――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『
健太が訪れたのは、『
階層を繋げる『
叶馬は、
結果、ここ
そのうちの一つに、今健太は単身挑む。昨日の戦いで、今の自分が能力をすべて使いこなせば勝てると確信が持てたからだ。
「グオオ!」
巨大なゴブリンが、その巨体と比べてもなお、『大剣』と呼ぶべき巨大な剣を両手で振り回す。
刃幅が広く、肉厚な両刃の大剣だ。刀身は黒に近い灰色で、金属ではなく石造りに見える。間違っても鋭利な刃ではないが、その重量だけで必殺の威力があるだろう。
「しっ!」
斜め上から振り下ろされるその斬撃を、健太は左腕に装着した方形盾で受け流す。角度、タイミングといった受け流しの基本は外していないはずなのに、かなりの衝撃がくる。しかし健太は、踏ん張る足や受け流した左腕の衝撃を冷静に把握し、「この程度ならば、何度受けても戦闘に支障はない」と判断する。
健太に、渾身の袈裟斬りを受け流されたことで、巨大なゴブリン――ゴブリンチャンピオンは体勢を崩した。
その隙に、健太は命令を発する。
「ビッグジャイアント」
健太の命令を受け、健太の『
ビッグジャイアントの右ストレートを、ゴブリンチャンピオンは驚異的な反応で引き戻した大剣で受け止める。
「ギッ!」
しかし、二メートルの半ばを超えるゴブリンチャンピオンも、三メートルを超えるビッグジャイアントと比べれば小柄であり、体重に至っては数倍の開きがある。
必然的に、ゴブリンチャンピオンの巨体は、大きく後ろに押し戻された。
その死角から、槍を構えたゴブリン
「ギィッ!」
「グガア!?」
槍を構えて高速で突進するスキル――『
『
結果、低レベルの渾身の一撃でも、高レベルにとっては致命的な一撃とはなりえない。
「グゴオア!」
脇腹を槍で抉られたまま、ゴブリンチャンピオンは大剣を振り回し、ジュゲムに反撃しようとする。
「《こっちだ》、ッ! ビッグジャイアント!」
健太は『
ギン! という鼓膜に優しくない轟音を立て、ゴブリンチャンピオンの大剣は、ビッグジャイアントに腕に深い裂傷を刻み込んだ。
その隙にジュゲムはゴブリンチャンピオンのわき腹から槍を抜き、距離を取る。
「ビッグジャイアントがここまでやられるか」
健太は、思わずそう呟いた。『
ビッグジャイアントは、この辺りにいるレベル20のゴブリン相手ならば、無防備に攻撃を受けても完全なノーダメージだ。ゴブリンヒーローやゴブリンキングといった『
その頑健でタフなビッグジャイアントが、このゴブリンチャンピオンの攻撃では、「まともに何度も食らえば危うい」くらいのダメージを受けている。
「流石は、『
健太は己に言い聞かせるように、そう呟く。
『
しかし、『
そう結論付けた健太は、ビッグジャイアント、ジュゲム、ボンドを全てを出したまま戦闘を継続する。
「ボンド、お前は絶対に敵の射程に入るな。敵の視界の隅でいるだけで良い」
「バウ」
いくら不満でも、ボンドに積極的な攻撃許可は出せない。ボンドは、コボルト
「ジュゲムは隙を見て『
「ギィ!」
健太は、ゴブリン
必然的に、ここからはゴブリンチャンピオンの前に立つのは健太一人となる。
「グアア!」
「しっ、《こっちだ》」
「ギイ?」
床と水平に振りまわされる大剣の一撃を、健太は左腕の方形盾で上にカチ上げるようにして、防御する。連続して『
とはいえ、健太の『挑発』に捕らわれている以上、他への意識は薄くなる。
「グオオ!」
その隙を逃さず、ジュゲムが再び背後から『
「《はあっ!》」
さらに健太が距離を詰めて、右手の小剣で『
「ガ、ギイィ!」
背後からジュゲムの槍の刺突、前から健太の小剣の斬撃を食らったゴブリンチャンピオンは、それでも闘志を燃やし戦闘を継続する。
懐に飛び込んだ健太を引きがそうと、その丸太というより大木めいた足でゴブリンチャンピオンは健太に前蹴りを放つ。
これまでの手合わせで、彼我の能力差を理解した健太は、避けることで距離を取られることを嫌い、あえて方形盾で受け止めた。
「しっ!」
身長二メートル五十を超える筋骨隆々たるゴブリンチャンピオンと、身長一メートル七十程度で最近泥縄的に筋トレを始めたばかりの健太。だが、十五以上の
しかし、愚直な反復練習と多くの実戦でそれなりのレベルで『受け流し』を習得した健太は、その蹴りを真正面から受けるのではなく、方形盾で綺麗に上へと受け流す。
推定二百キロは余裕で越えていそうなゴブリンチャンピオンの巨体が、中高く舞う。
「ヒギッ!?」
ゴブリンチャンピオンは両手で大剣を持ったっまま、空中でバタバタを足を泳がせる。無様、と言っても言い過ぎではない有様。だが、次の瞬間、健太は鋭い声で命令する。
「ボンド、回避!」
「ギッ?」
主の『命令』にコボルト
次の瞬間、先ほどまでボンドが立っていた場所に爆撃が起きた。
「《ガアア》!」
健太に跳ばされたゴブリンチャンピオンが、空中で体勢を立て直し、思い切り大剣を振り下ろしたのだ。その一撃は、まさに爆撃という表現が相応しい。石造りの玄室の床が砕け、大小無数の石の破片が玄室内に飛び散る。
飛び散る石はどれほどの速度があってもただの物理現象だ。レベルが10を超えたモノには一切ダメージとならない。それを理解している健太は、高速で跳んでくる石の破片を完全に無視して、視線はゴブリンチャンピオンに見据える。
「そんなこともできるのか」
呟く健太の視線の先では、『数メートルの長さに柄』が伸びた大剣を構えて着地に成功するゴブリンチャンピオンの姿があった。
健太に跳ばされた空中で、後方に控えているはずのボンドに攻撃を届かせた秘密が、それである。ゴブリンチャンピオンの大剣は、柄の部分が伸び、今は大槍のようになっている。
刀身と柄を合わせた長さは、十メートル近い。
現実でも十メートルに迫る長槍は存在したが、それは同じ長槍を持った歩兵が集まって
だが、このゴブリンチャンピオンの巨体ならば、その化け物槍も振りまわすことも可能そうだ。
そんな警戒を抱いた健太だったが、流石にそれは杞憂だった。
「《グッ》」
ゴブリンチャンピオンが短く唸ると、長く伸びていた柄は一瞬で縮まり、元の大剣の長さに戻る。
どうやら、長槍状態を継続するつもりはないらしい。正しい判断だろう。いくら『
「《
お互い思い切り踏み込んでも、武器が届かない距離だと見て取った健太は、『
「ガア!」
高速で飛来する
「《はっ!》」
気合の声と共に、小剣の切っ先を突き出す様に構えた健太は、『
そして、その威力はジュゲムのそれを大きく上回る。健太の持つ小剣は、その短い刀身が見えなくなるほど、深々とゴブリンチャンピオンの下腹部に突き刺さった。
「ギイ!?」
密着状態で小剣を付き刺す健太を振り払わんと、ゴブリンチャンピオンは苦痛に悲鳴を上げながら、片手を大剣から離し、その野球のグローブより大きな手で健太の頭を鷲掴みにしようとする。しかし、それよりも健太が次のスキルを発動させる方が早かった。
「《ふっ!》」
短い気合の声と共に、健太は左腕に装着している方形盾で、ゴブリンチャンピオンの胸部を殴打する。
「ガッ!?」
悲鳴というより、無理矢理肺の息を吐き出さされたような大きな呼吸音を残し、ゴブリンチャンピオンの巨体は大きく後ろに吹き飛ばされた。同時に、深く刺さっていた小剣が抜ける際に、更なるダメージを追加する。
『
「グ……!」
まだ絶命には至っていないが、ここからの逆転はゴブリンチャンピオンが主人公属性に目覚めるか、健太の油断しかありえない。そして、『
そこから必然の結果に収束するまで、必要とされる時間は一分にも満たなかった。
「予想はしていたが、やはりこれがドロップしたか」
健太は、ゴブリンチャンピオンが残した特大の魔石と、『大剣』を前にそう呟いた。
元々、『
ましてやここ、『
健太は念のため、制服のポケットから取り出した手袋をはめ、『大剣』を拾い上げる。『
非常に分厚く、戦闘には不向きだが、ドロップ品を安全に持ち帰るため作って貰ったのだ。
健太は手袋を填めた手で『大剣』の柄を掴み、持ち上げる。
「改めてみると、デカいな」
戦闘中は、刃渡り一メートル五十以上、柄も入れて二メートル前後と見なしていたが、実際こうして手に持ってみると、刃渡りだけで健太の身長に迫っている。一メートル六十以上七十未満といったところか。柄を入れれば確実に二メートルを超えている。
「やはり、金属ではないな。まあ、ダンジョン産の武具に厳密な材質を考えてもあまり意味はないか」
健太はその、健太の顔幅より広い刃幅を誇る大剣の刀身を見て、そう呟く。こうして手に取ってみても、その『大剣』の刀身は石造りに見える。固い大きな岩を、剣の形に削り出し、磨き上げた刃。そんな印象だ。
対して今健太が掴んでいる柄の部分は、濃い茶色の木製に感じられる。この木の部分が伸び縮みするのだろう。
巨大な剣のため、見た目のバランスは悪くないのだが、健太が手で持ってみると柄の部分がいかにも太い。健太では、中指と親指がギリギリつかないほどだ。持ち歩くだけならば問題ないが、これを振って戦うのはかなり怖い。いつすっぽ抜けてもおかしくない。
「どうするか。普段使いだけを考えれば、売却一択なんだが……」
健太は思案する。健太はずっとここ『
健太が受講しているのは表向き、『盾術』と『片手剣術』だけだ。両手剣は全く相いれない装備のため、通常ならば売却一択なのだが、今の健太には少し考えることがあった。
「こういう武器のほうが相性の良い戦場は確実にあるだろうな」
健太の主だった戦闘スタイルは、盾と小剣を持って防御主体に戦うスタイルで固まりつつあるし、このスタイルは自分の性に合っていると思う。
しかし、いかんせん小剣ではリーチの短さはいかんとしがたい。健太の原作の記憶が正しければ、今後は「巨体のザコの群れ」が結構な頻度で登場するはずだ。
どれほど健太の力が上がっても、小剣では全長五メートル級、十メートル級の敵を相手どれば、急所まで刃を届かせることが難しい。
無論、攻撃スキルを使えばその限りではないが、問題はそうした巨体の敵が「ザコの群れ」であるということだ。ザコ退治はスキルを使わず、一掃できる方が望ましい。
複数の
そうした「巨体のザコ」を雑に倒せる武器があれば、いざという時役に立ちそうだ。
幸い、健太の主武装である小剣と装着型の方形盾は携帯性に優れている。副武装として、長柄の武器を一つ持つことは不可能ではないだろう。一見すれば、主武装と副武装が逆転して見えるだろうが。
「『
そうひとまず結論付けた健太は、ゴブリンチャンピオンの『大剣』を手に持ったまま、下の階層に繋がる『
翌日の放課後。健太は、昨日自分のロッカーにしまっておいた『大剣』を持ち、『
プレハブ長屋の一角にある魔改造を施し、店舗に改造された『匠工房』部室のカウンターでは、ひと際小柄で童顔な少女がこちらに気づいたのか、ブンブンと手を振って迎えてくれる。
「あ、健太君! 久しぶりー」
「ご無沙汰しています、
小柄で童顔な少女――『
「
「んー、いらっしゃい。まー、久しぶりって言うほどじゃないかな」
凛子はそう言って、大口を開けて欠伸をする。そのけだるげな表情も、だらしない座り姿勢もいつも通りなのだが、なんとなく少しリラックスした雰囲気を感じさせる。
なにかあっただろうか? 疑問の視線を向けると、蜜柑の服装もいつもと違うことに気づく。
学園の制服の上から、工作用の野暮ったくもごついデニム生地のエプロンを付けているという基本は変わらないのだが、その制服がやけに綺麗なのだ。
ダンジョンダイブでの汚れや破損は、ダンジョンからログアウトした時点で全て元通りになるが、それ以外の学園生活でついた汚れは破損は、普通に洗濯、修繕するしかない。『
それが、今蜜柑が着ている制服は、新品同様のパリッとしたものに見える。
「
学園の制服は、最初の一着は支給されるが、買い直す場合には、何十万『銭』という高額を請求される。言っては何だが、学園のカーストで最下層に近い蜜柑に、そのような余裕はないはず。そんな健太の疑問を知ってか知らずか、蜜柑は太陽のような笑顔で、嬉しそうに答える。
「うん、昨日『
大きな身振り手振りで、蜜柑が説明してくれるが、あいにく健太には蜜柑語は分からない。
「あー、『
凛子の説明を聞き、健太は原作知識を思い出した。
「なるほど、『
『
『
原作では、叶馬と蜜柑が『
もちろん、この場合の「絡まれていた」というのは、学園の基準での話である。つまり、取り囲まれて強姦、拉致コース直前だったということだ。
そこに叶馬が蜜柑を連れて乱入し、丸ごとブチのめし、吹き飛ばし、凛子たちを間一髪救い出したのだ。
そこまでは良かったのが、問題は叶馬に助けられる前に、『餓狼戦団』の『
『
叶馬に助けられた時点で、凛子たちはすでに「このまま放っておかれれば、精神に異常をきたしかねない」レベルに発情が高まっていた。
後の流れは、言うまでもないだろう。
四人とも、叶馬が美味しくいただきました。
「んー、大丈夫、私は犬に嚙まれた程度かな。その後、淫獣に
凛子の後ろ半分の言葉は、隣に座る蜜柑にも聞こえないような、口の中だけの言葉だった。あいにくと、『
ともあれ、凛子たちの身に起きた出来事は、原作通りと思ってよさそうだ。凛子の様子がいつもよりリラックスして見えるのも、それが原因だろう。
凛子は元のパートナーである狐目の男に、隷属させられた上で、飽きて捨てられていた。隷属状態で男に捨てられる喪失感は、筆舌に現しがたいものらしい。それでも、隷属対象に抱かれずに長時間過ごせば、隷属は徐々に薄れていく。そんな薄まった状態で、セックスモンスターな叶馬に抱かれたのだ。
一発で叶馬に隷属したのだろう。他の三人も同様だと思われる。
「それで健太君の用事はそれ? 大きいねえ?」
健太がそんなことを考えていると、カウンターから出て来た蜜柑が興味津々で、健太が持ってきた『大剣』に寄ってきて興味津々の視線を向ける。一応、目立たないように大きな布で覆っているため、外からは詳しい形状は分からないだろう。
「そうです。使っても大丈夫か調べてもらうのと、大丈夫そうなら俺が使えるように、調整をお願いしたのですが。カウンターの上に載せたいのですが、いいですか?」
「うん、見せて見せて」
ピョンピョン飛び跳ねて喜びを露わにする蜜柑の許可を得て、健太は『大剣』を覆っていた布を外し、カウンターに乗せる。真っすぐ乗せるにはカウンターの長さが足りず、斜めにして柄の部分はカウンターからはみ出させるしかない。
「うひゃあ! 剣だったんだ、大きいねえ。 それも『
「嘘? あ、本当だ。しかもこれ、『能力』が二つあるかな。『
『
蜜柑が『
もちろん、ダンジョン外では『
「『
興味がある物を目の当たりにすると周りが見えないくらいに夢中になるオタクの
恐る恐るそう尋ねた健太に、『
「うん、大丈夫だよ。少なくとも呪いの武器じゃないから」
「このままでも使おうと思えば使えるかな。かなり強力なマジックアイテムだけど、うちらの手に余る程じゃないから、ご要望には結構応えられるんじゃないかな」
わざわざ「うちらの手に余るほどじゃない」と断ったのは、つい最近その「手に余る」品を持ち込まれたからだ。
叶馬が愛用している六尺六角棒。あれは、れっきとした『
一般的にマジックアイテムと呼ばれる代物は、『
見つかるマジックアイテムの大半は『無銘』であり、稀に『銘器』、運命に導かれるようにして極一部の者の手にやってくるのが『
『無銘』は、ただ武器、防具の性能が強化されているだけだ。健太が愛用している方形盾がこの『無銘』に分類される。おかげで健太は、小剣での『
『銘器』は、今健太が持ち込んだ『大剣』が相当する。『無銘』との違いは、SPを込めて『
刀身に炎を纏う(所有者は焼かない)剣、纏っている者の幻影を映し出す鎧、特定の属性のスキルを強化する指輪といった有益なものから、ソースの焼ける匂いが漂う槍、攻撃を受け止めると悲鳴を上げる盾、笑い上戸な鎧など、全く使い道のない『能力』を有しているマジックアイテムも少なくない。
対して『
上位倶楽部に所属するハイレベル戦闘職でも、癖の強さを嫌って、あえて『
健太も価値観としては、どちらかというとそっちよりだ。自分に「癖が強い」武装を有効活用できる器用さはないと、自己評価を下している。
「柄の太さが俺にはちょっと太すぎるんで、そこを最優先で修正してください。可能なら、刃渡りは詰めないでもらえるとありがたいです。後は、出来るだけ使いやすいように、バランスを取ってもらえれば。抽象的な注文ですみません」
「うん、大丈夫。任せて。健太君の手形は、前に取らせてもらってるから、それに合わせるね」
ニッパリと自信に満ちた笑顔をそう請け負う蜜柑に、
「はい、お願いします」
と、健太は小さく頭を下げるのだった。