両倶楽部の顔合わせの意味合いも大きなお疲れ様会。そのため最初の席はある程度、両倶楽部の部員が入り混じるように配置されている。しかし、『安息所』も『神匠騎士団』も部員の多くは陰キャ、コミュ力不足の者が多数を占めている。
必然的に、交友の口火を切るのは一部のコミュ強の部員達だった。
「ねね、優梨愛先輩。先輩のコスメって全部自作ってマジですか?」
と座布団の上から身を乗り出す様にして目を輝かせるのは、麻衣だ。普段、乙葉や蜜柑相手には先輩は付けてもほぼため口な麻衣が、優梨愛には一応敬語を使おうという努力の跡が見えるのは、やはりまだそこまで気安くない先輩だからか。
麻衣の対面に座るくっきりメイクの美女――優梨愛は、薄く口紅の移ったグラスを膳に戻して首肯する。
「ええ、本当よ。これでも『化粧士』ですからね。その手の物を造るのはお手の物よ」
「それなら、私にも譲ってくれませんか? 銭は払いますから」
麻衣はそう人懐っこい笑顔で交渉する。
学園の女子にとってメイクは自分の価値を上げるための武装の一つであるが、購買や学生街の専門店でも流石に外のデパコスを完全網羅しているほどの品ぞろえはない。
『神匠騎士団』の女子は武人肌でノーメイクでも全く問題ない美人顔の沙姫に代表されるように、あまりメイクに拘らない女子が多い。旧『匠工房』の面々も常時ノーメイクの蜜柑を筆頭に、メイク適当女子が多数派だ。
海春と夏海の双子はある意味『化粧』にも一言あるようだが、それは一般的なメイクとはちょっと違う。
そんな倶楽部内では少数派のメイクもオシャレも大好きな女子である麻衣としては、メイクの専門家ともいうべき優梨愛とは是非友好を深めたいのだろう。
優梨愛としてもメイクに力を入れる後輩女子が可愛くないはずもない。
「構わないわよ。銭はいらないから、使用感を後で聞かせてもらえないかしら? あと、良ければ私が直接メイクしてあげたいのだけれど」
「良いんですか? 是非、お願いします。優梨愛先輩、話せるー」
そんなウキウキにテンションを上げる麻衣のパートナーである誠一はというと、少し離れた席でとてつもなく熱心にある人物を口説いていた。
「な、だから一緒に行こうぜ。斥候とか鍵開けとか担当してくれよ」
熱烈に口説かれている金髪の男子――霊王は誠一の勢いに押されながらも、あまり乗り気ではないという意志表示をする。
誠一が霊王を欲しているのは自分の代わりに偵察や罠、宝箱を担当して欲しいからだ。
だから、強くなりたいという霊王の価値観からはあまり魅力的な誘いではない。
強くなることに貪欲という霊王の価値観を知った誠一は、
「そ、それなら、探索中にお前が使えるマジックアイテムが出たらお前優先ッて条件でどうだ? いや、使えないやつでも打ち直せばいけそうなやつなら蜜柑ちゃん先輩に頼んで打ち直してもらってもいい。もちろん、蜜柑ちゃん先輩への謝礼は俺が払うから」
それはもう思いつく限りの好条件を並べて口説き続ける。よほど自分の代わりに罠解除をしてくれる人材を欲していたと見える。
さらに言えば、霊王が自分のパートナーを大切にする(学園男子基準で)身ぎれいな男子であることも大きい。誠一と麻衣以外は叶馬のパートナーという『神匠騎士団』に混ざっても問題を起こさなさそうな、非戦闘系盗賊という人材なのだ。
「む、むう。確かに次の対抗戦までに強い武器は欲しいっすけど……」
ちらりと視線を向けられた霊王のパートナー――珠貴は座布団の上で綺麗な片膝座りを見せて、白磁の杯で購買裏メニューにあるお米のジュースを飲み干しながら、霊王に笑いかける。
「お受けしたらどうだ、霊王? 強くなりたいお前のとっても悪くない話だろう」
珠貴の言葉に霊王の心は大きく揺れ動く。実際、レベル上げと同じくらいに強い装備が強さに直結することを今回の倶楽部対抗戦でよくわかった。
健太の部員に対するバックアップは一年基準では破格のものだが、そこに更なる上乗せを望むのならば自分でも独自のダンジョンダイブを重ねるのが堅実だ。
健太や尚典、来斗が聞けば同意するだろう。「レア泥狙いで一番大事なのは回す回数。出るまで回せばどんなレア泥でも絶対出る」と。
「でも、そうなるとお嬢の護衛が」
強くなりたいというのは霊王の願いだが、その根底にあるのは「大切な珠貴を守るため」だ。
力を付けることに終始して、珠貴の護衛をおろそかにしたくないという霊王の思いを慮り、珠貴が言う。
「それなら、誠一さん。霊王を貸し出すときは私も同行させてもらえないでしょうか。これでも『侠客』。そこまで足は引っ張らないと自負しております」
三白眼で凄みのある美女の珠貴の言葉に、誠一は計算を働かせて考える。
『神匠騎士団』のダンジョンダイブは、基本サーチアンドデストロイ、入る経験値が膨大過ぎるせいで戦闘事のセックスタイムがマストになっている。
しかし、学園の常識に反して、『神匠騎士団』の女子は「貸出」厳禁だ。
なぞの精神制御が出来ている健太ならばともかく、霊王の場合は「女連れ」の方が問題が起こらなさそうだ。
「ああ、もちろん歓迎するぜ」
誠一は笑顔でそう請け負った。
誠一と霊王のように『神匠騎士団』側から『安息所』側に依頼する組み合わせがあればその逆も存在する。
「てな感じで私のゴブ君、やっぱ剣だけじゃなくて盾もちゃんとしたの持たせたいんですよ。鎧は『具象化』する度に着替えさせるのだるいかなあって思うんですけど」
と蜜柑に依頼しているのは、来斗のパートナーである実咲だ。
銀褐色のポニーテールが印象的ないかにもギャルといった風貌の実咲は『文官』系第二段階職『書記』のなり立てである。
ゴブ君とは実咲の主力モンスターカードであり、ゴブリン系『逸脱個体』の『ゴブリン・エリートソルジャー』だ。
『ゴブリン・エリートソルジャー』は『逸脱個体』としては最下層に近いがそれでも通常のゴブリンとは一線を画する実力がある。
一般的なゴブリンは身長一メートル前後で武器は粗末な木槍か棍棒で身に纏うのは腰布だけというありさまだが、『ゴブリン・エリートソルジャー』は身長一メートル八十センチ前後でしっかりとした作りの革鎧を纏い、飾り気はないが作りは悪くない長剣と丸盾で武装している。
しかし、その装備は今の『安息所』のレベルには少々おいていかれぎみになっている。
武器は蜜柑が造ってくれた無銘のマジックアイテムの長剣を実咲が持ち込んで使わせているので問題ないが、鎧と丸盾という防御装備が正直不安なのだ。
今回実咲が蜜柑にお願いしたのは、丸盾だ。
もちろん、蜜柑に否はない。
「まっかせて。ゴブ君の寸法は前に測ってるからすぐにでも作れるよ。でもゴブ君用だけでいいの? 実咲ちゃん他のカードもあるんでしょ?」
えっへんという擬音が聞こえてきそうなくらいに胸を張って請け負う蜜柑の後半の言葉に、実咲は少し考える。
一般的に『モンスターカード』はそのドロップ率の低さと需要の高さから、この時期の一年ならば最弱のコボルドでも高嶺の花なのだが、『神匠騎士団』同様『既知外』領域を主戦場とする『安息所』では結構な数のモンスターカードがドロップしている。
特に、倶楽部対抗戦直前のダイブではオークハイロードが率いるオークの大群(百匹以上)を殲滅した際、オークナイト複数枚とオークマギ、オークアサシン、オークロードといったレア個体のモンスターカードを入手している。
『安息所』の文官は現状蘭と実咲の二人のため、実咲にはモンスターカードの優先権がある。
実際念のため実咲がキープしているモンスターカードは、複数枚に及ぶ。
「んー、私動物系はあんま相性良くないみたいなんですよね。かといってオークロードはまだ私の手に余る感じだし。オークナイトを今から育てるくらいならゴブ君で良いかなって。ゴブ君のほうが格好いいし」
と実咲はひとまずの結論を出す。
確かに、顔はともかく全体のシルエットは引き締まった筋肉質なゴブリン・エリートソルジャーに比べ、オークナイトは二メートル二百キロの縦以上に横幅がある巨漢だ。
女子受けの悪さでは双璧なゴブリンとオークだが、見た目に関してはオークの悪評が一段上回る。
攻撃力と防御力が高い代わりに鈍足(非戦闘系女子でも運が良ければ逃げ切れるレベル)なオークナイトより、バランスの良いゴブリン・エリートソルジャーの方が安定して使えるという点も見過ごせない。
「そっか。分かったよ。頑張って格好いいの作ってあげるね」
「はい。んで、物は相談なんですけど」
装備に関する相談が終わったところで実咲は声を潜めて、今度は蜜柑の隣に座る杏に声をかける。
「その……ダンジョンダイブと関係ない『コスプレ衣装』って依頼できますか?」
そう小声で問う実咲の視線は、少し離れた席に座っている最愛のパートナー、来斗に向けられていた。
その来斗はというと案の定というべきか、開始早々沙姫に捕まっていた。
「来斗さん! 私の初太刀を受け止めたあれは何だったんですか!?」
「あ、あれはSPバリアを偏らせて守るやり方で、一応概念は一年の三学期で習うらしいんだけど」
来斗は沙姫の勢いに押され、胡坐をかいたまま後ろに倒れそうになっている。
元々太り気味な来斗は胡坐や正座が苦手だ。ついでに言えば、沙姫のような正統派美少女も苦手である。もっといえば女子全般が苦手。無条件で気後れしてしまう。
例外は理解ある彼女さんかオタトークで盛り上がることのが出来る同類の女子くらい。
そういう意味では、今の沙姫はある種共通の話題があるのでまだ、来斗にとって対処がしやすい女子と言える。
「なるほど、そんな技が。でもそれが出来たったことは私の初太刀を見切っていたということですよね!」
「いやいやいやいや、あれは完全なヤマカン。健太さんから「沙姫さんは最速で首狙ってくるから」って言われてそこ一点賭けで待ってただけだから」
賞賛を求める割に過大評価を極端に恐れるのは陰キャのサガと言うべきか。
来斗はその太くて短い首をブルブル振って沙姫の高評価を否定する。
「む、確かに言われて見れば。時にはあえて初手、見に徹することも必要でしょうか」
「いや、それはどうだろう? 戦闘方法って結局性格と合わないと上手くいかないから。
沙姫さんの場合は最速ブッパを前提に、分かってても防がれない最速ブッパを磨いて、防がれた時用、逆に利用された時用の二の太刀を用意しておいた方が良いんじゃないかな」
良さげなアドバイスを思いついたら言わずにはいられない。そんなある種オタクの悪癖が、来斗にも確実に存在していた。
「たしかに! そっちのほうが私の性にあってます! アドバイスありがとうございます、来斗さん!」
「いや、大したことじゃ」
学園基準でもトップクラスの美少女である沙姫の満面の笑みに、来斗は照れて頭をかく。
目の前の美少女の正体を知っているはずなのに。
「早速試してみたいです! 明日の放課後はどうでしょう?」
「え…………?」
少し遅れて来斗は目の前の美少女の笑顔は、肉食獣が牙を剥くのに等しいことを思い出した。
『安息所』が十四人、『神匠騎士団』が二十人。
これだけの人数が集まって、一組も「相性の悪い組み合わせ」がないというのは相当低い確率である。
とはいえその組み合わせの相性が悪いことは職から明らかなのだから、原作知識と自らの行いでその二人の職を知っていた健太が事前に対策しておくべきだったと言われても、一理くらいはある。
同様に叶馬も『情報閲覧』のスキルで両者の職を把握していたが、叶馬がそのような機微を効かせてくれると期待するくらいならば、『勇者』と『魔王』が出会ったその場で親友になる可能性に賭ける方がまだ勝算がある。
ともあれ、『踊る勇者』兼『良い踊り子』の竹海と、『魔王』兼『巫女』の静香は、長い座卓を挟んで向かい合って座り、笑顔で火花を散らしていた。
「理解できませんね。大切な人に迷惑をかけて、なぜそこまで自分を肯定できるのでしょうか?」
「ははは、自分を否定しながらご主人様にすり寄る方がおかしいだろ? そんな駄目な存在なら大切なご主人様の為に一秒も早く消えて居なくなるべきなんじゃないかい?」
欲望と自己否定の権化たる魔王の毒のある言葉を、独善と自己肯定の象徴の勇者は攻撃的な光の言葉ではじき返す。
「それを決めるのは私ではありませんね。私の自己評価など何の価値もない。大切な人の望みが最優先なのは言うまでもないでしょう? ああ、これは失礼。そちらはすべてを委ねているのではないのでしたね。それでは大切な人の本心は分からない」
自分の魂魄結晶が叶馬の右手に融合しているという事実を誇らしげに語る静香に、竹海は嫌悪の表情を隠さない。
「全て委ねるなんて聞こえの良い言葉を使ってるけどそんなのただの丸投げ、重荷じゃないか。ご主人様だって全能じゃないんだ。ご主人様が想像もしていなかった成長を見せるという気概もないのかい」
「全能ですよ? そちらは違うのですか?」
「あ?」
『七つの大罪』を内包する魔王と『七つの救済』を兼ね備える勇者の頭上に、『七つのラッパ吹き』の姿が幻視されそうになったところで、魔王と勇者のご主人様たちが割ってはいる。
「チルチル、静香、チラウト」
「竹海、黙れ」
女子としては大型で豊満な体つきの静香、女子としては破格の長身で負けないくらい胸と尻の肉付きが良い竹海。
だが、どちらもご主人様にとっては子犬より簡単に抱き上げられる存在でしかない。
「あ……」
「ん……」
魔王も勇者も、先ほどまでの凶相はどこへやら。ご主人様に撫でられた愛犬のようにふにゃりと表情を崩す。特に、初めて呼び捨てにされた竹海はさっきとは逆の意味で直視できない表情だ。
魔王と勇者の一触即発があっても、すぐに元の空気に戻ることが出来るのはそれだけこの場にいる者達の感覚がマヒしてきている証拠なのだろう。
現時点では魔王と勇者よりも格上の『暴食』の存在を見て見ぬ振りが出来るくらいには、図太くなっている。
静香と竹海が、それぞれ叶馬と健太の手により、宴会場でお互いもっとも遠い対角線の端と端に席を移され「今日はずっとここにいなさい」と命令される。
しばらくは、静香の周囲も竹海の近くも空白地帯となったが、程なしてどちらも近づいてくる人影がある。
「こら、竹海。何やってんのよ。私の寮で乱暴は許さないからね」
「ごめん、乙葉。ちょっと大人げなかったと反省しているよ」
と長身モデル体型の美女――乙葉が竹海にくぎを刺しに来たのは二人が元から知り合いであったころからも、乙葉がここ麻鷺荘の寮長であるという事実からも特に以外ではなかったが、意外だったのは静香の方だ。
「し、失礼します。こ、ここよろしいですか?」
と勇気を出して静香の隣を主張したのは、幸子である。
これまで何のつながりもなければ、気の弱さとコミュ力の低さはこの中でも指折りである幸子の行動としてはかなり意外である。
「ええ、どうぞ」
静香も心当たりがないのか、少し怪訝そうにしながらも特に断る理由もないので、そう答える。
幸子にとってそれだけ勇気を絞り出すだけの「なにか」があるのか。
静香の許可を得て隣に座った幸子は、とても小さな声で(それでも健太の耳には聞こえてしまうが)静香に訴える。
「あ、あの。…………や、やっぱり聖市にや〇い穴は必要だと思うんです! そうじゃないと、せせっかくの『和解の一夜』にラブラブサンドイッチが出来ないじゃないですか!」
小声で熱く、粘っこい主張をする幸子に、静香は一瞬驚いて見せた後、不敵に笑う。
そして、幸子の勇気を出した主張を次の言葉で一蹴する。
「いつから一つの穴に二本は入らないと錯覚していました?」
と。
「そ、そんな!? ただの二本じゃないんですよ。『絶対貫通男根』なんですよ。『無限如意肉棒』なんですよ! そ、それの二本同時……ほ、ほんとうに?」
驚愕に震える幸子に静香は不敵に笑い、告げる。
「良いことを教えましょう。聖市の受け力は無限です」
「は、はう……」
興奮極まった幸子は、恍惚の表情で崩れ落ちた。
隣の人間にしか聞こえないような小声でも、職を馬鹿のように重ねている健太の聴力なら聞こえてしまう。
(よし、聞かなかったことにしよう)
健太は女子のプライベート空間、プライベート時間を尊重している。そのため、大切なパートナーであっても知らない側面はある。そんなあえて彼女たちが自分から隠している側面について知ってしまっても知らないふりをするのが、人間関係を円滑に回すコツというものなのだ。
「すでに何度か顔合わせはしてると思いますけど、改めて紹介させてください。凛子先輩。
こちらが俺のパートナーで倶楽部『安息所』の副部長を務めてくれている蘭先輩です。
部長の俺も、もう一人の副部長の尚典も一年でまだ学園についても倶楽部についても知らないことが多いので、蘭先輩にフォローしてもらってます」
そう言って健太は隣に座る蘭の腰に腕を回して、蘭を抱き寄せる。
幸子ほどではないが、パートナーの中では奥ゆかしい部類の蘭に対しては、健太は最近努めてこちらから身体接触を求めるようにしている。
健太の気性から一般的な学園男子のようにどこでもここでも尻、乳房、股間に手を伸ばすようなことは絶対にしないが、人前でもこちらから遠慮しないで抱き寄せるようになった。
健太自身、蘭に対する愛情、欲情、そして独占欲は高まることはあっても減少することは一切ない。自分は節操なくパートナーもパートナーでもない体の関係のある女子も増やしていながら勝手なこととは思うが、それでもその執着は蘭にとっては望ましいらしい。
「うん、私は二年丙組の凛子。『神匠騎士団』では正式な役職はないけど、副部長の静香ちゃんと一緒に実務レベルのまとめ役をやってる感じかな。
健太君が私にわざわざ紹介してくれるってことは、そっちとこっちの意思疎通や条件のすり合わせは彼女が窓口になるって感じなのかな?」
制服のスカートのまま座布団の上でだらしなく胡坐をかく(健太からばっちり中が見える)凛子に、行儀よくあまり得意ではない正座をしていた蘭は少し緊張した面持ちで首肯する。
「ええ、そうなるわ。よろしく、凛子」
「うん、よろしく。こんな場面で早速だけど、健太君が叶馬君を誘ってる件についても蘭が窓口で良いのかな?」
凛子が言う「健太が叶馬を誘っている件」とは言うまでもなく、『白鯨』のレイドクエストである。
原作では叶馬達が自ら見つけてダイブしたはずのレイド。それがこの世界では発見できておらず、健太の下に『護衛依頼』の報酬として紛れ込んで来た。だから、健太は叶馬を誘った。
健太は蘭と見つめ合い小さく頷く。それを受けて蘭が口を開く。
「そうね。こちら側ではまだ全体には話を通していないから、参加者は流動的だけど」
叶馬が『説得』して全員が参加する『神匠騎士団』とは対照的に『安息所』は自由参加の予定だ。
原作の流れに沿いたい健太としては、本音を言えば自分以外は全員不参加でも問題ないくらいだ。流石にそれは部長として部員に不義理が過ぎるので自由参加という形で部員に伝える。
しかし、健太も『安息所』で自分の発言力がダントツで高いという自覚はある。
下手に「自由参加だ。俺は参加するけど」と言えば部員達、特に自己主張の弱い女子部員の一部には嫌だと言えない者が出る懸念がある。
だから健太は蘭、竹海、風音の三人にだけ事前に相談していた。
三人のうち最低でも誰か一人は率先して「私は参加しない」と宣言して欲しい、と。
渡りに船と言わんばかりに満面の笑みで手を上げて、「はいはーい、私パス!」と言ったのは健太の期待通り風音だ。
元々「戦士職になったのは何かの間違い」と言われる風音である。レイドクエストなどという危険は避けられるのであれば、全部避けたい。
そんな学園女子として多数派の意見を、健太を前にしても恐れずはっきり言ってくれる風音の存在は、こういう時には非常にありがたい。
竹海はもちろん参加。
問題は蘭である。
蘭はある意味で風音以上に、「普通の学園女子」だ。
男子の庇護に入る立場を受け入れ、男子に阿り、男子に縋り、男子の顔色を窺う。
特に蘭は健太への依存が強い分、健太の顔色を見抜く力に優れている。
その蘭の目には、健太が今回のレイドにあまりついてきて欲しくないと思っていることも読み取れてしまう。
普通の女子である蘭にとって、レイドに参加せずに済むというのはありがたい。だからこそ、蘭は怖い。
ひょっとして、健太がついてきて欲しくないと思っているというのは、自分の願望を勝手に重ねているだけなのではないか? と。
「んー、現時点で参加が決定してるメンバーだけでも教えてもらえるかな?」
だから、そんな凛子の問いに蘭は迷いなく自分の名前を加えることも省くことも出来ない。
「確実なのは健太さん自身を除けば竹海だけね」
「まだ話は通してませんが、通せば尚典はほぼ確実に乗ってくると思います」
そう付け加える健太の視線に誘導され、凜子は離れたところに座っているひと際小柄で可愛らしい容姿の男子に視線を向ける。
「ふーん。あの子はそっち系か。まあ、麻衣ちゃんとの副将戦を見た感じだとそう言われても納得かな」
健太と叶馬という例外を除き、学園の強者男子に強い忌避感を抱く凛子は、離れたところに座る尚典に警戒の色が滲んだ視線を向けた。
そうして、『安息所』と『神匠騎士団』の顔合わせは、健太が当初心配していたよりもずっと円滑に進んだ。
陰キャ、コミュ障が多数を占めることは紛れもない事実が、そういう人間もコミュニケーション能力が低いのであって人間性はどちらかというと善性の者が大半だ。
ならば、少数ながら紛れ込んでいるコミュ強が呼び水になって初対面の交流も作り物ではない笑顔と、愛想ではない笑い声が生まれていく。
「え? 出来るの? 安全拘束ベッド。欲しい、それマジ欲しいんだけど」
「あはは、私は拘束は抵抗あるなあ。でも、特注ベッドは欲しいかも。白鶴荘の備え付けベッドじゃ三人がやっとだもん。どうせなら健太君ハーレム全員乗るようなやつ欲しい」
「はい、出来ますよ。ご注文頂ければ」
とあるところでは詩織と風音が杏に『特注ベッド』を発注し、
「あの、空亜先輩。流石にここでは」
「すーすー………グヘヘなおきゅん……」
「おそれみかしこみももうててもうさく たかまがはらにかみとどまりましこと…………」
「…………たたりがみゑみがみはやりがみたちは あらひたけひたまふことなくして」
尚典を抱き枕にして畳の上に並べた座布団を布団に寝る空亜に、海春と夏海の双子はやけに真剣な表情で古風な子守歌のようなものを歌ってあげたありと、皆それぞれ仲良くやっている様子だ。
だからだろうか。
「どうだ、一杯」
「お前まだ飲む気なのか」
変わらぬ無表情の叶馬と、呆れたような表情を浮かべながら律儀に付き合う誠一がそろって近くに座った時、
「ああ、貰おうか」
健太は無意識の笑顔で、叶馬と誠一を迎え入れたのだった。