午前の授業を公欠し、文香達の『護衛依頼』をどうにか合格点がもらえる形で果たした健太は、いつも通り学食で簡単な食事を終え、午後の準備に取り掛かっていた。
授業は全て午前で完結するこの学園で午後の準備とは言うまでもない。
ダンジョンダイブである。
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『捌』階層、『既知外』領域――
午前中、華組の女子三人とダンジョンダイブを行っていた健太は、午後に五人の女子とダンジョンダイブを行っていた。
こちらの五人は倶楽部『O嬢極』の部員の中の五人。和花、芽衣、夜凪、雪音、良月の五人だ。健太と身体の関係を結び、なし崩し的にO嬢極の中でも「健太担当」に決まった五人である。
年度初めの倶楽部対抗戦――通称水無月杯が終わってから、健太の倶楽部『安息所』と和花を部長とする倶楽部『O嬢極』は正式に同盟を結んでいた。
もちろん、対等な同盟ではない。学園の同盟では極めて一般的な一方が一方に全面的に従属する上下関係の従属である。
一年男子が主力ながらいきなりCランク倶楽部に躍り出た『安息所』と、ほとんどが非戦闘系の上級生女子だけで作られた『O嬢極』。
その同盟で「美味しい思い」をするのは当然健太、尚典、来斗、霊王の男子四人だ。
だから「『O嬢極』の部員達も出来るだけ庇護する」という健太の言葉に他の男子部員達も全員賛成した。
とはいえいきなり『O嬢極』の全員を引きつれてのダイブは護衛対象が多すぎて予期せぬトラブルが怖い。
そのため、ひとまず健太自身と「健太担当」の五人で健太にとって勝手知ったる第八階層のダイブとなったのである。
もちろん、第八階層『既知外』領域を勝手知ったると言えるのは健太だけ。
『O嬢極』の女子五人にとってはいきなりぶち込まれた超絶瘴気圧のアホ空間である。
健太への隷属が深い和花と芽衣、そして五人の中では飛び抜けてレベルが高い良月は耐えられたが、夜凪と雪音の二人は硬直させた体をブルブル震わせるだけの置物と化したのだった。
「落ち着いたか」
健太は両腕で夜凪と雪音を抱きしめながらそう問う。
「は、はい」
「う、うん、もう大丈夫」
夜凪と雪音は黒い重甲冑を纏った健太の体にガッチリと抱き着いたまま、どうにかそう答える。どうにもならない様であればこっそり『平静』のスキルを使用することも考えていたので健太としては助かった。
夜凪も雪音も曲がりなりにも三年生。何らかの形で高濃度瘴気圧の経験はあるのだろう。
「旦那様。ここは既知外領域、それも既知領域からは相当離れた既知外領域ですわよね?」
『文官』系である和花を誤魔化すことはできなし、する意味もない。
『戦士の不動心』がオンになっている健太は平たんな口調で答える。
「ああ。ここは第八階層の既知外領域。俺が普段ダイブしているあたりだ。今俺がダイブしているのはもう少しふ」
「流石ですね、私の旦那様。ここの座標は登録しましたので、今後私たちを連れてきてくださるときは私が起点になりますから」
健太の言葉を遮る様にして健太に抱き着いた和花は少し早口で健太にそう告げる。
和花の不自然な態度に少し考えた健太はすぐに理由に思いつく。
(そうか。ここには俺が起点になって皆を連れて来たんだ。それなのに俺が普段はもっと深い階層にダイブしていると言ったらかなり変なことにある)
電子学生手帳に記されているデータ上健太は戦士系第二段階職『騎士』になっている。
倶楽部対抗戦で堂々と『重装騎士』のスキルを使用したので実は第三段階職『重装騎士』であることは気づいている者は気づいているだろうが、だとしても戦士系であることに変わりはない。
ダンジョンダイブの時、任意のポイントにログインできるのは『文官』系だけだ。戦士系である健太は前回ログアウトしたポイントにしかログインできないはずなのである。
それなのに本日健太を起点としてここ第八階層既知外領域にダイブしていて、その健太が「普段はもっと深い階層を探索している」と言ったら色々矛盾してしまう。
一応「今日の為に事前に『案内人』の蘭にここに連れてきてもらっておいた」という言い訳がまだ成立するが、ちょっと調べればバレるレベルの嘘でしかない。
この場にいる女子は大なり小なり健太に隷属しているのでそう簡単に健太の秘密を漏洩しないだろうが、それでも秘密の知っている者は素なければ少ないほど良い。
「ああ、ありがとう和花」
「……はいっ」
抱き着く和花を抱き返すと和花は健太の腕の中で湿った歓喜の声を上げる。
(ということは、和花には俺が本来『文官』にしか出来ないはずの好きなポイントにログインできることがバレてたのか)
『戦士の不動心』がオンになっている健太は、その事実を冷静に受け止める。
考えてみれば今更である。和花、芽衣、優梨愛、詩織、そして藤子の五人はあの補習レイドで何日もの日々を一緒の過ごした仲だ。その時健太は『彫金士』の市湖に弟子入りし、普通に『職人』のスキルをバンバン使用していた。
あそこでは健太たちは地下住居、叶馬達は地上住居に分かれて住んでおり、弟子入りは地上で行っていたので和花たちには見られていないと思っていたのだが、何らかの拍子に見られていても不思議はない。一応口止めはしておいたはずだが、蜜柑達がぽろっと漏らした可能性もある。
ともあれ、今はそこまで気にすることでもないだろう。後日、和花と二人きりの時間を作ってじっくり話し合えばよいだけのことだ。
「この辺りは原則オークしかいないからパワーレベリングに向いている。手近な玄室で俺がオークを無力化する。お前たちはそれに止めを刺せ。優先順位は、夜凪、雪音、芽衣、和花の順だ。良月は別枠。最後に時間を取るからそれまで我慢しろ」
「はい、ありがとうございます」
「りょー」
「三番目、よし」
「承知いたしました、旦那様」
「おうよ、楽しみにさせてもらうぜ」
健太の言葉に、O嬢極の女子五人はそれぞれの言葉で了承の意を示した。
近くの玄室に立ち入り、その中にたむろしていたオークの大群を慣れた手順で無力化した健太は、『鑑定人』という職の便利さを実感していた。
「オークハイキングが一匹、オークキングが二匹、オークラウンドナイトが十匹、オークナイトがおよそ百匹。オークコートウィザード一匹とオークウィザード三匹、オークレンジャー2匹は健太様が仕留めております」
「ありがとう、和花」
『鑑定人』である和花の報告に、右手で小剣『金狼木霊剣』を構えたままの健太は意識を床に倒れた四肢のないオークの群れに向けたままそう礼の言葉を返す。
これまでは何となく見た目から「これは鎧を着てるからオークナイト、これは大きくて偉そうだからオークロード」といった当て推量をするしかなかったモンスターの固有名を明言してもらえるのはとてもすっきりする。
一般的に職人系の『鑑定士』は物の鑑定に、文官系の『鑑定人』生き物の鑑定を専門としていると言われている。
あいにくと和花はこの辺りのモンスターと比べると圧倒的にレベルが低いため詳しい情報までは抜けないが、正式名称くらいは読み取ることが出来る。
「はい、旦那様」
健太の言葉に和花が頭を撫でられたゴールデンレトリバーのような表情を浮かべているのを横目で見ながら、健太は他のメンバーに指示を飛ばす。
「この数ならある程度同時進行で良いだろう。夜凪、雪音。倒れているオークに止めを刺せ。すべて無力化しているし、万が一オークがまだ何らかの攻撃手段を隠しているとしても俺が割って入る方が圧倒的に速い。
気楽に行け」
「は、はい」
「うう……うん、オッケー、《来て》カギヤ」
健太の言葉を受けて夜凪と雪音が四肢を失って倒れているオークに止めを刺すため前に出る。
「せーの、ふっ!」
夜凪は両手で持つ長柄の片刃の斧をオークナイトの喉元に振り下ろす。
夜凪は倶楽部『O嬢極』のもう一人の副部長であり、職は『戦士』である。学年は三年。
見た目の第一印象は大人びた真面目そうな女子、といったところだろうか。女子にしては背が高く、静香や蘭と同じくらいはありそうだ。ただし、静香や蘭とは違い胸や尻の肉付きには恵まれていない。
貧乳というほどではないが間違っても巨乳とは言われない。尻は明確に小さいほうだろう。足が長いので相対的になおさら尻は小さく見える。
背が高くて大人びた顔立ちも相まって健太の持つイメージは『出来る社会人女性』だ。今は戦闘の邪魔にならないようにキッチリとまとめている長い黒髪は、日頃は下ろしていることが多い。
どちらにせよ髪が乱れていることはあまりない、几帳面な性格が見て取れる。
三年の夜凪がまだ第一段階職である『戦士』というのは言うまでもなくバリバリの落ちこぼれである。
だがこれには理由がある。
夜凪が『戦士』になったのは今年度。それまでは『娼婦』だった。
夜凪は一年のスタートダッシュでチンピラ倶楽部の『新人狩り』にあった人間だ。
ノービスの一年女子に抵抗などできるはずもなく夜凪はそのチンピラ倶楽部のオモチャになった。ノービスの状態で圧倒的格上のセックス漬けにされた女子は生来の素質や本人の気質がどうあってもその大半が『遊び人』から『娼婦』のコースに乗ってしまう。夜凪もその例にもれなかった。
原作で言えば『お尋ね者』に捕まった李留、由香、保奈美の三人に近い立ち位置だ。
原作の李留、由香、保奈美の三人は叶馬が『お尋ね者』を殲滅したため早い段階で解放されたが、あれはかなり珍しい例だ。
夜凪はごくごく普通にそのままそのチンピラ倶楽部に捕まったままだった。
それから二年がたち、夜凪が三年になればチンピラ倶楽部の男たちは五年になる。無事五年まで自我を維持している男子など普通科では少数派だ。
新人狩りなどをやってキャッキャしているチンピラ倶楽部がその優秀な方の少数派に属するはずもなく。
夜凪の正式なパートナーとなっていた男子はいつの間にか「最初からいなかった」ことになっており、それ以外の部員達も自主的な行動を行うほどの自我は残っておらず。
それを機会に倶楽部を抜け出した夜凪は心機一転、自力でダンジョン戦闘に挑み(『娼婦』のスキルが有効なオス属性のモンスターを狙った)、無事『娼婦』をカンスト。
『聖堂』で降格転職を行った結果、夜凪は望み通り『戦士』となったのである。
「はっ! 次はこれね、ふっ!」
その夜凪は手際よく、四肢を失ったオークナイトを倒している。
第一段階職に過ぎない『戦士』の夜凪にとってオークナイトは無抵抗でも中々ダメージが通りずらい格上なのだが、そこは武器が補う。
今夜凪が使用している長柄の片刃斧は、健太が用意したものだ。元はオークナイトが使用していたもので、健太が『職人』のスキル『適合』のスキルで大きさは夜凪に合わせてあるが、重量は変わらない。有に十キロを超える。
今の夜凪にとっては間違っても自在に振り回すことが出来る武器ではないが、振り上げて振り下ろすという止めを刺すだけならば十分だ。
「せーのっ、ふん!」
渾身の力を込めて長柄の片刃斧を振り下ろす夜凪の額には珠の汗が、顔には二年間の遅れを取り戻す強い意志と歓喜の表情が浮かんでいた。
「カギヤ、お願い」
雪音の命令を受けて『強化外装骨格』カギヤが片手で持つ鈍色の戦鎚を四肢を失って転がっているオークナイトに振り下ろす。その戦鎚も健太が提供したものだ。
雪音では持ち歩くだけで負担なので、『強化外装骨格』を召喚するまでは健太が預かっている。
動きが鈍くて正面戦闘ではあまり評価の高くない『強化外装骨格』もパワーとタフネスに関しては一級品だ。無力化した敵に止めを刺すには十分な戦力である。
「あは、すごい。もりもりレベル上がっちゃう!」
雪音はテンション高くそんな叫び声をあげる。
『強化外装骨格』を召喚していることからも分かる通り、雪音は『職人』である。
『職人』系第二段階職『花火士』だ。
かなりレアな職らしいのだが素の戦闘力の低さに関しては他の『職人』と同レベルな上、特技である『花火』の使い道が見つからないため「ハズレレア職」に認定されている。
健太はモンスターの能力器官のインストールで相当『化ける』ポテンシャルを持っているのではないかと思っている。
なにせ『花火士』が作成する『ロケット花火』は遠距離攻撃手段なのだ。
現状、第一階層『既知』領域のコボルトを倒すのにも十発以上必要(しかもコボルト相手でも結構避けられる)というあまりのショボさから見向きもされていないが、「量産可能な他人に使わせることが出来る遠距離武器」というだけでもとんでもない話だと健太は考える。
もっとも『花火士』である雪音が戦闘に全く意欲を見せない「典型的な普通科の女子」なので健太としては無理強いするつもりはないが。
幸い作った花火は誰でも使用可能なので、定期的に作ってもらって健太の方で試すつもりだ。
そんな雪音の見た目は「一見するとギャル」っぽい。
黒いセミロングの髪は外巻にして白のインナーカラーを入れている。
制服の着崩し方も普段の発言もいかにもギャルっぽいのだが、レベルを重ねて鋭敏になっている今の健太の感覚は何となく違和感を伝えている。
麻衣、風音、実咲のような「自然体のギャル」とはなにか違う感じがする。
とはいえ、それに言及するのも野暮というものだろう。
第一段階職である『戦士』の夜凪と、第二段階職である『花火士』の雪音にとってここ第八階層『既知外』領域のオークナイトは相当な格上に当たる。
特に第一段階職の夜凪から見れば止めだけでも入って来る経験値は膨大だ。
夜凪
『斧士R』『盗賊』『術士』『文官』『職人』
『闘士』『斧闘士R』
に転職可能。
『遊び人』
『娼婦』
に再転職可能。
だから『職業選択の自由』のスキルが健太の脳裏にそのような文字列を映し出したのも当然と言えば当然であった。
「夜凪はそこまでだ。よくやった。こっちに来い」
「はい、ご主人様…………」
健太の命令を受けて、夜凪は両手で長柄の片刃斧を持ったままふらふらと健太の側へと歩み寄る。
「雪音はそのまま続けろ。和花、芽衣、お前達も行け」
「りょー、カギヤ。次いこー」
「ありがとうございます、旦那様。和太、行きなさい」
「前方射線、よし《シュート》」
続く健太の命令を受けて雪音はそのまま『強化外装骨格』でのとどめ刺しを続行し、和花はすでに『具象化』してあった『剣牙虎』の和太に攻撃を指示し、芽衣は頭頂部に大きな黄色い宝石が飾られた術杖を振るい、『魔弾』を飛ばす。
芽衣は『術士』系第二段階職『魔術士』だ。
『魔弾』は第一段階職『術士』の基本スキル。だから芽衣は頑張ればもっと強力な攻撃スキルが使えるはずなのだが、あまりその辺を頑張る気はなさそうだ。
「《シュート》《シュート》よし、次。《シュート》」
芽衣は後方からオークナイトに『魔弾』を飛ばして、一匹ずつ止めを刺していた。
「腕には掴まるな。体にしてくれ」
健太はとろんとした目で体を摺り寄せる夜凪にそう言って視線は無力化したオークナイトの群れに向ける。
遠距離攻撃手段があるマギ系は殺してあるし、それ以外は四肢を切り飛ばしているのでまず問題はないはずだが、油断は禁物だ。
「はい…………」
『戦士』がカンストするまで一気にレベルを上げてしまった夜凪は性欲で濁った瞳と半開きになった口を健太に晒し、そのモデル様なスレンダーな体を健太に摺り寄せた。
ボーナスキャラとして生かして無力化しておいたオークハイキング一匹とオークキング二匹は、結局健太が倒すこととなった。
夜凪たちの攻撃力では倒しきるのに時間がかかりすぎそうだったからだ。唯一良月ならば倒せるだろうが、そこまで一気に火力出すと良月は「止まれない」可能性が高い。
それならば良月は次に回した方が効率が良い。
「和花、出来るだけ数が少ない玄室を探してくれ」
「はい、承知いたしました旦那様。少々お待ちください。《位置》、あちらです。あちらの右手側の玄室がこの辺りでは一番小さいですね。モンスターは五十前後だと思われます」
健太の命令を受けた『位置』のスキルを使用した和花は聞き取りやすい優しい声色でそう言う。
『鑑定人』である和花は文官系でも『案内人』や『測量士』ほど索敵、検索のスキルは豊富ではないが最低限のことはできる。
「ありがとう、和花。よし、行くぞ」
「はい、旦那様」
和花たちO嬢極の女子五人は健太に守られながら、次の玄室を目指し移動を始めた。