※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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第百三十三話 叶馬達の状況、健太たちの状況

 

 

「説明していただけますか、駄犬先輩」

 

「だーかーらー、これはエーテル海。第十七階層と同じやつー。あそこと違ってお魚いなくて寂しいけど」

 

「ふむ?」

 

 レイド開始地点にいなかった叶馬(とうま)、静香(しずか)、彩日羅(あすら)の三名は原作を知る健太(けんた)の予想通り、レイドボスである白い鯨の背中の上にいた。

 他にはなにもない。見渡す限り青く透明ななにかに満たされている。

 それは空気ではない。空気よりは僅かながら抵抗が強く、若干の浮力も存在する。

 だが水ではない。普通に呼吸が可能で人間が生存可能なのだから普通の水中とは言い難い。

 まあ雷神(とうま)、暴食(あすら)、魔王(しずか)の三人の生存が確認されたことイコール「人類が生存可能な領域」と位置付けることには若干の異論は出そうではあるが。

 彩日羅(あすら)が言うにそれは「エーテル海」と呼ばれる存在らしい。

 幸いなことにこの空間でも重力はちゃんと下に働いていることだ。

 そのおかげでこうして白い鯨の背中の上に立ったり座ったり出来ている。逆を言えば、背中から転がり落ちれば底が見えないエーテル海の底まで落ちていきそうな怖さがある。

 まあ、白い鯨の背中は縦に百五十メートル以上、横幅二十メートルは有にあるので足を滑らせた程度では落ちることもないのだが。

 

 馬鹿っぽく見えても彩日羅(あすら)は三年生でAランク倶楽部の部長である。当然、レイドを含めたダンジョンダイブの経験は叶馬(とうま)や静香(しずか)とは比較にならないほど豊富だ。

 

 そんな彩日羅(あすら)の言うに「ここはレイドボスの上。なぜかスタート地点ではなくて最終戦のステージに最初から紛れ込んでしまった」とのこと。

 その説明を聞いた叶馬(とうま)が「ならばこれを倒せばレイドクリアなのでは?」と短絡的に考えて『空間収納(アイテムボックス)』から六尺棍棒『餓鬼王棍棒(オーバーグリードギア)』を取り出し、思い切り足元の白い鯨を痛打する。

 もし、それで本当に白い鯨を倒せてしまったら足場はどうなる?とか、攻撃されたと判断された白い鯨が暴れたら上に載っている自分たちは危険なのでは?と言った常識的な心配は叶馬(とうま)の脳裏には浮かばなかったようだ。

 そして、その結果は叶馬(とうま)もってしても困惑させる珍妙なものだった。

 

 大概のものを一撃で粉砕する叶馬(とうま)の本気の一撃は白い鯨にダメージを与えるどころか、『餓鬼王棍棒(オーバーグリードギア)』を持つ叶馬(とうま)の手に何の感触すら返さなかった。

 微動だにしない固いものを殴れば、普通はその分の衝撃が手に跳ね返る。それすらない反応に叶馬(とうま)を持ってしても打つ手が思いつかない。

 

「むう……物理法則はダンジョン内でももう少し勤勉であるべきではないか」

 

「むーりー、攻撃力と防御力とか相性属性の問題じゃなくてレイドのルールの問題だからむーりー。ルール違反はどんな攻撃も無効なんだよ。あー、これ絶対『伝承(レジェンド)』だ。めんどくさー」

 

 無表情のまま困惑する叶馬(とうま)の横で、彩日羅(あすら)はペッタリ白い鯨の背中の上に座ったまま伸ばした両足をバタバタさせている。

 

「確か健太(けんた)さんの事前情報では『『根源(プリミティブ)』か『王権(ダイアデム)』。低確率で『伝承(レジェンド)』。強い水アクアの力を持ったモンスターの存在を察知』とのことでしたので、一応事前情報通りではありますね」

 

 静香(しずか)はピッタリと叶馬(とうま)に寄り添ったままそう言う。

 転送された当初は彩日羅(あすら)を魔王のような形相で睨んでいた静香(しずか)だが、今は落ち着いている。

 もう少しで叶馬(とうま)と離れ離れになるところだったという恐怖が怒りとして発現したのだが、はぐれずに済んだという現実が激情を長続きさせず、理性が働けば彩日羅(あすら)に喧嘩を売ることのまずさは理解できる静香(しずか)である。

 

「ところで、叶馬(とうま)さん。先ほどこのようなものを落しましたが」

 

 そう言って静香(しずか)が叶馬(とうま)に差し出したのは三つ折りにされた一枚の手紙だった。

 

「む?」

 

 落とした記憶がない叶馬(とうま)は首を傾げつつも、受け取ったそれを広げる。

 その手紙は和紙だった。書かれている文字は毛筆だ。かなりの達筆で叶馬(とうま)には何となくそれが雪(ゆき)ちゃんのものであることが分かる。

 先ほど叶馬(とうま)が『空間収納(アイテムボックス)』から『餓鬼王棍棒(オーバーグリードギア)』を取り出したときに一緒に出てきたのだろう。もちろん、自然と零れ落ちるはずもないので中で『空間収納(アイテムボックス)』を管理している雪(ゆき)の仕業と思われる。

 

 だが、書かれている署名は健太(けんた)となっていた。その隣に『代筆雪(ゆき)』と書かれている。

 本文の内容は「自分たちは、無事レイドにダイブできたこと。叶馬(とうま)、静香(しずか)を除く二十二人全員が無事にそろっていること。『黒蜜(ブラックハニー)』の香瑠(かおる)も一緒であること。ひとまず、近くにあったうち捨てられた灯台を拠点に改造しながら、レイドの調査に向うこと。近くに見える港町を探索する予定」などが簡潔に書かれていた。

 わざわざ雪(ゆき)が代筆したのは、健太(けんた)が『限定空間収納(レンタルスペース)』を使えば物を出し入れできるが、今健太(けんた)が『限定空間収納(レンタルスペース)』に入れた物は、叶馬(とうま)が『空間収納(アイテムボックス)』を使っても取り出せないらしい。

 逆も同じで、叶馬(とうま)が今『空間収納(アイテムボックス)』に収納した物は健太(けんた)が『限定空間収納(レンタルスペース)』で取り出すことが出来ない。

 ようは叶馬(とうま)達が今いるレイド最終ステージと、健太(けんた)たちがいるレイドスタート地点とで人や物の行き来は出来ない、ということだ。

 だから、『空間収納(アイテムボックス)』内部にいる雪(ゆき)が代筆をしてくれているらしい。

 

「ふむ」

 

「叶馬(とうま)さん? これは」

 

 叶馬(とうま)に渡された手紙に目を通した静香(しずか)は状況を把握する。

 

「なるほど。あちらは全員揃っているのですね。安全な拠点も確保してあるとなれば、心配はいらないでしょう。健太(けんた)さんもいらっしゃることですし」

 

「うむ」

 

「あ、かおちゃんもいるのだー」

 

 キョンと飛びつくようにして近づき、手紙を横からのぞき込む彩日羅(あすら)を避けるように少し後ずさりながら静香(しずか)は次の言葉を紡ぐ。

 

「推定レイドボスがこの白い鯨で、スタート地点が港町近く。さらに港に停泊しているのが帆船ばかりの『伝承(レジェンド)』レイド。高確率でコアとなる物語は『白鯨(モビィ・ディック)』だと思われますが……」

 

 手紙に書かれていた情報と今自分たちが立っているレイドボスの存在からそう結論を導き出した静香(しずか)だったが断言しきれなかったのは、余計なものが見えたからだ。

 

「『白鯨(モビィ・ディック)』。アメリカの小説だったか?」

 

 こう見えて意外と常識や教養は人並みにある叶馬(とうま)は、その小説の題名くらいは知っていた。

 

「はい、世界十大小説の一つですし、日本語翻訳版も複数出版されています。映画化もされています。あちらのメンバーにも読んだことがある人が一人くらいはいると思うのですが、最悪の場合は私があらすじを書いて送ります」

 

 そう言う静香(しずか)の表情は冷静ではあるが少しばかり固い。

 それは手紙という形でも『空間収納(インターフェース)』内の雪(ゆき)と交流を持たなければならないことが理由である。

 静香(しずか)と雪(ゆき)は控えめに言っても良い関係を築けているとは言い難い。それでも二人には「叶馬(とうま)が最優先」という認識だけは共通してるため、冷戦以上のものはならないのだが。

 

 静香(しずか)は読んでいる。知っている。原作キャラでは唯一白鯨の内容を詳しく理解している。だから、少し困惑している。

 対して叶馬(とうま)は『白鯨』という存在を題名と「たしか捕鯨の話だったはず」の知識しかない。少ない知識からいつも通りの常人には理解不能なトンチキ推測を進める。

 

「ひょっとして白鯨そのものではなく、白鯨が出演している『日本のソシャゲ』なのではあるまいか。日本お得意の萌え萌え変態擬人化された『海洋これくしょん』とかそんなゲームの世界なのでは?」

 

 そう言う叶馬(とうま)の無表情は分かる人には分かるちょっと得意そうな自信ありげなものであった。

 己の魂魄結晶が叶馬(とうま)の右手に融合している静香(しずか)は、叶馬(とうま)の視界を共有している。

 だから、叶馬(とうま)のそのトンチキ推測が『情報閲覧(インターフェース)』のもたらす情報をものにしていることが静香(しずか)にはわかる。

 

 

 名称、『白鯨(レヴィアタン・メルヴィ)』

 種族、獣神(ディバインズ)

 属性、水(アクア)

 階位、317

 能力、『淵王(アビスルーラー)』『嫉妬(エンヴィ)』『■神(※※※)』

 存在強度、☆☆★

 

 

「叶馬(とうま)さん。レヴィアタンです。レヴィアたんではありません」

 

 静香(しずか)は叶馬(とうま)の勘違いを正しながら、内心で「これは単なる『白鯨(モビィ・ディック)』ではないな」と確信する。

 油断はならない。だが、同時に静香(しずか)は状況をある程度楽観視していた。性根もこれまでの人生経験からも悲観的な静香には珍しいことである。

 

 手ごわいレイドであることは間違いない。厄介なレイドであることは『伝承(レジェンド)』なのだから当然だ。

 最強の鬼札である叶馬(とうま)が隔離されているのは間違いなく痛い。

 しかし、幸いなことに万能の切り札である健太(けんた)がフリーハンドでレイドを攻略できる立場にいる。

 それならば、しばらくはここから様子見をしているくらいの贅沢は許されるはずだ。

 

「叶馬(とうま)さん」

 

 日頃は十八人のパートナーの一人でしかない静香(しずか)は、降ってわいた叶馬(とうま)を独り占めできる時間を堪能すると決める。

 

「ところで、ワンコさん。このクエストは俺達『神匠騎士団(アデプトオーダーズ)』と健太(けんた)の『安息所(メイトガード)』の合同によるレイドチャレンジです。

 ワンコさんは横入りしたイレギュラーです」

 

「うん、ゴメン、ゴメンなさいなのだ」

 

「発起人は健太(けんた)ですが、人数の関係からレイドリーダーは俺となっています。イレギュラーな形とはいえこのレイドパーティーに参加するのであれば、ワンコさんはあくまで一パーティーメンバー、リーダーは俺です」

 

「え? 参加して良いの?」

 

「あくまで俺がリーダー。一メンバーとしての参加でよろしければ」

 

「う、うん! もちろんなのだ!」

 

 静香(しずか)が叶馬(とうま)の背中に抱き着き、うっとりと目を閉じている間に叶馬(とうま)は彩日羅(あすら)を何やら丸め込み、『情報閲覧(インターフェース)』のスキルで、彩日羅(あすら)の情報を修正していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩日羅(あすら)

 

『戦士(ファイター)』『拳士(パンチャー)R』『盗賊(シーフ)』

 

『闘士(ウォーリア)』『格闘士(グラップラー)』

 

『襲闘士(ストライカー)』『剛拳士(ナックルロード)』

 

『暴食の使徒(アポストロスグラトニー)GRⅡ』

 

に転職(クラスチェンジ)可能。

 

【彩日羅(あすら)は『暴食の使徒(アポストロスグラトニー)』に転職(クラスチェンジ)しようとしています。よろしいですか?

 

 はい

 

 いいえ】

 

 

 同じ頃、打ち捨てられた灯台内部の一室で木製のベッドの縁に腰を掛けて休んでいた健太(けんた)の脳裏にそんな文字列が表示されていた。

 健太(けんた)は脳内で「はい」をクリックする。

 

 彩日羅(あすら)の転職(クラスチェンジ)が無事行われたということは、叶馬(とうま)側の流れが原作通り順調にいっているということだろう。

 そう理解した健太(けんた)は、白い細いしめ縄を左手首に巻いたまま、その場で一つ柏手を打つ。

 すると、健太(けんた)の予想尾通り開いた『限定空間収納(レンタルスペース)』の向こうから、三つ折りになった和紙の手紙が一枚排出された。

 叶馬の『空間収納(アイテムボックス)』からはかなり自由に出入りをしている雪だが、今のところ健太の『限定空間収納(レンタルスペース)』が内側から勝手に開いたということはない。

 

 和紙に毛筆で書かれた手紙。代筆は雪(ゆき)で元文を書いたのは静香(しずか)らしい。叶馬(とうま)ではなくて静香(しずか)だったことに健太(けんた)としては一安心である。

 

 手紙には「叶馬(とうま)、静香(しずか)、彩日羅(あすら)の三人は一緒にいること。そこは大きな白い鯨の背の上であること。恐らくはレイドの最終ステージ、もしくはレイドボスの待機空間であると予想されること。よってレイド最終戦まで自分たちは合流できない可能性が濃厚であること。

 ここが『伝承(レジェンド)』レイドでコアとなる物語は『白鯨(モビィ・ディック)』が濃厚と予想されること。

 しかし、叶馬(とうま)の『情報閲覧(インターフェース)』で確認したところ、レイドボスと思しきその大きな鯨の名前は『白鯨(レヴィアタン・メルヴィ)』となっていたこと」などが記されていた。

 

「レヴィアタン……聖書に出て来る海の魔物か。確かに白鯨は至る所で聖書をインスパイアした部分があるらしいが」

 

『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太(けんた)は、冷静に『脳外記憶領域(クラウドステージ)』に落としてある情報と照らし合わせてそう呟く。

 レヴィアタン。日本ではリヴァイアサンという名前の方が通りが良いかもしれない。神話や伝説の常で、レヴィアタンも地方や時代ごとに様々な名前、様々な外見、様々な役どころを与えられている。

 聖書では元々神に従属する海の獣であり、神命を受けてその暴虐なる力を振るう神の暴力装置として描かれている。

 だが、その恐ろしい外見と絶望的な暴力性からいつしかレヴィアタンは悪魔の一柱と数えられるようにもなった。

 

「悪魔レヴィアタンは七つの大罪の一つ『嫉妬(エンヴィ)』を司(つかさど)る、か。なるほどな」

 

 健太(けんた)が思い出すのは原作の『白鯨(モビィ・ディック)』に刺さっていた複数の鯨銛だ。正確には覚えていないが、少なくとも十本以上あったはず。その全てが強力な水(アクア)属性の帯びた強力なマジックアイテムでその中でも図抜けて強い力を持つ一本が存在する。

 

 その銘は『海淵より這いずる鯨銛(オーバーエンヴィギア)』。

 

 その銘の通り、『七つの大罪(セブンスシン)』の一つ『嫉妬(エンヴィ)』を司(つかさど)る『固有武装(オリジンギア)』である。

 その事実を考えれば、確かに白鯨レイドにおける『白鯨(モビィ・ディック)』も悪魔レヴィアタンの一側面と捉えることも出来そうだ。

 

 健太(けんた)がそんなことを考えていると、コンコンと部屋のドアがノックされる。

 

「どうぞ」

 

「失礼するよ、ご主人様」

 

 健太(けんた)の許可を得て入ってきたのは長身で肉感的な黒髪ショートヘアの女子――竹海(たけみ)だった。

 古ぼけた石造りの壁に木製のドアだけが真新しく浮いて見えるのは、元々腐食して使い物にならなくなっていたドアを取り外して、梅香(うめか)が作成したドアを取り付けたからだ。

 この小部屋は、健太(けんた)と竹海(たけみ)の部屋ということになっている。

 このうち捨てられた灯台は、思っていたよりも多くの部屋、広い居住空間が取れたのだが、流石に一人一部屋などという贅沢は許されない。

 部屋割りは、健太(けんた)と竹海(たけみ)が一部屋、尚典(なおふみ)と空亜(あくあ)が一部屋。誠一(せいいち)と麻衣(まい)が一部屋、沙姫(さき)と海春(みはる)と夏海(なつみ)が一部屋。そして旧『匠工房(アデプトワーカーズ)』の十二人にプラス乙葉(おとは)の十三人が大部屋で一部屋。

 唯一、香瑠(かおる)だけが一人部屋という割り当てになっている。

「招かれざる客である自分だけが個室を貰うわけにいかない」としきりに恐縮していた香瑠(かおる)だが、現実問題として香瑠(かおる)を誰かと同部屋にするのは難しい。

 原作を読んでいる健太(けんた)は香瑠(かおる)が学園の強者では数少ない人格者であることを知っているが、その体は立派な男子のそれだ。流石に初対面の状態で女子部屋に入れるわけにはいかないし、かといって長期戦が予想されるレイドでカップル部屋に加えるのも問題がある。

 せっかく梅香(うめか)達が突貫工事で部屋を区切って複数のカップル部屋を作ってくれたのだ。

 まして香瑠(かおる)本人が言う「私は外で見張りと護衛をしているわ」という言葉をそのまま実行させるのも後味が悪すぎる。

 

「竹海(たけみ)先輩、どうかしましたか?」

 

 健太(けんた)の問いに竹海(たけみ)は木製のベッドに座る健太(けんた)をベッドに押し倒す勢いで健太(けんた)に抱き着くと、

 

「沙姫(さき)ちゃんがちょっとヤバい。香瑠(かおる)さんが平身低頭の姿勢を崩していないから一触即発とかにはなってないけど」

 

 そう健太(けんた)の耳元で囁く。

 それは健太(けんた)も予想できたことだった。日頃、叶馬(とうま)や健太(けんた)達と相対している沙姫(さき)を見ていると忘れがちだが、沙姫(さき)は他人には冷酷で苛烈な対応を取る人間だ。

 沙姫(さき)にとって叶馬(とうま)は大切な御屋形様で、静香(しずか)は無防備に甘えることが出来る最愛のお姉さま。

 その二人を訳の分からない言動で危険な状態に陥れた彩日羅(あすら)には現状明確な殺意を抱いているだろし、その彩日羅(あすら)の仲間である香瑠(かおる)にも殺意は向いてしまう。たとえ直前まで香瑠(かおる)が彩日羅(あすら)を止めようとしていたことを知っていても。

 

「分かりました。すぐ行きます」

 

 元々叶馬(とうま)と静香(しずか)がいないという状況に動揺する者達に健太(けんた)が「ひょっとすると連絡を取れるかもしれない」と言ってこの部屋に一人で籠ったのだ。

 健太(けんた)が雪(ゆき)から貰った白いしめ縄。その能力である『限定空間収納(レンタルスペース)』は周知してよい代物ではない。正直、健太としてはこのレイドに参加しているメンバーならば知られても問題ないと思っているのだが、わざわざ人前で使って見せることもない。隠せる間は隠す。それが健太の基本方針だ。

 

 

 

 竹海(たけみ)に呼びされた健太(けんた)が向かったのは、蜜柑(みかん)達が過ごす大部屋だった。

 元は床の石材にヒビや欠けも目立っていた床は綺麗に塗り直されて、その上から生成(きな)りだがとても肌触りの良い敷物が敷かれている。

 その敷物の上に、皆思い思いに立ったり座ったりしている。

 

 健太(けんた)と竹海(たけみ)が部屋に入ると、そこにはすでに健太(けんた)と竹海(たけみ)以外の全員が集っていた。

 

「あ、健太(けんた)」

 

「ああ」

 

 敷物の上に座ったまま笑顔で声をかけて来る尚典(なおふみ)(隣で空亜(あくあ)が尚典(なおふみ)の肩を枕にして寝ている)に健太(けんた)は小さく返事を返すと、すぐに視線を奥にいるポニーテールの少女――沙姫(さき)へと向ける。

 まるで親の仇を見るような目で香瑠(かおる)を睨んでいた沙姫(さき)は、健太(けんた)を見ると一瞬表情から険が抜ける。

 その瞬間を見計らうようにして、健太(けんた)は告げる。

 

「叶馬(とうま)達と連絡が取れた。叶馬(とうま)、静香(しずか)さん、彩日羅(あすら)先輩、全員無事だ。同じところにいる」

 

 健太(けんた)はそう言って和紙の手紙を取り出して見せる。

 誰に渡すか一瞬考えた健太(けんた)は、蜜柑(みかん)に渡す。

 一応蜜柑(みかん)が肩書上『神匠騎士団(アデプトオーダーズ)』の副部長だからという理由も多少はあるが、多くは人間性への信頼からだ。

 

「え、私? うん、わかった」

 

 和紙の手紙を受け取った蜜柑(みかん)は皆が見えるように、床の上に広げた。

 

 

 

 

 

 

 

 内容は間違いなく静香(しずか)が書いたものだが、その和紙に毛筆で書かれた文字は静香(しずか)ではなく雪(ゆき)のため、手紙の信ぴょう性を納得させるのに多少の時間を必要とした。

 それでもどうにかそれが正しく叶馬(とうま)達から届いた情報であることを周知できた健太(けんた)は、見違えるほどに表情を穏やかにした沙姫(さき)を見て、ひとまず最悪の状況は抜けたと確信する。

 

「ええと、健太(けんた)。その叶馬(とうま)とこの手紙をやり取りした手段についてはやっぱ秘密か?」

 

 聞きづらそうにそう言ったのは、床の上で胡坐をかいている誠一(せいいち)である。

 健太(けんた)は首を横に振ると、意識的に視線を海春(みはる)と夏海(なつみ)の双子に向けて、

 

「どちらかというと叶馬(とうま)の秘密に近い。叶馬(とうま)は誠一(せいいち)に知らせても気にしないだろうが俺が独断で教えるのは筋が違う。叶馬(とうま)と合流した時に本人から聞くか、どうしても気になるのなら海春(みはる)さんと夏海(なつみ)さんに聞いてくれ」

 

 そうわざと白い細いしめ縄を巻いた左手首を掲げる。

 海春(みはる)と夏海(なつみ)は事実上の『雪(ゆき)の巫女』のような立場にある。雪(ゆき)に招かれてしょっちゅう叶馬(とうま)の『空間収納(アイテムボックス)』に出入りしている。

 当然『限定空間収納(レンタルスペース)』という出入り口が一つ増えたことは把握しているはず。

 そんな健太(けんた)の予想は当たっていた。

 

「はい、童神(わらべがみ)様のご助力によるものです」

 

「根底にあるのは吾主様の御力です」

 

「ああ、そういうことか。分かった」

 

 叶馬(とうま)の理不尽スキルの一つ『空間収納(アイテムボックス)』についてはある程度知っている誠一(せいいち)は、双子の言葉から大筋を理解して納得の表情を浮かべる。

 

「ん? どゆこと?」

 

「あとで説明してやる」

 

 胡坐をかく誠一(せいいち)の膝の上に上体を乗せて寝そべっていた麻衣(まい)の全く理解できていない表情に、誠一(せいいち)はため息をつきながらそう言う。

 

 そんな学園では稀有な仲睦まじいカップルの様子に目を細めていた香瑠(かおる)は、その表情と同じくらいに穏やかな口調で告げる。

 

「よかったわ。彩日羅(あすら)ちゃんもそちらの部長さんと副部長さんも無事なのね。でも、レイドボスが不干渉状態で待機しているということはここは『伝承(レジェンド)』レイドなのは間違いないわね。ちょっと厄介ね」

 

「『伝承(レジェンド)』は力づくじゃクリアできないんですよね」

 

 行儀よく膝を揃えて座っている尚典(なおふみ)の言葉に、香瑠(かおる)は小さく頷く。

 

「ええ。低レベルなら空間の遮断も弱かったり、ストーリー自体が単純でほとんどレイドボスを倒すだけでよかったりするのだけれど、このレイドは間違いなく力技は通用しないわ」

 

 きっぱりと言い切る香瑠(かおる)に健太(けんた)は内心「原作の静香(しずか)さんのやり方はある意味『力技』だったよなあ」と若干ズレたことを考える。

 

「幸い、静香(しずか)ちゃんからの情報でコアとなる物語は判明したっぽいけど、誰か『白鯨』の内容知ってる人いる?」

 

 話を進める様にそう問いかける凛子(りんこ)の言葉に手を挙げたのは、健太(けんた)一人ではなかった。

 

「あ、一応中学のころ一回読んでます」

 

 尚典(なおふみ)もそう言って挙手する。

 

「俺も内容は把握している」

 

 健太(けんた)自身も手を上げながら、内心でこれが良いことなのか悪いことなのか考える。

 

(自分以外にも『伝承(レジェンド)』レイドのコアについて知っている人間がいることは本来良いことだ。だが、そうなると俺が全部主導して原作通りの強引な解決は難しくなる)

 

 原作では唯一『白鯨』の知識があった静香(しずか)は最速、最短クリアを目指して『白鯨』のストーリーに必要な人物をぶん殴って袋詰めにして強制的に次の場面に連れていくことで、ストーリーを進めていったのだ。

 その静香(しずか)の代わりを自分が勤めるのが丸いと思っていた健太(けんた)だったが、手紙に書かれていた内容を思い返して、その方針も危ういことに気づく。

『白鯨』の名前が『モビィ・ディック』ではなく『レヴィアタン・メルヴィ』という時点で普通の『白鯨』ではない。

 下手に最速クリアを目指すより、情報収集にしっかり時間と手間をかけた方が危険が無さそうだ。

 

「ただ、静香(しずか)さんからの情報が正しければ純粋な白鯨じゃなさそうだ。色々ズレているか、混ざっているか」

 

「うん、白鯨のラスボスがレヴィアタンってそんなわけないよね。でも姿は大きな白い鯨なんでしょ?」

 

 健太(けんた)以外で唯一『白鯨』の知識がある尚典(なおふみ)がそう同意する。

 

「レヴィアたん?」

 

 なんとなく叶馬(とうま)が同意しそうなイントネーションでそう言った麻衣(まい)に、健太(けんた)は説明する。

 

「レヴィアタン、別名リヴァイアサン。聖書関係に出て来る海の怪物だな。その姿は巨大なウミヘビ、海竜、魚、ワニもしくは鯨といった描写がされている」

 

 同じ存在のはずなのに名前や姿が複数存在するのは、長く広く伝わった神話や伝承ではあるあるだ。

 

「それなら『白鯨』じゃなくて『聖書』関係のレイドなんじゃないの?」

 

 そんな乙葉(おとは)の指摘に健太(けんた)は首を横に振る。

 

「その可能性は低い。この灯台にしても外から見える港町やそこに停泊している船にしても、文明が近代に寄りすぎだ。『聖書』関係のレイドだとすれば紀元前になるはずだ。むろん、断言はできないが」

 

 たとえ『伝承(レジェンド)』レイドであっても物語の全てが正しく再現されるとは限らない。なぜか近代の港街を舞台にした聖書の一節、というレイドの可能性もゼロとは言い切れない。

 

「…………そうなると、まずは偵察か」

 

 誠一(せいいち)の言葉に健太(けんた)も同意する。

 

「そうだな。ひとまず今日のところはここで拠点構築を終わらせて、明日にはあの港町に偵察に行きたい。あの町の名前がニューベッドフォードであれば、このレイドのベースが『白鯨』だと考えていいだろう」

 

 健太(けんた)のその言葉を持って、ひとまず今日と明日の方針は決定した。

 

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