一般論として、この学園の本質を体現するのは男子が先だが、理解するのは実は女子の方が先だと言われている。
男子はよくわからないうちに、フリーセックスな世界に触れて、理解できないながら欲望を解き放ち、その後「ああ、ここはこういう世界なんだ」と理解する。
一方女子は、入学前の段階からある程度、女子がどんな扱いを受けるか説明された上で入学し、先輩や担任教師から実体験を踏まえた、「この学園での過ごし方」を教えられ、それから体験していく。
だから、一年の四月という段階では、男子よりも女子の方が、自分たちがどうすべきかを理解していることは、さほど珍しいことではなかった。
その日の夕食。
「食べ終わった? それなら、シャワー浴びてきて。終わったら私たちの部屋は分かるよね? あそこで待ってて。鍵は開けてあるから」
「は、はい。失礼します」
麻衣の言葉を受けて、
原作では健啖家で酒豪の印象の強い沙姫だが、今の食事量は静香や麻衣とあまり変わらなかった。それは、洋食主体の白鶴荘の夕食が口に合わなかったからか、自分がこれからやることへの緊張からか。流石に後者だろう。
一足先に沙姫が出て行った食堂の一角で、残りの五人――
「やはり、これは弱みに付け込む卑劣な行為なのではないか」
まだ納得がいっていないのか、相変わらず無表情のままそう、世間の常識を語る叶馬に、麻衣はわざと大きくため息をつく。
「叶馬くんはまだそんなことを言ってるの? ダメだよ。あの子をパーティーに入れるなら、ちゃんと二人で犯してからにしないと」
「必要あるか? 別段そうじゃなくてもパーティーは組めるだろ?」
叶馬同様、今一納得のいっていない誠一の言葉に、麻衣は目を三角にする。
「だーめ。ちゃんと二人が自分の女にしないとダメ。じゃないと裏切るよ、あの子。むしろそうしてあげないと可哀そうなんだよ」
すでに誠一に隷属している麻衣は、実感として理解している。この学園の男女の仲は、セックスが伴っていないと、あってないようなものなのだ、と。例えば、健太が今後、麻衣の為に身を粉にして尽くしてくれたとしても、誠一に隷属している麻衣は「ちょっとあいつ後ろから刺してこい」と言われれば、ためらいなく実行するだろう。
それくらい、この豊葦原学園という特殊空間では、体の繋がりが重いのだ。その重い体の繋がりを乱発されてしまっている関係上、体で結ばれていない関係は相対的に軽く、脆い。
これは、隷属させる側の男は、実感ではなく経験と知識で理解するしかないため、どうしても理解に時間がかかる。
ふと見ると、静香も麻衣の言葉に小さく頷き、同意を示していた。その表情からは、決して歓迎しているわけではないことは明らかだが、それでも沙姫をパーティーに入れるのならば、パーティーの男に犯される必要があることは認めている。
叶馬と誠一は、目を見合わせ、小さく肩をすくめた。納得はしていないが、受け入れることに決めた。
元々、沙姫は豊葦原学園の基準でも余裕で上位層の位置する美少女だ。パートナーである麻衣と静香が推奨するなら、抱くことに損はない。
一連の決定を、健太は凄く居心地の悪い気持ちで、ずっと見ていた。食事中ということもあり、『
今のところ、食堂にいる男は健太達三人だけだ。だから、目立つ。明確に視線を向けられている。叶馬と誠一はすっかり慣れているようだが、健太は慣れていない。将来的に慣れることができるとも思えない。
ともあれ、これで沙姫はちゃんと叶馬パーティーに入れそうだ。それだけで、骨を折った甲斐があるというものだ。居心地の悪さは覚えているが、同時に達成感も覚えていた健太に、不意に誠一が声をかける。
「健太は、本当にそれでいいのか? 結果だけ見れば、お前あの子を俺たちに犯らせるために半日頑張ってたことになるぞ」
誠一の言葉に、「まさにそのために頑張ったんだ」とは答えられない健太は、
「ま、まあ、特に問題ないよ。沙姫さんにとってもそれが最善だし」
と、ちょっと裏返りかけた声で答える。答える前に『
「マジで良いのか? 大きい声じゃ言えねえけどあの子『
声を潜めて誠一は、そう最後の確認を取る。
実際、誠一の言っていることは事実である。俺たちと同じというのは、『
すでに『
誠一が、健太のパートナーに最適と考えるのも、当然と言えば当然だ。
「ああ、沙姫さんの意思優先で」
「誠一、健くんは興味持たないって。あの子、可愛いけどオッパイ小さいから」
横から入る麻衣の言葉に、健太は噴き出した。口の中に何も飲食物が入ってなくてよかった。
「ゴッゴッゴッ! あ、いや、麻衣さん、そう言う問題じゃ……」
せき込みながら必死に言い訳する健太に、麻衣はちょっと驚いた顔でとどめを刺す。
「あーごめん。健くん隠してるっぽかったもんね。クラスの男子に比べれば、女子見る目は凄く遠慮してる感じで。でも視線止まるの大体胸じゃん。それも翠先生とか静香とか、大きい人限定で」
そっと静香の方を見ると、静香は小さく苦笑している。健太自身は、出来るだけ視線を向けないように気を付けて、やむを得ずどうしても視界に入ってしまう時だけ「役得」として楽しんでいたつもりだったのが、どうやら女子から見れば、しっかりばれていたらしい。
「はいはい、健太はそういう趣味か。なら、しゃあないな」
「静香は俺のだ」
「はい」
ケラケラ笑う誠一と、真顔で忠告してくる叶馬に、健太はもう恥ずかしさと恐怖でパニック一歩手前だ。
叶馬から所有宣言をされた静香は、その言葉をかみしめるように、ウットリと目を細めている。
幸い、叶馬の言葉は警告というより、ただの所有宣言だったらしく、その件についてこの場ではそれ以上の言及はない。
代わりに、叶馬はもっと健太を追い詰める言葉を発する。
「しかし、そんなにえり好みをして、健太には倶楽部メンバーの当てはあるのか? 六月の倶楽部対抗戦までに最低九人だぞ」
「…………ん?」
ごく当たり前のように、最初の倶楽部対抗戦をタイムリミットのように言う叶馬に、健太は悪寒に襲われながら、確認する。
「ええと、叶馬? 俺は、倶楽部を作りたいとは言ったけど、いつまでとは特に……」
「倶楽部対抗戦で、お前と戦えることを楽しみにしている。もし、無理そうなら、いつでも言ってくれ。その時まで、俺の倶楽部にお前の席は開けておく」
「…………」
今の叶馬の言葉を翻訳すると、次の通りになる。「倶楽部対抗戦ではお前と大将戦をヤるぞ。だから、六月の倶楽部対抗戦までにお前の倶楽部を作れ。それが無理なら、俺の倶楽部に入れ。ギリギリまで倶楽部の席は開けておく」
もう、見事なまでに、何から何まで全部ろくでもない。
健太としては一年の間に出来れば御の字ぐらいに考えていたのに、六月の倶楽部対抗戦までという、決して長いとは言えないタイムリミットをつけられてしまった。
それが無理なら、健太も叶馬の倶楽部に入れられてしまう。
しかも、それまで叶馬の倶楽部は、健太の席として一枠開けておくのだという。
パニック状態の健太は、『
(これは、本当のタイムリミットは六月の倶楽部対抗戦じゃない。原作で、Fランク中最後の部員になる
健太は記憶を探る。乙葉は、叶馬が設立する倶楽部『
設立したての倶楽部は必ずFランクで、Fランクの上限は二十人。それに対し、『
乙葉は、設立後入部する最初にしてFランク時代で言えば、最後の部員だ。
(六月の倶楽部対抗戦で、乙葉は『神匠騎士団』の代表メンバーだ。つまり、最低でも六月の倶楽部対抗戦までには、入部している)
乙葉は、後に叶馬達の拠点となる『
(つまり最悪でも六月の倶楽部対抗戦までに、可能なら叶馬が『神匠騎士団』を設立した直後ぐらいまでに俺も倶楽部を作らなければならんのか)
それは、かなりきつい。『
しかも、叶馬は倶楽部対抗戦で、健太とやることを頼みにしているらしい。健太の倶楽部が予選を勝ち抜いて決勝トーナメントに進出できるとは思えないし、万が一進出出来たとしても、『神匠騎士団』とぶつかる可能性は、相当低い。
だが、ゼロではない。ゼロではない以上、ダンジョンダイブでのレベルアップもサボるわけにはいかない。
下手な力量で叶馬と一騎打ちなどしたら、健太が闘技場のシミになってしまう。
(前途多難だな)
観念した健太は、
「分かった。どうにか間に合わせよう」
「うむ」
嬉しそうに頷く叶馬に、最悪の言質を与えるのだった。
話し合いが終われば、叶馬と誠一は、沙姫が待っている静香と麻衣の部屋に向かう。
静香と麻衣は、一旦学食に避難だ。麻衣はともかく、『
同時に、健太も白鶴荘を後にする。
紆余曲折はあったが、どうにか原作から大きく外れることは避けられたようだ。
白鶴荘の玄関を出て、ホッと安堵の息を漏らした健太は、入り口を出てすぐのところで、見知った顔を見つける。
「お疲れ様、健太君。その様子だと、話し合いは君にとって満足いく形になったみたいね。おめでとう」
そう言って笑顔で距離を詰めてきたのは、健太が白鶴荘に来るとき、伝言役を頼んだ白鶴荘の二年生寮生、
「え、は、はい。まあ、何とか。これも、蘭先輩のおかげです。ありがとうございました」
蘭が伝言役を忠実にこなしてくれなければ、こうはならなかったのだから、あながちその言葉は嘘でもない。
真面目にお礼を言う健太に、蘭は嬉しそうに笑いながら、
「どういたしまして。これで、『モンスターカード』はキミの物になったのかな?」
と、カマをかけて来る。
「……え?」
『
「アハハ、やっぱり『モンスターカード」だったんだ。清算の済んでないドロップアイテムって。私の勘もそう捨てた物じゃないわね」
全く大外れなのだが、すっかり気を良くした蘭は、もはやその豊かな胸元が健太の胸板に触れる寸前まで距離を詰めて言う。
「健太くん、その『モンスターカード』。私に売ってくれない? お礼は、十分にするわ。もちろん、ある程度交渉にも応じるつもりよ」
健太は、蘭の勢いに気おされながらも、どうにか頭を巡らせる。
(そうか。確かに、これだけ急いで話をつけようとしたドロップアイテムとなると、一年なら運よくドロップした『モンスターカード』というのが、一番納得の線になるのか)
実際に健太が持ち込んだドロップ相手は、沙姫の『
そのうちの一枚を売れば、良いだけだ。
今のところ健太は、『銭』に困っているわけではないが、あって困るものでもない。
「分かりました。それなら、蘭先輩に売ってもいいです。でも、今は持ってきていなくて」
これは、さほど不自然な、言い訳ではない。
実際、蘭はそれを、不自然とは取らなかった。
「用心深いのね。それなら、明日でどうかしら? 明日は日曜だし。場所は私の部屋。時間は何時が都合が良い?」
明日、叶馬達は、沙姫を連れてダンジョンダイブをする予定になっている。健太も「お前も付き合え」と言われている。今回、色々と怪しいところを見逃してもらった健太としては、断り切れなかったため、明日の午後は埋まっている。
だが、午前は自己都合で、ソロのダンジョンダイブを行うつもりだった。
だから、
「明日ですか。明日はちょっと午前も午後も予定が入っていて。夕食の後でよろしければ」
と、言ったときには正直、自分の言葉が何を意味するのか、全く理解していなかった。
話し合いの時間を、夕食の後――夜を指定する。先に場所は、相手の女性の部屋と決まっているのに。
これはもう、豊葦原学園でなくとも、下心を全く隠していない提案と言われても、否定はできない。
そんな健太の言葉を、蘭は一瞬驚いたように目を見開いた後、心底嬉しそうに媚びた笑みを浮かべる。
「健太君からそう言ってくれるなら話は早いわね。じゃあ夕食の後ね。私はお風呂に入った方が良い? それとも入らない方が良い? 健太君の趣味に合わせるわ」
そこまで言われれば、自分が何を言ったのか、相手が何を言っているのか、理解できないほど、健太もこの学園の流儀を知らないわけではない。
支払は『銭』ではない。蘭の体だ。
すみません。そんなつもりじゃありませんでした。と、今更言うのは、豊葦原学園の女子に対しては、かえって失礼だろう。そんな考えに至ったのは、間違いなく視界に映る蘭の豊かな胸元の影響があった。
「え? ……あ、ああ! 違っ! いや……うん……は、はい」
健太は、緊張が欠片も隠せていない、たどたどしい口調で、了承の意を示した。