すでに自分の倶楽部の敗退が決まっている健太であるが気になることを確認するため、翌日も倶楽部対抗戦の会場――闘技場に足を運んでいた。
見学するのは当然、倶楽部『神匠騎士団』対倶楽部『お尋ね者』の仕合だ。
すでに先鋒から副将までの四試合が終了し、現在は大将戦。
「……原作通りなんだから良しとするべきか」
次鋒戦から『戦士の不動心』をオンにしている健太は、眼下の闘技場で行われている大将戦を見下ろしながら、そう呟く。
大将戦が行われているという事実からも分かる通り、これまでの仕合結果は二勝二敗。
先鋒の沙姫が瞬殺で勝利。
次鋒の乙葉が嬲り者にされて敗北。
中堅の誠一が、相手の油断をついて短時間で勝利。
そして、副将戦。
乙葉の惨状に怖気づいた麻衣の代わりに急遽出場した蜜柑が、わざと武器を使わなかった相手に素手の打撃で長い長い時間をかけてグチャグチャに潰されて敗北。
次鋒戦から『戦士の不動心』をオンしたのは正解だった、と健太は冷静に自己分析する。
そうでなければ、健太も怒りと嫌悪感から冷静な判断が出来なくなっていただろう。
正直、これまで『神匠騎士団』の面々にはそれなりの干渉を加えて来た自覚があったため、結果が異なることも覚悟していた健太だったが、幸か不幸か結果そのものに変化はなかった。
実際には、原作では首狩りに成功してしまってあわあわと動揺するはずの沙姫が、期待外れのゴミを見る様な目で舌打ちをしたり、原作では最初から怖気づいて戦意が折れていた麻衣が、涙目で全身を恐怖で震わせながらもギリギリまで自分がいこうとして(結局足が動かなかった)いたりと多少の違いはあったのだが。
ともあれ、健太以上に乙葉、蜜柑と近い叶馬がその結果に我慢できるはずもなく。
大将戦は『重圧の甲冑』を纏った素手の叶馬が『お尋ね者』の大将である戦士系第三段階『凶鬼』をひたすら追い詰め、蹂躙する展開となっていた。
『凶鬼』はその物騒な名前通り攻撃力特化の危険な職として知られている。
『戦士』系第三段階職最強クラスの攻撃力。それでいて防御や機動性、手数などにもマイナス修正がない。
だが、一般的に同系統のノーマル職、レア職、スーパーレア職の間に総合力の差はないとされている。違いは片寄りによるものだ、と。
『剣士』系は素早く、クリティカル力が高い代わりに打たれ弱い。『騎士』系は防御力が高い代わりに足が遅い。『殴打士』系は攻撃力が高い代わりに騎士以上に鈍足等々。
では『凶鬼』――『狂戦士』系第三段階職である『凶鬼』はというと、理性が激減するのだ。
己の身すら顧みず、ひたすら敵を攻撃し続けるその戦闘形態は、パーティー単位が主体のダンジョンでは「味方殺し」として悪名高く、今のような一対一の対決では無類の強さを誇る……はずだった。
「『踊り狂え』《ごアアア》!」
『凶鬼』は黒い片刃の大剣を『覚醒』させ、狂乱することで攻撃力高めるスキルを使い、縦横無尽にその黒い大剣を振り回している。
さながら黒い鋼の嵐。だが、その攻撃は叶馬の手甲でことごとく払われていた。まるで羽虫のように軽々と。
当然だろう。今の叶馬は『重圧の甲冑』の能力をフルに発揮している。
総重量が10トンを超えるのだから、その手甲片方だけでも、『凶鬼』の装備込みの全体重の数十倍に及ぶ。
岩石と竹ひごがぶつかり合っているようなもの。根本的に『重さ』が違うのだ。
「…………」
攻撃を払いながら叶馬が進む。
「《あ……ウわあああ》!!」
狂ったように、大剣を振り回しながら『凶鬼』が下がる。
『凶鬼』は気づいているだろうか? 自分がずっと後ろに下がり続けていることを。
闘技場の広さが無限でない以上、必然的に『凶鬼』の背中は闘技場を仕切る障壁にぶつかる。
視界を遮らない透明な力場による障壁だが、その実態は空間に作用する遮断結界だ。
第三段階職でウロウロしている程度の『凶鬼』ごときが全力で殴ってもこゆるぎ一つする代物ではない。
「《ヒイイ》!!」
もはや誰が聞いても戦意に狂う狂戦士の雄たけびではなく、追い詰められた弱者の悲鳴でしかない声を上げる『凶鬼』はついに叶馬の手に捕まった。
叶馬がやったことはただ腕を掴んだだけだ。
ただそれだけで『凶鬼』の腕は卵のように握り潰された。
「ヒギイ!?」
まるで手首と肘の間に蛇腹関節が増えたようにだらんと右腕を垂れ下げた『凶鬼』は黒い大剣を落し、悲鳴を上げる。
「ふん」
叶馬は面白くなさそうに一つ鼻を鳴らすと、逆の腕も掴み同じように握る。
「フゲッ!」
両腕を握りつぶされた『凶鬼』にもはや戦闘力も戦闘意欲も残っていない。
痛みと恐怖から逃避しようと必死に体を揺らすばかりだ。当然、その程度のことで叶馬が手を離すはずもない。
丁度透明な障壁のすぐ下は倶楽部『お尋ね者』の選手と補欠の六人が見上げていた。
それらは揃って馬鹿のように口を開け、目の前で起きていることが理解不能という馬鹿面を晒している。
実際、タイマンなら最強とすら思っていた自分たちの部長が一年相手に、逃げることも出来ずに泣き喚ている現状が、現実だと認識できていないのだろう。
「次はお前達だ」
という叶馬の呟きは果たして彼らに届いただろうか? 届いたとしても今の彼らにそれを理解できるだけの知能は残っていなさそうだ。
叶馬が両手を離すと、『凶鬼』はぼろ雑巾のように闘技場に崩れ落ちる。
観客席で見ていた健太には、この時点で白覆面の審判が「それまで、勝負あり!」と宣告したのが聞こえる。
だが、叶馬は止まらない。
そのまま倒れる『凶鬼』をつま先蹴りで無理矢理仰向けにし、その顔面に右足の裏を乗せる。
健太はこの時、叶馬に声をかけるべきか考えたが、結局やめておいた。
今声をかけて叶馬を静止できれば、叶馬の勝利になるがそれはイコール倶楽部『神匠騎士団』がいきなりBランクになることを意味する。
そして、明日以降さらなるトーナメント戦が続くことも。それは目立ちすぎる。何が起こるは分からない。
ここは原作通り、勝負に勝って試合に負ける、反則負けがベストだ。
そう判断した健太の前で、叶馬に顔面を踏まれた『凶鬼』が必死に体をよじり何とかそこから抜け出そうとしている。
「ひ、ひ、ひ!」
しかし、両腕を握りつぶされている『凶鬼』にその足を退ける手段はない。
そして、今の叶馬は『重圧の甲冑』の能力で総重量10トン。
少しずつ、少しずつ、体重を乗せていくだけで、『凶鬼』の頭蓋骨がミシミシと歪む。
「それまで! こら、止まりなさい!やめ、だめ!」
審判が白い覆面の奥から焦りを隠せない悲鳴を上げる。
「おーい、そこまで、ストップストップなのだ!」
そんな可愛らしい少女の大声は、健太から少し離れたところの観客席から聞こえて来た。
可愛らしくデフォルメされた狼の着ぐるみを着た小柄な少女――『黒蜜』部長にして『暴食』の彩日羅である。
ちゃんと爪と肉球もある着ぐるみの両手をブンブン振って叶馬を静止しようと大声を上げている。
叶馬はピクリと反応したが、その顔つきは変わらない。足を下ろす気配もない。
これ以上は拙いと見た健太は叶馬の名前を呼ぶ。
「《叶馬、落ち着け》」
公衆の面前で船坂叶馬を呼ぶことはできないが、過去に一度フルネームを呼んでいる健太が術士系のスキルを使う時のように意識をしてSPを込めた呼び声には一定の力がある。
「……む」
健太の声に叶馬はそのあまりに似合い過ぎていた狂貌から、いつも通りの無表情を取り戻す。
「あ、正気に戻った。ほら、後ろ。暴走した時は仲間を頼るんだよー」
彩日羅の言葉に叶馬が振り向くと、闘技場下から誠一たちが必死の形相で「やめろ、やめろ」「ストップ、ストップ」と言っているのが聞こえる。
「ふむ」
すっかり頭が冷えた叶馬は『凶鬼』の顔面から右足を下ろす。
と同時に『重圧の甲冑』の能力も解除して、本来の重量(約100キロ)へと戻す。
どうにか収まった叶馬の下に白覆面の審判がやってくる。
「はい、試合終了。くそ、先輩め。絶対これ分かってて交代しただろ」
白覆面の下で何やら審判が悪態をついているが、それはあまりに小さな声なので隣に立っている叶馬の耳にしか届かない。
「とにかく、君は反則負け。決着コール後の追撃と、意図的な頭部への過剰攻撃の二重反則だ。
よって大将戦、勝者『お尋ね者』。『神匠騎士団』は敗退!」
そんな審判の宣言を持って、倶楽部『神匠騎士団』の倶楽部対抗戦水無月杯は終了を迎えたのだった。
その敗退をもって倶楽部『神匠騎士団』のランクもCに決定した。
それは最善に近い結果と言える。一年主体で男子は二人しかいない倶楽部がこれ以上勝ち上がれば悪目立ちが過ぎる。
ともあれ、結果が出たことで予定通り本日は麻鷺荘で『神匠騎士団』のお疲れ様会だ。
事前の打ち合わせで、健太の倶楽部『安息所』も全員参加して、お互いの顔合わせを済ませる予定になっている。
健太達『安息所』にとっては昨日に引き続き連日のお疲れ様会になるが、会場も違えば出席者の顔ぶれも違う。同じことの繰り返しで退屈ということはないはずだ。
昨日の白鶴荘でのお疲れ様会同様に、本日の麻鷺荘でのお疲れ様会も夕食を兼ねるため、開始時刻は夕方六時すぎとなる。
そのため時間の余裕は結構ある。健太達『安息所』の十四人はゲストのため、開始時間までに来ればよいことになっている。
元々開始時間も明確に決まっていないくらいの緩い集まりのため、『安息所』の部員達も各自現地集合という形になっている。
そんな『安息所』部員の中で一番早く現地入りしたのは藤子だ。なんでもこれを機会に久留美と芽龍に弟子入りしたいらしい。
それ以外の面々も、元々学園生には珍しくあまり不真面目な学生は少ない『安息所』である。一番遅刻や欠席の恐れのある空亜は麻鷺荘の寮生だ。
そんなお疲れ様会の会場となる麻鷺荘に最近新設された離れに一番最後に姿を現したのは、健太、叶馬、竹海、乙葉の四人であった。
「すみません。遅れました」
「遅参、申し訳ない」
恐縮仕切りで入り口で頭を下げる健太と、無表情ながらしっかり謝罪の言葉を口をする叶馬とは裏腹に、元『青色兎』の二年女子二人はトロンとした幸せそうな表情でそれぞれ自分のパートナーである一年男子にベッタリ抱きついている。
「いや、まだ始まってないから大丈夫だけど、何かあった? 健太?」
「なんか聞かねえほうが良い気がするんだが」
律儀に座っていた座布団の上から立ち上がってこちらに近づいてくる尚典と誠一に、健太と叶馬がそれぞれ答える。
「ん。ちょっとしたもめごとがあったんだけど、宴会で話すことじゃないからあとで。こっちで片づける問題だし、アイツらは生存権を放棄したと見なすから」
「ふむ、問題ない。すべてなくなる。元からその予定だ」
原作では、予選落ちしてFランクになった元の所属倶楽部『青色兎』をあおりにわざわざ倶楽部棟に足を運んだ乙葉がその帰り道、意味不明な逆恨みを募らせた倶楽部『お尋ね者』のチンピラたちに拉致され、『お尋ね者』の部室で輪姦されそうになっていた寸前で、偶然叶馬に救出される流れになっていた。
それがこの世界線では、乙葉と竹海という二人の元『青色兎』が仲良く一緒に煽りにいったようだ。
そして仲良く『お尋ね者』のターゲットにされて、仲良くご主人様に助けれらた。そういうことなのだろう。
まあ、叶馬と違い過保護な健太がいるので拉致されそうになった段階で介入したようだが。
ともあれ、主役ともいうべき両部長が席に着いたことで宴会は正式に始まる。
「みんな倶楽部対抗戦お疲れさまでした。『神匠騎士団』も『安息所』もCランクおめでとー。それじゃ乾杯!」
立ち上がっても小さな蜜柑の音頭に合わせて、あちこちから「乾杯」の声が上がる。
離れに設けられた宴会場は、温泉旅館の大広間を彷彿させるような縦長な座卓が二列に並ぶ大部屋である。
座布団の上で胡坐をかいて周囲を見渡した健太は、なんとなく小さな疑問を抱いていた。
(あれ? すでに露天風呂と離れが出来てたけど、原作でもこの時期だっけ? なんかこの離れもそれなりの瘴気濃度がある感じだし)
そんな健太の疑問は正しい。
原作では、梅香が麻鷺荘に露天風呂はともかく、その休憩所兼宿泊施設となる離れを築くのはもう少し後のことである。
そもそも、麻鷺荘の瘴気濃度が上がるダンジョン化が始まるのは、梅香が二つ目の第二段階職『迷宮創造士』の職を得てからである。
では、なぜこの世界線ではすでに離れが出来て瘴気濃度が上がっているかというと、梅香の手に便利な建築用のマジックアイテムが渡ったからである。『地天』と『地蔵菩薩』の梵字が刻まれた短刀というマジックアイテムが。
このお疲れ様会は、『安息所』と『神匠騎士団』の顔合わせという側面もある。
「わー、これウマ! こっちもウマー!」
それなのになぜか、『安息所』でも『神匠騎士団』でない、それどころか麻鷺荘の寮生ですらないデフォルメ狼の着ぐるみ姿の少女が、一足早くデザートが大皿の上に山積みにされたシュークリームやショートケーキをパクパク食べて、幸せそうにしていた。
「あ、チーズケーキ! それもうまそうなのだ!」
「あ、もう! 駄目ですよ、テーブルに置いてから一個ずつ取ってください!」
焼き上がったばかりのチーズケーキを持ってきた藤子が足元に絡みつく着ぐるみのちびっこをしかりつける。
着ぐるみちびっこ――Aランク倶楽部『黒蜜』部長にして現『暴食』ホルダーである彩日羅が伸ばしてきた手をペチンと叩こうとして空振りして「もう!」と怒っているくらいだ。
全く想定していなかった対応に、彩日羅は手に取ったチーズケーキを口に運ぶのも忘れて、
「え、ええと。私のこと怖くない、の?」
と藤子を上目遣いに見上げる。
「怖い? なにがですか? その食べっぷりはちょっと怖いというか引きますけど」
言われた藤子は何を言っているのかさっぱりわからない。
元々学園では常識知らず、ある意味怖いもの知らずの藤子であるが、本来彩日羅達『七つの大罪』に対する恐怖というのは知識や経験によるものではなく、もっと本能に由来する根源的なもののはずだ。
だが、この場では彩日羅に対し一般的な反応――本能的な恐怖に襲われている者が少数派である。
具体的に言えば、『神匠騎士団』側では誠一と麻衣。『安息所』側では来斗と実咲、霊王と珠貴。合わせて六人だけだ。
少し毛色が違うのが尚典で、平静とは言えないかなり緊張した表情を浮かべているが、来斗たちのように恐怖で凍り付いているとまではいかない。
他の者達はまったく動じていない。どうやら彼、彼女たちには彩日羅はただの可愛い着ぐるみの女の子にしか見えないようだ。
とはいえ、本能的な恐怖はなくとも二年以上ならばAランク倶楽部『黒蜜』の部長として彩日羅のことを知ってはいる。
部外者の乱入ではあるのだが、圧倒的格上相手だ。果たして、どうすればよいのか。
戸惑う女子達の代わりと言っては何だが、暴食の獣を確保に動き出したのはやはり二人の部長だった。
「彩日羅先輩」
「本日は関係者以外、立ち入り禁止です」
甘いものの口直しとして、照り焼きチキン(丸ごと)にかぶりついていた彩日羅の左手を健太が、右手を叶馬が掴んで摘まみ上げる。
「ふー、こらー、なにするだー?」
健太と叶馬に両腕を吊り上げられた彩日羅は、加えていた照り焼きチキンを噛み千切り、大半をテーブルの上に落してしまい、ぶらぶら揺れながら抗議する。
体格差はいかんともしがたく見えたのだが、そのまま彩日羅が両腕を吊り下げらたまま体をよじっていると、なぜか健太も叶馬も彩日羅を手放してしまう。
「あれ?」
「む」
「とりにくウマー」
健太は思い出す。またすぐ照り焼きチキンにかぶりつくその姿からは想像しずらいが、この時期に彩日羅は叶馬の『情報閲覧』でも情報のかなり部分が読み取れない、明確な叶馬の格上であるという事実を。
「もう、こんなに食べ散らかして。一人で全部食べちゃ駄目でしょ」
「デザートも足りないです。時間ない、から、パンケーキ焼くです」
幸せそうにパーティー料理を食べつくす不法侵入者の扱いは、料理提供者である久留美がツンデレぎみに、芽龍がいつも通りの人の良さで彩日羅のことを許してしまったため、なし崩し的に参加が認められた。
「料理もお菓子もみんなウマー! ん、このガトーショコラはちょっと微妙なのだ。あ、なにするのだー」
「ふん」
率直な感想をもらす彩日羅の手から、ふくれっ面の藤子は頑張って作ったガトーショコラの皿を奪い取るのだった。