落し物は確かに届けた。では、俺はこれで失礼する。とその場を後に出来れば最善なのだが、流石にそれは叶わなかった。
「まあ、
そう言って笑う
「必要ないだろう。後は、
友人ではあっても、別な倶楽部を作ろうとしている自分は一歩引いた立場なのだ、と主張する健太だが、誠一は笑顔もその目の圧も全く変化させない。
「そうは言っても、この件に関しては俺もわからねえことだらけでよ。せめてアドバイザーとしてこの場に残ってくれや。ほら、ここ座れよ」
そう言って、誠一はわざわざ自分が座っているベッドから一度立ち上がり、自分と
「話が終わるまで、てめえ逃がさねえからな」という意思表示だ。麻衣も異論はないのか、質の悪い猫のような笑みを浮かべている。
だが、健太は小さく首を横に振ると、
「俺もお前たちが期待するほどの情報はないぞ。それに、前にも言った通り言えないことも多い。それで良いなら、一応参加はさせてもらうが」
そう言って、後ろの壁に背中を預けた。あくまで、立ったままだ。誠一が用意した席には移動しない。
『
「お前に話せない事情があることは知ってるさ。そんなのは大なり小なり皆あるからな。けどな、悪いけど今回はマジでお前に色々聞きてえんだわ。
まず最初によ、『叶馬が食堂で倒したモンスター』ってなんだ?」」
だが、『
『
「ちょっと聞いても良いか、君。ああ、そうだ、君だ」
沙姫が右手の人差し指で、自分を指さすのを見て、健太はその問いを投げかける。
「君は、ここに来てから説明をしていないのか? 自分がなぜ、叶馬の庇護を求めるのか。なぜ、彼らの仲間に入りたいのか。今日まで自分の身になにが起きていたのか」
健太の問いに、沙姫は不思議そうに首を傾げ、その後首を横に振る。
「何も話していません。私に出来ることは、ただ謝罪し、意思を伝えることだけ」
つまり、ただひたすら「お願いします、仲間にしてください」を連呼して、土下座を続けていたということか。
「…………」
健太は思い出していた。
そう言えば、原作の沙姫もそうだった。沙姫は、叶馬に次ぐ戦闘力を誇り、叶馬に次ぐ戦闘狂で、叶馬に次ぐお馬鹿さんなのだ。
健太は改めて自分の取った言動を顧みる。
今日まで一度も近づいたことすらない
なお、沙姫は自分がそのモンスター――
こんなの「お前は何で知ってんの?」というツッコミが来るに決まっている。
「…………」
自分の発言が致命的に怪しいことは、流石に自覚が出来た健太は、
「アドバイザーが、全部まとめて「それは答えられない」という返答でも許されるか?」
「私達からの信頼度が底辺まで落ちても構わないなら、それでもいーよ」
そう言って麻衣は、片手で犬を呼ぶように健太に「来い、来い」のジェスチャーをし、もう片手で自分の隣をポンポンと叩く。
「…………お邪魔する。まずは彼女の名前を教えてもらえるか?」
観念した健太は、誠一、麻衣のカップルの間に挟まるように、ベッドに腰を下ろした。
沙姫の短い自己紹介の後、話を始めた健太は、今回の一件について説明する上で、致命的な問題があることに気づいた。
この一件の当事者は、陰摩羅鬼の被害者である沙姫と、その陰摩羅鬼を退治した叶馬の二人。それ以外の人間には、原則陰摩羅鬼は見えない。
つまり、事情を説明できるのは、沙姫と叶馬の二人しかいないのだが、この二人は揃って、説明が下手なのだ。
叶馬は、頭そのものは決して悪くないはずなのだが、常人とは異なる感性をしているため、常人とは異なる結論に達することが多く、叶馬だけでの説明では、意味不明である。
一方沙姫は単純に頭が悪く、口下手だ。筋道立ててわかりやすく、聞き手の立場になって話すというスキルが根本的に欠落している。
そのため、両者の事情説明は、途中何度も健太が助け舟を出し、「ちょっと待て叶馬。お前が食べ物を粗末にする奴が許せないのは分かった。だがその陰摩羅鬼が食べ物を汚す描写はそこまで細かくいらん」とか、「沙姫さん。正直なのは美徳だけど、今はちょっと置いておこう。その食堂で誠一に「私をパーティーに入れてくれれば、私を自由にしていい」と言ったときみたいな例外を除けば、ほぼずっと陰摩羅鬼に操られてたんだな?」など、細かく説明を追加したり、話の軌道を修正し続ける羽目になった。
隣に座る誠一の半眼が、もう明確に「お前、叶馬達から話を聞かなくても、最初から全部知ってんじゃねえか?」と言っているが、『
そんな健太の苦労のかいもあり、必要な情報はおおよそ、伝わった。
学園に入学してから、ずっと陰摩羅鬼に取り付かれて絶望していた沙姫。意図せずそれから解き放ってくれた叶馬。絶望的な状況からは解放されたが、沙姫の心は元通りにはならない。また、陰摩羅鬼に取り付かれたら。万に一つの不幸な出来事にあってしまった人間は、「流石にもう一度同じ目に合うような不運はないだろう」とは考えられない。「現に一度はあった。二度目がない保証はどこにもない」という方向に思考が行きがちだ。
だから、求める。同じことが起こっても大丈夫な、安心できるよりどころを。そのよりどころとして、一度目の危機を解決してくれた人以上の存在はない。
「なるほどねえ、あんたの立場なら叶馬くんに縋りたくなるのは一応、分かるわ」
と言葉の上では理解を示しながら、実は一番シビアに現状を見ているのが、麻衣だ。
麻衣にとって、誠一は大切な恋人。
とはいえ、エンジョイ組にならずに、ダンジョンダイブを続けるのならば、いつまでも四人パーティというわけにはいかないことは、麻衣も誠一の説明で理解している。だから、追加メンバーを無条件で蹴るつもりはないのだが、麻衣の判断に悪影響を与えているのが、健太だ。
戦闘では頼りになり、男女の関係では安全で、日常的には弄って遊べる。そんな人材がいることを知っている。それなのに、なぜに叶馬や、最悪誠一に色目を使う女を入れてやらないといけないのか? そんな気持ちになってしまう。
「まあ、ここまで来たら、彼女をそのまま返すって選択肢はねえんだけどな」
と、冷静に告げる誠一の言葉に希望を見出した沙姫は、すがるような視線を向ける。
健太がやって来るまでは、『魂魄結晶』の有無を除けば、おおよそ原作と同じ流れだったらしい。
叶馬、誠一、静香、麻衣の四人で、沙姫を仲間に加えるか否かの話し合いを続けていた。その間、沙姫はずっと部屋の扉の前で土下座を続けていた。
『
一例をあげれば「叶馬が他人の
だから、口封じが絶対に必要なのだ。その口封じとして、一番穏便で簡単な方法が、沙姫を仲間として取り込んでしまうことだと、誠一は言う。
これまで一番引っかかっていたのは、『
「なにはともあれ、これはそろそろ沙姫さんに返すべきだと思うんだが」
健太がそう言って、沙姫の『魂魄結晶』を持ち上げる。
そんな健太の提案に、口をはさんできたのは叶馬だ。
「それ自体は異論はない。ドロップした経緯も理解した。だが、俺が倒したモンスターがドロップしたのだとしても、俺がそれに気づかず、実際に拾ったのが健太ならば、所有権は健太にあるのではないか?」
やはり、叶馬を勢いで押し切ることはできなかったか、と健太は内心残念に思いながら、反論する。
「通常のモンスターのドロップ品ならそれでいいんだがな。この場合、重要なのは沙姫さんの立場だ。沙姫さんからしてみれば、叶馬こそが陰摩羅鬼から取り返してくれた本人だ。ただ拾っただけの俺が所有権を主張するのは違う」
自分が拾って持ってきただけなら、沙姫の感謝や依存心が一部こちらにも向くのではないかという危惧から「奪い返した叶馬に所有権がある」として、叶馬に沙姫の感情を向けたかったのだが、叶馬が絡むとどうも意図したとおりに話が進まない。
ちらりと見ると、沙姫は下を俯いて、息を少し乱している。
そういえば原作で叶馬が、実験として誠一の『
今の健太は、複数の第一段階職と一つの第二段階職を有する身だ。強く握っているつもりはないが、いつまでも健太が持っているのもリスクかも知れない。
「とにかく、ひとまずこれは沙姫さんに返そう。それはだれも異論はないのだろう?」
皆が同意を示したのを確認して、健太はベッドから立ち上がり、床に正座して言う沙姫の横でしゃがみ込む。
「沙姫さん。これを手に持ってみてくれ。しっかり掴んで」
そう言えば原作ではこの時、沙姫は後ろ手に手錠で繋がれていたな、と変なところで原作との差異を思い出しながら、健太は沙姫に『
「は、はい。ええと、え? あれ?」
戸惑いながらも素直に『
その間に、叶馬達は目配せを済ませる。まず間違いないとは思っていたが、あれはやはり沙姫の『
「んで、どうするの? やっぱし、仲間入り?」
ちょっと諦めたような拗ねたような口調でそう言う麻衣に誠一は、
「まあ、こうなると見捨てるのもな。それに、結構長い時間、廊下で土下座されてたんだろ? 食堂も併せればかなりの人間に、俺たちと絡んでるところを見られてる。放置するのも危険だ。けど、やっぱしってなんだ? やっぱしって?」
そう麻衣に説明しながら、抗議する。
「だって、その子可愛いじゃん。だったら誠一と叶馬くんが見捨てるわけないし、見逃すわけないなって。一応確認するけど、健くんに任せるってわけにはいかない?」
ひょっとしたらそんな流れになるかもしれない、と用心していた健太は、こちらを向いてそう聞いてくる麻衣に、用意していた答えを返す。
「それは駄目だ。沙姫さんは誰でも良いから仲間にして欲しい、って言ってるんじゃない。あくまで叶馬の庇護を求めてるんだ。陰摩羅鬼から解放してくれた叶馬以外では、彼女の安らぎにはなりえない」
「それはどうだかな。実際のところ、健太でも叶馬と同じこと出来たんじゃねえか?」
半眼でそう言う誠一の疑念も、分からないではない。
誰にも見えない、触れないはずの陰摩羅鬼騒動を、なぜか当事者でもないのに詳しく理解していた健太。実は健太も陰摩羅鬼が見えていた、とすればかなりの部分で整合性はとれる。
それを理解している健太は、あえて誤解されるように答える。
「陰摩羅鬼が見えることと、退治できることは別だ。俺の知る限り、陰摩羅鬼を退治できるのは叶馬だけだよ。もちろん、俺を含めて」
原作の描写では、確か陰摩羅鬼にはGPバーがあったはずだ。神や一部の神格クラスのモンスター、そして
このGPバーのあるものに、ないものがダメージを通すのは非常に難しい。叶馬も『
とりあえず、曲がりなりにもGPバーのあった陰摩羅鬼は、健太では倒せなかったという予想は外れていないはずだ。
「どうだかな。俺にはたまに叶馬と健太が同類に見えることがある」
「流石にそれは止めてくれ。叶馬と俺では、石像と雪像ぐらい違う。たとえ一見似てる部分があったとしても、本質は大違いだ」
誠一のとんでもない買い被りを、健太は淡々とした口調で否定した。