※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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第四十五話 ゲスト有りダイブの約束、頂点との遭遇

 

 

 

 日曜ということもあり、学生街では通常の店舗だけでなく、学園の許可を取った学園生が出す屋台も出ており、それなりに楽しめた。ダンジョンダイブで『銭』を稼ぐことが難しい『職人(クラフター)』系などは、こういうところでも稼いでいるらしい。一部、ストリートパフォーマンスをやっているのは、『遊び人(ニート)』系だろうか。

 いくつか面白そうなアクセサリーを出している屋台もあったが、健太(けんた)は目利きも出来なければ、叶馬の『情報閲覧(インターフェース)』のような便利スキルもない。

 一応、『祓魔士(エクソシスト)』のスキルである『霊視(スピリチュアル・ヴィジョン)』を使えば、マジックアイテムか、普通のダンジョンアイテムか、そもそもダンジョン産ではないただの現実の物体かの区別はつくが、それだけだ。

 結局、その後は臨時の屋台や各店舗を冷やかすだけで終わり、本日のデートの終着点である、レストランにたどり着いたのだった。

 

 そこは小規模なレストランであり、小洒落(こじゃれ)た内装と確かな料理の腕で、学園でも人気の店である。

 基本的に完全予約制であり(例外的にA、Sランク倶楽部の者は飛び込みあり)、ランチコースでも最低ラインが十万『銭』から始まる、学園都市有数の高級店でもある。

 健太(けんた)(らん)は、そんなレストランに腰を落ち着け、楽しく昼食を取っていた。

 

「ほんと美味しいね。流石は『調理士(シェフ)』がやってる店だけはあるわ」

 

 パンにパスタにサラダにスープとという、品数の割にはあっさり目のランチコースを堪能しながら、蘭は幸せそうに目を細める。

 見渡すとこの店内は、流石に男女カップルの姿が多い。学食や寮の食堂もそうなのだが、学園では「飲食する場所でトラブルを起こすな」という不文律でもあるのか、皆落ち着いて食事を楽しんでいる。

 皆私服のため断言はできないが、健太以外は男女共に全員二年生以上で、ある程度学園生活にゆとりのある「ダンジョン組」もしくは、「ダンジョン組に気に入られている女子」なのだろうと、推測される。

 

「俺はあんまり舌が肥えてる方ではないつもりですけど、これが学食や寮の食堂のメニューより一段上なのは分かりますよ。それにしても、学生街で店やってるのって、うちの『卒業生』ですよね。『調理士(シェフ)』の卒業生なんているんですね」

 

「珍しいことは事実でしょうね。低学年の頃からAかSの倶楽部に保護されていたのは、まず間違いないと思うわ」

 

 健太の疑問に、蘭はスプーンですくったスープを口の中に流し込んだ後、ゆっくりと答える。

 学園のカースト最下層と言われる『職人(クラフター)』系は、当然摩耗率が他の職よりも高い。自我を保ったまま学園を卒業できる『職人(クラフター)』は、大抵は一年、遅くとも二年の段階でA、S倶楽部に保護された人材だ。

 倶楽部はダンジョンダイブを円滑に行うための組織であるため、同じ『職人(クラフター)』でもどうしても、武器、防具の製造、修理にかかわる『鍛冶士(ブラックスミス)』や『裁縫士(ドレスメーカー)』、次いでポーションのような消耗品を自作できるようになる『錬金術士(アルケミスト)』や『調合士(ファーマシスト)』に需要が集中してしまう。

 実際には、上級倶楽部が挑む上級、超級のレイドクエストは十日以上ダンジョンから帰還できないことが当たり前の世界であり、その場合ダンジョン内の現地調達だけでまともな食事を用意できる『調理士(シェフ)』の有無は文字通り生死を分けるのだが、それを理解している者は、残念ながら上級倶楽部でも少数派である。

 

 せっかくだから学園やダンジョンのことを忘れて、今日はデートを楽しむ。健太も蘭も、そんな気持ちはあれど、陸の孤島である学園に閉じ込められて、ネット環境すら半ば奪われている状態では、共通の話題がほとんど学園かダンジョンの話しかない。

 必然的に、いつの間にか会話は、学園生活およびダンジョンダイブについてになる。

 

「次の階層に進んだんだ、おめでとう」

 

「はい。しばらくは今の階層で様子をしようかと考えています。感触としては、前の階層とそこまで極端に難易度が変わらない印象なので、もう何度かソロでダイブして確信を持てたら、蘭先輩とのダイブもそっちにしたいんですけど、どうでしょう? あ、『モンスターカード』は出たらお譲りしますよ」

 

 健太の言葉に、蘭は困ったように笑う。

 

「うん、ダイブに連れて行ってもらう場所は任せるわ。健太君の行ってる場所はちょっと独特だから、階層だけ言われても私では判断がつかないから。一回行って合わないと思ったら、素直に言うからそこは安心して。でも、カードはありがたいけど、対価が、ね」

 

 蘭にとって健太の好意はありがたいが、同時に怖くもある。一年間、この学園で生きてきた蘭は、ここがどういうところなのか、骨身に染みて理解している。

 強い男子と、媚びる女子。

 無論、例外はいくらでもいるが、健太と蘭は、どちらも例外ではない。健太と蘭の関係は、学園の一般的な男女のそれが当てはまるはずなのだ。

 現状、健太が自分にベタ惚れであることは、流石に蘭も理解しているが、この状況がいつまでも続く前提で安穏と構えることを、この一年の記憶と経験が自分に許してくれない。

 惚れられているからと、「もらいすぎ」の状況を何も言わずに受け入れて、愛想をつかされた時が怖い。

 

「同じ倶楽部で同じパーティーなら、ドロップ品は使える者に優先権があるべきでしょう。対価も、その……毎晩頂いてますし」

 

 一方健太は、知識として学園の男女の関係は理解しているが、感覚が全く追いつていない。健太からすると、蘭は脳内で思い描いた理想の上位互換のような女性だ。美人で、胸が大きく、優しく、夜は自分を無限に受け入れてくれる。

 自分はモテないという自負があるため、足りない自分の魅力を補おうという無意識が働き、物を贈ろうとしてしまう。

 パートナー契約は男側からしか破棄できないとか、隷属状態に陥った女はご主人様から離れられないとかは理解しているが、それがなにをどうやっても彼女に嫌われないこととイコールではない。

 健太に、「内心では嫌悪感を募られているのに、身体の関係は止められない」女とのセックスに興奮するような、特殊性癖はない。好きな人には好かれたいという、一般的な嗜好の持ち主だ。

 結果、健太と蘭は「相手の為に尽くしたい同士」という相性が良いのか悪いのか、判別が難しい関係になっている。

 

「うーん、私はすでに健太君のパートナーなんだから、夜のことは今更対価にならないんだけどなー。喜んでくれるのは嬉しいけど。それにパーティーメンバーでも、倶楽部メンバーでも、なあなあは良くないわ。私にタダで融通する『モンスターカード』は、私と一緒にダイブした時のモノに限ろう。

 健太君がソロでダイブした時に入手したドロップアイテムを融通するときは、ちゃんと対価を払う形で。格安でも良いけど、その場合は『倶楽部内価格』として、今後健太君の倶楽部の子には、同じ値段で売ってあげるべきだと思う」

 

「なるほど、勉強になります」

 

 健太は蘭の指摘を、素直に受け入れた。

 確かに、倶楽部の最低人数は十人、Fランク倶楽部の最大人数が二十人だと考えれば、健太の倶楽部の『文官(オフィサー)』が蘭一人となる可能性は低い。真面目にダンジョン勢倶楽部として運営していくのなら、最低でももう一人は『文官(オフィサー)』が欲しいところだ。

 その『文官(オフィサー)』が男にせよ女にせよ、蘭だけが健太からタダで有力な『モンスターカード』を融通されていたら、普通は思うところがあるだろう。

 もちろん、蘭は「健太の女」なのだから『特別扱い』というのも、間違った扱いではないだろうが、最悪の場合ヘイトが健太ではなく蘭に向く。愛するパートナーを特別扱いすることで、パートナーの居心地を悪くするのでは本末転倒である。

 

「それでしたら『モンスターカード』集めは、蘭先輩とダイブするときに、頑張りましょう。となると、蘭先輩とのダイブを増やしたいですね。明日の月曜日はソロダイブで様子を見て、大丈夫そうなら翌日の火曜にどうでしょう?」

 

 健太の提案に蘭はちょっとためらった後、思い切って提案する。

 

「うん、日程はそれで良いよ。ただ、健太君が良かったらなんだけど、その火曜日に前言ってた友達を連れてきたいんだけど、駄目かな?」

 

 蘭としても、自分を心配してくれている友人に、健太を紹介して安心させてやりたい気持ちはある。

 その場合、ダンジョンダイブに同行させる形にしなければ、誤解を生んで面倒なことになる可能性が高い。ダンジョンダイブ時(つまり『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにしている時)以外の健太を「これが、私のパートナー。一年だけど、もう『騎士(ナイト)』になった凄い人」と紹介すれば、「あんた、騙されてるよ!」「目を覚ませ! どこをどう見ればそいつがスキップ組に見える!?」と、言われるのが関の山だ。

 

 蘭の友人に紹介したいという話は、以前から聞いていたので、健太としても否はない。

 

「分かりました。以前言ってた二人ですよね?」

 

「そう、風音(かざね)竹海(たけみ)。二人とも良い子だよ。保証する」

 

「確か風音先輩が『戦士(ファイター)』で、竹海先輩が『遊び人(ニート)』でしたっけ? となると失礼ですけど、下の階層は止めたいですね。前と同じ階層にダイブすることになりますけど、それで良いですか?」

 

 戦闘職であっても第一段階職でしかない『戦士(ファイター)』や、戦えなくもないが厳密には戦闘職ではない第一段階職の『遊び人(ニート)』では、健太が潜っている『既知外(きちがい)』領域では、健太にとって「庇護対象」だ。

 第一段階職の者では『既知外(きちがい)』領域第三階層に出没するレベル20ゴブリンを一対一で相手取るのがやっと、二匹以上同時に相手をすれば勝率は五割を切るだろう。

 そんな彼女達を連れて、第四階層のブラックドックの集団に相対すれば、万が一が怖い。健太の『挑発(プロヴォーク)』があれば、滅多なことはないだろうが、運悪く彼女達が攻撃を受ければ、第一段階職のSP量では一撃死の可能性が非常に高い。『文官(オフィサー)』系第二段階職である『案内人(パスフェンダー)』である蘭とは、そこが違う。蘭ならば、一撃で死ぬことはない。一撃死さえ避けられれば、後は健太がいくらでもフォローできる。

 

「確かにその方がよさそうだね。場所は、前に私と一緒にダイブした時の開始地点で良いかな?」

 

「はい、それで問題ないです」

 

 確認を取る蘭に、健太はそう首肯する。

 

 通常、ダンジョンダイブの場所は「前回ダイブを終了した時の最終地点」と決まっているのだが、例外的に『文官(オフィサー)』だけ、座標を記録すれば、記録した座標に任意でダイブできるスキルがある。

文官(オフィサー)』が、ダンジョン攻略に必須と言われるゆえんの一つだ。

 もちろん、健太も『文官(オフィサー)』の(クラス)を重ねているので同じことができるが、今のところ表立って使うつもりはない。

 

「それじゃ、そう言うことで二人にも話しておくね」

 

「はい」

 

 と、話が終わりかけたところで、チリンと音を立てて、入り口のドアが開く音が響き渡る。同時に、健太は総毛立つような恐怖に襲われた。

 

「っ!? 蘭先輩、《落ち着いてください》」

 

 ダンジョンダイブですっかり染みついた習慣から、反射的に『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにした健太は、すぐさま状況を把握し、テーブルを挟んで対面に座っていた蘭の手を取り、言葉に載せて『精神増強(エンハンス・メンタル)』のスキルを蘭に施す。

精神増強(エンハンス・メンタル)』は、昨日転職(クラスチェンジ)したばかりの『増強術士(エンハンサー)』のスキルで、健太も実際に使用するのはこれが初めてだ。

 

 健太にスキルを使われたことは気づかない蘭だが、『落ち着いてください』という言葉は聞き取れた。

 

「え? 健太君? あっ!」

 

 だが、すぐに健太が何に対して「落ち着け」と言ったのか理解する。

 

「三回目のお昼ご飯なのだー」

 

「もう、彩日羅(あすら)ちゃん。周りに迷惑かけたら駄目よ」

 

 そんなことを言いながら入ってきたのは、一組の男女。

 可愛らしい犬の着ぐるみを着込んだ、童顔で小柄な女子と、ウェーブのかかった長髪が印象的な長身美形の男子である。

 長髪の男子は、その言葉遣いから分かる通り、肉体と自意識の性別に多少の隔たりがあるタイプの男子のようだが、恐ろしく鍛えられたその体つきと、堀の深い整った顔立ちは、それを理解した上で言い寄る女子は引きも切らないだろうと思えるくらいに、人目を引き付ける……はずなのだ、本来は。

 

 だが、店内にいる客は、誰も彼を気にも留めていなかった。全員の意識は、その隣でバタバタとコミカルに手足を動かしている犬の着ぐるみを着た少女に向けられている。

 彼女に向けられる皆の視線は、恐怖の色一色で染まっている。

 それに気づかないはずはないのだが、着ぐるみ少女も、長髪の美男子も全く気にするそぶりを見せない。

 

彩日羅(あすら)ちゃん、席に座りましょう。早く座らないと、ご飯が出てこないわよ」

 

「分かったのだー。香瑠(かおる)ちゃんはお母さんみたいなのだー」

 

 二人が、狭い店内の一番隅の席に移動したところで、他の客たちは先を争うようにして、出口へと向かう。

 狭い店内には、入って来たばかりの二人の客と、健太と蘭の四人だけが残された。

 

 健太は内心反省する。

 

(しまった。判断ミスだな、これは)

 

 とっさに、自分は『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオンにして、蘭に『精神強化(エンハンス・メンタル)』を施した健太だったが、おかげで完全に異質な反応を示す羽目になってしまった。

 

 店内にいた他の客が逃亡一択しか選べない『暴食(グラトニー)』の彩日羅(あすら)を前に、二人だけ席についたままでは興味を引かれないはずもない。

 

「むう?」

 

「あら?」

 

 案の定、逃げださない健太と蘭に気づいた、犬の着ぐるみ姿の少女と、長身長髪の筋肉美男子――彩日羅(あすら)香瑠(かおる)は、不思議そうな顔でこちらを見ている。

 今更、逃げ出しても向こうの印象には、はっきりと残ったままだろう。

 

 健太は考える。

 Aランク倶楽部『黒蜜(ブラックハニー)』の部長、『暴食(グラトニー)』の彩日羅(あすら)と、その保護者役の香瑠(かおる)。どちらも原作では、重要なキャラクターだ。

 彩日羅(あすら)は『逸脱規格(イリーガル)(クラス)『七つの大罪(セブンスシン)』の一つ、『暴食(グラトニー)』の現クラスホルダーであり、学園の頂点の一人。

 香瑠(かおる)は、第四段階職の『獣拳士(ビーストロード)』で(現時点ではまだ、第三段階職の『襲闘士(ストライカー)』)、こちらは真っ当な学園有数の実力者だ。そして、原作では本当に数少ない、『常識と良識を備えた強者』である。

 そもそも、『黒蜜(ブラックハニー)』自体が、学園でも珍しい女子主体の武闘派倶楽部で、少なくともAランク以上の倶楽部の中では、トップクラスに評判の良い倶楽部である。

 どうせ目に留まってしまったのならば、挨拶ぐらいしておいた方が良いだろう。

 

 そんなことを考えている間に、香瑠(かおる)は席を立って厨房に繋がる入口へと向かう。恐らくは、料理を取りに行ったのだろう。この店では本来、従業員がテーブルまで料理を運んでくれるのだが、『暴食(グラトニー)』が座っている席まで料理を届けさせるのは酷だ。その辺りの気遣いを香瑠(かおる)という人間は忘れない。

 

「むう……」

 

 一人、テーブルに残された彩日羅(あすら)は、ずっと健太の方を見ていた。だが、冷静にその視線の向きを探ると、彼女が見ているのは健太達そのものではなく、健太達のテーブルに乗るデザート『桃のジェラート』であることに気づく。

 

 そう言えば、『暴食(グラトニー)』の彩日羅(あすら)は、異常食欲に取り付かれて美味しいものはなんでも大好きだが、中でも甘党でスイーツの類にはとりわけ目がないと、原作では描かれていたことを健太は思い出す。

 丁度良い。どうせ、挨拶をするのなら手土産があった方が良い。

 

「蘭先輩、ちょっと挨拶に行ってきます」

 

「ちょっと、健太君!?」

 

 驚きの声を上げる蘭を残し、健太はまだ手を付けていなかった『桃のジェラート』を乗せたガラスの器と、テーブルから使っていないスプーンを手に取り、ゆっくりと彩日羅(あすら)が座る席へと移動する。

 

「…………」

 

 その間、彩日羅(あすら)の視線は、ずっと『桃のジェラート』に釘付けになったままだ。

 

「隣、失礼します。はい、あーん」

 

 一言断り、彩日羅(あすら)の隣の席に腰を下ろした健太は、『桃のジェラート』をスプーンで大きく一匙掬い取り、彩日羅(あすら)の口元へと運ぶ。

 

「はぐっ! 美味しいのだ!」

 

「それは良かったです。では、もう一口どうぞ」

 

「はぐ!」

 

 行儀が良いと言うべきか、悪いと言うべきか、彩日羅(あすら)は自分で器やスプーンを取ろうとはせず、素直に口を開けて健太が食べさせてくれるのを待つ。

 所詮は一般人用のジェラートなど、『暴食(グラトニー)』にとっては舐める程度の量でしかない。

 あっという間に健太のジェラートが空になる。と、それを見ていたのか、自分のジェラートの器を持った蘭も近づいてくる。

 原作の知識でしか知らない健太と違い、蘭にとって彩日羅(あすら)は一年の頃嫌というほど噂を聞き、倶楽部対抗戦でその雄姿を見たこともある、Aランク倶楽部の部長だ。そして、悪名高き『七つの大罪(セブンスシン)』の一つ、『暴食(グラトニー)』でもある。

精神増強(エンハンス・メンタル)』の影響下にあっても、畏怖と緊張を完全に抑えきることは出来ないのだろう。健太の後ろまでやって来るのがやっとのようだ。

 

「あ、あの、これ」

 

「ありがとうございます、蘭先輩。はい、お代りが着ました。どうぞ」

 

「はぐっ!」

 

 と、二皿目の『桃のジェラート』を彩日羅(あすら)に食べさせていると、料理を満載した大きな手押しワゴンを押した、長身長髪の美男子が戻ってきて、驚きで目を丸くしている。

 

「驚いたわね。彩日羅(あすら)ちゃんの口元に手を伸ばせるなんて」

 

 二皿目のジェラートを食べ終えた彩日羅(あすら)は戻ってきた香瑠(かおる)に、笑いかける。

 

「あ、香瑠(かおる)ちゃん、戻ってきた。お腹ペコペコなのだー」

 

「はいはい、ちょっと待ってね。貴女も座ったら?」

 

 香瑠(かおる)は慣れた手つきで、料理の皿を彩日羅(あすら)の前に並べながら、健太の後ろに立っていた蘭にもそう声をかける。

 

「は、はい。失礼します」

 

 蘭が健太の隣に座る間にも、彩日羅(あすら)は早速並べられる料理をやっつけにかかる。

 漫画のように山盛りになったミートソーススパゲティ。細めの丸太を彷彿させる太さと長さのパン。さらには大きな鳥の丸焼きや、サーモンの香草蒸し焼きなどが、ドンドンとテーブルに載せられる。それらが瞬く間に、彩日羅(あすら)の小さな口に吸い込まれていく様は、いっそ見ていて清々しくなるほどだ。

 

 普通は話というのは、食べ終わってからするものだが、「暴食(グラトニー)」は食事が終わるのを待っているのは無意味に近い。

 

「それで、貴方達はなにか用かしら?」

 

 それを誰よりも理解している香瑠(かおる)は、彩日羅(あすら)がガツガツ食べている間に、健太と蘭に対してそう言葉をかける。

 その言葉を待っていた健太は、用意していた返事を返す。

 

「いえ、特に用はないのですが、せっかくの機会ですからご挨拶をさせていただきたいと思いまして」

 

「そう。貴方、名前は?」

 

「一年(ひのえ)組、健太(けんた)です」

 

「あ、あの、私は二年(ひつじ)組の蘭です」

 

「お前なんか、知らないのだー」

 

 健太に続いて蘭が名乗ったとたん、口の周りをミートソースでベタベタにした彩日羅(あすら)はそう大きな声を発する。

 

「す、すみません!」

 

 それを叱責と勘違いした蘭は、ビクリと体を震わせて縮こまった。

 健太は、蘭を励ます様にテーブルの下で蘭の足をポンと叩くと、会話を引き継ぐ。

 

「何というか、意図せず目立ってしまったので、これはいっそ正式にご挨拶をしておいた方が、変な誤解が生じないと考えた次第です」

 

 意図せず目立ってしまったというのは、言うまでもなく、彩日羅(あすら)が入ってきたのに、健太と蘭だけ逃げ出さずに店内に留まったことを指す。

 

「ふーん、ただの偶然と言いたいのかしら?」

 

「はい」

 

 目を細める香瑠(かおる)がはっきりと圧力を放つが、『戦士の不動心(マインドスイッチ)』がオンになっている健太にとってはどうということもない。むしろ、表情の変化から「恐らく今、威圧されている」と推測しなければならないほどだ。

 

「……そう、貴方たちに他意が無いことは分かったわ。そちらだけ名乗らせるのは、不作法ね。倶楽部『黒蜜(ブラックハニー)』調達隊長、香瑠(かおる)よ」

 

 香瑠(かおる)が自己紹介したところで、それまで一心不乱に料理と格闘していた彩日羅(あすら)も、一度料理に伸ばす手を止める。

 

彩日羅(あすら)ちゃんは彩日羅(あすら)ちゃんなのだー。『黒蜜(ブラックハニー)』の部長なんだぞー。えらいんだぞー」

 

 と、名乗り上げるとすぐさま、食事を再開する。

 

「ありがとうございます。Aランク倶楽部の部長と幹部にご挨拶出来て、幸いです」

 

 健太の冷静過ぎて、丁寧すぎる返答に、香瑠(かおる)は少し苦笑する。

 

「こちらこそ、有望な一年生と知り合えて幸運だったわ」

 

「先ほど彩日羅(あすら)先輩にプレゼントしたジェラートは、材料持ち込みで作ってもらったものです。まだ残っているはずなので、よろしかったら、どうぞ」

 

「ありがとうなのだー! お前いい奴だな。うちに入るか?」

 

 酷く簡単にAランク倶楽部に勧誘してくる彩日羅(あすら)に、健太は抑揚のない声で答える。

 

「ご遠慮しておきます。そもそも、先ほどジェラートの材料は、偶然手に入っただけで、もう一度取ってこいと言われても無理なのですが」

 

「じゃー駄目なのだー」

 

 健太の返答に、Aランク倶楽部の部長はあっさり前言を翻す。

 

「もう、彩日羅(あすら)ちゃん。自分から誘っておいて失礼よ」

 

「いえ、実際分不相応ですから。では、俺たちはこれで失礼します。蘭先輩」

 

 彩日羅(あすら)を窘める香瑠(かおる)に、健太はそう告げて、丁度良い機会だと、席を立つ。

 

「う、うん。失礼します」

 

 遅れて、立ち上がる蘭を守る様にその肩を抱き、健太はレストランを後にした。

 

 

 

 

 レストランには、彩日羅(あすら)香瑠(かおる)だけが残される。

 それは、彼女たちにとって珍しくもない風景だ。あのだだっ広い学食でさえ、彩日羅(あすら)が食事中となると、その周囲には大きな空白地帯が生まれる。食事中の『暴食(グラトニー)』に近づくことができるほど壊れている者は、この学園にもそう多くは存在しない。

 これが『黒蜜(ブラックハニー)』の部員ならば、彩日羅(あすら)に対する理解と慣れがあるため意外と平気なのだが、初対面では絶対に無理だ。

 だから、香瑠(かおる)が最初にその結論に至るのは、当然と言えば当然だった。

 

「今の子。健太君、と言ったかしら。彼は、『どっち』かしらね?」

 

『どっち』。それの意味するところは、『七つの大罪(セブンスシン)』と『七つの救済(セブンスレクス)』のどっちか? ということだ。

 彩日羅(あすら)の『暴食(グラトニー)』を含む『七つの大罪(セブンスシン)』。それと対をなす『七つの救済(セブンスレクス)』。そして、『七つの救済(セブンスレクス)』すべてを一人で内包する『勇者(ブレイバー)』。

暴食(グラトニー)』の彩日羅(あすら)に全く恐怖せずに対応できるのは、そのいずれかと考えるのが妥当だ。

 

 しかし、サーモンの包み焼を頭から頬張っていた彩日羅(あすら)は、食事の手を止めるとはっきり言う。

 

「多分どれでもないのだ。っていうかそもそも『逸脱規格(イリーガル)』じゃない? なんかすっごくノーマルな感じなのだ。でも、ノーマルすぎて、ノーマルが濃すぎて、ノーマルっぽくない感じ、なのだー?」

 

 言いながら、途中から自分でもなにを言っているのか分からなくなった彩日羅(あすら)は、すぐに食事を再開する。

 

「違うの? え? 本当に?」

 

 流石にそれは予想外だったのか、香瑠(かおる)は驚きを隠せない。

 

「となると、何者なのかしら?」

 

「分からないのだ。でも、それよりもう一人の女子が分からないのだ。あんなやつ、知らないのだ」

 

 再び、食事を止めて彩日羅(あすら)がそう言う。

 

「もう一人の女子って、二年生の蘭ちゃんね。確かにあの子も緊張はしていたけど、ちゃんと彩日羅(あすら)ちゃんに話しかけることが出来ていたわね。……そうか、確かにおかしいわね」

 

 香瑠(かおる)は、彩日羅(あすら)があの時言った「お前なんか知らない」の意味を、やっと今理解した。

 あれは、「てめえなんざ、知らねえよ。勝手に名乗ってるんじゃねえ」という威嚇や叱責の言葉ではない。もっと純粋に「お前の存在を知らない」という、疑問と驚きの言葉だったのだ。

 一年の健太のことを、彩日羅(あすら)香瑠(かおる)が知らないのは、別段おかしくない。まだ、入学してひと月もたっていないのだ。後に台頭してくる有望株でも、現時点ではまだ皆「無名の新入生」だ。

 だが、蘭は違う。蘭は二年生。すでに、一年間この学園に在籍している。『暴食(グラトニー)』の彩日羅(あすら)に、緊張しながらも近づいて挨拶ができる。そんな存在を、一年間知らずにいたという事実が信じがたい。

 いくら、この学園が馬鹿みたいに広く、ネット環境が死んでいるとはいっても、ある程度台頭してくる人間の名前は広まるものだ。

 

「ひょっとして、蘭ちゃんが平気だったのも、健太君の仕業(しわざ)?」

 

 すぐに香瑠(かおる)はその可能性に思い至る。訳の分からない存在が二人いると考えるより、一人が二人分の訳の分からないことをやっていたと考えた方が、可能性としてはまだありえそうだ。

 

「あっちの子は、本当に普通だったのだ。普通の学園女子なのだー」

 

 もう一度、食事の手を止めた彩日羅(あすら)は、香瑠(かおる)の推測を肯定するようにそう言う。

 これで、三度目の食事の中断。『暴食(グラトニー)』の彩日羅(あすら)が、途中で三度も食事の手を止める。それは間違いなく異常事態だ。

 

「ちょっと、彩日羅(あすら)ちゃん? さっきから何度もご飯を止めてるけど、大丈夫? どこかおかしくない?」

 

「大丈夫なのだー。ここのご飯は格別おいしーから、ゆっくり味わって食べてるのだー」

 

 という彩日羅(あすら)の言葉通り、その様子はむしろ『暴食(グラトニー)』の浸食が進んだ昨今では、珍しいくらいに調子が良さそうだ。だからこそ、おかしい。常に、飢えに悩まさせ、「満たされる」ことが決してない『暴食(グラトニー)』のクラスホルダーに、「ゆっくり味わって食べる」という余裕が生まれるはずがない。

 

「そう、大丈夫なら良いのだけど」

 

 不可解な事態だが、悪いことではない。むしろ、僅かながら状況が改善したと言える。

 この学園で日々を過ごしていれば、原因不明の訳の分からないことを目の当たりにしたり、巻き込まれたりすることは多々ある。だから、香瑠(かおる)はそれ以上考えることをやめた。

 それは、正解だ。

 なぜならば、今一時的に彩日羅(あすら)の飢えが多少なりとも満たされている状況がなぜ起きたのか、真実を知っている者は誰もいないからだ。

 

 もし、健太が昨日のダンジョンダイブに叶馬(とうま)を連れていって『情報閲覧(インターフェース)』で見てもらっていれば、その理由が分かったかもしれない。

 昨日、健太がコボルト強盗(ローグ)のボンドに『窃盗(ピックポケット)』で桃を取らせた『擬態木(エント)』。入手した六つの桃のうち、二つは健太と蘭で一つずつ食べ、四つはこのレストランに持ち込みジェラートとなった。

 

 あの桃の『擬態木(エント)』の正式名称は『蟠桃擬態木(イモータル・ピーチ・エント)』という。

 中国神話の『蟠桃園』に生える桃の木。その手前に生える千二百本の桃を食べれば仙人になれる。中ほどの千二百本の桃を食べれば不老長寿を授かる。奥の千二百本の桃を食べれば、尽きぬ永劫の命が手に入る。とされている。

 

 食べるだけで仙人になれる桃。

 仙人とは、本来『仙骨』を持つ者が、長く厳しい修練を積むことにより、道士を経てやっとたどり着く、超人の境地である。

 その仙人に、ただ食べるだけでなることができる桃。それが『蟠桃園』の桃だ。

蟠桃擬態木(イモータル・ピーチ・エント)』の桃は、それをはるかに劣化させたものだが、その本質は受け継がれていた。

 

 

 

 

 『魂魄結晶(ソルデバイス)』の別名を『仙骨』と言う。

 

 

 

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