土曜日に新年度最初の倶楽部対抗戦を終えた翌々日の月曜の朝。
二年坤組の教室にその男子生徒が入ってきたとき、教室内の者達は皆知らんぷりをしながら緊張感をもって見守っていた。
大柄な体格と厳つい顔つき、そして角刈り頭が相まって「素人」と通り越して「本職」にしか見えないその男子生徒は「ちっ」と面白くなさそうに舌打ちをして、乱暴に自分の席に腰を下ろす。
誰も彼の方に顔は向けない、視線も向けない。だが注目は集めているその男子生徒のワイシャツの胸ポケットに縫い付けられているのは、狼が描かれた紋章。
先週の倶楽部対抗戦――水無月杯で無事、Bランクを維持した倶楽部『餓狼戦団』の紋章である。
この角刈り男子は、『餓狼戦団』のレギュラー選手なのだ。
Aランク倶楽部の『天上天下』と『黒蜜』にそれぞれレギュラーを務める二年男子が一人ずつ存在するがその二人は正真正銘のハイエンド。半ば外れ値に近い存在だ。
そう考えると今の時点で二年の教室でBランク倶楽部のレギュラーというのは教室内のカーストでは最上位に位置することが多い。
事実、その角刈り男子はこの二年坤組におけるトップの一人として扱われている。もっともその扱いは「特大の腫れもの」扱いであるが。
「けっ」
角刈り男子はいつも通り、不快感を隠さず偉そうにしている、ように見える。
だが、曲りなりにも二か月同じ教室で過ごしてきた二年坤組の者達には彼が、努めて自分の斜め前の席に座る黒髪ロングの女子を無視していることが分かった。
黒髪ロングで細身(だが巨乳)の女子。彼女の名前を幸子という。
今年のゴールデンウィーク前まで角刈り男子の公式パートナーだった女子だ。
札付きチンピラ倶楽部のパートナー女子と聞けば、ろくな扱いを受けていないのが相場であり彼女――幸子もその例にもれなかった。
角刈り男子にとって幸子は「いつでもすぐに使える便利な穴」以上の意味はなく、機嫌が良い時は同じ教室の男子に貸し出すこともしょっちゅうで、たまに連れていくダンジョンダイブでは主に生餌役。
気にくわない言動を取った時には『公衆便所』の札を下げて男子トイレに拘束しておいて、自分はそのことを忘れて帰ってしまうこともあった。
二年坤組の男子には、角刈り男子の機嫌が良い時に貸し出される幸子をひそかな楽しみにしている者も少なくなかった。
顔立ちは地味だが学園の平均――つまり美少女だし、細身なのに胸は大きい。臆病で男子に逆らうようなこともないので面白味はないが、そういう従順な女子の需要もそれなりに高い。
そんな角刈り男子と幸子の関係が激変したのは、ゴールデンウィーク明けのこと。
幸子の制服の襟についていたバッジが変わっていたのだ。角刈り男子の公式パートナーであることを示すいかにもヤンキーが好きそうなトゲトゲの狼のような紋章のバッジから、牡牝二匹のクワガタムシの紋章のバッジに。
それは、幸子の公式パートナーが角刈り男子から別の誰かに変わったことを意味していた。
その時点で二年坤組の者達には相当な驚きが生まれたのだが、本当の激震が走ったのはずっと遅れて角刈り男子が教室に入ってきたときだ。
角刈り男子は、自分の公式パートナーではなくなった幸子を『無視』したのである。
「てめえ、覚えとけよ」と脅すのでもなく、ニヤニヤ笑いながら「短い自由楽しんどけ」とあざけるでもなく、憎々しげに睨みつけるのですらなく、まったくそんな女子は最初から存在しない、自分とは一切関わり合いはない、と言わんばかりの徹底的な無視。
それは幸子を奪った今の公式パートナーに、角刈り男子が一切の反撃を諦めていることを意味していた。
同時にそれは、幸子の新たなパートナーが、幸子に手出しをすればキッチリ反撃してくるくらいには幸子を大事にしていることも。
Bランク倶楽部のレギュラーであり、戦士系第三段階職『戦闘士』である角刈り男子に、「勝てる」と断言できる者はこの二年坤組には一人もいない。
だから、角刈り男子が暗に「絶対勝てない」と認めた幸子の新しいパートナーの影を見た二年坤組の男子は、誰も幸子にちょっかいをかけてこなくなった。
そんな幸子にとって理想的ともいうべき状態が、変化する可能性があったのが一昨日まで行われていた倶楽部対抗戦だ。
倶楽部のランクが変われば個人の力関係が変わることもある。
角刈り男子の『餓狼戦団』はBランクを維持。幸子と幸子のパートナーが所属する倶楽部『安息所』はCランクどまり。
結論として、角刈り男子の態度は変わらなかった。幸子の存在を無視し続けるまま。
だから、二年坤組の男子の認識も変わらない。
「幸子の新パートナーやばい。幸子は手出し厳禁」と。
変化があったのは、様子見が終わった二年坤組の『女子』である。
「幸子、お昼は学食?」
「一緒に行こう、ね? いいでしょ」
「あ、うん」
午前の座学を終えてすぐ、そんな会話を交わした幸子は同じ教室の女子二人と一緒に学食で昼食を取っていた。
一人は小柄でたぬき顔に茶髪の女子。もう一人は中肉中背で猫っぽい女子。どちらもFランク倶楽部に籍を置いている。
幸子が頼んだのは一番安いサンドイッチセット。
今の幸子ならば食事代を節約する必要などないのだが、クラスメイトの目があるのであれば自重する必要がある。羽振りの良いところを見せればおこぼれ目当てが寄ってきたり、反感を買ったりしてしまう。
もっともそんな幸子の努力はあまり実を結んでいない。
目敏い女子が見れば、今の幸子の状況など簡単に推測が可能だ。
ワンレングスのセミロングな髪型は以前と変わっていないが、毛先の整い方が『千銭』美容室ではありえない丁寧さだし、髪の艶や漂わせている香りも購買で販売されている最低価格のシャンプー、トリートメントのものではない。
そもそも幸子は自覚がないようだが幸子の表情、漂わせている雰囲気が依然と段違いだ。
角刈り男子のパートナーだった頃にはいつも俯いて、痛みに耐える様な表情がデフォルトだったのに、パートナー変更の日から少しずつ、幸子の表情は和らいでいった。
最初はどこか不安げに、それから少しずつ穏やかな安堵感を覗かせる表情に。そして、今は所々で幸せそうな笑みをこぼしている。
一年間、チンピラ倶楽部に飼われていた幸子は、性感や性欲もそれなりに高まっている。
だが、今の幸子は欲求不満が溜まっているような雰囲気もないし、逆に寝不足になっている様子もない。性的にも満足させてもらっているし、逆に眠る時間もないような乱暴な扱いも受けていないということだ。
総じて幸子は相当『当たりのご主人様』をゲットしたと推測できるのだ。
「幸子の倶楽部、Cランクになったんだね」
「凄いよね。幸子のご主人様が部長さんなんでしょ?」
「う、うん」
クラスメイト女子二人の言葉に、幸子は少しずつサンドイッチを食べながら、たどたどしく応対する。
幸運をつかんだ女子がいれば、おこぼれにあずかろうとする女子がすり寄ってくるのは必然である。
この二人はその中ではまだマシな部類だ。
ただ幸子に(表面上)友好的な態度で距離を詰め、座学の間の休み時間や今のような昼食の時に幸子の側にいようとするだけである。
教室の男子全員から「手出し無用」の暗黙の了解を得ている幸子の側にいれば、降りかかるトラブルが激減するのだ。たとえば休み時間にムラっとした男子に『公衆便所』に連れ込まれる確率がぐっと下がる。
幸子としても教室で完全に孤立するよりは、見せかけだけでも「同性の友達」がいたほうが良い。
よほどのバックがあるか本人が十分な実力と名声を有しているのでない限り、孤立女子は狙われやすいのだから。
「倶楽部のランクが上がったら部員枠は増えるよね?」
「ひょっとして幸子の倶楽部も、新部員を募集してたりする?」
もちろん、たぬき顔女子も猫っぽい女子も「あわよくば」という下心はバリバリだ。
無意識に身を乗り出してそう尋ねる女子二人に、幸子は下を向きながらしっかりと首を横に振る。
「分からない。私はただの女子部員で部の運営に口出しは出来ないから」
その幸子の言葉は半分嘘だ。
元々倶楽部『安息所』は、Fランクで人員の上限は二十人のところ十四人しかいなかった。
この時点で部長の健太は自分のパートナーばかりが増えすぎていることを問題視し、「残りの六枠は二枠ずつ自分以外の男子、尚典、来斗、霊王のパートナー枠とする」と発表していた。
その後倶楽部対抗戦の結果、『安息所』はCランクとなったため人数の上限は五人増えて二十五人となっている。
その増加した五人分の枠に関しては、現状明確には決まっていない。
健太の日頃の言動からすれば、幸子がこの二人を新部員に推薦しても健太は別段怒ったり、不快に思ったりはしないだろう。
だが、当たり前だが幸子にそのようなことをする気はない。
これまでの学園生活で自主性や積極性を限界まで削られている幸子だ。健太のパートナーとなってから一か月と少しで急速に心身の安定性を取り戻してはいるが、生来の気性もあって能動的な行動はいまだにほとんどとることが出来ない。
それはある意味健太のパートナーになってしまった弊害とも言える。
なにせ健太は、最初に烏琉羽から受けた助言通り、幸子に対してだけは希望を聞くようなことも一切せず「ああして、こうして」と全て命令、もしくは指示してくれるのだ。
それも幸子の反応を伺って幸子が何も言わなくても嫌なこと、駄目なことは次から極力しないようにして、幸子が喜んだこと、嬉しかったことは忘れず継続してくれるのだ。
数多くいる健太のパートナーの中でも、一番甘やかされているのが幸子だと言っても一面真理かもしれない。
「そっか、まあそうだよね」
「女子部員の発言権なんてどこも一緒か」
「…………うん」
納得する女子二人の前で幸子は小さく頷きながら、昨日の日曜という至福の時間を思い出していた。
時はさかのぼり前日の日曜日。土曜まで続いた倶楽部対抗戦水無月杯は、大きな波乱もなく終わった。
しいて上げるとすれば『天上天下』がSランクになれずAランクどまりだったことぐらいだろうか。
前回のSランク倶楽部四つの内二つは解散しており、現存しているSランク倶楽部は『悠久庭園』と『千年王国』だけ。
残り二枠を前回のAランク倶楽部のどこかが取るだろうと予想されていた。
もっともSに近いAランク倶楽部、と呼ばれていた『天上天下』はその筆頭だったのだが、残念ながら今回もAランクどまり。
とはいえ、新たにSランクとなった倶楽部二つも元Aランクなのだから波乱というほどのことでもない。
ともあれ、その辺りはまだまだCランクどまりの幸子や健太には関係がない。
問題は、倶楽部対抗戦が終わった翌日の日曜日ということで、数少ない学生街の高級飲食店が軒並みAランク、Sランク(一部Bランク)の倶楽部に貸し切りにされてしまったということだ。
「すみません、幸子先輩。いつも通りの学食の食事で」
「いえ、とんでもありません。御主人様」
そんな言葉通り、デートのはずなのに朝食をいつも通りの学食で取っていた幸子は健太とそんな会話を交わす。
実際幸子の言葉に嘘はない。幸子の立場で昼も夜も丸一日ご主人様を独占できるというのは、もうそれだけで夢のような時間なのだ。食事など別段どこでも良い。大切なことはすぐ隣にご主人様がいること、それだけだ。
「それじゃ、行きましょう。幸子先輩」
「はい」
朝はパン派の健太に合わせて、クロワッサン定食で朝食を得た幸子は健太に手を引かれて立ち上がる。
健太は幸子の腰に手を回して、抱き寄せた。
午前中の学生街を幸子は健太に肩を抱かれて歩く。
「はあ」
優しいご主人様の肩に体を預けて歩く幸子は、思わず口から安堵の息をもらす。
既に一年以上をこの学園で過ごしている幸子だが、こうして日曜の学生街をのんびり歩くのは初めての経験だ。
当然と言えば当然である。
日曜日の学生街は一見平和で楽しそうに見えるが、そこを行きかう男女が全員豊葦原学園の生徒か関係者であることに違いはない。
そんな空間を幸子のようないかにも体力的にも精神的にも弱そうな女子が一人で歩いていれば結構な確率で拉致、輪姦コースである。とてもではないが心穏やかに過ごせる空間ではない。
パートナーと一緒ならばその危険はほぼなくなるが、以前のパートナーであった角刈り男子と一緒にいて幸子が「心穏やかにのんびり」していられるはずもない。
そもそも、角刈り男子はせっかくの休日を幸子に割いてくれるようなことは一度もなかった。
だから、今の時間がどれほど貴重なのか幸子は理解している。
隣にいて自分を守ってくれると確信できるパートナーが、自分一人の為に休日を費やしてくれなければ生まれない時間なのだから。
「幸子先輩。あちこち見て回りましょう。ついてきてください」
「はい」
グッと幸子の肩を抱いたまま歩き出す健太に幸子は、恐れも不安も抱くことなく素直に従順にエスコートされる。
朝食も昼食もそして当然夕食も、学生街の評判の良いレストランは予約で埋まっていた。
夕暮れ時。デートを済ませた幸子と健太は、白鶴荘に戻っていた。夕食はこれから白鶴荘で取ることになる。
朝食は学食。昼食はファーストフード。そして夕食は白鶴荘に戻って寮の食事。
そんな味気ないデートになってしまった埋め合わせとして、健太は学生街デートで幸子にプレゼントを購入していた。
過去、蘭や風音とデートした時は服や靴を選んで贈った健太だが、幸子はあまりファッションに興味がないらしい。それは別段学園に入学してから話ではなく、生来のものだという。
もちろん「服に興味がない」とは言ってもそれは女子の基準の話であり、男子の「服に興味がない」とは全然レベルが違うのだが。
ともあれ、そう言うことならばと健太は幸子には服ではなく、別なものを贈った。
それは「タブレットPC」である。正確に言えばタブレットPCとスタイラスペンのセットだ。
「す、すみません御主人様。こんな高いものを」
「気にしないでください、幸子先輩。俺が贈りたかったんですから。三食安いところで済ませた埋め合わせも含んでいますし」
恐縮する幸子の言う通り、学生街で購入するタブレッPCは間違っても安いものではない。
基本的にこの学園独自の通貨である『銭』はおおよそ一『銭』が一円と思ってよい。
しかし、学食や購買で販売される生活必需品は明らかに日本国内で購入するより安くなっているのに対し、贅沢品の類は最低でも五倍、物によっては十倍以上というとんでもない値段が付けられている。
健太が幸子に買ってやったタブレットPCとスタイラスペンもセットで百万銭を超えるというかなり暴利な値段になっていた。
それでも健太にとってはそこまで痛い金額でもないし、幸子にとっては非常に嬉しい贈り物だったことは確かだ。
幸子は内緒にしているがオタク的な創作活動をやっていた経験がある。
静香のように漫画をかけるほどではないが、一枚イラストならばそれなりに描ける方だという自負がある。それ以上に良く書いていたのが小説だ。
幸子は俗に言う『夢小説』や『BL小説』を書き、それに一枚イラストを添えるというスタイルで活動していた。
良く『夢女』と『腐女子』は相いれない的なことを言われることもあるが、基本的にそれは嘘ではないがかなり誇張されている。
確かにその手の物を好むオタク女子にどっちが好きかを聞けば、どちらかをはっきりと即答する者は多いが、だからと言って逆側を毛嫌いしている者は意外と少数派だ。どっちも美味しくいただいている者も少なくない。
そして、幸子はその『どっちも好物』なタイプだった。
つい最近まではとてもではないが創作活動に向けるだけの余力も精神的な余裕もなかった幸子だが、今は違う。
さらにイントラネット上で正規の傑作『ローズスクールハック&スラッシュ』通称『ロズスク』を読んだことで、創作意欲が湧いてきたところだ。
とはいえ、『夢小説』は正直ちょっと創作意欲がわかない。なにせ舞台を豊葦原学園に指定すれば、幸子の置かれている状況がそもそも『夢小説』のようなものである。正直、もっと幸せな展開を考えろと言われても思いつかない。
幸子は、蘭が「自分の今の立場が分不相応」と悩んでいることを知っている。「自分程度の女子が健太というハイエンドの男子の筆頭パートナーなどつり合いがとれていない」と。
だが、幸子には蘭が別段分不相応とは思えない。確かに健太はあまりに出来過ぎたご主人様だが、蘭には最初にアプローチをかけたという大きな功績がある。
釣れた魚が思った以上の大魚だったことは確かだろうが、蘭は自分から一年男子に声をかけたのだ。しかもその一年男子は一見すると誰がどう見ても「ハズレ」としか言いようのない頼りなさげな陰キャ男子。
現に六月になった今でも健太は同じ一年女子からは一度も誘いを受けたことはないという。たとえ偶然だったとしてもそれを見出してアプローチをかけたのならば、美味しい思いが出来るのは正当な報酬だと幸子は考える。
分不相応ということで言うならば、それは幸子自身のことだと幸子は確信している。
なにせ幸子はなにもしていない。蘭のように自らを健太に売り込むことも、竹海と風音のように友人を通して自分を紹介してもらうことも、詩織、優梨愛、藤子のように補習レイドで一緒になったという好機を生かしてアプローチをかけることも、幸子は一切していないのだ。
ただいつものように下を向いて息だけをする時間を過ごしていたら突然白い覆面をした決闘委員がやってきて「二年坤組、幸子ですね。貴方のパートナーは貴方のパートナー権を賭けて『学生決闘』を行い、敗北しました。
結果、貴方のパートナー権は一年丙組の健太に移行しました」と告げてきたのだ。
その決闘委員は小さなバッジを幸子に差し出し「パートナーバッジを交換してください」と言ってきた。
幸子は言われるがまま角刈り男子のパートナーバッジを制服の襟から取り外し、代わりに『牡クワガタと牝クワガタ』が描かれた新品のバッジを受け取った。
この時も幸子は流されるがままだった。特に驚きもなかった。
女子が勝手に景品されてやり取りされることなど、この学園では日常茶飯事だ。それなりに強いはずった前のパートナーから自分を奪い取ったのが一年というのはちょっと驚きだったが、だからどうしようという考えは何も浮かばない。
ただ決闘委員に言われた通り、新しいパートナーバッジを付けて新しいご主人様がいるというフリーマーケットの露店に行き、運命の人と出会った。なぜかハゲヅラを被っていたが。
その後もただ言われるがまま、流されるがままなのはそれまでの学園生活と全く同じ。
違ったのは命令する人間が変わったことだけ。
その結果、かけられるのは思いやりのある言葉。命令されるのは大半が実行可能なことだけ。実行した後に返ってくるのは過剰なくらいの誉め言葉と賞賛。実行できなかった時に返ってくるのは励ましの言葉と「とにかく頑張った」という肯定の言葉。
そして性行為は夜の寝室に限定。優しく、労わりに満ちて、それでいて与えられる快楽は今まで味わったことのない最上のもの。
学園で一年以上の時を過ごした上級生女子にセックスに対する忌避感は残っていない。男子に対する恐怖心や嫌悪感を植え付けられている女子は多いが。
むしろ、学園という特殊空間でのセックスに否応なく順応させられてしまった肢体はセックスを求める。
幸子の元パートナーは曲がりなりにも第三段階の戦闘職だった。もちろん『餓狼戦団』の他の男子達も多くは第二段階職、数は少ないが他にも第三段階職はいた。
そうした高レベル男子に隷属を経験していると、低レベルの男子とのセックスでは体の疼きが収まらなくなる。
だが、健太とのセックスではそんな恐れはまったくない。むしろ、最初の一夜の最初の一回で幸子の隷属は書き換えられてしまった。それから今日まで隷属は深まるばかり。
万が一、今幸子が元のパートナーとセックスをしたとしても十日やそこらでは隷属を書き換えられることはないだろう。
それくらいに圧倒的な強さで、今の幸子は健太に隷属している。
「幸子先輩。そろそろ部屋に行きましょう」
「はい。御主人様」
いつの間にか食事を終えていた健太に手を引かれた幸子は、うっとりとした表情で健太の胸の中に倒れこむようにして立ち上がった。
白鶴荘の幸子の部屋は風音との二人部屋だが、今日は健太との二人きりのデートの日だ。二人きりのデートとは翌朝まで二人きりということ。
風音は今夜は別な部屋に泊ることになっている。
幸子は一人、自分のベッドで愛しい御主人様の下で快楽の海に浸っていた。
「ああ、御主人様、い、いい、いい!」
幸子と健太は正常位で繋がっている。細い幸子の両足を健太が身体で割って入り、幸子のくびれた腰を両手で掴んで、何度も何度も腰を前後させる。その度に幸子の女陰に差し込まれた健太のペニスが強く出入りを繰り返し、幸子の脳裏に快楽の電流を流し続ける。
それに合わせて幸子の細い体には不似合いに大きな両乳房がプルンプルンと揺れる。
「御主人様 御主人様ぁ」
甘える犬のような声を上げながら、幸子はベットの上から愛しの御主人様に向けて両手を伸ばす。恐らく幸子自身は全く自覚していない行動だ。
健太はそれを見て、正常位のままゆっくりを状態を倒し、伸ばす幸子の両手に自分の両手を重ね合わせる。
「あ……」
両手を恋人繋ぎにした状態での正常位。幸子の顔に幸福感があふれ出る。
手で女子の身体を掴まない正常位は意外と難しいのだが、今の健太ならばそれくらいは問題ない。
「あ、あ……ああ!」
「っ幸子先輩」
幸子が達した数瞬後、健太は幸子の中に熱い白濁液を撃ち放った。
健太との一対一の夜は残念ながら長くは続かない。
健太の精力を受け止めるには女子一人では無理があるからだ。『娼婦』となった詩織ならばかなり頑張れるようだがそれでも一晩は持たない。歴戦の『娼婦』でありその上の『花魁』も見えてきている烏琉羽でも「無理ですね」と断言していたほどだ。
まして健太のパートナーの中でもレベルも体力も最下位に近い幸子の場合、健太が二回射精するまで意識を保っているのがやっと。
深夜、目を覚ました幸子は自分が裸のまま、同じく裸の健太と添い寝していることに気が付いた。
「……ん」
意識が半覚醒の状態で幸子は両手で自分の体をまさぐる。どこも汚れていない。自分の汗、自分の体液、そして健太の精液。すべて綺麗にぬぐい取られている。
いつものことだ。健太とのセックスは必ず女子が先に意識を飛ばす。健太は意識がなくなった女子を無理矢理起こしたり、意識を失ったまま「生きたオナホ」扱いでセックスを続行するようなことは絶対にしない。
女子達と自分の体を濡らしたタオルで清めて、後は寝るだけだ。
健太の精力はまだまだ有り余っているだろうに、そこで健太は留まることが出来る。もう慣れたものだ。
そもそも、今の健太が完全に満足するまでセックスをしようと思うと『安息所』のパートナー七人に『O嬢極』の健太担当(いつの間にかそうなっていた)の五人を加えたレイド戦が必要ではないだろうか。
「御主人様…………」
幸子は自分の方を向いて寝ている健太にそっと顔を近づけ、口づけを交わす。
「ん…………」
唇と唇を合わせるだけの軽いキス。それだけで幸子の体の奥から女の喜びが湧き出るのを実感する。
「御主人様」
そのまま幸子は健太に抱き着く。お互い裸だ。
健太の寝ていてもまだ全く収まること知らない股間の剛直が幸子の裸の太腿に触れる。熱い。大げさでなくずっと触れていれば火傷するのではないか、と思うほどの熱さだ。そして固い。まるで熱を持った鉄の棒のようだ。
「すごい……」
幸子はご主人様の熱さを肌で感じ、うっとりと目を細める。
あまり人には言えないことだが、幸子は実は寝ている健太の収まらないペニスに触れるのが好きだった。
まだ収まっていない精力。それなのに終わったセックス。それは健太が健太自身の精力発散よりもパートナーである女子の身体を労わることを優先してくれている証拠に感じられるからだ。
「ん…………」
「あっ」
そうしていると寝ているまま、健太が両手で幸子を抱き寄せる。健太は自覚していないが、寝ている時の健太は抱き着き癖がある。常にではないが、高確率で隣で寝ているとこうして抱き寄せられる。
それが知ったパートナー女子達は、セックス終了時になんとか自分が健太の隣になるようけん制し合っていたりもするのだが、恐らくそんな裏事情は永遠に健太の耳には入らないだろう。
「はあ」
ご主人様の両腕の中にすっぽりとおさめられた幸子は、安堵感と多幸感でそのまま溶けてしまいそうだ。
深く隷属している女子にとってご主人様の愛情は麻薬にも等しい。
優しく愛してくれて、強い力で守ってくれる。そして、その強い力を自分に向けることは決してない。
「愛してます、御主人様」
幸子はそのままご主人様の体温と愛情に抱かれ、強い腕に守られている安堵感に包まれ、再び眠りにつくのだった。