※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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第百二十八話 依頼人と顔合わせ、『護衛依頼』の始まり

 

 

 豊葦原学園のカリキュラムは一般的に月曜から土曜までは午前が座学を中心にした講義。午後からはダンジョンダイブを推奨される自習時間。そして日曜が原則休日だが午前、午後の二回『羅城門』が開閉するということになっている。

 では平日の午前中はダンジョンダイブは不可能なのかというと、実は意外とそんなことはない。

 レイド攻略用の第五門――極界門などは申請すればどのような普通科の生徒でもいつでも使用が可能(あまり常識のない時間帯に申請すると苦言は言われる)だし、第二から第四までの三門――常世門も意外と平日午前中でも開いていたりする。

 ちょっと考えれば分かることだろう。豊粟原学園は五年生の高等専門学校であり、本人に特別な免許、資格、知識を得るという意欲がないかぎり、上級生になれば座学はほとんど残っていない。

 そんな上級生が午前中に何をやっているかというと、多くはセックスなのだが将来を見据えた一部のダンジョン勢は積極的にダンジョンダイブに勤しんでいる。

 そのため、普通科でも学園からの評価が一定以上の者であれば午前中にでも『羅城門』を起動してもらってダンジョンダイブは可能なのだ。

 事実、原作でも市湖(いちこ)の元パートナーであるAランク倶楽部『天上天下(ワールドマイン)』所属のバスタードソード使いは、一年の時点で「授業をサボってダンジョンに入り浸っていた」と明言されている。午後には授業はないのだから、午前にもダンジョンダイブをしていたということになる。

 

 おそらくはAランク倶楽部に所属していればそのくらいの特権はあるのだろう。

 そして、倶楽部に所属していなくてもその程度の特権は素で所有している者達がこの学園には存在する。

 特級科――通称『華組』の者達である。

 

 だから『華組』からの『護衛依頼』を受けた健太(けんた)は本日午前の講義を公欠して、地下にある『羅城門』前にやってきていた。

 

 

 普通科のブレザータイプの制服の上から黒い分厚い鎧を着こみ、左腕には小型円形盾を装着。腰には主武器である小剣『金狼木霊剣』、背中には副武器である灰色の自然石のような刀身の大剣という完全装備の健太(けんた)が『羅城門』の前で待っていると、やがて軽い複数の足音が健太(けんた)の耳に届く。

 階段を下りてきたのは健太(けんた)の予想通り、『白い半袖(はんそで)のセーラー服』を着た女子達であった。

 普通科の制服は男子も女子もブレザー。セーラー服を着ているのは特級科の女子だけ。その四人が、特級科――華組の女子であることは学園の人間ならば誰も一瞬で理解することだろう。

 

 すでに『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにして待っていた健太(けんた)は、こちらから歩いて距離を詰める。

 

「お待たせしました、健太(けんた)さん」

 

 お互いの距離が二メートルほどになったところで、先頭を歩いていた女子がそう声をかけて来た。同時にお互い足を止める。

 それは今相対している四人の華組女子の中で唯一健太(けんた)が見知っている女子――生徒会書記の薫(かおり)だ。

 長い艶やかな黒髪が印象的な薫(かおり)はいつも通り、腰に見事な意匠の日本刀を下げている。その見た目はまさにサムライガール。同じサムライガールでも沙姫(さき)が在野の天才女剣士だとすれば、薫(かおり)は大名家のおてんばお姫様、もっと言えばファンタジー系ライトノベルに出て来る『姫騎士』の日本版といったところだろうか。

 

「いえ。私が早く来ていただけですのでお気遣いなく」

 

 そんな薫(かおり)に健太(けんた)は、その場で丁寧に一礼する。

 日頃、図書館で会う健太(けんた)と薫(かおり)はもう少し打ち解けた関係だが、今日は仕事の依頼主と受諾者という立場だ。その上、他の華組女子の眼もある。礼儀に気を付けておくに越したことはない。

 

 礼儀正しく距離を保つ健太(けんた)の様子に薫(かおり)は少し表情を緩め、口を開く。

 

「紹介させて頂きます。こちらが今回私が『護衛依頼』に指名した健太(けんた)さんです」

 

 薫(かおり)の言葉を受けて、健太(けんた)は三人の華組女子に向けて自己紹介をする。

 

「普通科一年丙(ひのえ)組、倶楽部『安息所(メイトガード)』部長、健太(けんた)です。この度は薫(かおり)書記の推薦を受けて皆さまの『護衛』役を仰せつかまりました。よろしくお願いします」

 

 三人の中で一歩前に出ている中心に立つ小柄な女子に向って健太(けんた)はもう一度丁寧に頭を下げた。

 それを受けて中心に立つ小柄な少女が口を開く。

 

「私は特級科四年、文香(ふみか)と申します。この度は私たちの『護衛依頼』を引き受けていただき、ありがとう存じます。事前にお伝えした通り、私たち三名は全員後衛職ですので、前にて体を張る役割はそちらに一任する形になりますが、なにとぞよろしくお願いいたします」

 

 そう言って三人の中心に立つ女子――文香(ふみか)は健太(けんた)に向ってい小さく目礼をした。

 文香(ふみか)は小柄な少女である。健太(けんた)の見立てでは百五十センチあるかないかといったところか。体つきは華奢でなで肩。艶のある黒髪を真っすぐ伸ばしている。前髪を綺麗に切りそろえていることもあり、どことなく日本人形を連想させる。

 文香(ふみか)は目が大きく、まつ毛が長い非常に可愛らしい顔立ちをしている。小柄な体格も相まって一見すると四年生には見えない。

 だが、その凛とした佇まいと穏やかながら芯のある物言いは少し接しただけで普通科の女子とは一線を画する人種であると理解させられる。なるほど、一般的な学園女子には食傷気味な元A、Sランク倶楽部の人間が食指を伸ばそうとするのも理解できる、と健太(けんた)は考えた。

 今回の『護衛依頼』がまだ一年に過ぎない健太(けんた)に振られた原因は、元々『護衛依頼』を受けていた上級生男子と彼女達が「揉めた」ことが原因と聞かされている。

 事前に貰った用紙に書かれていた文香(ふみか)の職(クラス)は『星読斎女(ホシヨミノイツキメ)』。学園図書館にある職(クラス)とスキルに関する資料は全て落としているはずの健太(けんた)の『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』も記録がない謎の職(クラス)だが、『術士(マギ)』系の第三段階職に『斎女(イツキメ)』という職(クラス)があるので、素直に考えれば第三段階の術士系レア職なのだろう。

 

 続いて口を開いたのは、文香(ふみか)の右斜め後ろに立っていた女子だった。

 

「特級科四年、桜子(さくらこ)だ。本日ダンジョンダイブするポイントの座標は私が起点となる。だから、ダイブ時に貴様が私に触れることを許す。だが文香(ふみか)様と佳乃(よしの)には触れるな。よいな」

 

 そう敵意と嫌悪感を隠さない表情で言ったのは三人の中で一番背の高い女子だ。おおよそ百六十の後半くらいだろうか。長い黒髪をポニーテールにしている。今は明確に健太(けんた)に厳しい表情を向けているが元々釣り目なので普通にしていても「きつい表情」がデフォルトになっていそうな顔立ちだ。

 長身、キツ顔立ち、キツイ言動と全体的に麻鷺荘の寮長である乙葉(おとは)を彷彿させる。

 薫(かおり)から貰った用紙に寄れば職(クラス)は『書記(レコーダー)』兼『司書(ライブラリアン)』となっている。『書記(レコーダー)』も『司書(ライブラリアン)』も『文官(オフィサー)』の第二段階職だから、その彼女がダンジョンダイブの起点となっているのは理解できる。

 スラリと背が高く、きびきびとした口調からともすると戦士系にも見える桜子(さくらこ)だが、特級科の多くは『文官(オフィサー)』らしいので特別おかしなことでもない。

 その割には特級科の中の特級科ともいうべき生徒会は不思議と『城壁騎士(フォートレスロード)』『鋼鉄拳女(アイアンメイデン)』『侍(サムライ)』などの近接戦闘のスペシャリスト揃いなのだが。

 ともあれ、この手の「気が強くて反骨心旺盛」な美女を「分からせたい」男子は普通科には山ほどいる。彼女もさぞ普通科男子の股間と直結している脳を刺激することだろう。

 

「と、特級科一年、佳乃(よしの)……です」

 

 最後にそう消え去りそうな小さな声で言ったのは、文香(ふみか)の左斜め後ろに隠れるように立っていたひと際小さな女子だ。

 体の大きさは文香(ふみか)と同程度、つまり百五十センチくらいだが決定的に違うのはその態度だ。常にビクビク周囲を伺っている様子は警戒心の強い小動物を彷彿させる。

 髪色は黒に近い茶色だが恐らくは地毛だろう。そう思えるくらいにナチュラルな髪色をしている。その髪をショートヘアにしている。

 正直セーラー服をブレザーに着替えさせれば蜜柑(みかん)達旧『匠工房(アデプトワーカーズ)』の十三人目と言われれば納得してしまいそうなくらいに彼女達と似た雰囲気を漂わせている。

 同時に育ちが良さそうと思えるような品のよさも仕草から垣間見えるが。低年齢女子を好む一部の学園男子にはたまらない魅力があるのかもしれない。

 

「それでは私はこれで失礼します。健太(けんた)さん、よろしくお願いします」

 

「はい。お任せください、薫(かおり)書記」

 

 その場を後にする薫(かおり)を安心させるように、健太(けんた)は畏まって今一度頭を下げた。

 薫(かおり)がカツカツと規則正しい足音を立ててその場からいなくなったところで、桜子(さくらこ)が健太(けんた)に近づき牙を剥く。

 

「良いか、貴様。いい気になるなよ。私達は貴様が日頃狩りの獲物のように扱っている下賎の女たちは違うのだからな!」

 

 どうやら先ほどまでの表情すら取り繕っていたものらしく、桜子(さくらこ)はまるで害虫でも視る様な憎悪の表情で健太(けんた)にそう言って来る。その言葉、その表情から察するに現状の桜子(さくらこ)は健太(けんた)を一人の個人と見ていない。「一般的な普通科男子」と見て物を言っている。

『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)は、それを的確に読み取り、現状反論や訂正を求めることの無意味さを理解する。

 

「はい。御安心ください。薫(かおり)書記の顔を潰すようなことはいたしません」

 

 そう桜子(さくらこ)たちにも理解しやすい理由を前に出して、自分の安全性を主張する。

 薫(かおり)の言葉を信じれば、この文香(ふみか)、桜子(さくらこ)、佳乃(よしの)の三名は特級科でありながらダンジョンで『死に戻り』を経験している『死徒』と呼ばれる存在らしい。

 特級科における『死徒』の境遇は悲惨の一言だ。『死に戻り』を経験していない者――『生徒』同士の関係は家の強さ、本人の能力、学園内での人脈などが絡み合って決まるが、『死徒』となった瞬間そのようなものが一切合切無意味となる。

『死徒』であるというだけで無条件に「どう扱っても良い最底辺の存在」になるのだ。

 もとから『死徒』となって有力男子の『贈り物』になる予定で送り込まれている名門の家の養女達ならばともかく、不慮の事故、もしくは何らかの陰謀に巻き込まれて『死徒』となってしまった特級科女子の絶望は想像に難くない。

 薫書記の説明が正しければ、この三人は後者の『死徒』のはずだ。

 そんな絶望の淵にいる特級科のお嬢様が普通科男子を口汚く罵るくらいは、健太(けんた)としても最初から想像出来ていたことだ。

 むしろ、明確な敵意や嫌悪感を示しているのが三人中一人だけという事実に「思っていたより行儀が良い」と考えているくらいだ。

 

「そうですよ、桜子(さくらこ)。健太(けんた)さんは薫(かおり)書記直々が指名された方です。そんなに最初から喧嘩腰では丸く収まる話も収まらなくなるでしょう」

 

 だから、極めて落ち着いた声でそう桜子(さくらこ)を窘める文香(ふみか)の反応こそが健太(けんた)からすると少々意外だった。

 

「お言葉ですが文香(ふみか)様。前回の男達も薫(かおり)書記直々に指名された者どもでした」

 

 そして、そんな桜子(さくらこ)の反論こそが真っ当な意見だと健太(けんた)は内心で同意する。

 前回彼女たちの『護衛依頼』を担当した者達と『少々揉めた』というのはあくまで依頼主である薫(かおり)の主観に過ぎず、彼女たちから見れば『少々どころではなく揉めた』もしくは『色々揉まれた』くらいのめにあっていそうだ。

 

「特級科の皆さんから見れば、我々普通科の男子を信頼できないのは当然のことかと。ですので私個人への信頼は今後の言動を持って勝ち得ていく所存です」

 

 せっかくフォローしてくれた文香(ふみか)が桜子(さくらこ)の反論に、反論の反論を紡げずに困っているのを見た健太(けんた)はそう助け舟を出す。

 

「そうですね、貴女たちもそれで良いですね。桜子(さくらこ)? 佳乃(よしの)?」

 

 まとめる様にそう言う文香(ふみか)に、桜子(さくらこ)は不承不承、佳乃(よしの)は怯えたまま首肯する。

 

「…………承知いたしました。では、しっかりと見せてもらうぞ」

 

「は、はい。し、下々の殿方は怖いし、気持ち悪いけど、が、我慢します」

 

 涙目で小動物のようにプルプル震えながらナチュラルに蔑む佳乃(よしの)の言葉に健太(けんた)は「これ、前回『揉めた』原因は10:0で普通科男子ってわけじゃないな」と確信するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――

 

 

 

 ――第『拾肆(じゅうよん)』階層、『既知(きち)』領域――

 

 

 

 

 第十四階層、通称『死國(アンデッドカニバル)』。

 そこは常に霧が立ち込め、昼も夜のなく薄暗く視界の悪い『自然領域(ネイチャーフィールド)』だ。『死國(アンデッドカニバル)』の霧はそのひとつ前の第十三階層『酸雨遺跡(アシッドレイン)』の酸雨のように環境ダメージのあるものではないが、腐臭と死臭を伴っていて間違っても好き好んで肺腑に取り入れたい空気ではない。

 そしてそこに出没するモンスターは『死國(アンデッドカニバル)』の名の通り、全てアンデッド。

 

 モンスターとしてのアンデッドの特徴は一般的に「動きが鈍い」「タフ」「感知半径が広い」「数が多い」とされている。もちろん、「逸脱個体(オーバーボーダー)」やユニーク個体などには例外はいくらでもあるが全体としては間違っていない。

 視界の悪い霧の向こうから数多くのモンスターが高い感知能力でゆっくりと襲い掛かって来る第十四階層が『狩場』として人気が低いのはある意味当然の話だろう。

 実際には、アンデッドモンスターを倒せる装備さえあれば、入れ食い状態になるので非常に効率の良い『狩場』なのだが。

 ともあれ、不人気な階層、平日午前中のダイブという条件が重なって、『既知(きち)』領域でありながら、そこは健太(けんた)、文香(ふみか)、桜子(さくらこ)、佳乃(よしの)の四人以外には誰もいなかった。

 

「《来い》」

 

『騎士(ナイト)』系のスキル『挑発(プロヴォーク)』を使用した健太(けんた)にアンデッドたちが襲い掛かる。

 黒い分厚い鎧を身にまとった健太(けんた)は右手で小剣『金狼木霊剣』と左腕に装着した小型丸盾を構えてアンデッドを待ち受ける。

 特級科の女子達の眼があるため、今日の健太(けんた)はよほどのことがない限り騎士系のスキルしか使わないつもりだ。

 そのためいつものような『地図帳(アトラス)』や『索敵(サーチエネミー)』といった『文官(オフィサー)』系のスキルを使っていない。

 それでも『盗賊(シーフ)』系の職(クラス)も複数重ねている健太(けんた)は気配でモンスターの数と距離をおおよそ把握できる。

 

 薄闇と霧に隠れた奥からやってきたモンスターの総数は、その健太(けんた)が感覚で把握していた数から大きくずれてはいなかった。

 ひとまず今健太(けんた)の視界に入るのは動死体(ゾンビ)系が四体、動白骨(スケルトン)系が五体。気配ではまだ数体いるようだが、全部合わせても十体ちょっとなのは間違いない。

 

「敵意(ヘイト)は全てこちらに引き付けています。そちらには一切通しませんので今のうちに攻撃をしてください」

 

 周囲を取り囲むアンデッドたちの攻撃を円形盾と小剣で受け流しながら、『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)は落ち着いた声でそう指示を出す。

 

 なにか予想外のことでもあったのか。三人の華組女子はしばらく反応がなかったがやがて動きを見せる。

 

「《現出せよ》」「《召喚》」

 

 女子として低めの桜子(さくらこ)の声と、か細く弱々しい佳乃(よしの)の声に呼応して二体の『モンスター』が現れる。

 一体は全身を固い鱗で覆われた四本脚の恐竜型モンスターだ。全長は五メートルほどあるだろうか。その見た目通り『鱗竜(サウルス)』と呼ばれるモンスターで、れっきとした竜種である。

 空は飛べないしあまり足も速くないが、力があって固い鱗に守られた体は頑強。そして竜種であるため『ドラゴンブレス』も吐いてくる。

 第十階層の『既知(きち)』領域では『走竜(ラプトル)』の次によく出没する竜種だと言われている。『既知外(きちがい)』領域の第十階層しか知らない健太(けんた)は今初めて見るが。

 

「《進め》《周囲を警戒しろ》」

 

 桜子(さくらこ)は『具象化(リアライズ)』した『鱗竜(サウルス)』にそう命ずる。

 今回健太(けんた)が受けた『護衛依頼』のメイン目的に書かれていた「レベルアップ」の対象は桜子(さくらこ)ではない。文香(ふみか)でもない。

 一年でまだ第一段階職『文官(オフィサー)』である佳乃(よしの)である。

 

 その佳乃(よしの)の『モンスターカード』はゴブリンだった。ごく普通のゴブリンだ。なんの職(クラス)も得ていないしもちろん『逸脱個体(オーバーボーダー)』でもない。

 身に着けているのは腰に巻いているぼろ布だけで武器は短い粗末な棍棒。

 これでは攻撃力が低すぎて、パワレベもはかどらないのではないか。という健太(けんた)の懸念は当たっていた。

 

「《攻撃して》」

 

「ギイイ!」

 

 佳乃(よしの)の命令を受けたゴブリンが健太(けんた)を取り囲む動死体(ゾンビ)の一体に、その粗末な棍棒で殴りかかるが、明らかに攻撃力が足りてないない。ノーダメージということはないだろうが、倒しきるにはかなりの時間が必要だろう。

 動死体(ゾンビ)や動白骨(スケルトン)は動きが鈍い代わりにタフなのだ。

 

(失敗したな。なんとか短錫杖だけでも受け取ってもらえると良いのだが)

 

 健太(けんた)は周囲を取り囲むアンデッドたちの攻撃を受け流しながら、そんなことを考えていた。

 ダンジョンにダイブする前、健太(けんた)は蜜柑(みかん)達に頼んで事前に用意しておいた『とどめ用の短錫杖』と『腐臭、死臭対策の香り袋』を使ってもらおうと提案し、ものの見事に拒絶されたのである。

 怒りをあらわにする桜子(さくらこ)や泣き出す寸前まで震える佳乃(よしの)はもちろん、文香(ふみか)までが僅かに顔に警戒の色を滲ませ、きっぱりと断ってきた。

 少し考えれば当たり前の話である。

 初対面の普通科男子が手渡すマジックアイテムを素直に身に着ける学園女子がいるとすれば警戒心がなさすぎると言うべきだ。特に『香り袋』がまずい。香り系のマジックアイテムは催淫効果のあるものが多いのだ。

 健太は素直に自分の考えが足りていなかったことを理解して、提案をひっこめた。

 

 そうしていると『鱗竜(サウルス)』に周囲を警戒させていた桜子(さくらこ)が上を見て声を上げる。

 

「文香(ふみか)様!」

 

 霧の向こうからゆっくりと浮遊してきたのは二体の半透明な非実体型アンデッド――『死霊(レイス)』だ。

『死霊(レイス)』の移動速度はアンデッドの中でも特に遅いのだが、障害の全てをすり抜けてやってくるため、逃げ切るのは非常に難しい。今のように『動死体(ゾンビ)』や『動白骨(スケルトン)』に囲まれて身動きを取れなくなっている間に『死霊(レイス)』に追いつかれるというのが、ここ第十四階層『死國(アンデッドカニバル)』でもっともポピュラーな死に戻りの仕方である。

 実体を持たない『死霊(レイス)』には普通の武器の攻撃は意味をなさない。『死霊(レイス)』と遭遇した時点で詰んでいる者も珍しくはないのだ。

 

「ええ。あれは私がやります」

 

 そう言って一歩前に踏み出したのは文香(ふみか)だった。

 これまでずっと後ろで傍観していた文香(ふみか)は、右手に金属製の濃い紺色の円盤のようなものを持ち、上空からゆっくり健太(けんた)に近づく『死霊(レイス)』を睨む。

 

 紺色の円盤――渾天図(こんてんず)が文香(ふみか)の手のひらの上で自転して止まると渾天図(こんてんず)に描かれている星の一つが眩く光る。

 

「《二十八宿》《朱雀》《鬼宿(たまおのぼし)》……《封火》!」

 

 文香(ふみか)の手のひらの上にのる渾天図から、二つの鬼火が『死霊(レイス)』を包み込み、焼き尽くした。

 

 文香(ふみか)がついている『星読斎女(ホシヨミノイツキメ)』という職(クラス)は巫女系の第三段階秘匿職である。

 巫女は女子だけがつく職(クラス)で男子だけがつく陰陽師系と対となる職(クラス)とされている。

 術士系第二段階職である『陰陽師(オンミョウジ)』の正統進化系の第三段階職は『神祇官(ジンギカン)』と言われているがそれは普通科に限った話である。

 特級科で『陰陽師(オンミョウジ)』となった者の多くは第三段階職で『陰陽博士(オンミョウハカセ)』となる。特に才能ある者であればそのレア職である『陰陽助(オンミョウノスケ)』、才能が一定の方向に偏っている者や血筋にそちらの素養がある者は『天文博士(テンモンハカセ)』、『歴博士(レキハカセ)』、『漏刻博士(ロウコクハカセ)』といったスーパーレア職につく。

 これらは特定の血筋の者が入学までそれにふさわしい教育を受けていなければほぼ着くことがない職(クラス)のため、学園図書館の資料にも記されていない。学園側ではこうした職を『秘匿職』と呼んでいる。

 極々稀に、在野で育った血筋だけ資格のある者が図抜けた天稟を持っている場合のみ、なんの教育も受けずにそうした『秘匿職』についてしまうことがあると言われているが、実際にはそうなったという記録が学園にも残っていない。

 

 文香(ふみか)の『星読斎女(ホシヨミノイツキメ)』そんな『天文博士(テンモンハカセ)』の女子版ともいうべき職(クラス)である。

 本来巫女系は元々『祈祷(ウィッシュ)』や『夢鏡(オラクル)』といった祈ったり、神託を授かったりする系のスキルが多い職(クラス)なのだが、『星読斎女(ホシヨミノイツキメ)』はその中の星読みに特化している。

 そのため術士系第三段階職の中では火力は最低クラスなのだが、それでも星を読み命運に合わせた術を放てば『死霊(レイス)』程度ならば一撃で葬ることが出来る。

 

「ふう……」

 

「お見事です、文香(ふみか)様」

 

 役割を果たした文香(ふみか)は桜子(さくらこ)の賞賛の言葉に、小さく笑った。

 

 

 

 

 その後『死霊(レイス)』二体の後には追加のモンスターは現れず、健太(けんた)はひたすら周囲を取り囲むアンデッドの攻撃を受け流すだけの時間を過ごしていていた。

 

「ギギイ!」

 

 やっと佳乃(よしの)のゴブリンが動死体(ゾンビ)を倒したのを確認した健太(けんた)は、『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』の時計で討伐にかかった時間を正確に把握し、決断を下す。

 

「失礼します」

 

 健太(けんた)は一言そう断ると右手の小剣『金狼木霊剣』で周囲を取り囲む『動死体(ゾンビ)』『動白骨(スケルトン)』を首を刈る。

 一太刀でまとめて切り落としたわけではない。自分を取り囲むモンスターを纏めて切り捨てる様なスキルも剣技も健太(けんた)にはない。あくまで細かく動きながら一体につき一太刀ずつ剣を振って首を落しただけだ。

 だが、その動きは術士系、文官系しかいない文香(ふみか)、桜子(さくらこ)、佳乃(よしの)の眼には「何も見えないまま一瞬で全てのアンデッドの首を斬り落とした」としか映らなかった。

 

「き、貴様……!」

 

 想像を絶する戦闘力を披露した健太(けんた)に思い切りたじろぎながらも抗議の声を上げたのは、桜子(さくらこ)だ。

 ダンジョンダイブ前の打ち合わせでは健太(けんた)は「モンスターを引き付けて防御に専念。攻撃は全て任せる」ということで話がついていたのだ。だから、健太(けんた)の今の行動はその約束事を破ったと言われても仕方がない。

 しかし『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)は冷静に「その約束を守っていては『護衛依頼』そのものに支障をきたす」と判断した。

 

 生物系のモンスターと違い、アンデッド系のモンスターの場合首を落した程度では絶命しない。

 健太(けんた)は素早く小剣『金狼木霊剣』を鞘に戻すと、腰の剣帯に差しておいた短錫杖を抜く。

 

「はっ、ふっ、せい、ふん」

 

 蜜柑(みかん)が造ってくれたこの短錫杖は素材と製造方法と形状を厳選した成果で『破邪(スマイト)』の能力を有する『無銘(ノーネーム)』のマジックアイテムとなっている。六角の杖部分は鈍い金色に輝く青銅で、しゃらんという涼し気な音を立てる杖頭部の複数の輪は黄白色の佐波理(さはり)製(銅(どう)と錫(すず)の合金)だ。

 短錫杖は長さが三十センチほどしかないため、戦闘には少々使いづらいが『破邪(スマイト)』の能力はアンデッドに特効だ。短錫杖でぶん殴られた首なしアンデッドたちは一撃で塵と化す。

 

 後には、体を失い何もできなくなったアンデッドの頭だけが残る。アンデッドは頭だけになっても消滅したりしない。

 

「勝手に予定を変更して申し訳ありません。ですが、先ほどの佳乃(よしの)様の討伐速度ですと全て倒し終えるまでに『天敵者(アグレッサー)』の危険が無視できないと判断しました。

 多少経験値は下がってしまいますが、このように私がお膳立てをしてとどめだけを佳乃(よしの)様にお任せするスタイルを提案いたします」

 

 ゆっくりと剥き出しの眼球を動かす『動死体(ゾンビ)』の頭と、カチカチと歯を鳴らす『動白骨(スケルトン)』の頭の前で健太(けんた)はそう三人の華組女子に提案する。

 

「な、なにを!「分かりました。確かにそのほうが効率が良いですね。佳乃(よしの)、それでよいですね」

 

 圧倒的な戦闘力を見せてもなお口調も態度も殊勝なままの健太(けんた)に、調子を取り戻した(もしくは調子に乗った)桜子(さくらこ)がなにやら言おうとするが、それに被せて文香(ふみか)が了承の言葉を返す。

 

「あ、は、はいぃ」

 

 健太(けんた)の戦闘力を目の当たりにして小動物のように震えていた佳乃(よしの)もコクコクと頷いて同意する。

 

「……むう」

 

 桜子(さくらこ)はちょっと不満そうだが、流石に異を唱えることはなかった。

 

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