※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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※タグにもありますが今回は特に『オリジナル設定』が多く出てきます。原作の設定ではないのでご注意ください。



第百三十話 途切れた希望をつなぐ希望、見当はずれの推測

 

 

 

「マ゛ア゛ア゛ア゛…………」

 

 巨人腐乱死体はついに動かなくなった。

 華組の女子三人がかたずをのんで見守る中、巨大な腐乱死体は瘴気へと返っていき、後には結構な大きさのクリスタルと大きな汚れた骨だけが残される。

 どうやらその骨がこのモンスターのドロップ品らしい。残念ながらモンスターカードのドロップはなかったようだ。

 しっかりと『七歩蛇(しちほだ)』の毒だけで倒したのだが、「モンスターカードのドロップ率が上がる」のであって確定ドロップではないのだから、ドロップしなくても不思議ではない。

 そんな客観的なことを考えられるのは、当事者ではない『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)だけ。

 

「う……は………あああああああ!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

 死臭と腐臭が染みついた荒野に両ひざをついて泣き崩れる佳乃(よしの)に、文香(ふみか)と桜子(さくらこ)は沈痛な表情を浮かべるだけでかける言葉もないようだ。

 

 詳しい事情を知らされていない健太(けんた)だが佳乃(よしの)がこのモンスターカードに最後の望みを託していたこと、その望みが今断たれたことは分かる。

『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている今は目の前の愁嘆場(しゅうたんば)にも全く感情は揺さぶられないが、その冷静な視点から「これをただ見逃したら普段の自分は後で罪悪感に駆られるだろう」ということも確信できる。

 

「文香(ふみか)様、よろしければ事情をお聞かせ願えますか?」

 

 だから、健太(けんた)は静かな声で三人のリーダー格である文香(ふみか)にそう尋ねる。

 

「これは健太(けんた)様、失礼しました。健太(けんた)様はこちらの依頼を達成しておられます。これ以上お手数をおかけするわけにはまいりません」

 

 そう言う文香(ふみか)の笑顔は凛としたどこまでも自然なものにしか健太(けんた)には見えない。だがつい先ほどまでの文香(ふみか)の表情、そして未だ号泣を続ける佳乃(よしの)、沈痛な表情のままの桜子(さくらこ)を見れば、文香(ふみか)の笑顔が作り笑顔であることは容易に想像がつく。

 

「確かに書面上の依頼は完遂しておりますが、そちらのご様子から鑑(かんが)みるに本当の目的は達成できていないと推測されます。幸い閉門までは時間もあることですし、私で力になることがあればアフターサービスとして対応させて頂きます」

 

「お気持ちは嬉しいのですが」

 

 重ねる健太(けんた)の言葉にも文香(ふみか)は首を横に振る。それはまだ健太(けんた)を警戒しているというよりも、相談してもどうにもならないと考えているようだ。

 まあ無理もないだろう。健太(けんた)はどれほど強くても戦士系(騎士系)の戦闘職。常識的に考えれば、戦闘以外で「出来ること」などそうはない。

 しかし、健太(けんた)の破格の強さを目の当たりにしたことで何か思うところがあったのか、桜子(さくらこ)が真剣な面持ちで聞いてくる。

 

「では、念のために確認させてもらう。健太(けんた)、お前は高位のポーションに当てはあるか?」

 

 高位のポーション。その言葉から思い出すのがこれまでに文香(ふみか)たちが発した言葉だ。

 桜子(さくらこ)の「佳乃(よしの)の『期限』」という言葉。文香(ふみか)の「見た『記憶』があるのは貴女だけ」という言葉。

 それらの言葉を総合すると、健太(けんた)は大体自分が予想していたことと彼女たちの身に起きている事実がそうズレていないと確信を抱く。

 

「残念ですが私がご用意できるのは通常の外傷用のポーションくらいですね。失礼ですが『癒し手(ヒーラー)』のいる倶楽部に頼めなかったのですか?」

 

 そう言いつつ、実は健太(けんた)にはもう少し上等なポーションの当てがある。

 健太(けんた)が『起屍鬼(ヴェーターラ)』の死骸と交換にダンジョンショップで貰った『青鬼の瓶』を蜜柑(みかん)達旧『匠工房(アデプトワーカーズ)』に預けてあるのだが、その『青鬼の瓶』から出る理水をベースに『調合士(ファーマシスト)』の桃花(とうか)がポーションを制作できるようになっている(凜子(りんこ)は理水を使ってしゅわしゅわ葡萄ジュースを作っている)。

 とはいえ他人の能力をこのような場面で勝手に告げて良いはずもない。

 

 健太(けんた)の返答からおおよその事情を察せられていることを理解したのだろう。

 桜子(さくらこ)は艶やかな黒いポニーテールを揺らす様に大きなため息をつくと、

 

「すでに試した後だ。薫(かおり)書記の伝手で『癒し手(ヒーラー)』にダンジョン内で『快癒(レストレーション)』をかけてもらったが効果がなかった」

 

「なるほど」

 

 そう答えながら健太(けんた)は頭の中で情報を整理する。『快癒(レストレーション)』は『癒し手(ヒーラー)』系第三段階職『司教(ビショップ)』のスキルだ。

 原作では海春(みはる)が『癒し手(ヒーラー)』系第四段階職『枢機卿(カーディナル)』になった時、叶馬(とうま)の『情報閲覧(インターフェース)』では『枢機卿(カーディナル)』(2/6)と表記されていた。

 これは『枢機卿(カーディナル)』という職(クラス)は六人までの定員制で、海春(みはる)が二人目であることを意味する。つまり『枢機卿(カーディナル)』がすでに一人いる可能性があるのだがその人物は日本にいないのか、いたとしても文香(ふみか)達には伝手がないかなのだろう。

 

 健太(けんた)の推測では恐らく佳乃(よしの)は『まだ一度も死んでいない』。だが、放っておくと死ぬ何らかの状態異常(バッドステータス)を食らっている。

 この手のダンジョンをログアウトしても継続する状態異常(バッドステータス)は珍しくはあるが知られているだけで結構な数存在している。

 

 有名なのは『首無騎士(デュラハン)』の『死の宣告』だろう。

『首無騎士(デュラハン)』は元々第十六階層『妖精都市(フェアリーランド)』に出没する邪悪な妖精だったのだが、近年はゲームその他の影響でここ第十四階層『死國(アンデッドカニバル)』にも出没するようになった。

 ただし『妖精都市(フェアリーランド)』の『首無騎士(デュラハン)』と『死國(アンデッドカニバル)』の『首無騎士(デュラハン)』は見た目が似ていて名前は同じなだけの別なモンスターだ。

『妖精都市(フェアリーランド)』の『首無騎士(デュラハン)』は女性型が多く戦車に乗っており、遭遇した相手に『死の宣告(デス・センテンス)』のスキルをかける。

 すると一定の期間後、『死の宣告(デス・センテンス)』を受けた者がダンジョンにダイブすると『首無騎士(デュラハン)』が現れ、対象を殺しに来る。

 それは『妖精都市(フェアリーランド)』に限らない。第一階層だろうが第二階層だろうが、全然関係ないレイドだろうが『首無騎士(デュラハン)』は即座に出没する。それどころか、学園内でも瘴気濃度が十分な闘技場や工作室(ファクトリー)に対象が足を踏み入れれば出没するという。

 

 対して『死國(アンデッドカニバル)』の『首無騎士(デュラハン)』は主に男性型で首無騎馬(ノーヘッドホース)に騎乗し、相手に『死の宣告(ドーム)』というスキルをかけてくる。

 こちらの『死の宣告(ドーム)』は放っておくと一定の期間が過ぎた後死ぬ。純粋な死の呪いだ。そのため『癒し手(ヒーラー)』系のスキルで呪いを除去出来れば助かる。ついでに言えば期間内別の死因でも一度死ねば解けるので、普通科ではあまり恐れられてない。

 多くの場合はパーティーメンバーに殺しても貰って、死に戻りするのがマストになっている。

 

 恐らくは今倒した巨人腐乱死体も、後者の『首無騎士(デュラハン)』の『死の宣告(ドーム)』のようなスキルを有していたのだろうと健太(けんた)は推測する。この手のスキルはスキルをかけた本人ならば後から解除出来ることが多い。あの巨人腐乱死体のモンスターカードを入手できれば、主として「自分にかけた状態異常(バッドステータス)を解除しろ」を命じることが出来る。

 

 佳乃(よしの)はそのスキルを食らった上で死なずにダンジョンからログアウトした。そう考えると、桜子(さくらこ)が言った「佳乃(よしの)の『期限』」という発言も納得できる。

 問題は文香(ふみか)の「あれを見た『記憶』があるのは貴女だけ」という言葉だ。

 その言葉を素直に取ると、あの巨人腐乱死体と遭遇して文香(ふみか)と桜子(さくらこ)は死に戻り、佳乃(よしの)だけが状態異常(バッドステータス)を受けた上で死なずにダンジョンから脱出したということになる。

 前衛後衛という区分で言えば、三人とも後衛。当然、前衛を務める護衛はついていたはず。それなのに文香(ふみか)と桜子(さくらこ)を死なせるという失態を犯した。唯一生き延びたのが佳乃(よしの)というのも不可解だ。

 四年の文香(ふみか)と桜子(さくらこ)は第三段階職で、一年の佳乃(よしの)は第一段階職。死にやすさで言えば当然ダントツで佳乃(よしの)が死にやすい。

 そして立場で言っても明らかに主人格は文香(ふみか)のはず。つまり、優先的に守らるべきはずの文香(ふみか)が死に、従者である佳乃(よしの)が生き延びていることも不自然である。

 

 とはいえ文香(ふみか)たちの様子を見るに彼女達三人の間に遺恨はないようだ。となれば、それより先はただ依頼を受けただけの自分が立ち入る話ではない、と『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)は割り切る。

 

「では、駄目元ですがこいつを一つ試してみましょうか」

 

 そう言う健太(けんた)が取り出したのは鼻が青い『赤鼻トナカイ(ペッテリ・プナクーノ)』のモンスターカードだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うわあああああ!」

 

 佳乃(よしの)がまた号泣している。

 だが、状況は先ほどとは何もかも異なっている。

 まず第一に場所が違う。時間をかけて巨人腐乱死体を倒したため、これ以上は『天敵者(アグレッサー)』の危険があるため、一度場所を移したのだ。

 とはいえここも第十四階層の『既知外(きちがい)』領域には違いないため、深い霧が立ち込める荒涼とした大地という風景にほとんど違いはないのだが。

 第二に泣いているのは佳乃(よしの)だけではない。

 佳乃(よしの)が細い両腕で抱き着いている大型馬程もあるトナカイ――桜子(さくらこ)の手によって『具象化(リアライズ)』された鼻が青い『赤鼻トナカイ(ペッテリ・プナクーノ)』ももらい泣きをしている(健太(けんた)は内心で「そう言えば『泣き虫(クライベイビー)』なんてスキルもついてたか」と考えていた)。

 そして第三に、泣いている理由が違う。

 先ほどの号泣は絶望によるもの、今の号泣は歓喜によるものだ。

 

 鼻が青い『赤鼻トナカイ(ペッテリ・プナクーノ)』のスキル『医療(メディカルケア)』によって佳乃(よしの)を蝕んでいた『死呪病(カウントダウン)』は除去されていた。

 

 スキル『医療(メディカルケア)』はスキルを受ける対象が長い時間安静にしていなければならない、外傷の回復量は少ない、状態異常(バッドステータス)の回復確率もあまり高くない、と基本的には『癒し手(ヒーラー)』の回復スキルの下位互換なのだが勝(まさ)っている点として「どれほど強力な状態異常(バッドステータス)でも回復確率がゼロになることはない」という点がある。

 幸い佳乃(よしの)を蝕んでいた『死呪病(カウントダウン)』はさほど強固な状態異常(バッドステータス)ではなかったのかはたまた単純に運が良かったのか、三回目の『医療(メディカルケア)』で無事解除となった。

 

(最悪を想定して持ってきておいたかいがあったか)

 

 そう考える健太(けんた)の最悪とは今回の護衛依頼で護衛対象である文香(ふみか)達を守り切れなかった場合だ。

 健太(けんた)は『司祭(プリースト)』のスキルも使えるが流石にそれを明かすことはできない。

 それに健太が『予習』した『死國(アンデッドカニバル)』では第二段階の『司祭(プリースト)』では手に負えないバッドステータスの使い手もチラホラ存在していた。

 幸い、事前に桜子(さくらこ)と佳乃(よしの)が『文官(オフィサー)』系であることは知らされていたため、まだ言い訳がきく「治癒能力のあるモンスターカード」を用意しておいたのだ。

 

「では、この度の依頼は完遂出来たという認識でよろしいでしょうか?」

 

 健太(けんた)の言葉に代表である文香(ふみか)は最初とは明らかに違う目つきで健太(けんた)に微笑みながら首肯する。

 

「はい、健太(けんた)様。貴方様の偉大なる御力(おちから)によって佳乃(よしの)の星命は繋がりました。深く御礼申し上げます」

 

 そう言って文香(ふみか)は言葉通り、長い艶やかな黒髪が荒涼とした大地に着くまで頭を下げる。

 自分の主が普通科の男子に頭を下げているのにそれをどうこう言うこともなく、桜子(さくらこ)も健太(けんた)に礼を言う。

 

「本当に助かった。礼を言う、健太(けんた)。ありがとう」

 

 そう言って桜子(さくらこ)は『具象化(リアライズ)』をやめたユニーク個体『赤鼻トナカイ(ペッテリ・プナクーノ)』のモンスターカードを健太(けんた)に返却する。

 

「あびばどうございばず、健太(けんた)ざま゛」

 

 一番恩恵を受けていた佳乃(よしの)は涙で目と鼻を真っ赤にしたままそう非常に聞き取りずらい涙声で、健太(けんた)に礼を言う。

 

「皆様のお力に慣れたのであれば、幸いです」

 

 健太(けんた)は意識的に顔に笑みを浮かべ、そう静かに言葉を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事ダンジョンダイブを終えた文香(ふみか)、桜子(さくらこ)、佳乃(よしの)の華組女子三名は特級棟校舎の生徒会用の一室で、薫(かおり)書記と対面を果たしていた。

 椅子も机も普通科で使われているような代物とは一味違う。通常の学校であれば校長室にしかないような重厚な天板の机と黒い革張りのソファーに腰を下ろした文香(ふみか)達は、対面に座る黒髪ストレートロングの女子――薫(かおり)書記に依頼の結果を簡単に報告した。

 

「では、私が推薦した健太(けんた)さんは十分な働きをした、ということでよろしいでしょうか?」

 

 生真面目に確認してくる薫(かおり)書記に文香(ふみか)は小さく笑みを浮かべたまま答える。

 

「はい。全ての面に置いて最上級の働きをしてくださいました」

 

「薫(かおり)書記、ありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

 文香(ふみか)の言葉に合わせて左右に座る桜子(さくらこ)と佳乃(よしの)もそう言って深々と頭を下げる。

 言葉こそお礼の言葉になっているが、その頭の下げ方、声のトーン、そして表情は完全に謝罪のそれだ。

 まあこれまでの経緯を考えれば当然と言える。

 健太(けんた)を紹介するとき薫(かおり)は告げていた。「今、私が文香(ふみか)先輩に紹介できる最高の人材です」と。

 その紹介でやってきたのが一年の男子が一人だけ。

 薫(かおり)の「紹介できる最高の人材」という言葉を「もうお前らに紹介できる人材はない」という最後通告と取った桜子(さくらこ)と佳乃(よしの)の理解力はまあ常識的というべきだろう。

 薫(かおり)も健太(けんた)の実力はともかく(そもそも実力に関しては薫(かおり)もまだ正確には把握していない)、普通科男子としての人格の特殊性は口で説明すればするだけ信ぴょう性が薄れるだけと思い、詳しい説明はしていなかった。

 

「そう言っていただけますと紹介した身として、面目が立ちます。佳乃(よしの)さんは「ずっと体調が悪かった」ようですが、そちらも回復しましたか?」

 

「はい、おかげさまで」

 

 佳乃(よしの)はすっかり憑き物が落ちた晴れやかな笑顔でそう答える。

 その様子を眼を細めて見ていた薫(かおり)は小さく一つ頷くと、

 

「それは何よりです。私はこれで失礼しますが、この部屋は本日中借り切っておりますので、よろしければ皆さんはゆっくりしていってください」

 

 そう言って席を立つ薫(かおり)に、文香(ふみか)は素直に頭を下げる。

 

「ありがとうございます、薫(かおり)書記。お言葉に甘えさせていただきます」

 

 文香(ふみか)達は全員『玉兎荘』という特級科専門の女子寮に入っているのだが、間違ってもそこは住み心地の良い空間ではない。

 建屋そのものは重厚な木造建築で人数の割にだだっ広く色々と恵まれているのだが、内部の人間関係が普通科の強さ一辺倒な動物的カースト制度が可愛く見えるくらいの魔窟なのだ。

 個人の力、家の格式、そして所属している派閥の勢力と派閥内の立ち位置。それらが複雑に絡み合って気を抜けば誰でも地獄に堕ちて浮かび上がれなくなると言われている。

 

 そんな魔窟でも死に戻りを経験している『死徒』の立場は最下層で固定される。

 

 文香(ふみか)や桜子(さくらこ)の場合、同じ特級科専門の男子寮である『金烏荘』に呼びだされても拒否する権利は存在しない。薫(かおり)でも守ることは難しいだろう。

 そんな文香(ふみか)たちにとって、こうして生徒会権限で「立ち入り禁止」になっている空間で寛(くつろ)ぐことが出来るというのは、非常にありがたい施しだった。

 

 自分たちの手で常備してある紅茶を入れて、茶菓子と紅茶でひと息を突いたところで文香(ふみか)が優しい声で佳乃(よしの)に告げる。

 

「佳乃(よしの)、改めておめでとう」

 

「ありがとうございます、文香(ふみか)様。文香(ふみか)様と桜子(さくらこ)先輩はこんなことになったのに、私だけ……申し訳ございません」

 

『死徒』となる運命を免れてしばらくはわが身が助かった喜びと安堵に支配されていた佳乃(よしの)だが、それが少し落ち着いてくると湧き上がってくるのは「自分だけ助かった」という罪悪感だ。

 主である文香(ふみか)はすでに自分は手遅れとなった身で、僅かな可能性が残っている佳乃(よしの)の為に文字通り「体を張って」助けてくれた。

 だが、文香(ふみか)はゆっくり首を横に振ると、

 

「謝ることではありませんよ。三人そろって駄目になるよりも一人だけでも助かる方が良いに決まっているのですから。それに佳乃(よしの)、貴女には厳しいことをお願いしなければなりません。

 私がこうなってしまった以上、少しでも可能性のあるあなたに『火雷天神(からいてんじん)』様との契約に挑んでもらうことになるのです」

 

 そう文香(ふみか)は優し気な顔立ちに似合わない厳しい表情を浮かべる。

 

「は、はい。分かっております、文香(ふみか)様。『お勤め』に全力を尽くす所存です」

 

 覚悟を決める佳乃(よしの)に文香(ふみか)を挟んで逆隣に座っている桜子(さくらこ)が発言する。

 

「こうなった以上、可能性が低くとも佳乃(よしの)にも契約に挑戦させるのは理解できます。しかしあそこは魔境です。『火雷天神(からいてんじん)』様の下に生きてたどり着くには、十分な護衛が必須ですが」

 

 そんな桜子(さくらこ)の問いに対する文香(ふみか)の答えは、桜子(さくらこ)が予想していた通りのものだった。

 

「何とかして今一度健太(けんた)様のご助力をお願いするしかないと思います。…………用意できる対価が思いつきませんが」

 

「やはりですか。分かりました。対価に関してましては私の方でも考えておきます」

 

 桜子(さくらこ)の答えに文香(ふみか)は「お願いします」と返す。

 今回の一件で文香(ふみか)はもちろんのこと、偏見(という名の普通科男子に向ける正当な評価)で見ていた桜子(さくらこ)も佳乃(よしの)も、健太(けんた)に対する評価は一変している。

 健太(けんた)に頼めるのであれば、能力的にも人格的にも全く問題ない。

 問題があるとすれば、今文香(ふみか)が言った通り文香(ふみか)側に対価が用意できないことと、健太(けんた)がどこに所属しているのかが分からないことだ。

 

「いっそこの身が対価となれば良いのですが」

 

 そう呟く文香(ふみか)だが、それは望み薄だと思っている。文香(ふみか)は『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになった健太(けんた)しか直接は見ていない。正直、そのような色欲に囚われた申し出をすること自体躊躇われる。

 

「おやめください、文香(ふみか)様。お家から『文(ふみ)』の字を許されたお方が」

 

 眉をしかめる桜子(さくらこ)に、文香(ふみか)は自嘲的に笑う。

 

「死に戻った以上今更ですよ。今の私の価値など」

 

 特級科で幅を利かせる名門の家柄の場合、一族の名づけに一定の意味を持たせることが多い。

 文香(ふみか)の家柄では『文(ふみ)』の字がそれに当たる。その一族では『文(ふみ)』の字を持つ者は基本的に本家と認められた者だけだ。稀に分家の者でも幼いころから卓越した才能を示せば特別に『文(ふみ)』の字を貰うこともあるが滅多にあることではない。逆に本家の者でも「こいつは将来的には嫁、婿に出して本家には残さない」となれば『文(ふみ)』の字は使われない。

 そうした本家の生まれでも外に出ることが決まっている者や一般的な分家の子の場合、『文(ふみ)』と同じ読みで似た意味を持つ別な字が宛がわれる。文香(ふみか)の実家の場合『書(ふみ)』『史(ふみ)』『典(ふみ)』などだ。

 

「文香(ふみか)様……」

 

 痛ましいものを見る目で自分を見る桜子(さくらこ)の視線を祓うように、文香(ふみか)は話を変える。

 

「ところで、健太(けんた)様については何か心当たりはありませんか? 桜子(さくらこ)?」

 

 文香(ふみか)の言葉に桜子(さくらこ)は生真面目に首を横に振る。

 

「分かりません。あの能力と人格で在野の『藤(ふじ)』ということはないと思いますが、少なくも当家に連なる者ではありません」

 

「そうですか」

 

 きっぱりとした桜子(さくらこ)の答えに、文香(ふみか)は少し残念そうに呟く。

 この学園では苗字を呼ぶことはご法度になっているが、入学時の資料を調べれば苗字を探り当てることはそう難しくない。

 学園は言霊の支配が強いため、正式な書類で偽名を使うことは難しい(不可能ではない)ので普通科に潜ませる密偵達も書類上は本名が記されているからだ。

 しかし、それが分かったところで健太(けんた)の場合ただ頭を抱えるだけだ。

 

 健太(けんた)のフルネームは「佐藤健太(けんた)」。腐る程いる苗字である。かく言う桜子(さくらこ)も苗字は佐藤だ。

 

 特級科にも「藤の家」――佐藤、斎藤、加藤、伊藤、後藤等々――は腐る程存在している。

 佐藤だけに限っても簡単には把握しきれないくらいだ。二条(にじょう)家に仕える佐藤、鷹司(たかつかさ)家に仕える佐藤、伊達(だて)家の家臣である佐藤、いずれも祖はともかく現状は全く別の佐藤家である。

 そうした数多ある佐藤家から普通科に草が放たれる。それでもなお圧倒的に一番多いのは「在野の佐藤」、つまり何の裏もないただの苗字佐藤なだけの普通科生徒だ。

 健太(けんた)の佐藤という苗字もそこに埋もれてしまう。

 

「一年丙(ひのえ)組には『小野寺(おのでら)』が二人と『堤(つつみ)』が一人いるのでしたね?」

 

 確認を取る文香(ふみか)に桜子(さくらこ)が首肯する。

 

「はい。確定した情報はあまり集まっていませんが、『小野寺(おのでら)』の男子と健太(けんた)は比較的仲良くやっているとのことです。『堤(つつみ)』とは少なくとも表立った交流はない模様です」

 

『小野寺(おのでら)』は現生徒会長徹朗(てつろう)の実家である『綾小路(あやのこうじ)』に仕える家柄だ。『堤(つつみ)』はそのまま徹朗(てつろう)の許嫁である薫(かおり)書記の実家もしくはその分家である。

 

「『堤(つつみ)』の役目は明らかですし、あまり警戒することはないでしょう」

 

「でしょうね」

 

 文香(ふみか)の言葉に桜子(さくらこ)も同意する。文香(ふみか)と桜子(さくらこ)の表情は揃って何か苦い物を含んだような厳しい表情だ。

 学園サイドでも『逸脱規格(イリーガル)』職――GR職に関する理解は全く足りていないが、それでも経験則でいくつか分かっていることはある。

 中でも『勇者(ブレイバー)』に関してはどのような人間が『勇者(ブレイバー)』なりやすいか、ある程度把握できている。すなわち、「人を引き付ける魅力と高い能力を兼ね備え、そのことを自覚している自己愛と独善が強いタイプ」だ。

 一年丙(ひのえ)組にいる当代の勇者もその典型であり、その勇者の初期からの仲間に『堤(つつみ)』がいる。

 そうなれば『堤(つつみ)』の役目は明らかだ。勇者が暴走した時に刺し違えてでも勇者を止める、安全弁役と考えてまず間違いあるまい。

 

 対して『小野寺(おのでら)』はよくわからない。いつも一緒にいる男子はごく普通の『戦士(ファイター)』らしい。学園に推薦したのがこれまで一人も学園に人を送り込んでいなかった現役時代『狂乱鬼人(バーサーカーオーガ)』と言われていた学園の卒業生だったらしいが、それ以外には特におかしな目立つ点はない。

 

 学園運営の誰もが「深く調べる必要性はない」と考え、その存在を意識することもない。

 

「『小野寺(おのでら)』の男子と健太(けんた)様が繋がっているのではなく、どちらかがどちらかを監視しているという可能性はありませんか?」

 

 そう口を挟んできたのはこれまでずっと二人のやり取りを聞いていた佳乃(よしの)だ。

 佳乃(よしの)の言葉に桜子(さくらこ)は一定の合理性を見出す。

 

「確かにそう考えれば納得もいくか。『小野寺(おのでら)』の女子は白鶴荘に留まったままだ。校内やダンジョンでは『小野寺(おのでら)』の男子が、寮内では『小野寺(おのでら)』の女子が健太(けんた)を見張っている。そう考えれば」

 

「辻褄は合いますね」

 

 桜子(さくらこ)の推測に文香(ふみか)も同意を示す。

 

 そんな会話から分かる通り、文香(ふみか)たちは健太(けんた)に付いて簡単に調べれば分かる「表向きの情報」はしっかり把握していた。

 すなわち、一年最初の定期試験で補習レイド送りになった。女子寮に入り浸(びた)っている。公式パートナーが八人いる。部長を務める倶楽部は男子四人、女子十人という比率。戦闘力のないものが大半の女子オンリーの倶楽部を傘下に収めている。といった情報だ。

 それらの情報から想像した人物像ならば、当初桜子(さくらこ)と佳乃(よしの)が警戒したのも当然だったのかもしれない。

 

 桜子(さくらこ)にいたっては「この健太(けんた)という男子は薫(かおり)書記の『駒』であり、自分たちは宛がわれた『ご褒美』なのではないか」、という疑惑すら持っていたほどだ。

 

「そういえば文香(ふみか)様。健太(けんた)様の星はいかがだったのですか?」

 

 佳乃(よしの)の問いは桜子(さくらこ)も気になるところだったのだろう、二人は固唾(かたず)をのんで主の言葉を待つ。

 だが、文香(ふみか)は硬い表情で首を横に振る。

 

「それが……見えなかったのです」

 

 その返答は半ば桜子(さくらこ)たちも予想していた。

『星読み』に限らず対象の情報を見抜くタイプのスキルは術者より高位の相手には効かないことが多い。

 なにがどうなって今の段階の一年がああなっているのか分からないが、第三段階職に過ぎない文香(ふみか)より健太(けんた)の方が高位であることは桜子(さくらこ)たちにも容易に察せられる。

 だが、納得の表情を浮かべる桜子(さくらこ)との佳乃(よしの)に文香(ふみか)はさらに首を横に振る。

 

「違うのです。確かに星が見えない方はいらっしゃいます。ですがそうした場合は通常「見えないことが見える」のです。例えば礼治(れいじ)副会長であれば星が眩しすぎて見えない。耕司(こうじ)副会長でしたら星が大きすぎて見えない。それ以外にも遠すぎて、暗すぎて、隠されてなど、「この人の星は見えない」と見える。

 ですが健太(けんた)様の星はただ見えないのです。まるで宿星などないかように」

 

 文香(ふみか)ほどではないが『天文道』について最低限の知識はある桜子(さくらこ)と佳乃(よしの)も顔色を変える。

 

「…………」

 

「…………ありえるのですか? 星を持たない人間というのは?」

 

 震える声で問う桜子(さくらこ)に文香(ふみか)はきっぱりと言い切る。

 

「ありえません。人間であれば、いえ人間に限らず、生命に限らずこの世に存在するモノならば塵芥(ちりあくた)であっても宿星はあるはずです」

 

 ただし、微生物だのそこら辺の石だのの宿星は小さすぎてどれほど優れた星読みでも読み取ることはできないのだという。それでも目を凝らせば「ある」ことだけは分かる。健太(けんた)の場合はそれがない。

 

「そして、星が見えないのに近くにいる人間の星には極めて強い干渉を与えるようです。佳乃(よしの)の星がこのわずかな間に驚くほど良い方向に変化しました。桜子(さくらこ)の星も佳乃(よしの)と比べると微々たるものですが好転しています。恐らくは私の星も同様でしょう」

 

 最後の文香(ふみか)自身について断言できないのは、星読みでは自分の星は見ることが出来ないからだ。ただし、自分の周囲にいる人間の星を見ることで疑似的に予測することは可能だ。

 

「何者なのでしょうか? 健太(けんた)様は」

 

「分かりません。ですが、悪い存在ではないと思います」

 

 佳乃(よしの)の問いに健太(けんた)の人格に触れ、かかわった人間の星が好転している事実を目(ま)の当たりにした文香(ふみか)は静かに、だが確信を持ってそう言うのだった。

 

 

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