第二話 ファーストダイブ、ボッチダイブ
翌日。一年
全員制服姿で、利き手に片手持ちの警棒、逆の手に特殊プラスチック製の片手盾を持っている。
当たり前だが、ほぼ全員の顔が強張っている。無理もあるまい。これから、初めてのダンジョンダイブが待っているのだ。
『
その外見を簡単に説明すれば、地下の大空洞に建てられてた、朱い神社と言えるだろう。鋭角に尖った屋根。その屋根を支える柱。そして、いくつも並ぶ鳥居。そのいずれもが朱色をしている。
だだし、『羅城門』は、神社というには、あまりにも薄っぺらい。それは、神社ではなく門なのだ。
この世界と、異なる世界『ダンジョン』を繋ぐ門。ダンジョンに繋がる
今日使われるのは、
担任の
新入生が送り込まれている
生きていれば記憶を失うことなく戻ってくることができるし、その際ダンジョン内で負っていた傷は綺麗さっぱりなくなる。ただし、記憶が失われない以上、精神の傷とも言うべき苦痛の記憶もそのままなので、そこは注意が必要らしい。
「…………」
健太は、クラスメイト達が次々と消えていくのを、どこか他人事のように見ていた。
発動した『始界門』は、柱と柱の間の空間をゆがませ、その柱の間に立っていた人間を異空間――ダンジョンへと送り込んでいく。
ほとんどは、三人から五人くらいのパーティーだ。男女混合のパーティーが多いが、男だけ、女だけのパーティーもある。健太のようなソロはほとんどいない。
健太は、昨晩寮の自室で、ルームメイトの
「え? 健太のクラスは明日なの? しかも、パーティー組まないで一人って、それ本当に大丈夫?」
その大きな目をさらに大きく開かせ、本気で心配してくれた
だから、健太も尚典を安心させるように答えた。
「大丈夫だよ、どのみちソロだろうと五人パーティーだろうと、ファーストダイブは百パー死に戻りらしいし。せっかく一年で一番最初にダイブできるんだし、終わったら感想教えるよ。まあ、ダンジョン内のことは忘れてるんだろうけど」
そんな健太の強がりが丸見えな言葉に、「分かった。期待してる」と笑ってくれた尚典は、本当に良い奴だ。
尚典のクラスのファーストダイブは五日後らしいが、すでに尚典はクラスメイトとパーティーを組む約束を取り付けているらしい。意外と社交的だ。
見た目はともかく性根は、自分と同類の陰キャオタクだと思っていたのだが、少し考えを改めるべきかもしれない。
そんなことを思い返している間に、健太の番がやってくる。
「貴方は一人ですか?」
「はい、
その容姿同様、綺麗な澄んだ声で確認する担任教師の言葉に、健太は落ち着いた声で、そう返事を返す。
あまりにも落ち着いている健太の様子に、少し違和感を覚えた
「分かりました。では、その二重円の中心に立ってください。円の中にいる人は、通常同じ場所に移動します。稀にはぐれることもあるので、複数人で一緒に行くときは、体を一部接触させておくことが推奨されます」
「はい」
と健太が言葉を返した次の瞬間、空間が歪む。
「ごめんなさい……」
美しい顔を悲しみの表情で彩った翠の謝罪の言葉が、健太の耳に辛うじて届いた。
よくわからない文字列が、健太の視界内を埋め尽くしている。
アルファベット。古代ラテン文字。漢文。古代中国文字。和文らしき文字。アブジャド。インド数字。ギリシャ数字。
原作で
特に、アルファベットの羅列の一文は明確に読めていた。
――汝この門を潜る者一生を破棄せよ――
と、書かれているらしい。意外と、叶馬は頭が良いのかもしれない。健太にはさっぱりだ。
それらの文字が消え、視界全てがひっくり返ったような不快感と酩酊感に襲われた、次の瞬間。
「ギイ?」
健太の鼻先一メートルもない至近距離で、直立する小さな醜い生き物が首を傾げていた。
「はっ!」
短い気合の声と共に、健太は無造作に『黒い皮手袋』を嵌めた右手に持つ警棒を振り下ろす。
バンと水音をたて、醜い生き物の頭部が爆ぜた。頭部を失った死体は崩れ落ちると同時に、陽炎のように揺らぎ、消え去る。あとにはビー玉ほどの小さな水晶だけが残された。
その現象が終わるより早く、健太は視界の両端に、同じ小さな醜い生き物がいることを視認する。
健太から見て右手側が近く、左手側が遠い。だが、健太は迷うことなく、遠い左手側の醜い生き物へと駆け寄る。
理由は簡単。右手側の醜い生き物は、武器らしきこん棒を床に放り出して座り込んでいるのに対し、左手側の醜い生き物は短い槍と粗末な盾を持って、立っていたからだ。左手側が圧倒的に脅威度が高い。
「ギャア!?」
あまり頭は良くないのか、明らかにまだ状況を理解していない槍持ちの醜い生き物に駆け寄った健太は、先ほど同様勢いよく警棒を振り下ろす。
槍持ちの醜い生き物は、とっさに盾を持つ腕を頭上に掲げて身を守ろうとしたが、あまり意味はなかった。
健太の振り下ろした警棒は、粗末な盾ごと、醜い生き物の左腕を粉砕したのだ。
「ヒギィ!」
たまらず右手に持つ槍を落として、悲鳴を上げる片腕の醜い生き物に、すかさず健太は二撃目をお見舞いする。
警棒で頭を潰された醜い生き物は、一匹目同様陽炎のように揺らいで消えていった。残るは一匹。
「グギャ」
最後の一匹は、逃走を試みていた。武器らしきこん棒を拾い上げもせず、がに股でヒタヒタと走っている。体が小さい分足が短く、また走り方が不格好なこともあり、そこまで速くはない。
案の定、醜い生き物の逃亡は成功しなかった。
「ふん!」
あっという間に追いついた健太は、三匹目の醜い生き物の後頭部を、警棒で粉砕した。
「ギッ……!」
逃亡中に背後から致命傷を受けた醜い生き物は、惰性で数歩進んだ後、床にうつ伏せに倒れ、陽炎となって消えた。
「…………………ひとまずは、大丈夫そうか。いきなりゴブリン三匹と鉢合わせとは、運がよかったな」
しばらく警戒を続けた後、そう言葉を漏らした健太は、少し自分に力を抜くことを許した。あたりには透明な石――クリスタルが三つ転がっている。
三匹の小さな醜い生き物――ゴブリンとの戦いに勝利した健太は、改めて周囲を見渡す。
健太が今いる場所は、薄暗い通路だ。床、壁、天井。その全てが石造りに見える。天井はそれなりに高いが、通路の横幅は狭い。ゴブリンとの戦闘に支障がないくらいには明るいのだが、通路の奥が見渡せるほどの明るさではない。
ひとまず健太は、通路の壁に背中をつけ、出来るだけ全体が視野に入る様にして、呼吸を整える。
「いくら心構えが出来ていても、体は万年帰宅部の俺の体に過ぎないからな。レベル上げも大事だけど、体そのものも鍛えた方が良いか」
冷静に自分の戦力を分析し、健太はそう呟く。慣れない運動で乱れていた呼吸は、すぐに収まる。
これは異常なことだ。初めてのダンジョンに一人でいるだけでも、普通呼吸、心拍数は乱れる。ましてや、戦闘を終えた直後なのだ。今は消え失せているが、低いとはいえ知性を感じさせる二足歩行の生き物の頭部が爆ぜるところを何度も見ただけでも、精神が簡単に落ち着くはずがない。
「今のところ、もらったチート能力とアイテムは良い仕事してるな。これなら結構希望があるか」
そう呟く言葉も、冷静そのものだ。
言うまでもなく、本来の健太にそんな強メンタルがあるはずがない。
これが、健太が貰った三つのチート能力の一つ『
その効果は、「戦闘に最適な精神状態の維持」。ただこれだけである。だが、健太のような一般人の中でもヘタレに分類される人間が、命の取り合いに挑むには、必要不可欠な能力だ。
適度に集中して、適度にリラックスして、適度に緊張している状態。『
健太は、ダンジョンに入る前から『
だが、用心してダンジョンダイブ前からオンにしておいたのは、結果として大正解だった。
おかげで、ゴブリン三匹のど真ん中にダイブしたのに、驚きに硬直するゴブリン達に一方的な先制攻撃を食らわせることが出来たのだから。『
ゴブリンより早く攻撃に移れたのは『
健太が両手に嵌めている黒い革製の手袋、その名も『
その性能は「この手袋をはめた手で持った武器は、武器本来の威力、使用者の能力に影響を受けず、一定の威力となる」
ひのきの棒だろうが、エクスカリバーだろうが同じ威力。初心者がへっぴり腰で振り下ろそうが、熟練者がお手本のような技術で振り下ろそうが同じ威力。そういうことだ。
その威力は、ゴブリンを一撃で粉砕できるくらいにはあったようだ。
もし『
健太は、ふと思いついたようにその場で小さく跳躍を試みる。
膝はほとんど使わず、足首だけでの跳躍。健太の感覚では、地面から五センチも跳び上がらないはずなのだが、実際には十センチ以上、下手をするとニ十センチ以上跳んでいた。
明らかに身体能力が向上している。
「レベルアップしているな。原作の知識と照らし合わせると、今の俺は多分『ノービス6』くらいか?」
この世界にはレベルと職とスキルが存在する。
原作では、ゴブリンを百匹倒せばおおよそ『ノービス10』になると書かれていた。このゴブリンというのは、ダンジョンの一階をうろついているレベル1のゴブリンのことだ。
ゴブリンの種族レベルは1から始まり、20が限界になっている。
今さっき健太が倒したゴブリンは、三匹とも種族上限の20であるはずだ。
これは、新入生のファーストダイブは、瘴気濃度の濃い『
瘴気濃度の濃さはそのまま、そこに生息するモンスターのレベルに直結する。それでも、種族上限を超えることはないから、先ほどのゴブリンはレベル20と考えるのが無難。レベル20のゴブリンは、そのままレベル1のゴブリン20匹分と考えて良い。
レベル1のゴブリン20匹に匹敵する強さで、倒せばゴブリン20匹分の経験が得られるということだ。
だから、今の健太はレベル1ゴブリンに換算すれば、すでに60匹倒した計算になる。
百匹倒せばノービス10になれるのだから、現状の健太はレベル6か。こういうのは通常、レベルが上がれば上がるほど必要経験値が上がっていくことが多いので、そのケースだと、すでにノービス7か8くらいになっていてもおかしくはない。
「低く見積もって今の俺は、ノービス6と思っておくか。レベル20のゴブリン相手でも『
転移した場所でモンスターと鉢合わせというのは、普通の生徒にとっては悪夢以外の何物でもないのだろうが、『
いきなり目の前に人間がやってきたらモンスターとて、即応は難しい。ゴブリンのようなある程度知能のあるモンスターならば驚き、戸惑う。その隙を突いたからこそ、無傷でレベル20のゴブリン三匹を殲滅できたのだ。正面勝負よりはるかに分が良い。
おかげで、今の健太は無傷のまま、ノービス6(推定)までレベルアップに成功した。今の健太ならば、レベル20ゴブリンを正面から相手にしても、そうそう後れを取らないだろう。無論、『
「一か所に立ち止まっていると、『
そう呟いて、健太はゆっくりと歩きだす。
『
その正体は『