その日の昼。
食事の前の授業が、一年丙組全体の『戦闘訓練実習』で近くにいた関係上、離脱に失敗したのである。
全員体操着に着替え、グラウンドに集合し、体術訓練教師が一人を選び、自分の相手をさせる。いわば「生贄」を選ぶのだ。どの教室でもやっている初日のお決まりの流れらしい。
その体術訓練教師は、叶馬を指名した。つまり、「生贄」として自分を捧げたのである。聖職者の鏡とも言うべき、自己犠牲精神と言えるだろう。
目つぶし、腕折り、足払い、転んだところを腹部にヤクザキック連発、グジャグジャに泣き喚く体術訓練教師の上に馬乗りになり、ジャージの上で相手の頭部を梱包、完全に反応がなくなるまで、馬乗り状態で頭部に掌底を叩き込み続けた。
叶馬の勝利である。
ちなみにこの体術訓練教師、真っすぐ保健療養棟室送りとなった。大概の外傷はポーションで完治するこの学園で保健療養棟送りというのは、メンタルのダメージが深刻なケースが大半で、多くは二度と復帰できない。
「その体術教師、うちの教室の男子も、泣くまでボロボロにやられたんですよ」
この場にいる唯一別クラスの沙姫が、モリモリと定食のご飯を食べながら、そう言って眉をしかめる。
「まあ、次の犠牲者は出ねえから、それは安心だ。最後の犠牲者はその体術教師本人だからな……」
げっそりとした顔で、誠一はそう言う。
「陰惨な見世物だったね……」
日頃は、弱っている誠一をからかうことが多い麻衣だが、今の麻衣はからかう余裕がないくらいに弱っている。
「見世物と言うか、最後まで見てたの健太くらいだったと思うぞ」
と、誠一に水を向けられた健太は、ちょっと困って言い訳をする。
「まあ、教師が「遠慮はいらん」と言った時点で、覚悟は決めていたからな」
正確に言えば、その時点で健太は『
「尋常な勝負である以上、手を抜くのは失礼にあたる」
横から静香が差し出すサンドイッチをパクパク食べながら、叶馬はうんうんと頷く。
「勝負じゃなくて、最初に手本を見せたかったんじゃないかな、教師は」
「叶馬くんに喧嘩を売るとどうなるかの良い見本にはなったよね」
健太の言葉に、少し調子を取り戻した麻衣がそう返す。
その後、叶馬が体術訓練教師を半殺しにした戦闘方法や、『無拍子』と呼んでいる必殺パンチをどうやって身に着けたか、という話になる。
叶馬はそうした技はすべてネットで習得している。ネット知識を自分なりに解釈して、反復練習と試行錯誤でより良い練習方法を確立し、最終的には自分なりの答えを出す。
ネットで得た知識を、一人で黙々と練習して自分のモノにする。こう表現すると、本人の言う「俺はインドア派」という言葉もあながち根拠がないわけではない。だからと言って誰も叶馬がインドア派だとは認めないだろうが。
一般的なインドア派は山でイノシシや熊を捕食した経験はない。
「にしても、トレーニングか。やっぱ俺も、短剣術の講義を取った方が良いか? 正直、
根は真面目な、誠一は今更ながら悩む。豊葦原学園の選択制科目は、とてつもない数の科目から一定数を任意で選ぶ形になっている。しかも、「やっぱりこれは自分に向いてない」と思えば途中から別な科目に切り替えることも可能だ。
現状、パーティー唯一の『
『盗賊』のクラスを得られれば、講義を受けなくとも、『鍵開け』や『忍び足』は感覚で使えるが、だからと言って講義を受ける必要がないかと言えば、そんなことはない。スキル頼りの感覚だけでやるより、ちゃんと理論立てた講義を履修したほうが成功率は上がるのだ。
誠一のついている『
文句を垂れながら、その役割を果たす前提で、自分の履修科目を選択するあたりが、誠一の真面目さなのだろう。
「誠一が取るんなら私もやろうかな、短剣術。こう、魔法使いながら短剣も使ったら格好良くない?」
楽しそうに言う麻衣に、武器術の講義がどのようなものか知っている健太は、黙っていられてない。
「やめた方が良い。女子がさして必要もないのに格闘、武器術系の講義に出るのは。今日、叶馬にやられた教師は特に評判悪いけど、他の教師も大同小異だから」
『盾術』と『片手剣術』。本来の時間軸ではその二つの武器術を受講している健太は、女子の受講者がよく『補講』として居残りを命じられているのを、何度も見ている。今回の体術教師ほどではないが、短剣術の講師もかなり質が悪い人間だ。それでいて、指導の腕は良いのがまた厄介なのだが。
「うわ、最悪っ、やっぱやめた。術士に武器術は必要ないよね」
「あって悪いことはねえが、優先順位は低いわな」
「静香、沙姫。お前達には必要ない」
「はい、叶馬さん」
「分かりました」
叶馬達の会話に、健太はほっと胸をなでおろす。本人が自覚している叶馬はもちろんだが、誠一も自分の女に対する独占欲と庇護欲は相当なものだ。万が一にでも、彼女たちが教師の餌食になったりしたら、なにが起こるかは分からないが、ろくでもないことが起こることだけは確かだ。
「しかし、健太は同時に二つの武器術を受講してるんだろ? よく体力続くな」
「正直しんどいよ。ただ、叶馬じゃないけど、俺は本当に才能がないからね。それに、学園に入学するまで、戦闘経験もゼロなんだ。とにかく、基礎を積み重ねていかないと、すぐに学園生活が詰むから」
「へえ」
健太の言葉に、誠一は胡乱げな目をするものの、何か言うことはなかった。
誠一は、健太が戦っているところを見ている。対ゴブリンの盾さばきも、剣さばきも、かなり板についたものだった。自分自身、幼少の頃から色々な訓練を受けさせられてきた誠一には分かる。あれは、何十時間、下手をすれば百時間以上、武器を振ってきた人間の太刀筋だ。少なくとも、まだ半月もたっていない学園の講義だけで身につく動きではない。
それに、入学するまで戦闘経験がゼロなのだとしたら、健太は戦闘経験ゼロで、ファーストダイブを生き延びたことになる。
とてもではないが、信じられるものではなかった。
その日の午後、健太は初めて試みを行っていた。
具体的に言えば、『
もちろん、健太の目的は、臨時パーティーを組むことそのものではない。自分の倶楽部のメンバーとなる人材を物色することだ。
健太の求める人材は、かなり独特だ。
まず第一に、健太が絶対に上を取れる相手である必要がある。これは、相手の才能にもよるが、あくまで相対的な話なので、健太の努力と心構え次第でどうにかなる条件である。
二つ目は、少なくとも現時点ではまだ、学園の流儀に染まっていない人間であること。これも、絶対条件である。通常の倶楽部では、所属する女は所属する男の共有物であることが大半なのだが、健太はこれを受け入れられない。だから、倶楽部内ではスワッピングは禁止。正確に言えば、入部する女子は、全員倶楽部の誰かとパートナーになってもらい、パートナー登録していない人間との性行為は一切禁止にするつもりだ。
この辺りは、原作の『
だが、それは学園の常識にからは外れている。そんな不自由な、しかも一年が作るFランク倶楽部に入りたがる奴など、そうはいないだろう。
だからこそ、健太はこの『臨時広場』で、目当ての男子を物色していた。
『臨時広場』とは、その名の通り、臨時で、即席のパーティーを組もうとしている一年が集まる場所だ。それぞれ、自分のクラスを告げ、相手に望む条件を提示し、条件が合ったらパーティーを組んでダンジョンに向かう。
各教室でパーティーを組めなかった者達の場所なのである。教室内でパーティーが組めていない時点で、高い確率で落ちこぼれ候補か、生粋の異端者になる。
健太が狙っているのは、その前者。落ちこぼれの男子である。
原作で存在を示唆されていた、どうしてもダンジョンダイブに馴染めなくて、最後は『カウンセラー』送りにされて、別人のように『学園の男子』そのものになって帰ってくるという生徒。その、カウンセラー送りになる前の状態が理想だ。
四月もすでに半月が過ぎ、『即席広場』に来る人数も少しずつ減り、本当にダメな奴はいくら待っていても、どこからも声がかからなくなる。
「あいつと一緒だった前回は全滅した」「あいつと組んで全滅しなかったことはない」「辛うじて俺は生き延びたから覚えてるけど、あいつマジで使えねえ」その手の情報は、この『即席広場』に集まる者達の間に、あっという間に広まっていく。
そうした評判の悪い男子(女子は弱くてもトロくても『需要』はある)は、まず第一に服装で分かる。
ある程度ダンジョンダイブに成功していれば、そろそろ武装が、購買販売品でも一段格上のになっていたり、ダンジョンで手に入れた下級のマジックアイテムになったりしている。
一度も生還していない者は、そうした物を一切持っていない。制服だけを着て、一年生おすすめセットの武器をまだそのまま持っている。
そうした奴は、誰からも声をかけられず、誰かに声をかける勇気すら失って、でも一人でダイブくするのは怖いから、一縷の望みをかけてここに立っている。
しばらく探せば、その条件に当てはまりそうな者がいた。
「ちょっと良いか?」
すでに「
「あ、お、俺?」
盛大にどもりながら、そう答えたのは、背は健太と同じくらいだが、体重は健太より十キロくらい重そうな一年生男子だった。
『
何かを勘違いしたのか、助けを求めるようにキョロキョロするその一年生男子に、健太は告げる。
「ここにいるということは、臨時メンバー募集なんだろう? 俺で良かったら組まないか」
「え? え……ええ!?」
小太りな一年生男子は驚きの声を上げる。
まあ、無理もあるまい。健太自身意識していないが、健太の姿は左腕にダンジョン産のマジックアイテムである細長い方形盾(つい先ほど、匠工房で受け取ってきた)、腰には明らかに初心者装備とは一線を画する小剣。なにより、『
今まで見たことない顔であることもあり、この場にいた一年生達は、健太を『女子を物色に来たエリートコースの一年』と見なしていた。実際、女子のうちの何人かは、何とか健太に選ばれようと、モーションをかけようとしていたところだ。
「な、な、なんで俺?」
「ちょっと、一階入り口付近で確認したいことがあるんだ。外れてたら謝るが、お前、未生還組だろ?」
未生還組とは、これまで全てのダンジョンダイブで死に戻っている奴の蔑称だ。
「あ、う、うん」
今更、ごまかしようがないと思った小太り一年男子は、渋々そう認める。
「じゃあ、決まりだ。お前のダイブに俺も付き合わせてくれ。これでも、一年の中では強い方のつもりだ。結構な確率で、お前も生還させてやれると思うぞ」
瓢箪から駒とも言うべき、あまりに上手い話に小太り一年男子も、逆に猜疑心を掻き立てられる。
「い、良いけど、一階の入り口で何をするの?」
「『コボルトの耳』を納品する必要があるんだ。すでに物は貰ってるからちょっと焦ってる」
健太はそう言って、左腕に装着している方形盾を、右手で叩いた。ちなみにこれは、嘘ではない。健太の側から言い出したのだが、思ったよりはるかに良い出来の方形盾に、追加の銭を払おうとしても、『匠工房』のお人好しのお姉さんたちは受け取ってくれず、健太が粘った結果、「出来たらで良いけど」と言ってコボルトの耳が欲しいと言われたのである。
下級モンスターの体系アイテムは、清算でほとんど金にならないため、あまり拾ってきてもらえないらしく、職人としては「あると嬉しい」らしい。
同じ既知領域でも、奥に行けば行くほど、コボルトの数は減り、ゴブリンの数が増える。コボルトのドロップアイテムを狙うため、入り口付近にダイブしたいというのは、話の筋は通っている。
『学園の黒い噂』を聞いている小太りの一年男子は、健太の提案に飛びつく。
「わ、分かった。お願いするよ」
「よし、交渉成立だ。俺は、一年
「お、俺は一年
小太りの一年男子――来斗は、そう名乗った。
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『
健太と来斗が無事到着した、既知領域第一階層の入り口で待ち構えていたのは、探してたコボルトでも、探していないゴブリンでもなく、いかにもな格好をした上級生の男子数人だった。
「んだよ、男二人かよ」
「くそ、ハズレじゃねえか」
「ああ、もう適当に殺して次行くぞ、次。お前ら楽に死ねて運良いな」
派手に染めた髪に、お前はそれが格好いいと本当に思っているのか? と聞きたくなるくらいに刺々しく改造された制服。
その上から、一年から見れば明らかに『格が違う』と分かる武器を持った上級生男子。
言うまでもなく、一年生で遊ぶつもりだった、エンジョイ組の不良倶楽部だ。中には、男子をいたぶって殺すことを主目的とする歪んだ奴らもいるが、彼らの大半は初々しい一年生女子狙いだ。
だから、健太と来斗のような一年生男子だけというのは、確かにハズレなのである。
「ひ、ヒイイ……!」
悲鳴を上げ、顔から涙と鼻水と涎を垂らす来斗を見て、エンジョイ組の上級生たちはゲラゲラ笑っている。
「おお、こっちの僕は自分の運命を理解しましたー」
「すげえ顔で泣くな、お前。もう、ちょっとした才能だぞ、そこまでの無様さは」
その間に、こっそり索敵を済ませた健太は、隠れ潜んでいる伏兵がいないことを確信し、動き出す。
「はっ?」
と、空中に跳んだ首だけの状態で、間抜けな声を上げたのは、正面に立っていた戦士らしき大柄なニ年生で、
「てめえ!」
と一応怒りと戦意を見せた後、方形盾でその顔を殴り飛ばされたのは、戦士と思しき三年生男子で、
「ち、ちょっと」「ま、こいつ」「待て、は、話あ……!」
と、状況を理解してビビり、腰が引けたまま、喉笛、上半身、頭部を斬られて死んだのは、盗賊っぽい二年二人と、文官らしき三年一人だ。
時間にして数秒。
五人のエンジョイ勢を屠り去った健太は、いつも通りの平坦な声で、来斗に話しかける。
「よし。進もう。この辺りにコボルトはいなさそうだ……来斗?」
「…………」
しかし、来斗から返事は帰ってこない。
試しに、来斗の顔の前で手のひらを何度も上下させる。しかし、何の反応もない。それどころか、よく見ると瞳孔が開ききっている。
「ああ、立ったまま気絶してるのか」
ゆっくり待っていてやっても良いのだが、あまりゆっくりすると地下一階既知領域と言えども、『
「やむを得んな」
健太は来斗の制服の襟首をつかみ上げると、そのままいつも通りの足取りで、初めての地下一階既知領域を歩み進むのだった。