楽部はごくごく普通な男子が主力で女子はセックス接待役な倶楽部である。
中でも烏琉羽は大人気な『娼婦』だ。倶楽部対抗戦真っ最中の夜に、倶楽部に連れ込まれていないのがむしろ不自然である。
そんな健太の疑問に烏琉羽は上品に笑うと、
「ええ。もう少ししたら倶楽部の部室に行く予定です。試合前日の『景気づけ』は皆さん頑張るのでちょっと楽しみですね」
そう余裕のある表情で伸びをする。
「そ、そうですか」
伸びをしたことで強調される、大きくはないが形の良い烏琉羽の胸元に視線を奪われながら、健太は動揺を隠せない声を返した。
烏琉羽が食堂から出て行ってしばらくした頃。
表向きは禁止になっている飲み物が回り、陽気になった四葉寮長が空になった瓶を振り回しながら大声で告げる。
「そうだ! 今日からお風呂のルール変更ね! これからは健太君だけじゃなくて『安息所』の男子は全員お風呂つかってよし!」
四葉寮長の声に、食堂からは大歓声が沸き上がる。
「ひゅー!」「まってました!」「わーい、増えた増えた!」「エアマット買おう、マット」
もちろん中には戸惑いの声もある。
「あの、ぼ、僕はあまりこっちにはこないので」
と顔を赤らめて目を伏せる尚典。
「え? いや、そんなこと言われても」
という動揺を隠せない来斗。
「まずいっすよ、お嬢。流石にそれはまずいっすよ」
とノリノリのパートナーに焦りまくる霊王。
だが、人数で見ればごくごく少数と言えるだろう。ごく一部の戸惑いの声は多くの大歓声に飲み込まれる。
「とはいっても混浴に抵抗のある子もいるかもだから、夕方六時から八時までは男子入浴禁止にしておきたいんで、ご協力お願いしまーす」
付け加える四葉寮長の言葉に、食堂全体から「はーい」という同意の言葉が返って来る。
女子入浴禁止の時間帯はないのだろうか? 一瞬そんなことを考えた健太だがまあないのが普通だ。ついつい忘れがちだがここ白鶴荘は女子寮なのである。
その流れになにか既視感を覚えた健太だったがやがてそれがなんであるか思い至る。
(そうだ。ネットで見た昔の喫煙、禁煙の時代の変化だ)
健太が物心ついた頃には公共の場が禁煙であることは当たり前だったが、その昔は大体喫煙可能だったらしい。
それが世の中に『嫌煙権』という言葉が出て来て、電車、飛行機、飲食店などの一部に『禁煙席』が設けられるようになった。
そこからほどなくして『喫煙権』と『嫌煙権』の力関係が逆転、一部に『喫煙席』が設けられ、それ以外は禁煙が当たり前となった。
そして今では、世の中大部分でタバコは吸えなくなった、らしい。
元々は男子禁制だった女子寮の風呂が一部時間だけ入浴できるようになって(それも健太の自主規制に過ぎないのだが)、今後は逆に一部時間だけ女子の時間となり残りは全て混浴となった。
禁煙、喫煙の流れに沿うとすれば、程なくして全ての時間が混浴になりそうな気配である。
「健太くん、これからは時間を気にしないでいっぱい混浴しようね」
ローテーションで今丁度健太の隣に座っていた風音は、ウキウキの声でそう言って健太の首に抱き着いた。
お疲れ様会に出席している者の大半は白鶴荘に寝泊まりしているが、一部そうではない者もいる。
「健太君、私そろそろ」
そう言うパートナーの藤子の言葉に時計を確認した健太は、思ってたより遅い時間になっている事実を知る。
「っと、ゴメン。そうだね。それじゃ俺は一旦藤子を送ってきます」
夜の学園内を女子一人で行かせるなど「今夜はどこかの男子寮に泊まります」と言っているようなものだ。
「尚典は?」
健太がそう声をかけると尚典も
「うん、僕らもそろそろお暇しないとだね。空亜先輩?」
そう言ってずっと隣でベッタリくっ付いていたパートナーの空亜に声をかける。
空亜の所属は白鶴荘ではなく麻鷺荘だ。
「んー?」
尚典に横から抱き着いて目を瞑っていた空亜がけだるげな声を上げて、薄目を開ける。
それだけで周囲の何人かが空亜に視線を奪われる。
空亜の見た目は、見た目だけは学園でもトップクラスだ。容姿だけならば烏琉羽すら大きく引き離している。
今も明らかにオーバーサイズのシャツとスウェットの下というだらしない服装で座っているのに、抜群のスタイルの良さが一目瞭然で、そんなただの部屋着も空亜が着ると「そういうファッション」と錯覚しそうな格好良さがある。
これで輪姦されている最中でも寝息を立てる怠惰さがなければ今頃AかSの倶楽部で姫扱いを受けていてもおかしくはないポテンシャルだ。
そんな空亜はすぐにまた目を瞑ると、
「めんどい。誰か私達に部屋貸してー」
そう、吐息に近い力感のない声なのになぜやけに通る声で宣言した。
とたんに食堂のあちこちからガタッという椅子から身を乗り出す音が聞こえてくる。
「はいはーい!」「うち、うちの部屋においでよ!」「ひゃっほー、今日はいい日だ!」「ナオ君まつりだー!」「お風呂解禁だし、まず一緒にお風呂入ろー!」
白鶴荘のお姉さんたちが大盛り上がりである。
なにせ尚典は『安息所』の副部長にして事実上のナンバーツー。小柄で可愛らしいという方向だが、容姿に関しては『安息所』男子でダントツ一番。
それでいてパートナーである空亜が麻鷺荘に引き籠っている関係上、ここ白鶴荘では滅多に遭遇出来ないレアキャラなのだ。
「え? えええ!? あ、空亜先輩!?」
「どうやら俺達だけみたいだし、もう行こうか、藤子」
「う、うん健太君」
戸惑っているだけで嫌がっているわけではない尚典をしり目に、健太は藤子と一緒に白鶴荘を後にするのだった。
いまだに価値観の大部分は外のそれのままだが、体は深く健太に隷属している藤子である。
夜道を健太と二人きりで歩くというだけでテンションが上がり、本人も無意識のうちに隣を歩く健太にすり寄り、健太の腕に抱き着く。
「倶楽部対抗戦お疲れ様。本当にすごかったよ。見てて私、自分は生産職で良かったって心底思ったもん」
人慣れした猫のように健太の肩に頬を摺り寄せながら、藤子はそんな呑気なことを言う。
「うん、無理はしなくていいよ。それでもダンジョンダイブでモンスターの相手は避けられないけど、そっちは大丈夫?」
学園の常識からは大きく外れた藤子の発言にさしもの健太も苦笑を隠せないが、それでも藤子の発言を否定はしない。もちろん口先だけの約束ではなく、行動で藤子を守っていくつもりだ。
結果として、藤子の価値観はそこから変化しない。する必要がない。
「うん、モンスター相手なら何とか。とどめ刺すだけなら『ノミノスクネ』が頼りになるし」
『ノミノスクネ』とは藤子の『強化外装骨格』の名前である。
『職人』の基本スキルであり、あまり頼りにならないことに定評がある攻撃スキルである『強化外装骨格』であるが、パワーだけはある。
そのため、無力化したモンスターにとどめを刺すという行為には非常に向いている。
藤子の『強化外装骨格』、『ノミノスクネ』は一言で言えば相撲取りをモデルにした埴輪型のゴーレムである。
大きさは『強化外装骨格』の中でも上位クラス。
全長は蜜柑の『強化外装骨格』『ゴライアス』より少し低いが、横幅は『ノミノスクネ』が一回り上回っている。
その巨体は破格の威力で、健太が無力化したモンスターにとどめを刺すだけならば、ただ倒れこんで下敷きにすれば大体すんでしまう。
「モンスター相手のガチ戦闘は?」
健太の問いに藤子は少し考える。
「うーん、今はまだ厳しいかな。久留美先輩が今度私の『ノミノスクネ』にも余ってる『粘糸器官』をインストールしてくれるって言ってたから、それが入ったらいけるかもだけど」
藤子はそう、悪びれず自分がまだまともには戦えないことを宣言する。
「そっか。まあ、とどめ刺しだけでもレベルは上がるし、当面は問題ないからゆっくりやってこう」
「うん、よろしくお願いします、健太君」
圧倒的に恵まれた庇護下にあることを今一自覚していない藤子は、学園生活に何の不安も抱いていない幸せそうな表情で頷いた。
藤子が籍を置く女子寮、橙鶫荘はエントリークラスの女子寮でも最下層である。
麻鷺荘に匹敵するくらい校舎から遠く、規模は二十人程度と最小限。寮費はエントリークラスでも最も安い。
必然的に自動振り分けされた一年はともかく、橙鶫荘に籍を置く上級生というのは「そこしか居場所がない」学園の最底辺層の女子となる。
そんな橙鶫荘の敷地の手前まで来た健太と藤子の前に立っていたのは、長い艶やかな黒髪が印象的な上級生女子だった。
「あ、恵恋先輩!」
その上級生女子を見つけた藤子は嬉しそうに笑うと、小走りに距離を詰める。
「やあ、藤子。思ったよりも遅くなったね」
「すみません、恵恋先輩。盛り上がってたら時間を忘れちゃって」
その会話だけでも藤子がその同じ寮の上級生女子――恵恋を慕っていることが見て取れる。
「あまり心配をかけないでね。この学園は物騒だから」
「大丈夫ですよ、健太君に送ってもらいましたから。あ、健太君、紹介するね。
この人がここの寮長、恵恋先輩。格好良くて物知りで凄く頼りになるの。
で、恵恋先輩。この人が、健太君。私のパートナーです」
無邪気な藤子の紹介に、健太と恵恋は視線を合わせる。
「あ、ええと。一年丙組、倶楽部『安息所』部長の健太です。この度は俺が引き留めたせいで藤子が帰るのが遅くなってすみませんでした」
たどたどしく名乗りながら頭を下げる健太に、恵恋は少しだけ肩の力を抜き口を開く。
「丁寧にどうも。ボクは三年辛組、恵恋だよ。一応ここ橙鶫荘の寮長をやってる」
藤子の手前、表向きは丁寧に返す恵恋だが、その表情の固さから健太に最大限の警戒を抱いていることが見て取れる。
まあ、そうだろう。最下層の寮から抜け出せない三年女子。彼女が今日までどんな学園生活を送って来たかは容易に想像がつく。
その警戒心を一朝一夕で解くことは不可能と思った方が良い。
「藤子から『補習レイドで』パートナーが出来たという話は聞いていたからね。キミとは一度話をしたかったんだ。藤子は先にも入っていて」
そう言われた藤子は素直に言うことを聞く。藤子からしてみれば、健太も恵恋もこの学園で出会った数少ない「信頼できる人間」だ。
「はい、分かりました。健太君、分かってると思うけど恵恋先輩に手出しちゃ駄目だからね」
「もちろん、分かってる。そんな不義理なことはしません」
(伊達)眼鏡の奥でちょっと厳めしい顔を作ってゲンコツでコツンと殴るジェスチャーを見せる藤子に、健太は出来るだけ誠実に聞こえるよう、真面目な表情でそう返した。
藤子も軽い念押しくらいのつもりだったのだろう。それだけ言うと小走りに小さな民宿のような建物――橙鶫荘へと消えていく。
「…………」
「…………」
残されたのは一組の男女。
健太と恵恋。
明かりは遠くから差し込む橙鶫荘の玄関の灯だけ。
さほど沈黙の時間は長くなく、先に口を開いたのは恵恋だった。
「一応警告しておくけどね、うちは結構怖い倶楽部のお兄さんが出入りするんだ。変なことを考えないほうが身のためだよ」
最初にそう脅しつけて来る。
その恵恋の脅しで、健太はやっとここが原作の短編で舞台となった場所であると確信が持てた。
転生前の健太は特別記憶力のある方ではない。思い出したことは『脳外記憶領域』に落す様にしているが、思い出せないことはどうしようもないのだ。
原作では彼女、恵恋は悪名高いBランク倶楽部『お尋ね者』のメンバーの公式パートナーとされており、ここ橙鶫荘もこれまで何度も『お尋ね者』の『別荘』にされていた。
『お尋ね者』がBに昇格してまともな部室をゲットしてからは放置され、橙鶫荘に一時の平穏が訪れたようだが、原作ではその『お尋ね者』が倶楽部対抗戦で叶馬の逆鱗に触れてしまい消滅。
どうにか逃げ延びて息をひそめていた残党数名が橙鶫荘と恵恋のことを思い出し、再び根城にしようとして叶馬に締められるという流れだったはずだ。
そのきっかけとなる倶楽部『神匠騎士団』と『お尋ね者』の対決は明日である。
健太は思考を巡らせる。
(俺が叶馬に負けたことで原作の流れになったと思ったんだが、こうして原作登場キャラと接触する流れになったということはまだ俺に何かやる事があるのか?)
と終わったつもりのイベントが終わっていなかった予感を抱くが、ひとまず今は目の前の人物に対応するほうが優先だ。
「御忠告ありがとうございます。先輩にこのようなことを言ってもすぐには信じてもらえないと思いますが、俺にとって藤子は大切なパートナーの一人です。可能な限り彼女の身と心を守ってやりたいと考えています」
そう出来るだけ誠実に響くよう、努めて健太は宣言する。
健太の宣言が想定外だったのか、恵恋はそれまでの警戒心バリバリの表情からあからさまに胡散臭いものを視る目に代わる。
「そう、それは素敵な考えだね」
言葉の内容は誉め言葉だが、全く信じていないことは声色と表情から察せられる。
学園の男子、特に一年の一学期から補習レイド行になるような男子がどんな人種であるか、理解している恵恋からすれば無理もない反応だろう。
類は友を呼ぶというべきか、橙鶫荘の配属された一年女子達は、全員がダンジョン戦闘に適応できないいわゆる「普通の女子」達であった。
そんな彼女たちが地獄に堕ちるのを少しでも先延ばしにするため、恵恋は一年全員にただでダンジョン低階層『既知』領域の地図を配った。
そしてどのルートを通ればモンスターに合わずに済むのか、どのタイミングでダイブすれば界門守護者が不在なのかを教え、どうにか一年一学期の補習レイド行を阻止してやったのである。
そこまでやっても落ちこぼれたのが藤子だ。
なだめすかしても、脅かしても、「ここで頑張らなきゃもっと地獄だよ」と正論を解いても、頑なにダンジョンダイブに行かなかった藤子。
その藤子が案の定補習レイドに強制参加させられ、予定より早く二日目の夜に帰って来たかと思うと、それまでとは打って変わった明るい表情で「楽しかったです。パートナーが出来ました」と告げ来たのだ。
「あ、この子壊れた」と確信した恵恋は特別不見識ということはないだろう。
本来の補習レイドがどんな地獄か身を持って知っている恵恋が、そう誤解するのはむしろ当然と言える。
実際、補習レイドを経験した女子の何割かが『壊れる』のは、恒例行事なのだ。
しかし、補習レイドで配られたクスリ――向精神薬には一切手を付けた形跡がなく、その後も定期的に公式パートナーとなった男子とダンジョンダイブに行くと言って帰ってきたら、一年ではありえない階層に到達していたり、『職人』とはいえ第一段階職に転職出来ていたり(本人に学生手帳を見せてもらった)と、壊れて妄想を語っているにしては言動を裏付ける証拠がボロボロ出てきてしまう。
極めつけが今回の倶楽部対抗戦である。
レギュラー五人のうち一年男子四人、二年女子一人、しかも大将は補習レイド参加者という「うん、まあ、頑張って」としか言えない倶楽部が、無事予選を突破してCランクに浮上したという。
倶楽部対抗戦の結果は電子学生手帳を繋げば誰でも確認することが出来るので、嘘のつきようがない。
どう考えても一年一学期から補習レイドに参加するような、最速落ちこぼれ組が残せる結果ではない。
となると別の可能性が浮かび上がる。「わざと補習に参加した」組だ。
参加するだけで経験値が入る補習レイドを「美味しい」としてわざと補習に参加する強者や、初々しい一年生のオナホ女ゲットをするため補習に紛れ込むろくでなしが一定数存在するのである。
その大半は上級生だが、寮の先輩に感化されるのが早い一部の一年生には真似をする奴もいると聞く。
だがそんな疑惑も当の本人に会ったことで、恵恋の脳裏から消え失せる。
これはまさに「最速落ちこぼれ組男子」の典型だ。
『術士』系第二段階職『巫女』の恵恋は、スキルが使えない通常空間では「『術士』系の中ではまだマシ」程度の力しかないのだが、こうして相対していると「これ位ならボクでも勝てそう」というのが正直な評価である。
「ありがとうございます。一年がこんなことを言っても簡単には信じてもらえないとは思いますが、これでも半端な上級生よりは強いつもりです。
藤子を守るためならお力になりますので、なにかあった時は思い出してください」
「ッ!……ありがとう、覚えておくよ」
健太の言葉に一瞬感情を爆発させかけた恵恋は、それでも最後まで強がりを通した。
それでは失礼します。と、学園男子にはあり得ない礼儀正しさを見せて健太が夜闇に消えていくのを見送った恵恋は、一人呟く。
「…………もう、変な期待もたせないでよ」
その消え去りそうな声は誰の耳にも届くことなく消えていった。