もちろん、すでにフル装備である。
学園の制服の上から、ボディーアーマー。腰に下げた小剣。左腕に装着された方形盾。
現実の時間ではダンジョンダイブを始めてまだ一か月足らずだが、『
今や、『
「あー、緊張する」
もう何度目になるか分からない独り言をつぶやき、健太は大きく深呼吸をする。
これから蘭の友人と会う。それを考えると、緊張せずにはいられない。蘭が所属倶楽部から追い出されて、どん底の時も付き合いをやめなかった友人だ。蘭にとって大切な友人であることは、まず間違いあるまい。
嫌われることは極力避けたい。
問題は、「どうすれば嫌われるのか?」分からないということだ。それが分かるくらいなら、健太は前世ももう少し
「やっぱ、尚典に来てもらった方が良かったか?」
今更、そんな言葉が口から出るくらいに、健太は緊張していた。
昨晩、
尚典も蘭も、将来健太の倶楽部に入部が内定している同士だ。軽い挨拶を交わしただけだが、幸いお互い悪い印象は抱いていないようだった。
その流れで今日の「蘭の友人との顔合わせダイブ」の話もしたのだが、その時尚典が「僕も同行しようか?」と提案してくれたのだ。だが、健太はその提案を断った。
理由は二つ。
まず第一に、そうした場合には尚典が連日のダンジョンダイブになるということ。『
特に、尚典の場合は、昨日初めて『
そして、第二に、女子との待ち合わせに予定外の男子を連れてくれば、絶対に警戒される、ということだ。
女子をダンジョンに呼び出して強姦。そのまま墜として、男子寮にお持ち帰り監禁。
学園では珍しくない出来事である。
今回のように初めて顔を合わせる男子とダンジョンダイブをする場合、女子は確実にそうした罠の可能性を想定している。
約束の場所に、約束になかった男子が追加されていたら、女子の警戒は跳ね上がる。たとえそれが、学園で珍しいくらいに人畜無害そうな外見の健太と尚典であってもだ。
「駄目だな。俺一人じゃないとまずい。ああ、でも緊張する」
健太は、『
彼女の友人との顔合わせとは、これほどの緊張を強いるものなのだとは、ついぞ知らなかった。
もう何度目になるのか分からない、装備に不備がないかチェックをしているその時だった。
「お待たせ、健太君」
そんな声と共に、待ち人がこちらやって来るのが見える。
女子としては高めの身長に、学園女子でも上位に入る豊かな胸元と尻につい目がいってしまうその少女こそ、
蘭は学園女子の制服姿で、背中にさほど大きくないリュックサックを背負い、手には短槍を持っている。ダンジョンダイブ用の格好だ。
「いえ、大丈夫です、蘭先輩」
蘭の声に反射的に笑顔になった健太は、小走りに距離を詰めると、途中で足を止める。蘭の後ろに、二人の女子生徒の姿を見たからだ。
「紹介するね、健太君。この二人が
蘭の言葉を受けて、健太は蘭の後ろに立つ二人に向って頭を下げる。
「一年
どうにか突っ掛からずに言えたが、無駄に張った声からも、不自然に力の入った表情からも、健太の緊張は丸わかりだ。
そんな健太の自己紹介を受けて、蘭の友人二人――
「二年
「同じく二年
赤い髪をサイドテールにしている小柄な少女――
どちらも一応友好的と言える笑顔を浮かべているが、健太にはどことなく二人の笑顔が引きつっているように見えた。
その健太の見立ての正しさを証明するように、
「すまないが、健太君。少し蘭を借りる。少しだけそこで待っていてくれ」
蘭、
「蘭、単刀直入に聞くよ。君は正気か? 君には彼が、あの健太君が『
「そうだよ、蘭、目冷ましなよ。どう考えても騙されてるって。違うとしたら、あんたもグルになって私達を騙そうとしてる?」
十分に距離を取った上での小声での話し声。通常ならば絶対に聞こえないはずの会話だが、あいにく『死に戻り』をしていない高レベルである健太の五感は、普通ではない。問題なく聞こえてしまう。
(ああ、なるほど。あの引きつった顔は、戦闘系スキップ組の触れ込みで会った俺が、あまりに弱そうだったからか。失礼、とは思えないな)
健太は自分がチート能力という、山より高い下駄を履いただけの凡人の自覚がある。学園の有望株とは、全く違う人種なのは否定の余地もない。
学園女子は元から、良くも悪くも「男を見る目」がある者が多い。その上、一年間この学園で生き抜けば、強者となる男子が共通して漂わせている雰囲気も分かるものだ。
それは、蘭も例外ではない。だから、蘭は大切な友人の口から放たれた、大切なパートナーの低評価にも苦笑しながら、同意する。
「うん。やっぱりそういう反応になるよね。健太君が『
ダンジョンダイブで直接証明しなければ、絶対に健太の力量は分からない。そう断言する蘭の言葉に、今度は健太が内心で苦笑する。
(蘭先輩もそう思ってるのか。まあ、当たり前と言えば当たり前だけど)
何重にも隷属している蘭に、「強そうに見えない」と言われるのだから、本当に見た目は冴えないのだろう。
見た目では絶対に理解してもらえないパートナーの真価を理解てもらうため、一緒にダンジョンダイブをするのだ。そうした方向に三人の話が進みそうなことを確認した健太は、改めて蘭の友人二人を観察する。
まず一人目、
平均より小柄な体格と、赤い髪をサイドテールにしているのが特徴と言えば特徴だが、お行儀のよい一般の学校ならともかく、この学園では特別目立つ髪色でもない。
小柄でどちらかというと華奢な体つきだが、それは『
装備は、片手槍と丸盾。片手槍は片手で使うには長めの物で、その分作りは細い。丸盾は、健太が使うような腕に装着するタイプではなく、腕に通して手でも掴む二重保持型の大きめの物だ。
蘭から聞いた話では、
決めつけは禁物だが、『
元々、ノービスの一年がモンスターを倒すとき、セオリーの一つとなっているのが、多数の槍持ちで一匹のモンスターを袋叩きにするという戦法だ。
『
だから、一匹のゴブリンもしくはコボルトを槍装備の複数人で囲み、攻撃の届かない遠間から刺し殺すという戦法が有効なのだ。
その戦法で、どうにか
もちろん、片手槍と片手盾を好む強者もいるので、それだけで低く見るのは愚の骨頂だが、現時点でまだ第一段階職の『
そう結論付けた健太は、観察眼を二人目に移行する。
二人目の
まず背が高い。健太のパートナーである蘭も百六十の半ば以上ある女子としては背が高い方なのだが、
その上、スタイルは、蘭に負けていない。乳房、臀部の肉付きが良く、ウエストは細く、手足は長い。ただし、蘭のあまり鍛えられていない柔らかそうな体つきと違い、
綺麗な黒髪をばっさりショートボブに切りそろえているのも相まって、バレーボールやバスケットボールの美人アスリートを彷彿させる。
並みの男より背が高く、男並みに髪を短くしているのだが、たとえ後ろ姿でも彼女を男と見間違えるものはいないだろう。それくらいに、そのシルエットは、女そのものだ。
予備として同じ武器を二つ持ち歩く者はいるが、その場合は通常同じ側(右利きなら左腰)に二本吊るす。それが左右の腰に一本ずつということは、
一般的には非実用的とされることが多い二刀流だが、レベルアップと
(
健太は思わずそんなことを考える。
蘭の事前情報が正しければ、
将来的に『
女らしさを損なわない範囲で良く鍛えられた肢体。重心のぶれない立ち姿。そして好戦的な笑みと、全く折れていないまなざし。ある意味で今日まで見てきた上級生女子で一、二を争うくらいに異質だ。
そうして健太が
「ごめんね、健太君。話が長引いちゃって。それじゃ、この四人で、これからダンジョンに行きたいんだけど良いかな?」
少し、媚びの滲む笑顔で蘭はそう、ご主人様に問いかける。
「はい。俺は構いません。
三人の会話は聞こえていなかったというスタンスを崩さず、健太はそう蘭の友人二人に確認を取る。
「うん、よろしくね。健太君のお手並み拝見だ」
と、
「ああ、今回のダイブは君がリーダーだ。私達を率いてくれ」
と、
「分かりました。ご期待にそえるよう、頑張ります」
健太は精一杯虚勢を張った笑顔で、そう答えた。
――穿界迷宮『YGGDRASILL』、接続枝界『黄泉比良坂』――
――第『
まず、一つ目の驚きは、ダンジョンの瘴気圧が未知の強さだったことだ。
「あ!? なに、ここ?」
特にレベルの低い
「ここは? 地下迷宮なのに、
ここ『
ここはどう見ても地下迷宮なのに、
「ここは『
「え? 健太君、だよね?」
「健太?」
『
そういう反応があることを、冷静に予測していた健太は、淡々とした口調で言葉を続ける。
「学校で推奨される精神制御のようなものです。お気になさらず。蘭、座標に狂いはないか?」
「はい、ご主人様。問題ありません」
「ちょっと、蘭!?」
ダンジョン内でのいつも通り、「ご主人様と隷属女」の態度を露わにする蘭に、
学園で一年以上過ごしてきた女子ならば、一目でわかる。今の蘭は、完全に『隷属』している。
蘭と健太は出会ってまだ半月もたっていない。たとえスキップ組だとしても、四月の一年生がたったそれだけの期間で曲がりなりにも二年女子を墜とすというのは、異常だ。
「先ほども言った通り、ここは『
今回の主目的は俺の力量をお見せすることですから、最初は俺が一人で戦います。その後、蘭にも戦ってもらいます。蘭の成長をお見せできれば、俺が蘭を大切にしている証拠になると思うので。
それでも時間の余裕がありましたら、お二人のレベルアップのお手伝いさせて頂きます。よろしいですか?」
もう隠す気がない蘭が横から抱き着き、頬ずりするのをあやすように、蘭の背中をトントンと叩きながら、健太は感情の籠らない表情と口調でそう言い放つ。
「あ、はい」
「了解だ」
「グギャ」「ゲゴッ」「ムゲッ!」
大きな玄室に、ニ十匹近いゴブリンがひしめき合う。
「《こっちだ》」
その玄室に無造作に踏み入った健太は、声に載せてスキルを発動させた。『
対象の
「ヒャッ!」「グヘッ!」「ヤー!」
『
だが、今日の目的は、健太自身の力量を後ろで見ている蘭の友人二人――
だから、健太は迫りくるゴブリンの群れに、容赦なく攻撃を加える。
「はっ、《せいっ》、ふんっ、《はっ!》」
今の健太ならば、ゴブリン如き、右手の小剣だろうが、左腕の長方盾だろうが、当たれば確実に一撃だ。それなのにあえて、たまにオーバーキルな『
最初に『
そうして戦うこと十数秒。ニ十匹近いゴブリンの群れは、クリスタルとドロップ品を残し、瘴気へと返った。
「…………」
「…………」
健太の戦いぶりを後ろで見ていた
「ねえ、
「なにかな?
「
「無理に決まっているだろう」
「『
化け物中の化け物である原作主人公、
「ところで私は、健太だけでなく、キミにも聞きたいことがあるのだけれどね、蘭。『それ』は一体何だい?」
そう言って
蘭は、待ってましたとばかりに自慢気な笑顔で答える。
「私の『モンスターカード』よ。ご主人様がくれたカードを、ご主人様にお手伝いしてもらって育てたの」
「どう見てもだたのコボルトではないよね?」
「コボルト『
蘭は、尚更自慢げに、その学園でも上位に位置する大きな胸を張って答えた。
『
「『
と、
そんな
「それは大丈夫。今の私、『
隷属している事実を誇るように、蘭はそう言って惚気た。
「うっそでしょ」
「まさか、蘭に追い越されるとは……」
三人の中でも一番レベルが低かった蘭が、先んじて第二段階職になっていた事実に、