――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『捌』階層、『既知外』領域――
倶楽部対抗戦水無月杯を終えて最初のダンジョンダイブは、健太一人でのソロダイブだ。
今回のダイブの主目的は「新装備の慣らし」。
倶楽部対抗戦の対叶馬戦で健太は白黒虎革製の胸部鎧を全損、方形盾を長期メンテンタンスに出す関係から、『繋ぎ』の装備をしばらくは使わなければならない。
『繋ぎ』の装備は蜜柑達が用意してくれた。
今日はそれを身に纏っている。
本日健太がその身に纏っているのは分厚い金属製の鎧だ。全体の色合いは艶のない黒で装飾もない地味な作り。特殊な能力もない。
元は叶馬達が倒したオークロードからのドロップ品らしい。
身長二メートル五十、体重三百キロオーバーのオークロードの装備だ。『職人』に『適合』してもらったのでサイズは問題ないが、『適合』では重量は変わらない。
『適合』してくれた蜜柑は「ちょっと防御力を犠牲にするけど軽くすることも出来るよ」と言ってくれたが、試しにそのまま着用したところ大きな問題はなかったので遠慮しておいた。
黒鎧の総重量はおおよそ八十キロ。大剣を『鋭刃』したときの何百キロからトン単位の重量と比べれば誤差のようなものだ。
問題があるとすれば盾の方だろう。
蜜柑が用意してくれた盾は、小型の円形盾だ。健太に合わせて腕に装着して使えるように改良してくれたが、健太が長らく愛用していたのは長方形の小型盾である。使用感は違うだろう。
「方形盾の前は円形盾を使っていたから、大丈夫だとは思うがな。《来い》ジュゲム、《来い》ボンド」
健太の言葉を受けてゴブリン『槍獣騎士』のジュゲムと、コボルト『無法者』のボンドが具象化する。
健太の使役モンスターの中で、地下迷宮型のダンジョンでも小回りが利いて、能力的にも判断力的にも信頼がおけるものとなると、やはりこの二匹。ジュゲムとボンドになる。
「ジュゲム。ボンド。新装備の慣らし戦闘を行う。不測の事態があったらフォローを頼む」
「ギギ」
「オン!」
『地図帳』と『索敵』のスキルで周囲のモンスターの配置状況を把握した健太は短く太い槍を構えるジュゲムと、『韋駄天』の梵字が刻まれた短剣を構えたボンドを引きつれて、手ごろな玄室へと足を踏み入れた。
「……なるほど、な」
玄室にたまっていたオークナイトの群れを無事駆逐し終えた健太は、声に出して自己分析を始める。
「鎧は問題ない。俺のメインの戦い方だと重量が増えているのはデメリットよりもメリットが勝る」
健太が一番得意とする戦法――足を止めて守勢を保ちながら相手のすきを見て小剣で攻撃を加えるという戦い方ならば、動ける範囲において自重はあった方が良い。
敵は二百キロ級のオークナイト相手。足を止めてやり合えば、腕力では圧倒的に勝っていても体重差の問題から受け流しが少しでも失敗すればこちらが浮きかねないリスクがあったのだが、この分厚い金属鎧を装備するとその受け流しの精度がもう少し甘くても大丈夫なのだ。
原作で叶馬も言っていたが、ぶつかり合う白兵戦ではパワー以上に重量が重要という事実を実感する。
問題は巨体モンスター相手に取るもう一つの戦法――跳び回っての三次元機動戦ではやはり八十キロという重さが足かせになることだ。
ダッシュ、ジャンプにはなんら支障はないのだが、問題は停止時である。急停止しても慣性で重量分だけ体が引っ張られる感覚が強い。
まあそれも感覚の問題であり、戦闘を繰り返せば感覚が追いついてくることだろう。
それと比べればやはり、形状が変わった盾はもう少し注意が必要だ。
装着型の小型方形盾と小型円形盾。腕に装着して使うのは同じだが、形状が大きく違うとやはり違いが出て来る。
しっかり盾の中央部分で受け流せた時は問題ないが、円の外周近くで強い攻撃を受け止めてしまったときには、円形盾を装着している篭手が「回ってしまう」ような違和感を覚える。実際には、篭手は二の腕の部分の鎧パーツと結合しているし二の腕部分は肩の鎧パーツと結合しているので篭手だけがクルッと回ってしまうことはないのだが、違和感は大きい。
とはいえ、ここ第八階層で相手にするようなオークナイトやその上位種程度ならば大きな問題はない。
「本命の盾の修理は、形状や大きさは変えないようにお願いしたほうが良さそうだな。この盾も繋ぎの装備としては問題はない、か」」
健太はそう結論付ける。方形盾に健太が慣れてしまっているだけで、小型円形盾の強度や性能に問題はない。
主目的であった繋ぎ装備の慣らしを終えた健太は時間がまだまだ残っていることを確認し、次の行動に移る。
「そうだな。せっかく敵が弱い階層で時間が余っているのだから、新戦力を試してみるか」
そう呟いた健太は三枚のモンスターカードを取り出す。
「《来い》バッシュ」
「グラアァァオォ!」
健太が具象化したのはオーク『術士』のバッシュであった。健太待望の後衛である。
オークナイトは身長二メートル、体重二百キロの巨漢デブだが、オーク『術士』はそれより一回り背が低く、二回り細身だ。
見たところ身長百九十センチ、体重百三十キロといったところだろうか。まだ肥満体ではあるが通常のオークと比べれば随分スリムである。
オーク『術士』はその(オークの割には)細身の体をすっぽりと簡素な灰色のローブで包み、右手には太い木製の杖を持っている。
オークはイメージ通り戦士系に向いた種族で術士の適性は低いのだがレベルを上げて第二段階職、第三段階職と転職させていけば頼もしい後衛に育ってくれるかもしれない。
「《来い》マヒト」
「ギイ゛ィィイ゛イ゛イ゛イ゛!」
続いて健太が具象化したのは『混魂妄執』のマヒトである。
『混魂妄執』は直径二メートルほどの歪な球形の霊魂だ。
色は灰色、黒みがかった青、黒みがかった緑などの汚い色が混沌と混ざり合っており、その表面には人間の顔が多数浮かんでいる。
顔は年齢も性別も人種も多種多様だが、共通しているのは全て苦悶の表情を浮かべているということだ。
図書館でもデータのない死霊系ユニーク個体モンスターのようだが、見た目通りかなり危険な性質をしていることは健太にも分かる。
だから頻用するつもりはないが、使える能力があるのでいざという時の為にある程度レベルは上げておきたい。
「《来い》ロデム」
もう一度健太が『具象化』のスキルを使用したのにモンスターの姿は見当たらない。一見するとスキルの発動に失敗したように見えるがそうではない。
モンスターはしっかりと『具象化』している。具体的には健太の右手の中に。
健太の右手の中にいつの間にか金色に光る小さな皮剝短刀が握られている。それこそが今健太が『具象化』したモンスター。『万能近接武器存在』のロデムだ。
こちらも言うまでもなくユニークモンスター。『既知外』領域の『界門守護者』だったのにカードに書かれている能力は『反転変身』一つしかないというかなり変わり種のモンスターである。
第十三階層――通称『酸雨遺跡』の界門守護者の守護者なのだからゴーレムの一種なのではないかと健太は考えているのだが、カードの属性は『武器』となっている。本当に訳が分からない。
だが、非常に『使えるモンスター』であると健太は確信している。
将来的には色々の武器に『反転変身』してくれることが期待できるからだ。
あいにく現時点ではこの『皮剝短刀』形態しかとれないのだが。
「よし、行くぞ。バッシュは後ろから『魔弾』で攻撃。マヒトは「触れ」。ジュゲムとボンドはバッシュと、必要ならマヒトを守ってやれ」
百匹前後のオークの群れがいる広い玄室に足を踏み入れた健太は後方に控える四匹のモンスター達にそう命令する。
「ゴオウ!」
「ギイ゛ィ゛」
「グウ」
「オン!」
健太の命令にオーク『術士』のバッシュ、『混魂妄執』のマヒト、ゴブリン『槍獣騎士』のジュゲム、コボルト『無法者』のボンドが動き出した。
「ピギイ!」「ブヒィ!「ピッグ!」
「《はっ》、ふん、せい」
先陣を切って突っ込んだ健太は皮剝短刀形態のロデムに『重装騎士』のスキル『重刃』を付与してオークナイトに叩き込む。
『重刃』は少し変わってスキルで、短い時間武器の攻撃力と重量を増加してくれるスキルである。
『増強術士』のスキル程の長い時間ではない。だが、『強打』や『斬撃』のような一撃だけのスキルでもない。
数秒程度の短い時間だが、時間持続系のスキルなのだ。
だから、今健太がやった様に一度『重刃』のスキルを使って連撃を放つと全ての攻撃に『重刃』がのる。
「ポー……クッ!」
「ふん」
一匹のオークナイトが『重刃』の一撃だけでは息の根を止められず、立ち上がろうとしていたところを、健太は左腕に装着している円形盾でぶん殴り、とどめを刺した。
「第三段階職の攻撃スキルを乗せても、オークナイトを一撃で仕留められないこともあるのか。レベル1だとそんなものか」
そう呟く健太は右手で握る皮剝短刀のロデムが何かを訴えているような感覚を覚える。
『戦士の不動心』がオンになっている健太はすぐに気づく。
レベル1のモンスターカードならば、たとえ召喚主と経験値を半分にわけあっていたとしても、オークナイトを3匹も倒せば、確実にレベルが上がるという事実に。
「ロデム《ターンオーバーしろ》」
その命令を受けて、『万能近接武器存在』のロデムは、『皮剝短刀』から『両刃短剣』に『反転変身』した。
「ギィイ゛イ゛ィ゛!」
『混魂妄執』のマヒトの攻撃手段は接触しかない。
『混魂妄執』は直径二メートルほどの歪な球形の霊体なのだ。表面にビッチリと苦悶する人間の顔が浮かぶ霊球がゆっくりと浮遊し、オークナイトの隊列に突っ込む。
「ピギ!」「ブビイィ!」「コエェ!」
オークナイトはブンブンと剣、斧槍、こん棒などを振り回してマヒトを攻撃しているが、それらはマヒトの霊体をすり抜けるだけだ。
霊体のモンスターには物理攻撃があまり意味がない。
人間が攻撃する場合は一定以上の格のマジックアイテムか魔法攻撃が必須とされている。モンスター対モンスターの場合はモンスター自体の格がある程度高ければ「そんなの関係ねえ」とダメージが通ってしまうこともあるらしいが、オークナイトの場合はそこまでの格はないようだ。
一方霊体系のモンスターは物理攻撃手段を有していないことが多い。それは『混魂妄執』のマヒトも例外ではない。
マヒトの接触で直接ダメージは発生しない。その代わり抵抗に失敗すると状態異常が付与される。
今のマヒトならば『麻痺』『毒』『転倒』の三種類だ。
残念ながら今のマヒトはオークナイトより圧倒的低レベルのため、ほとんどは抵抗されていしまう。
しかし、オークナイトの攻撃は無意味なのだから、マヒトは何のリスクもなく接触攻撃を繰り返すことが出来る。そして凶悪なことにマヒトの状態異常攻撃の判定は『状態異常ごとに判定』なのだ。つまり、今のマヒトならば接触されるたびに『麻痺』と『毒』と『転倒』の判定三回を強いられるのだ。
どれほど低い確率でも、オークナイトの攻撃は全く無力。一方的に状態異常判定三回攻撃を食らい続ければ、いずれは「当たり」を引くのが必定であり。
「ブギィイ!?」
ついに『毒』の抵抗判定に失敗した一匹のオークナイトが、顔色を紫にして悲鳴を上げるのだった。
「ブン!」
一方オーク『術士』のバッシュは忠実に健太の命令通り、後方から『魔弾』でオークナイトを攻撃していた。
魔法による攻撃は回避がとても困難なため、基本的にはバシバシ当たる。
しかし、バッシュの『魔弾』の威力は残念ながら高くはない。バッシュが低レベルという問題もあるが、元々オークという種が『術士』系に向いていないのだ。
オークの強みはその巨体から来るパワーとタフネス。バッシュが今相手取っているオークナイトこそがその強みを存分に生かしていると言えるだろう。
「ブモオウ!」「ブヒイイ!」「グラアア!」
オークナイト達はその重厚な鎧をまとった肥満体に『魔弾』を食らっても全くひるむことなく、ドスドスとバッシュの方へと駆け寄って来る。
その前に立ちはだかるのが、ゴブリン『槍獣騎士』のジュゲムと、コボルト『無法者』のボンド。
「ギッ」
「オン!」
モンスターの種だけを比べればゴブリン、コボルトはどちらもオークよりはるかに弱いモンスターだが、ジュゲムもボンドも第三段階の戦闘職だ。
第二段階のゴブリンナイトでは数で押さなければ相手にもならず。
「ブッ、ガッ」
「《シャッ》」
二匹のオークナイトは一瞬でジュゲムの太い短槍で首に穴を開けられ、一匹のオークナイトは一瞬で背後に回ったボンドに短刀で首を斬り落とされたのだった。
そんな光景を小剣形態(レベルアップしてまた『反転変身』した)のロデムで群れのボスであるオークナイトマスターにとどめを刺しながら見ていた健太は、反省しきりだった。
「確かにジュゲムとボンドに「敵を倒すな」とは言わなかったな。それならこうなるか」
健太の視線の向こうでは、オーク『術士』のバッシュが『魔弾』を放ち、それを食らったオークナイトがバッシュに向ってドスドス走っていき、バッシュの守りについているジュゲムとボンドがそのオークナイトを瞬殺するという光景が何度も繰り返されていた。
さらにその周囲を『混魂妄執』のマヒトはふよふよ浮遊してオークナイトに接触の攻撃を仕掛けているのだが、状態異常攻撃の大半は抵抗されてしまい、ヘイトを集めることも出来てない。
ダメージらしいダメージも与えてこないマヒトを無視して、一応ダメージとなる『魔弾』を撃って来るバッシュに近づき、ジュゲムとボンドの餌食になっている。
「メインの目的は新入り三体の能力確認だったが、あわよくば新入り三体のパワレベも、と思ってたんだがな」
これでは、経験値の大半はジュゲムとボンドに行ってしまう。順当に育っているのは健太の手で振るわれている『万能近接武器存在』のロデムだけだ。
流石にこれはやり方が雑だったかと反省したところで健太は遅まきながら手を打つ。
「《来い》ビッグジャイアント」
健太が呼びしたのは『強化外装骨格』のビッグジャイアントであった。
全長三メートルを超える鋼鉄の巨体を誇るビッグジャイアントは巨漢デブのオークナイトと比べても圧倒的に大きく、重い。
そのビッグジャイアントに健太は命令を下す。
「ビッグジャイアント、《撃て》」
『職人』のメイン攻撃スキルである『強化外装骨格』には「乗り込み操縦」「乗り込まずに思念で操縦」「音声命令での半自動操縦」の三つの動かし方があるが、今健太がやっているのは音声命令である。
そんな健太の命令を受けて『強化外装骨格』のビッグジャイアントは持ち上げて右腕の手首から真っ白な粘着糸を放射状に放った。
「ヒギッ!?」「ブヘ」「ゴブア!」「フカク!」「ブギャア!?」
粘着糸を浴びせられたオークナイト達は体と床を粘着糸でくっ付けられて身動きが取れなくなる。
蜜柑の指導の元ビッグジャイアントにインストールした牛鬼の『能力器官』の能力である。
非常に使える能力のため健太、叶馬と関係のある『職人』は全員マストで自分の『強化外装骨格』にインストールしている。
オークナイトの巨体と力ならば粘着糸を力づくで剥がす可能性もあるかと警戒していた健太だったが、どうやらそれは杞憂らしい。
それが分かった時点で健太は命令を出す。
「ジュゲム、ボンド、ご苦労さん《戻れ》。バッシュとマヒトはオークナイトに攻撃を続けろ」
粘着糸で動けなくなっているオークナイトに近接攻撃を仕掛けるとこちらも粘着糸に絡まる恐れがあるが、オーク『術士』のバッシュは魔法による遠距離攻撃だし、『混魂妄執』のマヒトは物理接触は気にしなくてよい霊体だ。
マヒトの状態異常異常攻撃の中には『毒』があるので、上手くオークナイトを毒状態に出来ればマヒトにもある程度経験値が入るだろう。
それから約三十分後。
オーク『術士』のバッシュは一匹のオークナイトをどうにか『魔弾』の連打で倒したところでSP不足で怪しくなり(ローブの下の股間が思い切り盛り上がっていた)。
バッシュ本人の希望で健太が『限定空間収納』から取り出した長剣を渡してやると、バッシュは杖よりよほど慣れた手つきでオークナイトを仕留めていった。
たとえオーク『術士』でもオークは武器戦闘の方が得意なのだろうか。動けなくなっているオークナイトが相手とは言え、粘着糸に一度も長剣を触れさせることなく手際よく止めを刺していった。
一方『混魂妄執』のマヒトは、結局最後まで一匹のオークナイトも仕留めることは出来なかった。
「よし。バッシュ、マヒト、よくやった。《戻れ》」
「ブグウ」
「ギィィイ゛イ゛!」
オーク『術士』のバッシュと、『混魂妄執』のマヒトをカードに戻した健太は、バッシュが残した長剣を拾い上げながら今日のダンジョンダイブを振り返る。
メインの目的だった繋ぎ装備の慣らしは問題なく終わった。
新戦力のモンスターカード三枚の能力把握はおおよそできた。
あわよくばと思っていた新戦力三枚のパワレベは、『万能近接武器存在』のロデムはばっちり。オーク『術士』のバッシュはそれなり。『混魂妄執』のマヒトはお情け程度。
「すべてが順調とはいかなかったが、主目的は果たせたか。これなら明日の『護衛』クエストも問題はないだろう」
『戦士の不動心』がオンになっている健太は冷静に自分の能力と想定されるクエストの難易度を比較して、そう結論付けるのだった。