その日の夜、
「すみません、本当にすみません、
ここは、
しかし、今、その愛の巣にいる健太の脳裏に浮かぶのは『破局』の二文字だった。
「ちょっとした誤解だからね。健太君が悪いわけじゃないよ。私が勘違いしていたの」
いっそ怒って欲しい。悲しそうに笑われると、心が抉られる健太である。
話は極めて単純で、前日の「夕食は『白鶴荘』で取ること」というのを、健太は昨日一日の約束だと思っていたのに対し、蘭はこの先ずっとの約束だと思い込んでいた、という話だ。
結果、健太が学食で
ただのすれ違い、お互いの勘違いという意味ではどっちが悪いという話ではないのだが、一方的に被害を被っているのは蘭である。
そのため、健太としては平謝りするしかない。惚れた弱みもある。
「いや、ここは本当に謝らせてください。先輩を怒らせたくないです。もう、絶対繰り返したくない。挽回のチャンスをください」
「あはは、怒ってないよ。私が健太君のことを怒るなんてない。ただ、悲しくて、不安だっただけ。ああ、もう飽きられ始めたかなって」
深く隷属している蘭が、健太に対して怒りを抱くことは極めて難しい。
原作では、
「飽きるなんてないです! 俺が蘭先輩を手放すことは一生涯ないですから、むしろそっちの方向で覚悟してください。埋め合わせ、埋め合わせをさせてください!」
しかし、だからと言って、隷属してしまった女が『駆け引き』をしないかと言えばそんなことはない。
「うん、健太君がそこまで言ってくれるなら、せっかくだから、一つお願いしちゃおうかな」
さっきまでの、そのまま消え去りそうな悲しみの顔から一転、悪戯っぽい笑顔を浮かべる蘭に、女性と付き合った経験の薄い(というかない)健太はほっと安堵する。
「はい! 俺で出来ることならなんでもやります!」
「それじゃあ、今日から前と後のシャワーは、一緒に浴びましょう」
「…………え?」
思考が停止する健太に、蘭はニッコリ笑顔でとどめを刺す。
「ああ、大丈夫よ。ちゃんと『
「いえ、でも」
「お嫌ですか?」
と、涙目で言われれば、健太に嫌と言えるはずもない。
「……いえ、嬉しいです」
健太は本心を白状した。
全学生がダンジョンダイブを行うという特殊性から、この学園の寮はどこでも最低限シャワールームは二十四時間使用可能になっている。ダンジョンからログアウトすると死や負傷と同様、体の汚れも完全に元に戻るのだが、それでもダンジョンダイブの後はシャワーを浴びたくなる。ダンジョンダイブに真面目に取り組んでいる者なら、ダンジョンの外でハードなトレーニングを積むし、そうしてかいた汗はシャワーで流すしかない。
そして何より、この学園特有の性風俗に対する禁忌のなさは、彼女たちの体が汚れる機会を激増させる。
結果として、入浴はともかく、シャワーくらいは常に浴びられる環境でなければ、やっていけないのだ。
それはエントリー寮の中でも下層に位置するここ『白鶴荘』でも変わらない。ただし、シャワールームの個室は四つとそれなりの数はあるのだが、一つ一つの空間が狭く、また通路と個室を仕切る扉は、足元と上が開いており、隠れるのは尻より上から肩のちょっと下までという質素さだ。
そして、健太にとって一番の問題は、現在シャワールームを利用しているのが、自分と蘭だけではない、ということだった。
「健太君、ずっと目を瞑ってなくても良いんだよ。ちゃんと許可をとって周知した上で、こいつら入って来たんだから」
「いえ、そう言うわけにはいかないですから!」
蘭の言葉に、健太は完全にテンパった声を上げる。無理もあるまい。
狭いシャワールームの個室に蘭と一緒に入るだけでも興奮と緊張が限界に近いのに、他三つのシャワールームも全部使用中なのだ。もちろん、使用しているのは白鶴荘の寮生たち、三人とも女子だ。
目を瞑り、間違っても蘭以外の女子の裸を見ないように気を配っている健太だが、上級生が学園の常識に染まっているのは、なにも男子だけには限らない。蘭が言う通り、「これから、男子と一緒にシャワーを使う」と蘭が宣言したのを聞いた上で、逆に「面白そう」と入ってきた女子には、今の健太は「格好のオモチャ」にしか見えない。
「もー、蘭は口が悪いなー。こいつらってなによー」
「健太くーん、こっち見て―。私もおっぱい、蘭に負けてないんだよー」
「もー、可愛いなー。蘭ちょっと貸してよ、一晩で良いから」
学園の常識に染まってしまった女子からしてみれば、健太のような女子に強い興味を持っていながら、純情さも誠実さも失っていない男は、本当に新鮮だ。ちょっかいをかけて遊びたくなる。もちろん、この学園の常識でいう「ちょっかいをかけて遊ぶ」というのは、一、二回セックスするという意味である。
実際には、最後の女子が言ったように「一晩借りる」をやってしまったら、エントリークラス寮でくすぶっている女子など、一晩で隷属すること請け合いな危険人物なのだが、それを今の健太の様子から察しろと言うのは無理難題と言うべきだろう。
「あー、うるさいうるさい。シッシッ、あっちいけ。健太君、目を瞑ったままだと上手く洗えないでしょ。私が洗ってあげるね」
「あ、ちょっと、蘭先輩!?」
「はい、ボディソープを付けるよ。丁寧に手で洗うから。胸や背中は広いから私の身体で洗っちゃおうか。こうやって抱き着いて背中に手を回せば、胸と背中を一緒に洗えるね」
「あ、先輩、ヤバいですって」
「ここは汚れるから特に丁寧に洗わないとね。これだけ固くなってると洗いやすいね」
「先輩、ヤバい、マジでやばいですから、あ、あ!」
ちなみに、初夜の時で分かる通り、健太が本気で抵抗すれば、蘭など簡単にとり押させることができる。兎とライオンより筋力の差があるのだ。それなのに、蘭が好き勝手出来ている時点で、語るに落ちている。
「あ、蘭先輩……!」
強い愛情を示す様に、決して傷つけないように最大限の注意を払いながら、だがしっかりと泡だらけの蘭の肢体を抱きしめたまま、蘭の手の中で射精する健太の様子を、ちょっと質の悪い上級生女子三人は、微笑ましく、羨ましく、そして憧れのなにかを見る目で見ていた。
その夜、健太と蘭はお互い顔を合わせる横向きの寝方で抱き合うようにして、ベッドの上にいた。
すでに、健太は蘭の中で三度精を放っている。もちろん、今の健太が三回出した程度で収まるはずもなく、蘭の下腹部に押し当てられている逸物は、まだギンギンにいきり立っている。今は途中の小休止だ。
蘭は、健太との密着面積と少しでも増やそうと、向かい合って寝そべったまま、左腕を健太の背中に回し、左足を健太の足に絡めている。健太と蘭の力や頑健さは相当な差がある。そのため、こうされると万が一にも蘭を傷つけたくない健太は、全く身動きが取れない。その気遣いがたまらなく嬉しい蘭は、尚更全身をすり寄せて甘える。
悪循環と言うべきか、好循環と呼ぶべきか。まあ、両者の主観ではどちらも不満を抱いていないので、好循環と呼んで良いのだろう。
「そうなんだ。健太君の倶楽部員候補が見つかったんだね。良かった」
「はい、そいつははっきり言えば落ちこぼれ確定寸前なんで、上手く救い上げやったら、俺の倶楽部に入れられるんじゃないかと考えています」
健太の楽観的な予想に、蘭は少し困った後、健太を信じて口を開く。
「うーん、それ本当に大丈夫? まず、健太君がパワーレベリングをするのが不味くない? ノービスからパワレベされた人ってかなり高い確率で『
蘭の懸念は事実である。だから一般的に男子の場合、ノービスからのパワーレベリングを手伝ってやる奴はいない。
逆に女子の場合、最初からそれを目的に強制的にパワーレベリングするケースがある。ようは、『
「まあ、男子の場合は『
そんな表向きの言い訳をしている健太だが、言うまでもなく内心では全くその心配はしていない。健太には『
「まあ、それはそうだけど。でも、それで大丈夫? 健太君が部長をやるんだから、その倶楽部ってダンジョン勢でしょ? 男子の『遊び人』がいたら、倶楽部の空気がエンジョイ勢に引っ張られるよ。少なくとも、外からの目には確実に影響する」
ご主人様は自分の苦言にも気を悪くせず耳を貸してくれるようだ。その確信が持てた蘭は、自信を持って健太の倶楽部に対する心配な点を指摘していく。
蘭の見立て通り、大事な人の忠告を聞き流すなど、欠片も考えていない健太は、正直に相談する。
「まあ、俺自身はどこまでもガチのダンジョン勢のつもりですけど、倶楽部はそこまでガチガチのダンジョン勢じゃなくても良いと思ってます。
蘭先輩も『補習レイドクエスト』を回避して、卒業できるだけの状態を維持するまではお手伝いしますけど、それ以上のダンジョン攻略は強制したくありません。もちろん、蘭先輩が上を目指すのならお手伝いします」
健太の言葉に、蘭は思わず健太の背中に回している左腕に力を込めた。
「ありがとう。私も頑張るね。もちろん、健太君のためだけど、私がそうしたいことも本当だからね」
「はい」
蘭の言葉を健太は信じた。根拠はある。
それは、健太から何とかして『モンスターカード』を買い取ろうとしていた事実そのものが、根拠だ。
所属していた倶楽部を追い出された蘭が、真っ先に求めたのは次の庇護者ではなく、自力で戦うための力――『モンスターカード』だったのだから。
ただし、そんな蘭の性根を信じていてもなお、健太は蘭を含めた自分の倶楽部の面々に、そこまで多くの期待は寄せていない。
健太自身は、叶馬の物語に巻き込まれる覚悟を決めているので、上限なしにスペックを上げ、手札の増加する必要性を感じているが、自分の倶楽部の面々は、基本的にそこに連れて行くつもりはない。あくまで、健太が籍を置くための倶楽部であり、倶楽部対抗戦で叶馬を失望させないくらいに活躍が出来ればそれで良い。
叶馬の物語に巻き込まれて戦力になる程の人材が、そんなに多く隠れているとは思えないからだ。
ちなみにこの時点で、健太の価値観はすでに大きくずれている。
健太は、自分は叶馬パーティーのレベルについて行くが、自分の倶楽部員はそこまでは期待していない、部員たちは倶楽部対抗戦である程度の戦力になればよい、という状態を「自分だけガチのダンジョン勢」と表現している。
これは、大きな勘違いだ。健太の期待するライン、一年の時点で「倶楽部対抗戦でそれなりに戦える部員」は、バリバリのダンジョン勢である。むしろ、二年後のAランク候補の倶楽部だろう。
そちらの健太のズレはまだ理解していない蘭だが、それとは別の懸念事項に気づき、口にする。
「考えてみたら『遊び人』になった場合の方がまだマシかも。健太君がパワレベ手伝ってあげたら、かなり早い時期に転職出来ちゃうでしょ? 『
「あ、引き抜きか。それは……難しいですね」
全く予想していなかった蘭の指摘に、健太は詰まりながらもそう素直に答える。
健太としては、「俺がレベルアップさせてやるから、俺の倶楽部に入れ」という条件に頷いた後は、素直に自分の倶楽部に入ると思っていたのだが、指摘されて見れば「レベルアップさせてもらえば、後はこっちのもの」と踏み倒される可能性はある。
誰もかれもがそこまで義理堅いとは限らないし、一度上げてしまったレベルを取り上げることも出来ないのだから。
実際には、上級生をなで斬りにする健太を見ている来斗が、健太に不義理を働く可能性はゼロに等しいのだが、その事実を健太も蘭も知らない。
「ただ、来斗も既存の倶楽部に馴染めなさそうな奴だったので、しばらくは大丈夫じゃないかと思ってるんですけど」
「それは、どうだろうね。本当にしばらくの間だけかも」
話に聞くだけの来斗はもちろん、健太に関しても蘭は、「スワッピングや乱交は苦手」という価値観をいつまでも維持できるとは、正直全く思っていない。少なくとも今の二年より上で、そんな価値観の男は一人も知らない。そんな彼らだって中には、この学園に入学するまでは性的なことに
そうした男たちを短期間に染めてしまう力が、この学園の空気にはある。
その点について、これ以上言及しない方が良いと判断した蘭は、話を変える。
「健太君は、倶楽部内でのエッチをある程度制限したいんだよね?」
「そうですね。基本、倶楽部の中ではパートナー同士に限定したいです。倶楽部の外での振る舞いは、流石に制限しませんけど」
究極的には健太のパートナーに手出しをされなければよい。ぜいたくを言えば、自分のパートナーではない女子でも自分以外の男とセックスしているところはあまり見たくないのだが、そこまで贅沢を通そうと思えば、自分以外全員女子のハーレム倶楽部を作るしかなくなる。倶楽部成立には、十人が必要だ。九人の女子を相手にハーレムを維持できる甲斐性が自分にあるとは、まったく思えない健太である。
「それなら、パートナーのいない男子部員にために、健太君がパートナーとなる女子部員を用意してあげるの? その当てはある?」
「それは……さっき蘭先輩が言ってたみたいに、この時期に戦闘系に転職できた一年なら、自然とパートナーは出来るんじゃないですか?」
かなりの楽観論だが、学園の価値観を鑑みれば、間違ってはいない。しかし、「自然に任せる」のは、相当甘い見通しであることは紛れもない事実である。
「それは確かに時間の問題だと思うけど、そのパートナーになった女子が健太君の倶楽部に入ってくれるとは限らないよ。というか、他の一年生が作る倶楽部に入ることが決まっている子とか、もっと直接的に中堅倶楽部が最初から引き抜き目当てで差し向けた女子の場合が大半だと思う」
「あ……」
蘭の指摘に、自分の見積もりがかなり甘かったことを健太は察する。
健太は漠然と、「『カウンセラー』送りを自覚している奴に「助けてやる代わりに、倶楽部に入れ」と約束を交わせば、その約束が果たされると思っていた。
だが、たとえ過去に自分を危機から救ってくれたとしても、未来においては何もプラスを提示しない奴との約束を守り続ける律儀な人間ばかりではない。
恩はあっても、それ以降はなにもしてくれない奴を裏切って、パートナーとなった女子について別な倶楽部に行ってしまうというケースは、言われてみればありそうに思える。
「確かにそれはありそうですね。となると、理想は俺がパートナーとなる女子を用意してやることなんですけど、蘭先輩心当たりありませんか?」
もちろん、健太自身にはない。あるはずがない。自慢ではないが、豊葦原学園で、健太がまともに会話を交わした女子は、蘭以外には
蘭は、少し困ったように言う。
「正直、健太君の提案だとちょっと厳しい、かな。健太君は基本倶楽部内のエッチを男女固定にしたいんだよね? それって女子からするとかなりのリスクなんだ。ガッチリ隷属しろって言われてるようなものだからね」
「あー」
蘭の指摘に健太は、思わず間抜けな声を上げる。蘭と抱き合っていなかったら頭を抱えていたところだ。
この学園の常識の染まった上級生では、男女乱交を希望するのは男子よりもむしろ女子の方が多い。理由は今蘭が言った通り、「一人の男とだけセックスを続けると隷属が時間の問題」だからだ。元の性倫理が壊れて、学園のそれに心身ともに染まってしまった女子が、実利だけを考えれば、複数の男を相手にして隷属を避ける、もしくは隷属を浅くする方が、自分にとって有利なのだ。
その事実に気づいた健太は、馬鹿な問いを自分が隷属させている相手に投げかける。
「あの、俺は蘭先輩を今後一切他の男に抱かせるつもりないんですけど、これって迷惑なんでしょうか?」
「…………!」
健太の言葉に、蘭はしばし大きすぎる感情を持て余す様に顔を健太の腕に埋めて沈黙した後、どうにか言葉を紡ぐ。
「…………そんなこと、ない、よ。健太君の場合は、隷属させてくれるなら、大概の女子は喜んで受け入れると思う。
そう言えばはっきりと聞いたことはなかったけど、健太君って『
この時期の一年生が第二段階職である『騎士』になってるってことは、スキップ組でしょ。つまり最エリートコースを半ば約束されてる、将来有望株なわけ。そんな健太君に隷属するなら嫌がる女子は少数派だね。ただし自立心の強い子なら逆に強い男ほど逃れられない分より嫌がるから、そこは覚えておいてあげて欲しいけど。
逆に、隷属を望むような子は、現時点ですでに健太君より弱い子だから、大喜びなんじゃないかな」
スキップ組とは、稀に起こる段階を飛ばした
原作ではノービスから第一段階職を飛ばして第二段階職の『
その系統の職に極めて高い適性があった者に限って起こる現象のため、単に「一足先に一段上の職についた」という短期の有利にとどまらず、「将来有望な素質の持ち主」であることも意味する。結果、スキップ組――とりわけ、『
無論、言うまでもなく、健太はスキップ組ではない。むしろ、第一段階職をアホほど修得してから第二段階職に至り、その後さらに残っていた第一段階職を習得するために戻っている、いわば超絶足踏み組である。
まあ、チート能力を持っているので結論として「同学年でトップ層をひた走る将来有望組」であることに違いはないのだが。
「ええと、それなら蘭先輩は今の状況で問題ない、ですか? いや、駄目だと言われても、今更蘭先輩を他に男に抱かせるとか、ましてや俺の手から離すとかは、絶対できないんですけど」
「…………」
「ご、ご主人様、もうちょっと手加減してください。嬉しすぎて、死にそうになるから。うん、大丈夫だよ、蘭は、私は問題ないです。ずっと側に置いてください」
そもそも、隷属を嫌がる女子とは、現状隷属していない女子である。隷属した後、隷属を「嫌だ、解放してくれ」という女子は皆無に等しい。それくらいに隷属状態で、ご主人様に可愛がられるのは甘美なのだ。はたから見れば、性奴隷そのものの扱いでも、今更そこを出ていきたいという発想に思い至らないほどに。
だから、隷属させてから本人に意思確認を取る健太のやり方は、無意味なだけでなく、卑怯な行為とすら言えた。
そんな自分の言動に気づかない健太は、ひとまず蘭の言葉に安堵し、本来の問題に頭を悩ませる。
「しかし、そうなると結局、問題は最初のところに戻るんですね。俺が望むような乱交のない倶楽部にすると、女子が隷属しちゃうから女子が嫌がる。男子が突出して強ければ、女子は隷属を受け入れるけど、そこまで強い男子は上級生の中堅以上の倶楽部に引き抜かれる。
俺にもうちょっと、カリスマ性というかリーダーシップがあればなあ」
本来、部長などという矢面に立つ立場が自分にあっているなど、毛の先ほども思っていない健太である。
だが、そんな健太の自己評価に、蘭は一瞬不思議そうに首を傾げた後、何かを思い出したように指摘する。
「あ、そうか健太君、なんだかんだ言ってもまだ入学から半月程度なんだもんね。なら、そう言う勘違いも仕方ないか」
「勘違い、ですか?」
「うん、勘違い。ええとね、この学園で部長とか寮長とかになるのは、カリスマとかリーダーシップとかはあまり意味ないよ。この学園で必要なのは強さ、本当にシンプルにそれだけ。いくつからの特殊な事情を除いて、部長は倶楽部で一番強い人。女子はもちろん、男子も基本自分より強い人には従うよ。健太君くらい強かったら二年男子でも従う人は多いんじゃないかな」
少なくとも普通科では健太が言うような、カリスマやリーダーシップという代物はあまり意味がない。強さの比重が高すぎるこの学園で一年以上暮らせば、強い奴はそれだけで自分に自信を持ち、上位者として振る舞うようになる。逆に入学前までは頭の良さ、気の強さ、容姿の良さ、要領の良さなどで自分をリーダータイプだと思っていた者も、強さを獲得できなければ、そうした積極性は失うのだという。
原作の主要キャラを見ていると感覚がマヒするが、二年生の間に第二段階職になれれば「落ちこぼれではない」のだ。まだ四月の現在、二年生の大多数は第一段階職である。だから、第二段階職の『騎士』である健太が作る倶楽部ならば、所属することに抵抗のない二年生男子は普通にいる、らしい。
そう言えば、原作でもそんなことが書かれていたような気もする。しかし、実感のない健太としては、納得が難しい。
「本当に強いだけで従います? 相性ってあると思うんですけど」
「それはもちろんあるよ。だから、倶楽部ってのはだいたい似た者同士の寄り集まりになるね。 真面目は真面目同士、不良は不良同士、ちゃらんぽらんはちゃらんぽらん同士集まる感じ」
「あー、そういうことですか」
そう言われれば、納得する健太である。原作に出て来た倶楽部も、おおよそその傾向があった。
そう考えれば、来斗は有望に思える。まだ短い付き合いだが、基本来斗は自分と同類だと健太は思っている。来斗が聞けば、空が飛べる勢いで首を振って否定するだろうが、健太本来の人格が来斗と同じ『陰キャオタク』なのは、間違いない。
「となると、やっぱ来斗は欲しいな」
少なくとも今の来斗ならば、学園で一般的な倶楽部には誘われないだろうし、誘われたとしても、健太が作る『乱交禁止』倶楽部の方が性に合うことは間違いない。学園生活が続けば、その性根、性癖が変わってしまうらしいが。
そうなる前に、来斗を確保しておきたい。
「それなら、最低でも一晩の相手をする女の子はこっちで用意しておかないと、よそに転ぶよ。その子、パワレベするんでしょ?」
蘭は、そうきっぱりと断言した。
パワーレベリング――一気にレベルを急上昇させられた人間は、性欲と精力が急上昇する。健太は『
「パワレベして、『
健太君の場合は逆に早すぎて、網に引っかからなかったんだね。と蘭は言っているが、これは蘭の勘違いだ。実際には健太は自前のチート能力である『
ともあれ、流石の健太もいいかげんチート能力を貰っている自分を基準に考える愚に気が付く。
健太自身、転職可能になった時の異常性欲の強烈さは身に染みてわかっている。あの状態の時「転職おめでとう、お祝いにお姉さんとイイことしよっか」と言ってくる女子がいたら、例え頭では「これは罠だ」と分かっていても、絶対に抗えなかった。
「ど、どうしよう……」
うろたえるご主人様に、隷属女子は念を押す。
「一応確認するけど、私が一晩だけ相手してあげるってのは無しなんだよね? 今の私なら、一晩どころか丸一年相手しても、
この数日で健太に刻み込まれた隷属は、そう言い切れるほどに深い。
だが、そんな提案を健太が受け入れるはずもない。
「それするくらいなら、来斗諦めます」
強めに即答する健太に、蘭は嬉しそうに体を震わせると、
「それなら、この寮の治安部隊に籍を置く『
と提案してくる。
原作でも、『
『
そのため、乱れ切った学園の性風習の基準で見めても、さらに忌避感なくセックスを楽しんでいる女子が多いのが、『娼婦』クラスなのだ。
「それなら、お願いしても良いですか。その、謝礼は『
「『銭』だと相当吹っ掛けられちゃうなあ。良い感じのマジックアイテムがあればいいんだけど、それがないなら向こうが提案するのは健太君とのエッチだと思う」
「え?」
知識では知っていても、いまだ学園の性倫理に感覚が付いてきていない健太にとって、それは予想外の答えだった。
学園に染まった女子ならば、女子の方から報酬としてセックスを強請ることはなにも珍しい話ではない。まして、健太は一年中でも特に擦れていない純情少年でありながら、第二段階職になっているという変わり種だ。セックスに忌避感のない『娼婦』の上級生なら、「ちょっと食べてみたい」と思われても不思議はない。特に『娼婦』クラスとなっている女子は元々好き者が多いし、「自分は隷属しない」と思い込んでいるから、セックス関係に関しては怖いもの知らずなのだ。
「来斗とセックスしてあげるから、お礼に健太とセックスさせて」
言語化すると訳が分からないシチュエーションに聞こえる。
今一実感は分からないが、それならば健太としては別段困る話でもない。これが「健太と来斗が一緒に3Pだ」と言われれば全力で拒否するところだが、健太と『娼婦』の女子がセックス、後日来斗と『娼婦』の女子がセックスなら、ただ嬉しいだけである。問題があるとすれば、健太の価値観がまだ学園に適応しきれていないため、どうしても蘭に対して罪悪感を抱いてしまうことか。
「健太君人気あるんだぞ、少なくともこの寮の二年以上には」
からかうようにそう言って、蘭は健太の裸の胸を人差し指でグリグリとくすぐる。
それは、まぎれもない事実である。朝、夕の寮の食堂で、健太と蘭の仲睦まじい様子に羨望の視線を向けている女子は多い。ちなみにこれに関しては、叶馬と誠一にも今では同様の、もしくはそれ以上の視線が向けられている。静香と麻衣の幸せそのものな様子は、学園女子の理想形の一つだ。
そして、性倫理が世間と大きく異なるこの学園では、「すでにパートナーがいる」ということは、その男を諦める理由に全くならない。
「念のため確認したいんですけど、俺がその条件で受けたとして、蘭先輩はいいんですか?」
「私にとって大事なことは、私が健太君の側にいられることだよ。健太君の側に私以外の誰がいてもそれは、健太君の自由。だから、私を追い出そうとするような子じゃない限り、誰でもご自由にどうぞ。むしろ、健太君が許してくれるなら、私から推薦することもあるかも」
倶楽部は首になった蘭だが、当然蘭にもこの寮内や教室で仲良くしている同性の友人という存在はいる。蘭がBランク倶楽部を首になっても離れて行かず、むしろ心配して寄り添ってくれた彼女たちを健太が受け入れてくれたらより幸せだと感じる蘭は、間違いなくこの学園の価値観に染まり切っている。
「あー、はい。それは、その、ケースバイケースで」
乱交や男複数のセックスには抵抗のある健太だが、男は自分一人だけで女複数のハーレムプレイには興味津々な健太である。我が儘とも節操がないとも言う。だとしても、それを向こうが受け入れてくれるのならば、拒否する理由はない。
と同時に、現状はまだ自分のセックス能力に全く自信がない上に、蘭との一対一のセックスが最高に幸せなため、返答はケースバイケースという逃げの言葉になる。
「うん、その時はよろしく、ね」
そう言って、蘭は健太に強く抱き着く。大きくて柔らかな双乳が健太の胸板に押し付けられているのは、もちろんわざとだ。会話中も、ずっとギンギンに勃っていた健太がそれに、反応しないはずもなく。
「はい、よろしくお願いします」
「きゃっ」
ガバリを襲い掛かる健太に、蘭が笑い声と区別がつかない明るい悲鳴を上げる。
それが、インターバル終了の合図だった。