日曜ということもあり、学生街では通常の店舗だけでなく、学園の許可を取った学園生が出す屋台も出ており、それなりに楽しめた。ダンジョンダイブで『銭』を稼ぐことが難しい『
いくつか面白そうなアクセサリーを出している屋台もあったが、
一応、『
結局、その後は臨時の屋台や各店舗を冷やかすだけで終わり、本日のデートの終着点である、レストランにたどり着いたのだった。
そこは小規模なレストランであり、
基本的に完全予約制であり(例外的にA、Sランク倶楽部の者は飛び込みあり)、ランチコースでも最低ラインが十万『銭』から始まる、学園都市有数の高級店でもある。
「ほんと美味しいね。流石は『
パンにパスタにサラダにスープとという、品数の割にはあっさり目のランチコースを堪能しながら、蘭は幸せそうに目を細める。
見渡すとこの店内は、流石に男女カップルの姿が多い。学食や寮の食堂もそうなのだが、学園では「飲食する場所でトラブルを起こすな」という不文律でもあるのか、皆落ち着いて食事を楽しんでいる。
皆私服のため断言はできないが、健太以外は男女共に全員二年生以上で、ある程度学園生活にゆとりのある「ダンジョン組」もしくは、「ダンジョン組に気に入られている女子」なのだろうと、推測される。
「俺はあんまり舌が肥えてる方ではないつもりですけど、これが学食や寮の食堂のメニューより一段上なのは分かりますよ。それにしても、学生街で店やってるのって、うちの『卒業生』ですよね。『
「珍しいことは事実でしょうね。低学年の頃からAかSの倶楽部に保護されていたのは、まず間違いないと思うわ」
健太の疑問に、蘭はスプーンですくったスープを口の中に流し込んだ後、ゆっくりと答える。
学園のカースト最下層と言われる『
倶楽部はダンジョンダイブを円滑に行うための組織であるため、同じ『
実際には、上級倶楽部が挑む上級、超級のレイドクエストは十日以上ダンジョンから帰還できないことが当たり前の世界であり、その場合ダンジョン内の現地調達だけでまともな食事を用意できる『
せっかくだから学園やダンジョンのことを忘れて、今日はデートを楽しむ。健太も蘭も、そんな気持ちはあれど、陸の孤島である学園に閉じ込められて、ネット環境すら半ば奪われている状態では、共通の話題がほとんど学園かダンジョンの話しかない。
必然的に、いつの間にか会話は、学園生活およびダンジョンダイブについてになる。
「次の階層に進んだんだ、おめでとう」
「はい。しばらくは今の階層で様子をしようかと考えています。感触としては、前の階層とそこまで極端に難易度が変わらない印象なので、もう何度かソロでダイブして確信を持てたら、蘭先輩とのダイブもそっちにしたいんですけど、どうでしょう? あ、『モンスターカード』は出たらお譲りしますよ」
健太の言葉に、蘭は困ったように笑う。
「うん、ダイブに連れて行ってもらう場所は任せるわ。健太君の行ってる場所はちょっと独特だから、階層だけ言われても私では判断がつかないから。一回行って合わないと思ったら、素直に言うからそこは安心して。でも、カードはありがたいけど、対価が、ね」
蘭にとって健太の好意はありがたいが、同時に怖くもある。一年間、この学園で生きてきた蘭は、ここがどういうところなのか、骨身に染みて理解している。
強い男子と、媚びる女子。
無論、例外はいくらでもいるが、健太と蘭は、どちらも例外ではない。健太と蘭の関係は、学園の一般的な男女のそれが当てはまるはずなのだ。
現状、健太が自分にベタ惚れであることは、流石に蘭も理解しているが、この状況がいつまでも続く前提で安穏と構えることを、この一年の記憶と経験が自分に許してくれない。
惚れられているからと、「もらいすぎ」の状況を何も言わずに受け入れて、愛想をつかされた時が怖い。
「同じ倶楽部で同じパーティーなら、ドロップ品は使える者に優先権があるべきでしょう。対価も、その……毎晩頂いてますし」
一方健太は、知識として学園の男女の関係は理解しているが、感覚が全く追いつていない。健太からすると、蘭は脳内で思い描いた理想の上位互換のような女性だ。美人で、胸が大きく、優しく、夜は自分を無限に受け入れてくれる。
自分はモテないという自負があるため、足りない自分の魅力を補おうという無意識が働き、物を贈ろうとしてしまう。
パートナー契約は男側からしか破棄できないとか、隷属状態に陥った女はご主人様から離れられないとかは理解しているが、それがなにをどうやっても彼女に嫌われないこととイコールではない。
健太に、「内心では嫌悪感を募られているのに、身体の関係は止められない」女とのセックスに興奮するような、特殊性癖はない。好きな人には好かれたいという、一般的な嗜好の持ち主だ。
結果、健太と蘭は「相手の為に尽くしたい同士」という相性が良いのか悪いのか、判別が難しい関係になっている。
「うーん、私はすでに健太君のパートナーなんだから、夜のことは今更対価にならないんだけどなー。喜んでくれるのは嬉しいけど。それにパーティーメンバーでも、倶楽部メンバーでも、なあなあは良くないわ。私にタダで融通する『モンスターカード』は、私と一緒にダイブした時のモノに限ろう。
健太君がソロでダイブした時に入手したドロップアイテムを融通するときは、ちゃんと対価を払う形で。格安でも良いけど、その場合は『倶楽部内価格』として、今後健太君の倶楽部の子には、同じ値段で売ってあげるべきだと思う」
「なるほど、勉強になります」
健太は蘭の指摘を、素直に受け入れた。
確かに、倶楽部の最低人数は十人、Fランク倶楽部の最大人数が二十人だと考えれば、健太の倶楽部の『
その『
もちろん、蘭は「健太の女」なのだから『特別扱い』というのも、間違った扱いではないだろうが、最悪の場合ヘイトが健太ではなく蘭に向く。愛するパートナーを特別扱いすることで、パートナーの居心地を悪くするのでは本末転倒である。
「それでしたら『モンスターカード』集めは、蘭先輩とダイブするときに、頑張りましょう。となると、蘭先輩とのダイブを増やしたいですね。明日の月曜日はソロダイブで様子を見て、大丈夫そうなら翌日の火曜にどうでしょう?」
健太の提案に蘭はちょっとためらった後、思い切って提案する。
「うん、日程はそれで良いよ。ただ、健太君が良かったらなんだけど、その火曜日に前言ってた友達を連れてきたいんだけど、駄目かな?」
蘭としても、自分を心配してくれている友人に、健太を紹介して安心させてやりたい気持ちはある。
その場合、ダンジョンダイブに同行させる形にしなければ、誤解を生んで面倒なことになる可能性が高い。ダンジョンダイブ時(つまり『
蘭の友人に紹介したいという話は、以前から聞いていたので、健太としても否はない。
「分かりました。以前言ってた二人ですよね?」
「そう、
「確か風音先輩が『
戦闘職であっても第一段階職でしかない『
第一段階職の者では『
そんな彼女達を連れて、第四階層のブラックドックの集団に相対すれば、万が一が怖い。健太の『
「確かにその方がよさそうだね。場所は、前に私と一緒にダイブした時の開始地点で良いかな?」
「はい、それで問題ないです」
確認を取る蘭に、健太はそう首肯する。
通常、ダンジョンダイブの場所は「前回ダイブを終了した時の最終地点」と決まっているのだが、例外的に『
『
もちろん、健太も『
「それじゃ、そう言うことで二人にも話しておくね」
「はい」
と、話が終わりかけたところで、チリンと音を立てて、入り口のドアが開く音が響き渡る。同時に、健太は総毛立つような恐怖に襲われた。
「っ!? 蘭先輩、《落ち着いてください》」
ダンジョンダイブですっかり染みついた習慣から、反射的に『
『
健太にスキルを使われたことは気づかない蘭だが、『落ち着いてください』という言葉は聞き取れた。
「え? 健太君? あっ!」
だが、すぐに健太が何に対して「落ち着け」と言ったのか理解する。
「三回目のお昼ご飯なのだー」
「もう、
そんなことを言いながら入ってきたのは、一組の男女。
可愛らしい犬の着ぐるみを着込んだ、童顔で小柄な女子と、ウェーブのかかった長髪が印象的な長身美形の男子である。
長髪の男子は、その言葉遣いから分かる通り、肉体と自意識の性別に多少の隔たりがあるタイプの男子のようだが、恐ろしく鍛えられたその体つきと、堀の深い整った顔立ちは、それを理解した上で言い寄る女子は引きも切らないだろうと思えるくらいに、人目を引き付ける……はずなのだ、本来は。
だが、店内にいる客は、誰も彼を気にも留めていなかった。全員の意識は、その隣でバタバタとコミカルに手足を動かしている犬の着ぐるみを着た少女に向けられている。
彼女に向けられる皆の視線は、恐怖の色一色で染まっている。
それに気づかないはずはないのだが、着ぐるみ少女も、長髪の美男子も全く気にするそぶりを見せない。
「
「分かったのだー。
二人が、狭い店内の一番隅の席に移動したところで、他の客たちは先を争うようにして、出口へと向かう。
狭い店内には、入って来たばかりの二人の客と、健太と蘭の四人だけが残された。
健太は内心反省する。
(しまった。判断ミスだな、これは)
とっさに、自分は『
店内にいた他の客が逃亡一択しか選べない『
「むう?」
「あら?」
案の定、逃げださない健太と蘭に気づいた、犬の着ぐるみ姿の少女と、長身長髪の筋肉美男子――
今更、逃げ出しても向こうの印象には、はっきりと残ったままだろう。
健太は考える。
Aランク倶楽部『
そもそも、『
どうせ目に留まってしまったのならば、挨拶ぐらいしておいた方が良いだろう。
そんなことを考えている間に、
「むう……」
一人、テーブルに残された
そう言えば、『
丁度良い。どうせ、挨拶をするのなら手土産があった方が良い。
「蘭先輩、ちょっと挨拶に行ってきます」
「ちょっと、健太君!?」
驚きの声を上げる蘭を残し、健太はまだ手を付けていなかった『桃のジェラート』を乗せたガラスの器と、テーブルから使っていないスプーンを手に取り、ゆっくりと
「…………」
その間、
「隣、失礼します。はい、あーん」
一言断り、
「はぐっ! 美味しいのだ!」
「それは良かったです。では、もう一口どうぞ」
「はぐ!」
行儀が良いと言うべきか、悪いと言うべきか、
所詮は一般人用のジェラートなど、『
あっという間に健太のジェラートが空になる。と、それを見ていたのか、自分のジェラートの器を持った蘭も近づいてくる。
原作の知識でしか知らない健太と違い、蘭にとって
『
「あ、あの、これ」
「ありがとうございます、蘭先輩。はい、お代りが着ました。どうぞ」
「はぐっ!」
と、二皿目の『桃のジェラート』を
「驚いたわね。
二皿目のジェラートを食べ終えた
「あ、
「はいはい、ちょっと待ってね。貴女も座ったら?」
「は、はい。失礼します」
蘭が健太の隣に座る間にも、
漫画のように山盛りになったミートソーススパゲティ。細めの丸太を彷彿させる太さと長さのパン。さらには大きな鳥の丸焼きや、サーモンの香草蒸し焼きなどが、ドンドンとテーブルに載せられる。それらが瞬く間に、
普通は話というのは、食べ終わってからするものだが、「
「それで、貴方達はなにか用かしら?」
それを誰よりも理解している
その言葉を待っていた健太は、用意していた返事を返す。
「いえ、特に用はないのですが、せっかくの機会ですからご挨拶をさせていただきたいと思いまして」
「そう。貴方、名前は?」
「一年
「あ、あの、私は二年
「お前なんか、知らないのだー」
健太に続いて蘭が名乗ったとたん、口の周りをミートソースでベタベタにした
「す、すみません!」
それを叱責と勘違いした蘭は、ビクリと体を震わせて縮こまった。
健太は、蘭を励ます様にテーブルの下で蘭の足をポンと叩くと、会話を引き継ぐ。
「何というか、意図せず目立ってしまったので、これはいっそ正式にご挨拶をしておいた方が、変な誤解が生じないと考えた次第です」
意図せず目立ってしまったというのは、言うまでもなく、
「ふーん、ただの偶然と言いたいのかしら?」
「はい」
目を細める
「……そう、貴方たちに他意が無いことは分かったわ。そちらだけ名乗らせるのは、不作法ね。倶楽部『
「
と、名乗り上げるとすぐさま、食事を再開する。
「ありがとうございます。Aランク倶楽部の部長と幹部にご挨拶出来て、幸いです」
健太の冷静過ぎて、丁寧すぎる返答に、
「こちらこそ、有望な一年生と知り合えて幸運だったわ」
「先ほど
「ありがとうなのだー! お前いい奴だな。うちに入るか?」
酷く簡単にAランク倶楽部に勧誘してくる
「ご遠慮しておきます。そもそも、先ほどジェラートの材料は、偶然手に入っただけで、もう一度取ってこいと言われても無理なのですが」
「じゃー駄目なのだー」
健太の返答に、Aランク倶楽部の部長はあっさり前言を翻す。
「もう、
「いえ、実際分不相応ですから。では、俺たちはこれで失礼します。蘭先輩」
「う、うん。失礼します」
遅れて、立ち上がる蘭を守る様にその肩を抱き、健太はレストランを後にした。
レストランには、
それは、彼女たちにとって珍しくもない風景だ。あのだだっ広い学食でさえ、
これが『
だから、
「今の子。健太君、と言ったかしら。彼は、『どっち』かしらね?」
『どっち』。それの意味するところは、『
『
しかし、サーモンの包み焼を頭から頬張っていた
「多分どれでもないのだ。っていうかそもそも『
言いながら、途中から自分でもなにを言っているのか分からなくなった
「違うの? え? 本当に?」
流石にそれは予想外だったのか、
「となると、何者なのかしら?」
「分からないのだ。でも、それよりもう一人の女子が分からないのだ。あんなやつ、知らないのだ」
再び、食事を止めて
「もう一人の女子って、二年生の蘭ちゃんね。確かにあの子も緊張はしていたけど、ちゃんと
あれは、「てめえなんざ、知らねえよ。勝手に名乗ってるんじゃねえ」という威嚇や叱責の言葉ではない。もっと純粋に「お前の存在を知らない」という、疑問と驚きの言葉だったのだ。
一年の健太のことを、
だが、蘭は違う。蘭は二年生。すでに、一年間この学園に在籍している。『
いくら、この学園が馬鹿みたいに広く、ネット環境が死んでいるとはいっても、ある程度台頭してくる人間の名前は広まるものだ。
「ひょっとして、蘭ちゃんが平気だったのも、健太君の
すぐに
「あっちの子は、本当に普通だったのだ。普通の学園女子なのだー」
もう一度、食事の手を止めた
これで、三度目の食事の中断。『
「ちょっと、
「大丈夫なのだー。ここのご飯は格別おいしーから、ゆっくり味わって食べてるのだー」
という
「そう、大丈夫なら良いのだけど」
不可解な事態だが、悪いことではない。むしろ、僅かながら状況が改善したと言える。
この学園で日々を過ごしていれば、原因不明の訳の分からないことを目の当たりにしたり、巻き込まれたりすることは多々ある。だから、
それは、正解だ。
なぜならば、今一時的に
もし、健太が昨日のダンジョンダイブに
昨日、健太がコボルト
あの桃の『
中国神話の『蟠桃園』に生える桃の木。その手前に生える千二百本の桃を食べれば仙人になれる。中ほどの千二百本の桃を食べれば不老長寿を授かる。奥の千二百本の桃を食べれば、尽きぬ永劫の命が手に入る。とされている。
食べるだけで仙人になれる桃。
仙人とは、本来『仙骨』を持つ者が、長く厳しい修練を積むことにより、道士を経てやっとたどり着く、超人の境地である。
その仙人に、ただ食べるだけでなることができる桃。それが『蟠桃園』の桃だ。
『
『