本日二度目のダンジョンダイブを無事終えた後、学食で『沙姫ちゃん加入歓迎会』を行うとのことで、一旦
ある意味、今まで一番の難所である。なにせこれだけは、『
そこまで思いついた時、健太はふと考える。
「待てよ? ということは、今後のことを考えると俺も万が一の為に、最低限は『
もし、女子とダンジョンダイブをして、その女子が『発情』系のバッドステータスにかかったら、一番手っ取り早い手段はセックスをしてやることだ。原作で、『
「いや、でも俺の場合『
『
『発情』系のバッドステータスを受けたのが、
「わ、私、体が熱いの。どうにか、して」
「分かった。はい、『
豊葦原学園の常識で言えば、ギャン泣きされてもおかしくない対応である。
ともあれ、現状パートナーのいない
自室に戻ってきた健太は、今夜の為に持っていくものを確認する。昨晩、部屋に戻った時点で全部カバンに詰めたつもりだが、万が一ということがある。
「替えの下着、ある。歯磨きセット、ある。マウスウォッシュ、ある。使い捨てフェイスタオル、ある。タオル多数、ある。ボックスティッシュ、ある……」
もはや、泊まり込む気満々な中身だが、これもまあ童貞の暴走と思えば、情状酌量の余地はある。
大なり小なり、ダンジョンダイブで誰もが精力が増強されている豊葦原学園では、寮の部屋まで招かれたケースでは、そのまま泊まり込みになる確率が圧倒的に多いのだ。悪い意味で慣れた男ならば、着の身着のままで来るし、良い意味で慣れた男なら、最初から彼女の部屋に私物一式がそろっている。
ちなみに、
そうしていると、ガチャリと入り口の扉が開かれる。ノックせずこの部屋に入ってくるのは、健太以外には一人しかいない。
予想通り、それはすっかり見慣れたルームメイト――
「あ、健太。まだいたんだ」
「あ、ああ。今出るとこ」
尚典の笑顔に、健太は少し動揺しながら、答えた。尚典には、昨晩のうちに「明日は他所に泊まることになると思う」と伝えてある。この学園で、寮の自室以外で一夜を明かす、というのが何を意味するか分からないほど、尚典も馬鹿ではない。
尚典は、ちょっと驚いた後、「そっか、おめでとう」と言ってくれた。
今更ながら、仲の良いルームメイトに「俺、今晩ヤりに行きます」と宣言するのは、なんとも気恥ずかしいものがある。宣言どころか、叶馬と誠一のように、お互いのセックスを見せあうぐらい、この学園では普通だし、女を交換したりして、乱交になるのが一番一般的なのだが、現状健太には受け入れられそうにない。
そうした価値観も、この学園での生活が続けば、だんだん変わっていくのだろうか?
「それじゃ、俺は出るから」
「うん、行ってらっしゃい」
そんなことを頭の片隅で考えながら、健太は碧鷺荘の自室を後にした。
「それじゃ、姫ちゃんの無事初陣を祝って、かんぱーい」
「「「かんぱい!」」」
学食の一角で、叶馬パーティーは恒例の打ち上げを行っていた。
健太が参加するのは、これが二回目だ。前回は、健太と一緒のダンジョンダイブ成功を祝って、今回は沙姫の初めてのダンジョンダイブ成功を祝って、という名目だ。
「ありがとうございます、皆さん。ありがとうございます、旦那様、静香姉様」
本日の主役である沙姫は、嬉しそうに礼を言う。最初の礼は、この場を開いてくれた事に対して。二度目の礼は、今もしきりに手で触れている、腰に下げた刀に対して、だ。
ダンジョンダイブ後から、この夕食を兼ねた打ち上げの間に、叶馬と静香は購買で沙姫のために刀を購入していた。今回のダイブで得た『
「沙姫が喜んでくれるなら、何よりです。ねえ、叶馬さん」
「……うむ」
叶馬の無表情はいつも通りだが、返事はいつもより一拍遅れる。この期に及んで叶馬も、自分を縛る借金の鎖を自ら強化してしまった事実にやっと気づいたようだ。とはいえ、先に気づいていたとしても、このタイミングで沙姫に刀を買ってやるのは変わらなかっただろうが。
「しかし、姫ちんはマジで強えな。すでに、正面から俺負けるかも」
誠一のその言葉は流石にちょっと大げさだが、今日一日で沙姫は、長足の進化を遂げたのは間違いない。
後半は、五匹程度のゴブリンならば、一人で殲滅出るようになっていた。流石にまだ、スタミナや囲まれた時の対処法などに問題があるため、それ以上の数が相手では危ういが。それでも、まだ第一段階職のやっと二桁になった程度の者が、ゴブリンとはいえレベル20のモンスターを五匹程度同時に相手取ることができるというのは、尋常ではない。
「流石にまだ、誠一さんには勝てません。でも、今日は自分でも自分の剣技が深くなるのを実感できました。健太さんのおかげですね」
沙姫の言葉に、健太は口の中に入っていた鶏肉を飲み込んで首を横に振る。
「いや、ほとんど沙姫さんの力だよ。最初から複数のゴブリンを、あそこまで短時間で仕留めるんだから」
沙姫が言っているのは、健太がゴブリンをひきつけている間に、沙姫が仕留めるという、一種のパワーレベリングをやった時のことだ。
「いえ、あれのおかげでレベルアップだけでなく、動くものを斬る感覚が掴めてたんです。やっぱり、竹刀や木刀でし合うのとも、真剣で巻き藁を斬るのとも、違いますね。少しずつですけど、感覚があってきました」
この短時間でその感覚が身につくのは、沙姫の天稟がずぬけている証拠だ。
沙姫の
『剣士』は『戦士』より力で劣る代わりに速度で勝る職だ。武器なら何でもござれの『戦士』と違い、武器は剣関係に限られるが、その斬撃は鋭い。
叶馬パーティーは現状、沙姫以外皆第二段階職だが、第一段階職の沙姫がそれなりについて行けるようになっているのが異常なのだ。
それは、剣による斬撃に限れば第二段階職に匹敵する攻撃力を誇る『剣士』であること。防御力の低さは、素早さと巧みな脚運びでそもそも攻撃を食らわないから表面化しないからだろう。
「本当にすごいね、沙姫さんは。ただ、どう頑張っても沙姫さんは第一段階職だから、現状の打たれ強さは下手をすれば、静香さん以下だからその辺りは注意した方が良いと思う」
「はい。ご助言ありがとうございます」
オタクの
「打たれ強さというか、防御力は健太さんが凄いですよね。健太さんが前で防いでくださってると、安心して攻撃できます」
「何度もいうけど、本当にすごいのは沙姫さんだよ、それも。本来、俺と沙姫さんって相性悪いはずなんだ」
これは、健太の言う通りだ。健太はべったり足を止めて、相手を引き付けることで味方を守るタイプのタンクのスタイルを取っている。
それに対し、沙姫はショートソードで斬りかかる攻撃だ。いくら健太が相手を受け止めて隙を作っても、普通はお互いの体が邪魔になって、即座に攻撃をすることは難しい。沙姫はその辺りの、判断と身のこなしが抜群にうまく、速い。
沙姫はもっと自由に正面から攻撃をして、危ない時だけ防御を差し込んでくるタイプの守備役が合っている。
「それでは、健太さんと相性が良いのは誰なんですか?」
首を傾げる沙姫に、健太は素直に答える。
「一番はダントツで麻衣さん。大きく離れて次点が誠一。その次が静香さん、かな。このパーティーだと」
「えへへ、どうしよう誠一。健くんに口説かれちゃった。「おいお前、俺と相性良いじゃねえか」だって」
「ちょっ、シャレにならない冗談はやめてくれ!」
ここで焦るから、麻衣が調子に乗るんだということは、頭で分かっていても言動がついて行かない。つい、ゲームのキャラの性能から相性を比較するような感覚で、ベラベラと喋ってしまったことを後悔する健太である。
「こら麻衣、あんまり健太をからかうな。次から臨時パーティー断られたら、お前のせいだからな」
誠一の助け舟に、健太はあからさまにホッとする。
「えー、そんなことしないよね? 健くん?」
「いや、こっちだって予定はあるから、断ることも普通にあるよ」
ついでに次の言質を取ろうとする麻衣に、健太はどうにか踏ん張ってそう答える。
「しかし、麻衣、誠一、静香の名前があったが、俺の名前がないぞ?」
これまでずっと黙って聞いていた叶馬の言葉に健太は、
「叶馬は論外。タンクを一撃死可能な攻撃力があって、今一照準が甘い奴と組みたいタンクはいない」
「……不当評価だ。断固抗議する」
叶馬の自己評価に、静香も含めて同意する人間は、この場に一人もいなかった。
その後、健太は「購買に用があるから」と言って、叶馬達と別れた。用があるというのは、もちろんただの嘘だ。沙姫は
もし、気づかなかったら、お泊りセットの入ったバッグをもって打ち上げに合流し、叶馬達と一緒に白鶴荘に向かうことになるところだった。
そもそも、打ち上げにお泊りセットの入ったバッグを持って参加すること自体が怪しすぎる。麻衣あたりが突っ込まないはずがない。直前にそれに気づいた健太は、お泊りセットの入ったバッグを、一旦ダンジョンダイブ用の個人ロッカーに仕舞い、打ち上げに参加していたのである。
叶馬達と別れた健太は、再びロッカーに向い、お泊りセットの入ったバッグを持ち、時間つぶしとアリバイ作りを兼ねて、購買を訪れる。
豊葦原学園の購買は、ちょっとしたスーパー、もしくは小さめのショッピングモールだ。日用品から衣類、寝具、飲食物まで拘らなければ、ここだけですべてそろう。
特に目的もなく、購買をうろついていた健太はふと原作での泊まり込みセックスの描写を思い出し、小さめの洗面器を購入する。
男子寮に泊まった女子、女子寮に泊まった男子は、翌朝早くに起きて、登校前に自分の寮に戻ることが叶わなければ、一晩セックスした体でそのまま、登校する羽目になるという描写を思い出したのだ。
考えてみれば当然だろう。いくら何でも女子寮で、男にシャワールームは使わせてもらえないし、男子寮のシャワールームに女子を入れたりしたら、連れてきた男子がよほどの強者でない限り、輪姦パーティーの始まりである。
買い物をおえた健太は、学園の洗面所で今一度歯磨き、ブレスケアを済ませ、顔を使い捨てのフェイスタオルで拭う。そんなことをしていると、体も気になって来る。打ち上げでちょっと汗をかいてしまったかもしれない。あの人に、「汗臭い」と思われはしないだろうか? そんな不安を抱く。
そうして、もう叶馬達はとっくに部屋に戻っただろうと、確信できるくらいに時間がたったところで、学園を出た。
「話は通しておくから、普通に入れるわよ」
そんな
「あ、やっと来た」
そんな健太に、白鶴荘の玄関でいきなり声をかけてきたのは、他でもない。健太の今日の『取引相手』である蘭だ。この様子からすると、随分前から玄関で待っていてくれたのだろうか。正確な時間は決めていなかったが、遅刻してしまったようで、健太は焦りを覚える。
すでに入浴を済ませているからだろう、蘭は以前に見た制服姿ではない。青みがかった灰色の寝間着のようなものを着ている。胸のところは、比較的大きく開いており、その特大の胸の谷間が見える。
「フフ」
いつもの癖で反射的に視線を逸らした健太だったが、蘭はそれを気にするどころか、その胸の谷間に挟み込むように健太の腕を取る。
「ちょっ、蘭先輩?」
男子のほぼ平均身長な健太に対し、蘭はその胸ほどではないが、身長も女子としては高めだ。だから、腕を取られるとドキッとするほど彼女の顔が、健太の顔の近くにある。
「さあ、上がって。夕食は取ってきたのよね? それなら、真っすぐ私の部屋で良いかしら?」
健太の腕を深い胸の谷間に取り、頭髪が少し健太の首に触れるくらいに近づき、愛想よく笑うその姿は、ごくごく普通な豊葦原学園の女子生徒だ。
「は、はい」
その証拠に、廊下、階段、また廊下と歩く途中、何人かの寮生とすれ違ったが、誰も特に驚いた顔はしていない。中に一人、ちょっと目を瞠って、口をパクパクさせていた女子がいたが、その時は蘭もウィンクを返していた。
ちなみに、後で聞いた話では、その女子は口パクで「上手くやりなさいよ」と言っていたらしい。
蘭の部屋は、白鶴荘の二階にあった。一度だけ入った静香と麻衣の二人部屋と、間取りは全く同じだ。ベッドが二つ、椅子と机が二つ。それだけで部屋のほとんどを占めており、床面積はとても狭い。
蘭は、綺麗に整えられている、ベッドに健太を引っ張り込むようにして、座らせる。ほぼ同時に、自分もその隣に座る。お互いの足と足が触れ合うくらいの距離だ。
「フフフ、結構緊張してる?」
「それは、まあ、はい」
どう考えても、虚勢の張りようがない自分の体たらくを自覚している健太は、素直にそう答える。
「アハハ、ごめんね、笑っちゃって。でも嬉しくて。もう入学して半月はたったんだから、そろそろ一年生も普通の学園の男子になって来てるから」
それは、褒められているのか、馬鹿にされているのか。ひとまず、舐められていることは間違いない。それを、頭の片隅で理解している健太だが、だからといって別段怒りも、不快感も覚えない。それは、右腕を包む柔らかいぬくもりや、鼻孔をくすぐる心地よい香りより優先するものではなかった。