その日、
最近は、ソロでのダイブ、パートナーである
気が付けば、叶馬パーティーとは若干疎遠になっていた。
健太の知る叶馬パーティーは
「紹介しよう、健太。新しく俺のパーティーメンバーとなった、
相変わらずの厳つい無表情のまま、意外な礼儀正しさで叶馬が、健太に新メンバー二人を紹介する。
よく似ている、などという言葉では言い表せない。一目見ただけでは全く違いが見つけられない、小柄な双子の美少女。それが、海春と夏海だ。童顔で小柄だが、決して幼女体型ではなく、それなりに胸から腰に掛けてのラインは、女性的な優美さを誇っている。どちらもゆったりと一本に編んだ三つ編みのヘアスタイルで、前髪で右目が隠れているのが海春、左目が隠れているのが夏海のようだ。
原作でも活躍する叶馬ハーレムの一員が、無事加入していたことに、健太は内心胸をなでおろす。
「初めまして、海春さん、夏海さん。俺は健太。叶馬達の同じ一年
健太は小柄な双子に合わせるよう、少し屈みながら努めて穏やかな口調でそう言った。
しかし、双子は返事を返すことなく、叶馬の後ろに隠れてしまう。
「海春? 夏海?」
「どうしたんですか? 夏海ちゃん?」
「海春さん?」
背中に張り付かれた叶馬が無表情のまま怪訝そうな声を発し、夏海のルームメイトである沙姫が心配の声を上げ、静香が不審そうに首を傾げる。
だが、双子は叶馬の背中に顔を突っ伏し、フルフルと首を横に振る。
「よ、
「わ、
と、震える小さな声で言う。あまりに小さな声な上に、叶馬の背中に顔を埋めたままでの発言だったため、ほとんどの者の耳には届かなかったが、流石にくっついている叶馬には聞き取れた。
双子の言葉に叶馬は珍しく、少し表情を変えて、ため息をつく。
「海春、夏海。俺は信仰は個人の自由だと思う。だから、その点については何も言わない。だが、己の信仰を理由に、他者を排斥するのは違う。確かに健太は
叶馬の言っている内容は、そこだけを聞くと筋を通った真っ当なことなのだが、根っこの部分の認識が間違っているので、途方もなく筋違いな話になっている。
ちなみに、双子が言う『
叶馬のもう一つのスキルである『
一般的に人間にはSPバーしかない。例外として、GR系の『
GPバーのみを有するのは、神格クラスのモンスターの類なのだが、叶馬は当初雪を学園の生徒だと勘違いして、自分の倶楽部に勧誘していた。
『
原作通りならば、雪は元々空気すらなかったただの空間である叶馬の『
どう考えても、たかが『座敷童』に出来る所業ではない。実際、原作中でもなんどか明確に「極めて高位の神」として扱われる描写が存在している。そんな雪の
ともあれ、双子は雪によって『
以後、双子は叶馬のことを『
双子にとって叶馬は、雪以上に優先すべき『吾主』様、である。その叶馬直々に命令されたのならば、否はない。
「す、すみません、健太さん。海春、です」
「夏海です。よろしくお願いします、です」
双子はおずおずと叶馬の背中から手を離すと、少しだけ前に出て、小さく頭を下げるのだった。
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『
『
今回の叶馬パーティーは七人。プラス健太の八人のため、二パーティーに分かれる必要がある。
打ち合わせの結果、先発パーティーが
二つのパーティーに分ける時は、トラブルで合流できなかった場合の保険として、どちらも単独パーティーで成り立つようにできるだけ均等分けるのが鉄則なのだが、今回あえて人数を不均衡に分けたのは、それより優先することがあったからだ。
それは、静香、海春、夏海の三人を叶馬から離すことが危険だからだ。完全に叶馬に依存している静香は言うまでもなく、海春と夏海もまだまだ第一段階職になったばかりで、ダンジョンになれたとは言い切れない状態だ。叶馬の側にいなければ、ダンジョンの瘴気圧で不調をきたしてもおかしくない。
そして静香は『
いくら叶馬と言えども、一人で三人を守るというのは、攻め手の数が多くなると不覚が怖い。結果として、沙姫も加わることになった。
対するこちらは、誠一が『
ダンジョンに送り込まれた健太は、即座に周囲を確認する。
隣に麻衣。その隣に誠一。
少し離れたところからこちらを見ている人間が五人。叶馬、静香、麻衣、そして、海春と夏海の双子。
周囲は石壁の通路。どうやら、問題なく合流できたようだ。
当然ながら、すでに『
静香の槍。海春と夏海の
それらの装備は、いずれも購買で販売している代物ではない。一応『
その作りは、見覚えがある。具体的に言えば、健太が今装備している、小剣と方形盾と同じ人たちの手による品だろう。
倶楽部『
現在の叶馬パーティーは七人。そこに『匠工房』の二年生女子十二人を加えれば、原作における叶馬の倶楽部『
十九人中、叶馬自身と誠一、麻衣を除く、十六人が叶馬のパートナーという羨ましいを通り越して、そら恐ろしい『倶楽部』である。
健太がそんなことを考えている間に、叶馬パーティーは合流を果たしていた。
「よし、全員問題なく転移出来たな。俺たちの武装も多少変わってるし、新人二人は健太と初顔合わせだ。しばらくは、お互いの動きをすり合わせる目的でやってこうぜ」
率先して音頭を取る誠一の言葉に、特に反対する者はない。
「了解だ。経験値は頭割りか? 必要なら、とどめを譲る倒し方をするが」
「そうしてもらえると助かる」
双子と静香に視線を向けながらそう言う健太の言葉に、叶馬が同意の言葉を返す。
『
と考えたところで、健太は、叶馬がこっそり『モンスターカード』を拾い集めてコレクションしていた描写が、原作にあったことを思い出す。まだ、第三階層だから、叶馬のコレクションもゴブリンだけだろうが、それを使わせてやるだけでも多少は違うだろう。
指摘するべきだろうか?
少し考えて、健太は止めておくことにした。原作では確か双子は、獣系の『モンスターカード』と非常に相性が良い、という描写があったはずだ。『モンスターカード』を操る『文官』の中には、特定の種族、属性のモンスターと相性が良い人間がいる。そして、そういう人間はえてして特定の種族、属性のモンスターと相性が悪い傾向にある。
ゴブリンと相性が悪い可能性があることを考えれば、下手な助言はしない方が良い。
「分かった。では、出来るだけ殺さずに無力化するようにしよう」
健太のその言葉を合図に、一行は『
健太と叶馬パーティーのダンジョンダイブは、大きな問題も起こらず進んだ。
元々、すでにこの辺りのゴブリンなど、健太も叶馬達も戦闘職の面々にとっては、群れで襲い掛かってきても一人で相手取れる程度の敵に過ぎない。
特に、健太の存在が大きい。(表向き)『
ソロダイブでは、『
一つ目の玄室では、健太ひきつけて全てのゴブリンを殺さずに無力化し、静香と双子がとどめを刺す。次の玄室では、誠一が縦横無尽に動き回り、麻衣が複数の『火弾』を生き物様に誘導し、ゴブリンの群れを瞬殺する。その次の玄室では、叶馬が振り回す六角六尺棒の一振りで、全てのゴブリンがまとめてミンチになる。
途中で何度か、双子が『
問題があるとすれば、『双子』が『位置』を使っていることだ。
双子のうちの一人、『
健太は斜め前を歩く誠一の背中に声をかける。
「なあ、海春さんが『
これは確認するまでもない。全学年を合わせれば数千人の規模を誇る学園でも、『癒し手』系は両手で数えられるほどしかいないのだ。通常のダンジョンダイブは、先制攻撃からの殲滅が正義で、万が一負けたら死に戻ればよいという風潮があるが、高難易度のレイドクエストに挑むトップ層は別だ。『癒し手』だとバレれば、上級倶楽部に拉致されかねない。
「ああ、最初に言った通りだ」
ダンジョンダイブを共にすれば、いずれはその力は見せざるを得ない。そのため、ダンジョンに入ってしばらくしたところで、「他言無用」と言い含めた上で、「海春が『癒し手』である」ことは、打ち明けられている。
「その海春さんが、何度か『
『
「……頼むわ」
誠一はため息をつきながら、そう答えた。
原作を読んでいる健太は最初から知っているが、これが双子――海春と夏海の特異性だ。今双子は、片目が隠れるような髪型を逆にすることで、見た目の区別がつくようにしているが、実際にはこの二人の名前以外の違いを見つけることは、不可能に近い。
これは、「人間には不可能」などというスケールの小さな話ではない。誰にも不可能なのだ。
『
『
ダンジョンのシステムそのものが双子の区別がついていないのである。
海春と夏海は生来の異能者だ。『
つまり、双子はどちらも『
「……いや、俺が言えたことじゃないか」
すでに、一次職を十五以上重ねている健太は、誰にも聞こえないようにそう呟いた。
『
結果、叶馬パーティーは下の階層に繋がる『
『
これが、『
だが、ここ『
『
だから、『
叶馬は秒で突っ込んだ。
「グガア! ガッ! ガバ!」
巨大なゴブリン――ゴブリンロードが、頑健な籠手を填めた両拳で三連撃を放つ。
「はっ、しっ、はっ」
ノービスはもちろんのこと、第一段階の戦闘職でも反応できずに瞬殺される重撃を、健太はその場に足を止めたまま、左腕に装着された方形盾ですべて受け流す。
多少のリスクを負えば、この隙に右手の小剣で一撃を入れることもできただろう。これがソロならばそうしていたはずだ。
だが、今日は健太がダメージソースとならずとも、そちらを担当する者は他にいる。
「ルビーレーザー、いっけー!」
後方から麻衣の甲高い叫び声と共に、深紅の光線が真っすぐゴブリンロードの野太い
「グッ、ガア!?」
驚異の反射神経で、両腕で喉元を庇ったゴブリンロードだったが、完全には守り切れない。喉元を焼かれたゴブリンロードは、野太い悲鳴を上げた。
ちなみに、今の麻衣の攻撃は、限界まで圧縮、高速化した火炎攻撃である。見た目は確かに赤い光線のようだが、ルビーもレーザーも無関係だ。
「ギッ!」
「《こっちだ》」
一瞬、麻衣に強い敵意を向けたゴブリンロードだったが、健太の『
「へっ、デカいケツだ!」
その隙に、背後に回り込んだ誠一が、両手に持つ二本のナイフをゴブリンロードの臀部に突き立て、
「チェエエ!」
比喩ではなく、目にもとまらぬ速度で突っ込んできた沙姫が、渾身の斬撃を食らわせ、一瞬で離脱する。
「ビッ! ギイィ!?」
戦闘は、ゴブリンロードを完全に翻弄していると言えた。しかし、それが楽勝を意味するかと言えば、そのようなことはない。
このゴブリンロードの厄介な点は、その身に纏う
結果、現状ゴブリンロードはノーダメージの状態なのであった。
健太が攻撃スキルを使用すれば状況は変わるだろうが、それは多少なりとも隙を作ることを意味する。その隙に、健太自身が攻撃を受けたのならばさほど問題はないが、他のメンバーに攻撃がいった場合、一撃死の可能性が無視できない。
この時期の一年生としては破格を通り越して非常識な高レベルを誇る叶馬パーティーだが、このゴブリンロードの攻撃を食らっても「絶対に一撃死にはならない」と断言できるのは、健太と叶馬だけだ。
その叶馬はというと、現在後方で、双子の治療を受けて、小休止を取っていた。
「『
海春と夏海――双子の『
「助かった。二人とも無理はしないように」
そう言って、叶馬はポンと両手を双子の頭の上に載せる。
頭を撫でられる心地よさに目を細めながら、双子は答える。
「大丈夫、です」
「一番怪我をされてるのは、吾主様ですから」
「俺は大丈夫だ」
双子の言葉に、叶馬は毅然と答える。
双子の言っていることも、叶馬の言葉も間違えていない。
ゴブリンロードの正面に立てるのは、叶馬と健太しかいないため、この二人は交代制でゴブリンロードの前に立つことになっている。
だが、『
結果、叶馬は健太と交代するまで、結構な手傷を負っていた。双子は心配するのも無理はない。
しかし、『
それを見れば、双子は叶馬に『
ともあれ、負傷も疲労もなくなった叶馬は、後方から戦況を見る。
戦況はこちらが押している、と言い切っても良いだろう。
ゴブリンロードの攻撃は健太に集中しており、健太はゴブリンロードの爆撃じみた拳打を全て左腕の方形盾で受け流している。
その隙に、沙姫、誠一、麻衣の三人は好き勝手に攻撃し放題だ。
特に遠距離から攻撃できる麻衣など、緊張感のかけらもなく、魔法を収束させたり、拡散させたり、速度を上げたり、誘導を強めたりとあの手この手で攻撃している。
健太がいない原作では、叶馬が一時離脱中の三人には、タイミングを計って連続で攻撃することで、誰も攻撃を受けないようにするという、綱渡りじみたやり方で対応していた。ダメージこそ受けていなかったものの、精神的には相当疲弊していたようだ。
それに比べると、健太がいるこの戦いは、かなり緊張感のないものになっている。
健太と叶馬が交代でゴブリンロードの敵意をひきつけてくれているため、沙姫、誠一、麻衣の三人は、隙を見つけたら――言い換えれば、攻撃したい時だけ攻撃して、それ以外はゆっくり休むことができる。
その攻撃したいときと言うのも、健太だけに敵意が集中しているときを狙えば、誠一達が攻撃を食らう可能性は、ゼロと言い切っても良い。
原作と比べて健太の加入が、大幅に戦況を好転させていることは間違いない。
しかし、それは防御に限っての話。健太は攻撃はほとんどしていないため、元々防御力と回復力が脅威であるゴブリンロードの撃破には全く近づいていない。
そんな緊張感はないが、勝利が遠い戦況を見ながら、叶馬は呟く。
「やはり、俺が一番戦力になっていない」
叶馬の自己評価に、側に控えていた双子と静香は驚きを隠せない。
「そ、そんなことはない、です」
「そうです。吾主様はむしろ主力です」
「どう考えても、一番役にたっていないのは私なのでは」
そんな本音100%な少女たちの意見にも、変なところで謙虚で自己評価の低い叶馬は、きっぱりと首を横に振る。
「静香は戦闘員ではないのから、戦闘時に役割がないのは当たり前だ。俺はタンクなのに、安定感にかけている。足を引っ張っていると言っても良い。健太を見てそれを痛感した」
叶馬が前線にいた時と今と、変わっているのは叶馬の立ち位置に健太が入れ替わったことだけだ。
自分がタンクをやっていた時は負傷を負い、結果として後方援護役の海春と夏海のSPを減らす羽目になった。
「それは、結果としてはそうですが、本来叶馬さんと健太さんでは、役割が違います」
静香は、そう反論する。
健太は、攻撃は最小限に、主に『
一方、叶馬は六角六尺棒を持ち、真正面からゴブリンロードと殴り合うことで、「結果として」タンクの役割を果たしている。タンクとしては、叶馬が健太に劣るのは当たり前だろう。むしろ、叶馬が曲がりなりにもタンクの役割が果たせていることがおかしい。
静香の言葉に、叶馬は神妙な表情で首肯する。
「そうだ。俺と健太は違う。俺に健太と同じことは出来ない。俺に求められるのは、現状を打破する力――切り札だ」
この辺りで、叶馬ともっとも深くつながっている静香は「あ、これ、ヤバいやつだ」と、感づいた。
謙虚に、神妙に、そして真剣に叶馬が何を考えた後、必ず突拍子もないことを遣らかす。
それは、『
健気に(無駄な)心構えをする静香の前で、考え込んでいた叶馬は、やおら制服の上を脱ぎだした。
「叶馬さん、なにを?」
だが、叶馬は正気だ。つまり、叶馬の考えは普通ではないのだ。
「うむ」
さらに、叶馬は制服の下に来ているワイシャツも脱ぎ捨て、その年齢不相応に鍛え上げられた裸体を露わにする。
「わ、吾主さま?」
夏海の声を聞こえていないのか、上半身裸になった叶馬は目を瞑ると、己の世界に入り込む。
獲得した
雷神見習い、雷神、雷神といえば風神雷神、あの屏風絵の雷神は雷神というより「カミナリ様」。
そんな発想から、「まずは形から入った」という叶馬の頭の中を見せられても、たぶん誰も理解は出来ないだろう。
上半身裸で下半身は虎のパンツ一丁。小さな雲の上に乗り、両手にバチを持ち、太鼓を打ち鳴らして雷を墜とす。
そんな「カミナリ様」のイメージに近づくため、叶馬は上半身は裸になった。下半身は虎のパンツがないし、流石にあっても抵抗があるのでノータッチ。両手のバチは、少し長いが六角六尺棒で代用。太鼓はないので今は諦める。後日、購買で買い求める予定。
もう、滅茶苦茶である。いっそ、太鼓ではなくウクレレを持つ発想にならなかっただけ良かったと思うべきかもしれない。
静香と双子がポカンと見守る中、叶馬はカッと目を見開くと、力強く叫ぶ。
「いでよ、我が雲」
次の瞬間、叶馬の前に浮かぶ、黒に近い灰色の綿菓子のようなモノが現れた。雲と言われれば、そう見えなくもない。ただし、それを見上げた時に見える自然の雲ではなく、絵本に出て来る『カミナリ様』が乗っているような、もっとコミカルな雲だ。
その大きめの座布団ぐらいしかない『雲』に叶馬は、躊躇いなく両足を乗せる。
叶馬は同世代の男の中では大柄で、ガチガチに鍛えた筋肉の塊のような体つきだ。そんな、かなり体重があると思われる叶馬が上に立っても、『雲』は突き抜けることなく、叶馬ごとフワリと空中に浮いている。
「よし、行くぞ」
満足げな叶馬の言葉を合図に、叶馬を乗せた『雲』は動きだす。その速度は決して速くはない。せいぜい人間(常人)の全力疾走程度だ。
しかし、『
叶馬は、自分が玄室の天井に頭をぶつけないように気を付けながら、ゴブリンロードの攻撃が届かない高さで停止し、下を見下ろす。
見ると、謎の怪異現象にすっかり度肝を抜かれた者達が、馬鹿のように口を開けて、叶馬を乗せた『雲』を見上げていた。
誠一が、麻衣が、沙姫が、そしてゴブリンロードが、仲良く口を開けてアホ面を晒している。
思考が止まっているのだから、行動も止まっているのだろう。無論、そんな特大の好機を、思考を止めていない一部の者が見逃すはずがない。
「はっ!」
と、健太は今日初めて攻撃スキル『
「ゲフッ!?」
今日一の悲鳴を上げるゴブリンロードに、健太はすかさず頭上の仲間の名前を呼ぶ。
「叶馬」
「うむ」
その意を察した叶馬は、ゴブリンロードの頭上を取ると、右手一本で六尺六角棒の端を掴み、ゴブリンロードの頭めがけて振り下ろす。
「ギャッ!」
頑健な
「倒れるな」
「グバア!」
倒れ掛かったところに、健太が今度はアッパー気味に下からゴブリンロードの腹を打ち上げて、倒れることを許さない。
叶馬と健太が絶好の好機に畳み掛けている間に、誠一と麻衣はすっかり疲れた様子でその場にしゃがみ込んでいた。
「ねー、誠一。私すっごい疲れたんだけど、休んじゃダメ? いや、戦闘中?なのは分かるんだけどさー」
「おー、休め休め。もう終わったようなもんだろ。俺も休むわ。この後の……尋問に備えて、気力と体力貯えとくわ」
世間どころか、学園の常識すら通じない光景にすっかりやさぐれた誠一、麻衣のカップルをしり目に、正気を取り戻した沙姫は、強い憧憬の感情を乗せた視線で、叶馬を見上げる。
「すごいです、格好いいです、旦那様! もう、最高です!」
パートナーである沙姫の心からの賞賛に、意外と単純な叶馬は気分を急上昇させる。
叶馬は感じ取った。今の自分ならば使える。『
『カミナリ様』は、ただ雲を呼んで空を飛ぶだけではない。『カミナリ様』ならば、『それ』が使えるはず。使えなければおかしい。
信じる心を確信の域まで高めた叶馬は、天井ギリギリまで『雲』の高度を上げる。
叶馬を乗せる小さな『雲』がバリバリと放電現象を起こし、原理が不明な音楽が鳴り響く。ジャンルは、恐らくロックと思われる。リードギター、ベース、ドラム、サブギターが作り出す、アップテンポ、ハイテンションな曲だ。
嫌な予感がしたのか、何とかその場から逃げ出そうとするゴブリンロードだったが、それを許す健太ではない。
「《動くな》」
「ヒギッ? ギッ!? グエ!」
『
その絶好の好機に、叶馬は
「ヘソ、よこせええええええっ!」
「《離脱》!」
とてつもない轟音と共に、真っ白な光がゴブリンロードの腹部に突き刺さる。
叶馬を乗せた『雲』も、同時に放電を強くし、叶馬自身も頭髪が逆立つほどに全身に雷を纏っている。だが、叶馬自身には何のダメージもない。当然だ。雷神が雷撃で、それも自分の雷撃でダメージを受けるはずがない。
一方直撃を食らったゴブリンロードは悲鳴を上げることもなく、仰向けに倒れて、ビクンビクンと全身を痙攣させている。その間も、叶馬の左掌とゴブリンロードの腹部――ヘソは、白い雷光で繋がったままだ。
その打ち続ける雷撃に、SPならぬGPを使い過ぎたのか、やがて雷光は消え同時に叶馬を乗せていた小さな『雲』も焼失する。
浮遊手段を失った叶馬は、綺麗に両足で着地すると、油断なく六尺六角棒を構え直し、全身黒焦げ状態でただビクビクと痙攣を続けるゴブリンロードに立ち向かう。
「今が好機だ。皆で畳み掛けるぞ」
と呼びかけるが、誠一と麻衣は揃って「シェー」と言いそうなポーズで固まっているし、沙姫も腰を抜かして床に尻を下ろしている。
後方では、海春と夏海の双子が恐怖に震えながら、正座するようにはいつくばって何やら祝詞を唱えているし、その横に立つ静香は乾いた目で深く長いため息をついている。
「無用だ、叶馬。すでに、そいつはすでにこと切れている」
いつの間にか、一番遠くに避難していた健太は、一人冷静な声で叶馬にそう事実を告げる。
「む?」
その言葉を裏付けるように、叶馬の目の前でゴブリンロードの死体が崩れ、瘴気へと返っていく。ガランと音を立てて、その鎧だけがその場に残された。