本日のダンジョンダイブを無事終えた健太は、蘭とその二人の友人――風音と竹海と共に、『聖堂』を訪れていた。
これまでの一年間で、それなりに経験を積んでいる風音と竹海は、今日稼いだ経験値が膨大であることを理解している。そのため、「ひょっとしたら転職できるかも」と、期待を抱いたのだ。
自然な形でそれに同行を申し出ることが出来たのは、健太としては幸いだったと言える。
『職業選択の自由』の効果で健太は、竹海が転職可能になっていることは把握している。第二段階、第三段階合わせて、五つの『踊り子』系のいずれかになってくれれば良いのだが、問題はGRクラスである『踊る勇者』である。健太の予想通り、『踊る勇者』が『勇者』の派生だとすれば、出来れば竹海にはなって欲しくない。
幸い、健太の『職業選択の自由』は、近くにいれば『聖堂』の転職に介入できることが分かっている。
『聖堂』に向かう道中、健太の左腕を風音がしっかりと抱きしめ、健太の背中にべったりと竹海が引っ付いている。
最初は、健太も「なにごと?」と驚いたが、考えてみればさほど不思議な話ではない。急激なレベルアップが性欲と精力を高めるというのは、なにも男限定の話ではない。ダンジョンダイブの成果の副作用で、二人とも滾っているのだろう。
竹海は好みのタイプの美女だし、風音は残念ながら健太の好みからは大きく外れるが学園の平均――つまりは美少女だ。その二人に、密着されて健太も嫌な気はしない。
ただ、蘭には誤解されたくないので、空いている右腕を蘭の肩に回して、蘭をしっかりを抱き寄せる。
自意識過剰かもしれないが、すでに『堕ち』ている蘭からすると、友人二人だけ侍らせて、自分は離れて歩くというのは、不安に駆られる可能性が高い。
幸い、恐る恐る蘭の肩に手を回して抱き寄せたところ、蘭は花が咲いたような笑顔で、健太の胸に飛び込んで来てくれたので(これが演技だとしたら、健太は女性不審になるだろう)、自分の対応は間違っていなかったと、健太は内心安堵の息を漏らす。
一人の男を囲むように、三人の女子がベッタリとへばりついている。健太の「らしくなさ」が少々目立つが、この学園ではさほど珍しい光景でもないため、夕暮れの道中他の生徒とすれ違うことがあっても、特別注目を集めることもない。
『聖堂』までの道中、健太の左腕にぶら下がる様にして、抱き着いている風音がウキウキとした口調で、口を開く。
「くふー、一日でこんなに経験値稼げたの、初めてだよー。もう、健太君さまさまだね。あー、転職出来てたら、どうしよ?」
たまに足を浮かせて、完全に健太の左腕にぶら下がる風音だが、今の健太にとって女子の中でも小柄で華奢な風音ならば、どうということもない。
「風音先輩は『戦士』ですよね。転職の希望はあるんですか?」
片腕に人を一人ぶら下げても、体幹がブレることすらない自分に軽く感動しながら問いかける健太に、風音はポンと地面につま先を下ろしながら答える。
「んー、幸い『戦士』系の第二段階職って、ほぼハズレがないからね。そこまでは拘り無いかな。しいて言えば『槍騎士』か『槍闘士』かな? 使い慣れてるのは槍だからね」
その名が示す通り、『槍騎士』は『騎士』の、『槍闘士』は『闘士』の槍に特化した職 だ。槍以外の武器では発動不能なスキルが大半を占める代わりに、槍を用いれば、通常の『騎士』、『闘士』よりも強い。
ノービスの頃から武器は槍しか使ってこなかった風音が望むのは、当たり前と言える。ただし、そこまで珍しくはないが一応どちらもレア職のため、通常は望んだからと言ってなれるとは限らないだが。
(風音先輩は『槍騎士』か『槍闘士』、ようは槍を主武器にする職が良いのか。覚えておこう)
残念ながら今日は転職出来ない風音の転職に、健太が関与できる未来があるのかはわからないが、覚えておいて損はない情報だろう。
「なるほど、確かにどうせ装備する武器の種類を限定しているのなら、それに特化した職の方が強いですからね。竹海先輩はなにか希望はありますか?」
話の流れに沿うように、健太は背後から抱き着く竹海に水を向ける。
竹海はその蘭に匹敵する豊かな双乳を健太の背中にべったりと押し付け、顎を健太の肩に載せたまま、健太の耳元で囁くように言う。
「特にないね。戦闘職になれれば嬉しいけど、『遊び人』からでは望み薄だからね。『遊び人』系第二段階職なら、どれになっても私のやることは変わらないよ。
『引き籠り』なら戦闘に使えるスキルが多し、『踊り子』はスキルが他人へのバフばっかりだけど、意外と身体能力の補正は高い。『娼婦』は学園生活の面倒が増えるから出来れば避けたいところだけど、第三段階になるとき『くノ一』になれる可能性がある。そう考えれば、悪くはない」
『盗賊』系第二段階職の『忍者』と、『遊び人』系第二段階職の『娼婦』の両方から派生する特殊第三段階職の『くノ一』は、一般的に「セックスでの経験値譲渡ばかりで経験値を稼いだ女『忍者』」か「戦闘ばかりやっていた『娼婦』」がなるケースが多いとされている。
後者の『娼婦』からの『くノ一』になるのはなかなかのいばらの道だが、道があるのならば竹海にとって諦める理由はない。
背中に胸、肩に顔を擦り付けながら、言うことは実に雄々しい竹海に、健太はかなり戸惑いながらも、どうにか言葉を返す。
「なるほど、よくわかりました。凄いですね、竹海先輩は。ブレない」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいよ。健太君のような有望な男子からだと特に、ね」
そう言いながら、背中に抱き着く力が強まったのは、健太の気のせいではないだろう。
「実際健太君はどう思う? 私のような非戦闘系の職の女子が、自分で戦おうとすることについて」
それが竹海にとって「最後の問題」だった。
向上心のある倶楽部ほど、非戦闘系職の女子には戦闘をやらせない。『文官』にせよ『職人』にせよ、レベルを上げて第二段階職を取らせなければ「使い勝手」が悪いのでレベリングの手伝いはしてくれるのだが、非戦闘系職の女子本人にガチ戦闘をやらせることは、非効率的という考えが主流だ。事実、『聖堂』の転職で非戦闘系に割り振られる女子は、戦闘に忌避感、恐怖心を抱いている者が多く、そうした扱いを望む者が多いこともまぎれもない事実である。
だが、流石に今日のダンジョンダイブを見れば、竹海の気質が例外であることを理解している健太は、誤らずに竹海が望む答えを返す。
「あくまで本人が望むのなら、の話ですけど、どちらかと言えばそれは良いことでしょう。どんな職でも自力で戦うことができるに越したことはありません。もちろん、あくまで理想の話であり、気質の問題がありますから、全員に強制はできませんけれど」
その健太の言葉は、基本的には本心からの言葉ではあったが、一部竹海に好かれるよう、修正している部分もある。
長身巨乳の美女である竹海にべったりとくっつかれて、「これはワンチャンある?」と考えるくらいには、健太にも下心はある。学園の基準で言えば「下心?」と首を傾げられるようなささやかなものだが。
「うん、そうか。そうなのか。いや、ありがとう、参考になったよ」
クツクツと笑いながら、健太の首筋に唇を寄せる竹海の目には、「決断」の色が鮮明に映っていた。
『聖堂』での転職は、一人ずつ『聖堂』に入る必要がある。
付き添いでついてきた健太と蘭は『聖堂』の入り口前で、たった今出て来た風音を慰めつつ、竹海の結果を待つ。
「駄目だったー! 流石にそこまで上手い話はないかー」
「残念だったわね、風音。『この調子なら』、次で転職出来るわよ」
転職に至らず、オーバーアクションで残念がる風音を、蘭がそう言って慰める。
「うん、そうだね、蘭。切り替えてくか」
コロッと明るい声を出す風音と蘭の会話は、よく聞けば非常に意味深だ。『この調子』なら次で転職可能という『この調子』とは、今日と同じペースということだ。それはイコール健太が、レベリングを手伝ってあげることが前提なのだが、健太はその話の流れに気づかない。
現在健太の意識は、『聖堂』で転職に挑んでいる竹海に向けられている。
【竹海は『踊る勇者』に転職しようとしています。よろしいですか?
はい
いいえ】
脳裏にこのような情報が表示されたのだから、無理もあるまい。
(あ……あ、危なかった。ついてきてよかった)
内心冷や汗が止まらない健太である。
原作で『勇者』のヤバさは理解している。『踊る勇者』が『勇者』と全く同じかどうかは分からないが、楽観視はしない方が良いだろう。
『勇者』の味方であるパーティーメンバーを害するスキルがあるのだ。しかも、『勇者』となった者はそれを『当然』と捉える、独善的なメンタルをしている。
そして、それ以上に問題なのは『勇者』の「暴走から自滅にいたる早さ」だ。
原作で、『七つの大罪』の一つ『傲慢』のクラスホルダーである恋瑚愛が言っていた。
「『七つの大罪』と『七つの救済』も全員大概な人格破綻者だが、『勇者』と比べれば全然マシ」そして、そんな『勇者』を恋瑚愛は「何人も見てきた」という。
同時に一人しか獲得できない『勇者』を、三年生の恋瑚愛が、「何人も見た」という事実が意味することは一つしかない。
歴代の『勇者』の寿命は一年に満たない、ということだ。
そんな危険な職に、何の保険もなく竹海を付けるわけにはいかない。
健太は心の中で、【いいえ】をクリックした。
(『勇者』は戦闘職としてはトップクラスに強いし、竹海先輩の希望にもかなってるから、制御さえできれば選ばせてあげたいんだけどな)
一応、健太には制御の当てはある。
当代の『勇者』は一年丙組の和人だが、彼は原作では例外的に暴走せず、安定したまま、GR2の『聖者』に達していた。
和人が歴代の『勇者』と違い、暴走せずにすんでいるのは偏に叶馬の存在による。
『勇者』の素質、そして力の源は、強烈な自己肯定感と独善的な正義感である。
「俺は強い、俺は正しい」そんな思いこみが『勇者』という職の力を引き出し、引き出された力を根拠にさらに自己肯定感を強め、その力に裏付けされた行動が自我を周囲に押し通すことに成功し、独善に磨きがかかる。
単純に強くなるという意味では、いい意味での無限ループだが、そうして増大した自意識と限界まで引き出された職の力に耐えきれず、『勇者』はあっという間に自滅する。
だが、和人の場合、すぐそばに叶馬がいる。
「俺は強い……あ、すみません。ナマ言いました」
そんな感じで『勇者』でありながら、全く自己肯定感が育たず、結果として世にも珍しい安定した『勇者』になるのだ。
つまり、頭を押させる者さえいれば、『勇者』系でもどうにかなる。
健太は、冷静な判断を下すため、『戦士の不動心』をオンにして思考する。
(俺なら、抑えられるか? いや、むしろ、叶馬について行こうと思えば、それくらい出来なければ、話にならないとさえ言える。幸い、竹海先輩が女だし、『隷属』させれば、おそらく安定する)
世の中の倫理観に従えば、言語道断なことを、今の健太は冷静に「有効な手段」として考える。
『隷属』現象は男から女への一方的な干渉、浸食だ。男が強く、女が弱いほど簡単に隷属してしまうが、実は男女の力が同等でも、長期間回数を重ねれば隷属はおこる。隷属してしまえば、原則女を男に逆らえない。そういう体と心に作り替えられるのだ。
(まあ、どのみち、今は駄目だな。今の竹海先輩は、蘭先輩の友人に過ぎない。俺が干渉できる立場にない)
そう結論付けた健太は、脳内で『良い踊り子』を選び、クリックする。
【竹海は『良い踊り子』に転職しようとしています。よろしいですか?
はい
いいえ】
健太は、さらに【はい】をクリックする。
竹海は無事『良い踊り子』に転職した。
同じ『踊り子』系でも、第三段階職ではなく第二段階職を選んだのは、竹海の希望と将来の可能性を考えてだ。
第三段階職になってしまえば、次は第三段階職がレベル40になるまで、転職が出来ない。第三段階職となると、レベルを一つ上げるだけでも要求される経験値は膨大だ。学園生の大半が卒業まで第四段階職に至れないという事実を鑑みれば、もう転職は不可能になってもおかしくはない。
ならば、弱くとも次の転職が近い第二段階職の方が良い。
第二段階職の中で『良い踊り子』を選んだのは、ノーマルの『踊り子』よりも、身体能力の補正が高いこと(その分、バフを付与する踊りの要求レベルが高い)。スーパーレアの『本場の踊り子』は、健太が『脳外記憶領域』に落した図書館の資料にも、記載が見つからなかったからだ。
恐らくは、『良い踊り子』をさらに先鋭化させた職だと推測できるが、万が一のことを考えるといい加減なことは出来ない。
「お待たせ。無事、転職出来たよ。悪くない結果だ。ありがとう、健太君」
『聖堂』から出て来た竹海は笑顔で、上から覆いかぶさるように健太を抱擁した。
『聖堂』での用事を済ませた健太は一人、碧鷺荘へと一旦帰る。
蘭と一夜を過ごすならば、どのみち夕食とシャワーを一緒に取る約束をしているため、真っすぐ白鶴荘でも良いのだが、今日は別の用事が入っている。
昨晩、烏琉羽に尚典の相手をしてもらったため、今夜は『報酬』を支払いに、健太は烏琉羽の部屋に行かなければならないのだ。そのため、今日のダンジョンダイブでは、蘭のモンスター討伐は最小限にしてもらった。性欲と精力を高めた状態で、蘭を一晩放置するわけにはいかない。
通常の学園女子ならば、そういう時は適当な男を見繕うのだが、健太は蘭を自分以外の男に抱かせるつもりはない。
その蘭は、現在白鶴荘の食堂で、風音と竹海の二人と共に、夕食を取っていた。
「それじゃ、竹海の転職成功を祝って、かんぱーい!」
「乾杯!」
「乾杯、ありがとう」
音頭を取る風音に続いて、蘭と竹海をグラスを掲げる。
場所が蘭の済む白鶴荘で、乾杯の理由が竹海の転職成功なのに、音頭を取っているのが風音なのは、まあ性格によるものだろう。
乾杯と言っても、学生寮での夕食を兼ねているため、ひとまず中身はただの水だ。形だけの乾杯の後、三人は各々夕食に手を付ける。
白鶴荘の食事は洋食が主体である。今日もメニューはバケットにビーフシチュー。そして、温野菜サラダ。豊葦原学園の寮は、たとえ最下層のエントリー寮であっても食事は十分な量で、味も「美味しい」と言えるものが提供される。
「しかし、蘭には騙されたね。まさか、今まで言っていることが全部本当だったとは」
柔らかく煮込まれた牛肉を、スプーンですくい口に運びながら、竹海はそんな言葉だけ聞けば理不尽極まりない文句を垂れる。
もっともそう言う竹海の表情は、楽し気な笑顔のため、蘭も苦笑して軽口を返す。
「全部本当のこと言っているのに「騙された」、はないでしょ。まあ、言いたいことは分かるけどね」
それくらい、健太の存在は学園の常識から外れているということだ。
全部本当だったという言葉に、ふと思いついた風音が無遠慮に蘭を問いただす。
「全部本当ってことは、あれも本当なわけ、蘭? 健太君がほぼ毎晩、蘭の部屋にお泊りしてるってやつ」
風音の問いの意図が分からない蘭は、キョトンとした顔で首を傾げながら肯定する。
「本当よ。たまに例外の日もあるけど、ご主人様は大体私の部屋で寝泊まりしているわ。あ、そろそろ優梨愛の埋め合わせも考えないと駄目ね」
蘭が、約束五日間の後も延長して部屋を貸してくれているルームメイトとの交渉に意識を向けている間に、風音は右手に食べかけのバケットを持ったまま、テーブルに身を乗り出す様にして、確認の言葉を重ねる。
「そう、それも聞きたかったのよ! そのごく自然な、ご主人様呼ばわり。 蘭、あんた完堕ちしているでしょ。いつからよ? よくぞ、謀ってくれたわね」
蘭と健太が体の関係になってからまだ半月もたっていない。いくら健太が戦闘系スキップ転職組だとしても、これは異常だ。
「謀ったって人聞きが悪いわね。私は、ただご主人様が望む通りの態度で接しているだけよ。ダンジョンの中では余裕がないから、素が出てるだけ。あ、ちなみに『こうなった』のは最初の夜、よ」
「…………は?」
嬉しそうに自分が初日で『堕ちた』ことを宣言する蘭に、風音はしばし絶句する。
一夜で墜とすとなると、これはノービスレベル1の女子に第二段階職の男子とか、第一段階職の女子に第三段階職以上の男子くらいに、決定的に力の差が開いていないと起こらない現象だ。
その時点での蘭は、曲がりなりにも『文官』、第一段階職だった。単純に考えれば、健太の墜とす力は、最低でも第三段階職後半、下手をすれば第四段階職並みということになる。
男子の墜とす力も、それに対する女子の抵抗力も個人差はあるが、それにしても健太の場合は異常というしかない。
言葉を失っている風音の後を引き継ぐようにして、口を開いたのは竹海だ。
「凄いね。私も多分一夜持つか持たないか、かな。ところで、普段の蘭の態度が『健太君の望』みというのは、『命令』ということかい?」
すでに『決断』している竹海は、健太の人となりを知らんと、情報収集に努める。それを理解している蘭も、包み隠さず素直に教える。
「いいえ。ご主人様は、ダンジョンの外では命令されないわ。ダンジョンでも戦闘に関すること以外は命令されないし。これは私が勝手に、ご主人様の反応を見て自主的にやってることよ」
「やれやれ、健気なことで」
うっとりとそう言う蘭に、竹海は苦笑しながらそんな言葉を返す。
「そろそろ、はっきりさせましょう。風音、竹海。貴方達二人は、ご主人様――健太君の倶楽部に入りたい、あわよくば健太君のパートナーになりたい、ってことで良い?」
「はーい、それでいいでーす!」
「ああ、そのつもりだ」
二人の肯定の言葉を受けて、蘭は話を進める。
「うん。竹海に関しては問題ないと思う。倶楽部入りはもちろん、パートナーとしても歓迎してもらえると思うわ。ただ、風音はちょっと」
「なによ、私は駄目? なんで、オッパイ小さいから?」
「まあ、それもあるけど」
「あるの!?」
冗談のつもりの言葉を肯定された風音は、驚きの声を上げる。
「うん、ぶっちゃけご主人様、滅茶苦茶巨乳好きだから。まあ、それは今は置いておいて、風音はまだ倶楽部に所属してるでしょ? ちゃんと辞めてからじゃない駄目。もめ事は持ち込まないで」
風音がここで健太の倶楽部に入ることを明言してしまうと、上級生の倶楽部から上級生女子を、一年が引き抜く形になる。良くて『決闘』もの、悪ければ健太を潰しに上級生が暗躍する事態になる。
蘭の言い分を理解した風音は、天井を仰ぎ見るようにして、唸る。
「あー、確かに勢いだけでどうにかしていい話じゃないかー。あいつら話が通じない奴じゃないから、大丈夫だとは思うけど、覚悟は必要だね」
風音が籍を置く倶楽部『着実進行』はCランクの自称『まったりダンジョン勢』で、女子の扱いも悪くない。あくまで、学園基準だが。
風音が「退部したい」と言えば、引き留められはしても最終的には本人の意思が尊重されるだろう。部長の寮で泊まり込み「追い出しパーティー」ぐらいは覚悟しなければならないだろうが、その程度この学園では温厚な部類に入る。
「でさ、さっきスルーされたんだけど、健太君がオッパイ星人ってマジ? 私、パートナーの望みなさげ?」
一転して、先ほど一旦おいておかれた、(風音にとっては)大問題について言及する。
この学園では強者男子は、圧倒的に「選ぶ立場」だ。その上、性モラルがはじけ飛んでいるため、女子を顔やスタイルの好みで合格、不合格を付けるのはごく当たり前に行われている。それどころかパートナー希望者全員と一通りセックスをしてから、「抱きごこち」「入れ具合」で選ぶことも珍しくない。
結果、女子もそうして「選別される」ことに慣れてしまっている。
だから、蘭も平然と風音の問いに答える。
「うーん、巨乳じゃないと絶対嫌ってわけではないと思うけど」
蘭は極々標準的なバストサイズの烏琉羽のことを思い出しながら、そう言った後に、付け加える。
「ただ、日頃の視線の向け具合からして、結構重要なポイントではあると思うわ」
ここ白鶴荘には何十人という女子がいる。女子寮内ということもあり、中にはかなりラフな格好で共有空間を歩き回っている寮生もいるのだが、その寮生に健太が視線を向ける頻度が、明確に胸の大きさで違う。
本人は出来るだけ見ないようにしているつもりのようだが、女子から見ればあからさまだ。
「それなら部員になっても、部長さんのパートナーにはなれない可能性大ってことか。うーん、それでも良いといえば良いんだけど」
倶楽部の方針、雰囲気は半分以上部長で決まる。特に健太のような突出して強い者が部長の場合、その傾向が顕著だ。
だから、健太の強さと人となりを知った時点で健太の倶楽部が『おいしい』のはほぼ間違いのだが、それでも部長のパートナーとなるか、ただの女子部員になるかは大きな差だ。風音の場合、現在籍を置いている倶楽部の居心地が悪くない分、多少の迷いは生じる。
「そういえば、健太君の倶楽部は、現時点でどれくらい集まってるんだい?」
ふと思い出したようにそう聞いてくる竹海に、蘭は少し考えて答える。
「現時点では、ご主人様と私のほかには、一年男子が二人だけね。一応二年女子で一人、入るかも? と思ってる子がいるんだけどちょっと分からないわ」
烏琉羽の健太に対する態度は、ちょっとおかしいくらいに肩入れをしているが、だからと言って倶楽部入りするかと言われると、蘭にも分からない。烏琉羽が現状籍を置いている倶楽部もBランクだ。普通に考えれば、あり得ない移籍である。
「ふむ。となると、現状確定なのは、一年男子三人に私達二年女子三人の合計六人というわけか。その男子二人というのは、どんな子か分かるかい、蘭?」
真面目な顔で確認する竹海に、蘭はスラスラと答える、
「二人とも会ってちょっと話をした程度だけど、大雑把に言えば普段のご主人様の同類って感じね。少なくとも現時点ではまだ全然女慣れしてなくて、粗暴さは全くなくて、積極性もあんまりない感じ」
言葉を飾らずに言えば、陰キャオタク男子達ということだ。
「あー、それはちょっとかわいいかも。でも、そうなると健太君以外はあんまり期待しない方が良いいかな?」
勝手にシビアなことを言う風音だが、学園女子としては当たり前の評価とも言える。その手の積極性に欠ける陰キャオタク男子は、あまり強くないことが多いのだ。ただし、現実から足を踏み外しかける中二病まで突き抜けると、『術士』系などで台頭してくる者もいる。
そんな風音に、蘭は今一度念を押す。
「ねえ、風音。結局、貴女はどうなの? 今いる倶楽部をやめて、ご主人様の倶楽部に入るの? 竹海と違って貴方はまだ迷ってるみたいだけど」
倶楽部の情報をあげなければ、倶楽部に引き込むのは難しい。どんな倶楽部か分からない、一年が部長の倶楽部に入りたい者は少数派だろう。だが、情報を与えたのに、倶楽部に入らなかったらただの情報漏洩になる。たとえ大切な友人であっても、ご主人様に優先することはない。
蘭は、現状倶楽部入りを明言していない風音にこれ以上の情報の開示を躊躇した。
そんな友人からの圧を受けながら、風音は少し落ち着きなさげに視線を泳がせた後、首肯する。
「ええい、分かった。女は度胸だ。入る。入れてください。でも、私が『着実進行』をやめる前に、健太君の口から入部を認めると明言してよ? 流石にそこは譲れない」
蘭の言葉を信じて、今いる倶楽部をやめたのに、肝心の健太が「不合格」と言ったら流石に最悪すぎる。風音の言い分は当然と言えた。
「了解、それで良いわ。で、これは仮入部を決めた二人だから教えるけど、秘密よ。一年生男子二人はね。一人が『殴打士』でもう一人が『陰陽師』」
「…………はあ?」
「……ひょっとして、健太君がレベリングを手伝っているのかい?」
衝撃の告白に、驚きの声を上げる風音に対し、竹海は同じように驚いた後、すぐにその可能性に思い至る。
「半分正解。『殴打士』の子はその通り。でも、『陰陽師』の子は自力。ご主人様と一緒にダイブしたのは、転職後だって」
「スキップ転職組がもう一人か。まいったね」
蘭の言葉に、竹海は自分を落ち着けるように、大きく息を吐いた。風音はまだあっけに取られている。
なまじ原作知識があり、一年丙組という異常空間に身を置いている健太は感覚が狂っているが、通常ゴールデンウィーク前の一年で『騎士』、『陰陽師』、『殴打士』という三人組は、例年であればその世代のトップ確定と言ってもよいハイレベル組だ。
「健太君は、どの程度を目指しているんだい?」
ペロリと唇を舐める竹海の問いに、蘭は今日一番困った顔で答える。
「それが、ちょっと分からないのよね」
「分からない? 君にも教えてくれないということかい?」
竹海の言葉に、蘭は首を横に振る。
「ううん。それなら、逆に行動から推測もできるんだけど、はっきりと言葉にしてるの。「倶楽部は一応ダンジョン勢のつもりですけど、部員にはそこまで多くを求めるつもりはありません」って。でも、そう言いながら、自分は週の半分くらいはダイブしてるし、さっき言った『殴打士』の子もかなりレベルアップさせてるし、私も『案内人』になって『モンスターカード』だってコボルト『遊撃手』に育つまで手伝ってくれたのよね、この短期間で」
「ありゃ、なんという言動不一致」
風音がそんな感想を漏らすのも当然と言える。この短期間で、ノービスの一年男子を第一段階職とし、第一段階職の二年女子を第二段階職に引き上げたのだ。学園の基準では、尻に火をつける勢いで追い立てていると言う。
蘭に関しては本人が望んだ部分も大きいが、『殴打士』の一年男子――来斗に関しては、来るべき倶楽部対抗戦で最低限戦力になるように頑張らせているので、多少気の毒な部分はある。
まあ、健太の下についた今の状況が、来斗の選べる未来の中で最善であることに間違いはないので、タダの贅沢と言えばそれまでだが。
「なんというか健太君個人も倶楽部も、こちらの想像をかなり超える感じだね。まかり間違えば、いきなり水無月杯でCランク昇格もありえそうだ。いや、まずは部員十人が必要なのか。現状私達を入れて確定メンバーは六人だから、倶楽部設立に必要なのはあと四人か。
その一年生男子二人に、パートナーはいないのかい?」
竹海はそう確認を取る。スキップ転職組の尚典はもちろん、この時期に『戦士』系レア職になっている来斗とて相当な有望株だ。とっくにパートナーがいてもおかしくない。
しかし、残念ながら尚典も来斗も、根の部分が健太の同類である。健太を初めて見た時の竹海と風音の言葉。
「君には健太君が『騎士』に見えるのか?」「目を覚ましなよ。どう考えても騙されてるって」
あの時の言葉が、尚典と来斗にも当てはまってしまう。将来的に自分の力を自覚した後は分からないが、現状では尚典も来斗も絶対に有望株には見えない。
「今のところ、どっちもパートナーはいないわ。自分から声を掛けられるタイプじゃないし、黙っていて寄って来るタイプでもないから」
蘭はそう説明するが、もちろんそれは今のうちだけだ。その実力が判明すれば、女に不自由することはなくなる。この学園はそういう空間である。
「ん? そうすると、その一年男子二人は、セックスはどうしてるの? 我慢できるわけないよね? 『準備室』通い?」
ふと気づいた風音の言葉に、蘭はちょっと微妙な顔で首を横に振る。
「それがさっき言った、もしかしたら入部するかもしれない二年生女子よ。この寮の治安部隊に籍を置いている『娼婦』の烏琉羽って子なんだけど、彼女が男子二人の相手をしてくれてるわ」
その『報酬』として、健太も相手をしている。今夜は丁度その『報酬』の支払日だ。だから、健太は自分の部屋には来ないのだ。
そう説明する蘭は、ついムキになって付け加える。
「普段は毎晩私と一緒なんだから。本当よ。今夜は特別。こんなこと滅多にないんだから」
「どうどう、落ち着いて蘭。分かってるから、私達疑ってないから」
「うん、ダンジョンダイブからその後も含めて、健太君の言動を見れば、今の彼が蘭をどれだけ溺愛してるかは分かるよ」
その勢いは、思わず風音がのけ反り、竹海が苦笑しながら理解の言葉を重ねるほどだ。今の蘭にとって、健太の愛情こそが全ての土台なのだから、必死になるのも当然とも言える。
「分かってもらえたなら、良いけど」
少し落ち着いて、身体を椅子の背もたれに戻した蘭は、ふと食堂の入り口から一人の寮生が入ってくるのを見つける。
「ちょうどよかった。せっかくだから紹介するわ。烏琉羽!」
蘭の声に、今寮の食堂に入ってきた、腰まである長い黒髪が印象的な美女――烏琉羽は、透き通るような笑顔を浮かべ、こちらに向かって歩いてくる。
「どうしました、蘭? そちらのお二人は?」
烏琉羽の言葉を受けて、蘭は二人について説明する。
「この二人は私の友人で、健太君の倶楽部入り希望者。風音と竹海。風音、竹海。彼女が烏琉羽。健太君の倶楽部の男子の相手をしてくれていて、今夜の健太君の相手」
最後の説明で蘭の表情は抜け落ち、声が平たんになった。一年ならばともかく、二年より上の学園女子としてはちょっと珍しい蘭の態度である。それだけ、蘭が健太に入れ込んでいること分かる。
その理由が、隷属が深いせいか、健太に捨てられたら学園生活が終わるという打算か、はたまた純粋な恋心か、恐らくは蘭自身分かっていないだろう。
「初めまして、だよね? 私は二年未組の風音。健太君の倶楽部に入部希望でーす」
「同じく、二年未組の竹海だ。健太君の倶楽部入り希望で、健太君のパートナー希望でもある」
すでに夕食は終えていた二人は、椅子から立ち上がり、烏琉羽にそう自己紹介する。
「丁寧にありがとうございます。二年寅組、烏琉羽と申します。健太さんの倶楽部に籍を置くのでしたら、今後『色々な場面』でご一緒することになると思いますが、どうかよろしくお願いします」
二人の自己紹介を受けて、烏琉羽もそう自己紹介を返した。
健太の倶楽部に入る予定だという言葉を受けて、「それなら今後も『いろいろな場面』で一緒になるだろう」という烏琉羽の答えは、普通ではない。
健太の倶楽部に所属するならば、今後も付き合いが生じる。そこだけ聞けば、烏琉羽も健太の倶楽部に所属する意思がある様にしか聞こえない。
「いい機会だから確認させて、烏琉羽。貴女、健太君の倶楽部に入るつもりなの?」
蘭は単刀直入に聞く。元々、健太に烏琉羽を紹介したのは蘭だが、正直今の烏琉羽は蘭の想定から大幅にずれている。男好きでセックス好きで、男に好かれてセックスに熟達しているが、一人の男に入れ込まないし、捕まらない。そんな『娼婦』という職の申し子のような烏琉羽が、不思議なくらいに健太には献身的である。文字通り、身体を張った貢献を続けている。
そんな蘭の問いに、烏琉羽は女子の目から見ても楚々とした印象しか抱けない仕草で小さく首を傾げると、
「それは、状況と健太さんのご希望次第ですね。もし、どうしても倶楽部の人数が足りないようでしたら、入部させていただく所存です。数が足りていても、健太さんが私を倶楽部に欲しいと仰るのでしたら、もちろん喜んで入部いたします。
ですが、人数が足りていて、私が倶楽部の外で活動する方が健太さんの意に沿うのでしたら、今まで通りの立ち位置を維持するつもりです」
そう言って、しっとりとした笑みを浮かべた。
「ねえ、蘭。この子、健太君に『堕ちて』ない? それも蘭と同レベルで」
「そんなことあるわけないでしょ。烏琉羽、『娼婦』よ?」
ヒソヒソ声で率直な感想を伝えて来る風音に、蘭は学園の常識に乗っ取った答えを返す。一般的に『娼婦』は隷属しない、とされている。もちろん、ただの噂ではなく、これまで何千何百という『娼婦』がセックスをしまくった実証結果から導き出される結論だ。
「うーん、それもそうか」
風音が常識外の正解を手繰り寄せかけていた頃、烏琉羽は興味深げに竹海の大きく豊かな肢体を見て、目を細める。
「竹海さんは、倶楽部だけでなく健太さんのパートナー志望なのですね。頼もしいです。竹海さんの御身体は、羨ましいくらいに健太さんの好みですから」
「蘭も同じようなことを言っていたよ。健太君とヤッてる女子二人からお墨付きをもらえると、こっちも勇気づけられるね。自信が持てるよ」
「お世辞ではありませんから、大いに自信をもってください。一年生の倶楽部入部、倶楽部創設はゴールデンウィークが明けるまで解禁されませんが、パートナーはすでに出来るでしょう。いつ頃、話を進められる予定かお聞きしても?」
「本当は今夜、のつもりだったんだよ。健太君にダンジョンダイブに連れて行ってもらって、すごく高まってるからね。その勢いで一気に行きたかったんだけど」
そう言って、竹海は恨めしそうに烏琉羽を見下ろす。百七十後半長身でアスリート体型な上に胸、尻共に豊かな竹海と、百六十に満たない上に肩幅が狭く華奢な肉付きの烏琉羽では、すっぽり隠れてしまえるくらいの体格差がある。
だが、烏琉羽はそんな体格差にも、全く動じない。
「それでしたら、好都合です。私から素敵な提案があるのですが、いかがでしょうか? 鉄は熱いうちに打て、と申しますし」
今夜一晩、『報酬』として、健太を購入している女子は、楽しいオプションを付け加えるため、熱心に交渉を始めるのだった。