健太が無力化してから佳乃のゴブリンがとどめを刺す。そのスタイルに同意してもらえれば、後は話が早い。
健太が『挑発』でアンデッドを引き寄せて、『金狼木霊剣』で首を斬り落として短錫杖で胴体部分を消滅。頭だけになって完全に無力化されたアンデッドを佳乃のゴブリンがギャーギャー騒ぎながら棍棒で殴打するだけだ。
多少問題となるのは『死霊』だが『死霊』はひと際移動速度が遅いので、多くの場合『動死体』や『動白骨』を首にだけにした後に『死霊』が来る。
文香たちの見ている前で騎士系以外のスキルは使えなくとも、動きの遅い『死霊』ならば、健太のジャンプ力で跳び上がり、短錫杖を振るえば瞬殺だ。全く問題はない。
とどめ用に佳乃のゴブリンに短錫杖を使わせればさらに時間短縮になるのだが、現状でも問題なく回っている。
そうして佳乃および佳乃のゴブリンのパワレベを数回繰り返し、佳乃のゴブリンがゴブリン『戦士』となり、佳乃の健太を見る目がやたらと潤んできて、スカートの奥で太ももをすり合わせるようになったころ、文香が口を開く。
「健太さん。この依頼の内容――目的を覚えてらっしゃいますか?」
唐突に聞こえる言葉だが『戦士の不動心』がオンになっている健太は素直に答える。
「はい。メインが『レベル上げ』、サブが『モンスターカードの入手』、でしたね」
メインのレベル上げ――佳乃及び佳乃のゴブリンのレベル上げという目的はすでに「果たした」と言っても良いだけの結果を出しているが、残念ながらサブのモンスターカードの入手はさっぱりだ。
『動死体』『動白骨』『死霊』を合わせて五十体以上倒しているのだが、モンスターカードのドロップはゼロだ。まあ、健太が日頃潜っている『既知外』領域でも五十体程度ではドロップしないことも珍しくはないので、当然と言えば当然なのだが。
サブとはいえ目的を果たせていないことを健太は多少気にしていた。
そんな健太に対し、文香は静かに告げる。
「その通りです。ただ、モンスターカードに関しては何でも良いわけではございません。明確に狙っているものがあるのです」
「文香様、それは!?」
驚きの声を上げたのは、赤い顔で太ももをすり合わせていた佳乃だ。
急激なレベルアップで高まりに高まった性欲のことすら忘れて声を上げる佳乃に文香は優しく微笑む。
「健太さんは信用できます」
「しかし、それでは桜子様にもご迷惑がっ」
そう言う佳乃に桜子も健太に向ける視線を当初と比べれば随分と緩めて言う。
「かまわん。私は文香様ほどこの男を信用しているわけではないが、この者に賭けるというご意見には賛成だ。少なくとも実力は間違いない。人格もまあ、これが取り繕っているのだとしても、これだけ取り繕えるのであれば普通科の男としては最上の部類だろう。今の我らの立場でこれより上は望めまい。
佳乃の『期限』を考えてもこの者に賭けるのが、一番勝算がある」
「それは……」
事情を知らない健太には今一桜子の言っている意味が理解でいないのだが、佳乃が言いよどむところを見ると桜子の言っている内容は事実なのだろう。
「話せる範囲で結構です。事情をお聞かせくださいますか?」
『戦士の不動心』がオンになっている健太は、感情を排した冷静な声でそう言った。
『《二十八宿》《朱雀》《鬼宿》《道標》…………視えました、あちらです」
『星読斎女』のスキル『因果星道』を使用した文香が一定の方向を指し示す。
「《座標簡易登録》……はい、文香様。座標を登録しました。『位置』。方向と道の指示はお任せください。健太、先頭を頼む」
それを受けて桜子が『文官』系のスキルで目的地までの道のりを把握、健太に向ってそう言う。
「承知しました」
『戦士の不動心』がオンになっている健太は無造作にも見える足取りで、桜子が指し示す方向へと歩き出す。
健太は歩きながら、先ほど文香から聞かせてもらった情報を頭の中で整理する。
文香たちは一体のモンスターを狙っている。
そのモンスターはユニーク個体であり、『放浪する脅威』である。
前回は不運にも『既知』領域で遭遇してしまったが、本来は『既知外』領域に生息するモンスターらしい。事実、今文香が『星読斎女』で居場所を突き止めたところ『既知外』領域にその反応があったらしい。
モンスターカードを狙う場合、通常個体ならば数をこなすという方法があるがユニーク個体の場合一発勝負だ。0.02%とも言われているモンスターカードドロップ率で一発勝負に勝算を見出すのはあらゆる神話の幸運の女神でハーレムでも築いている必要がある。
だが、文香は「高いとは言えませんが勝算はあります」と言っていた。どうやら運任せではないモンスターカードのドロップ率を上げる方法があるらしい。
問題はその方法で倒そうとするとどうしても長時間にわたることが必至だという。
(つまり、『既知外』領域で『放浪する脅威』相手に長時間粘ることが出来る壁役が必要だったわけか)
健太は周囲を警戒し、背後の文香、桜子、佳乃の三人が問題なく着いてきていることを確認しながら、そう結論付ける。
メインの目的がレベル上げ、サブの目的がモンスターカードの入手となってたが、モンスターカードが本当の目的だったということだ。
そう考えると、違和感のあったこの依頼もある程度納得がいく。
なぜ不人気な第十四階層を指定したのか? 狙っているモンスターカードがあるのならば指定するに決まっている。
なぜあえてメイン目的をレベル上げとしたのか? 依頼受諾者の能力を見て本来の目的である「既知外領域のユニークモンスター戦」に耐えられる人材か測るためだろう。
なぜ最初から依頼書に本当の目的を記さなかったのか? 記せば「高確率で狙ったモンスターカードをドロップ出来る」手段を文香たちが持っていることを公表することになってしまう。
今の『死徒』となった弱い立場の文香たちがそれを知られれば、守り切れない可能性が高いのだろう。
実際健太も、「これから見るモノについては一切他言無用」と念を押されている。
(他言無用、か。本当に秘密を守りたければ目的を達した後、俺を殺すのが常道なんだろうけれど)
普通科である健太が『生徒』であるとは文香たちは思っていないはず。たとえ知っていたとしてもたかが普通科男子の一人くらい、自分たちの都合で殺して何が悪い。というのが一般的な特級科――華組の価値観なのだが『戦士の不動心』がオンになっている健太はその危険性はほとんどないと考えている。
それをやるには中心である文香という人物はあまりに清廉すぎるし、口や態度が悪い桜子も真面目さでは文香と大差ない。佳乃は普通科を根本的に見下しているが「下に対しては約束を守らなくても良い」という考え方ではないようだ。
健太がそんなことを考えていると、後ろから桜子が緊張した声を発する。
「そこから先は『既知外』領域だ。気を付けろ、健太」
「はい」
健太は足を止めないまま、短い言葉で返答した。
既知領域と既知外領域は地図の上では明確な線が引かれているが、現実には目に見える境界線があるわけではない。だから、既知領域であっても時には『放浪する脅威』が迷い込んで来るし、既知外領域であっても既知領域に隣接しているあたりならばモンスターの数も強さも既知領域と大きな差はない。
だが、既知領域はから離れていくに従いすべてが変わっていく。
瘴気濃度は増し、モンスターの出没頻度は増え、一度に相対するモンスターの数も増える。そして個々のモンスターのレベルも上がり、『逸脱個体』も頻繁に姿を現すようになる。
幸いなことに佳乃のノーマルゴブリンがゴブリン『戦士』にクラスチェンジしたことでレベルアップという目的は果たしたとされている。
「《はあ》《ふん》」
だから、健太は寄って来る十数匹のアンデッドモンスター達を纏めて短錫杖でそのまま殲滅していた。
「よし、進みましょう。シュナイダー、ついてこい」
「ヒヒン!」
健太の言葉を受けて背中に文香、桜子、佳乃の三人を乗せた白い『粘土馬』のシュナイダーは元気に嘶く。
既知領域から離れて既知外領域奥に進むにつれて佳乃の様子が明らかにおかしくなった。全身を震わせ、目を潤ませ、少し腰を引いて太ももを擦り合わせる。
慣れていない瘴気濃度に当てられたのだろう。このままでは移動速度が明確に落ちると見た健太は、騎獣のシュナイダーを召喚し、乗り物として提供したのである。
『粘土馬』であるシュナイダーはそこまで大きくはないが、それでも女子三人ならばどうにか同時に載せられるスペースがある。パワーは全く問題ない。三人合わせてもフル装備の健太よりよほど軽い。
桜子の『鱗竜』と佳乃のゴブリン『戦士』はシュナイダーの周囲でモンスターを警戒している。
健太が抜かれ場合、健太が気づかず後方や左右からの奇襲を受けた場合の守りだが、今のところ彼らの出番はない。
桜子の指示を受けて健太は歩み進む。
ここ第十四階層『死國』は死臭と腐臭と深い霧が立ち込める自然領域となっており、大部分は不毛の荒野だが多少の地形の起伏や朽ちた建物なども存在する。
「健太、次の建物を左だ」
「はい」
元は何色だったのか分からないくらいに朽ちた石造りの廃墟に近づいたその時だった。
「シャアア!」
廃墟の壁が崩れ、中から漆黒のドレスをその身に纏い、青白い顔に長い牙を生やした女型のモンスターが襲い掛かる。
「《ふん》」
「ギャア!?」
そして、健太が『豪撃』を乗せた短錫杖で頭部を粉砕され、一撃死する。
「ば、馬鹿な!? 《索敵》にも《位置》にも何の反応もなかったぞ!」
後ろで桜子が驚愕の声を上げている。
「一部の高位モンスターは『文官』の眼を誤魔化すモノも存在します。これもそうだったのでしょう」
健太は淡々とした口調でそう説明しながら、周囲を警戒しつつ瓦礫の上に落ちていたモンスターカードを拾い上げる。そして、そのモンスターカードをシュナイダーの上に載っている桜子に渡す。
依頼の上ではドロップするモンスターカードの優先権は彼女たちにあることになっている。
「どうぞ」
健太に手渡されたモンスターカードに目を落した桜子はそのモンスターが奇襲を仕掛けた時以上の驚きの声を上げる。
「吸血鬼・女男爵!? 吸血鬼の爵位持ちだと!」
桜子の前後に座っている文香と佳乃も驚愕を隠せない。
それはそうだろう。『吸血鬼』はアンデッドモンスターでも『動死体』や『動白骨』とは一線を画する存在だ。
『動死体』と違いアンデッドなのに動きは素早く、『動死体』の比ではない怪力を誇る。そして何より恐れられているのが吸血によるバッドステータス『吸血鬼化』だ。これは数少ない「死に戻り」でも解除されないバッドステータスの一つで、『吸血鬼化』にかかった者は基本的に太陽の下に晒されて強制的にロストさせられる。
さらに爵位持ちとなればその能力は跳ね上がる。万が一既知領域に出没すれば、『癒し手』系を抱えている上位倶楽部にとんでもない高額(『銭』ではなく将来の約束手形)の『指名依頼』がされることだろう。
「桜子様、ご指示をお願いします」
だが健太は驚愕に言葉を失う華組の女子達に全く同調することなく、そう先を促すのだった。
その後、百体近い通常のアンデッドモンスターと、三匹ばかりのユニークアンデッドモンスターを倒した健太たちは、無事目的のモンスターの下へとたどり着いた。
「マ゛ア゛ア゛ア゛」
それは端的に言い表せば、巨人腐乱死体だった。
全長は三メートルくらいはあるだろうか。武器も防具も衣類すら身に着けていない。
その巨体はほぼ全ての肉が腐り溶けてあちこちから濁った黄色の汁を垂らしている。
腐乱した両手を真っすぐ前に伸ばして、ベチャチベチャリと黄色い汁の足跡を粘らせながらこちらに近づいてくる。
一歩一歩の動きは遅いが、なにせ三メートルからある巨体だ。近づいてくる速度はかなり速い。
「あれで間違いありませんか?」
だが、腰を落として戦闘態勢を取った健太は特に緊張するそぶりも見せず、後ろの者達に確認の声をかける。
「ひっ!? あ、あああ……」
「《星の導きよ》。佳乃、健太様の質問にお答えして。あれを見た『記憶』があるのは貴女だけなのよ」
シュナイダーの背中の上で、文香に悴む手を握られてそう諭された佳乃は、壊れた人形のように首を何度も振る」
「そ、そ、そうです、あれです! あれが私に!」
「だそうだ、健太。手はず通り頼んだぞ!」
佳乃の涙で濁った声を受けて、桜子がその後にそう続ける。
「承知いたしました。《来い》」
確認が取れた健太は早速『挑発』のスキルを使い、その巨人腐乱死体を自分に引き付ける。
「マ゛ア゛ア゛!」
『放浪する脅威』といってもそこまで高レベルではないのだろう。
健太の『挑発』に全く抗えなかった巨人腐乱死体は口元に濁った黄色の泡を垂らしながら汚い雄たけびを上げて、真っすぐ健太に近づいてくる。
「ふっ」
巨人腐乱死体がその腐った足の裏で健太を踏みつぶそうとするが、健太は難なく左腕の小型丸盾でその攻撃を受け流す。
遅いし軽い。今の手ごたえから判断するに、健太がいつも通りに反撃すれば一撃死も難しくないレベルの敵だ。
だが、今回はそうもいかない。
「よし、《来い》!」
三人女子の中で唯一シュナイダーの背から降りていた桜子は、そう気合を込めて叫ぶとモンスターカードを『具象化』する。『鱗竜』はすでにカードに戻している。
新たに召喚したのは、小さな蛇だった。
『七歩蛇』。それが、そのモンスターカードの正式名称だ。全長は僅か3寸(約12センチ)。あまりに小さなモンスターだが非常に強力なユニークモンスターである。
今の桜子では使役できるギリギリレベルである。他のモンスターと同時に召喚するなどもってのほか。単独召喚でも何かの拍子に暴走してもおかしくはないほどらしい。
その攻撃手段は蛇の見た目の通り、牙による噛みつきだけ。ただし『七歩蛇』の牙には猛毒がある。伝承では「七歩歩く間に絶命する」とまで言われる猛毒は、相手がアンデッドだろうがゴーレムだろうが竜種だろうが関係ない。
そして、『七歩蛇』の毒で仕留めたモンスターは通常の方法で仕留めたモンスターよりもはるかに高い確率でモンスターカードを落すのだという。
それも『七歩蛇』の毒以外のダメージは少なければ少ない程ドロップ率は上がる。
「マ゛!」
「はっ」
それを聞かされている健太は、上から腐った手のひらを振り下ろしてくる巨人腐乱死体の攻撃を細心の注意を払って左腕の小型丸盾で受け流す。
受け流しが失敗すると、巨人腐乱死体にダメージを与えかねない。繊細な防御が求められる。
「《行け》」
そうしている間に桜子の命令を受けた『七歩蛇』は素早く地面を這い、巨人腐乱死体の足の親指に噛みつく。
「マ゛ア゛ア゛ア゛!!」
猛毒の噛みつきは巨人腐乱死体も痛かったのか、巨人腐乱死体はその場ででたらめに暴れる。
その反動で『七歩蛇』が噛みついていた足の親指がちぎれ飛ぶ。
「しまった! 健太逃げろ!」
青ざめた桜子がそう声を上げる。
『七歩蛇』がはがされたことは問題ではない。一度噛みつけば猛毒は注入されている。問題は、吹き飛ばされた『七歩蛇』がダメージを受けた事。その衝撃で『七歩蛇』は桜子の支配から離れてしまったのだ。
人の支配を逃れた『七歩蛇』は当然、人間に襲い掛かる。
その毒牙を向けるのは一番近くにいる人間、健太。
「はっ」
健太は左腕の小型丸盾で暴れる巨人腐乱死体の攻撃を受け流しながら、空いている右手で足元に噛みついてこようとする『七歩蛇』の頭を掴む。
「シャア!」
頭を掴まれた小さな蛇は健太の腕にその体を巻き付けて締め上げる。形こそ小さいが『七歩蛇』は二つの『文官』系第二段階職を獲得している桜子でも手に余るモンスターだ。その締め付けは鋼の棒を飴のように捻じ曲げる。
まあ、健太からすると特に気にすることではなかった。
向こうから腕に絡みついてくれれば、邪魔にならなくてむしろ助かる。
下手に払おうとして『七歩蛇』を殺してモンスターカードに戻してしまえば、巨人腐乱死体の猛毒もリセットされてしまうという。
「これは難敵だな」
健太は左腕で巨人腐乱死体。右腕で『七歩蛇』という「すぐ死ぬのに殺してはいけない敵と味方」を相手取り、そう呟いた。