午後五時。『
前回は、ログアウト直後に崩れ落ち、立ち上がることすら出来なかった
「はあ、はあ、はあ……」
血走った目で来斗は、しきりに荒い息をついていた。これは、疲労しているわけではない。ダンジョンからログアウトして時点で、死傷同様、肉体的な疲労も全てダンジョンダイブ前の状態に戻る。来斗は、興奮しているのだ。
ダインジョンダイブ中は、なんだかんだで緊張と恐怖が押さえ込んでいた性欲が、「無事生還できた」と実感した瞬間から来斗の小太りな体からあふれ出て来たのである。当然と言えば当然だ。
急激なレベルアップは、性欲と精力も急上昇させる。ノービス1の状態から、
「『
まだ『
「う、うん」
今の来斗のように
「健太さん、お疲れ様です。そちらの方を、紹介していただけますか?」
そう言って清楚な笑顔を浮かべるのは、今朝まで健太の腕の中で牝声をあげていた女――
第一印象はあくまで清楚でありながら、なぜか近寄りがたい雰囲気はゼロという烏琉羽の接近に、暴発寸前の来斗の腕を強く拘束しながら、健太は来斗を紹介する。
「ああ、こいつは来斗。俺の倶楽部の部員候補だ。来斗、この人は
「
「
微笑みかけてくれる烏琉羽に、来斗は目を奪われる。平均ラインが美少女、最低ラインがそれなりに可愛い子、と言われる
健太は見たことがないが「女子生徒を襲う時のゴブリンはこういう顔をしているのではないか?」、と思ってしまうほど今の来斗の顔はヤバい。
大丈夫か? そんな心配が表情に出ていたのだろう。烏琉羽は一瞬健太の方に視線を向けると、声は出さず口の動きだけで「お任せください」と伝えて来る。
実際その言葉通り、烏琉羽にとっては今の来斗など可愛いものだった。むしろ、そこまで興奮してもらえれば自尊心が満たされるし、その情欲を叩きつけられることを想像すれば、ついはしたない笑みが浮かんでしまう。烏琉羽は、性行為特化の第二段階職である『
ともあれ、烏琉羽に任せられるのならば、それに越したことはない。
「その調子だと、今日の打ち上げは中止だな。念のため『
一足先に寮で身支度を整えて待っているか、『聖堂』まで付き添うか。そんな意味の籠った健太の問いに、烏琉羽は迷わず即答する。
「もちろん、『聖堂』までご同行させて頂きます。さあ、行きましょう、来斗さん」
そう言うと烏琉羽は「すでにサービスは始まっている」と言わんばかりに、来斗の腕を取った。
『
彼女たちの存在を意識しながら、健太は来斗に『
「来斗さん。行ってらっしゃいませ。私はここで待っていますから」
「う、うん」
ここまでの道中、ずっと
『聖堂』周囲にいる上級生女子たちが、今『聖堂』に入っていった来斗に、注目していることは間違いない。一応、『聖堂』に入る前、来斗には「万が一
来斗が『
そんなことを考えていると、健太の脳内で『
【来斗は『
はい
いいえ】
どうやら、『聖堂』の自動振り分けでは、来斗は『遊び人』になる運命だったらしい。もちろんそれは望ましくないので、健太は脳内で 『いいえ』を選び、ダンジョンダイブ中に決めておいた、来斗が付くべき職をクリックする。
すると、次の文字列が健太の脳内に浮かび上がる。
【来斗は『
はい
いいえ】
健太は、『はい』を選択した。
「
万感の思いがこもった健太の言葉に、烏琉羽は嬉しそうにほほ笑む。
「いえ、どうしたしまして。私も「虫よけ」として、多少はお力になれたのでしたら、幸いです」
『
しかし、その第一声である「終わりました!」という声は、聞き間違えようがないほど歓喜に弾んでいたし、その満面の笑みは薄闇が無意味なくらいに分かりすかった。
この場にいる全員が、理解したことだろう。「あ、この子
それでも、ハニトラ要員の女子たちが近づいてこなかったのは、烏琉羽がいるからだ。
「おめでとうございます、来斗さん」
そう言って、ベッタリ来斗に引っ付く烏琉羽の存在がなければ、間違いなく彼女たちは来斗に声をかけてきただろう。
スカウトに積極的な中堅倶楽部の大半はCランクだが、中にはBランクの倶楽部もある。そうした倶楽部からの誘いを断ると、面倒なことになりかねない。それを、抑制してくれたのが烏琉羽の存在だ。
「おめでとう」と言って来斗の腕を取る烏琉羽を見れば、「すでに唾を付けている倶楽部がある」ように見える。ハニトラ要員を任されているような女子は、性的魅力の『勝敗』に敏感だ。彼女たちは自分のプライドを守るため、分の悪い勝負を仕掛けてこなかったのだろう。
「よく頑張ったな、来斗。俺からも色々話したいことはあるんだが、今は話しても頭に残らんだろう。今夜はそのまま烏琉羽先輩の部屋に行け。話は明日だ。烏琉羽先輩、よろしくお願いします」
「ええ、お任せください。さあ、行きましょう、来斗くん」
「え、あ、は、はい!」
来斗と烏琉羽。どちらも学園の制服姿だ。年齢も一年と二年なのだから、どちらもまだ十代だ。そのはずだ。
だが、それなのに、腕を組んで歩く二人は「カモ客とプロのお姉さん」にしか見えなかった。
健太が今夜向かう先も、来斗、
蘭との約束で、夕食後に白鶴荘のシャワールームを蘭と一緒に使うようになっているため、正直碧鷺荘の自室に用はほぼないのだが、せっかく寄ったのだから自室に寄る。
「あれ? お帰り、健太。まだ、こっちには戻らないんじゃなかった? 予定変わったの?」
数日振りに会うルームメイト――
「いや、ちょっとモノを取りに来ただけ。もうしばらく、こっちには泊まらないよ。尚典は、自習?」
この学園で授業以外の時間に勉強する人間は少数派だ。尚典はその少数派だった。根が真面目で、小心者だからだろう。
「うん、『地図学』の復習だよ。僕は、空間認識能力があんまり高くないから、理論立てて覚えないとマッピングが大変だからね」
「『地図学』取ってるのか。尚典は『
尚典がまだノービスのままであることは、健太も知っている。これは、別段おかしなことではない。叶馬達といると感覚が狂うが、四月半ばの現時点で一年がまだノービスであることは普通のことなのだ。むしろ、今日第一段階職になった来斗はかなり早い部類になる。と健太は認識している。
そんな健太の感覚は、かなり現実からずれている。原作で、叶馬パーティー以外で一番早く
来斗は、『
ルームメイトでもそんな健太の事情までは知らない尚典は、呑気な顔で椅子に座ったまま、背伸びをしてコリをほぐす。
「ん-ん! いや、『文官』になったらなったで良いけど、これは自分が『文官』になれなくて、『文官』をパーティーに入れられなかったときの対策だよ。『
尚典の言う通り、『文官』と『職人』は、本格的なダンジョン攻略には必須に近いのに、その数が少ない。元々、学園に入学するような人間――特に男子は、戦闘職への適性が高い人間が多いこと。さらに、学園のヒエラルキーがほぼ戦闘力だけで決まるため、『
さらに、戦闘職偏重を助長するのが、ダンジョン攻略初期は、『文官』や『職人』を入れるより戦闘職だけで組んだ方が、効率的だという事実だ。第十階層までは学園の購買で地図が購入できるし、武器防具もある程度までは購入とドロップ品の使い捨てで回していける。
そのため、倶楽部単位ならばともかく、パーティー単位ならば『文官』が仲間にいないというのは、普通のことだった。
「ああ、それは大事だな。『文官』にならなかったとしても、地図が描けるなら誘われやすいらしい」
SやAもしくは有力Bクラス倶楽部ならばともかく、Cランク倶楽部や一部のBランク倶楽部ならば、『文官』の数が足りないという現象は普通にありうる。倶楽部の最低人数は十人。最大人数はFクラスでも二十人、Cクラスならば二十五人。
しかし『
それなのに、『文官』が一人しかない倶楽部、部員総数は二十人を超えているのに『文官』が二人しかいない倶楽部というのは、FやCクラス倶楽部では全く珍しくない。そんな時、「手書きでマッピングが出来る戦闘職」がいれば、二軍、三軍のパーティーを別行動させやすくなるので重宝する、らしいのだ。
「うん。僕もそう聞いてる」
「肝心のダンジョンダイブはどうだ?」
健太の問いに、尚典は明るい笑顔を見せる。
「うん、健太のアドバイス通りにしたら随分改善したよ。全滅することは激減した。モンスターの出現率も増えたし、体感的にはレベルアップも順調。そろそろ
健太のアドバイスと言うのは、「そんなに全滅が多いなら、しばらくはマップギリギリまで『
たとえ第一階層であっても、『既知外』領域は瘴気濃度が濃く『
だが、現状尚典達一年男子パーティーは、上級生のPKにあって全滅を繰り返している(と予想される)。ならば、いっそ中心からずれて『既知』領域でも『既知外』領域に近いギリギリまで場所を移してしまえば、PKをして遊んでいる上級生パーティーには会わずに済む。
学園が地図を把握している場所を『既知』領域、把握していない場所を『既知外』領域と呼んでいるだけで、その間に明確な壁があるわけではない。そのため、『既知』領域であっても、『既知外』領域に近い場所には『
一年男子をPKしたり一年女子を襲って墜として楽しんでいる上級生など、その大半はエンジョイ勢だ。ただの遊びのために、自分たちが全滅する危険を冒すはずがない。だから、第一階層でも『既知外』領域近くには、PK上級生パーティーは出没しない。
代わりにPK上級生パーティーより強い『
ならば、しょっちゅうPK上級生パーティーが出没する『既知』領域中心部より、たまに『
「それは良かった。ちなみにパーティーメンバーはやっぱ全員男子?」
「うん、そっちは相変わらず。女子のリーダー格の子が凄い
この学園で、男子と女子が真っ向から対立するというのは、無謀に近い。もちろん、学園全体を見れば、男子顔負けの活躍をしている女子個人はいるし、少数ながら女子主導の有力倶楽部も存在している。だが、同じ教室の数が同数な男子全部と女子全部という対決姿勢を取ってしまうと、どうやっても女子に勝ち目は薄い。ひっくり返す可能性があるとすれば、女子に叶馬の女版のような、『
やがて対立は対決になり、決着がついたあかつきには、女子の立場は通常の教室における女子のそれよりはるかに悪くなる。
「教室の居心地が悪くなりそうなら、俺の倶楽部に入らないか? 尚典なら、どんな
あえて軽い口調でそう言う健太に、尚典は苦笑しつつ迷わず首を横に振る。
「ありがたい誘いだけど、やめておくよ。それをやると、尚更教室の居心地が悪くなるから」
男女で対立してはいても、だからこそ男子は男子、女子は女子で結束しているらしい。一人でその足並みを乱すというのは、なかなか勇気がいることだ。引っ込み思案な尚典が、そちらの方向に踏み出せないのは、本質的には陰キャオタクな健太にも、同意できる。
「分かった。じゃあ、俺は行くわ」
「うん、行ってらっしゃい。あ、健太、日曜の清掃入ってるから、日曜は戻ってきてね」
衣類をしまったバッグを手に出ていこうとした健太に、尚典は思い出したようにそう声をかける。
元々
「うわっ、マジか。まあ、俺の自業自得だな。分かった」
健太は渋い顔をしながらも、その正当性を認め、了承の意を示した。