若さに、ダンジョンによるレベルアップの恩恵を加えた今の健太の体ならば、数日の徹夜でも問題はないだろう。もちろん、規則正しく質量ともに十分な睡眠を取っていたほうが良いことは間違いないので、睡眠不足は可能な限り避けるべきだが。
ともあれ、午前の座学の授業をすべて終え、学食に足を延ばした健太は、そこに約束通り小太りな体をビクビクと震わせる小心そうな男子生徒――
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『
学食で来斗と打ち合わせを兼ねた昼食を取った後、健太と来斗は約束通り、ダンジョンダイブを敢行していた。
前回との最大の違いは、ダイブ座標を決める二重円の中心に立ったのが、来斗ではなく、健太だということだ。つまり、今回健太と来斗がダイブしたのは、来斗が唯一ダイブできる第一階層『
レベル1のコボルトとゴブリンが単独でまばらにウロウロしているだけの第一階層『既知領域』と、レベル20のゴブリンが玄室ごとに群れを成している上に、『
それはもう、けた違いだ。原作では、
その第三階層『既知外』領域にて、来斗は順調にレベリング作業を続けていた。
「しっ! よし、全て無力化した。来斗、とどめを刺していけ」
玄室内いた五匹ゴブリンを、右手に持つ小剣で手足を斬り落として無力化した健太は、抑揚のない声で後ろに控えていた来斗にそう命令する。
「あ、ああ……分かった」
来斗は緊張こそしているものの、意外としっかりとした足取りで達磨状態のゴブリンの一匹に近づき、その右手に持つ武器を振り下ろす。
「はっ! ふっ! せい!」
来斗が今、何度も何度も振り下ろしているのは、『
長さは柄も含めて一メートル弱ほど。一撃の威力だけで言えば、『
自力で戦うのならば、リーチの長い槍一択なのだが、無力化したモンスターにとどめを刺すだけならば、こちらの方が向いている。
そんな健太の見立ては間違っていなかったらしく、来斗は危なげなく達磨状態のゴブリンの頭部に何度も何度も硬鞭を振り下ろし、やがてゴブリンを絶命させた。
「はあ、はあ、はあ。倒したよ、健太さん」
そう言う来斗は身動きの取れないゴブリンにとどめを刺しただけで、あからさまに肩で息をしている。これは当然と言える。今来斗が殺したのは、ゴブリンはゴブリンでもレベル20のゴブリンだ。その生命力はレベル1ゴブリンの比ではない。殺しきるまでに、何度も何度も硬鞭を力いっぱい振り下ろさなければならなかったのだ。ノービスレベル1――つまりただの人間に過ぎない今の来斗にとっては、十分な重労働だっただろう。
しかし、これで来斗のレベルは一気に跳ね上がったはずだ。
「ああ、良い調子だ。その調子で、残りのゴブリンにも、とどめを刺せ」
「う、うん」
健太の命令に、来斗は変わらない様子で、忠実に従う。
前回は、第一階層『既知』領域の瘴気圧にさえしばし硬直していた来斗が、今回第三階層『既知外』領域の桁外れに強い瘴気圧の中で、さほど支障なく動けているのには、もちろん理由がある。
ダンジョンダイブの少し前に、健太が来斗にこっそりと『
そのため、来斗はダンジョンに入る前の「それなりに緊張している状態」が維持されており、強い瘴気圧に晒されても、モンスターにとどめを刺すときにも、それ以上感情が上下しないのだ。
『逃避』の効果時間は使い手のレベル上昇に従い伸びていく。今の健太ならば、『逃避』の効果は数時間続く。ダンジョンダイブが終わるまで十分持つはずだ。ダンジョンダイブが終わっても『逃避』が解けていなければ、こっそり『
ただし、『逃避』は第一段階職である『遊び人』の中でもかなり低レベルで覚えられるスキルに過ぎないため、そこまで強い効果はない。強い感情――死の恐怖、我を忘れるほどの怒り、大きな快楽等――を覚えた時には、はじけ飛ぶこともあるらしいので、注意は必要だろう。
そんなことを考えている間に、来斗は残り三匹のゴブリンにも無事止めを刺し終えていた(もう一匹は残念ながら、順番待ちの間に死んでしまった)。
先ほど一匹のゴブリンにとどめを刺したのと、今三匹のゴブリンにとどめを刺したのを比べると、随分早くなっている。「順番待ち」の間にゴブリン達がさらに弱まったこともあるだろうが、理由の大半は、ノービスレベル1からレベルが上がった分、来斗の身体能力が上がったのだろう。
まだ、『
現に、最後のゴブリンなどは、『硬鞭』の一撃で息の根を止めていた。
「よし、息が整ったら、次に行くぞ」
「うん、分かった」
先ほどまでは肩で息をしていた来斗が、今では呼吸もかなり落ち着いていた。
忘れもしないファーストダイブの日、健太はレベル20のゴブリンを五、六匹程度倒しただけで、第一段階職に転職可能なノービスレベル10を超えた。対して今現在、来斗は十匹近いゴブリンにとどめを刺しても、『
最初は、「臨時パーティーを組むだけでは、『職業選択の自由』が使えないのか?」と疑念を抱いた健太だが、その後さらに数匹止めを刺させたところで、来斗ではなく健太自身に『
ダンジョン内での戦闘における経験値配分は「止めを刺した者に一番多く経験値が入る」。とどめを刺した者に「一番多く入る」、なのだ。全部入るわけではない。ファーストダイブの時、健太は一人で戦っていた。当然、経験値は全取りだ。対して今の来斗は、健太が瀕死まで追い込んだゴブリンにとどめを刺すだけ。ひょっとすると、経験値の半分近くは健太に流れ込んでいてもおかしくはない。
ひとまず、健太はこっそり自分自身を、『
「よし、次だ」
「う、うん」
すっかり、健太に従うことに疑問すら抱かなくなった来斗は、健太に先導されるがまま、パワーレベリングを続けた。
次の玄室で、数匹のゴブリンを無事、来斗にとどめを刺させたとき、健太の脳内のお馴染みの文字列が浮かび上がる。
来斗
『
に転職可能。
「…………」
来斗の転職可能な職は、第一段階職の
GR系『
そう考えると叶馬達原作主人公パーティーが特別なのであり、このくらいが普通なのかもしれない。
どちらにせよ、来斗の付くべき第一段階職はどれか一つだ。健太の『
来斗をどの
「ッ来斗、奥に下がれ」
「え? あ、うん」
今までになかった健太の命令に、一瞬不思議そうな顔をした来斗だったが、少し遅れて彼の耳にもその重い足音が届いたのだろう。すぐに玄室の奥へと避難する。
玄室の奥に来斗。入り口付近に健太。この陣形なら、万が一にも来斗にダメージが行くことはない。
冷静に下した健太の判断は大筋において間違ってはいなかったが、かつての経験を生かせていないことも確かだった。
健太の予想通り、やってきたのはゴブリンの『
ノービスはもちろんのこと、戦闘系第一段階職のパーティーでも全滅を覚悟しなければならない強敵だが、今の健太にとっては「美味しい経験値」以外の何物でもない。
健太は、現実の入り口で、左腕の長方形盾と、右手の小剣を構え、戦闘態勢を取る。
やってきたゴブリンキングが、その右手に持つ金棒を構える前に、大きく息を吸い込んだところで、健太は自分が判断間違いを犯したことを悟った。
「ちっ」
急いで距離を詰める健太だが、流石に間に合わない。
「《ガアアアア》!」
『
だが、反省は後だ。
「はっ!」
一気に距離を詰めた健太は、ゴブリンキングが野太い金棒を振り下ろすのに左腕の長方盾を合わせて、気合と共にスキルを発動させる。
『
「ギャッ!」
ゴブリンキングの巨体が文字通り玄室から外へ叩きだされる。
「しっ!」
『
「ジャ……!」
ゴブリンキングは、吐息とも断末魔の声ともつかない汚い音を漏らし、絶命した。
ゴブリンキングの巨体が瘴気に返ると、その場にはゴルフボール大の魔石と、野太い金棒が残される。ここ『既知外』領域では、武器のドロップ率が非常に高いが、『
流用できたのは、ゴブリンヒーローからドロップした長方盾だけだ。だが、この金棒は上手くすれば、来斗用の武器として使えるかもしれない。
健太が魔石と金棒を拾って玄室に戻ると、玄室の奥では、ゴブリンキングの咆哮で、恐怖にかられた来斗は、目と口を大きく開けてガタガタ震えていた。
「やっぱり、持たなかったか」
ゴブリンキングの『咆哮』で健太が掛けていた『
「よし、落ち着け。大丈夫だ。時間はある。ゆっくり深呼吸しろ」
「ヒッヒッヒッ……!」
恐怖でひきつった表情で顔が固まったまま、過呼吸気味の呼吸を繰り返す来斗の背中を軽く叩き、健太は来斗の恐慌状態が自然と収まるのを辛抱強く待った。
予想外と言えば流石に失礼だが、来斗が再起動に要した時間は、精々五分程度だった。
「はあ……ありがとう、健太さん。あー、全身がビチャビチャだ」
健太からもらったペットボトルの水を飲み、どうにか口が利けるようになった来斗は、照れ隠しのようにそう言ってニチャッと笑う。
来斗はその言葉通り、頭から水を浴びたように濡れぼそっていた。頭から上半身を濡らしているのは汗だが、下半身――特に股間から下を濡らしているのは別な液体だ。
『
今の来斗は、『
(そう言えば、一応今の来斗はノービスレベル10までは上がってるのか。ひょっとしてレベルアップは、体だけじゃなくてメンタルもある程度強化するのか?)
ありそうな話だと、健太は考える。学園もダンジョンの真実を完全には把握していない上に、その把握している事実でさえ、普通科の生徒には意図的にいくつもの情報を隠している。例えば、レベルアップの恩恵は体だけではなく、頭にも影響するのだが、その事実は伝えられてない。普通科をセックス漬けにしているのは、自分たちが頭脳においても向上していることを自覚させないためでもあるのではないか、という考察が原作ではされていた。
ダンジョンでのレベルアップは頭の出来も向上させてることは、健太自身体感している。普通科の一般科目の座学はあまりレベルが高くないが、それにしても全ての授業内容が予習復習の必要なく、一度の授業で記憶し、理解できるほど自分の頭の出来が良くないことは、自分のことゆえ自信をもって断言できる。
それが今は、可能なのだ。
それに、『
豊葦原学園のうたい文句の一つに「本人のやる気次第で全ての資格が取れる。なんでも学べる」と言うのがある。実際、膨大な選択科目の中には、コンピューターやプログラミングに関する科目も多数存在することを、確認している。ダンジョンダイブに必要なスキルを習得し、時間の余裕が生まれたらそちらも受講しようかと考えていた健太だったが、この調子ならば独学の付け焼刃でもかなりのところまで行けそうだ。
(少なくとも、瘴気圧に対する耐性はレベルアップで向上しているだろうから、その影響はあるだろうな)
「さっきのような『
「え?」
健太の提案に、来斗は一瞬虚を突かれたような顔をした後、ギョッとした顔で首を横に振る。
「い、いや! 無理無理無理無理!!」
当然と言えば当然なその反応を予想していた健太はあっさり取り下げる。
「そうか。ならば、一時保留とするが、いつまでも無力化した敵にとどめを刺すだけ、というわけにはいかないぞ。段階を踏んで、戦えるようになってもらう」
「う、うん。そ、それはそうだね」
圧力のある健太の言葉に、来斗は頷く。ちなみに、現時点の一年は叶馬達主人公パーティー+健太という例外を除けば、『
「分かっているなら良い。では、今日のところはとどめ差しを頑張ってもらうか」
「うん」
その後、健太と来斗は、『
健太自身は『