レイド内の町に偵察に出る。
この時問題となるのは、誰が偵察に出て誰が残るか、である。
流石に二十三人(しかも内女子が十九人)の全員でいきなり初めての町に訪れるのはリスクが高い。
幸い
とはいえ、だからと言って戦闘員が全員偵察に向ってよいかと言えばそうはならない。
なにせこのレイドは人間NPCがいると想定される。
そうなると考えなければならないのが対NPC戦、人間との戦闘だ。
対人戦というのは、モンスター退治とは別な壁が存在する。
人を傷つける、人を殺すという心理的障壁はモンスターのそれとは別に存在するのだ。
そうなると、対人戦の戦力となる者を護衛として灯台に残しておく必要がある。
この場にいる二十三人の内、戦闘職に数えられるのは
町で情報収集が出来る能力。
灯台拠点に残しておく護衛。
『白鯨』の『
その道中で
「ええと、
普通科の制服であるブレザーの制服を着て、愛用の細い槍を片手で持った
潮風と海の太陽に目を細める
「ああ。『主人公がいるか、いないか』と『原作通りのエンディングか、原作エンディングを
『主人公がいるか、いないか』。これは分かりやすいだろう。
小説にしても神話、伝承にしても多くの物語には主人公が存在する(群像劇のように特定の主人公が存在しないものも当然存在する)。
その場合、レイド参加者が物語の一部――主人公となって参加する場合と、あくまで異物として主人公を助ける形で物語に参加する場合があるらしい。
対して『原作通りのエンディングか、原作エンディングを
例えば、日本のおとぎ話の『桃太郎』であれば原作の終わりはハッピーエンドだ。原作通り桃太郎が鬼と呼ばれる存在を殲滅して財宝を強奪すればレイドクリアとなる。
対してアンデルセン童話の『人魚姫』の場合、原作のまま話が終われば主人公である人魚姫が泡となって消えるのだから、その結末を迎えてはレイドクリアの条件とはならない。
レイド参加者が主人公になるパターンだと、レイド参加者が泡となって消えるのだからそれでレイドクリアにならないことは誰にでも想像がつくだろう。
「それに当てはめて考えると、このレイドが予想通り『白鯨』だとしたら、間違いなくクリア条件は『原作を
「ああ、それは間違いないな」
原作――『白鯨』ではなく『ハイスクールハックアンドスラッシュ』――を読んでいる
『白鯨』の最後は、エイハブ船長率いる捕鯨船『ピークオッド号』が白鯨に戦いを挑み、返り討ちにされて主人公であるイシュメールを除いて全員海の藻屑と消えるのである。
この結末がクリア条件のレイドなどあるはずがない。基本的にレイドのクリアとは参加者の勝利、生存、利益と結びついているのだ。
「問題は主人公がいるのか、僕たちの誰かが主人公になるのか、だけど」
「もしここが『白鯨』であれがニューベッドロードの街で、誰かが主人公――イシュメール役をやるんだとすれば、それは俺かお前だろうな」
原作の『白鯨』レイドではイシュメールは登場しなかったはず(しいて言えば
「うん、そうなりそうかな」
目的である港町はすでに
『白鯨』では、主人公(もしくは語り部)であるイシュメールがアメリカはマサチューセッツ州の港町にして当時世界最大の捕鯨基地であったニューベッドフォードに足を踏み入れたところから始まるのだ。
「なるほど。こうなるのか」
推定ニューベッドフォードの街に足を踏み入れた
足元には
あいにく今日まで日本から一歩も外に出たことのない
その街並みを行きかう人々の多くは白人、もしくは黒人。彼らの服装もいかにもだ。
ブルージーンズ生地のズボンを赤いサスペンダーで吊るしている中年の白人男性。黄土色のオーバーオールを履いて、分厚い生地のシャツを着ている若い黒人男性。
そんな彼らが街に入ってきた
ここは本当の意味での近代アメリカではなくあくまで伝承レイドの町に過ぎない。そこを歩く人々はあくまでNPCに過ぎず、厳密な意味での人間ではないから。というのが正しい理由なのだろうがそうでなくても、この町の場合そこまで
多くは白人か黒人。だが、それ以外の人間もこの町には普通に出歩いているのだ。
それも半分くらいはこの時代のアメリカの服装を身に着けているが、残り半分はそのまま祖国の衣装のままである。
人種的には白人、黒人であっても明らかに「別な文化圏」の服装をしている者も多数見受けられる。
それも当然と言えば当然。
このレイドが『白鯨』であり、この町が十九世紀のニューベッドフォードなのだとすればここは世界最大の捕鯨船基地だ。
この時代のアメリカ式捕鯨船は年単位の時間をかけて大洋を駆け巡り、各地で鯨を狩っていた。その際、異国の港に寄港することは普通にあり、そこで新たな船員を補充することも日常茶飯事。
当時のアメリカ的価値観から
そもそも『白鯨』の時代はおおよそ1840年代と推定されている。1843年のニューベッドフォードにはジョン万次郎が元気に捕鯨船ジョン・ハウランド号で入港している。
そう考えれば、学園の制服姿の
「とはいえ、こんな展開は原作にはなかったな」
摩擦が強く凹凸もあって若干歩きづらい
この町に入る前から
この町に足を踏み入れる時、
だが、そんな
「イシュメール役はあくまで一人でニューベッドフォードにやってきた、ということか? だが、原作では
『白鯨』を読んでいる
なにせ原作『白鯨』で捕鯨船『ピークオッド号』の乗組員の内生還するのはイシュメールただ一人なのだ。
「まあいい。この町で単独行動が出来るのは、好都合と言えば好都合だ」
『
もとからそのつもりはなかった
『
「よし、ひとまず
そう呟いた
「なるほど、な。ここがニューベッドフォードでこのレイドが『白鯨』ベースなのは間違いなくなったか」
その港町――ニューベッドフォードの探索した
その結論に至った理由は至極簡単で、
「銛十字館」という看板。「剣魚亭」という宿。「捕鯨者教会堂」という教会。そして、「潮吹き亭」という宿。
それらは全て「漢字とひらがな」で看板が出されていた。それ以外の看板は全てアルファベッドが使われているので、とても不自然である。
だが、その不自然さが
「主要な建物だけ日本語なのはダイブしたのが日本人だからか、それとも『
そんなことを口の中で呟きながら
目当てとする船はすぐに見つかった。
二本マストの小型帆船(スクーナーと言われる船らしい)、船名は『モス号』。
ちゃんと
大多数の船が筆記体のアルファベットで名前が書かれている中、どうしようもなく浮いている。
だが、それはレイド参加者である
「ナンタケットまで載せてもらいたい。いくらだ?」
「お客様なら二ドル。お荷物扱いは一ドル。荷運びを手伝うなら一ドルくれてやる」
その言葉も当然のように流ちょうな日本語である。
正確に言えば、
これはレイド全てに共通する特徴であり、NPCに限らない。
日本語しか話せない日本人と、英語しか話せないアメリカ人がバッタリレイドの中で遭遇しても、問題なく会話は成立する。
「分かった。荷運びを手伝う。だから二ドルくれ」
「ふん」
どうやらそれが「荷物」らしい。近づくと大きさがよくわかる。
近づいた
とはいえ、『
「どこに運べばよい?」
樽の縁を片手掴み、軽々とと持ち上げて肩の上に大樽を乗せた
「……ついてこい」
しばし言葉を失って無駄に何度も瞬きをしていた『モス号』の船長は、取り繕うように渋い声でそう言うと桟橋から『モス号』に繋がる渡し板を速足で上がっていった。
意外と誠実なのか、それもNPCの役割の一つなのか。その後言われた通り複数の大樽を単身で『モス号』に運び込んた
この時代のアメリカではまだ紙幣は一般的ではない。五十セント銀貨が一枚にあと十セント銀貨やもっと細かな硬貨がジャラジャラと。合わせれば確かに丁度一ドルだ。
次の目的の場所はすでに目星がついている。そこは原作で登場した場所。ただし、ここで言う原作とは『白鯨』ではない。『ハイスクールハックアンドスラッシュ』である。
「ここ、だな」
両開きの
外はまだ昼の時間帯なのだが、その中は薄暗かった。この町の特産ともいうべき鯨油のランプが店内の様子を照らし出している。
鼻を突くのは強いアルコールの匂いと精臭。耳に響くのは酔っ払いの笑い声と下卑たスラングの怒鳴り声。そして、それらにかき消される小さな嬌声と荒い吐息。
そこで行われているのは売春酒場の看板どおりの、酒とセックスの競演だった。
客は全て船乗りだ。白人、黒人の荒くれ男達が大酒をかっくらいバカ騒ぎを起こし、そして女を犯す。
犯される女は丸いテーブルの上に乗せられていた。
それぞれ別な丸テーブルの上で酔っ払った船乗りに犯されている。
一人は丸テーブルの上でM字開脚を強いられ正常位に近いスタイルで犯され、もう一人は丸テーブルを腹の下に敷くようにうつ伏せにさせ、バックスタイルで犯されている。
すでに半裸に剝かれているが彼女たちが身に纏っているのは間違いなく、豊葦原学園普通科女子の制服だ。どちらの女子も体は敏感に性的な反応を見せ嬌声を上げているが、その眼は焦点を失いどこも見ていない。
レイドをクリアできず、レイド内で何度も死に戻りを繰り返し魂魄を完全にすり減らしてしまったレイド参加者はこうしてレイドに取り込まれる。
レイドの配役を押し付けられ、レイド安定の
それはカード化と並ぶ学園の生徒が『ロストマン』となる典型的な道の一つであった。
「原作通り、か。この場面を誰にも見られずに、一人で来られたのは幸運なのだろうな」
入ってきた
彼らはあくまでNPC。こちらからアクションを起こさない限り、積極的な接触は取ってこない。その役割以上の行動はとることが出来ない。
それは、犯されている女子達も同様だ。レイドに取り込まれ、売春酒場の娼婦という役割を割り振られた彼女たちは犯されて喘ぐだけの存在と化している。
気配を探ると店の奥に、同じような気配がもう二人分感じられる。原作でも「店の奥にも制服姿の女子が囲われた」とあった。娼婦の勤務時間も交代制になっているのだろうか。
原作では、この場面を見た
そして後日、再び売春酒場を訪れると、暴れてぶち壊したはずの酒場は元通りで、ぶち殺したはずの船乗りたちや酒場の店主はぴんぴんしており、そして連れ出したはずの女子達は変わらず丸テーブルの上で犯されていた。
原作では
だが、原作を読んでいる
『テュイルリー荒廃園』という何度かクリアされているレイドでは「NPCの連れ出しに成功する確率が高い」こと。
ヨーロッパに存在する現在確認されている世界最大級のダンジョン『
そして、とある特殊なレイドですでに取り込まれてアマゾネスという枠割りを割り振られた女は
それらを総合すれば
もっともそれが彼女たちにとって救いとなるとは限らない。
原作ではこの『白鯨』レイドがクリアされた時、NPCの一人が「やっと解放される、ありがとう」と礼を言っていた。
だから、『
彼女達の存在は
だから、
「《下れ》」
売春酒場で無事、目論見通りの結果と想定外の成果を手に入れた
夜、だ。
どれほど現実のようなリアリティを持っていても所詮ここはレイドの中。本当の意味での世界ではない、まだ。
だから、このレイドの時間も普通には流れない。
レイド『轟天の石榴山』が夕暮れしかなかったように、ここのレイドには昼と夜しかない。それも昼が六時間、夜が六時間。六時間が過ぎれば一瞬で夜。もう六時間が過ぎれば唐突に昼。
朝、夕、日の出、日の入り、そんな時間の流れを感じさせる風情は存在しないのだ。
しかも、昼間は現実と見まがうほどのリアリティだった青空と太陽だが、夜空に浮かんでいるのは糸で吊るされた星型の星と不気味に笑う三日月というありさま。
それを見れば、「ここは現実ではない」と理解できるのである意味親切とすら言えるかもしれない。体内時計の調整に苦労しそうだが。
そんな夜のニューベッドフォードの町を一人歩く
『白鯨』の原作では主人公イシュメールが最初に泊る宿だ。
古い木造の建築物で中に入ると天井が低い。間違っても高級宿に分類される宿ではない。
だが、そんな宿の薄暗い食堂もガラの悪い水夫たちでごった返している。
『潮吹き亭』の亭主である額が少し後退した白人男は、入ってきた
必然的に『潮吹き亭』の亭主は
だから、『潮吹き亭』の亭主はただ役割通りに次の言葉を告げる。
「だが、あんたが銛打ちと一つのベッド、一枚の毛布を共有できるって言うなら、空いていないこともない」
その言葉に、
原作『白鯨』における『潮吹き亭』の役割。それは主人公イシュメールとその友クイークェグを引き会わせるための場である。
この時代安宿では、見ず知らずの人間と同部屋どころかこのように同じベッドを共有することも特別珍しくはない。まあ、やらない人間は当時でも断固として拒否していたらしいが。
「わかった。それ良い」
シナリオが動く。その核心を得た
「よしきた、丁度その銛打ちが帰ってきたところだ」
『潮吹き亭』の亭主がそう言って宿の出入り口に首を向ける。
『
だから、断言できる。
つい先ほどまではそこに誰もいなかったし、その扉はずっと閉まったままだった、と。
だが、今そこには一人の人影があった。
『白鯨』におけるクイークェグは閉鎖的な島の未開民族出身の黒人で全身にびっちりと刺青を入れて、常に愛用の鯨銛を持ち歩く大柄で寡黙な男として描かれている。
だが、今そこにいるのは
「やあ、
「ああ、やっぱりお前がクイークェグ役を割り振られたのか、
それは、