ダンジョン内は無法地帯。パートナー契約は男が女を所有する制度。校内には学年ごとに不文律で決まっている『性行為専用便所』があり、中庭で青姦、倶楽部棟で輪姦は当たり前。男子寮に監禁される女子、女子寮に入り浸る男子は珍しくもない存在。
そんな
学園内での暴力行為や、同意のない性行為はしっかりと禁止されているのだ。見つかると、点数稼ぎに情熱を燃やす学園の治安維持部隊(ほぼ全員が現、もしくは元Sランク倶楽部所属の第四段階の戦闘職)に拘束され、ペナルティを受ける。
ただし、同意の下であれば、どのような性行為も咎められないし、パートナー契約を結んだ間柄は「どのような性行為にも、同意している」と見なされる。また、パートナー契約を結んでいなくとも、ダンジョン内で襲われて、『隷属』させられてしまった女子は、学園に戻っても拒否できない心身に変貌している。
結果として、学園内は、性奴隷のような扱いを受けている女子で溢れかえっている。
そんな学園で、一年以上生きてきた二年生は、皆良くも悪くも「学園の常識」に適応してしまっている。
数奇な流れから
「でね、結局
午前の座学が終わった後、席に座ったまま蘭は、弾む声でそう自分の近況を伝える。聞いているのは、二人のクラスメイトだ。
「はいはい、良かったね。これがこの間まで、倶楽部を首になって能面みたいな顔をしていた女かね」
呆れたような口調でそう言ったのは、小柄な体に赤みを帯びた茶髪をサイドテールに纏めた気の強そうな少女で、
「
と落ち着いた口調で労わりの言葉を口にしたのは、黒髪をショートボブにしている少女だ。こちらは蘭よりも背が高く、蘭と同じくらい豊かな体つきをしている。蘭でも百六十の半ばは超えているのだから、彼女は余裕で百七十を超えるだろう。
「じゃあ、うちの倶楽部に入るつもりはないわけね、
念を押す様に、そう聞いたのは赤いサイドテールの少女――
風音は、Cランクの一応ダンジョン組と言える程度の倶楽部に籍を置いている。実力はそこまででもないが、(あくまで学園基準で)比較的まともな男子が多く、居心地は悪くないということで、いざという時は蘭を入れてやるように、男子部員と『交渉』するつもりだった。
「うん。気にしてくれてありがとうね、
仲の良いクラスメイト二人――
「え? 一年生が作る倶楽部? まあ、一学期に一年生が倶楽部をつくるのは毎年のお決まりだけど、一年主体の倶楽部なんて長くはもたないでしょ」
胡乱げな表情でそう言う風音の言葉は、全くの正論である。
五月のゴールデンウィーク明けから、既存倶楽部の勧誘と新倶楽部の設立が許可されるのだが、その際新一年生は一年だけの倶楽部を雨後の筍のごとく乱立させる。そして最初の倶楽部対抗戦――水無月杯で駆逐され、その大半が廃部となる。
だから、有望な一年男子をパートナーとしたことはともかく、その一年男子が創立する倶楽部に所属することには、友人として懸念を抱く。どのみち短命で終わる倶楽部に身を置けば、その先でろくでもない事態に巻き込まれないとも限らない。
ちなみにこの学園の場合、一時的に拉致されて
それを十分に理解しているであろう蘭は、明るい笑顔のままあっけらかんとした口調で言う。
「まあ、そうなったとしても私くらいは側にいてあげないと、ね。でも、正直そうはならないと思う」
やけに自信ありげな蘭の言葉に、風音は怪訝そうに顔をする。
「たかが数日でやけに入れ込んでるじゃない? まあ、この時期に
それにしても、まだ結成もされていない一年主体の倶楽部にどんな可能性を見出しているのだ? 首を傾げる友人二人に、蘭は周囲を見渡してから、小さな声で告げる。
「ええとね、健太君『
「なっ!?」
「風音!」
驚きのあまり声を上げかけた風音を、とっさに隣に立つ
「ッ、ゴメン。なに、その子『スキップ組』?」
今度は、蘭と同じくらいまで声を絞った風音の問いに、蘭は小さく首肯する。
声を上げかけたのは風音だけだが、驚きは竹海も同様だ。『
蘭たちの世代のトップは、現Aランク倶楽部の『
ちなみに、健太の場合は当然ながら学年トップではない。上に叶馬がいる。
一個下がぶち壊れ世代だとは知る由もない風音と竹海は、目の色を変えて蘭を問い詰める。
「その子、どんな感じ? 面倒見は良さそう?」
年下の男子の「面倒見」を気にする当たり、風音という女子が闊達な第一印象とは裏腹な、依存気質であることを表している。
とはいえ、四月半ばで
この時点で風音と竹海の頭の中で描く健太は、「強くて好戦的で好色で、傲慢な自信に溢れる男子」で固まっていた。ようは、この学園の序列最上位の典型タイプである。
「うん、まだ全然擦れてないからすごく親切で良い子だよ。気になるなら、今度一緒にダンジョンに行く?」
「いいの!?」
「勝手に約束して大丈夫なのか、蘭?」
飛びつく風音とは対照的に、竹海は蘭を気遣う。この学園ではパートナーとなった時点で、男女は対等ではない。自分に影響する約束を、勝手にする女子を許さない男子は多い。それは、男子が後輩、女子が先輩であっても何の関係もない。
それを熟知してるはずの蘭は、そんな竹海の懸念に曇りのない笑顔で答える。
「大丈夫だよ、具体的には決めてないけど、そのうち仲のいいクラスメイトを紹介したいって健太君に話したことはあるから」
「……それなら良いのだけれど」
まだ、なにか引っかかるところがあるのか、歯切れの悪い返事を返す竹海に蘭は、ふと思い出したように、
「っと、私もう行かなきゃ。毎晩可愛がってもらってるから、寝具の洗濯が大変なのよ。じゃあね」
そう言うと、通学バッグを手に取ると、足早に教室を後にした。
「…………」
「…………」
残されるのは、友人二人。
「ねえ、
「全部本当のことは言っていない、と思う。『バッジ』を付けていたから、パートナーが出来たのは、本当なのだろうけど」
風音の問いに、竹海は考えながらゆっくりとそう答える。
蘭がそれまで所属していたBランク倶楽部を首になってから、風音と竹海は仲の良いクラスメイトとして、蘭のことを心配していた。首になった直後の蘭は、かなり不安定になっていたのだ。それが、いつの間にかハイテンションと言っても良いくらいに幸せ全開の笑みを浮かべるようになった。友人としては、今の蘭は、逆に心配だ。
「嘘って具体的には?」
考えることをあまり好んでいない風音は、しっかり者の竹海に意見を求める。
「今は寮の自室にそのパートナーになった一年男子を呼んで、毎晩一緒に過ごしていると言っていただろう? その彼が本当に、こんなに早くスキップで『
竹海はそう断言した。
ダンジョンダイブでレベルが上がれば、性欲と精力も上昇する。レベルが急上昇した場合は特に、それが顕著だ。上がりすぎた性欲を制御しきれず、暴走状態になる。一年生にダンジョンが解禁されるのは四月の第一週が終わってから。今はまだ四月の半ば。つまり、蘭の説明がすべて事実だとすると、その一年男子は、わずか二週間足らずでノービスレベル1から第二段階職である『
それ自体は過去に例がないわけではないが、そういう才能のある男は百パーセント元からセックスモンスターだし、その上でレベルの急上昇で高まった性欲と精力を持て余している時期だ。
同室するパートナー女子が、眠らせてもらえる余地はない。
「あー、確かにそうなるか」
と風音は過去の色々を思い出しながら、そう納得の声を発した。
スキップ組の知り合いはいないが、急なレベルアップでセックスモンスター状態になった男子に連れ込まれて、しばらくの間学校では寝不足状態だった女子は何度か見た覚えがある。
「確かに、蘭が眠そうにしてる感じはないね」
「むしろ、悩みから解放されてよく眠れているって感じだね」
つまり、毎晩セックス漬けにされているわけではないということだ。
風音は赤いサイドテールを揺らす様に首を傾げる。
「じゃあ、そのパートナー君が蘭の部屋に入り浸ってるというのが、嘘? 蘭はパートナー登録だけしてキープされてるだけで、そこまで執着されてない?」
有望株の男子が複数の女子をキープするのはよくあることを通り越して、ほぼ確実な未来だ。一年が四月の半ばでそれをやるというのは相当珍しいケースではあるが、本当にこの時期に『
だが、その仮定を竹海は否定する。
「それにしては、蘭が本当に嬉しそうなのが気になるね。あれは、本気で良い人に拾われたと思っている態度だよ。確証はないけれどね」
確証はないと言いつつ、確信しているような断定的な口調で竹海はそう言う。
「ウーン、言われて見れば確かに。となると、『
続いて風音は、次の可能性について口にする。考えることを好まない風音だが、自頭はそこまで悪くない。色々な可能性を思いつくだけの頭はある。それを自分の頭の中でブラッシュアップせず、思いつくまま口にしているのは、まさに考えなしだが。
「第一段階職の『
ノービスのままなら、私達を安心させるために嘘をつく理由もあるし、それなら夜もそこまで長くはならないから、蘭も寝不足にはならない。そこだけなら矛盾はないのだけれど……」
そう言って竹海はまた考え込む。
「どこかひっかっかるの?」
「蘭は言っただろう。私達に「今度一緒にダンジョン行く?」って」
「あ、そうか。一緒にダンジョンに行ったら、そんな嘘一発でバレるよね。ということは、やっぱり本当? 蘭のパートナー君は『
頭の上にたくさんのハテナを浮かべてそうな表情の風音に、竹海は降参するようにため息をつく。
「駄目だね。何処をどう考えても矛盾する。最悪、蘭は『壊れ』かけているのかも」
「!?」
言葉通り、竹海の「最悪の予想」に、風音は息を呑む。
学園の女子が『壊れる』のは珍しくはない。耐えきれずに心を病み、『保険療養棟』送りになり、別人のように学園に馴染んで帰ってくるのはよくある話だ。
また『死に戻り』を繰り返し過ぎた者は、徐々に自我が薄れ、やがては『人形』『廃人』と呼ばれる能動的な行動を一切取れないモノになり果てるのは、二年以上なら誰でも知っている事実。その途中経過では、自我が薄れて人に合わせる会話だけを繰り返し、短い会話の中でもいくつも矛盾することを言ってしまったりするケースもあるらしい。
言われてみれば、先ほどの蘭はそれに近い。
「まさか、蘭が……」
一瞬で顔色を失う風音に、竹海は冷静なまま、決意の籠った声で言う。
「近々、蘭のパートナー君と会って見るよ。ダンジョンダイブに同行できるなら都合が良い。ダンジョンで会えば人となりも、能力もほぼ一発で分かる」
「分かった。私もいく」
人の良い風音は右こぶしを握り締め、ムンと気合の声を上げる。
「危険はあるよ?」
「どうせ、今と大差ないよ」
念を押す竹海に、風音はあっけらかんと答える。
蘭のパートナーが本当に『
だが風音が言う通り、その程度ならば、学園の女子にとっては日常とさほど大きな違いはない。相手が違うだけで、同じようなことはやられている。
「それより、
逆にそう心配してくる風音に、竹海はさらりと答える。
「ああ、それは問題なし。辞めたから」
「は?」
風音があっけにとられたのも、当然だろう。この学園における倶楽部の存在はかなり重い。下手をすれば、個人の実力よりも所属クラブの立ち位置の方が重要な場面もあるくらいだ。特に、竹海の所属していた倶楽部はそう簡単に投げ捨てて良い物ではない。
「辞めったって。『
一般に、学園が本腰を入れてサポートするのはBランクから、と言われている。Bランク倶楽部に籍を置いていれば、それだけで一目置かれる。その資格をあっさり投げ捨てたと聞けば、驚くのも当然である。普通は、(以前の蘭のように)なんとかしがみつこうとする。
だが、それをやった当の本人である竹海は、どこまでもあっさりとしたものだ。
「実力で言えば、風音の『
せいせいしたと笑う竹海の表情は、強がりは一切感じられない。本当に、本心からせいせいしたと思っているようにしか見えない。
倶楽部のランクは倶楽部対抗戦の成績で決まるのだが、本戦がトーナメント形式のため、どうしてもくじ運による運、不運は出てしまう。過去の実績を考慮して、シードはかなりしっかりされるので、AやSがくじ運に左右されることは比較的少ないのだが、数が多いBとCでは、実力と肩書が入れ替わることは往々に起こりうる。
竹海が所属していた倶楽部『
実力的にはC相当の倶楽部がトントン拍子にBになる条件であるベスト64まで勝ち上がってしまい、Cランクのプレハブ一室の部室から、ちゃんとした建物に広いミーティングルーム(乱交部屋)や、休憩室(一対一セックス部屋)、ロッカールーム、シャワールームなどが揃ったBランクの部室に移り、一部の部員がなんというか「目覚めた」らしい。
竹海に言わせれば、「血迷った」という表現になる。
「お、思い切ったねえ、
「こっちは『
きっぱりと言い切る竹海に、風音はしみじみとため息をつき、もう何度目になるか分からない言葉を口にした。
「ほんと、なんで
その言葉通り、風音は『
はっきりと言語化は出来ずとも、基本の六職に就く人間は、なんとなく「ああ、それっぽいな」思えるくらいに、傾向というものがある。
体育会系は『
その辺りについては、最初の授業でも習う。だから、ちゃんとした
しかし、中には「え? お前が?」と驚かれるくらいに、予想外の
竹海は、まさにその代表例だ。
女子としては体格に恵まれていて、運動神経が良く、度胸も決まっている竹海は一年の初期、教室の女子で一番最初に
ストイックなくらいに勤勉で、真面目にダンジョンダイブに取り組んでいる竹海と、『
不幸中の幸いと言うべきか、『
不本意な職ではあっても力は得た竹海は、その後は今まで以上に精力的にダンジョンに向った。『
その際、一度ついてしまった職に引きずられるので、九割はまたおなじ
一年在学中、竹海は不屈の精神で五度の
『
流石の竹海も現実を受け入れ、『
「まあ、言いたい文句は山ほどあるけれど、それを言っても状況は変わらないからね。私は、私なりのベストを尽くすだけだよ。もちろん、ダンジョンで戦うという意味でのベストをね」
そう言って肩をすくめる竹海は、ちょっと見惚れるほどに堂々としている。
そんな竹海に、『
竹海は長身だが、胸も尻も豊かな美女だ。『
だが、そんな言葉を受け入れるような竹海ではなかった。
風音は頭を押さえて、ため息をつく。
「あーもー、
風音が所属するクラブ『
だが、竹海は平然と首を横に振る。
「ありがとう、
「ああ、うん。それは、そうかも」
竹海の言い分に、一理あることは風音も認めざるを得ない。竹海は良くも悪くも、真面目でストイックだ。『
一方『
その緩さで、竹海を受け入れてくれる可能性もあるが、異物として浮いてしまう可能性も十分にある。
「でも、いつまでも無所属でいるつもりはないんでしょ?」
風音の言葉に、今度は竹海も首肯する。
「それはもちろん。ソロでは、ダンジョンダイブも捗らないからね」
健太を見ていると誤解しがちだが、ソロでのダンジョンダイブは、本来極めて非効率的なのだ。通常、
竹海はふと思いついたように、少し笑いながら言う。
「ああ、そう言えば、
「まさか、
驚きを隠さない風音に竹海は小さく肩をすくめて答える。
「検討の余地はあるよ。蘭が『壊れ』ていて、話の大半が真っ赤嘘だったりしないかぎりは、ね。本当に『
竹海にとっても蘭は、大事にしたい友人だ。自分にとって大きな害がないのならば、同じ倶楽部に所属して、近くで見守ってやりたいという思いはある。
「あー、確かに、
あまりにお花畑な風音の言葉に、竹海は思わず苦笑する。
蘭の言うことが全部本当。それはつまり、蘭のパートナーは「スキップで『
「本当にそんな子がいたら、むしろこっちが裸で土下座してでも、倶楽部に入れてもらえるよう懇願するよ」
「アハハ、それもそっか」
肩をすくめる竹海の言葉に、風音はカラカラと笑った。