二十四ある一年生の教室の中で、突出した重い空気にいつも包まれている一年
だが、ここしばらくは少しだけ、空気が明るさと軽さが感じられるようになっていた。
その理由の一つには、教室の空気を暗く、重く、息苦しくしている原因人物が、なんだかんだこの一カ月弱、具体的な問題行動を(教室内では)起こしておらず、ある程度慣れてきたこと。それに伴い、その問題人物とその仲間(女子は『生贄』とも呼ばれている)は、原則見えない、いないものとして扱うという不文律が成立したことによる。
さらにもう一つ、今週末からゴールデンウィークに突入というのも空気を明るくしている要因ではあるだろう。
だが、今教室の空気が明るくなっている最大要因は、それらとは別に存在する。
それは、先週末から
一番最初に、勇者組のリーダーである
それに続くように三馬鹿こと、
本人が隠しているため周囲には認知されていないが、
言うまでもなく、これは異常事態である。ゴールデンウィーク前に、戦闘職に
その基準で言えば、一年
これはもちろん、一年丙組だけ特別才能の溢れる人材を集めたエリート組、というわけではない。単純に他二十三組と比べて、一年丙組の面々が突出して多くダンジョンにダイブし、モンスターを倒し、高確率で生還しているというだけである。
元々、ダンジョンダイブの最初の関門は、大きく分けて二つある。
一つは、単純に「殺し合い」に対する恐怖心や忌避感。これは、各自で折り合いをつけるしかない。学園生はほぼ全員、入学前にダンジョンダイブとはどのようなものか、ある程度教えられて、覚悟を決めて入学しているはずなのだが、頭で覚悟を決めたつもりでも、身体が動かない者は一定数いる。
そしてもう一つが、ダンジョン内の『瘴気圧』だ。瘴気の濃い空間は忌避感、圧迫感といった形で人間の心身にマイナスの影響を与える。
『
人間を殺傷しうる力を意志を持ったモンスターを生み出すレベルの瘴気圧。それは、常人にとっては十分な圧力である。
そんなダンジョンに初めてダイブした一年生の多くは、ダンジョンが「異界」であると肌で感じ取り、ある者は緊張し、ある者は竦み、ある者は恐怖する。死に戻った場合には、経験した記憶を失っているから次も「初めてのダイブ」だ。
最初は閉門直前にログインする「三分ダイブ」を推奨される理由の一つでもある。生還しない限り、瘴気圧に『慣れる』ことも出来ない。
そんな瘴気圧のダンジョンにダイブした一年丙組一同の感想は「空気が美味しい」だった。基本的に、
そんな叶馬と一緒の閉鎖空間に閉じ込められる午前の座学に比べれば、ダンジョン内の瘴気圧など「圧?」というレベルらしい。ついでに言えば、出て来るコボルトやゴブリンに対する感想も、「あ、うん」ぐらいだ。
曲がりなりにも本物の殺意を持って襲い掛かってくるモンスターの相手をするくらいは、叶馬と同じ教室にいる思いをすれば、へでもないという。
ある意味で、一年丙組のスタートダッシュの成功は、叶馬のおかげと言えた。
レベルや
結果、今の一年丙組は、教室内に叶馬という重圧力発生生命体がいるにもかかわらず、多くの男女が明るく談笑出来る空気になっていた。
「あー、クソ。あいつら、ちょっとツラが良いからって見せつけるんじゃねえ!」
一年丙組の教室の一角で、苛立ちを全く隠さず声を上げているのは、通称三馬鹿トリオの一人、
そんな栄治が睨む先にいるのは、和人、剛史、虎太郎の勇者組の三人。そして、その周りで媚びを売っている女子多数である。
「ひがむなひがむな」
「あーねみ。栄治チョイ静かにしてくれ。眠れねー」
栄治の言葉を受けて、三馬鹿トリオの残り二人、白夜と翔がそう言う。
すでに、
「栄治も好きだな。女はしばらく良いだろ。昨日あんだけやったんだから。まあ、半日くらいは」
そんな栄治に、机に突っ伏したままの翔がそう言う。翔の言う通り、三馬鹿トリオは、Bランク倶楽部『
「けっ、ちょっと顔が良い男がいたらケツ振りやがって。このメス豚共が」
栄治が悪態をつく通り、勇者組の和人、剛史、虎太郎の三人は、全員タイプの違う美形だ。
長身でスタイルの良い和人は正統派、その和人よりも背が高く筋肉質な剛史はいかにも男臭い掘りの深い整った顔立ちで、虎太郎は華奢な体つきと細いフレームのメガネがいかにも似合う、知的なハンサムである。
だが、ここは豊葦原学園だ。勇者組に女子が群がっているのは、顔が良いからだけではない。
勇者組は、この一年丙組でも(公式には)最初に
『
それなのに、聖菜と志保が同パーティーの男子三人と数日も違わず、
だからこそ、聖菜も志保も、和人、剛史、虎太郎の三人全員にヤられていることが、会話から分かっても、他の女子達がパーティー入りを熱望しているのだ。もちろん、そこには「どうせ抱かれるなら、この人達の方が良い」というルックスによるプラス修正が加わっていることも間違いではない。
「栄治がそういうドン引き発言を、女子に聞こえるように言ってなかったら、こっちになびく女子だっていたよ」
「だねー」
「なん、だと……?」
翔と白夜の言葉に、栄治は驚きの声を上げる。
だが、事実である。
この学園では、容姿よりも学業成績よりも人柄よりも、強さこそが女子にモテる最大の要因だ。そして、三馬鹿トリオは、一年基準ならば十分な有望株。(公式の)最速
当然、栄治たち三馬鹿トリオに、秋波を送ろうとしてた女子もいる。そもそも、三馬鹿トリオも勇者組のような明確な美形ではないが、決して悪い容姿はしていない。
ただ、栄治はいかにもすぐに怒鳴ってぶん殴ってきそうな容姿で(事実、その通りである)、白夜はいかにも人が良さそうな糸目の笑い顔が逆に胡散臭く(事実、胡散臭い)、翔はぼさぼさの髪の下から覗かせる目つきが常時気だるげで二、三人殺してそうな印象を与えるため(風評被害である、殺しているのは一人だけだ)、女子が今一踏み込めないのだ。
「マジか。後で詳しく教えろや。って、まあそれは良いとして」
そこで、栄治は声のボリュームを絞ると、
「あいつら、どの程度よ?」
と、目線で勇者組の三人を示す。
栄治の視線を受けて、白夜は机に肘をつき、その手で顔を覆ったまま、指の隙間から覗かせる左目で『視』る。よく見れば、白夜の左目の瞳孔には、刻印が記されていることが分かるだろう。
それは、ダンジョンダイブで手に入れた魔眼系SSRスキル『天眼通』だ。
ダンジョンの『
『天眼通』は、その字面からイメージする通り、『見通す魔眼』だ。この手の発動にSP消費を必要としない類のスキルは、例外的に『
「問題ない。勝てる」
勇者組三人のパラメーターを見取った白夜はそう、断言した。
『天眼通』は見抜くスキルとしては、最上級に近い。これより上はそれこそ、叶馬の『
この手のスキルは、自分よりレベルが高い者にはなかなか通じない。その点に関しては叶馬の『
だから、勇者組三人の情報をすべて見通すことが出来た時点で、白夜が彼らよりレベルが上であることが確定している。その上、パラメーターの数値もしっかりと見て、白夜は断言したのだ。「勝てる」と。
「よっし! だろうよ。へっ、女侍らせて悦に入ってる奴らなんざ、所詮その程度よ!」
「栄治、お前、一々言葉がやられ役過ぎん? なんか、負けフラグがギンギンに勃起してっからやめーや」
信頼する仲間の言葉に、はしゃぐ栄治を、翔は気だるげに机に突っ伏したまま、ため息交じりで静止する。
「翔、そう言う下品な言葉は止めろ。女どもが寄ってこなくなるだろうが」
今更、そんなことを言う栄治に、白夜がヘラヘラ笑いながら無情に告げる。
「とっくに手遅れだって。栄治、この教室の女子は諦めろ」
なんだかんだ、三馬鹿トリオは仲良く馬鹿話を続ける。入学してからの付き合いなのだから、まだ出会って一カ月もたっていないはずなのに、どこか「腐れ縁」と呼べそうな、気の置けない関係になっているのは、それだけ馬が合ったということなのだろう。
その中心にいるのは、この学園でも珍しいレベルの馬鹿で、この学園では極めて珍しいレベルに前向きでエネルギッシュな栄治であることは明らかだ。
その栄治が、また小声で言う。
「なあ、俺達強えよな?」
「まあ、な」
「一年では相当いい線行ってると思ってよさげ」
同意する翔に続けて、『天眼通』で勇者組以外の男子のパラメーターを見た白夜はそう断言する。
「じゃあ、学年最強か?」
いかにも喧嘩ヤンキーらしい栄治の言葉に、白夜はビクリと体を震わせ、反射的に視線をそっちに向けた。向けてしまった。
「…………無理」
いつも通り、教室の隅で行儀よく自分の椅子に腰を掛けている叶馬を『視』た白夜は、日頃の余裕を感じさせる雰囲気を消し飛ばし、真っ青にした顔から冷や汗を流し、口元は笑みに見えるくらいに歪めて、言葉を絞り出す。
「無理、無理、無理だって……」
白夜の『天眼通』は、自分よりレベルの低い者ならば、十全の働きを見せ、多少レベルが高い者でも不完全に情報を抜いてくれる、優れモノだ。
そして、現在の叶馬は、『
つまり、今の叶馬はノービス10+『
単純な合計レベルだけで言えば、白夜とそこまで離れていないという理不尽な結論が出る。恐らくは、そのせいなのだろう。
白夜の『天眼通』は、ある程度だが叶馬に通用してしまった。不幸にも。
「ヤバい。マズい。ゴメンナサイ、ユルシテクダサイ」
翔は机に突っ伏したまま、壊れかけている白夜の袖を引っ張り、無理矢理その『眼』を外させる。
「やめろって。『視』なくてもわかるだろ、あれは駄目だ」
「……チッ」
翔の言葉に、栄治も認めたくはないが、同意せざるを得ない。人生喧嘩に明け暮れた栄治は、そういう『強さの格』のようなものを感じ取ることができる。やたらと勇者組の和人に突っかかるのも、その感覚が「油断ならない」「ひょっとしたら、自分より強いかもしれない」と訴えかけてくるからだ。
その栄治の感覚が、「絶対に無理」「諦めろ」と伝えて来るのだ。栄治はなんだかんだ言って、そんな自分の感覚を信用している。
だから、どうにか視線を外したことで少し落ち着いた白夜が、忠告してきた次の言葉が、にわかには信じられなかった。
「サンシュ、翔。助かった。んで、俺からもう一つ、というかもう一人忠告。あっちにも手出すな」
そう言ってちらりと、白夜が『眼』を向けたのは、健太だ。
「あ?」
「理由、プリーズ」
怪訝そうな顔をする栄治と翔に、白夜は最小まで絞った声で告げる。
「見えない、あいつ。なんも、何一つ」
その言葉を理解した翔が、ギョッとする。
「お前、確か寮の先輩とか、倶楽部の部長とかでも、全く何も見えないってことはないって言ってたよな?」
一年が住むエントリークラスの寮でも、高級ホテルのようなミドルクラス、ハイクラスの寮を『性に合わない』といってそのまま居続ける第三段階職の上級生は一人、二人いるものだ。さらに、三馬鹿トリオが仮入部を決めた『
そんな上級生を相手でも、白夜の『天眼通』は、「名前しか読み取れない」といった、「使えない情報」しか抜けないということはあっても、「何も見えない」などということはなかった。
「すげえ普通の奴に見えるぞ」
今一信じられない栄治は、そう素直な感想を漏らす。栄治が言う「普通」とは、豊葦原学園の普通ではない。中学まで過ごしてきた外の世界の、普通だ。この学園ではむしろ珍しい、弱者と言っても良い。
「マジだから。本当に何も見えないんだ。最初は、『眼』の発動に失敗したかと思ったくらい」
「あー言われてみれば、多少は心当たりがある、か?」
白夜の警告に、翔は眠そうに机に突っ伏したまま少し考えて、そうぼそり呟く。
健太は、この一年丙組で、少々特異な立ち位置にいる。教室内で常時つるむ相手がいなく、一番近しいのは叶馬達なのだが、誠一のように叶馬パーティーの一員というわけでもない。教室内では「叶馬に目を付けられた可哀そうないじめられっ子」と見なしているが、その平然としてる様子が虚勢ではないとしたら、本当に「ヤバい」奴なのかもしれない。
「了解、んじゃあれもあっちと同じ扱いってことで。栄治もりょ?」
「ああ、白夜が言うならな。馬鹿の俺の判断よか、間違いねえだろ」
納得はしていないが、判断を仲間に投げた以上はその判断に従う。そういう潔さが栄治にはあった。
穏やかな空気。活気のある雰囲気。明るくなってきた教室。
このまま上手くいけば、他の教室よりは緊張感がある教室、程度に収まってかも知れない。だが、それを許さない男がいる。
言うまでもない。叶馬である。
それまでずっと、静かに着席していた叶馬が、突如立ち上がった。それだけで、教室の空気は一変する。さながら、突然目を覚ましたライオンと、寝ていると油断して近くにいたインパラの群れの如く反応である。
立ち上がった叶馬は、いったいどこから取り出したのか、右手に
マジックアイテムではないが、その切れ味は今一年の大半が使用している、『初心者おすすめシリーズ』の比ではない。
右手に二つ、左手に一つ。武器を持った叶馬がその両腕を振るうと、次の瞬間ナイフは黒板に突き刺さり、
日頃は固まったような無表情な叶馬の口元が、三日月型に開かれてる。
丁度、教室に入ってきたところだった
「誰の前で、たるんだ空気流している?
そんな叶馬のメッセージを受けた一年丙組の空気は、入学初日さながらに、グジャッと引き引き締まる。
(ああ、そういえばこんなイベントもあったなあ)
そんな凍結した空気の中、叶馬が立ち上がった時点で反射的に『
午前の授業が終えた
その時間は、当然というべきか、叶馬のつるし上げ大会となっていた。
「なあ、叶馬。お前何なの? そんなに教室の雰囲気が良くなってきたのが気に入らねえの? 万物はお前にひれ伏さなきゃ駄目なの?」
早速、愚痴をこぼす誠一に、叶馬は無表情のまま、シュンとした様子で答える。
「誤解だ」
「せっかく、暗黙の了解で、俺ら見えねえことにすることで、やっと少しずつ教室の空気が良くなってきてたのに、元の木阿弥だ」
誠一は、深く長いため息をつく。
「うちのクラスは、真面目で大人しい者が多いからな」
「叶馬くんがいる空間では、誰でも大人しくなると思う」
相変わらずズレたことを抜かす叶馬に、麻衣が半眼でツッコミを入れる。事実、ダンジョンでも低レベルのモンスターは叶馬と遭遇すると、逃亡すら出来ずにその場で震えているだけのことがあったりする。
「女子から、懇願されてるんだぞ。「もう、楽になりたいから、叶馬様に襲うなら早めにお願いします」って伝えてくれ、とかな」
「叶馬くん、サイテー。いや、本当にちょっと可哀そう」
静香以外のクラスの女子とは、あまり仲が良くない麻衣が、本気でその女子クラスメイトに同情している。
「誤解だ、俺はただステマを」
叶馬の言い訳は、完全に意味不明だが、叶馬の言っていることが意味不明であることは特に珍しくないため、その発言自体には叶馬パーティーの者達は突っ込まない。
そこに、突っ込むのは叶馬パーティーではない健太だ。
「なあ、叶馬。お前が『
健太の言葉も叶馬への叱責という意味では同じなのだが、その内容が一々「叶馬のやろうとしていたこと」を理解した上での言葉だったため、叶馬は無表情ながら何度もコクコクと頷き、嬉しそうな雰囲気を漂わせる。
今ではすっかり見慣れた叶馬に対する健太の謎の理解力に、誠一は思わず皮肉っぽい言葉を履く。
「そうやって健太が無駄に叶馬を理解してやるから、叶馬の突飛な言動が直んねえじゃねえか?」
「馬鹿なことを言わないでくれ。誰が何をどうやっても、叶馬の突飛な言動が直るわけがないだろう」
「絶望的に説得力のある、絶望的なこと言うんじゃねえよ……」
スープ皿に髪が入りそうなくらいに、誠一は項垂れた。
その体勢から視線だけ健太の方に向けた誠一は、一縷の希望に縋る様に口を開く。
「なあ、健太。やっぱ、お前こっちこねえ? これ、せめて半分受け持ってくれや」
「遠慮する。誠一ならともかく、俺じゃ身が持たん」
「俺だって持たねえよ、叶馬の相手なんざ」
エキサイトする誠一の健太の押し付け合いに、おずおずと叶馬が口を挟む。
「その辺にしておいてくれないか。いい加減、静香が興奮しすぎで、過呼吸を起こしかけている」
見ると、叶馬の言葉通り、静香は顔を真っ赤にして、犬のように荒い呼吸を繰り返している。一年でもトップクラスの美少女が、「気持ち悪い」としか言いようのない表情を浮かべている。
こういう時の静香には触れない方が良い。
健太は静香に目の焦点が合わないように、視線を逸らした。
「それよりも、健太さん。今日のダイブご一緒しませんか!?」
いつも通りの健啖家ぶりを発揮し、他の女子の倍くらいの量のランチを食べていた沙姫が、目をキラキラさせながら、そう提案してくる。
「あれ? 叶馬達は今日は休みの日じゃなかった?」
叶馬達のダンジョンダイブが隔日であることは健太も知っている。そのローテーションからいけば、今日は休みのはずだ。
「沙姫ちゃん押し切られて、急きょダイブです」
「放っておいたら沙姫ちゃんが一人でダイブしちゃうです」
「そ、そんなことは……」
半眼の双子の言葉に、沙姫はキョロキョロと視線を視線を泳がせる。沙姫がダンジョンダイブに積極的なのはいつものことだが、周りの制止を振り切る勢いというのは、珍しい。
首を傾げる健太に、誠一が説明してくれる。
「こないだ『
本来『剣』という武器は、学園でもっとも需要のある武器と言っても過言ではないのだが、叶馬パーティーでは無用の長物に近い。
現状、叶馬パーティーで近接武器を使うのは叶馬、誠一、沙姫の三人だけ。理不尽GR
唯一、可能性があるのは沙姫なのだが、沙姫の『
もちろん、武器として振りまわす分には問題ないのだが(そういう意味では、斧でもこん棒でも問題ない)、『
沙姫の場合、第一段階職が戦士系レア職である『
それならば、購買で購入した安い刀で戦う方が、総合的な戦闘力は高い。
「あー、そう言えば、蜜柑先輩が「先約入っているから、ちょっと遅れる」って言ってたな。あれ、沙姫さんの刀か」
思い出した健太は、そう言う。
正確に言えば、依頼の順番は、「健太の(ゴブリンチャンピオン)大剣の調整」→「沙姫の(ブルーソード原料)太刀の作成」→「健太の(鉄刀擬態木原料)小剣」の順だ。
健太の言葉に、誠一が今更ながら疑問の言葉を発する。
「そういや、健太。お前も蜜柑ちゃん先輩たちと知り合いだったのか?」
あまりにナチュラルに健太の口から、『
「ああ。言ってなかったか。俺の武装は、購買購入品以外は全部、『
と、前々から用意していた言葉を返す。
言っている内容はすべて事実である。元々原作知識で『
もちろん、学生街に店舗を構えている卒業生がやっている武器屋は、それなりの腕の『
「ということは、健太さんも蜜柑先輩のところに、仕事を依頼してるんですか?」
と好奇心いっぱいに聞いてくるのは、沙姫だ。
「うん、ダイブでちょっと良い素材が手に入ったから、それで小剣を新調してもらおうと思ってね」
「うわあ、完成したら見せてください! 是非、私の新しい刀と立ち合いましょう!」
「見せるのは良いけど、立ち合いは嫌だ」
「なら、果し合いでも良いです!」
「もっと嫌だ」
蜜柑が手掛ける沙姫の新しい刀。それは、原作で長く沙姫の愛刀となる『水虎王刀』だろう。『水虎王刀』を持った沙姫は、「鬼に金棒」「虎に翼」「キチガイに刃物」だ。立ち合いどころか、正面に立つのも嫌である。
逃げ道を探すように視線を泳がせた健太は、学食にかけられている時計を見て、もういい時間であることに気づいた。
「あ、もう時間だから俺、行くわ」
「え? まだ、早くないですか?」
「いや、今日はダイブの前に購買に用があるから」
健太は、逃げるように素早く席を立つと、実際逃げ出した。
とはいえ、購買に用があるというのは、嘘ではない。
購買で健太は、術士用の『
それに比べると、この『
術式補助具は、この
必然的に、術式補助具は他の武器と比べて、最安値が一桁高い。まあ、剣や槍と違い、術式補助具はノービスには基本無用の装備だ。買い求めるのは、最低でも第一段階の『
『
その後、ロッカールームでいつも通り、ダンジョンダイブ用のフル装備をその身に纏った健太は、『
すでに、『
健太と同じ一年生男子だが、健太よりも頭半分小柄で、健太と違い顔立ちは「可愛い」系に整っている。非常に見慣れた、健太にとってはある意味では、叶馬や誠一よりも仲の良い一年男子。
それは、ルームメイトの
「やあ、尚典」
「あ、健太。本当に買ってきてくれたんだ」
健太が声をかけると、小柄な一年男子――尚典は、笑顔でそう言葉を返す。
制服姿の尚典は見慣れているが、今のように制服の上からボディアーマーを着込み、大きなリュックサックを背負い、長い槍を手に持った尚典を見ると、彼も入学から今日まで、ダンジョンダイブを行ってきたのだと、実感する。
「ああ。約束は守る。そっちは、大丈夫か? これを受け取るなら、基本的には俺の倶楽部に入ってもらうぞ?」
健太の言葉に、尚典は少し緊張したように一度言葉に詰まった後、決意を固めたらしく、一つ頷く。
「うん。僕もちょっと予想外だったけど、せっかく最初の
尚典の教室は、男女で対立している代わりに、男子全体は仲が良く、パーティーを固定せず、その日ごとに三人から六人程度のパーティーを組み、ダンジョンダイブを行っている。現時点で、
まだ、ノービスの同じ教室の男子とダンジョンダイブを続けるということは、尚典にとっては足踏みを強いられることと同義だ。それも、非常に長きにわたる足踏みだ。
尚典の言葉を受けて、健太は小声でもう一度念を押す。
「本当に良いのか? 『
『
「『
健太の言葉に、尚典は苦笑しつつそう言って首を横に振る。
確かに『
ちなみに波留寮長が所属している倶楽部は、部員全員が『
そんな波留寮長の言葉なのだから、ある程度割り引いて考えるべきなのだろうが、健太の原作知識と照らし合わせても、確かに『
「分かった。じゃ、行こうか。今回のダイブで、ある程度お互いの力量と相性を見極めよう。それが、極端に悪くなかった場合」
「うん、その場合は、健太の倶楽部に入らせてもらうよ」
はっきりとそう答えた尚典の言葉を聞き、健太は地下へ続く階段を下りて行った。