そちらを削除して、こちらを新たに投稿しています。
豊葦原学園では月・水・金の午前中は、一般科目の座学になっている。
そのため、普通の学校と同じように、授業と授業の間には短い休み時間が存在する。
今の
教室内がガヤガヤ、キャッキャッ楽しそうな話し声、笑い声に包まれる中、一人ボッチで過ごす時間というのは、なぜこんなに長く感じられるのだろう? つい、そんなことを考えてしまう健太である。
だが、今日のこの時間は、そのようなことを考える必要はなかった。そもそも、教室内にガヤガヤ、キャッキャッの楽し気な笑い声が一切響き渡らず、重苦しい沈黙が支配していていたからだ。
きっかけは
続いて
叶馬と誠一という怖い、頼もしいパートナーがいる静香と麻衣といえでも、一人でトイレに行くのは危険だ。パートナーのバッチをつけている女子を襲えば、『決闘委員会』の人間に見とがめられ、手痛いペナルティを食らうため、危険は相当少ないのだが、絶対ないとは言い切れないが、豊葦原学園である。
そのため、女子がお手洗いに行くときは、二人以上で連れ立っていくのが、この学園では当たり前になっている。
この二つが重なると、必然的に一年
こうなると、教室内の空気は、猛獣の檻の中さながらになる。猛獣使いが席を外した猛獣の檻の中に取り残された一般人が多数。
この時ばかりは、一年丙組の全員が「休み時間がやけに長く感じる」という、健太の気持ちに同意してくれることだろう。
そのようなことは、これまでにも何度かあった。
そういう時、これまでの叶馬は休み時間が終わるまで、もしくは誠一、静香、麻衣のいずれかが戻ってくるまで、自席でじっとしていてくれた。
それはそれで怖いのだが、今思えばそれは、とてもマシな状況だったのだ。
今回は、なぜか一人になった瞬間、まってましたとばかりに、叶馬は席から立ち上がったのである。
「!!」
教室内の誰も、逃げもしなければ、悲鳴を上げもしなかったのは、彼、彼女たちに勇気や度胸が備わっていたからではない。
草食獣が肉食獣といきなり至近距離で遭遇してしまうと、パニックのあまり金縛り状態になってしまうという、そんなやつだ。
立ち上がった叶馬が、誤解の余地なくまっすぐ自分の方へと向かって来るのを理解した健太は、迷わず心の中で『
自席に座ったままの健太の前までやってきた叶馬は、無表情に健太を見下ろし、
「午後、ツラ貸せ」
と教室中に響く大きな声で、言い放った。
「分かった」
短い健太の了承の言葉に、叶馬は無表情を崩し、ニヤリと笑う。
「ク、ククククク……クハハハハ!」
笑い続ける叶馬と、自席に座ったまま、何も言わない健太。
クラスメイト達が健太に向ける視線は、肉食獣に捕食されてしまった同族を哀れむ草食獣のそれだった。
その日の午後。
いつも通り、一人で昼食をすませた健太は、羅城門がある地下に繋がる階段の手前で待っていた。
服装は、ダンジョンダイブ用のフル装備である。制服の上からボディアーマーを着込み、左腕には『
召喚モンスターであるジュゲム用の『槍』『盾』『小剣』は、前回ジュゲムがゴブリン
そのジュゲムの『モンスターカード』は、念のためボタンのついている胸ポケットにしまってある。
そうして待つことしばし。目的の人物が姿を見せる。
すでに『
まだマシな予想として、叶馬だけがやって来ることも考えていた。
朧げな記憶だが、おおよそこのくらいの時期から、叶馬は学園の備品を壊し、その返済で常時金欠状態に陥っていたはずなのだ。
最初は、パーティーのダンジョンダイブがない日に、単独でダンジョンダイブをして『銭』を稼ごうと企むが、それを察した静香に、「安全のため、単独でのダンジョンダイブは禁止」と言い渡される。
その抜け道として、自分を誘って二人でダンジョンダイブをする、という可能性を考えていたのだが、四人で来たことでその可能性もなくなった。
健太の姿を見つけた叶馬がニヤリと笑うのが見える。それから少し遅れて健太に気づいた誠一と麻衣の顔には、明らかな戸惑いの色が滲む。この時点で、健太は最悪の中でも最悪の予想が当たっていたと確信した。仕方がないから、覚悟を決める。
つくづく、『
「よう、叶馬。今日の休み時間。俺に声をかけてくれたのは、ダンジョンダイブのお誘いだと認識してるんだが、間違いないか?」
右手を挙げて、淡々とした口調でそう言う健太の言葉に、叶馬は「うむ」と首肯した。
「おい、聞いてねえぞ!」
と非難の声を上げる誠一に叶馬は、
「サプライズだ」
と胸を張る。誠一は片手で額を覆い、天を仰いだ。
このままでは絶対に揉める。
その確信を抱いた健太は、不本意ながらこの場での会話を主導する覚悟を決めた。
「なあ、叶馬。サプライズは良いんだが、お前自身、状況の認識はちゃんとできてるか?
叶馬達いつもの四人パーティーに、俺を加えた五人パーティーで、今日はダンジョンダイブをしよう、ってお前は言ってるんだよな?」
「そうだ」
念を押す健太に、叶馬は無表情ながら、どことなく嬉しそうに首肯した。
こちらの意図が、健太にはちゃんと伝わっている。口下手で人に誤解されやすい自分だが、ネット学んだ『コミュ強陽キャへの道のり』を見て練習を積んだ成果は、ちゃんと出ている。やはり、こちらの意図は出来るだけ短く、感情をこめて伝えるべきなのだ。
今の健太の言葉に、肯定の返事をすることがどんな意味を持つのか。それを理解している誠一が声を上げかけるが、それをインターセプトするように、健太が先に口を開く。
「そうか。念のため、後いくつか確認させてくれ。
叶馬。お前たちのパーティーは順調にダンジョン攻略を進めているパーティーだ、と見ているんだが、間違いないか?」
健太の問いに、今度は叶馬は首を横に振る。
「それは違う。俺達のダンジョン攻略は苦戦中だ。その現状を打破するために、健太。お前に声をかけた」
健太が想定していたのとは違う答えだったが、「そう言えば、原作の叶馬はこんな認識だったか」と思い出した健太は、方向を修正するため、次の質問をする。
「そうか、では聞き方を変えよう。叶馬。お前達のパーティーは、これまでに一度のダンジョンダイブで十匹以上のゴブリンを倒し、無事生還したことがあるか?」
「それくらいならば、ある。しかし」
その後に、どうせ意味不明な謙遜の言葉が続くのだと察した健太は、叶馬の言葉を遮り、問いを続ける。
「その際、戦闘と戦闘の間に、『別のこと』をやっている時間があるんじゃないか? あるとしたら、その『別のこと』は、第三者の男である、俺の前でやっても大丈夫なことか?」
「…………」
健太の懇切丁寧な問いかけに、自分のサプライズがどのような状況を齎すか、やっと予測ができた叶馬は無表情のまま、沈黙を保つ。
原作では、叶馬達のダンジョンダイブは、モンスター討伐→ダンジョン内セックス→モンスター討伐→ダンジョン内セックスのくり返しだった。これは実のところ、叶馬達だけに限らない。モンスターを倒し、経験値を得て、レベルが上がると男も女も性欲が急上昇する。
だから、男女混合パーティーでダンジョンダイブ中にセックスをするのは、豊葦原学園では当たり前のことと言える。
これが学園生活を最低一年以上続けている上級生なら、他の人間を自分のパーティーのダンジョンダイブに誘った場合、誘われたのが男なら「自分のパーティーの女を犯らせてやる」、誘われたのが女なら「連れてってやるからうちのパーティーの男全員とセックスさせろ」という意味になるほどだ。
そうではない場合は、逆に「ダンジョン内セックスは無しだけど、来るか?」と念を押さなければならない。
まだ、四月の半分がやっと過ぎたくらいの今、一年にその『常識』は広まっていないが、事実叶馬達は、ダンジョンセックスをやりまくっているので、そこに健太を加えるというのは、少々アンモラルな感じにはなるだろう。
叶馬の沈黙から、健太は「自分の言いたかったことが伝わったこと」と「案の定、叶馬は何も考えていなかった」ことを理解する。
『
「あのな、叶馬。誘ってくれたのはありがたいんだ。これは、本当だ。俺もいつまでもソロじゃ厳しいとは思ってたし、お試しで一回、お前たちと一緒にダイブするのは悪くないと思ってる。
それに、静香さんが叶馬、麻衣さんが誠一のパートナーになってることも承知してるから、不埒な真似はしない。それも約束する。
だが、それでも、パーティー組んでダンジョン内でお前たちがやることやったら、『全く見ない、聞かない』ってのは、流石に不可能なんだよ。その場合、被害が大きいのは俺でもお前でも誠一でもなく、静香さんと麻衣さんだろ。
まずは、そこに話を通せ。な?」
「……すまん」
説得が完全に成功し、素直に謝る叶馬の姿を、誠一は後ろでポカンと見ていた。
時間にすれば短いが、入学から今日まで、一時期を除いでほぼ毎日、同じ部屋で暮らしてきた誠一は、叶馬が悪い奴ではないことは知っている。だが、恐ろしく質の悪い奴であることも、骨身にしみて理解している。
叶馬を怖がらず、叶馬を理詰めで説得する。そんなことができる奴が、こんな身近にいるとは、思ってもみなかった。
叶馬と健太。二人がやけに馴れ馴れしい点についても、探る必要がある。少なくとも、誠一のこれまでの認識では、この二人に接点はないはずだ。
そして、もし健太に裏がないのだとしたら、
(『叶馬係』を半分、押し付けられるかもしれねえ)
誠一は、他には聞こえないように、声を調整し、麻衣に訴える。
(すまん。お前の身は絶対に俺が守るから、あいつ、健太を今日のダンジョンダイブに同行させてやってくれないか)
誠一のひそひそ声にビクッと体を震わせた麻衣は、ニンマリ笑うと誠一の左耳の前で、両手でメガホンにしてささやき返した。
(分かった。貸しだかんね)
麻衣の言葉に、誠一は苦笑しながら首肯する。せっかく周りにばれないように内緒話をしたのだが、麻衣の大きなリアクションで丸バレだ。それでも、そんなお馬鹿なところも可愛いと思ってしまうあたり、誠一は「自分は麻衣を見捨てられないのだ」と、自覚する。
「あー。つまり、健太は叶馬が声をかけた臨時メンバーってことか。ったく、叶馬。お前、こういうことは事前に報告してくれよ」
ヘラヘラと社交的な笑みを浮かべて、そう言う誠一に、叶馬はいつも通りむすっとした無表情のまま、
「俺がやると言っても拒否されそうだったからな」
と拗ねた子供のような答えを返した。
(なんで、俺に対しては素直にすまんって言わねえんだよ!)
と、内心ピキリと怒りをためながら、誠一はあくまで社交的な笑みは崩さず、女子二人に話しかける。
「ま、まあ、その傾向はあるな。でも、どうだ? クラスメイトの健太がここまで準備を整えてきてくれたんだ。俺としては、お試しで一回はやっても良いんじゃねえかと思うんだが。さっき健太が言った条件は守ってもらうぜ。その上で女子の二人から、異論があるんなら諦めるけどな」
と、言うが、誠一はこの時点ですでに答えは分かっていた。
「ハア、ハア……私は、叶馬さんが決めた事に従います」
なぜか熱く息を弾ませながら、相変わらずぶれない強烈な意志で、全て叶馬に委ねる宣言をする静香と、
「ん。見られるだけなら、まあいいよ。でも、変なことしようとしたら、噛んでやるんだから。分かった? 健太くん」
元気に失礼かつ物騒なことを言う麻衣に、叶馬は無表情のまま嬉しそうな気配を立ち上らせる。
「うむ。助かる」
「分かった。じゃあ、ひとまずは今日一回だけ、仲間に入れてもらう。知ってると思うけど、一年丙組の健太だ」
改めて名乗る健太に釣られるように、四人も名乗っていく。
「叶馬だ」
「誠一だ、今日はよろしくな」
「静香です」
「麻衣でーす。よしくね、健太くん。長いから、健くんって呼んでいい?」
ひらがな三文字を二文字に縮める意義とは? 疑問が尽きない健太だったが、拒否するような内容でもないため、了承した。
健太が待っていた場所から、『
その『羅城門』までの短い道のりを進む間、健太と叶馬達は情報交換の意味を込めて、積極的に会話を交わしていた。
「はあ? なんで、その言葉で通じたんだ!? 「午後、ツラ貸せ」って、それは普通、呼び出してボコる宣言だろ」
叶馬が健太に何と言ってスカウトしたか。正確な文言を聞かされた誠一は、驚きのあまり大声を上げていた。
「言葉は短く、端的に。しっかり感情を込めることこそが重要なのだ」
実際に成功しているという実績に、いい気になってる叶馬は無表情のままだが、気配が少々ウザイ。
「いや、叶馬くんのは絶対ただの呼び出し、虐殺宣言だよ。健くん、なんで分かったの? 怖くなかった?」
ごく当たり前と言える麻衣の疑問に、『
「いや、叶馬がそんなことをするはずがないだろう」
「うむ」
理解者の存在に、さらに胸を張る叶馬に、健太は上げて落とす。
「叶馬が俺をぶちのめしたいなら、そんなまどろっこしいことしないで、あの場でぶん殴られてるよ」
という健太の言葉に、叶馬以外の三人は「ああ、そうか」と納得する。
「……不本意だ。俺は教室で暴力を振るうほど、野蛮ではない」
一応、一理ある叶馬の反論だが、健太はすぐにそれにも言葉を返す。
「その場合は、尚更、呼び出しなんてしないな。そんなことをすれば、相手に警戒されたり、武装されたり、最悪の場合逃げられる。
叶馬が誰かをぶちのめしたい。でもここではそれは出来ないって場合は、実行する直前まで相手に悟られないように息をひそめて、相手を監視し続ける。そして実行可能な場所に相手が足を踏み入れた時、そこで即断実行する」
「む、むう……」
今度の言葉には、自分でも納得してしまったのか、叶馬は反論できなくなった。
「お前、なんかマジで叶馬のことよく分かってるのな」
誠一は感心しているようにそう言うが、なんとなく「ちょっと面白くない」と思っている感情が、見え隠れしている。
「ところで、叶馬」
「なんだ?」
「さっきから、静香さんの呼吸が荒いんだが、大丈夫か? 体調が悪いんなら今日のダンジョンダイブは延期するべきだぞ」
静香がなぜ頬を紅潮させ、息を荒らげているか。原作を読んでいる健太は容易に想像がつくのだが、それをこの場で指摘するわけにはいかない。かといって気が付かないふりは無理があるくらい、静香の呼吸は荒い。
「問題ない。いや、問題はあるのだが、解決方法が分からんし、ダンジョンダイブに影響はない」
「そうか」
まだ納得のいっていない顔をする健太に、静香は今日初めてと言える笑顔で告げる。
「大丈夫です、健太さん。私は今とても元気ですから。おかげさまで」
なるほど、これが「尻がキュッとなる」悪寒という奴か。健太は少し内股になりながら、「分かった」と返した。