日曜は休日とはなっているが、『
そのため、一部のダンジョンダイブに嵌っている人間には、「日曜こそ本番」と一日二回のダンジョンダイブを習慣化している者もいるが、大半の生徒は素直に休日としている。
そのうち、午前の用事は健太にとってはもっとも楽しみにしていたものであり、同時にもっとも緊張していたものでもある。
その用事とは、
「お待たせ、
「はい、あ、いえ、
それでも、健太が先に玄関で待っていたのは、デートの様式美という理由もあるが、主な理由は蘭が「気合を入れたお化粧」をしているところを見られることを嫌がったからである。
そのせいか、健太の目にはこうして改めて見る蘭が、いつもよりも魅力的に映る。もちろん、ただの惚れた者の欲目だ。すっぴんと化粧の違いならばともかく、普段のメイクとデート用の気合を入れたメイクの違いが分かるほどの眼力が、健太にあるはずもない。
ちなみに蘭がメイクとヘアセットにはそれだけ気合を入れたのに、服装はいつもの制服なのは、理由がある。
靴を履いた蘭は、当然のように健太の左腕を両手で抱き込むようにして腕を組む。ちなみに靴もいつもの運動シューズだ。豊葦原学園は、午前授業で午後ダンジョンダイブだったり、午前の授業でもグラウンドでの実技が多かったりするため、オシャレに気を遣う女子でも靴は運動シューズの者が大半である。
「それじゃ、行きましょうか」
「はい!」
ニコニコ笑顔の蘭と腕を組む健太は、すでに緊張とテンションがどちらも限りなくマックスに近くなっていた。
豊葦原学園は陸の孤島にある全寮制の学園である。外界に繋がる唯一の手段である鉄道の利用は、恐ろしく複雑な書類を何枚も提出する必要があり、その上で許可が下りることは稀と言われている。そのため、学園生が休日に遊ぶ場所となると学園内か、さもなくば学園から最寄り駅――中野駅までの通りに面する、学生街しか選択肢がない。
必然的に、本日健太と蘭のデートコースは、学生街に限られる。健太と蘭が最初に向ったのは、学生街でも珍しい女性向けブティックだった。
「こんな感じだけどどうかな?」
ブティックの試着室のカーテンが開き、白いロングワンピース姿の蘭が少し恥ずかしそうに、健太に微笑む。
「い、良いと思います」
突っかかりながらも、すぐさま誉め言葉が出て来たのは、健太にしては上等な部類だろう。ちなみに、蘭が試着した服はこれで三着目で、健太の誉め言葉はほぼ全部同じだった。
ここが普通のブティックで、二人が普通のカップルならば、女子が「他に言葉はないのか?」と多少機嫌を悪くするところだが、この学園の普通の女子は世間の普通ではない。
「うん、それならこれにしようかな。靴は、最初に試したベージュのにするわ」
語彙の少ない健太の誉め言葉だが、その時の表情、声のトーンを読み取り、蘭は一番パートナーの反応が良かった組み合わせを選択する。
「合わせて、八十万銭になります」
「はい。これでお願いします」
控えていた妙齢の女性店員に、健太は自分のプリペイドカードを渡して支払いを済ませる。
今の健太にとってもそれなりに大きな出費だが、問題のある散財というほどではない。今の健太には、それくらいの収入がある。蘭も定期的に健太とダンジョンダイブをするようになってから、経済的にも劇的に改善しているのだが、流石に自分で払えるほどではない。
「ありがとう、健太君」
買ってもらったばかりの白いロングワンピースとベージュの靴に着替えた蘭は、嬉しそうにそう言って健太の胸にコツンとおでこをぶつける。
「どういたしまして。気に入って頂けたなら、幸いです」
精一杯格好つけているつもりの健太だが、前世を含めても人生初デートだ。声も視線も揺れまくって、見ていて微笑ましいか、痛々しいか意見が分かれそうだ。
キョロキョロあたりに視線を逃がした健太はふと気づいたように、早口で言う。
「そ、そう言えばここって女子ばっかりなんですね。この学園ならもっと俺達みたいなパートナー連れもいると思ったんですけど」
健太の言う通り、さほど広くない店内に、健太以外の男子はもう一人しかないない。
このブティックは女子向けの衣類を中心にしているため、客に女子が多いのは当たり前なのだが、男連れ――正確には、男に連れられた女がいると健太は想像していた。
この学園の男子の上位層は、自分のパートナーに自分好みの服を着せたがる者も多いと原作で読んだのだが、違ったのだろうか?
健太の疑問に、蘭は少し困ったように小声で答える。
「それは、このお店にはあんまりいないね。男子が喜ぶ服や下着を専門に扱う店は別にあるから」
学園の男子が女子に着せようとする服、下着はもっと過激なラインナップだ。そちらを取りそろえた店舗は別に複数存在してるのだという。ここは、学生街唯一の「普通の女子のお洒落着専門店」らしい。
美少女ゲームのお姉さんキャラが着てそうな服を選ぶ、健太のような童貞オタクっぽい趣味の男は、学園の男子では(少なくとも、女子に服を買ってやれる余裕がある上位層では)少数派なのだろう。
噂に名高いAランク倶楽部『
「なるほど。となると、ここの顧客層は」
「自分でここの服を買うことができるくらい、余裕のある女子ってことだね。だから健太君、あんまりキョロキョロしないでほしいな」
そう言って蘭は「自分を見て」と言わんばかりに健太の顔を両手で挟み、自分の方へと向かせた。口調も仕草も冗談めかしたものだが、内心は間違ってもふざけていない。
自分の財布で、数十万銭の私服を購入できる女子。その大半は、Bランク上位以上の倶楽部で、それなりの扱いを受けている女子だ。すなわち、今この店舗にいる女子は、男に好かれるという意味において「学園女子の上澄み」なのである。
客観的な評価で言えば、全員蘭より最低一段、人によっては数段上の女子だろう。健太の目移りを恐れる蘭は、正常な危機感が働いていると言えた。
ちなみに、ここの服を買う余裕がある女子という意味では、男子に頼らず自力でダンジョン組をやっている女子も当てはまるのだが、彼女たちはあまりこういう店に来ない。それだけの銭があれば、武装を始めとした、ダンジョン攻略用アイテムにつぎ込む。無論、ダンジョン攻略ガチ勢とファッションガチ勢を兼任している女子もいないではないが。
「あ、すみません」
確かにデート中に、他の女子に視線を向けるのは失礼だ。そんな的を外した反省を抱いた健太の謝罪を、表情から読み取ったのだろう。
「うん、次に行こうか。制服と靴は預かっててください。帰りに寄りますから」
蘭は笑みを苦笑に変えると、そう店員に告げる。
「承知いたしました。お預かりいたします」
笑顔を店員に見送られ、健太と蘭はブティックを後にした。
買ったばかりの私服に着替えた蘭と、健太が腕を組んで学生街を歩く。
週一度の休日ということもあって、まだ早い時間だというのに結構な人出で賑わっていた。
とはいえ、学生街は一本道で長さもさほどない。だから、顔見知りがいれば結構簡単に見つかる。
蘭と腕を組んだ健太が、他愛もない談笑を繰り広げながら歩いていると、男子一人に女子四人という目を引く集団が視界に入る。
一部の上位層男子が多数の女子を侍られているため勘違いしがちだが、豊葦原学園の男女はほぼ同数である。そのため、男一人に女複数の集団というのは、目を引くくらいに珍しい(一番多い集団は、男子多数に女子少数だ)。
もっともその集団の場合、男女比以前に、中心の男が異様な威容を放って人混みの中に空白地帯を作っているので、問答無用で目立っているのだが。
言うまでもなくそれは
一年女子ではトップクラスに豊満な胸元を誇る
健太が向こうを見つけたのとほぼ同時に、向こうもこちらに気づいたらしく、叶馬が真っすぐこちらに近づいてくる。反射的に蘭は一歩後ろに下がり、健太の後ろに回る。これでも、叶馬を前にした女子としては相当マシな部類だ。蘭は白鶴荘の食堂で、叶馬を何度も目撃している。
食堂で叶馬が静香たちと一緒に食事をとっているところを見れば、叶馬が見た目ほど怖くないことは理解できる。むしろ、女に対する態度は学園男子としては、上等な部類だ。
意外だが、叶馬から女子にアクションをかけることは少ない。なぜか叶馬を前にすると、仏陀を前にした兎並みに、自ら身を投げ出してくる女が多いだけだ。普通の女は叶馬から逃げるが、ある種の重い女はなぜか叶馬に吸い寄せられる。
「よう、叶馬。今日は休みか」
手を上げて声をかける健太に、叶馬がいつも通りの無表情で答える。
「ああ、午前中はな。午後はダンジョンだ」
叶馬パーティーは基本的に隔日でダンジョンダイブを行っている。これはダンジョン組でもかなり多い部類だ。ちなみに健太は、単独ダイブ、蘭とダイブ、倶楽部内定者(現時点では来斗のみ)とダイブ、倶楽部員物色ダイブを合わせると、週に五日から六日ぐらいダイブしている。『
「こんにちは、
「こんにちは、
そうしている間に、パートナー同士も話始めている。
蘭と静香は同じ女子寮の先輩と後輩だ。その上、お互いのパートナーである健太と叶馬が、友人同士なのだ。当然、それなりに付き合いはある。蘭も静香も、背が高めでグラマラス体型という点では共通しているため、こうして向かい合っていると似通った印象がある。
「そう、それなら良かった」
という蘭の言葉は、本心だ。
元々、この学園に入学する女子の大半は、一般社会に居場所のないどこか壊れた者なのだが、その壊れ具合にも程度の差というものがある。
蘭の見たところ、静香は学園女子でも最上級の壊れた方をしていた。ファーストダイブの夜からいきなり「男子寮に泊まりに行った」、と知らされても「ああ、あの子なら」と納得してしまったほどだ。
男女問わずこの学園の普通科に入学する者の大部分は、心の中に黒い
それこそ、学園でも悪い意味で名高い『
それが、今こうして叶馬の腕を取って浮かべている笑みは、学園の女子に相応しくないほどに穏やかで幸せそうなそれだ。
(羨ましい、と思う女子が大半でしょうね)
と、蘭が余裕を持って考えられるのは、彼女には静香を羨む必要がないからだろう。蘭は、自分に訪れた幸運を今一度体で感じられるよう、強く健太の腕を抱く。
「おはようございます、健太さん! 健太さん、暇が合ったら今度、立ち合いをしませんか? 絶対、良い修練になると思うんですよ」
と、朝の陽気に相応しい、カラッとした明るい声を健太にかけたのは、沙姫である。
沙姫にとって、健太は叶馬に次ぐ『恩人』だ。その上、現状の沙姫の知る範囲内では有数の、強者でもある。そのため、原作の沙姫を知っている健太からすると、ちょっと戸惑うくらいに沙姫は健太に懐いている。ただし、その懐き方は、虎や熊にじゃれられるような、危険の伴う懐き方だ。
「暇があっても、沙姫さんと立ち合いはしない」
健太はそうきっぱりと言い切る。
沙姫との立ち合いは、リスクが大きすぎる。
沙姫の斬撃を防ぐことが出来なければ、健太の首が飛んでしまう。逆に、沙姫の斬撃を防ぐことが出来た場合には、高確率で沙姫の太刀がへし折れる。
ダンジョン装備における日本刀は、「攻撃力が高く、クリティカルが出やすく、その代わりに破損しやすい」という特徴がある。上手く受け流すことが出来れば、武器も破損させないだろうが、沙姫の剣戟は速く、鋭い。受け流せずに、受け止める可能性が否定できない。その場合、マジックアイテムである健太の方形盾と激突した沙姫の太刀は、無事ではすまなさそうだ。
いつも通りな健太のつれない答えに、沙姫は口を尖らせながらも、諦めない。
「えー、やりましょうよ。そう言えば、健太さんも今日はお休みなんですね。良かったら一緒に回りませんか? 奢りますよ」
食べ物で釣って、立ち合いの約束を取り付けようという下心がバレバレな提案である。
「今日は、駄目。今、蘭先輩とのデートの真っ最中」
という健太の言葉に、初めて気づいた沙姫は息を呑み、謝罪する。
「あっ、すみません。失礼しました。ごゆっくりどうぞ」
ペコペコ謝りだすその様子を見れば、沙姫が本当に今の今まで「健太と蘭がデートの最中」だと毛ほども思っていなかったことがうかがい知れる。
沙姫は本当に、恋愛に関しては鈍いのだ。学園に入学する生徒の大半は、外の世界では身の置き場のない「壊れている者」なのだが、沙姫はその数少ない例外だ。
原作でも、「祖父の道場で剣を習っていた」とか「お父さんの晩酌に付き合って酒を覚えた」とか、家族仲の良い描写がある数少ない人物だし、学園に入学するまで、処女であった。
沙姫は、生まれついての
だから、戦闘適正という意味では学園の誰よりも学園生らしく、男女の関係という意味では、学園の誰よりも学園生らしくない。
そもそも、沙姫たちも今は五人で行動しているが、元々は静香が抜け駆けで「叶馬と二人きりのデート」を企んでいたのだ。それを察知して意図的に妨害しようと待ち伏せして同行を申し出たのが海春と夏海の双子であり、まったく気づかないまま「楽しそう、私も一緒に行きたいです!」と静香の思惑をぶち壊したのが沙姫であった。
「悪いね。それじゃ、俺は行くから。叶馬も、今日は静香さん達と仲良くな」
原作から、元は静香とのデートであったことを知っている健太は、あえて静香の名前だけを呼んで強調する。
そんな健太の意図が叶馬に通じなかったが、それでも叶馬はむっつりとした無表情のまま首肯する。
「うむ。ところで、健太」
「ん? なに?」
「沙姫ではなく、俺との立ち合いは」
「絶対嫌だ」
健太は、蘭の肩を抱き寄せると、半ば彼女を抱えるようにして、叶馬の前から逃亡を図るのだった。