※この作品はR-18です。

ハイスクール転生アンド巻き込まれ   作:ミタライ

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第四十八話 ルームメイトと行くダンジョン、ルームメイトと向かう女子寮

 

――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――

 

 ――第『(さん)』階層、『既知外(きちがい)』領域――

 

 

 

 健太(けんた)にとっては慣れ親しんだ『既知外(きちがい)』領域第三層。種族最高レベルである20レベルのゴブリンと、その枠を超えた『超越個体(オーバーボーダー)』しか出現しない、石造りの通路と玄室からなるその階層に、健太はルームメイトである尚典と共にいた。

 

「《こっちだ》」

 

「ギャッ!」「シギャア!」「ンベエ!」「シギイ!」

 

 健太の『挑発(プロヴォーク)』に抗えず、玄室にいた十匹を超えるゴブリン達は、全て健太に突撃を敢行する。

 一見すると、それは草食獣に肉食獣の群れがたかっているような、悲劇的な状況にも見える。

 

 だが、実態は逆だ。十匹だろうが百匹だろうが、それは崖に向って全力疾走しているに等しい、無謀な突撃に過ぎない。今の健太ならば、意識さえ保っていられれば、ゴブリン如きの攻撃は、素肌で受けてもダメージはゼロである。

 それをあえて、小剣と方形盾でさばいているのは、いつも通り防御の練習のためだ。

 一メートル前後しかないゴブリンといえども、十匹以上が一人の人間に群がれば、半分近くは武器の届く距離に近づくことも出来ず、他のゴブリンの背中越しにギャアギャア喚いているだけだ。

 

「《魔弾(マジックボルト)》!」

 

 と、そんな声をと共に飛来した光弾が、一匹のゴブリンの後頭部に直撃し、爆砕する。仲間の一体が殺されたのに、一匹たりとも後ろを振り向くどころか、驚きに体を硬直させることすらないのは、異様な光景だ。それだけ、強力に健太の『挑発(プロヴォーク)』に縛られているのだろう。

 

 今、『魔弾(マジックボルト)』を放ったのは、健太のルームメイトの尚典(なおふみ)である。

 小柄で華奢な尚典は、真剣な表情で『術短杖(マジックワンド)』を構えている。健太から譲ってもらった『術短杖』は、人の指先から肘まで程度の長さしかない、細長い棒状の道具だ。

 そのとがった先端を、別のゴブリンの後頭部に向け、再び尚典は叫ぶ。

 

「「《魔弾(マジックボルト)》!」

 

 次の瞬間、『術短杖(マジックワンド)』の先端から、握りこぶしほどの光弾が飛び出し、真っすぐゴブリンの後頭部に着弾する。

 一匹残らず、ゴブリン達の意識は、丸ごと健太に集中している。後方に控える尚典にとっては、狙いたい放題だ。

 その後、十匹を超えるゴブリンは全て、尚典の『魔弾』で一匹ずつ撃ち倒されていった。

 

 

 

 

 

 拾い集めたゴブリンのクリスタルとドロップ品を等分に分けたところで、健太は尚典に問う。

 

「どうだった? 『術士(マギ)』系での初戦闘は?」

 

「うん。思っていたよりはるかに威力があってびっくりした。それに『術士(マギ)』の攻撃は威力はあるけど、すぐ息切れするって聞いていたけど、そこまでの負担も感じなかったし」

 

 可愛らしく首を傾げる尚典に、健太は冷静に指摘する。

 

「それは、お前が『術士(マギ)』をスキップして第二段階職の『陰陽師(オンミョウジ)』になったからだな。その分威力も上がっているし、SP総量も増えている」

 

「あ、そうか」

 

 単純な指摘に、尚典は納得したように頷いた。

 通常、転職(クラスチェンジ)したばかりの『術士(マギ)』は、ノービス10+『術士(マギ)』1の合計11レベルだ。それに対して、第一段階をスキップして、いきなり第二段階職になった尚典は、現状ノービス10+『術士(マギ)』20+『陰陽師(オンミョウジ)』1の合計31レベルと推測される。

 さらにいえば、身体を守ってくれるSPバリアは、本人の意思によって強さが変わるという性質がある。

 今のように、健太に全意識が収集している状態のゴブリンに、主に背後から攻撃を食わせれば、SPバリアはほぼ素通しだったはずだ。自分より10もレベルが高い『術士(マギ)』系の攻撃をSPバリア素通しで食らえば、ゴブリン如きひとたまりもない。

 

「いきなり『既知外(きちがい)』領域で、最初はびっくりしたけど、意外と戦えるものだね」

 

既知外(きちがい)』領域の瘴気圧に(さら)されている尚典がそんな呑気なことを言っていられる理由は二つ。

 一つ、スキップ転職(クラスチェンジ)のおかげで合計レベルがすでに30越えという十分なレベルに達しているから。もう一つは、念のため健太がダイブ直前に『精神増強(エンハンス・メンタル)』をかけたからだ。

 

 おかげで、尚典は『既知外(きちがい)』領域での初戦闘も、無難にこすことが出来た。『既知外(きちがい)』領域の瘴気圧に負けなかった理由はその二つで間違いないのだが、ぶっつけ本番で『術士(マギ)』のスキルを使いこなすことが出来たのは、尚典のセンスとしか言いようがない。

 

「スキップ転職(クラスチェンジ)したくらいだから、当たり前なのかもしれないが、尚典は『術士(マギ)』系の適性が高いな。『術士(マギ)』系のスキルは普通、最初からそこまで使いこなせるものではないぞ」

 

「そうなのかな? だと良いんだけど」

 

 実感のない尚典は、健太の賞賛の言葉に首を傾げる。

 健太の言っていることは事実である。あくまで自分の体を使う延長線上にある『戦士(ファイター)』系、『盗賊(シーフ)』系のスキル発動に比べて、魔法を扱う『術士(マギ)』系は、スキルの初発動に苦労すると言われている。例外的にそれらの(クラス)全ての体得している健太だからこそ、断言できる。最初に感覚をつかむという点に関しては、『術士(マギ)』系が突出して難しい。

 もちろん最初は失敗しても、使い続ければ誰でも徐々に慣れていくので、挽回は十分可能なのだが、転職してすぐに実力を発揮できるか、しばらくもたつくかは、決して小さくはない。

 

「自信を持って良いレベルだと思うぞ。体調は問題ないか? ないなら、次の玄室に向おう」

 

「え? もう? まあ、体調は大丈夫。SPも徐々に回復してきてる感じだし」

 

 健太の言葉に、尚典は驚きながらも素直に従う。

 健太はダンジョンダイブを、叶馬パーティーへの合流、ソロ、自分主導のパーティーしか経験がない。だから、平均的な一年のそれと比較できずにいた。

 この時期の一年の場合、主だった戦闘領域である『既知(きち)』領域の第一階層、第二階層は、下手をすればモンスターよりもダイブしている一年の方が多いくらいにモンスターが少ない。運が良ければ(あるいは悪ければ)、一時間以上ダイブしたのに、一匹のモンスターとも遭遇しないこともあるほどだ。

 それと比べれば、健太の『既知外(きちがい)』領域での戦闘頻度は、異常と言っても良い。

 (らん)来斗(らいと)のレベリングのように、健太がモンスターを無力化して、とどめを刺すだけならばともかく、尚典は敵意(ヘイト)

が健太に全集中しているとはいえ、自力でゴブリン十匹以上を倒したのだ。単純なSPの消費という意味だけなく、精神に負荷がかかっていることは間違いない。

 健太の提案に、是と答えられるだけでも、尚典は精神的にタフだと言えよう。

 

「よし、次だ」

 

「うん」

 

 尚典は、足元に置いていた槍を拾うと、動き出す健太の背中を負うように続いた。

 

 

 

 

 

「《(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ぜん)(ぎょう)》、【(ばく)】!」

 

 小さな玄室に、尚典の男としては高い声が響き渡る。

 その『力ある言葉』から引き出された力が、玄室にいる六匹のゴブリンに襲い掛かる。

 

「ギッ!?」「ヒギッ?」「グエ!」「ニョホ?」「ヤベッ」「マズッ!」

 

 六匹のゴブリンは全て、その場で麻痺状態となった。

 

「……ふう、良かった。全部、ちゃんと効いたみたい」

 

 尚典はそう言って、『術短杖(マジックワンド)』を握ったまま、右腕の袖で額の汗をぬぐう。

 

「これが『陰陽師(オンミョウジ)』のスキルか」

 

「うん。『九字、十字』って言うんだ。自由度が高い分使えそうだけど、SPの消費が激しいね。『魔弾(マジックボルト)』とでは比較にならないや」

 

『九字、十字』は、『陰陽師(おんみょうじ)』の基礎スキルで、『九字』だけを唱えると、モンスターへの無形の攻撃として発動し、十文字目を加えることで、その『力』に方向性を持たせることができる。

 今回、尚典は【(ばく)】の一字を加えることで、束縛――対象を麻痺させる力としたのだ。

 

 尚典は『術短杖(マジックワンド)』を腰のベルトに刺すと、床に置いていた槍を拾い上げ、麻痺状態のゴブリン達にとどめを刺していく。

 

「うわっ、第一、第二階層のゴブリンとは手ごたえが全然違う! 第一、第二階層みたいにこの槍で戦ったら一匹相手でも負けそう」

 

 麻痺状態のゴブリンの喉元に槍を付き刺しながら、尚典はそう言う。『魔弾(マジックボルト)』では分からなかった、手ごたえの違いに尚典はここのゴブリンが強敵ある実感を抱く。

 

「それは、どちらかと言うと武器のせいだな。もう少しちゃんとした武器を使えば、尚典ならここのゴブリンでもさほど抵抗なく刺さるはずだ」

 

 健太は、冷静な声でそう指摘する。

術士(マギ)』系は身体能力が上がりづらいとは言っても、全く上がらないわけではない。事実、原作では『術士(マギ)』系第二段階職である『巫女(ミコ)』の静香が、『戦士(ファイター)』系第一段階職である『剣士(ブレイダー)』レベル1の沙姫を、簡単に取り押さえるシーンがあった。

 武器を持って戦闘をするというのならばともかく、動けなくなったゴブリンにとどめを刺すだけならば、問題ないだけの腕力が身についているはずだ。

 

「あー、武器か。そう言えば、寮の先輩たちも言ってたよね。自分のレベルアップと同じくらいに装備も大事だって」

 

 尚典の槍は、『新入生お奨め装備セット』に入っていたものだ。つまり購買製の中でも最低価格の代物である。普通の一年ならばともかく、スキップ転職(クラスチェンジ)を果たして、そのレベルに適した階層に移動しようとするならば、流石に買い替えの必要があるだろう。

 

「俺の倶楽部に入るなら、俺が装備一式任せてる先輩を紹介するぞ。腕も人格も保証する」

 

「うん、それならお願いしようかな」

 

 着々と尚典の倶楽部入りが進んでいく。

 

 

 

 無事、尚典が全てのゴブリンにとどめを刺し、クリスタルとドロップ品を袋に詰めた健太と尚典は、石造りの通路を歩きながら、言葉を交わす。

 

「それにしても、動きとめるだけで、そんなにSPを使うようなら、『九字、十字』というスキルはあまり使い勝手が良くないのか?」

 

 そんな健太の指摘に、尚典は少し考えた後、首を横に振る。

 

「いや、一概にそうは言えないと思う。『九字、十字』は手ごたえからして、もっとレベルの高いモンスターにも通じそうだから。逆に、『魔弾(マジックボルト)』は、モンスターが強ければ一撃では倒せないだろうし。もちろん、ダメージを与えるだけでも意味はあるんだろうけど」

 

「なるほど。ゴブリンに使うのは無駄が多いだけで、もっと強敵には使う価値があるのか」

 

「うん、それに『九字、十字』の良いところは、十文字目を変えることで色々な効果を生むことができることだから。攻撃力は、同じ『術士(マギ)』系第二段階職の『魔術士(ウィザード)』や『精霊使い(シャーマン)』に比べると、劣るらしいけど」

 

 例えば、十文字目を【火】にすれば火炎攻撃、【雷】にすれば雷光攻撃に出来るのだが、そうした攻撃は同じ『術士(マギ)』系第二段階職の中では、低威力の部類らしい(もちろん、個人差はある)。

 その代わり、十文字目次第で多様な使い方が可能だ。静香がついている『巫女(ミコ)』の男版と言われるだけあり、『祈願(ウィッシュ)』のように、味方にバフを付与することもできる。

 

「使い手の判断力が問われそうだな」

 

 

「だね。同じ職についてるダンジョン組の先輩の話が聞けたら一番なんだけど、とりあえずは図書館で調べてみようと思う」

 

「タイミング合えば、そっちも付き合うぞ。図書館なら、色々力になれる」

 

 普通科の一年では、一番図書館に通い詰めているという確信がある健太は、そう請け負う。

 豊葦原学園の図書館は、オール紙の本の上にその数が膨大過ぎるため、すべてを網羅しているとは流石に言えないが、大体の配置は『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』に入力済みだし、有益な本は内容も『脳外記憶領域(クラウドストレージ)』に丸ごと落してある。

 だたし、今言った通り、健太は学園でもトップクラスにダンジョンダイブ頻度が高い部類だ。健太の図書館行に尚典が付き合うのならばともかく、尚典の図書館行に健太が付き合うのは、難しいかもしれない。

 

「その時はお願いするよ」

 

 と、尚典が笑顔で言葉を返したその時だった。

 

 グウウ! という、明確に敵意と殺意を漂わせた、怒声が遠くから聞こえてくる。

 

「尚典。約束通り、こいつは貰うぞ」

 

「う、うん」

 

 健太の言葉に、尚典は素直にそう答える。今の声だけで、それが自分の手に負える相手ではない、と分かったのだろう。

 それは、言うまでもない。『超越個体(オーバーボーダー)』の声だ。『既知外(きちがい)』領域を、危険地帯としている主犯。同族食い等、何らかの手段で領域の瘴気濃度を超えるレベルに成長を遂げた、計算外の存在。

 

 聞こえた怒声は遠かったはずなのに、それが健太たちの前に姿を現したのは、恐ろしく速かった。

 

「グオオ!」

 

 と、怒鳴り声を響かせながら、こちらに向かって猛スピードで突っ込んでくるのは、身長二メートル半ほどはある、大柄なゴブリン種だ。

 ゴブリンキングか、ゴブリンロードか。具体的な種族名は分からないが、ゴブリン系の『超越個体(オーバーボーダー)』であることは間違いない。

 身長が二メートル半ほどもある上に、肉達磨と呼びたくなるようにガチムチ体型の化け物は、全体的には革鎧に分類されるような軽めの鎧を纏っているのだが、左肩だけは鋭いとげの生えた金属製の肩当を装備している。

 

「オガアア!」

 

 その左肩をこちらに向けて、一直線に突っ込んでくるのだ。ショルダーチャージ。長い通路を遠くから走ってくるその速度は優に時速100キロを超えているだろう。その巨体に、その速度。そして、肩のとげが合わされば、ただの突撃が凶悪な攻撃と化す。

 細長い通路では、回避する余地もほとんどない。地の利を生かした、見事な攻撃と言えよう。

 

「…………」

 

 二メートル半ほどのゴブリンが低い姿勢で突っ込めば、ちょうどとげの生えた左肩は、健太の顔と同じくらいの高さとなる。

 

「アア!」

 

 その一撃必殺の攻撃を、健太は少しだけ腰を下ろした体勢で、顔の前に方形盾を装着した左腕を掲げて受け止め、斜め下に受け流した。同時に自分は右足を軸に、四十五度回転するように左足を斜め後ろに引く。

 

「ギャッ!?」

 

 結果、ゴブリン『超越個体』の巨体は無様に、床に顔面をぶつけ、肩のとげを床に突き刺さった体勢で固まってしまった。

 その横に立つ健太は、流れるような動作で、ゴブリン『超越個体』の太い首に、小剣を振り下ろす。

 

「はっ!」

 

「ヒギッ!」

 

 健太の小剣は、見事に筋肉で埋もれたゴブリン『超越個体』の首を斬り落とした。

 首を切り落とされた死体は、僅かな間そのグロテスクな姿を保っていたが、すぐに瘴気へと戻り、後には大きめのクリスタルと、とげの生えた金属製の肩当だけが残る。

 

「……思ったよりも脆いな」

 

 健太はボソリと素直な感想を漏らす。健太としては、改めて取得した『増強術士(エンハンサー)』のスキルを試したかったのだが、それを試す前に倒してしまった。『超越個体(オーバーボーダー)』は個体能力差が激しいので、ひょっとしたらこの個体は『超越個体(オーバーボーダー)』になって間もなかったのかもしれない。

 

「凄いね、健太は。僕も今日一日で、予想以上に強くなったつもりだったけど、全然敵わないや」

 

 キラキラとした目でこちらを見る尚典に、健太は落ち着いた声で答える。

 

「同じ第二段階職でも、俺が『騎士(ナイト)』になったのは随分前だからな。ここやこの下の階層で戦ってきた分、尚典とはレベル差がある。心配しなくても、しばらくすれば尚典も、あれくらいは一人で倒せるようになるぞ」

 

「そ、そうかな?」

 

 とても信じられないといった表情で尚典は首を傾げるが、健太の言っていることは全面的な嘘というわけでもない。

陰陽師(オンミョウジ)』は強クラスだ。レベルを最大まで上げれば、今の『超越個体(オーバーボーダー)』程度ならば、一人で倒せる可能性は十分にある。

 もちろん、それは今の健太のように、「歯牙にもかけずに瞬殺」できるという意味ではない。高い確率で勝てる、というだけの話だ。第一段階職とはいえ、十五以上の職を重ねている健太の基礎能力値は、他の生徒との比較が難しい領域にある。

 

「ああ。この調子なら、そう遠くないだろう。尚典は『術士(マギ)』系のセンスがあるし、度胸も据わっている」

 

 という健太の言葉は、全面的に本当のことだ。健太自身、『術士(マギ)』系の(クラス)についた時、尚典のように的確にスキルを発動させられなかった。健太が図書館の資料や寮の先輩から聞いた所感では、健太が特別センスがないわけではない。健太ぐらいで普通。

 ならば、尚典はかなりセンスがあると言える。流石に麻衣(まい)ほどではないが、それに準じるくらいのセンスは感じられる。その上、今日一日の戦闘を見る限り、度胸も問題ない。

 ダンジョンでの「殺し合い」にすでに、適応している。

 考えてみれば、尚典はクラスメイトとのダンジョンダイブを繰り返して、正当に転職(クラスチェンジ)にこぎつけたのだ。『戦士の不動心(マインドスイッチ)』というチート能力があった健太とは違う。

 すでに「死に戻り」も複数経験しているし、恐らくは「死にそうな重症を負って生還した記憶」もあるのだろう。素のメンタル強度ならば、間違いなく健太を圧倒していると言えた。

 

「あはは、健太にそこまで褒められると照れるね。でも、それなら僕は『合格』かな?」

 

 尚典の明るい笑い声に、健太はしっかりと首肯する。

 

「ああ。こっちとしては、是非入って欲しい。そっちはどうだ? 俺の倶楽部に入るデメリットもあるだろう?」

 

 健太と違い、教室内でそれなりに上手くやっている尚典だ。健太の倶楽部に入れば、教室内で孤立する恐れがある。

 だが、尚典は迷わずきっぱりと答える。

 

「うん。僕も今回のダイブで分かった。健太と一緒にやっていきたい。これが学園一年のトップ層だとしたら、今までの僕はものすごい後ろを走ってた。言いづらいけど、今後もクラスの皆と一緒にやっていったら、取り返しがつかなくなる。多分、ここがラストチャンスだ」

 

 今日の戦闘で、尚典は痛感した。自分と健太の違いを。そして、そんな自分でも教室の面々とならば、大きな差が出来ているという事実。

 今日、健太のアシストを受けながら尚典は、ここのゴブリンを何十匹と倒したが、まだノービスのクラスメイト達ならば絶対に無理と言い切れる。

 尚典の体感としては、前方を進む健太の背中がはるか遠く、振り返ると後方を歩くクラスメイトはそれ以上に遠い印象だ。前に合わせると後ろが、後ろに合わせると前が『別世界』になってしまう。

 

 どちらかしか選べないのならば、前を選びたい。それは、自然な決断と言えた。

 

「分かった。歓迎する」

 

「よろしく、健太。ただ、正式な倶楽部結成は、出来るだけ急いでくれると嬉しいかな。その方が、教室の皆の誘いを断りやすいし」

 

 そんな会話を交わしている間に、次の玄室が見えてくる。

 

 結局この日、健太と尚典は、六十匹前後のゴブリンと、二匹の『超越個体(オーバーボーダー)』を屠ることに成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

羅城門(らしょうもん)』閉門時は、いつも大混雑となる。

脱出(エクソダス)』を使う『遊び人(ニート)』のソロ、高額な使い捨てアイテムである『帰還珠(リターンオーブ)』を使える一部の上位層、そして両手で数えられる『降臨(アドヴェント)』が使える『司祭(プリースト)』がいるパーティー以外の全員が、この時間にログアウトするのだから、当然である。

 

 ちなみに健太は、『遊び人(ニート)』の『脱出(エクソダス)』を使えるが、これはソロ用のスキルのため、今日のようにパーティーを組んでいるときは使えない。

 

 徐々に進む長い列から、どうにか出て来た健太は、隣を歩く尚典に気遣いの声をかける。

 

「お疲れ様、尚典。俺は碧鷺(へきさぎ)荘で風呂借りた後、白鶴(はくつる)荘に行くつもりだけど、お前は大丈夫そう?」

 

 健太が心配しているのは、性欲、精力増強問題である。今日、何十匹というレベル20ゴブリンを屠った尚典は間違いなくレベルが上がっているはずだ。

 

「んー、大丈夫、だと思う。これくらいなら我慢できるよ」

 

 だが、尚典は自分の状態を把握するように、長いまつ毛を瞬かせるように何度か目を瞑った後、そう気丈に答える。

 健太の記憶が正しければ、原作では第二段階職になったばかりの静香が、一回ダンジョンダイブで1レベルから3レベルになっていたはずだ。ただし、静香は叶馬達四人パーティーでのダンジョンダイブで、とどめを譲ってもらっていただけなのに対し、尚典は健太と二人だけ。しかも『超越個体(オーバーボーダー)』以外は、全て尚典が倒した。

 ならば、今日だけで尚典のレベルは5か6くらいか。我慢できるというのは強がりではないのだろうが、「我慢しなければならない」くらいに性欲が高まっているとも言える。

 

(しまったな。事前に烏琉羽(うるは)先輩に話を通しておくべきだった)

 

 と、役に立たない後悔が健太の脳裏に浮かんだ、丁度その時だった。

 

「健太様、偶然ですね」

 

 そんな、耳に心地よい澄んだ声が聞こえる。

 驚く健太が視線を向けると、そこには予想通りの姿があった。腰まである艶やかな黒髪が印象的な美女――烏琉羽(うるは)が清涼な笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

烏琉羽(うるは)先輩? なんで?」

 

 すでに『戦士の不動心(マインドスイッチ)』をオフにしている健太は、驚きを隠せない。まるで隠れて機を見計らっていたかのような、タイミングの良さだ。

 烏琉羽(うるは)はクスリと笑うと、何でもないかのように答える。

 

「ただの偶然です、健太さん。私も本日はダイブしていたので」

 

 言われてみれば、烏琉羽(うるは)は制服の上から銀色の胸鎧(ブレストプレート)を纏い、腰には剣帯を巻き、そこには銀色の細剣(レイピア)を下げている。胸鎧、剣帯、細剣、いずれにも緑色の大ぶりな宝石らしきものが嵌っており、一目でマジックアイテムであることが分かる。

 健太の視線に気づいたのだろう。烏琉羽(うるは)は笑いながら、言い訳をするように言う。

 

「私は、『娼婦(ニンフ)』ですから、こういうモノに頼らないと、力不足でして」

 

 問題は、その力不足な人間が、どうやってそのマジックアイテムをそろえたのか、ということなのだがそれはつまりそういうことなのだろう。

 強者が優遇され、隷属という理不尽なシステムが存在するこの学園は、男尊女卑という言葉すら超越した男優位の空間だが、そんな中でも強かに強さ以外の強みで生き抜いている女子もいる。

 

「ええと、健太? その人は?」

 

 健太の横に控えていた尚典が、おずおずとそう言ってくれて、健太も自分がやるべきことに思い至る。

 

「あ、この人は烏琉羽(うるは)先輩。俺のパートナーの(らん)先輩と同じ白鶴(はくつる)荘の人で、その……色々お世話になっている」

 

 あれから、来斗(らいと)とのダンジョンダイブの度に、烏琉羽(うるは)には来斗の相手をしてもらっている。お礼は、後払いで健太とのセックスだ。そんな、世間の常識からは途方もなく離れた(だが、学園の常識には則った)関係を、説明しづらい健太は言葉を濁しながら、そう紹介する。

 

「んで、烏琉羽(うるは)先輩。俺のルームメイトの尚典です」

 

 健太の紹介を受けて、尚典が緊張した面持ちで、ペコリと頭を下げる。

 

「一年(さる)組、尚典です。健太の倶楽部に入る予定です」

 

 尚典の自己紹介に、烏琉羽(うるは)は少し目を見開き、その後口元に上品な笑みを浮かべる。

 

「二年(とら)組、烏琉羽(うるは)と申します、尚典さん。健太さんの倶楽部と言うことは、私の『お客様』ですね。早速今夜も可能ですが、いかがされますか?」

 

 烏琉羽(うるは)は、『客』である尚典と、『支払主』である健太に交互に視線を向け、笑みに妖艶さを加えることで意図を伝える。

 尚典も、曲がりなりにもこの学園で一カ月近く過ごしてた男子だ。烏琉羽(うるは)の言わんとしていることは、察せられる。

 

「ええと、健太?」

 

 尚典の視線に、ちょっと期待の色が滲み出ている。やはり、「我慢できる」だけで性欲の上昇は結構な衝動となっているのだろう。

 

「うん。烏琉羽(うるは)先輩は、俺の倶楽部設立に協力してくれてるんだ。俺の倶楽部に入るメリットとして、今日みたいに俺がレベリングを手伝うようにしてるんだけど、急にレベルが上がると、大変だろ? その発散をお願いしてる。でも、大丈夫なんですか?」

 

 健太が心配するのも当然である。烏琉羽(うるは)は、健太以外にも客をたくさん抱える人気者である。倶楽部にも所属しているため、倶楽部の男子の相手もしている。体が開いている夜は、滅多にない。

 

 だが、烏琉羽(うるは)は妖艶な笑みを崩さずに、

 

「はい。偶然今夜は予定がございませんので、尚典さんのお相手をすることは可能です」

 

 そう言って、尚典をしっとりと見つめる。

 

「あ、え、あう」

 

 女慣れしていないことに関しては健太以上な尚典は、とっさに返事を返せない。「お願いします」というには、気後れや羞恥が邪魔をするし、「結構です」というには、レベルアップで高まった性欲、精力が許さない。

 だから尚典よりは、多少慣れている健太が代わりに答える。

 

「そう言うことでしたら、よろしくお願いします、烏琉羽(うるは)先輩。場所は、烏琉羽(うるは)先輩の部屋で良いですか?」

 

「はい。それで問題ございません」

 

 烏琉羽(うるは)は心地よく響く声でそう答えた。

 尚典が明確な意思を示していないのに、健太が勝手に了承してしまった形だが、まあ問題はないだろう。現に、話が進んでも尚典が嫌がるそぶりは見せない。

 

「それじゃ、俺たちは一度自分の寮で身支度を整えてから、白鶴(はくつる)荘に伺います。今夜は俺だけじゃなく、尚典も一緒に白鶴荘で夕食を取りたいんですけど、大丈夫ですか?」

 

「最近は寮で夕食を取らない寮生がずいぶん増えていますから、問題はないでしょう。そう言うことでしたら、尚典さんは私が食堂でも、御同席させて頂きます」

 

「はい、よろしくお願いします。尚典、行こう」

 

「あ、うん」

 

 突然、「初めての女子寮訪問」の予定が入った尚典は、整った可愛らしい顔を紅潮させながら、歩き出す健太の後ろに続く。

 

 そんな一年生二人の背中を、潤んだ瞳で見つめる烏琉羽(うるは)が、深々と頭を下げる。

 

 ちなみに、『娼婦(ニンフ)』という非戦闘職についている烏琉羽(うるは)は、あまりダンジョンダイブに熱心な方ではない。週一回のダンジョンダイブが学園の推奨する最低ラインなのだが、烏琉羽(うるは)も大体その程度だ。

 そんな烏琉羽(うるは)が、健太と尚典がダイブする今日、『偶然』ダイブしていた。

羅城門(らしょうもん)』の閉門時間は、千人を超える人間が長々とログアウトしてくるため、待ち合わせをしていない人間が顔を合わせることは滅多に起こりえないのだが、『偶然』見つけることが出来た。

 そして、人気の『娼婦(ニンフ)』である烏琉羽(うるは)が、今夜に限って予定が空いていたのも、もちろん『偶然』なのだろう。

 

「お待ちしております、ご主人様」

 

 今夜は、ご主人様の命令で、ご主人様の配下に抱かれ、明日はそのご褒美としてご主人様に抱いてもらう。

 烏琉羽(うるは)の学園生活は、充実していた。

 

 

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