※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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第百三十四話 唐突な別れ、唐突な再開

 

 レイド内の町に偵察に出る。

 

 この時問題となるのは、誰が偵察に出て誰が残るか、である。

 叶馬(とうま)と静香(しずか)がはぐれてしまったとはいえ、代わりに香瑠(かおる)が加わったことでこちらの人数は二十三人。

 流石に二十三人(しかも内女子が十九人)の全員でいきなり初めての町に訪れるのはリスクが高い。

 幸い梅香(うめか)が中心になって築いた廃棄灯台跡拠点は十分な居住性と一定の防衛力を保証してくれる。

 とはいえ、だからと言って戦闘員が全員偵察に向ってよいかと言えばそうはならない。

 なにせこのレイドは人間NPCがいると想定される。

 

 そうなると考えなければならないのが対NPC戦、人間との戦闘だ。

 

 対人戦というのは、モンスター退治とは別な壁が存在する。

 人を傷つける、人を殺すという心理的障壁はモンスターのそれとは別に存在するのだ。

 蜜柑(みかん)達旧『匠工房(アデプトワーカーズ)』の面々は『強化外装骨格(アームドゴーレム)』に能力器官(スキルオーガン)をインストールしてからは対モンスター戦ではなかなかの戦力となっているのだが、彼女たちの性根からするとまだ対人戦は難しいだろう。

 そうなると、対人戦の戦力となる者を護衛として灯台に残しておく必要がある。

 この場にいる二十三人の内、戦闘職に数えられるのは香瑠(かおる)、誠一(せいいち)、麻衣(まい)、沙姫(さき)、乙葉(おとは)、竹海(たけみ)、尚典(なおふみ)に健太(けんた)自身を加えた八人だ。

 香瑠(かおる)は全く問題ないだろう。伊達や酔狂でAランク倶楽部の幹部をしていない。今更対人戦だからと言ってたじろぐタマではないし、その戦闘力は学園でも指折りだ。

 誠一(せいいち)も問題ない。元々は名門一族の『駒』として育てられた誠一(せいいち)が対人戦を想定した訓練を受けていないはずがない。

 麻衣(まい)は多少疑問がある。麻衣(まい)の術士としての才能は天才というしかなく、レベルも引けを取っていないのだがその育ち方は多少過保護気味のところがある。

 沙姫(さき)は問題があると言えばある。沙姫(さき)は人を斬ることに躊躇(ためら)いがなさすぎる。引き金が軽いガンマンならぬ鯉口(こいくち)が緩いサムライガールなのだ。特に今は彩日羅(あすら)乱入のハプニングで叶馬(とうま)、静香(しずか)と別れ別れになって気が立っている。

 健太(けんた)が『限定空間収納(レンタルスペース)』越しに連絡を取ることでかなり落ち着いてはいるが、完全にいつも通りとは言い難い。

 伝承(レジェンド)レイドでは勇み足がマイナスに働くこともある。時代劇でも主人公が大立ち回りをやってバッサバッサと悪党の群れを切って良いのは、終盤になってからだ。

 乙葉(おとは)は戦力的にも精神的にも問題ないだろう。曲りなりも第二段階戦闘職の『騎士(ナイト)』に自力で到達した女傑であり、これまでの倶楽部対抗戦で対人戦の経験も豊富だ。倶楽部『青色兎(ブルーラビット)』時代にレイドも経験しているようだ。それでも何となく不安を感じるのは「物凄くやられ役が似合う」キャラ性か。

 竹海(たけみ)に関しては全く問題ない。「好き嫌いは良くないけど強いて言えばモンスター戦よりも対人戦の方が好きかな」と言っていた。沙姫(さき)と同レベルの戦闘狂だが、竹海(たけみ)の場合健太(けんた)が傍にいる。健太(けんた)が「待て」と言えば「待て」が出来るくらいには調教されている。

 尚典(なおふみ)に関しては断言は難しい。本人は「必要ならやるよ」と言っていたが普段の優しい尚典(なおふみ)を見ているといざという時本当にやれるのか多少の疑問は残る。最近の尚典(なおふみ)を見ていると「まあ、大丈夫そうか」とも思う。

 健太(けんた)自身はもちろん全く問題ない。普段の健太(けんた)はともかく『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになった健太(けんた)に感情的な理由での失態はあり得ない。健太(けんた)の失態は全て本人の能力不足によるものだ。

 

 町で情報収集が出来る能力。

 灯台拠点に残しておく護衛。

『白鯨』の『伝承(レジェンド)』レイドの可能性が濃厚ある以上最低でも小説『白鯨』を読んでいる健太(けんた)か尚典(なおふみ)のどちらかは偵察に加わるべき。予想通り『白鯨』の時代だとすればまだ女性の権利、まして東洋人女性の権利がどの程度守られるか分からない(そもそもこの世界のダンジョンは性的な被害にあう可能性が異常に高い)などというもろもろの事情を鑑み、最初の偵察は健太(けんた)と尚典(なおふみ)の二人に決定したのだった。

 

 

 

 

 健太(けんた)たちが拠点を構えた廃棄灯台から港町は視界に入る範囲内とは言っても、徒歩で行くにはそれなりの距離がある。

 その道中で健太(けんた)と尚典(なおふみ)はお互いの認識を刷りわせる意味も込めて軽い会話を交わしていた。

 

「ええと、香瑠(かおる)先輩の話だと『伝承(レジェンド)』レイドのタイプは更に四つに大別できるんだっけ?」

 

 普通科の制服であるブレザーの制服を着て、愛用の細い槍を片手で持った尚典(なおふみ)は、道と呼ぶのも烏滸(おこ)がましい雑草畑と道の中間のような道を歩き進みながら、隣を歩くルームメイトにそう言葉を投げかける。

 潮風と海の太陽に目を細める尚典(なおふみ)の可愛らしい顔を見つめながら、健太(けんた)は小さく頷いて同意を示す。

 

「ああ。『主人公がいるか、いないか』と『原作通りのエンディングか、原作エンディングを覆(くつがえ)すか』の組わせの四通りだな」

 

『主人公がいるか、いないか』。これは分かりやすいだろう。

 小説にしても神話、伝承にしても多くの物語には主人公が存在する(群像劇のように特定の主人公が存在しないものも当然存在する)。

 その場合、レイド参加者が物語の一部――主人公となって参加する場合と、あくまで異物として主人公を助ける形で物語に参加する場合があるらしい。

 

 対して『原作通りのエンディングか、原作エンディングを覆(くつがえ)すか』は多くの場合、「原作がハッピーエンドかバッドエンドか」で予測が出来ると香瑠(かおる)は言う。

 例えば、日本のおとぎ話の『桃太郎』であれば原作の終わりはハッピーエンドだ。原作通り桃太郎が鬼と呼ばれる存在を殲滅して財宝を強奪すればレイドクリアとなる。

 対してアンデルセン童話の『人魚姫』の場合、原作のまま話が終われば主人公である人魚姫が泡となって消えるのだから、その結末を迎えてはレイドクリアの条件とはならない。

 レイド参加者が主人公になるパターンだと、レイド参加者が泡となって消えるのだからそれでレイドクリアにならないことは誰にでも想像がつくだろう。

 

「それに当てはめて考えると、このレイドが予想通り『白鯨』だとしたら、間違いなくクリア条件は『原作を覆(くつがえ)す』やつだよね」

 

「ああ、それは間違いないな」

 

 尚典(なおふみ)の言葉に健太(けんた)は同意する。

 原作――『白鯨』ではなく『ハイスクールハックアンドスラッシュ』――を読んでいる健太(けんた)は当然、この『白鯨』レイドが原作結末を覆(くつがえ)すことを知っているが、そうでなくとも『白鯨』の内容を知っていれば、原作通りの結末ではレイドクリアにならないということは誰でもわかる。

 

『白鯨』の最後は、エイハブ船長率いる捕鯨船『ピークオッド号』が白鯨に戦いを挑み、返り討ちにされて主人公であるイシュメールを除いて全員海の藻屑と消えるのである。

 この結末がクリア条件のレイドなどあるはずがない。基本的にレイドのクリアとは参加者の勝利、生存、利益と結びついているのだ。

 

「問題は主人公がいるのか、僕たちの誰かが主人公になるのか、だけど」

 

「もしここが『白鯨』であれがニューベッドロードの街で、誰かが主人公――イシュメール役をやるんだとすれば、それは俺かお前だろうな」

 

 原作の『白鯨』レイドではイシュメールは登場しなかったはず(しいて言えば静香(しずか)がイシュメール役だったのだろうか?)と思い出しながら、健太(けんた)はそう言って視線を前に向ける。

 

「うん、そうなりそうかな」

 

 健太(けんた)の言葉に尚典(なおふみ)が神妙な表情で同意する。

 目的である港町はすでに健太(けんた)と尚典(なおふみ)のすぐ目の前まで迫っている。

 

『白鯨』では、主人公(もしくは語り部)であるイシュメールがアメリカはマサチューセッツ州の港町にして当時世界最大の捕鯨基地であったニューベッドフォードに足を踏み入れたところから始まるのだ。

 

 

 

 

 

「なるほど。こうなるのか」

 

 推定ニューベッドフォードの街に足を踏み入れた健太(けんた)は、一人冷静な声でそう呟いた。

 足元には切り出し自然石(ベルギーブロック)の路面。視界に広がるのは赤みが強いレンガ造りの建物と、カラフルなペンキで塗装された木造三角屋根の建物からなる街並み。

 あいにく今日まで日本から一歩も外に出たことのない健太(けんた)には断言できないが「ここは十九世紀――近代のアメリカだ」と言われれば納得できるくらいには、それっぽい街並みに見える。

 その街並みを行きかう人々の多くは白人、もしくは黒人。彼らの服装もいかにもだ。

 ブルージーンズ生地のズボンを赤いサスペンダーで吊るしている中年の白人男性。黄土色のオーバーオールを履いて、分厚い生地のシャツを着ている若い黒人男性。

 

 そんな彼らが街に入ってきた健太(けんた)に強い関心を向けることはなかった。

 ここは本当の意味での近代アメリカではなくあくまで伝承レイドの町に過ぎない。そこを歩く人々はあくまでNPCに過ぎず、厳密な意味での人間ではないから。というのが正しい理由なのだろうがそうでなくても、この町の場合そこまで健太(けんた)が注目を集めることはなかったに違いない。

 多くは白人か黒人。だが、それ以外の人間もこの町には普通に出歩いているのだ。

 健太(けんた)と同じ東アジア系、恐らくは東南アジア系、多分中東系、まず間違いなくネイティブアメリカン。そんな人々の姿が特に珍しくなく見受けられる。

 それも半分くらいはこの時代のアメリカの服装を身に着けているが、残り半分はそのまま祖国の衣装のままである。

 人種的には白人、黒人であっても明らかに「別な文化圏」の服装をしている者も多数見受けられる。

 

 それも当然と言えば当然。

 このレイドが『白鯨』であり、この町が十九世紀のニューベッドフォードなのだとすればここは世界最大の捕鯨船基地だ。

 この時代のアメリカ式捕鯨船は年単位の時間をかけて大洋を駆け巡り、各地で鯨を狩っていた。その際、異国の港に寄港することは普通にあり、そこで新たな船員を補充することも日常茶飯事。

 当時のアメリカ的価値観から船主(オーナー)、船長、一等から三等の航海士はアメリカ人(それも白人)に限られるが、銛打ちや平水夫の半分以上がアメリカ人の捕鯨船は「珍しい」と言われるくらいに捕鯨船の乗組員は人種のるつぼのなっていたという。

 

 そもそも『白鯨』の時代はおおよそ1840年代と推定されている。1843年のニューベッドフォードにはジョン万次郎が元気に捕鯨船ジョン・ハウランド号で入港している。

 そう考えれば、学園の制服姿の健太(けんた)が一人歩いていたところで今更だろう。

 

「とはいえ、こんな展開は原作にはなかったな」

 

 摩擦が強く凹凸もあって若干歩きづらい切り出し自然石(ベルギーブロック)の道を注意深く歩きながら、健太(けんた)は一人そう呟く。

 この町に入る前から健太(けんた)はずっと『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにしていた。今ももちろんオンにしている。だから感情を交えずに断言できる。

 この町に足を踏み入れる時、尚典(なおふみ)から一時たりとも視線を外していなかった、と。

 

 だが、そんな健太(けんた)の視界から尚典(なおふみ)は忽然と消え失せた。

 

「イシュメール役はあくまで一人でニューベッドフォードにやってきた、ということか? だが、原作では静香(しずか)さんだけじゃなく誠一(せいいち)も麻衣(まい)さんも普通に街に入っていた。となると、まさか尚典(なおふみ)は別な『配役(キャスト)』を割り振られたか?」

 

『白鯨』を読んでいる健太(けんた)にはその具体的な『配役』にもいくつか心当たりがある。だが、どの『配役』だとしても少々問題がある。

 なにせ原作『白鯨』で捕鯨船『ピークオッド号』の乗組員の内生還するのはイシュメールただ一人なのだ。尚典(なおふみ)がどの役割を割り振られたのだとしても、原作通りに話が進めば死亡する役割を割り振られた可能性が高い。

 

「まあいい。この町で単独行動が出来るのは、好都合と言えば好都合だ」

 

『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている冷静にそんな判断を下す。同時に健太(けんた)は「『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオフにすれば、パニック状態になるだろうな」と自己分析を下す。

 もとからそのつもりはなかった健太(けんた)だが、どうやらしばらくの間は『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオフにすることは出来なさそうだ。

『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにしたままの食事は味気ないし、睡眠は浅くなってしまうので出来るだけ避けていた健太(けんた)なのだが、流石にレイドクエストの真っ最中はそうもいっていられない。

 

「よし、ひとまず尚典(なおふみ)探しは後回しだ」

 

 そう呟いた健太(けんた)は、本来尚典(なおふみ)と二人で行うはずだった偵察を一人で実行するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、な。ここがニューベッドフォードでこのレイドが『白鯨』ベースなのは間違いなくなったか」

 

 その港町――ニューベッドフォードの探索した健太(けんた)はそう結論付けた。

 その結論に至った理由は至極簡単で、健太(けんた)が『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』に落としておいた『白鯨』に登場する固有名詞の建物が全て発見されたからである。

「銛十字館」という看板。「剣魚亭」という宿。「捕鯨者教会堂」という教会。そして、「潮吹き亭」という宿。

 それらは全て「漢字とひらがな」で看板が出されていた。それ以外の看板は全てアルファベッドが使われているので、とても不自然である。

 だが、その不自然さが健太(けんた)の立場からすると非常にありがたい。重要なポイントが一目でわかるからだ。

 

「主要な建物だけ日本語なのはダイブしたのが日本人だからか、それとも『伝承(レジェンド)』レイドのベースとなる『白鯨』が日本語訳版だからか」

 

 そんなことを口の中で呟きながら健太(けんた)が次に向ったのは港だ。

 目当てとする船はすぐに見つかった。

 二本マストの小型帆船(スクーナーと言われる船らしい)、船名は『モス号』。

 ちゃんと船尾(せんび)と船首(せんしゅ)の左右両舷(りょうげん)の三か所にデカデカと『モス号』と書かれている。もちろん、カタカナと漢字でだ。

 大多数の船が筆記体のアルファベットで名前が書かれている中、どうしようもなく浮いている。

 だが、それはレイド参加者である健太(けんた)だから感じられる違和感。レイドの住人(NPC)にはそれに違和感を覚えることすら出来ない。

 

「ナンタケットまで載せてもらいたい。いくらだ?」

 

 健太(けんた)の言葉に痩せた小柄な中年の白人男――『モス号』の船長は鼻を鳴らすと面倒くさそうに答える。

 

「お客様なら二ドル。お荷物扱いは一ドル。荷運びを手伝うなら一ドルくれてやる」

 

 その言葉も当然のように流ちょうな日本語である。

 正確に言えば、健太(けんた)の耳には日本語に聞こえる。NPC同士の会話に耳をそばだてれば聞こえてくるのは英語(現代アメリカの英語ではない)なのに、こうしてこちらを認識して会話を交わすと問題なく意思疎通が取れる。

 これはレイド全てに共通する特徴であり、NPCに限らない。

 日本語しか話せない日本人と、英語しか話せないアメリカ人がバッタリレイドの中で遭遇しても、問題なく会話は成立する。

 

「分かった。荷運びを手伝う。だから二ドルくれ」

 

「ふん」

 

 健太(けんた)の言葉に『モス号』の船長は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、顎をしゃくって向こうにある大樽を示す。

 どうやらそれが「荷物」らしい。近づくと大きさがよくわかる。健太(けんた)の胸ぐらいまである。

 近づいた健太(けんた)が軽く手で押してみるが、微動だにしない。なにが入っているか分からないがかなりの重量があることは確かだ。大の男でも本来一人で運搬する重さではあるまい。倍の給金を要求するならばそれを一人で運んで見せろ、と言いたいのだろう。

 とはいえ、『戦士(ファイター)』系を中心に複数の職(クラス)を重ねている今の健太(けんた)にとっては特に問題となる重さではなく、

 

「どこに運べばよい?」

 

 樽の縁を片手掴み、軽々とと持ち上げて肩の上に大樽を乗せた健太(けんた)は変わらない声色で『モス号』の船長にそう告げる。

 

「……ついてこい」

 

 しばし言葉を失って無駄に何度も瞬きをしていた『モス号』の船長は、取り繕うように渋い声でそう言うと桟橋から『モス号』に繋がる渡し板を速足で上がっていった。

 

 

 

 

 意外と誠実なのか、それもNPCの役割の一つなのか。その後言われた通り複数の大樽を単身で『モス号』に運び込んた健太(けんた)は、『モス号』の船長からナンタケットまでの乗船許可と前金として一ドルを貰った。

 この時代のアメリカではまだ紙幣は一般的ではない。五十セント銀貨が一枚にあと十セント銀貨やもっと細かな硬貨がジャラジャラと。合わせれば確かに丁度一ドルだ。

 健太(けんた)はそれをこっそり物陰で『限定空間収納(レンタルスペース)』を使って取り出した革袋に仕舞い、その革袋を制服の内ポケットに収納し、再びニューベッドフォードの町を歩く。

 

 次の目的の場所はすでに目星がついている。そこは原作で登場した場所。ただし、ここで言う原作とは『白鯨』ではない。『ハイスクールハックアンドスラッシュ』である。

 

「ここ、だな」

 

 両開きの自由扉(スイングドア)を押し開き、健太(けんた)は売春酒場(ウエスタンサルーン)に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 外はまだ昼の時間帯なのだが、その中は薄暗かった。この町の特産ともいうべき鯨油のランプが店内の様子を照らし出している。

 鼻を突くのは強いアルコールの匂いと精臭。耳に響くのは酔っ払いの笑い声と下卑たスラングの怒鳴り声。そして、それらにかき消される小さな嬌声と荒い吐息。

 そこで行われているのは売春酒場の看板どおりの、酒とセックスの競演だった。

 客は全て船乗りだ。白人、黒人の荒くれ男達が大酒をかっくらいバカ騒ぎを起こし、そして女を犯す。

 犯される女は丸いテーブルの上に乗せられていた。

 健太(けんた)からすると見覚えのあるブレザーの制服を半裸に向かれた女子が二人。

 それぞれ別な丸テーブルの上で酔っ払った船乗りに犯されている。

 

 一人は丸テーブルの上でM字開脚を強いられ正常位に近いスタイルで犯され、もう一人は丸テーブルを腹の下に敷くようにうつ伏せにさせ、バックスタイルで犯されている。

 すでに半裸に剝かれているが彼女たちが身に纏っているのは間違いなく、豊葦原学園普通科女子の制服だ。どちらの女子も体は敏感に性的な反応を見せ嬌声を上げているが、その眼は焦点を失いどこも見ていない。

 

 レイドをクリアできず、レイド内で何度も死に戻りを繰り返し魂魄を完全にすり減らしてしまったレイド参加者はこうしてレイドに取り込まれる。

 レイドの配役を押し付けられ、レイド安定の贄(にえ)にされるのだ。

 

 それはカード化と並ぶ学園の生徒が『ロストマン』となる典型的な道の一つであった。

 

「原作通り、か。この場面を誰にも見られずに、一人で来られたのは幸運なのだろうな」

 

 入ってきた健太(けんた)が店内を見渡してそう呟いても反応する者は誰もいない。

 彼らはあくまでNPC。こちらからアクションを起こさない限り、積極的な接触は取ってこない。その役割以上の行動はとることが出来ない。

 それは、犯されている女子達も同様だ。レイドに取り込まれ、売春酒場の娼婦という役割を割り振られた彼女たちは犯されて喘ぐだけの存在と化している。

 気配を探ると店の奥に、同じような気配がもう二人分感じられる。原作でも「店の奥にも制服姿の女子が囲われた」とあった。娼婦の勤務時間も交代制になっているのだろうか。

 

 原作では、この場面を見た誠一(せいいち)と麻衣(まい)が酒場をぶち壊し女子達の救出を試みたが、町の外まで連れ出したところで救出したはずの女子は忽然と消えていた。

 そして後日、再び売春酒場を訪れると、暴れてぶち壊したはずの酒場は元通りで、ぶち殺したはずの船乗りたちや酒場の店主はぴんぴんしており、そして連れ出したはずの女子達は変わらず丸テーブルの上で犯されていた。

 

 原作では香瑠(かおる)が「助けることは出来ない」と言っていた。

 

 だが、原作を読んでいる健太(けんた)は知っている。

『テュイルリー荒廃園』という何度かクリアされているレイドでは「NPCの連れ出しに成功する確率が高い」こと。

 ヨーロッパに存在する現在確認されている世界最大級のダンジョン『奈落(タルタロス)』。そこを担当するメルクリウス学院では他所から紛れ込んだ女子やNPCを自分のところに「回収」する確率を上げるやり方を会得していた。

 そして、とある特殊なレイドですでに取り込まれてアマゾネスという枠割りを割り振られた女は叶馬(とうま)に「二人か三人くらいなら持ち帰ることが出来る」と告げていた。

 

 それらを総合すれば健太(けんた)の手札にはこの女子達を連れ出すことが出来る手段があると考えられる。

 もっともそれが彼女たちにとって救いとなるとは限らない。

 原作ではこの『白鯨』レイドがクリアされた時、NPCの一人が「やっと解放される、ありがとう」と礼を言っていた。

 

 だから、『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオフにしている時の健太(けんた)はこれをやるべきか否かかなり悩んでいた。しかし『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている今の健太(けんた)に迷いはない。

 彼女達の存在は健太(けんた)にとって大きな助けとなる。それは間違いない。

 

 だから、健太(けんた)は真っすぐ丸テーブルの上で今もなお赤ら顔の酔っ払い水夫に犯されている女子に近づき、右手のひらを向ける。

 

「《下れ》」

 

 

 

 

 

 

 売春酒場で無事、目論見通りの結果と想定外の成果を手に入れた健太(けんた)がニューベッドフォードの町を歩いていると、唐突にその時が訪れる。

 夜、だ。

 どれほど現実のようなリアリティを持っていても所詮ここはレイドの中。本当の意味での世界ではない、まだ。

 だから、このレイドの時間も普通には流れない。

 レイド『轟天の石榴山』が夕暮れしかなかったように、ここのレイドには昼と夜しかない。それも昼が六時間、夜が六時間。六時間が過ぎれば一瞬で夜。もう六時間が過ぎれば唐突に昼。

 朝、夕、日の出、日の入り、そんな時間の流れを感じさせる風情は存在しないのだ。

 しかも、昼間は現実と見まがうほどのリアリティだった青空と太陽だが、夜空に浮かんでいるのは糸で吊るされた星型の星と不気味に笑う三日月というありさま。

 それを見れば、「ここは現実ではない」と理解できるのである意味親切とすら言えるかもしれない。体内時計の調整に苦労しそうだが。

 

 そんな夜のニューベッドフォードの町を一人歩く健太(けんた)は、『潮吹き亭』という宿へとやってきた。

『白鯨』の原作では主人公イシュメールが最初に泊る宿だ。

 古い木造の建築物で中に入ると天井が低い。間違っても高級宿に分類される宿ではない。

 だが、そんな宿の薄暗い食堂もガラの悪い水夫たちでごった返している。

『潮吹き亭』の亭主である額が少し後退した白人男は、入ってきた健太(けんた)にギロリと視線を向ける。

 必然的に『潮吹き亭』の亭主は健太(けんた)に「空いているベッドはない」と告げる。無論、その水夫たちもこの『潮吹き亭』の亭主も全員ただのNPCだ。

 だから、『潮吹き亭』の亭主はただ役割通りに次の言葉を告げる。

 

「だが、あんたが銛打ちと一つのベッド、一枚の毛布を共有できるって言うなら、空いていないこともない」

 

 その言葉に、健太(けんた)はシナリオが進んだ感触を覚える。

 原作『白鯨』における『潮吹き亭』の役割。それは主人公イシュメールとその友クイークェグを引き会わせるための場である。

 この時代安宿では、見ず知らずの人間と同部屋どころかこのように同じベッドを共有することも特別珍しくはない。まあ、やらない人間は当時でも断固として拒否していたらしいが。

 

「わかった。それ良い」

 

 シナリオが動く。その核心を得た健太(けんた)は迷わずそう答える。

 

「よしきた、丁度その銛打ちが帰ってきたところだ」

 

『潮吹き亭』の亭主がそう言って宿の出入り口に首を向ける。

『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにしている健太(けんた)は、ずっと周囲に万全の注意を払っている。

 だから、断言できる。

 つい先ほどまではそこに誰もいなかったし、その扉はずっと閉まったままだった、と。

 だが、今そこには一人の人影があった。

『白鯨』におけるクイークェグは閉鎖的な島の未開民族出身の黒人で全身にびっちりと刺青を入れて、常に愛用の鯨銛を持ち歩く大柄で寡黙な男として描かれている。

 だが、今そこにいるのは健太(けんた)と同じ日本人で入れ墨どころか女子顔負けのきめの細かい肌をし、鯨銛ではなく細槍を担いだ小柄な男子だった。

 

「やあ、健太(けんた)。それともイシュメールと呼んだ方が良いのかな?」

 

「ああ、やっぱりお前がクイークェグ役を割り振られたのか、尚典(なおふみ)」

 

 それは、健太(けんた)と共にこの町に偵察やってきた尚典(なおふみ)であった。

 

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原題:『ハイハク2次 学生時代の翠先生がつよつよショタっ子後輩にチン負け隷属させられる話』※26/07/03改題▼原作開始前。メガテンの世界だと勘違いしていたオリ主なショタが、学園外の天然ダンジョンでレベリングしている所を学園関係者に発見され、隔離の意図で飛び級(年齢逆鯖)して豊葦原学園に編入することになる。そして世話役として付けられた学生時代の翠先生と一夜…


総合評価:3113/評価:8.88/連載:8話/更新日時:2026年07月21日(火) 12:00 小説情報


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